ビスフェノールAと体外受精の妊娠率の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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ビスフェノールAは妊孕性(妊娠できる力)の低下との関連が示唆されていますが、本論文は、ビスフェノールA濃度と体外受精の成績には関連がないことを示しています。

Hum Reprod 2015; 30: 2120(米国)
要約:2004~2012年に体外受精のスケジュール中の256名の女性で、採卵前に1~2回の尿を提出していただいた方を対象としました(EARTHスタディ)。尿中のビスフェノールA濃度と体外受精の成績を検討しました。平均ビスフェノールA濃度1.87 ug/Lは一般集団の濃度と同等でした。ビスフェノールA濃度と子宮内膜厚、E2ピーク値、受精率、良好胚率、着床率、臨床妊娠率、生産率には有意な関連を認めませんでした。子宮内膜厚については、37歳未満ではビスフェノールA濃度に比例して内膜が厚くなりましたが、37歳以上ではビスフェノールA濃度に反比例して内膜が薄くなりました。

解説:米国では全体の人口の95%以上の方の尿からビスフェノールAが検出され、血中、卵胞液中、羊水中の濃度は1~10 nMに及びます。胎児や赤ちゃんはビスフェノールAが蓄積しやすく、より低い濃度での影響が懸念されています。また、大人では、糖尿病、肥満、心血管疾患、呼吸器疾患、腎疾患、乳癌、行動異常、歯の異常、不妊症との関連が多数報告されています。動物では、ビスフェノールAが、卵子形成障害、減数分裂異常、原始卵胞減少、女性ホルモン合成阻害(E2、P)、子宮形態異常、着床障害、生産率低下をもたらすことが報告されています。一方ヒトでは、ビスフェノールAと、E2低下、採卵数減少、受精率低下、着床率低下との関連が示唆されています。本論文は、これまでの報告とは逆に、ビスフェノールA濃度と体外受精の成績には関連がないことを示しています。このように賛否両論のある状態の場合には、悪者かどうか結論づけることができません。今後の研究を待つ必要があります。

ビスフェノールAは、1950年代にプラスチックを柔らかくする画期的な製品として登場し、安くて軽く、透明かつ色付けができ、衝撃、熱、薬品に強いため、瞬く間に広がりました。ビスフェノールAは、ポリカーボネート製のプラスチックを製造する際や、エポキシ樹脂の原料として広く利用されています。ポリカーボネートやエポキシ樹脂は、哺乳瓶、水道管、食品や飲料品の容器、歯科の詰め物、コピー用紙、レシートの紙などに使われています。これらのプラスチックに紫外線、酸、アルカリ、熱を加えた際にビスフェノールAが溶け出し、環境中に放出されます。それを口にすることでビスフェノールAが体内に入ります。ビスフェノールAはエストロゲン(女性ホルモン)受容体を活性化し、女性ホルモン的な働きを示すため、「環境ホルモン」という名前がつきました。

現在、カナダでは摂取耐用量を25 μg/kg/d、フランスでは0.1~5 μg/kg/d、EUでは50 μg/kg/dとしています。日本では、EUの基準に基づき、食品衛生法でビスフェノールAの溶出試験規格を2.5 μg/mL以下と制限していますので、フランスやカナダより緩い基準を適用しています。厚生労働省は「成人への影響は現時点では確認できない」としながらも「ビスフェノールAの摂取をできるだけ減らすことが適当」と発表し、一般消費者向けの「ビスフェノールAについてのQ&A」を公表しています。その中で、ポリカーボネート製の哺乳びんについて、熱湯を使うとビスフェノールAがより速く移行するので、熱湯を注ぎ込まないこととか、他の材質のもの(ガラスなど)に変更する選択肢があることを記載しています。また、食品缶や飲料缶について、ビスフェノールAの溶出が少ないものへ改善が進んでおり、通常の食生活を営む限りビスフェノールAの曝露は少ないものと思われるが、念のため、毎日缶詰を食べるような食生活はしないようにと記載しています。

内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)については、下記の記事を参考にしてください。
2012.12.15「環境ホルモンの影響 女性編 その1」
2012.12.19「環境ホルモンの影響 男性編」
2013.1.8「環境ホルモンの影響 女性編 その2」
2013.1.10「☆妊娠中にヘアカラーやパーマは大丈夫?」
2013.2.20「心臓の先天異常は父親の化学物質暴露と関連」
2013.8.13「子宮内膜症と環境ホルモンの関係」
2013.9.27「☆ビスフェノールAは男性ホルモンを低下させる」
2013.12.5「☆ビスフェノールAは卵子の発育を阻害する」
2013.12.19「☆キスペブチンとは?」
2014.2.28「ビスフェノールAの卵子への影響」
2014.3.21「ビスフェノールAの精子と胚への影響」
2014.4.18「☆パラベンの影響は?」
2014.7.17「男性のフタル酸濃度の影響」
2014.9.28「フタル酸で女児の思春期が遅くなる?」
2014.9.30「ビスフェノールAによる流産リスク」
2014.11.4「環境ホルモンは黄体機能不全の原因」
2014.12.5「ビスフェノールAと内膜症」
2015.2.4「ビスフェノールAの代替品は大丈夫?」