ADHD的所見はいろいろな疾患で見られる | kyupinの日記 気が向けば更新

ADHD的所見はいろいろな疾患で見られる

前方型認知症の患者さんが何人か入院しているが、その内1名は僕の担当患者である。彼女には、いわゆる「立ち去り行動」が見られる。

例えば診察時にちょっと油断すると席を立って出て行ってしまう。それは診察室に限らず、デイルームでも同じことが起こる。つまり2人で話しているとき、ちょっとした隙に立ち上がって、どこかに行ってしまうのである。

その隙とは、僕が処方箋を書いている時、あるいは看護師から僕に何か話しかけられている時に限られ、真に彼女と一緒に話している途中にはほとんど生じない。つまり彼女の注意が中断している時に起こる。

この「立ち去り行動」は前方型認知症の重要な症状の1つである。

これは前後の文脈を辿れば、「常同行動」を阻止されたことに対する反動という見方もできる。つまり彼女の病棟内の周徊中に診察室に呼んだため、話が途切れた時に、守備位置(定位置?)に戻るといった感じである。あるいは、単に1つのことに注意や集中力が持続しないという見方も可能だと思う。(参考

これはADHDの物事に集中ができないとか、1ヶ所にじっとしておれない精神所見と似ている。実際、重度知的発達障害の患者さんの1人に全く同じ「立ち去り行動」が見られる。

前方型認知症の彼女は立ち去り行動の際に、看護師がそれを止めたり、注意しようとすると、間髪を入れず手が出ている。つまり看護師へのビンタである。「なんね~」と言いビンタするので、看護師も心得ていてそれを避けるが、本当にビンタされることもある。

このような患者さんはそういった(暴力)行動が出ないような方法を工夫するのが望ましい。だから、「立ち去るものは止めない」方針に変えた。このようなレベルの認知症の人は、精神療法的なアプローチよりむしろ行動面の常同行動を利用した生活指導の方が理にかなっている。実際、認知症に対する入院精神療法は診療報酬でも認められていない。効果がないと見なされているのであろう。

神田橋先生の文章で、広汎性発達障害の子供に母親がオヤツを作ってやり、それを食べさせた時、母親が「おいしい?」と聞いた瞬間に母親がビンタされる話が出てくる。なぜこうなるのかが説明されている。

母親の質問により集中がそがれ、オヤツの味がわからなくなった怒りで母親をビンタしているのであった。

前方型認知症の人たちの「立ち去り行動」の脳の座は謎である。たぶん、まだよくわかっていないものの1つであろう。

一般に、1つの場所にじっとおれないという所見がADHDに見られるが、前頭葉が間接的に影響しているようには見える(参考)。しかし前頭葉が関与はしているであろうが、「前頭葉の症状」というのはちょっと変なのである。実は、この症状は脳の前頭葉以外の場所がさせているのであろう。ビンタをするのも同様である(衝動性や暴力など)。

前方型認知症の人では、食行動がワンパターン化する。つまり同じものばかり食べるようになり、まだ料理も可能な女性では毎日同じおかずを作るようになる。また好んで同じオヤツばかり食べるようになる(特定の饅頭とかゼリーとか・・)。特定の食物にこだわりが出てくるように見えるのである。

また前方型認知症の人は過食傾向になることが多い。つまり食欲は亢進気味になる。一方、後方型認知症の代表的疾患、アルツハイマー型認知症では逆に食べなくなる。老人ホームなどを訪問した時、お茶漬けのようにして延々箸でグチャグチャにし全く食べようとしない人を目撃する。これはその所見が存在しているからである。(少し専門的に言えば、箸をうまく使えなくなった人もいると思われる)

また前方型認知症の人の常同行動や、いつも同じ食事を作ったり食べたりするのは強迫症状的でもある。ただ、強迫性障害の人との決定的な相違は、それを全く内省できず、悩んでもいないことであろう。(参考

前方型認知症の常同行動・強迫症状にはデプロメールが推奨されているが、パキシルが良いという意見もある。それぞれに言い分と言うか、理由があり、パキシルよりデプロメールの方が良いという意見は、デプロメールの方が妙な奇異反応が少なそうに見えることと、パキシルは抗コリン作用があるので、認知症には向かないこと。普通、抗コリン薬は認知症を悪化させるという定石もある。しかし、このレベルの認知症では悪化させる、させないというレベルを超えているので、むしろ鎮静的で、まだデプロメールより睡眠に良さそうなパキシルを推奨する意見も悪いとはいえない。過食の点では、デプロメールの方がパキシルより過食をより抑えそうには見える。結局、臨床所見には個人差があるので、使ってみて良さそうな方を選ぶのがプラクティカルだと思う。

なお、強迫症状はもちろん前頭葉の所見ではない。たぶん基底核の辺りだと思うが、前方型認知症の人の場合、前頭葉機能の低下のため、基底核周辺のブレーキがかからなくなっているのであろう。

前方型認知症(前方側頭型認知症も含む)全般の症状には、抑肝散やエビリファイが良い。セロクエルも悪くない。(セロクエルの統合失調症の陰性症状の効果発現では前頭葉に作用して意欲を出すと言うものもある。)アリセプトは凶の人がよく診られる。そういう視点では、マニュアル的に認知症にアリセプトを処方するのは間違っている。(過去ログの通り)

なお、僕の最初に出てきた前方型認知症の人はルーランとインデラルと少量のコントミンが良かった。この組み合わせでかなり落ち着いたのである。ただ、全般症状が緩和し病棟適応が以前より良くなっただけで、周徊、立ち去り行動、常同行動が消失したわけではない。たいして進行はしていないようであるが、根治は難しい疾患なのである。また別の患者さんは「意味認知症」であったためか?テグレトールが良かった。やはり合う、合わないは人による。

ストラテラはADHDの人の前頭葉に作用しノルアドレナリンの低下を緩和する薬理作用を持つ。作用的には穏和な方に入る。一般に、ストラテラは多動性、衝動性、注意力の低下などを改善する。これは前頭葉の機能低下を回復させ、その結果ADHD症状を改善するといった感じであろう。

一般に、前頭葉は他の脳の部分に対し抑制的に働いているので、前頭葉の機能低下の人たちはこの抑制系が弱くなり、他の脳機能の暴走が止められないのであろう。そういう風に患者さんを見る方が治療的だし、良いアイデアも出てきそうに思われる(治療のことを言っている)。

話は変わるが、慢性期の統合失調症では終日といった感じで徘徊している人を診る。もちろん徘徊もせず、呆然として1日を過ごしている人もいるが。(参考

前方型認知症は周徊と呼ばれる徘徊が診られるが、同時に、無関心・自発性の低下も初期から出現する。自分の整容に無頓着になり、自発性の低下が次第に顕著になる。女性だと家事を全くしなくなる人もいるのである。このような所見は統合失調症の陰性症状に似ている。

かつて、この統合失調症の人の徘徊は慢性期に出てきやすいものだったため、長期予後の点で極めて縁起の悪い所見であった。しかし、近年、抗精神病薬による治療が増え、若者でも出現するため、あの徘徊は単に薬物の副作用ではないか?という意見も見られるようになった。つまりアカシジア様症状と捉えるのである。

しかし、たぶん統合失調症の場合、中世に生まれた人でも徘徊があったと思うよ。実際に中世に行って見てきたわけではないけど。

この徘徊は、おそらく慢性期統合失調症の前頭葉機能の低下による症状もかなり含まれているのである。(つまり陰性症状)

アカシジアはなったことがある人ならわかるが、じっとしておれないような、いてもたってもおれない苦痛を自覚する人が多い。しかし徘徊中の統合失調症の人を呼び止め、今の気持ちを聞いてみると、アカシジアほどの苦痛が存在していないことに気付く。だから、あれをすべてアカシジアだと断言するのは少し無理があるように思う。

なお、前方型認知症の周徊中の患者さんを呼び止めると怒られたりする。だから呼び止めず、追いかけて行き併走しながら聞く。(このような状態を「わが道を行く」などと表現されている)

もちろん、鎮静的な定型抗精神病薬では長期的には前頭葉機能を抑えるので、結局は同じことになる。だから、「薬のせいだ」というのも100%間違ってはいない。結果的に前頭葉機能を低下させて生じたと見なせるからである。

統合失調症の人の陰性症状的な「徘徊」は、結局、非生産的で空虚なものなので、1日中、椅子に座って呆然としているのとなんら変わりがない。つまり、前方型認知症の人の常同行動と似ているとも言える。重要な点は、必ずしも直接的な前頭葉の所見ではないことだと思う。(つまり前頭葉が他の脳の機能を抑えられない結果という解釈)。

前頭葉の機能障害で、ここがたぶん原因だろうと思える所見は「アパシー」と思われる。ただ統合失調症の場合、このアパシーの苦悩が捉えられないというか、あまり実感できない。(空虚さで悩むのは統合失調症的ではないという意味。過去ログの通り)

過去ログでも自分の考え方を書いてきた「発達障害ないし謎の器質性の人たち」のアパシーはそれなりの苦痛を伴っていることが多い。これが統合失調症的ではないし、前方型認知症的でもない。しかし前頭葉が絡んでいるという点は似ている。脳全体の障害のあり方が異なっているのかもしれない。

統合失調症の場合、前頭前野の機能低下は対人接触性やプレコックス感と関連が深いように思える。つまり、統合失調症の人の場合、発病当初はそこまで前頭葉機能は損なわれていないのかもしれない。だから陰性症状があまりなく、陽性症状が前景なのである。(参考1参考2

プレコックス感が時間差をもって出現するのはたぶんこのことと関係している。

参考
精神科医と法律家
アルツハイマーのおばあちゃんはごまかすのか?
子供の頃の近所の女の子
アリセプトとレビー小体病
ストラテラ
生活保護の患者さん
統合失調症の陰性症状は自らは語れない件
SDA
アスペルガーと前頭前野
プレコックス感
器質性うつ状態と広汎性発達障害