【日本書記から】鞆の浦と神話/其の十五 | 鞆の浦二千年の歴史を紐解く“鞆の浦研究室”/Discovery! 鞆の浦

【日本書記から】鞆の浦と神話/其の十五

第六段 瑞珠盟約章

 素戔鳴尊(すさのをのみこと)対(こた)へて曰(のたま)はく、「吾(やつかれ)は元黒(はじめよりきたな)き心無し。但(ただ)し父母(かぞいろはのみこと)已に厳(いつく)しき勅(みことのり)有りて、永(ひたぶる)に根国(ねのくに)に就(まか)りなむとす。如(も)し姉(なねのみこと)と相見(あひまみ)えずは、吾(やつかれ)何(いか)ぞ能(よ)く敢へて去(まか)らむ。是(ここ)を以(も)て、雲霧(くもきり)を跋渉(ふ)み、遠くより来参(まうき)つ。意(おも)はず、阿姉(なねのみこと)翻(かへ)りて起厳顔(いか)りたまはむといふことを」とのたまふ。時に、天照大神(あまてらすおほみかみ)、復(また)問ひて曰はく、「若(も)し然らば、将(まさ)に何を以てか爾(いまし)が赤(きよ)き心を明(あか)さむ」とのたまふ。対へて曰はく、「請ふ、姉(なねのみこと)と共に誓(うけ)はむ。夫(そ)れ誓約(うけひ)の中(みなか)に、誓約之中、此(こ)をば宇気譬能美儺箇(うけひのみなか)と云ふ。必ず当に子(みこ)を生むべし。如(も)し吾(やつかれ)が所生(う)めらむ、是女(たをやめ)ならば、濁(きたな)き心有りと以為(おもほ)せ。若し是男(ますらを)ならば、清き心有りと以為せ」とのたまふ。是に、天照大神、乃ち素戔鳴尊の十握剣(とつかのつるぎ)と索(こ)ひ取りて、打ち折りて三段(みきだ)に為(な)して、天真名井(あまのまなゐ)に濯(ふりすす)ぎて、然(さがみ)に咀嚼(か)みて、然咀嚼、此をば佐我弥爾加武(さがみにかむ)と云ふ。吹き棄(う)つる気噴(いふき)の狭霧(さぎり)吹棄気噴之狭霧、此をば枳于都屡伊浮岐能佐擬理(ふきうつるいふきのさぎり)と云ふ。に生まるる神を、号(なづ)けて田心姫(たこりひめ)と曰(まう)す。次に湍津姫(たぎつひめ)。次に市杵嶋姫(いつきしまひめ)。凡(すべ)て三(みはしら)の女(ひめかみ)ます。
 既にして素戔鳴尊、天照大神の髻鬘(みいなだき)及び腕(たぶさ)に纏(ま)かせる、八坂瓊(やさかに)の五百箇(いほつ)の御統(みすまる)を乞(こ)ひ取りて、天真名井に濯ぎて、然に咀嚼みて、吹き棄つる気噴の狭霧に生まるる神を、号けまつりて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)と曰す。次に天穂日命(あまのほひのみこと)。是出雲臣(いづものおみ)・土師連等(はじのむらじら)が祖(おや)なり。次に天津彦根命(あまつひこねのみこと)。是凡川内直(おほしかふちのあたひ)・山代直等(やましろのあたひら)が祖なり。次に活津彦根命(いくつひこねのみこと)。次に熊野樟日命(くまののくすびのみこと)。凡て五(いつはしら)の男(ひこがみ)ます。是の時に、天照大神、勅(みことのり)して曰(のたま)はく、「其の物根(ものざね)を原(たづ)ぬれば、八坂瓊の五百箇の御統は、是吾(あ)が物なり。故(かれ)、彼(そ)の五の男神は、悉(ふつく)に是吾が児(こ)なり」とのたまひて、乃ち取りて子養(ひだ)したまふ。又勅して曰はく、「其の十握剣は、是素戔鳴尊の物なり。故、此の三の女神は、悉に是爾が児なり」とのたまひて、便(すなわ)ち素戔鳴尊に授けたまふ。此則ち、筑紫の胸肩君等(むなかたのきみら)が祭る神、是(これ)なり。


<訳>
 素戔鳴尊(すさのをのみこと)はそれに答えて、「私に初めから邪心はありません。ただ父母から厳しい勅命を受けて、永遠に根国(ねのくに)に行こうと思います。姉様と会わずに、私はどうやってここを去ることができましょうか。そのようなわけで、雲や霧をかきわけて、遠くからやってきたのです。全く思ってもいませんでした、姉様がこのようにお怒りになっていらっしゃるということを」と言った。
 それに天照大神(あまてらすおほみかみ)は再び問いて、「もしもそうであったとしても、どうやってお前の潔白を明かすことができるのだ」と言った。
 それに答えて、「願いたい、姉様と共に神意をうかがうことを。その神意の中で、必ず私は御子を生みましょう。もしこれが女であるなら、邪心があると思って下さい。もしこれが男であるならば、清き心であると思っていただきたい」と言った。
 そこで天照大神は素戔鳴尊の十握剣(とつかのつるぎ)と請い取って、打ち折って三つにばらして、天真名井(あまのまなゐ)の水で振り濯いで、かりかりと噛んで、吹き出した息吹の霧から生まれた神を、名付けて田心姫(たこりひめ)と言う。次に湍津姫(たぎつひめ)。次に市杵嶋姫(いつきしまひめ)。合わせて三柱の女神であった。
 その時既に素戔鳴尊は天照大神の頭や腕に巻き付けていた、八坂瓊(やさかに)の数多くの御統(みすまる)を請い取って、天真名井の水で濯いで、かりかりと噛んで、吹き出した息吹の霧から生まれた神を、名付けて正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)と言う。次に天穂日命(あまのほひのみこと)<出雲臣(いづものおみ)・土師連等(はじのむらじら)の祖である。>。次に天津彦根命(あまつひこねのみこと)<凡川内直(おほしかふちのあたひ)・山代直等(やましろのあたひら)の祖である。>。次に活津彦根命(いくつひこねのみこと)。次に熊野樟日命(くまののくすびのみこと)。合わせて五柱の男神であった。
 天照大神は勅命して、「この神々の根源を探ってみると、八坂瓊の数多くの御統は、我が物である。故にこの五柱の男神は、悉くこれ我が子である」と言って、取って育てた。また勅命して、「この十握剣は、素戔鳴尊の物である。故に、この三柱の女神は、悉くこれお前の子である」と言って、素戔鳴尊に授けた。筑紫の胸肩君等(むなかたのきみら)が祭る神がこれである。
 誓約之中、これをうけひのみなかと読む。然咀嚼、これをさがみにかむと読む。吹棄気噴之狭霧、これをふきうつるいふきのさぎりと読む。



◎黒(きたな)き心、邪心。

◎誓(うけ)はむ、「うけい」とはあらかじめ起こることと結果を決めておき、その結果から神意を判断すること。この場合、女が生まれたら邪心がある、男が生まれたら清き心であると決めておいた。

◎天真名井(あまのまなゐ)、瓊の井の意味。水を汲む井戸を讃えている。

◎濯(ふりすす)ぎ、井戸の水で動かし漱ぐこと。物を振動させて生命力を活発にする呪術行為。

◎然(さがみ)に咀嚼(か)みて、かりかりと噛んで。

◎田心姫(たこりひめ)、一書には田霧姫とあり、霧を吹いたことから生まれた神。

◎湍津姫(たぎつひめ)、「たぎつ」とは水の激することで、振り漱いだことから生まれた神。

◎市杵嶋姫(いつきしまひめ)、凡(すべ)て三(みはしら)の女(ひめかみ)。

◎正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)、「正哉」は今現在、「吾勝」は我勝つ、「勝速日」は勝つ力がすばらしい神威を持っている、「天」は天孫系、「忍」は力を一面に加えることから威力がある、「穂」は稲穂のように突出した力、「耳尊」は尊称。ただ今我が勝っていて勝つ力がすばらしい力を持つ天孫系の威力の有る突出している神。

◎天穂日命(あまのほひのみこと)、稲穂のような力を持っている神。

◎出雲臣(いづものおみ)、出雲国意宇郡を本拠とした豪族。

◎土師連(はじのむらじ)、大和朝廷の葬儀や土器製作の管理した伴造。

◎天津彦根命(あまつひこねのみこと)、日の子の神。

◎凡川内直(おほしかふちのあたひ)、摂津、河内の豪族。

◎活津彦根命(いくつひこねのみこと)、「いく」は息のあることで、生命のあること。天津彦根命に対する神。

◎熊野樟日命(くまののくすびのみこと)、「くまの」は出雲国の熊野、「くすび」は「くしすみ」(奇隅)の約。熊野が特別視されたことから、出雲国意宇郡熊野神社の祭神。

◎胸肩君(むなかたのきみ)、宗像、宗形などとも。筑前国宗形郡の豪族。宗像神社の神官をつとめる。





【日本書記から】鞆の浦と神話シリーズ

鞆の浦と神話/其の一
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鞆の浦と神話/其の二
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鞆の浦と神話/其の三
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鞆の浦と神話/其の四
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鞆の浦と神話/其の五
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鞆の浦と神話/其の六
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鞆の浦と神話/其の七
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鞆の浦と神話/其の八
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鞆の浦と神話/其の九
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鞆の浦と神話/其の十
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鞆の浦と神話/其の十一
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鞆の浦と神話/其の十二
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鞆の浦と神話/其の十三
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鞆の浦と神話/其の十四
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鞆の浦と神話/其の十五
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