【日本書記から】鞆の浦と神話/其の十四 | 鞆の浦二千年の歴史を紐解く“鞆の浦研究室”/Discovery! 鞆の浦

【日本書記から】鞆の浦と神話/其の十四

第六段 瑞珠盟約章

書き下し文
 是に、素戔鳴尊(すさのをのみこと)、請(まう)して曰(まう)さく、「吾(やつかれ)、今教(みことのり)を奉(うけたまは)りて、根国(ねのくに)に就(まか)りなむとす。故(かれ)、暫(しばら)く高天原(たかまのはら)に向(まう)でて、姉(なねのみこと)と相見(あひまみ)えて、後に永(ひたぶる)に退(まか)りなむと欲(おも)ふ」とまうす。「許す」と勅(のたま)ふ。乃ち天(あめ)に昇り詣(まう)づ。是の後に、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)、神功(かむこと)既に畢(を)へたまひて、霊運当遷(あつし)れたまふ。是(ここ)を以て、幽宮(かくれみや)を淡路(あはぢ)の洲(くに)に構(つく)りて、寂然(しづか)に長く隠れましき。亦曰(い)はく、伊奘諾尊、功(こと)既に至(いた)りぬ。徳(いきほひ)亦大きなり。是に、天に登りまして報命(かへりことまう)したまふ。仍(よ)りて日の少宮(わかみや)に留(とどま)り宅(す)みましきといふ。少宮、此をば倭柯美野(わかみや)と云ふ。
 始め素戔鳴尊、天に昇ります時に、溟渤(おほきうみ)以て鼓(とどろ)き盪(ただよ)ひ、山岳(やまおか)為(ため)に鳴り(ほ)えき。此(これ)則ち、神性雄健(かむさがたけ)きが然らしむるなり。天照大神(あまてらすおほみかみ)、素より其の神の暴(あら)く悪しきことを知(しろ)しめして、来詣(まうく)る状(かたち)を聞しめすに至りて、乃ち勃然(さかり)に驚きたまひて曰(のたま)はく、「吾(あ)が弟(なせのみこと)の来(きた)ることは、豈善き意(こころ)を以てせむや。謂(おも)ふに、当(まさ)に国を奪はむとする志(こころざし)有りてか。夫(そ)れ父母(かぞいろはのみこと)、既に諸(もろもろ)の子(みこたち)に任(ことよ)させたまひて、各(おのおの)其の境を有(たも)たしむ。如何(いかに)ぞ就(ゆ)くべき国を棄て置きて、敢へて此の処を窺(うかが)ふや」とのたまひて、乃ち髪(みぐし)を結(あ)げて髻(みづら)に為し、裳(みも)を縛(ひ)きまつひて袴(はかま)に為して、便(すなは)ち八坂瓊(やさかに)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)御統、此をば美須磨屡(みすまる)と云ふ。を以て、其の髻鬘(みいなだき)及び腕(たぶさ)に纏(まきつ)け、又背(そびら)に千箭(ちのり)の靫(ゆき)千箭、此をば知能梨(ちのり)と云ふ。と五百箭(いほのり)の靫とを負ひ、臂(ただむき)には稜威(いつ)の高鞆(たかとも)稜威、此をば伊都と云ふ。を著(は)き、弓(ゆはず)振り起(た)て、剣柄(たかび)急握(とりしば)りて、堅庭(かたには)を蹈(ふ)みて股(むかもも)に陥(ふみぬ)き、沫雪(あわゆき)の若(ごと)くに蹴散(くゑはららか)し、蹴散、此をば倶穢簸邏邏箇須(くゑはららかす)と云ふ。稜威の雄誥(をたけび)雄誥、此をば鳴多稽眉(おたけび)と云ふ。奮(ふる)はし、稜威の嘖譲(ころひ)嘖譲、此をば挙廬(ころひ)と云ふ。を発(おこ)して、(ただ)に詰(なじ)り問ひたまひき。


<訳>

 素戔鳴尊(すさのをのみこと)は、「私は、今お言葉を頂きましたので、根国に参ろうと思います。しかしその前に高天原(たかまのはら)を詣でて、姉に謁見して、別れを言いに行きたいと思います」と言った。それに「許す」と言った。すぐに天に昇り詣でた。この後、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)は神としての勤めを全て終え、あの世に逝こうとしていた。そこで、幽宮(かくれみや)を淡路に造って、静かに長く御隠れになった。また他の伝承では、天に登って報告し、そして日の少宮(わかみや)に留って住んだとも言われている。
 素戔鳴尊は天に昇ろうとした時に、大海が轟き漂い、山岳は鳴り響いた。これは、神としての性質が粗暴だからである。天照大神(あまてらすおほみかみ)は以前からその神の粗暴で悪しき様を知っていたので、やってくる様を聞くに至って、顔色を変えで驚いて、「我弟がやって来るのに、どうして良い心があっての事と思えるだろうか。思うに、きっと国と奪おうという意志があるのだろう。それは父母が、すでにそれぞれの御子達に指示して、それぞれに役目を与えている。どうして治めるべき国を棄て置いて、敢えてここの様子を窺おうとするのか」と言って、髪を結いあげて、髻(みづら)にし、裳(みも)を巻き付け袴(はかま)となして、八坂瓊(やさかに)の数多くの御統(みすまる)を、その頭や腕に巻き付け、背に千本の矢の入るの矢立てと五百本の矢の入る矢立てを背負い、腕に聖なる、音のでる肘当てをつけ、弓の中程を持って振り起こして、剣の柄を握りしめ、しっかりと地面を踏み締め、股の辺まで踏み抜き、それを淡雪のように蹴散らし、威勢よく振るまい奮いたたせ、威勢よく責めの言葉を発して、すぐに詰り、問いただした。
 少宮、これをわかみやと読む。御統、これをみすまると読む。千箭、これをちのりと読む。稜威、これをいつと読む。蹴散、これをくゑはららかすと読む。雄誥、これをおたけびと読む。譲、これをころひと読む。



◎神功(かむこと)、神としての仕事、つとめ。

◎霊運当遷(あつし)れ、熱痴れの意味で熱にうなされることから、魂がなくなること、あの世に逝こうとすること。

◎幽宮(かくれみや)、地上に造った永眠の地。

◎淡路(あはぢ)、淡路国津名郡一宮多賀。伊佐奈伎神社がある。

◎日の少宮(わかみや)、日の宮が天照大神の大宮。それにつぐ宮のこと。

◎勃然(さかり)、顔色を変えるさま。

◎髻(みづら)、髪を上げて耳ので結ったもの。左右に分けて結ぶ。十七歳以上の男子の髪型。

◎裳(みも)、スカート状のもの。

◎八坂瓊(やさかに)、八尺の玉。八尺の勾玉。

◎御統(みすまる)、勾玉や管玉を緒で貫いて纏めて輪にしたもの。

◎千箭(ちのり)の靫(ゆき)、千本いりの矢立て。

◎臂(ただむき)、腕。

◎稜威(いつ)、聖なる力のあること。

◎高鞆(たかとも)、「鞆」は弓を射る時、左肘にはめる皮の道具で、射た後弦が左肘に当たるのを防ぐ。「高鞆」は高い音をたてる「鞆」のこと。

◎雄誥(をたけび)、叫ぶ意味ではなく、勇猛な形を示す事。
嘖譲(ころひ)、せめること。


【日本書記から】鞆の浦と神話シリーズ

鞆の浦と神話/其の一
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鞆の浦と神話/其の二
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鞆の浦と神話/其の三
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鞆の浦と神話/其の四
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鞆の浦と神話/其の五
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鞆の浦と神話/其の六
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鞆の浦と神話/其の七
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鞆の浦と神話/其の八
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鞆の浦と神話/其の九
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鞆の浦と神話/其の十
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鞆の浦と神話/其の十一
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鞆の浦と神話/其の十二
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鞆の浦と神話/其の十三
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鞆の浦と神話/其の十四
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鞆の浦と神話/其の十五
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