管理栄養士の柴田真希です。
まずは、生まれてから中学生までのわたしについて。




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1981年10月6日、3人姉弟の長女、東京生まれ
愛情いっぱいの柴田家で育ちました。



管理栄養士シバタマキのシアワセ♪MaKitchen


東京、と言っても「都会」って言うより「下町」
祖父、母ともに同じ小学校というちゃきちゃきの江戸っ子です。



中学までの性格は、と言うと。

A型+長女+厳しい両親+・・・


これがどうなるかと言うと

=マジメ、ハメをはずせない、ユーモラスなし、負けず嫌い、正義感強い
 
そんなところでしょうか?
怒られるのが怖くて、人の顔色伺って生活していたように思います。





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さて、つくば万博の「ポストカプセル」ってご存知ですか?
つくば万博が開催される21世紀になる年に手紙を届けるというもの。




当時4歳、20歳になるわたしに宛てて母がポストカプセルに手紙をしたためてくれていました。
その手紙の一部、当時(幼稚園児)のわたしについてこう書かれています。


「意地っ張りだけど、泣き虫で弱虫。
たまに仲間外れになっているみたいで、そんなあなたを見ていると、可哀そうだけれど、はがゆくも思います。・・・」



幼稚園、小学校、中学校・・・
この頃のわたしは、ずっとではないけれどいじめられたりちゃかされたりしていた時期が多かった。





でも正義感強いし、曲がっていることするのが嫌いだし、負けず嫌いだし。
ずっと耐えて耐えて、そんな日々が心に残っています。




性格はさっきも記した通りで、親や先生に反抗することもできない、いわゆる「いい子ちゃん」


まわりのお母さんたちも
母「マキちゃんと遊ぶなら、でかけていいわよ」
という位。



それが重荷だった。



敷かれたレールの上を走るように、いい子な将来。




ずっと、脱却したいと思ってました。



そのきっかけとなるのが高校生時代。

明日は、その高校生活に入る前にわたしが19年間続けていること(それがその高校に入るきっかけとなったので)についてお話します。





・・・あら?ちょっと朝から暗くなっちゃった?

いや、この経験があったからこそ、今のわたしがあるので、いいのです!!



もしも、今いじめにあったり、辛い思いをしていたりする人がいたら、それは一生続く訳ではないので乗り越えてほしい。

あなたが、それに 「耐えられる」 から与えられた試練なんです。




そして、それを乗り越えたら、もっともっと魅力的なあなたになれるから。






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じぶんのこと、綴っていこうと思います
【柴田①】いじめられ、自我を抑えた中学生まで

【柴田②】継続することの大切さを学んだお囃子

【柴田③】チアリーディングが大きく変えた高校生活

【柴田④】栄養士としての第一歩

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