日本ではあまり見かけない「車椅子」。しかし、アメリカに旅行した時は、やけに「車椅子」の人が目に付いた。


俺自身、左足を骨折したときに「車椅子」を経験している し、現状、その様なハンディキャップを背負った人には優しくない「日本」ということは感じている。


が・・・アメリカではやけに「車椅子」が目に付く。


空港で国内線に乗り換えたとき、車椅子で並んでいる人が「ごまん」といた。ワシントンDCを観光していたときにも「ごまん」といた。親父の住んでいるバージニアの田舎の店でも車椅子利用者が「ごまん」といた。


みな、共通していることは「非常に太っている」ということ。察するに「歩けなくなるまで肥えてしまった」ということだ。もちろん、中には、病気や怪我がいるかもしれない。しかし、全員が全員そうには見えない。


では、なぜ、普通に生きている人が車椅子が必要なくらい肥えてしまったのか?


恐らく「便利」な社会が生み出した、弊害・・・そんな気がする。


田舎に住むアメリカ人は普段は車を使用する。郊外型のショッピングモールが多ければ仕方なしだが・・・。ショッピングモール内の駐車場に車を止めた後、日本人は歩いて各店をはしごする。しかし、アメリカ人は、各店を車で移動する。少しも、歩こうとしない。要は、店のそばに車を一度置き、他に必要な店があれば、いちいち車を動かし、また、近くに止める。そんなことの繰り返し。歩きたくないのか?車社会が生み出した、弊害かも。。。


そーいえば、訴訟も便利な制度。マクドナルドで太った!と裁判を起こした例があまりにも有名 。太っちゃったことを、他人に転嫁できる、そんな便利な社会も、また問題かも。


アメリカは、日本よりも、ハンディキャップを持った人に優しい社会。そんな社会だからこそ、安易に車椅子に乗っちゃうのかも知れない。安易に受け入れてしまうのかも知れない。


だって、歩くのより「ラク」だから。


アメリカ社会は、体調管理や自己管理は重く見られ、都市部で働く、いわゆる「エリート」は、自己鍛錬を欠かさないらしい。自分の体型を維持することは、業務上必要なことで、相手からも信頼されるらしい。やはり、自己管理は、大事だね。


でも、よくよく考えてみると、黒人よりも白人の方が肥えていた気がする。気のせいか・・・。アメリカを一言で表すと「白人には便利なものが溢れている肥満社会」。そんな気がします。

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【2005USA旅行】番外編です。


アメリカにある日本大使館に行ったとき、これが張ってありました。

051028愛・地球博


「愛・地球博」です。

でも、閉幕してから、結構たってるら。

10月中旬だに。

もう、モリゾーも疲れたら。

いい加減、外してやりゃぁ、いいじゃんね。


そう、思いましたが、でも、なんだか、ほのぼのしました。

10/11~10/25まで(名古屋泊含む)の【2005USA旅行】から無事戻って参りました。


ほとんど、一人でいたお陰で、何かと気を使うことなく、自分自身のためだけの行動ができた様な気がします。


ここ最近の海外旅行では韓国中心のアジアが多かったけど、久しぶりに、白人や黒人という、アジアの人と違う人種と接してみて、いろいろと感じることが多かったです。


特に、うわっつらでも、必ず「挨拶」を欠かさないアメリカ人!

ホテルのエレベータでは、知らない人でも「グッドモーニング!」からスタート。店のレジでも、挨拶から始まります。


これは、日本と違って、アメリカは他民族国家だから、やはり色々と気遣いがあるのかな・・・という気がしたけど、逆に、日本では挨拶なんて、言われなきゃしないことを思い出しました。


日本人のそんな態度は、奥ゆかしさでも、謙虚さでもなく、本当は、単なる「礼儀知らず」という感じがします。会社なんかでも、挨拶しない人、多いもんね。


アメリカを始めとした海外(先進国)が特別なんかじゃなく、日本が特別におかしいのではないか・・・という感じがしてなりません。


日本は、経済でも優れているし、豊かな文化だってある。そして、先進国の一員として数えられています。でも、そこに住まう人が、本当に紳士であり、淑女であるのか?少なくとも「挨拶」がしっかりされているのか?は自信がもてません。


なんとなく、コミュニケーションへの努力が少し足りない気がします。それは、日本人は基本的に単一民族。だから、「言わなくても分かるのでは?」という、変な共有意識があるからじゃないかな・・・という感じがします。


そんな事で、コミュニケーションには欠かせない「挨拶」。今までの俺自身を十分反省し、改善してこうと思っています。朝は低血圧だけどね・・・。