不登校になったばかりの頃、
学校への連絡がとても苦手でした。
「今日もお休みします」
と伝えるたびに、
申し訳ない気持ちになっていました。
放課後に電話がかかってくるのも
苦痛でした。
先生と話すときの口癖は、
「すみません」
だったと思います。
学校に行けていない。
先生に迷惑をかけている。
ちゃんとできていない親だと思われているかもしれない。
そんな思いがあったから、
先生から何か言われるたびに、
責められているように感じることもありました。
でも、
自分の中にあったとげが抜けていくと、
先生との関係も変わっていきました。
まず、
こちらの要望をシンプルに伝えられるようになりました。
「今はこうしてほしいです」
「これは本人の負担になるので、しないでほしいです」
「この方法ならできそうです」
申し訳なさから遠慮したり、
先生がどう思うかを気にしたりするのではなく、
今の子どもの様子を見て、
必要だと思うことをそのまま伝える。
すると先生も、
うちの子が学校に行けそうな時間に合わせて
都合をつけてくれたり、
様子を見ながら
声をかけてくれたりしました。
わが家の”本人の意欲に合わせる”という方針を
大事にしてくれて
声掛けはしても無理強いはしない
という対応をしてくれました。
私にとって負担になっていた連絡を、
「しなくて大丈夫ですよ」
と言ってくれたり
「給食、止めますか?」
と聞いてくれたり
気がついたら、
先生は、
一緒に子どもを見てくれる人になっていました。
家庭担当が親で
学校担当が先生
という協力者になっていました。
先生が別人になったわけではありません。
子どもが学校に行けるようになったわけでもありません。
学校との連絡が必要な現実も、
まだありました。
でも、
「迷惑をかけている」
「申し訳ない」
というとげが抜けたら、
先生がしてくれていることを、
そのまま受け取れるようになりました。
そしてこちらからも、
必要なことを伝えられるようになりました。
学校でのことはおまかせ出来て
私はとてもラクになりました。
「ありがたいな」
「この学校が、味方でいてくれてるんだな」
と思えるようになりました。
現実が変わったから、
安心できるようになったわけではありません。
自分の中のとげが抜けたことで、
自分の反応や行動が変わって、
先生との関係も変わっていきました。
不登校という状況は同じでも、
ひとりで何とかしなくちゃいけない世界から、
一緒に子どもを見てくれる人がいる世界へ。
とげが抜けると、
こんなふうに、
同じ現実の中で
人との関わり方も変わっていきます。
ちなみに
学校のことは先生におまかせしていたら
息子は中学の途中から好きな数学だけ別室授業を受けはじめ
娘は得意なピアノの出番だけ学校に行きました。