子どもが学校に行かなくなると、
生活のいろんなことが気になりました。
朝起きない。
夜になっても寝ない。
お風呂に入らない。
歯を磨かない。
食べるものも偏っている。
勉強はしないのに、
ゲームやYouTubeを見て笑っている。
ひとつひとつを見るたびに、
ザワザワしていました。
「このままで大丈夫なの?」
「生活リズムくらい整えたほうがいいんじゃない?」
「何も言わなくていいの?」
だから、
何時に寝たのか、
今日はお風呂に入ったのか、
何を食べたのか、
つい気にして見ていました。
でも、
とげが抜けていくと、
少しずつそれを見張らなくなりました。
昼まで寝ていたら、
「今日は昼まで寝ている」。
お風呂に入らなかったら、
「今日はお風呂に入らなかった」。
ゲームをしながら笑っていたら、
「あ、楽しそうだな」。
そこで終われるようになりました。
ひとつの出来事から、
「このままずっと」
「この先どうなるの」
と、ネガティブな未来をどんどん膨らませなくなったんです。
だから、
子どもの生活がすぐに整ったわけではありません。
昼夜逆転する日もある。
お風呂に入らない日もある。
一日中ゲームをしている日もある。
そういう現実は、そのままありました。
でも、
それを見ている私の緊張がなくなりました。
何時に起きるのかを気にしながら過ごしたり、
ゲームをしている子どもを横目で見ながらモヤモヤしたり、
何か言ったほうがいいのかと考え続けたりしなくなった。
子どもを見張らなくなったら、
家の中にあった緊張感も、
少しずつなくなっていきました。
動画を見て笑っている子どもを見て、
一緒に笑うこともできるようになりました。
現実が整ったから、
私が安心できるようになったわけではありません。
勝手な未来予想をし
不安を増幅させる
そのとげが抜けたら、
目の前で起きていることを、
起きていることのまま
見られるようになったんです。
すると、
同じ家の中で過ごす毎日が、
ずいぶん軽くなりました。
これがなかったら
長期にわたる不登校生活に
寄り添えたかどうかわかりません