問題解決をする際には、熟考して【物事の本質】を捉え改善していく必要があるんだよね。
その根本原因が見つかったなら【元から断つ】必要があるんだよね。
ここを間違えると問題解決どころか問題を山積させ悪循環となる。この悪循環を一掃しようと思えば遠からず
『地球を守る秘策』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10078604012.html のように極論にならざるを得ない。
これまで書いてきたことも踏まえ、それぞれの本質ってなんだろうという視点で振り返る。
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◎『ホントに必要?大量のモノやエネルギー』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10079039198.html
自覚症状があるないに関わらず、資源不足は、限られた天然資源を湯水の如く使った挙句、無くなっちゃった!さぁどうしよう!!ではなく、
無駄にせず、大量に消費せず、どうしても必要となる分は申し訳ないが【天然資源をありがたく使わせて頂く】気持ちが大切であって「湯水の如く」という言葉も例外ではない。水も限られた天然資源なのだから。
飼料や食物となる穀物や肉牛を育てそこから得られる恩恵や製品化し、消費者に届くまでに利用される水を『仮想水』というらしい。
この言葉を借りれば、CO2排出権取引も含め、『仮想エネルギー』がどれだけ使われているのかを考える必要があり、調べれば仮想水と同等またそれ以上に莫大なエネルギーを消費していることだろう。本当にそんなにたくさんのエネルギーを消費してまで我々消費者に届くモノ全てが必要なんだろうか?それがないと人類は生きられないのだろうか?
つまり、ここでの本質は、【天然資源を極力使わない】=【『後世にわたって枯渇しないように』最低限のレベルで使わせて頂く】事にあると思う。
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◎『地球砂漠化の救世主!?』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10078903958.html
◎『自然の猛威?』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10071612480.html
塩分を吸収してくれる植物「アイスプラント」は、刻一刻と砂漠化していく土壌の復元を目指すには素晴らしいバイオ技術であり絶賛すべきものともいえる。
でも、人類が後付けで行う行動は得てして自然界に対する不自然な行為である事を自覚する必要はないかな?良かれと思った行動もこの元を断たなければ、いたちごっことなる。
この不自然な行為は得てして副作用や思わぬ結果を招くことになる。歴史上、こうした副作用をわかっていて実施していることもたくさんあるだろう。
アメリカの少なくとも24の地域で水道水に数十種類もの医薬品成分が検出されたといわれているが、浄水技術では取り除けず、自然界に残ってしまうという。おそらく他国も他人事ではなく、これら医薬品成分+添加物が残留しない技術もしくは、医薬品生成そのものを考え直さなくてはならない。極論からすれば場合によってはこうした医薬品を抹消しなくては・・・。
なぜなら人類の生命を救う為に作られた医薬品が後々人体や自然界に滞留し、長時間の流れの中で人類や動植物の生態系にも少なからず影響し(水にも溶けてなくならず、自然にも還らないこの不自然な医薬品成分が残留しているのだから永遠に全く人畜無害なんてありえない)、結果、自然の寿命を縮め、地球の寿命を縮め、現代のそして後世の人類の寿命を縮める結果になるのだから本末転倒だろう。
こうした副作用を、思わぬ結果を招かない為にも考えようよ。
ここでの本質は【砂漠化の原因になる土壌中の塩分濃度が増加した原因は何なのか?】【黄砂に有害金属が含まれていたのはなぜなのか?】【医薬品成分(医薬品)の存在を含めた根本に立ち返り】その【原因を追究し、元を断つ】事にあると思う。
『自然の猛威?』の多くは人為的なのだから。
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◎『プラス思考ってそう言う事!?』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10078310580.html
◎『広告に見る経済の歪み』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10078299782.html
◎『18歳成人議論』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10072700951.html
◎『生活って大変すぎる。』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10067963320.html
◎『新銀行東京は日本経済の縮図』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10078145452.html
『プラス思考って・・・』と『広告に見る・・・』の前者2点については、消費行動や日本経済の、ひいては世界経済の潮流と今置かれている状況、そしてどこをどう改善しなくてはいけないのか?、それに対してどうしていかなくてはならないのか?
【その点から故意に目を背けて】秩序なく強引に売り上げや利益をあげようとする行動や全く意味不明の自分勝手な行動で周囲を苦しめながら、一方で現状を維持しようとしている姿が浮き彫りとなる。
◎『経済社会の不平等は必然』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10071417168.html という経済の在り方そのものもピラミッド底辺の基本的生活ができる環境づくりができなくなった時点で不平等感が爆発してしまう。この点から目を背ければ経済は破綻する。世界の歴史を見ても利益を求めて行われた戦争の一方で紛争、抗争が起きた原因は貧困だ。現在も世界ではこうした紛争がやむことはない。貧困層の拡大は歴史の二の舞になることが予想される。歴史は繰り返される。
経済の緩やかな好景気が続いていたにも関わらずその実感なき好景気の後、問題山積みのまま不景気になりかねない日本の現状がこうした危機とは無縁といえるだろうか。そこから目を背けてはいけない。
緩やかな好景気が持続していたはず?なのに『生活って大変すぎる。』にあるように所得ベースで厳しい人々が明らかに増えているのはなぜだろう。3人に1人が非正規従業員で、正社員と非正規従業員に待遇の格差があり非正規従業員が増えているということは生活が厳しい人が増えているということだ。
社会に大きな影響力を持つ政治やメディアは往々にしてピラミッドの上部にいる為、実感がない人々が多いため政治家やテレビやニュースで本気で深刻だと言い始めた時には既に国は末期症状で立ち直ることはできないだろう。
『18歳成人議論』では、これまでの日本経済が子だくさんを実現するに足らない経済状態であったことを如実に物語る、男女平等による雇用機会均等法で働く女性が増えたことも晩婚化や少子化の一因でもあるが、それ自体は否定されるものでもない。それ以上に共働きでも子供を増やせない、共働きしないと生活が立ち行かない人々が多かったことが大きな原因だろう。
意識してのことか無意識なのかは別としても世代ごとの子づくりの実態とその差が少子高齢化という社会を生んだ。
こうした結果に経済の縮小を受け入れる事なく20歳成人の年齢引き下げにより、経済に直接参加する人口を無理矢理増やそうとしてる。18歳で働いている人も少なくない、しかし、全18歳、19歳を成人とすることによって年金やら税収やらを増やす為にこんな事を議論しているのだ。
これは、結果的に経済を豊かにするのではなく、国の地方自治体の借金の穴埋めとして利用されるに過ぎず、苦しい世代を増やすだけだ。経済的に見ても全く後ろ向きだと言わざるを得ない。
一方で地球温暖化をはじめとする環境変化に真っ先に取り組まねばならない時期においても経済を信奉し、経済を縮小することなど考えずに結果的に環境保全と逆行していることから目を背ける。
経済の縮小、緩やかな縮小も全く眼中にないのだ。
ここでの本質は、【経済を縮小すべきではないか】ということだと思う。
人口特に労働人口の減少と少子高齢化に伴う社会的負担比率の急激な変動という経済の変数が大きく変わったこの局面、さらに自然環境復興に注力しなければ地球の未来がなく、人類の未来もないという2つの大きな局面に直面しているのだから。
『プラス思考って・・・』では自分の保身の為にマイナスの行動を起こすお粗末さ。それが会社に与える影響からすると罪にすらなり得る行動だということを考えていない。
『広告に見る・・・』での本質は、広告主が分散、減少しているのだから市場規模縮小を受け止め、方向性を考え直す、新機軸を育て、打ち出す事にあるのであって、これまで社会通念上しなかったことをしてしまうことではない。
ひいては日本中の宝くじやTOTOやロト、競馬や競艇など国営公営を含めたあらゆるギャンブルの存在意義そのものから見つめなおす事も必要となるだろう。これから先の世界経済の先行き、日本のおかれた現状からすれば、ギャンブルから得る国益というのは多くの国民生活の破たんにもつながりかねない。現に破たんしている人たちも多いだろう。これまでは自己責任だとだれもが考えていただろうが、長い目で国益を考えたらギャンブルによって身の破滅を招く人々を出さない為にもその周囲の人々の為にも時代によっては存在自体を見つめ直す必要があるんじゃないかな?
『新銀行東京は・・・』ではこれまで故意に目を背け、経済は(ほんの一側面だけの潤っている状況を取り上げて)潤ってますというまやかしを続けた結果、陰に追いやられた現実が表面化したに過ぎず、これを表面化させるために立ち上がった銀行といってもいいのではないかな?
この銀行をもし日本が救えないとなれば、日本の税収第一位の大都市、首都東京で起きているこの問題を根本から解決できないとすれば、それが日本の実力であり、日本全体が立ち行かない事を意味するだろう。
与野党ともに都知事に責任があるような事を言っている人もいるようだけど、他人事じゃないんじゃない?メディアも都知事責任論を唱えているところも多いようだけど、全くなーんにも責任がないとは言わないけど、都知事を責めるのはお門違いだと思わない?
これは都知事や旧経営陣(中でもトップ)、そして(銀行立ち上げ前の都幹部である)現経営陣に責任追及するだけではこの日本は何も変わらない。
ここでの本質は【新銀行東京は日本経済の縮図】だという事だと思う。
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◎『ここから、そこから、見えてくる。』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10077041879.html
◎『気づきと感謝と思いやり』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10072166798.html
◎『殺伐とした世の中にしない為に』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10071864575.html
◎『今、自分にできる事』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10071138942.html
◎『衝撃の事実。。大昔って実は最近!?』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10070969046.html
◎『捨てるなんてもったいない活用しようよ』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10070683791.html
◎『先進科学技術と発展途上国』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10063525619.html
◎『人との出会い』/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10016539719.html
たとえばごく一部だけどこんな風な【気づき】があれば、より多くの人々がこのことに気づけば、目を背けず真正面から向き合えば世界は心は豊かに変わるのに。
本質を見極めるためには、目を背けず真正面から向き合うためには【深い愛情、慈しみ、気づき、感謝、思いやり】が必要だと思う。
本質を見極められない人は、能動的に本質から目を背けたい人は、受動的に本質から目を背けてしまっている人は、【深い愛情、慈しみ、気づき、感謝、思いやり】の何かがまたはすべてが欠けているんだと思う。
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