プレコックス感 | kyupinの日記 気が向けば更新

プレコックス感

「プレコックス感」という言葉があるが、これは「対人接触性」とは異なると思っている。プレコックス感は別に診察していなくても、極端に言えば、バスでたまたま一緒に乗り合わせているぐらいでも、表情を見ると感じ取ることができる。

プレコックス感は、その人の写真だけでわかるものか?
という質問には、やはり写真だけだとかなり精度が落ちるといわざるを得ない。ただ、その人の様子がわかるビデオだとかなりわかると思う。こんな風に考えていくと、プレコックス感は単に平面的なものではなく、おそらくその場の3次元的なものが関与しているのだろう。短くて良いが時間的な推移も必要なのかもしれない。

ある人が統合失調症に罹患したとして、プレコックス感はいつ出てくるのだろう?
少なくとも発病した瞬間は、プレコックス感はないと思う。例えば、非常に稀だが、「昨夜11時から突然様子がおかしくなりました」などと言う主訴で初診する患者さんがいる。何年何月何日の何時何分に発病したなどと、詳細な発病時間がわかるような患者さんがごく稀だがいるのだ。そんな人は、必ずと言っていいほどプレコックス感がない。もしプレコックス感があるとしたら、実はそれ以前に発病しており、いったん寛解して2回目の増悪なんだろうと思う。きっとプレコックス感は病気の進行につれて顕在化してくるものなのだろう。病気の流れ的には、急激な発病(普通、この場合は緊張型)の場合、最初はプレコックス感もなく、興奮や幻覚妄想状態だけなのだが、次第にそのような急性期の症状が消退していくうちに、プレコックス感が見えてくる。こういう経験をしていると、ひょっとしたら服薬したために、あるいは治療を行ったためにプレコックス感が出てくるのではなかろうか?と思ったりもするものだ。

いつだったか、もう15年以上前であるが、「男性の神経性食思不振症」の患者さんを診察してほしいと言う依頼があった。行ってみると、ひとめプレコックス感があるような患者さんで、拒食の原因は昏迷~亜昏迷によるものと思われた。カルテを見ると幻覚妄想もあるように書かれているし、主治医が統合失調症の存在に気がつかなかったのは、相当に謎なことであった。主治医は内科医だったのだが、その総合病院では名医で有名な人だった。専門外というのは、つまりそういうことなんだろう。その子は暴れたりせず、おとなしく療養していたので、統合失調症のイメージとは異なっていたのに違いない。こんな風に考えていくと、どうやら治療を行わなくても発病して時間がたってしまうと、プレコックス感が顕在化するようなのである。だから薬物による影響はあまり考えなくて良いような気がしている。上の例をみてもわかるように、プレコックス感は専門外の人には感じ取れないものであることがわかる。プレコックス感は、精神科医や、精神科に従事する人には感じられるという内容を書物で見ることがある。しかし、精神科の病棟婦長クラスでも、あんがいこの感覚が乏しいと思うような経験を僕はよくしている。プレコックス感は感じ取れる人は極めて限られていると思う。

初めて診た時、プレコックス感が非常に感じられたのに、後になってそんな風に感じられないことが稀にある。たぶんこのような人は統合失調症とは異なるのだろう。僕の場合、こんな風に感じることが1~2年に1回くらいある。境界性人格障害の人はプレコックス感がない。躁うつ病の人も同様である。境界性人格障害の人は、病状的には不安定だが、疾患的には非常に安定している病気であり、経過中、これは統合失調症なのかもしれないと思えるような場面がほとんどない。もしあったらそれは誤診なんだと思う。とにかく、境界性人格障害の人を年始に来ている神社の雑踏に放り込むと、もう判別がつかない。健康な人々の中にまぎれてしまうのである。

どんな患者さんの時に、後でプレコックス感が感じられなくなるのだろう?
最近経験したのでは、アスペルガー症候群の男の子。最初、入院させた時、幻覚が持続しており、表情、疎通性の点からも、この子は統合失調症だと思った。たぶん、あの子はほとんどの精神科医が最初は統合失調症と診断すると思う。僕はプレコックス感も感じた。ところが、入院してしばらくすると、ちょっと目の動きが統合失調と違うような気がし始めた。幻覚・妄想もあり、強力に抗精神病薬治療を行っているのだが、時間が経っても、プレコックス感は薄れていくばかりだった。彼の関心事は、歴史上の事件で「織田信長がある時にそうしなかった」ことで、しきりに僕にその質問をしていた。強迫思考がひどいのである。こういうのを見ても、アスペルガー的なのがわかる。

彼は日記帳をつけており、ある時、それを僕に見せてくれた。この時の内容はもうあまり細かいところまで覚えていないのだが、僕の感覚ではあまりにも統合失調症的ではなかった。この時、この子はやはりアスペルガー症候群であると確信した。彼は現在はもう退院している。もともと県外から入院しに来た患者さんで、今はデイケアに通院しているらしい。彼に最も合った薬はセロクエルだった。退院時は600mgほど処方していた。アスペルガー症候群はしばしばSSRIが処方されるが、この子の場合、SSRIは合わなかった。強迫に対してはカタプレスが有効だった。セロクエルに加え、カタプレス、リボトリール(ランドセン)くらいを併用していた記憶がある。

余談だが、紆余曲折あった後、障害年金が受給できるようになったのは良かった。彼の診断はアスペルガー症候群で間違いない。おそらく、アスペルガー症候群の患者さんが統合失調症と誤診されて入院している人も少なからずいるのではないかと思っている。誤診されたからと言って、治療はあまり変わらないのがとても精神科的なんだけど。