-すすめる会からのお願い-
城野遺跡は、日本考古学協会も認める北部九州を代表する国民的文化遺産であり、市民の大切な歴史的財産です。私たちは、1800年前の弥生人と出会える遺跡公園として後世に残すために、北九州市(北橋市長)に対し、国、県と協力し、一刻も早く土地取得のために大手建設会社と協議をするよう求めています。ご支援、ご協力をよろしくお願いします。
  • 25 Jul
    • 城野遺跡公園の実現へ(番外編)-JOUNOISEKIプロモーションビデオ-

      7月17日の講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」での白木英敏先生、佐藤浩司先生、そして西谷正先生のお話など、ほんの一部ですが4回にわたり報告させていただきました。お読みいただいたみなさん、ありがとうございました。まだの方は、ぜひお読みください。   も少しこのシリーズ(?)続きますが、ここでちょっと息抜きです。   Facebookさんから「すすめる会」のメンバーに届いた動画のプレゼントが、なんと城野遺跡の写真や絵が次々と出てきて、まるで城野遺跡のプロモーションビデオみたいで、ビックリでした(笑)   案内役のカメちゃんもかわいくて、素敵な動画です。 以前にもブログで紹介しましたが、何度見ても楽しいので再度の投稿です(^^; 1分ちょっとの動画です、ご覧ください。   Facebookさん、エールをありがとう☆彡     “城野遺跡のプロモーションビデオ”は ↓ ここをクリックしてください。 https://www.facebook.com/100015316233821/videos/229328657587674/     ★この動画に出てくる写真の説明としてご覧ください。           広大な医療刑務所跡地で奇跡的に発見された城野遺跡は、足立山を臨む小高い丘陵地にあります。1800年前(邪馬台国時代)の九州最大規模の方形周溝墓、高価な中国産の水銀朱がたっぷりと塗られた幼児の石棺、九州2例目の玉作り工房を含むハイテク集落などが丸ごと発見され、北部九州を代表する貴重な遺跡です。JR城野駅(小倉駅から3つめの駅)南口から徒歩3分。市内外から訪れやすい場所にあります。    

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  • 24 Jul
    • 城野遺跡公園の実現へ!④-「聞(企救)」国の国邑(首都)は城野遺跡付近-

      7月17日の講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」の最後は海の道むなかた館館長、九州大学名誉教授の西谷正先生が締めくくって下さいました。   西谷先生には、丁度1年前にも「すすめる会」の第3回講演会で講師としてお越しいただき、「邪馬台国と『企救』国―国邑は城野遺跡付近―」と題して講演していただきました。さまざまな考古・歴史資料を駆使して、しかも私たちにもわかりやすく説明してくださる先生ですので、ファンも多く、福岡市、糸島市、宗像市からも応援団(おっかけ?)の皆さんが詰めかけて下さいました。   先生はまず、魏志倭人伝の記載から「国邑」がクニの中心、首都であることを説かれました。これは丁度古代の郡単位くらいの規模でクニに匹敵するような中心集落が存在したのではないかと考えられ、城野遺跡、広形銅矛が住居に埋められた状態でみつかった重留遺跡、200点ものガラス小玉が住居跡から出土した重住遺跡を含めたこの地域にクニが存在し、それが後の時代に「聞」というかつてのクニの領域に当たるのではないかと考えられたのです。   今回先生はその国の名を「企救国」から「聞国」に改められました。古代にはクニの名を1文字で表現する場合が多いこと、また日本書紀雄略天皇の条に記載される「聞」という地名から推察されたものです。こうした考え方はすでに著名な研究者による論文でも明らかにされており、西谷先生の最新の研究成果を踏まえたうえでのご賢察に納得しました。   でも、北九州市域では「企救半島」や「企救丘二丁目」「企救中学校」「企救焼」などの名称が存在しているので、「企救国」の呼び名も捨てがたいですね。しばらくは先生のレジュメにあるように「聞(企救)国」と表現してはどうかと思いました。   さて、今回の先生のご講演では城野遺跡の保存や整備、活用は地元の方々が中心となって、行政とも一体となって運動を展開していくことが大事と述べられ、「すすめる会」が今回発案し、示した城野遺跡講演のイメージ図は発掘調査の成果を取り込み、具体化した点でおおいに評価できるもの、とお褒めの言葉もいただいています。   また、先生は西日本各地の遺跡保存にも主導する立場でご尽力され、その具体的な事例を示されました。岡山市津島遺跡、大阪市池上曽根遺跡、米子市妻木晩田遺跡、松江市田和山遺跡など、一度は名前を聞いたことのある遺跡ばかりです。   こうした日本でも有名な弥生時代の遺跡と肩を並べて、城野遺跡公園が実現したら、どんなに北九州市は胸を張ってふるさと自慢ができることでしょうか。 先生も講演の途中で、もう城野遺跡公園は誕生したように心の中で思っている、とおっしゃり参加者もうなづいていたのが印象的でした。   最後に、今回宗像市田熊石畑遺跡の歴史公園化の報告をしていただいた白木さんはじめ、文化財関係者の熱意と努力のおかげでこの公園が整備・公開されたことに言及され、「人口10万の宗像市はこの遺跡を11億円かけて買い戻した、北九州市は人口約百万人と聞いている。すると市民一人当たり1500円の税金を使えば城野遺跡(全体)は買い戻せる、何年かにわけてその負債を返していけば、それができないはずはない。それが大手建設業者が方形周溝墓部分を無償譲渡してくれたご厚意に答える道だ」と締めくくられました。※現在「すすめる会」が提案している城野遺跡の道路西側部分だけだったら半分以下になります。   西谷先生は、つい先日沖ノ島関連遺産群の世界遺産一括登録の推進にも貢献された、いわば遺跡の守り神のような気がしてなりません。先生が熱く力説してくださった城野遺跡公園の実現も西谷先生のお力が働き、市民の望む方向に進んでいくことを心から願っています。   九州最大規模の方形周溝墓、高価な中国産の水銀朱がたっぷり塗られた幼児の石棺2基、石棺に描かれた謎の絵画模様、九州2例目の玉作り工房等はこの地に権力者がいた証しであり、城野遺跡付近は魏志倭人伝に記された国々に匹敵するクニ、「聞(企救)」国の国邑(首都)だった…。まだまだ解明されていない謎を秘めた遺跡です。1800年前(邪馬台国時代)の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡を北九州市で初めての本格的な遺跡公園として後世に残し、語り継ぎたいですね。   ↓130名の参加者を前に講演された西谷正先生       ↓4月28日に北橋健治市長に提案した「城野遺跡公園(仮称)」                  

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  • 23 Jul
    • 城野遺跡公園の実現へ!③-弥生人の心にとどく遺跡公園を-

      7月17日開催した講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」の2人目の講師は日本考古学協会埋文委員の佐藤浩司さんです。構想紹介ということで「城野遺跡公園 広がる古代の夢」と題するお話しをされました。   佐藤さんは城野遺跡の実際の発掘調査に携わり、調査の最後まで遺跡を見守って来られた経験をもとに、朱塗り石棺が見つかった時の様子や玉作り工房発見のきっかけとなった水晶破片の確認の様子、また、この遺跡が今まで見たこともない完結した地形の中で1800年も守られてきたことの感動を参加者に伝えていただきました。   顔を上げた時、足立山がすぐそこに見えたこと、また遺跡を吹き抜ける風を感じ、弥生時代の人々もおなじ台地の中でそのような思いを胸に生活していただろうことなど、初めの5分ですでに古代の夢が大きく広がる感覚でした。   そして今回、城野遺跡の土地所有者が民間企業という厳しい状況から、せめて現地保存される九州最大規模の方形周溝墓のある城野遺跡の道路西側部分を遺跡公園にする「すすめる会」の案と、一級建築士山内正一さんによる城野遺跡のイメージ図の製作により、もしも城野遺跡に遺跡公園ができるなら、こんなものにしたい……という熱い想いをわかりやすく語っていただきました。   ・遺跡入口の門は村に悪霊や災いが入り込まないように木製の鳥を配置した鳥居(韓国のソッテ)のような門にしてはどうか ・肝心の方形周溝墓部分には覆い屋を設け、当時の儀礼用に使った道を入口とし、九州最大級の方形周溝墓の大きさを体感できるようにしてはどうか ・玉作り工房は遠く離れているので現地復元とはいかないが、移築した形でそのレプリカを再現したい ・高床式倉庫や竪穴住居も公園内に復元し、またガイダンス施設を設けてそこに出土した遺物や写真パネルを展示し、隣接する重留遺跡や重住遺跡の集落やそれとの関係も説明してはどうか ・駐車場やトイレなども完備し、乗用車はもちろん、大形観光バスも止められるものにして、公園内施設案内や街灯なども設置すること など、すでに遺跡公園に市民や観光客が訪れた情景を想像できるような提案がなされました。   遺跡公園のひとつひとつのパーツに城野遺跡の弥生人の息づかいを感じられるものにしたい、という思いは私たち「すすめる会」はじめ全ての市民の願いであると考えています。   最後に、この公園ができればこんなこともできる、あんなこともできる、とその活用法をまとめられました。たしか8項目くらいは示されたと思いますが、遺跡公園が野外教育、学校教育の場として親が子に、先生が生徒にふるさとの歴史を現地で学び伝え、体感できることは、とっても大切な人材育成、いわばふるさと創生のための先行投資につながると思います。   また、ガイダンス施設ができれば、そこに気軽に立ち寄り、社会科の調べ物、宿題、そして郷土の図書閲覧、また講座室などがあれば定期的に講演会やワークショップなどのイベントも可能です。   さらに、休日は家族でピクニック、お弁当持参で芝生でゆったりとした時間が過ごせ、帰りには、おそらく東隣りにできるであろうショッピングモールで買い物も楽しめる、これは店側にとっても最高の集客力にならないでしょうか。 公園には木陰の下にベンチも設けることでしょう。将来を、愛を語り合う若い二人の姿も思い浮かびますね。   そして、近年問題となっている災害発生時の緊急避難場所としても、最高の立地ではないでしょうか。遺跡公園が避難場所になる………不安と恐怖ですさんだ気持ちに、ほのかな明かりが灯るような心地になるのではないかと思います。なぜなら1800年前も弥生人がここで、肩を寄せ合って暮らして来た場所なんですから。   そうした歴史の重みが都市の底力を支え、ふるさとを大切に思う気持ちが育まれて来るのだと考えています。城野遺跡公園は私たちの広がる夢のなかで、ずっと生き続けることでしょう。   北九州市では貴重な遺跡が発見されても、そのほとんどが開発により壊されています。城野遺跡に刻まれた弥生時代の貴重な歴史を北九州市で初めての本格的な遺跡公園として後世に残し語り継ぎたいですね。     ●城野遺跡の発掘調査記録の動画「朱塗り石棺の謎」をご覧ください。九州最大規模の方形周溝墓で出土した高価な水銀朱がたっぷり塗られた幼児の石棺2基の発掘記録です。https://www.youtube.com/watch?v=QxvY4FBnXq0     ●佐藤浩司さんの「城野遺跡公園」の構想紹介のレジュメです。          

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  • 21 Jul
    • 城野遺跡公園の実現へ!②-市民と行政が連携、最後は市長の大英断-

      7月17日の海の日に開催した講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」の講師のお一人、宗像市郷土文化課の白木英敏さんの講演のご報告です。   「いせきんぐ宗像・田熊石畑遺跡歴史公園からのメッセージ」と題し、城野遺跡の保存・整備、公開に向け、遺跡公園が地域の中で生まれ、育っていくために何が必要とされるのかについて、田熊石畑遺跡の発掘調査、たぐいまれな大量青銅武器の発見、いせきんぐ宗像・田熊石畑遺跡歴史公園設立に向けての様々な取り組み、公園設置のノウハウ、そして現在とこれからの歴史公園像など、城野遺跡公園応援という緊急報告にもかかわらず、ご自身の熱い想いをユーモアを交えながら軽妙な語り口で話していただきました。   130人の熱心な参加者からも時々「クスッ」という笑い声も起こり、会場は熱気のなかにも、和やかな雰囲気が漂っていました。   白木さんのスライドを使っての説明は非常にわかりやすく、遺跡公園を作るに当たり、市民との協働作業がどれだけ大切か、ということを学びました。その間の活動はまさに迅速かつ的確といえるもので、保存を求める会の結成、署名活動、学会からの全面保存要望書の提出、国史跡への意見具申、遺跡整備計画の策定など、市民と行政が連携して歴史公園建設という目標に向かって進んでいる様子が伝わってきました。   市民、周辺住民の遺跡保存への理解をいかにして獲得し、市民自身がこの遺跡を守り、後世に伝えていくことの大切さを知ってもらうことによって、貴重な宗像の歴史や文化を受け継いでいく、そのための仕掛けを行政が支え、ともに意見交換をしながら役割分担をしていく…、これがまちづくり、地域創生の基本的な姿ではないでしょうか。この市民の力、地域ボランティアの力がその原動力となり、それを継続していく次世代を作っていくのだという白木さんの報告から、城野遺跡公園に向けた今後の方向性が見えてきました。   この愛称「いせきんぐ宗像」も市民公募の結果、地元小学生の案が満場一致で採用されたとのこと、ほかにも、市民参加で芝貼り、竪穴住居の復元など手作り整備の実施、市民ワークショップによる他施設との交流、祭り山笠など賑わいづくりのための多彩なイベント、地元企業も巻き込んだ幅広い活動が、今後のよりよい歴史公園づくりに役立つのでしょう。   人口規模で約10倍の北九州市にこうした遺跡公園がひとつもないこと、これでは北九州市が市民憲章に掲げる「学ぶ楽しさを深め 文化のかおるまちにします」の理念とはかけ離れているのではないでしょうか。   宗像市の場合も、最後は市長さんの大英断だったとのことです。   北橋健治北九州市長、城野遺跡を残すために大英断をされた市長さんだったと子どもに、孫に語り継がれる、そんな素晴らしい城野遺跡公園を私たち市民と一緒に作っていきませんか。     ●田熊石畑遺跡歴史公園「いせきんぐ宗像」は↓ここをクリックして下さい。 http://kofunmeguriwalking.web.fc2.com/tagumaishihatakeiseki.html       ↓「しらきんぐ」と親しまれる白木英敏先生です。  

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  • 20 Jul
    • 城野遺跡公園の実現へ!①-7/17講演会開催-

      7月17日海の日。うだるような真昼の時間、めざすはクーラーの効いた北九州市商工貿易会館へ。講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」を開催しました。   開演1時間以上前から、会場設営に集合したスタッフ。参加者の人数が気になり、不安な表情も見られましたが、午後2時の開演時間には130人近くの皆さんが始まりを待って資料を手にしていました。   まずは、大型スクリーンで発掘調査記録の動画「朱塗り石棺の謎」を上映。会場からは、石棺の蓋を開ける場面が映ると、あまりの迫力に「ほう〜」というため息も聞こえてきました。   そのあと、宗像市の学芸員白木英敏さんにより、「いせきんぐ宗像・田熊石畑遺跡歴史公園からのメッセージ」と題し、弥生時代中期の墳墓から15本もの武器形青銅器が出土したため、商業施設ができるはずの遺跡が宗像市により買い戻され、整備して遺跡公園としてオープンした経緯や、その間の苦労話、また発掘時の感動を交えての、大変ユーモアのあるお話しを聞くことができました。ユーモアのなかに遺跡に対する思い入れが感じられ、城野遺跡もこんな風に保存されればいいなあという思いがよぎりました。   次に、日本考古学協会埋文委員の佐藤浩司さんが「城野遺跡公園 広がる古代の夢」というタイトルで、もし城野遺跡が保存されたら、こんな公園に!という未来予想図を、建築士山内正一さん設計のイメージ図にのせて、実際の発掘調査時の話も交えながら描いていただきました。最後には城野遺跡公園のいろいろな活用法を示され、ますますこうした公園が北九州市に一つでいいからできたらなあ、と思いました。   ここで休憩をとり、いよいよ西谷正先生の講演「城野遺跡公園の実現に向けて」です。   西谷先生は、前日も世界遺産に登録された沖ノ島に関する座談会に出席され、現在超多忙な日々を送られていますが、そんな先生のお話を、しかもわがふるさとの遺跡を保存・活用して遺跡公園に!という熱いエールを送って下さるのですから、本当に感謝、感謝です。   先生は、これまで西日本各地で保存と整備の取り組みに関わられた遺跡を紹介され、だから城野遺跡も保存する価値が十分にあることを力説していただきました。城野遺跡全体(医療刑務所跡地全て)でも北九州市の百万市民が一人1500円分の税金を使えば、この遺跡を保存できるんだ、という具体的な数値をあげられ、現実的な目標に向かって前に進んでいくことの大切さを教えて下さいました。※現在「すすめる会」が提案している城野遺跡の道路西側部分だけだったら半分以下になります。   その後、会場からは活発な意見や質問、また城野遺跡の保存活動への励ましの言葉などが述べられ、この遺跡に対する市民の関心の深さと広がりを感じることが出来ました。ほんとうに素晴らしい遺跡が目の前にある。これを保存して、整備・公開し、後世に残し伝えていくことの必要性を身をもって感じられた講演会でした。   ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。 これからも城野遺跡のこと、よろしくお願いします。   ※今後、シリーズ「城野遺跡公園の実現へ!」と題し、講師3名の方々の講演をご報告します。ぜひご覧ください!   ↓西谷先生の講演の様子     ↓白木英敏先生です。   ↓佐藤浩司先生です。   ↓会場からの質問の様子          

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  • 16 Jul
    • いよいよ明日です!講演会“城野遺跡公園の実現に向けて”にご参加ください

      海の道むなかた館館長の西谷正九州大学名誉教授を講師に迎えての第5回講演会も、いよいよ明日となりました。   「城野遺跡公園の実現に向けて」 7月17日(月・祝) 14:00~16:30(13:30開場) 北九州市立商工貿易会館 多目的ホール(北九州市立小倉北区) 資料代200円  ※詳しくは添付のチラシをご覧ください。   西谷先生は、7月9日に世界遺産に登録された「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の専門家会議委員長として、8つの資産一括登録のために長年にわたりご尽力された権威ある考古学者です。   明日の講演会では、世界遺産登録実現に奔走された西谷正先生が、今度は城野遺跡公園の実現に向けて、その重要性と展望についてお話しいただきます。ちなみに、西谷先生は親しみやすいお人柄とわかりやすいお話で評判です。   また、宗像市の国指定史跡田熊石畑遺跡を遺跡歴史公園として保存し、見事に整備・公開にこぎつけた担当者のお一人を迎え、保存の経過や苦難の道のりをご報告いただくとともに、「城野遺跡公園(仮称)」の構想も紹介します。   城野遺跡が危機的状況にある中、明日の講演会が、1800年前(邪馬台国時代)の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡の価値と魅力を知っていただき、「九州最大規模の方形周溝墓のある城野遺跡公園(仮称)」の実現への大きな一歩となればと思っています。一人でも多くの方々のご参加をお待ちしています。   北部九州の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡を、北九州市で初めての「九州最大規模の方形周溝墓のある本格的な遺跡公園」「弥生人と出会える遺跡公園」へ!   お誘いあわせの上、ぜひご参加ください。 よろしくお願いします。     ●日本考古学協会は国県市に3回も「城野遺跡の現状を保存し、史跡として整備し活用を」と要望書を提出し、昨年12月には北九州市を訪れ、直接要望しました。よかったら「日本考古学協会からのビデオメッセージ」(約6分)もご覧ください。↓ここをクリックして下さい。 https://www.youtube.com/watch?v=OrZTc90EPW8         ↓1996年2月9日付朝日新聞の西谷先生の記事です。昨年8月に国指定重要文化財に指定された重留遺跡の広形銅矛が発見された当時の西谷先生の記事です。文字が小さく読みづらいと思いますが、ぜひお読みください。     ↓昨年8月に、重留遺跡の祭祀用の広形銅矛が国重要文化財に指定され、城野遺跡とその周辺の遺跡の重要性を取材した記事です。「すすめる会」保存運動についても書かれてあります。2016年9月8日付西日本新聞です。      

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  • 14 Jul
    • 公園100周年、城野遺跡を北九州市で初めての遺跡公園へ -「市長への手紙」を出しました-

      「北九州市は土地を買い戻す気はない、このままいつまでも待てない」と、城野遺跡の土地所有者である大手建設会社は、一年以上止めていた土壌汚染ボーリング調査を4月18日から2日間実施しました(その後、草刈りはされましたが工事は進んでいないようです)。   北部九州の貴重な歴史の証しである城野遺跡は、私たちの活動開始以来最大の危機的状況にあります。   4月28日、私たちは北橋市長に、せめて現地保存される九州最大規模の方形周溝墓がある城野遺跡道路路西側部分を全て買戻し、本格的な遺跡公園として整備し、後世に残し語り継いでいくことを求める「緊急要望書」と「城野遺跡公園(仮称)案」を提出しました。   また、私たちの「市の国、県との保存交渉」「文化財保護審議会での報告」に関する情報開示請求に対し、市から届いた行政文書が真っ黒ののり弁文書だったため異議申立て、情報公開審査会で審査されていましたが、同審査会の答申を受け、市は6月2日に一定の部分を開示しました。   しかし、よく見ると、国や県の城野遺跡の評価の部分や、市の「土地の確保は国の責任」という主張に対する国や県の説明や主張部分は黒く塗りつぶされており、市が国に対し土地取得を最後まで要望せず、「現地保存」を断念し「記録保存」「移築保存」に方針を変更した交渉の経緯は一切わかりませんでした。   そこで、7月14日、北橋市長に直接お尋ねとお願いをしようといくつかの質問に絞って「市長への手紙」を出しました。ちょっと長いですが、よかったらお読みください。   ……………………………………………………………………………… 「城野遺跡の現地保存をすすめる会」の事務局長の●●●●と申します。1800年前の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡を、人々が集い学び歴史体験できる北九州市で初めての遺跡公園として整備し、後世に残し語り継ぎたいとの一念で活動を続け、市長や市議会に対しても、繰り返し陳情、要望しているのはご存知のとおりです。 今回、下記の点についてお尋ねとお願いを致します。お尋ねについてはご回答いただきますようお願い致します。   (1)市は国、県との保存交渉について、国との合意に至らなかったという「結果」は聞いていますが、市の説明や主張に対し国(財務省や文化庁)や福岡県の説明や主張は全く明らかになっておらず、これでは、市長の「現地保存断念」の決定に都合の悪いことを隠しているとしか思えません。貴重な市民の歴史財産を守るために土地取得を要望しなかったのはなぜですか。市の「土地の確保は国の責任」という主張が通らなかったのはなぜですか。   (2)広大な医療刑務所跡地で奇跡的に丸ごと発見された城野遺跡を、国有地だったからこそ有利な条件で取得できた城野遺跡を、「方形周溝墓」の部分だけしか残すことができないとしたら、北九州市の文化財保護行政の歴史の汚点として市長の名前が語り継がれることになるのではないでしょうか。どう思われますか。ちなみに、発掘された遺跡の保存方法は、現地を残すか壊すかの2つしかありません。「記録保存」「移築保存」はいずれの場合も行われることであり、「現地保存」と並列される保存方法ではありません。どう思われますか。   (3)北九州市には発掘調査され、現地保存された遺跡公園は重留遺跡だけと聞いていますが、間違いないですか。そうであれば、奇跡的に発見された1800年前の貴重な城野遺跡を、北九州市で初めての人々が集い学び歴史体験できる本格的な遺跡公園として後世に残すことをどう思いますか。北九州市に都市公園ができて100年を迎えたと聞いていますが、本格的な遺跡公園が一つもないことをどう思いますか。(北九州市で最も古い公園である清滝公園(旧門司市:大正5年完成)が平成28年11月3日で100年目を迎えました。「北九州市公園の本」より)   (4)土地所有者が民間企業という厳しい状況の中、「城野遺跡の現地保存をすすめる会」は渾身の願いを込めて、4月28日に市長に対し、城野遺跡道路西側を市が買戻し、「1800年前の九州最大規模の方形周溝墓と朱塗り石棺のある遺跡公園」として、整備活用を求める「緊急要望書」と「城野遺跡公園(仮称)案」をお届けしました。ご意見を下さい。   (5)7月17日に海の道むなかた館館長西谷正九州大学名誉教授を迎えて講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」を開催します。詳しくは既にご案内のお手紙をお届けしているとおりです。ご存知のとおり、西谷正先生は、7月9日に“神宿る島 沖ノ島”の世界遺産登録の実現に長年にわたりご尽力され、その専門家会議委員長でもあります。沖ノ島の世界遺産登録に向け、一度ははずされた重要な4つの構成資産が文化財関係者、宗像市民、福岡県民、日本国民の粘り強い訴えで、すべて取り込まれ満願成就した今回の決定は、城野遺跡公園の実現に向け、あらゆる努力を惜しまず皆の気持ちを結集すれば願いが叶うことを教えてくれたような気がします。 せめて、現地保存される方形周溝墓のある城野遺跡道路西側部分を貴重な歴史の証しとして後世に残してください。どうか、北橋市長の英断で、本格的な遺跡公園として後世に残すために、土地取得にむけて所有者の大和ハウス工業株式会社と一刻も早くは協議してください。 北九州市政の歴史に、城野遺跡を守り通した市長として名を残してください。 よろしくお願い致します。 ………………………………………………………………………………   最後までお読みいただきありがとうございました。 北橋市長からどんなご返事をいただけるか、期待しながら待ちたいと思っています。   ●城野遺跡の発掘調査記録の動画「朱塗り石棺の謎」をご覧ください。九州最大規模の方形周溝墓で出土した高価な水銀朱がたっぷり塗られた幼児の石棺2基の発掘記録です。 ↓ここをクリックして下さい。 https://www.youtube.com/watch?v=QxvY4FBnXq0                                                                

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  • 12 Jul
    • 城野遺跡を遺跡公園へ!-沖ノ島世界遺産登録に長年尽力された西谷正先生の提言-

      今週の週末は海の日が重なり、3連休となりますね。また暑くなるでしょうが、この夏、いや今もっとも熱い街は宗像市ではないでしょうか。   なにしろ、沖ノ島と関連遺産群が9日に世界遺産に一括登録されることが決まったのですから、街中が大騒ぎ。パブリック・ビューイングでその瞬間を見守っていた宗像市民の喜びようは、東京オリンピック招致が決まったときの感動と同じに見えました。   地域の、地元の遺跡が世界遺産になる。延々と培われてきたふるさとの歴史と文化、それを守り伝えてきた人々・・・・・私たちはその感動を目の当たりにして、遺跡の素晴らしさを実感せずにはいられませんでした。   さて、その沖ノ島世界遺産登録に長年ご尽力されてきた海の道むなかた館の西谷正館長をお迎えし、下記のとおり城野遺跡の遺跡公園への実現を目指した講演会を開催します。   講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」 日時7月17日(月・祝)14:00~16:30(13:30開場) 北九州市立商工貿易会館 多目的ホール(北九州市立小倉北区) 資料代200円  ※詳しくは添付のチラシをご覧ください。   2年前には明治日本の産業遺産である八幡製鉄所関連の施設が世界遺産となり、そのはずみがついた北九州市。ここにも後世にずっと伝えたい遺跡があることを、西谷先生が熱く熱く語って下さいます。   沖ノ島より100年以上も古い弥生時代終わり頃、時はまさに邪馬台国卑弥呼が活躍する激動の時代にあって、城野遺跡周辺が当時の「企救の国」の首都ではないかと考えられ、数々の論文や講演でその重要性と保存の必要性を訴えてこられた西谷先生。先生は一年前にも「すすめる会」主催の講演会で、百万市民の北九州市にとって、城野遺跡の土地を買い戻すのに一人1500円分の費用でそれが可能なことを語って下さいました。   今回、方形周溝墓部分が、民間開発業者の善意とご協力により市に無償譲渡されることになりました。今度こそ、北九州市が歴史と文化を大切にする熱意を見せる番ではないでしょうか。   沖ノ島の世界遺産登録に向け、一度ははずされた重要な4つの構成資産が文化財関係者、宗像市民、福岡県民、日本国民の粘り強い訴えで、すべて取り込まれ満願成就した今回の決定は、城野遺跡公園の実現に向け、あらゆる努力を惜しまず皆の気持ちを結集すれば願いが叶うことを教えてくれたような気がします。   さあ、今度は城野遺跡を北九州市が誇れる遺跡公園に押し上げていきましょう!   西谷正先生という、大きな推進力を得て城野遺跡の未来が開けるように、皆様方の講演会ご参加を心よりお待ちしています。     ●ユネスコでの世界遺産登録決定のニュースです。↓ここをクリックして下さい。 https://ord.yahoo.co.jp/o/video/RV=1/RE=1499895910/RH=b3JkLnlhaG9vLmNvLmpw/RB=/RU=aHR0cHM6Ly93d3cueW91dHViZS5jb20vd2F0Y2g_dj0ybF9GY1VXcEF3dw--/RS=%5EADBBtYvB6lPNq2jTS_wnD0J1MhANEU-;_ylt=A2RimVDmRmVZYnsALBmHrPN7     ●宗像市の地元での世界遺産決定のニュースです。↓ここをクリックして下さい。会場は西谷先生が館長をしている「海の道むなかた館」です。 https://ord.yahoo.co.jp/o/video/RV=1/RE=1499895159/RH=b3JkLnlhaG9vLmNvLmpw/RB=/RU=aHR0cHM6Ly93d3cueW91dHViZS5jb20vd2F0Y2g_dj02eDlIZjkybVdTUQ--/RS=%5EADBJ9jhu8WxJHSrWS_YcFzD.J9AMHM-;_ylt=A2RinFn3Q2VZuREAFzWHrPN7           ↓講演会チラシの表裏です。        

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  • 09 Jul
    • 「神宿る島」宗像・沖ノ島が世界遺産に!-専門家会議委員長の西谷正先生が“城野遺跡”を語ります-

      本日、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の8つの資産全てが世界遺産に登録されました!   5月にユネスコの諮問機関は、日本政府が推薦した構成資産8件のうち4件を除外するよう勧告しましたが、今回、逆転で一括登録が認められました(下記添付の7/9付毎日新聞より)。本当によかったです。世界の宝です!   7月17日開催の講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」の講師を引き受けていただいた、海の道むなかた館館長の西谷正先生は、この世界遺産登録に向けての専門家会議委員長として8つの資産一括登録のために奔走されています。   7月17日の下記講演会では、世界遺産登録に奔走された西谷正先生が、今度は城野遺跡公園の実現に向けて、その重要性と展望を提言していただきます。   講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」 日時7月17日(月・祝) 14:00~16:30(13:30開場) 北九州市立商工貿易会館 多目的ホール(北九州市立小倉北区) 資料代200円  ※詳しくは添付のチラシをご覧ください。   城野遺跡が危機的状況にある中、とてもありがたいことです。 西谷先生の講演は、親しみやすいお人柄とわかりやすいお話でも評判です。 お誘いあわせの上、お気軽にご参加ください。   福岡県の貴重な文化財が「世界の宝」になった喜びと西谷正先生の紹介もかねて、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の記事をご紹介します。     ●下記添付の毎日新聞「デジタル毎日」の記事は↓をクリックして下さい(動画も観れます)。https://mainichi.jp/articles/20170710/k00/00m/040/014000c         ●写真中央が西谷正先生です。西谷正先生はユネスコへの推薦書の原案作りに関わってられます。専門家会議委員長なので当然ですが、すごいことですね。              

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    • 7/17講演会まであと1週間!-講師の西谷正先生と城野遺跡-

      海の道むなかた館館長西谷正九州大学名誉教授を迎えての第5回講演会まで1週間となりました!   そのタイトルも、ズバリ、 講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」 日時7月17日(月・祝) 14:00~16:30(13:30開場) 北九州市立商工貿易会館 多目的ホール(北九州市立小倉北区) 資料代200円  ※詳しくは添付のチラシをご覧ください。   今回の講演会では、海の道むなかた館館長の西谷正先生らを迎えて、城野遺跡の地に北九州市で初めての本格的な遺跡公園を整備し、後世に残し語り継ぐことの重要性と展望を大いに語っていただきます。   西谷正先生は、今話題の“神宿る島 沖ノ島”の世界遺産専門家会議委員長をつとめられるほど権威ある考古学者です。その西谷先生は、城野遺跡についてもすぐ近くにある重留遺跡、重住遺跡と一体の遺跡として発掘当時から学術上の重要性を訴えられています。   西谷先生の当時の新聞記事を紹介します。城野遺跡一帯がいかに重要な歴史の証しであるか、その価値と魅力がよくわかります。   城野遺跡は、1800年前(邪馬台国時代)の九州最大規模の方形周溝墓(24m×16m)と朱塗りの幼児の石棺2基、石棺に描かれた謎の絵画文様、九州2例目の玉作り工房を含むハイテク集落など北部九州の歴史が刻まれた貴重な遺跡であり、まだまだ解明されていない謎の多い遺跡です。   城野遺跡と周辺の遺跡が魏志倭人伝に記された国々に匹敵する勢力がいた「企救」国の国邑(首都)だとしたら・・・。ワクワクしますね。   西谷先生の講演は、親しみやすいお人柄とわかりやすいお話でも評判です。 お誘いあわせの上、お気軽にご参加ください。     ↓1996年2月9日付朝日新聞の西谷先生の記事です。昨年8月に国指定重要文化財に指定された重留遺跡の広形銅矛が発見された当時の西谷先生の記事です。文字が小さく読みづらいと思いますが、ぜひお読みください。   ↓2014年5月21日付小倉タイムスの西谷先生の記事です。北九州市が城野遺跡の現地保存を断念したことを突然知り、取材に答える西谷先生。     ↓昨年8月に、重留遺跡の祭祀用の広形銅矛が国重要文化財に指定され、城野遺跡とその周辺の遺跡の重要性を取材した記事です。「すすめる会」保存運動についても書かれてあります。2016年9月8日付西日本新聞です。   ↓講演会チラシの表と裏です。  

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  • 03 Jul
    • なんと、城野遺跡のプロモーションビデオができました!?

      Facebookから“利用者が20億人を超えました!”ということで動画のプレゼントが届いた方も多いのではないでしょうか?   「すすめる会」のメンバーに届いた動画のプレゼントが、なんと城野遺跡で発見された遺跡の主だった写真が次々と出てきて、まるで城野遺跡のプロモーションビデオみたいで、ビックリでした(笑)   案内役(?)のカメちゃんもかわいくて、素敵な動画です。 うれしくって、ブログでも紹介することにしました。 1分ちょっとの動画です、ご覧ください。   Facebookさん、エールをありがとう☆彡     “城野遺跡のプロモーションビデオ”は ↓ ここをクリックしてください。 https://www.facebook.com/100015316233821/videos/229328657587674/     ★この動画に出てくる写真の説明としてご覧ください。           広大な医療刑務所跡地で奇跡的に発見された城野遺跡は、足立山を臨む小高い丘陵地にあります。1800年前(邪馬台国時代)の大規模集落、九州最大規模の方形周溝墓、九州2例目の玉作り工房等が丸ごと発見され、北部九州を代表する貴重な遺跡です。        

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  • 01 Jul
    • “前畑遺跡”はすごいぞ!-NHK「英雄たちの選択」再放送 (7/6)-

      “城野遺跡”もすごい遺跡ですが、最近、私たちのブログで取り上げている福岡県筑紫野市の“前畑遺跡”もすごい遺跡で、それぞれ考古学の専門家と協力しながら市民が保存運動にがんばっています。エールを込めて“前畑遺跡”の情報も発信しています。   2015年10月に発見された“前畑遺跡”の土塁は、古代の大宰府防衛のために築かれた、日本最初の巨大な城郭遺跡で、国の歴史にかかわる重要な遺跡です。   先日NHKBSプレミアムで放送された“英雄たちの選択”の「敗北!白村江の戦い なぜ巨大帝国に挑んだのか?」の中で“前畑遺跡”の大発見が大きく取り上げられていました。司会の磯田道文氏もその大発見に大興奮でした!   その番組が下記のとおり再放送されます!古代の日本と東アジアの歴史も興味深かったです。「白村江の戦い」は日本で初めての戦争だったとか! ぜひ、ご覧ください。観れない場合はぜひ録画してご覧ください。   NHKBSプレミアム“英雄たちの選択” 7月6日(木)8:00~9:00 「敗北!白村江の戦い なぜ巨大帝国に挑んだのか?」   現在、“前畑遺跡 筑紫土塁を守る会”のみなさんが「現在行われている開発や発掘調査を中止し、有識者を集めた公式な外部評価委員会を開催を!」「史跡保存活用事業、土地区画整理事業、公園整備事業の3つが同時に成り立つプランを再検討し、国の宝である前畑遺跡の「筑紫土塁」を生かし、市民と一体となったまちづくりを!」と陳情署名や講演会に取り組まれています。   “前畑遺跡”も“城野遺跡”もつぶされたら取り返しがつきません。文化財保護に責任を持つ行政の長である市長の責任が、今まさに問われています。両市長には、考古学の専門家や市民の声にしっかりと向き合い、貴重な遺跡を後世に残した市長として、市政の歴史に名を残して欲しいですね。            

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  • 29 Jun
    • 故郷のかけがえのない歴史や文化を大切にしたい!-前畑遺跡と城野遺跡の保存運動-

      6月26日、筑紫野市で今大きな問題になっている前畑遺跡の市民講演会に参加してきました。講師は小田富士雄先生。福岡大学名誉教授です。   小田先生は城野遺跡の方形周溝墓の発掘調査中にも遺跡を訪れ、専門的な立場から調査担当者に指導や助言を行っておられます。「すすめる会」が作成した発掘調査の記録動画“朱塗り石棺の謎”にもその様子が映っています。   現在、先生がお住まいの地元筑紫野市の重要遺跡が今破壊の危機に瀕していることに深い懸念を示され、なんとかその重要性を市民や開発部局に周知し、市民による保存運動がより高まって、行政に再度保存に向けての協議や調整を行うことを期待して、今回2度目の講演を買って出られたと聞いています。   遺跡は古代の大宰府を防衛する大規模土塁とその関連遺構群からなり、周囲の山や谷を取り込んで延々と50キロにも及ぶ日本最大規模の外郭防衛ライン(羅城)ということです。あの有名な水城や大野城、基肄城が、この羅城の一部分にすぎないというのは驚きのスケールですね。   その一部が今回区画整理事業用地になっており、調査開始後次々に重要な遺構が見つかったにも関わらず、筑紫野市は市民に公開することなく事業を進めてきました。調査開始から1年が経ってようやく市民向けの現地説明会が開かれ、2日間で1000人近い見学者が詰めかけたそうです。しかしその後一切の見学依頼、取材の申し入れも受け付けず、その間関連遺構の一部はすでに跡形もなく壊されています。   幸い良好な堆積土層からなる土塁部分はまだ無事のようですが、筑紫野市長は「専門家の評価が定まっていない」として、結論を先送りしたままです。よって現在は発掘調査がストップしています。これが再開されたら、いよいよ調査後に破壊される運命になる可能性が高いのです。   それにしても、行政というのはどうしてこうも都合の悪いことは隠したがるのでしょうか。   わが城野遺跡もしかり…。九州最大規模の方形周溝墓と朱塗りの石棺、また九州2例目の玉作り工房の発見など、城野遺跡の群を抜く新発見の数々をかんがみ、日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会は、2011年の調査中から国や県、市に現地保存と整備活用の要望書を提出しました。それに対する北九州市の回答は、あたかも保存に向けて今後努力していくかのような文面でした。   私たちはそれを信じ待ち続けましたが、その間の情報は市民には全く知らされず、突然手のひらをひっくり返したかのように、2013年、城野遺跡の国との保存協議がうまくいかず、財務支局側が土地売却の手続きに入ったので、保存は困難と判断し、方形周溝墓内の石棺は取り上げ移築保存、玉作り工房は記録保存(この用語は発掘調査後破壊を意味します)という愚行を強行しました。   「すすめる会」はその間の保存協議の内容について情報公開を求めましたが、その後公開された文書はほとんど黒塗りの「ノリ弁文書」でした。これが情報公開という制度を踏まえた結果でしょうか?あまりに馬鹿にしています。こうして情報を隠すから、なおさら憶測が憶測を呼び、事実と異なる解釈をされたり、過大な不信感をあおる結果になるのです。それは行政側にとって大きな信頼失墜の原因、市の責任放棄につながるとは思わないのでしょうか。   今回、前畑遺跡の保存問題や市民の意識が城野遺跡の場合と比べてどうなのか、を知りたくて参加した講演会でしたが、ふるさとのかけがえのない歴史や文化を大切にしたい思い、そのために声を出さずにはおれない気持ち、行政にもっとしっかり市民と向き合ってほしいと願う意識、どちらもなんら変わるところはありません。   「遠の朝廷(とおのみかど)」とかつて呼ばれた天下の大宰府を守るため苦役に耐えて築き上げた民衆の血と汗の結晶、1400年守られてきた土塁とその関連遺構群、かたや1800年前の邪馬台国時代に北九州市に存在した権力者の墓と集落、前畑遺跡と城野遺跡はその時代や性格は違うとはいえ、先人達の熱い想いと大地に残した営みは現代を生きる私たちに歴史という大切な心の拠り所をどう求め、引き継いでいくかという大きな宿題を与えてくれているかのようです。     ●「前畑遺跡 筑紫土塁を守る会」のブログは↓をクリックして下さい。がんばってられるのがよくわかります。 http://blog.goo.ne.jp/maehata2017     ●「前畑遺跡」に関する日本考古学協会の要望書は↓をクリックして下さい。 2017.3.31要望書 http://archaeology.jp/wp-content/uploads/2017/04/73013160890e97f164303f62b71ca631.pdf     ●「城野遺跡」に関する日本考古学協会の3回の要望書は↓をクリックして下さい。 2011.2.25要望書 http://archaeology.jp/maibun/yobo1012.htm 2016.1.8再要望書 http://archaeology.jp/maibun/yobo1508.htm 2016.7.20再々要望書http://archaeology.jp/wp-content/uploads/2016/08/160802.pdf     ●「城野遺跡」の方形周溝墓の発掘調査の記録動画“朱塗り石棺の謎”は↓ここをクリックして下さい。 https://www.youtube.com/watch?v=QxvY4FBnXq0       <「前畑遺跡 市駆使土塁を守る会」のブログの画面>  

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  • 28 Jun
    • 北橋市長と担当局に講演会「城野遺跡公園の実現に向けて」のご案内を届けました!

      私たちは、城野遺跡の土地が「一般競争入札で民間へ売却」という新聞記事に驚き、2015年11月の学習会をきっかけに「城野遺跡の現地保存をすすめる会」の活動を再開しました。   この学習会を皮切りに、多くの方々に城野遺跡の価値と魅力を知っていただくために、これまで2回の学習会と4回の講演会を開催し、今回の講演会は7回目の研究・活動集会になります。   今回は再び海の道むなかた館館長西谷正先生をお迎えし「城野遺跡公園の実現に向けて」と題し、遺跡保存のあるべき姿、実現に向けてのいくつかの提言をしていただきます。また、同時に、宗像市の田熊石畑遺跡の保存、整備、公開に尽力された教育委員会郷土文化課の白木英敏さんに、その間の道のりと苦労話をお話ししていただきます。   現在、講演会への案内を広げていますが、6月23日に北橋市長にも私たちの「緊急要望書」と「城野遺跡公園(仮称)案」へのご理解を深めていただくために、今回の講演会のご案内を届けました。   市民のかけがえのない文化遺産である城野遺跡を守れるかどうか、文化財保護に責任を持つ行政の長である市長の責任が問われています。北橋市長には、考古学の専門家や市民の声にしっかりと向き合い、貴重な遺跡を後世に残した市長として、市政の歴史に名を残して欲しいと切に願っています。   みなさま、ぜひご参加ください。 よろしくお願いします<(_ _)>                

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  • 23 Jun
    • あちこちで貴重な遺跡が消滅の危機に!-前畑遺跡、城野遺跡から見えてくるもの-

      市民の多くが知らないうちに、貴重な遺跡が壊されていることをご存知ですか。 「発掘調査は開発のため」に実施され、遺跡が発見されてもその多くが記録保存、移築保存され、現地は壊されています。遺跡は壊されたら取り返しのつかない文化遺産ですが、すごく貴重な遺跡でも開発が優先され壊されることも・・・。   いま、福岡県筑紫野市の前畑遺跡でも大変な保存問題がおこっています。 この遺跡は、古代の大宰府を守る防衛ラインが中国や朝鮮半島で見つかっている羅城をモデルとした壮大な構想のもとに構築された日本でも他に例を見ない貴重な土塁と関連する遺構群から成り立っており、その重要性は城郭専門家や考古学研究団体のみならず文化庁、福岡県教育庁も認めており、筑紫野市民にも周知が広がっています。 しかし新聞記事によると筑紫野市長は「遺跡への評価が定まっていない」として、「土地区画整理事業用地は発掘調査し記録後に破壊、それ以外の部分は一部保存」という意向を示していました。また、その後の定例記者会見でも「国や県の専門的知識のある学者が保存するべきだ、という結論にはまだ至っていない」「文化庁が国の史跡に指定するとか、福岡県が残すべきだという段階になったら考えなくてはいけない」と述べています。   まさに責任転嫁の姿勢ですね。第一、専門的知識のある学者、少なくとも大宰府の歴史に深く精通されている小田富士雄先生、西谷正先生が重要だ、現地保存すべきだ、福岡県教育委員会文化課長も「国指定相当の遺跡として認識していたし、今も認識している」、また文化庁担当課も「大宰府関連の重要遺跡である」と述べているのに、それ以外のどの専門家に聞くというのでしょうか。 遺跡の評価が定まっていないのなら、どうすれば定まるのかを考えればいいのではないでしょうか。 北九州市の埋蔵文化財担当所管課のように、城野遺跡の保存協議の経過について情報公開を求めれば、真っ黒塗りの「のり弁」文書で提示したことで、情報開示が不十分だと市民や外部はさらに不信感を抱き、憶測が飛び交い言った言わないの水掛け論になってしまい、無益な醜態をさらす結果になることは今の国会を見ていてもわかります。   どうか、筑紫野市としても広く一般市民や市民団体、研究団体の意見に耳を傾け、その評価を引き出すための「場」を設けて下さい。開発者も交えそこで議論を尽くす、そうすればここまでは出来る、これは難しいという線引きができ、方向性が見えてくると考えます。   北九州市の「城野遺跡の現地保存をすすめる会」は、筑紫野市の「前畑遺跡 筑紫土塁を守る会」の運動に勇気づけられ、今後さらに遺跡公園化をめざすを闘いを継続していこうと決意をあらたにしているところです。     ↓前畑遺跡の土塁の土層断面(筑紫野市教育委員会現地説明会資料より転載) 高さ2m、幅13.5mもあります。古代大宰府を守るための大規模な土木工事、延々と数十キロにわたって築かれていたといいます。国家が推し進めた大型プロジェクトの証しです       ↓前畑遺跡の新聞記事(2017.2.6付朝日新聞)           ↓北九州市が開示した城野遺跡の現地保存断念に至る国との保存交渉の行政文書(「のり弁」文書) 開催日、場所、参加者、写真や図面以外は真っ黒に塗りつぶされ、肝心の協議内容は一切開示されませんでした。※「すすめる会」の異議申し立てにより、情報公開審査会で審査され、今月一部開示され現在検討中です。        

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  • 18 Jun
    • 前畑遺跡(福岡県筑紫野市)でも現地保存に市民が頑張ってます!

      2015年10月に発見された前畑遺跡の土塁は、古代の大宰府防衛のために築かれた、日本最初の巨大な城郭遺跡で、国の歴史にかかわる重要な遺跡です。これまで古代大宰府の防衛に関連する遺跡(水城跡、大野城跡、基肄城跡)はすべて国の史跡に指定されています。   ところが、筑紫野市長は2016年11月28日の記者発表で、「遺跡への評価が定まっていない」「土地区画整理事業内は記録保存」(2016.11.30西日本新聞記事)と発言。しかし、有識者を集めた公式な外部評価委員会が筑紫野市でも福岡県でも1度も開催されておらず、「遺跡への評価が定まっていない」という市長の発言は、市民不在の「開発ありき」の判断と捉えられています。   同年12月26日に発足した “前畑遺跡 筑紫土塁を守る会”のみなさんが、今、「現在行われている開発や発掘調査を中止し、有識者を集めた公式な外部評価委員会の開催を!」「史跡保存活用事業、土地区画整理事業、公園整備事業の3つが同時に成り立つプランを再検討し、国の宝である前畑遺跡の「筑紫土塁」を生かし、市民と一体となったまちづくりを!」と、署名や講演会に取り組まれています。   貴重な遺跡は市民の、国民のかけがえのない文化遺産です。その歴史を後世に語り継ぐためには、現地を保存し整備活用することが重要です。現地が消滅したら、広く市民にいつまでも語り継ぐことはできなくなります。   前畑遺跡も城野遺跡も、文化財保護に責任を持つ行政の長である市長の責任が問われています。両市長には、考古学の専門家や市民の声にしっかりと耳を傾け、貴重な遺跡を後世に残した市長として、市政の歴史に名を残して欲しいですね。   前畑遺跡、城野遺跡ともども、みなさんのご理解とご支援をお願いします。   ※近々放映予定のNHKプレミアム「英雄たちの選択~白村江の戦い~」(全国放送)では、前畑遺跡を取り上げることになっているそうです。   ↓ここをクリックすると「前畑遺跡 筑紫土塁を守る会」のキャンペーン署名をご覧いただけます。よかったらご協力下さい。 https://www.change.org/p/%E8%97%A4%E7%94%B0%E9%99%BD%E4%B8%89%E7%AD%91%E7%B4%AB%E9%87%8E%E5%B8%82%E9%95%B7%E5%AE%9B%E3%81%A6-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%80%E5%88%9D%E3%81%AE%E5%9F%8E%E9%83%AD%E9%81%BA%E8%B7%A1-%E5%89%8D%E7%95%91%E9%81%BA%E8%B7%A1%E3%81%AE%E7%AD%91%E7%B4%AB%E5%9C%9F%E5%A1%81%E3%82%92%E3%81%93%E3%82%8C%E4%BB%A5%E4%B8%8A%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84     ↓前畑遺跡の土塁の土層断面 (筑紫野市教育委員会現地説明会資料より転載) 高さ2m、幅13.5mもあります。古代大宰府を守るための大規模な土木工事、延々と数十キロにわたって築かれていたといいます。国家が推し進めた大型プロジェクトの証し、筑紫野市さんのすすめる区画整理事業とはスケールがちがいますよね。市域、県域を越えた公共工事のありかたを考える上で、見習うところが多いと思いますが…。   ↓朝日新聞の記事(2017.2.6付)    

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  • 11 Jun
    • 講演会“城野遺跡公園の実現に向けて”を開催します!

      とってもうれしいお知らせです! 海の道むなかた館館長 西谷正 九州大学名誉教授を迎えて講演会を開催します。 そのタイトルも、ズバリ、 「城野遺跡公園の実現に向けて」 日 時 7月17日(月・祝) 14:00~16:30(13:30開場) 場 所 北九州市立商工貿易会館 多目的ホール(北九州市立小倉北区) 資料代 200円  ※詳しくは下記のチラシをご覧ください。   大手建設会社(土地所有者)は城野遺跡の重要性から一年以上にわたり工事を止めていましたが、今年4月に「北九州市は土地を買い戻す気はない、いつまでも待てない」と土壌汚染ボーリング調査(2日間のみ)に着手し、本工事に向けて動き出しました。※ボーリング調査後、今のところ何ら変化ありません。   今、城野遺跡は、私たちの活動開始以来最大の危機的状況です。   西谷先生は、城野遺跡の発掘当時からその重要性を訴えられ、北九州市の現地保存断念を「非常に残念」と厳しく批判され、私たち「すすめる会」の活動にご理解をいただいています。今回の講演会は、この間の「すすめる会」の粘り強い活動や「城野遺跡公園(仮称)」を提案したことなど説明し相談をしたところ、講演会の講師をご快諾いただき実現しました。   講演会では、宗像市の田熊石畑遺跡を遺跡歴史公園(国指定史跡)として保存し、見事に整備・公開にこぎつけた担当者のお一人を迎え、保存の経過や苦難の道のりをご報告いただくとともに、「すすめる会」が提案した「城野遺跡公園」の構想を紹介します。その上で、西谷先生には遺跡保存のあるべき姿、「城野遺跡公園」の実現をめざす提言をしていただきます。   西谷先生の講演はとてもわかりやすく、親しみやすいお人柄で追っかけ考古学ファンも多数おられ、昨年7月30日に開催した西谷先生の講演会「邪馬台国と『企救』国-国邑は城野遺跡付近-」には会場いっぱいの211名もの参加で大盛況でした。また、現在、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界遺産登録に向けた専門家会議委員長でもあります(下記新聞記事参照 ↓をクリックしてください)。 https://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/326344/   ぜひ、多くの方々にご参加いただき、1800年前(邪馬台国時代)の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡の価値と魅力を知っていただき、九州最大規模の方形周溝墓のある「城野遺跡公園(仮称)」の実現への大きな一歩となればと思っています。   北部九州を代表する学術上重要な城野遺跡を、北九州市で初めての「弥生人と出会える遺跡公園」へ!市民の貴重な文化遺産を後世に残し語り継ぐために!   お誘いあわせの上、ぜひご参加ください。 よろしくお願いします。   ※私たちは、4月28日、文化財保護行政の責任者である北橋市長あてに「北部九州の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡を北九州市で初めての本格的な遺跡公園へ」の願いを込めて「城野遺跡公園(仮称)」案を示しながら緊急要望しました。     ↓今回の講演会のチラシの表と裏です。         ↓「すすめる会」がこれまで開催した学習会1回、講演会3回のチラシです。                

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  • 01 Jun
    • 「北九州市公園の本」改定版発行、やはり遺跡公園は一つもなかった・・・

      久しぶりの記事です。 最近、フェイスブックの公開グループ”北九州が好き♪”に参加させてもらい、北九州市の話題や情報が入るようになりました。   そこで知った情報です。 北九州市が2月に「北九州市公園の本」改定版を出したそうです。 市のホームページによると次のように紹介されていました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「公園の本」とは、北九州市の公園の様々な魅力や情報を分かりやすく、たくさんの写真を使って紹介する本です。北九州市で最も古い公園である清滝公園(旧門司市:大正5年完成)が平成28年11月3日で100年目を迎えました。  今回は100年目を記念して、清滝公園特集をはじめ、公園今昔物語特集やタコ遊具がある公園特集など、以前よりも特集を増やし、100ページにわたる「北九州市公園の本」が完成しました。 この「北九州市公園の本」を使って、たくさんの人が公園を訪れ、遊んだり、スポーツを楽しんだり、自然と親しんだり、いろいろな目的で公園を利用し、みなさんにとって想い出の場所となることを願います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 市内各地の公園がよくわかり、とても立派なパンフレットです。   ただ、北九州市に初めて公園ができて100年、やっぱり遺跡の現地が保存され学び歴史体験できる「遺跡公園」はないようです。残念!!!   北九州市は貴重な遺跡が見つかっても、開発優先で、ほぼすべてが記録保存・移築保存され、現地はつぶされています。そんな中、城野遺跡の発掘調査に関わった方々は「城野遺跡だけは現地を残したい」と心底思ったそうです。   北九州市は、なぜ、城野遺跡を市民の歴史的財産として現地を保存し整備活用するために、国に対し土地取得を要望しなかったのでしょうか?しかも、市は国との保存交渉の協議内容は真っ黒の「のり弁」文書で一切わからず、私たちの疑問に答えてくれません。   今、城野遺跡は北九州市が取得しなかったために大手建設会社の土地となり、開発により、城野遺跡は壊されようとしています。城野遺跡は、今最大の危機的状況ですが、私たちは地元住民として納得もあきらめもできません。   「城野遺跡の現地保存をすすめる会」が提案した、邪馬台国時代(1800年前)の九州最大規模の方形周溝墓ある遺跡公園「城野遺跡公園案」がたたき台となり、市民が誇れる遺跡公園への後押しとなるよう、これからもがんばります。   ↓「北九州市公園の本」はここをクリックしてください。 http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000761256.pdf       ↓「城野遺跡の現地保存をすすめる会」が北橋市長に緊急要望書と一緒に提案しました。     ↓「城野遺跡の現地保存をすすめる会」が作った写真パネルの一部です。              

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  • 15 May
    • 城野遺跡周辺に新しいチラシ配り-1800年前の九州最大規模の方形周溝墓のある遺跡公園へ-

      城野遺跡は1800年前の邪馬台国時代の大規模集落、九州最大規模の方形周溝墓と手厚く葬られた幼児の石棺、石棺に描かれた謎の絵画文様、九州で2例目の玉作り工房など、北部九州を代表する遺跡と言われています(日本考古学協会の要望書より)。ところが、北九州市が国との保存交渉で土地を取得しなかったため、今、城野遺跡は私たちの活動開始以来最大の危機的状況にあります。   私たちは、苦渋の選択ですが「城野遺跡全域を遺跡公園へ」から「方形周溝墓のある道路西側部分を遺跡公園へ」と方針を変更し、4月28日に北橋市長に「緊急要望書」を出しました。   そして、5月13日、地元のみなさんに城野遺跡をめぐる状況や私たちの提案を知っていただくために城野遺跡周辺に新しいチラシを配りました。   チラシを配りながら道で出会った方から「本当にね、いいところなのに」「市はまだ何も言わんのかね」「開発ばかりしてなー」「以前、公園になるという話しがあったときは、みんな喜んでたけどね」「そんなにすごい遺跡なら残して欲しいね」「記録保存や移築保存じゃなかなか語り継がれないよね」等々の話しを聞くことができました。   広大な医療刑務所跡地で奇跡的に発見された城野遺跡は、北九州市で初めての人々が集い、学び、歴史体験できる遺跡公園にふさわしい遺跡です。まだまだ解明されていない謎を秘めた貴重な遺跡です。私たちの世代でつぶすわけにはいきません。   私たちが提案した「城野遺跡公園(仮称)案」がたたき台となり、市民が誇れる遺跡公園への後押しとなるよう、これからもがんばります。     ↓城野遺跡周辺に配った新しいチラシの裏面です。   ↓新しいチラシの表です。   ↓今年1月29日投票の北九州市市議選でも文化財保護行政が問われました。1月5日付西日本新聞の記事で「すすめる会」も取材を受けました。   ↓城野遺跡周辺には、ところどころにこのポスターが張られています。A3のかわいいサイズです。            

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  • 12 May
    • 新しいチラシです!-城野遺跡公園(仮称)案に願いを込めて-

      大手建設会社(土地所有者)のご協力で九州最大規模の方形周溝墓部分は現地が保存されることとなりホッとしましたが、同時に「市は土地を買い戻す気はない、このままいつまでも待てない」と、大手建設会社は1年以上止めていた土壌汚染ボーリング調査を4月18日に開始しました。   私たちは、広大な医療刑務所跡地で奇跡的に発見された城野遺跡全体を遺跡公園として後世に残して欲しいと願いながらも、大手建設会社がいよいよ工事を再開しようとしている現実を踏まえ、苦渋の選択ですが「方形周溝墓のある道路西側部分を遺跡公園へ」と方針を変更し、4月28日に北橋市長に「緊急要望書」を出しました。また、市の対応を待ち続ける時間がないことから、城野遺跡を遺跡公園として整備・活用するためのたたき台として城野遺跡公園(仮称)を提案しました。   このことを広く知らせるために、「城野遺跡を人々が集い、学び歴史体験できる遺跡公園として後世に残したい」という願いを込めて新しいチラシを作りました。ご覧ください。よかったら広めてください。よろしくお願いします。   方形周溝墓の発掘調査の感動がよみがえる動画“朱塗り石棺の謎”もぜひご覧ください。↓ここをクリックしてください。 https://www.youtube.com/watch?v=QxvY4FBnXq0                                      

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私たちは、北九州市小倉南区にある城野遺跡を現地保存し、遺跡公園として整備活用することを求めて活動して...

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