• 28 Jan
    • 神武天皇とサンタクロース その4

      「ほう。よく調べてあるなあ。ちゃんとまとめてあって、わかりやすいヨ」 クリスマス・イブの晩、例年通り母さんとボクにプレゼントを持ってきて、これも例年通り母さんの料理を食べまくった後のこと。ボクの部屋に場所を移して、伯父さんに今まで調べたこと、考えたことを教えた。はじめはベッドに腰掛けていた伯父さん、しまいには寝転がって、ときどきぷっと鼻毛を抜きながらボクの話を聞いていた。 いつでもどこでも寝転がるんだ、この人は。 「学校の宿題でもなんでもねえのに、よく調べたな。偉えなあ、オイ」 普段は自分の知識をひけらかすことに喜びを感じている人だけど、こうしてボクの話をニコニコで聞いてくれる。ちょっと意外だ。 「お前さんの言うとおり、神武天皇もサンタクロースも伝説。だけど現実にいる/いたものとして扱われてるんだな」 「今の天皇陛下も神武天皇がいたことを認めているの?」 「天皇の意見はわからねえな。だけど宮内庁のホームページにも『昭和天皇は124代』と出ている」 「124代!」 「おう。コレをご覧な」 伯父さんは黒い手帳を取り出した。表紙には金色の字で「歴史手帳 2006」とある。 吉川弘文館編集部 歴史手帳 2006 (2006) 「ここ、ほら、ここだ。『日本歴代表』の『歴代天皇』。ここに『1 神武 神日本磐余彦尊(カムヤマトイワアレヒコミコト)』とあるだろう?」 「うんうん」 「で、ずっと下ってくと、最後に『125 今上 明仁』とある。初代の神武天皇はおろか、お前さんの言ってた2代目綏靖天皇(すいぜいてんのう)から9代目開化天皇(かいかてんのう)、いわゆる『欠史八代』も代数に数えてるんだよ」 「ホント、そうだね。じゃあ実在していたと信じてるの? 宮内庁やこの歴史手帳を作った会社は?」 「いや、そうじゃあねえだろうな。この手帳だけでなく、大抵の歴史本なら今の天皇を125代、と言ってるヨ。だけど神武天皇はじめ歴代天皇全部が実在したと信じてるわけじゃあねえんだよ」 「ややこしいなあ」 「つまり天皇家は今の天皇が125代だと否定はしていない。だから他の人の多くも否定はしてない。おそらく今の明仁天皇も神武はじめとする神話上の天皇の実在を信じちゃあいねえだろう。それでも初代天皇として敬い、祭っている」 「う~ん、なんでだろ」 「天皇家は万世一系、世界で一番古い王家だというのが一つの存在意義になってるんだ」 「ばんせいいっけい?」 ばんせい-いっけい 【万世一系】 永遠に一つの系統が続くこと。多く皇統についていう。                     三省堂提供「大辞林 第二版」より 「すごいんだね」 「別にすごかねえや。人間誰しも誰かさんの子孫。皆平等に万世一系ホモ・サピエンスの子孫だわさ」 「そういやそうだね」 「それに天皇家だって実はどこかでよその家系に変わってる可能性もある」 「ホント?」 「ああ。そういう説もある。だが、それらを承知の上で『神武以来の125代』と言ってるわけだ。建前だね」 「ふうん」 「聞いてる周囲も、ごく一部を除いてそれは承知サ」 「ええと」 「お前さんの言いたいのはわかる。『そんなインチキくさいこと、やめちゃえば』って思ってるだろ」 「インチキだなんて、そこまでは。。。でも、まあ、そうかな」 「子供はピュアで厳しい面があるからな。おいらとしちゃあ、『他人に迷惑をかけないなら、別にいいんじゃないの』って考えだ」 「ええ~」 伯父さんはまたぷっと鼻毛を抜いた。あの、ここはボクの部屋なんだけどな。 「お前さんは何歳ぐらいまでサンタクロースがいると思っていた、え」 出し抜けに何を言い出すのやら。まだ神武天皇の話は終わってないのに。 「ええと、5歳くらいまでかな」 「じゃあ、今じゃ信じてないわけだ」 「そりゃそうだよ。『公認サンタクロースがいるから実在している』って言ったけど、その人たちは普通の人間だしさ」 「じゃあお前さんはサンタを信じている小さい子に、インチキを指摘してやるわけだ」 「そんなことしないよ。かわいそうだし、大人気ない」 「そうだ。論理的/科学的に正しいことを主張するのがいつも正しいとは限らねえだろ」 「でもちょっと違うと思うな。サンタは実在を信じている子がいて、その子の夢を壊さないためにあえて言わないんだけど、天皇の場合は信じていない人たちまでそういうフリをしてるじゃないか」 「そうか? おいらにはどっちも同じように思うんだが。お前さんのレポートの中に『伝説と伝統』ってあったが、あれはいいなと思ったヨ。そういうことになっていて、その上に行事があって、伝統になってて、守ってる」 「でも」 「もちろん他人に無理強いはいけねえヨ。不幸にも過去にそういう例があったが。万世一系の建前を皆に押し付け、批判が許されぬ時代が」 「それって、戦前の話?」 「戦前戦中だね。今でも批判しづらい空気は一部残ってて、そいつあおいらもいやだが、ずいぶんとフリーになった。ともかく万世一系をうたうもいいし、信じるもいいが、押し付けるのはなしだな。サンタの存在を信じるのはいいが、押し付けて、しかも批判を許さねえ、と言ったら馬鹿げてるだろう? それと同じサ」 「クリスマスのことも調べてくれたんだな」 「うん。前からちょとひっかっかってたことだしね」 「いろいろなことに興味を示して、確かめるのはいいこった」 「ボクもちょっとすっきりしたよ」 「クリスマスはいろいろ批判されててな」 「そうなの?」 「うん。一部にな。やれ商業主義だとか、やれいちゃつきすぎだとか、無宗教のくせにとかな」 「そうなんだ」 「でもおいらはそれでもかまわねえと思う」 「天皇やサンタみたいに?」 「ああ。クリスマスが人に優しい気分になれる日だってんならそれでかまわねえ。楽しく過ごせるならかまわねえサ」 「いきすぎはよくないけどね」 クリスマスプレゼント。いつの頃からか、プレゼントを貰うこと以上に贈ることが嬉しくなった。 母さんや伯父さん、友達、そしてあの子に。どんなのがいいかな、喜んでくれるかな、なんてあれこれ迷ったりするのが。そして贈ったときの笑顔を見るのが。 寒さ厳しき真冬。寒い季節だからこそ、人の心の温かみがわかるのかも。 伯父さんには次のクリスマスは鼻毛カッターを贈ろう。。。

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  • 27 Jan
    • 神武天皇とサンタクロース その3

      サンタクロースが本当にいるかだって? 「いる」と言っても「いない」と言っても、伯父さんのことだ、ああそうだねとは言ってくれないだろう。 その口ぶりからするとボクが進めていた「勉強」が神武天皇を調べたことだとわかっていたみたいだった。サンタクロースについても同じように、まず自分で調べろ、ということなんだろうな。 ネットを使えばさまざまな情報をすぐに手に入れることができる。家に帰ればコンピュータだけでなく百科事典もある。調べるのはそう難しくないだろう。 それにしても。 さまざまな情報を手に入れられるのだけれど、どれも誰かがその人なりの見方でまとめたものだ。だから人によってところどころ違ったことが書いてあった。本当なら『古事記』と『日本書紀』を自分で読んでみなきゃいけないんだろうな。自分の目で直に見ることが大事なんだろう。いずれはそうしてみたい。 ともかくサンタクロースだ。 家に帰って少し遅めの昼食をとった後、コンピュータに向かった。 早速辞書検索だ。 サンタ‐クロース【Santa Claus】 クリスマスの前夜、子供たちに贈り物を届けるという白ひげの伝説上の老人。四世紀小アジアのミュラの司教セント‐ニコラウスに由来し、その祝日一二月六日の前夜に贈り物を交換する習慣がさまざまに転化し、さらにオランダ系ピューリタンによって米国に伝えられ、クリスマスに贈り物をする習慣と結合した。 [ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ] 神武天皇に比べると、こっちの方はわかりやすい。伝説上の存在だけど、そのモデルになった人物はいたんだ。 例によってわからないところはさらに調べてみる。 地図帳でみると、小アジアというのは現代のトルコ。トルコは昔はキリスト教だったんだね。伯父さんにもらった『中学歴史地図』で見ると、当時小アジアは東ローマ帝国の領土だった。ローマ帝国が東西に分かれ、西の帝国がまもなく滅んだ後も、東ローマは1000年以上続いた。 司教というのはキリスト教の地位の高いお坊さんのことだそうだ。 ピューリタンというのはキリスト教の宗派の一つ。 なるほど。 他にもあちこちのサイトで面白い話を紹介していた。 ・国際サンタクロース協会というのがあって、協会が認めた公認サンタクロースが現在180人くらいいる。一人だけでは全世界の子供たちにプレゼントを配りきれないからだそうだ。確かにね。 ・日本ではすっかりおなじみのサンタの赤と白の衣装、あれはコカ・コーラが宣伝で描いた絵が元になっているんだって。確かにコカ・コーラも赤がイメージカラーだなあ。飲み物自体は黒っぽいんだけど。 セント・ニコラウスについても見てみよう。 先ほど紹介したとおり、トルコの司教だったニコラウスが、ある晩、娘を嫁に出すお金がない貧しい家庭に金貨を投げ入れたのが伝説の始まりだそうだ。その投げ入れた金貨が暖炉の側につるした靴下の中に入っちゃったことで、サンタクロースが煙突から入り、靴下にプレゼントを入れるというパターンになったらしい。 セントというのは「聖なる」という意味で、ニコラウスは立派な人物だから「聖ニコラウス」と呼ばれたんだね。セント・ニコラウスがなまってサンタクロースとなったんだって。 先ほどの辞書に書いてあった12月6日というのはそのニコラウスが死んだ日。偉いお坊さんが死んだ日は記念として祝われる。あのバレンタイン(ウァレンティヌス)も2月14日に死んだので、その日が祝われているそうだ。 12月6日がなぜ12月24日になったんだろ? 実を言うとボクは普通の人よりはキリスト教に詳しいんだ。白状すると好きな女の子がいて、その子が教会に通っているんで、何度か付き合ったことがある。聖書も最初のほう(『創世記』、『出エジプト記』)や福音書(イエスの生涯や教えを描いたもの)くらいは何度か読んだ。漢字にはすべて振り仮名がついているから、辛抱すれば結構誰にでも読めるんだな、これが。 で、何度か読んでみたんだけれど、イエス・キリストが生まれたのが12月25日だ、なんてどこにも書いてないんだ。これは前から不思議だった。今ニコラウスの祝日が12月6日、ということで少しだけ近づいたんだけれど。 これも調べてみると面白いことがわかった。 古代ローマ帝国ではたくさんの神様が信じられていたんだけれど、その中に太陽を神様とし、崇拝する宗教があった。そして12月下旬の冬至は昼がもっとも短く、夜が長くなる日だから、太陽神が死につつある、と考えられていたそうだ。で、冬至が過ぎると再び昼が長くなってゆくから、太陽神がよみがえったと。そのよみがえりを祝う祭りがクリスマスの起源なんだって。確かに12月25日は冬至、もう終わってるよね。 ふむふむ。だいぶ調べられた。またまとめてみよう。 サンタクロースは伝説の存在。だけどモデルになった人物はいる。 一方で公認サンタクロースというのがいるんだから、実在しているともいえる。 ついでにいうと、クリスマスは本当はキリストの誕生日ではない。 うーん。 これがどう天皇誕生日や神武天皇とつながるんだろう? どちらも伝説上の存在だから、ということかな。その伝説が伝統として続いている、ということだろうか。 まあ、いいや。ここまで調べられたんだから、あとは伯父さんの考えを聞いてみよう。 時計を見るともう2時間以上もコンピュータに向かっていたことになる。疲れた。それにホントに勉強しないとやばい。 まあ、一旦おやつにしよう。あとは明日だ。 亀井 高孝 中学歴史地図 *ええと。3回で終わらなかったので、あともう1回だけ続きます。ゴメンナサイ(フーシェ)

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  • 26 Jan
    • 神武天皇とサンタクロース その2

      (もう1月も終わりだけど、このお話はクリスマス前のことなんだ。ごめんね) 前回は尻切れトンボで終わっちゃったけど、仕方ない。だってその日は伯父さんがもうそれ以上話してくれなかったんだ。 「『ウソだよ』って、ウソならどうして歴史から消してしまわないのさ」 「ああ、ウソっていうのは言い過ぎかも知れねえな。おいらはそう思ってる。ほとんどの人がそうだろう。神武天皇の実在を信じてる人はほとんどいねえだろうな。が、実在してなかったと科学的に証明されたか、てえと、これまた微妙なんだな」 「ややこしいね」 「まあ、たまには自分で調べるがいいや。おいら、ちょっと出かける用事があるんだ。そこいらで勉強でもしてな」 「はいはい」 ここは素直に従うことにした。 だって、出不精の伯父さんが出かけるっていうんだから、これはアレだよ、ボクのプレゼントを買いにいくんだよ、きっと。 そんな勝手な期待を抱いて、一人本だらけの部屋で留守番をした。 勉強しろと言われたけれど神武天皇のことが気になる。まあこれだけ本がたくさんあるんだから、何かヒントになるものがあるだろうなと、ぐるりと部屋を見回して、呆然としてしまった。 何がどこにあるのかわからない。 本棚があるにはあるんだけれど、普通背表紙を向けて立てておいてあるところが横積み。本棚に収まりきらない奴は床に直に積んである。向こうのほうには多分本が詰まっているだろう、箱が二つ三つ。 地震が起こったら、本に押しつぶされて死ぬな。。。 クリスマス前に縁起でもないことを考えちゃった。 さて、どうしよう。 考えることしばし。と、思いついた。コンピュータがあるじゃないか。伯父さんは電話も携帯電話も持たない変人だけれど、決して機械類が嫌いなのではない。ゲーム機は持ってるし、コンピュータで何やら書いてるって前に言ってた。インターネットで何か調べられるだろう。 学校でも調べたことがある。まずは辞書検索してみた。 じんむ-てんのう ―てんわう 【神武天皇】 記紀所伝の第一代天皇、神日本磐余彦天皇(かんやまといわれびこのすめらみこと)の漢風諡号(しごう)。彦波瀲武草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)の第四皇子。九州日向(ひむか)から東進して大和地方を平定、紀元前660年(皇紀元年)、大和の橿原宮で即位したという。 大辞林 提供:三省堂 なるほどね。半分くらいはわかる。初代天皇で、九州から出発して、大和を平定したんだ。 わからない言葉はさらに調べてみた。 記紀=わが国最古の歴史書である『古事記』・『日本書紀』のこと 諡号=おくりな。帝王などが死んだ後に、生前の業績などをたたえて名づけたもの。例えば聖徳太子なんてのもそう。 神武というのは奈良時代につけられた名前なんだって。「かんやまといわれびこのみこと」とか「わかみけぬのみこと」、「ひこほほでみのみこと」など、和風の名前もいくつかある。これも諡号と諱(いみな=実名)があるんだけれど、ごちゃごちゃしていてよくわからなかった。 面白いのは大和朝廷の初代天皇なのに、大和(奈良県)出身じゃないってこと。九州の日向(宮崎県)高千穂の生まれで、天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫だそうだ。日向から大和に攻め入って、天皇として即位した。もちろん、その間にはさまざまな障害があった。神武天皇もまっすぐ大和へ向かわずにあちこち寄り道している。当時大和の国は長髄彦(ながすねひこ)という人が治めていて、激しい抵抗にあった。一度は撤退している。そのほか毒を吐く熊が出てきたり、神様の使いのカラスが出てきたり、金色の鵄(とび)が出てきたりと、なかなかファンタジックな内容になっている。 ゲームやアニメ、映画の影響で外国の神話ばかりを面白いと思っていたけれど、なかなかどうして、日本のも面白いじゃないか。 あちこちネットサーフして、様々な情報が得られた。でもちょっと頭がくらくらする。 パソコンから離れて、紅茶をいれなおし、少し考えをまとめてみた。 まず天皇家が存在している以上、当然初代天皇はいただろう。それが神武天皇かどうかはわからない。いろいろ読んでみた感じでは、神武天皇の話はフィクションみたいだけれど。 学校では大和朝廷の成立は4世紀半ばと習った。神武天皇が即位したとされる2600年以上前は縄文時代だ。年代だけ数え間違えたのかもしれないけれど。 神武天皇の即位以前、いわゆる「神武東征」の話はかなり詳しく書いてあるのだけれども、その後のことはあまりわからなかった。137歳まで生きたとか、皇后はだれそれで、子供が何人生まれて、というのはあったが、天皇として何をやったかはよくわからない。ボクの読み方が不十分なのかもしれないけれど。 九州から大和に攻め入った、というのは邪馬台国が北九州にあったという説とからめて考えると、非常に興味深い。日向は北九州ではないけれど、神武天皇の祖先である神は高天原から降臨したという。つまりよそからやって来たということだね。 うん。大体こんなものだろう。忘れないうちにメモしておこう。「勉強をみてもらう」と母さんに言った手前、ノートと筆記用具はかばんに入れてある。 今まで考えたことをメモし、ついでにもう一つ二つ書き加えた。 二代目の綏靖天皇(すいぜいてんのう)から九代目の開化天皇(かいかてんのう)までは系譜が記されているだけで、どんなことをやったかは書かれていない。そこで架空の存在だとされている。なるほど。聖書もそうだよね。アダムとイブから始まるんだけど、ノアやアブラハムといった主要メンバー以外は系図だけ、つなぎの存在なんだ。 十代の崇神天皇(すじんてんのう)、あるいは十五代の応神天皇(おうじんてんのう)が実際の初代天皇で、神武天皇は彼ら二人と同一人物とされる説もある。この応神天皇の息子が、巨大古墳で有名な仁徳天皇(にんとくてんのう)だ。 とまあ、ここまでまとめたところで伯父さんが帰ってきた。時計を見ると結構時間が経っている。ネットサーフしてると時間を忘れちゃうんだよね。 「お帰り」 「すげえ雪だ。こんな日に外を出歩くなんて、おいらも馬鹿よ」 「ホント。ここまで来るのだって大変だったんだよ」 「ああ、ありがとな。どれ、勉強は進んだかえ」 「ま、まあね」 「そうかい。そんなら、ぼちぼちお帰り。また明日、ご馳走になりに行くヨ」 「天皇誕生日とクリスマスがくっついてるのがなんで面白いの?」 「そいつあまた今度だ。明日までのお楽しみにしときな」 「そんなあ」 「じゃ、ヒントをやろう」 「うんうん」 「サンタクロースは本当にいるのか、どうか」 *ネットがつながっていて、電話がないというのは奇妙かもしれませんが、堪忍してください(フーシェ)

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  • 23 Dec
    • 神武天皇とサンタクロース その1

      みなさん、おひさしぶり! いつのまにか季節は冬。というより今年もあとわずか。 昨日から名古屋は大雪。といっても北国とは違い、10センチ積もれば「大雪」で、交通機関がヘロヘロになっちゃうんだけど。 どこもかしこも白一色。雪ってやっぱり美しい。見てるとワクワクするんだけど、母さんは浮かない顔だ。 「今日が休日だったのが幸いだけどね」 平日だったら通勤にどれくらい時間がかかるかと思うとぞっとしちゃう、とぶつぶつ言っている。 大人は悲しいなあ。せっかくのホワイトクリスマス(まだちょっと先だけど)なのにね。 「クリスマスといえば」 プレゼントのことなんだけどね、とボクが交渉を始めようと思った矢先、 「そうそう。伯父さんを夕食に招待しないとね」 毎年クリスマスと正月には伯父さんを招待するのがならわしだ。母さんの兄にあたる人なんだけど、いい年をしていまだに独身。年中寝転がって本ばかり読んでいる。ハチやアリなどの社会性昆虫飼育が趣味という変わり者で、これは嫁のきてがないと、親戚中からさじを投げられている。 そんな変わり者だけれど、母さんとはたった二人の兄妹。ボクにとっても大切な伯父さんだ。 「じゃあ、伯父さんのところへ行ってきてちょうだい」 「うへえ」 なんともあきれたことだけれど、伯父さんは電話を持っていない。 「顔が見えねえ相手とぐちゃぐちゃしゃべる必要があるかい」 というのが理由なんだそうだけれど、こちらとしてはたまったもんじゃない。連絡をとるにはいちいち出向かなきゃいけないのだ。 雪はやんだとはいえ、雪道を歩いていくなんて。普段の倍以上は時間がかかりそうだ。。。 あれ? ボクも母さんと同じ考えになっているぞ。ボクも半分大人になりかけなんだろうか。 「ついでだから伯父さんに勉強を見てもらいなさい」 「へーい」 というわけでえっちらおっちら雪道をかきわけ、伯父さんの家にたどり着いたわけ。 伯父さんは家にいるときは鍵をかけることはない。めったに外出しない人だから、ほとんど年中鍵がかかっていない。 「こんちは~」 勝手知ったる他人の家、ずかずかと上がり、母さん手製のキンピラゴボウ(伯父さんの好物なのだ)を冷蔵庫に入れ 「おう。お茶をいれてくんな」 伯父さんのリクエストにこたえて熱い紅茶を2つ。 「ありがとよ」 うまそうに紅茶をすする伯父さんにクリスマスのことを伝えた。 「おお! もうそんな時期だっけか」 「今日はイヴイヴだけどね」 「学校はどうした、え」 「今日から休みだよ」 「そうかい。ずいぶん早くから休みになるんだな」 「今日は祝日だからね。で次が土日、休みでしょ。だから昨日終業式だった」 「ああ、そういや天皇誕生日だったな。今日は」 「天皇誕生日があって、クリスマス・イヴがあって、クリスマス。世間は三連休だよ。ボクらは冬休み」 「考えてみらあ、天皇誕生日とクリスマスがくっついているのは面白えな」 「くっついてないよ。間が一日あるけどね。でも、なんで面白いのさ」 「日本の天皇ってのはな、世界で一番古い家系なんだそうだ」 「そうなの」 「ああ。おい、今年は何年だえ」 「平成17年」 「いや、西暦でサ」 「2005年だよ」 「うん。この西暦ってのは」 「知ってるよ。イエス・キリストが生まれた年を1年としたんでしょ」 「ああそうだよ。もっともイエスが生まれたのはそれより少し前、紀元前6年か4年ってのがあとからわかったんだけどな。『西暦』というくらいだから西洋、キリスト教世界の年の数え方だ。まあ現代はアメリカやヨーロッパが強いから世界中で使ってるけどな。でも各地域、各宗教でさまざまな暦、年の数え方があるんだヨ」 「ふうん」 「西暦が使われたのは西洋でもそれほど古いことではないんだが、話を天皇に戻せば、日本は昔から西暦を使ってたわけじゃあない」 「そりゃそうだ。元号を使ってたんでしょ? 明治とか大正とか」 「そうだね。ところが明治時代に日本も西洋諸国と付き合うようになってから、元号と並行して独自の暦を使い始めた」 伯父さんは本の山の上にちょこんと乗っかったプラモデルを手にした。プラモデルを作ったり、アニメソングを歌ったりと子どもじみたところがあるんだ、この人は。 「こいつを知ってるかえ」 「ゼロ戦でしょ」 「うん。零戦の21型だ」 「れいせん?」 「零式艦上戦闘機、略して零戦。でこっちは一式戦闘機、隼」 「ええと」 「この零式とか一式ってのが日本独自の暦に基づいているんだな。零式は紀元2600年、一式は紀元2601年に制式採用されたんでそう呼ばれたんだ」 「紀元2600年って。。。」 「明治政府が定めた神武天皇即位紀元、皇紀(こうき)のことだ」 「こうき?」 「初代天皇、神武天皇が即位した年を1年とした年の数え方だよ」 「ええ~」 「今年は2665年だ」 「そんなのウソでしょ? そんな昔に天皇がいたなんて」 「ああ、ウソだよ」

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  • 19 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その4

      「班田収受法(はんでんしゅうじゅのほう)は唐(618~907)の均田法(きんでんほう)をモデルに、日本流にアレンジしたものさ。持統天皇の時代から平安時代の初期までは順当に実施されていたのだが、それから後はだんだん実施されなくなり、903年の実施が確認されたのを最後に、以後はまったく行われなくなった」 「日本流にアレンジした、ってどういうこと?」 「うん。唐の均田法では成人男子にのみ口分田(くぶんでん)を班給(いくつかにわけて与えること。班給する田んぼだから班田)していたのだが、日本では老若男女、また賤民(せんみん。いわゆる奴隷)にも、面積の違いはあれ、ずべての国民に支給された」 「へえ。なんでだろ」 「おそらく、天皇中心の国家造りにおいて、全ての人民を直接支配したかったんだろうな」 「公地公民だね」 「うむ。そして村の中でこれ以上貧富の差、階級の差が生じるのを食い止めようとしたのではないか、という考えもある」 「それがなんで実施されなくなっちゃったんだろう?」 「簡単さ。いくら日本流にアレンジしたとはいえ、もとは中国のものだ。そして中国と日本では国の性質が違うからさ」 「中国は皇帝の権力が強く、官僚制度も整っていた」 「かんりょう?」 「国の役人のこと。ところが日本は天皇の権力が強かったのはごく一時期で、豪族や貴族の権力も無視できないほど強かった」 「え? でも、大化の改新で公地公民になったんでしょ? 豪族の土地の私有は認められなくなったんでしょ?」 「『大化の改新』ってなんだえ」 「645年に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を滅ぼして、天皇中心の政治を始めたこと」 「滅ぼされたのは蘇我入鹿だけかえ」 「後に父の蝦夷(えみし)もかなわないと見て、後を追って自殺しているよ」 「つまり、蘇我本宗家が滅びただけだわな。中大兄たちは他の豪族を味方につけた。だから毛人(蝦夷のこと)はかなわぬと観念したのだろう。じゃあ、他の豪族たちはなぜ中大兄についたんだろうか。自分たちの土地私有を否定するような政策を、支持したわけではあるまい。天皇の権力が強くなって、豪族たちの口出しができなくなるのは天武天皇、持統天皇の頃からだよ」 「伯父さんは大化の改新はなかった、と思ってるの?」 「ああ、そうだな。少なくとも蘇我氏を滅ぼしたことが改新ではないと思っているよ」 「ともかく、豪族たちと天皇の利害は対立していた。また、班田収受には土地調査や戸籍作成など膨大な手間がかかる。これはかなり大きな権力がなければできないよ。これが実施できたのは近代以前の日本では豊臣秀吉くらいだろう」 「太閤検地だね」 「うん。だが、その秀吉の検地も、大名たちからは――それが秀吉子飼いの福島正則たちでさえも――決して歓迎されなかった。だから検地を実行した石田三成などが憎まれたんだね」 「はあ」 「人は、自分の財産を調査され、私有や使用を制限されるのを極端に嫌がるのだよ。これあ現代でも同じだ」 「ふうん」 「まあ、そんなわけで班田収授法も実施されなくなったわけだ。その目的は高く、立派なもの(少なくとも天皇家にとっては)だったが、それを実施するシステムがお粗末だったし、国風にもなじまなかったんだな」 「それで伯父さんは国民審査と似ている、と言いたいわけ?」 「そうだね。目的はいいのだが、実施するシステムがお粗末で、国風にあっていない。 歴史ってのは何度も同じ繰り返しがあるんだ。偉大なことも、みじめな失敗も、なんらかの形で過去に似た例があるよ。でも国民審査と班田収授法では昔の人のほうが偉いな」 「やめちゃったからだね」 「そうだね。実情に合わぬことをいつまでも続けるのはいろいろな無駄が生じてくる。国民審査の投票用紙、集計する人、などの手間を考えてご覧。だから多くの人が問題視しているよ」 「でも憲法に書いてあるし」 「憲法に書いてあるのは国民が直接審査をすることで、詳しく実施方法まで書かれているわけじゃあないよ。ここでもう一度見てみよう」 日本国憲法第79条  (中略) 2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。 3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。 (以下略  傍線引用者。なお、原文は旧仮名遣いですが、現代の表記に直しました) 「『罷免を可とするときは』と書いてあるが、現代のように『やめさせるための投票をせよ』とは書いてない。それは国民審査法に書かれていること。そして法律は憲法よりも改正が難しくはない。だから、投票法を変えることもできる」 「どんなふうに?」 「『裁判官としてふさわしいものに○をつけよ』という投票、信任投票にするんだよ。そして、○が過半数に満たない場合は『罷免を可と』したものとみなし、罷免すればいい。何も印がついていなけりゃ、それも不信任投票さ」 「乱暴だなあ」 「そうすれあ、法務省なども必死になって、各裁判官のことを、もっと国民にアッピールするようになるわさ」 伯父さんの話を聞いて、国民投票をレポートにまとめることにした。 先生は 「選挙のことについて調べてきてほしかったんだけどねえ」 と言ったけれど 「国民投票に注目したのはユニークね」 とも言ってくれた。 ユニークだって?  辞書で調べたら「おもしろい」以外に「独自の、独特の」という意味もあった。 ということは誉められたってことだね。やったね。 <フーシェの追記> 伯父さんの言うことは極論ですが、 「不信任投票でなく、信任投票にせよ」 という意見は多くの人が述べていますし、効力があると思います。 少なくとも現行の、 「×印のみ有効」 というのよりは数段ましでしょう。 ×印がないのは信任したのではなく、知らないからなのですが、現行の制度ではそれを証明できない。証明できない以上、信任の結果ともみなせるわけで、それならなんら問題がない。そこが今の制度のずるいところです。抜け道があるところが。 ○印にすれば印がついていないことが非常に問題となってきます。○がついていないのは信任されていないか、知られていないかのどちらかであり、どちらかの証明はできません。ここまでは今までと同じです。が、信任されていないこと、知られていないこと、どちらも大問題です。○印が少なければ裁判官の罷免だけでなく、法務省の沽券にもかかわってくるわけです。これで彼らの意識も変わるでしょう。

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  • 17 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その3

      ・審査される裁判官のことを審査する国民がほとんど知らない ・やめさせるための審査、というので審査もあまり積極的にならない このため多くの人が疑問視している国民審査。それでもなぜ廃止にならないんだろう? 「それあ憲法に書いてあるからさ。また、やっぱり必要だ、と考える人たちもいるからだろうよ」 「どうして憲法に書いてあるの? 『やめさせる投票』なんて日本人の感情にあわない制度なのに」 「う~む~。これを言うとお叱りをたくさん言われそうなんだが(だから学校のレポートには書くなよ)、 日本国憲法のおおもとを作ったのがアメリカ人だからだろうな。西洋人なら『やめさせる投票』に抵抗はなかろう」 「ええ? だって、日本の憲法でしょ?」 「簡単に言やあ戦争に負け、アメリカの占領下で作られたからなんだな。おっと、こいつはいろいろな意見があるから、おいらの言うことばかりを信じるんじゃあないよ。いくらアメリカが作った、といっても『サンフランシスコ平和条約で独立を回復した日本がそのまま採択したから、やはり日本人のものだ』という意見もある」 「歴史をみればよくわかるだろうが、日本の変革期には外国の影響も無視できないのだよ。むしろ外国からの影響をうまく利用して社会を変えていった面もある。中学校になって世界の歴史を習うようになったろう?」 「うん。カタカナばかりで最初はわからなかったよ」 「ははは。お前の母さんも横文字には弱かったからなあ。 ところで中学で学ぶ世界史はあくまで日本史を理解するためのものなんだ。そいつがもっともよくあらわれているのがザビエルとペリーの来航だな」 「へえ。確かに、二つの来航で日本は大きく変わったね」 「変革期にやってきたから影響も大きいんだけどな。おい、ザビエルはなんで日本に来たんだえ」 「そりゃ、キリスト教を伝えるためさ」 「ブ~! 正解は『帆船で来た』さ」 「げ! きったな~」 「じゃあ、ペリーはなんで日本に来た?」 「黒船で」 「ブッブ~! 『日本を開国しに』だよ」 「・・・・・・帰っていい?」 「ははは。そう怒るな。日本語だと『なんで』は『How(どうやって)』と『Why(なぜ)』の二つを含むからな。 正確に言えば ・ザビエルは帆船でキリスト教を伝えに来た ・ペリーは黒船で日本に開国を迫りに来た だな。 じゃあ、日本まで来られる帆船を作れるようになったのはなぜか、はるばる日本くんだりまでキリスト教を伝えなければいけない事情って何か。そんな背景を知るために世界史が挿入されるのさ。ペリーも一緒だよ。また、古代の世界史も、現代史も同様さ」 「古代の日本は中国から大きな影響を受けた。当時の中国は今のアメリカを上回る超大国、超文明国だったからな」 「平城京も平安京も長安(唐の首都)をまねしたんだよね」 「よく勉強してるなあ。当時は律令制度といって、政治の制度を中国から輸入したんだ」 「律令っていまの憲法みたいなものだね」 「うん。そうさな。だから当時の日本も外国生まれの憲法を使っていた、ともいえる。もっともこれも一つの見方に過ぎないがな。 いくらすばらしい制度とはいえ、外国のものをそのまま取り入れると無理が生じてくる。現代の国民審査のように、理想は立派だが、それをどう実践するか、日本の国情にあっているかどうかをチェックせぬまま取り入れてしまったものも多い。班田収授法もその一つさ」 はんでん-しゅうじゅのほう 【班田収授の法】 律令制で、一定年齢に達した人民に一定面積の口分田を与える法。中国の均田法にならい、大化の改新以後採用された。六年に一度行われ、六歳以上の人民に、良民男子は二段、女子はその三分の二、官戸・公奴婢は良民と同率、家人・私奴婢には男女それぞれ良民の三分の一が与えられ、死亡によって収公された。律令制の弛緩に伴い実施されなくなり、一〇世紀初めには廃絶。    三省堂提供「大辞林 第二版」より。傍線引用者 フーシェの追記 伯父さんの言っているように中学の世界史は日本史の理解を深めるためのものです(めずらしく断言)。 ですから、例えば名古屋で採択されている教科書では市民革命から帝国主義にいたる歴史は「なぜペリーは来たのか」を学ぶために、天保改革の前に挿入されています。つまり 絶対王政→市民革命→産業革命→帝国主義(アヘン戦争) という流れです。     *アヘン戦争と天保改革はほぼ同時期。 ただ、こういった思惑を子供さんたちはまったく知らされていません。ですからいきなりの世界史に戸惑う子供さんも多い。なにせ何百年も時間が戻るわけですからね。 そこで記事中にあるように逆にたどってゆくのが理解するよい方法となります。私も塾ではよくそうしております。 なぜ帆船を造り、航海する技術が?←大航海時代←ルネッサンス←十字軍失敗←イスラム(による文化保存と文化発展) といった具合に。歴史は、なぜ? をたどって逆さから見るのも面白いです。

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  • 15 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その2

      国民審査。「審査」というから、選挙じゃないのは分かる。審査っていうのは しんさ 1 【審査】 (名)スル くわしく調べて、価値・優劣・適否などをきめること。 「応募作品を―する」「資格―」            三省堂提供「大辞林 第二版」より ということだ。コンクールなんかで審査員、ていうのがあるよね。国民審査は選挙じゃないのに選挙のとき投票所で行われるもの。 だれが何を審査するんだろう? 「だからさ、名前の通り国民が最高裁判所の裁判官を審査するのさ。この場合の審査は、お前さんが今調べた、『適否を決めること』だね」 「適否?」 「適当――このばあい、いい加減、って意味じゃあねえよ――か否か、ふさわしいかふさわしくないかってことだ」 「つまり、国民が裁判官にふさわしいかふさわしくないか決めるんだね」 「そうだヨ。その3枚目の紙には最高裁判所の裁判官の名前が書かれていて、 『やめさせた方がよいと思う裁判官については、その名の上の欄(らん)に×を書くこと  やめさせなくてよいと思う裁判官については、何も書かないこと』 とあって、名前の上に×を書かれたら」 「『ふさわしくない』ということだね。そしたらどうなるの?」 「それは日本国憲法にきちんと書かれているヨ」 日本国憲法第79条  (中略) 2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。 3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。 (以下略  傍線引用者。なお、原文は旧仮名遣いですが、現代の表記に直しました)    「罷免(ひめん)とは、やめさせることサ」 「『多数』ってどのくらい?」 「それは『最高裁判所裁判官国民審査法』という法律に定められているヨ。 最高裁判所裁判官国民審査法 第三十二条 (罷免を可とされた裁判官) 罷免を可とする投票の数が罷免を可としない投票の数より多い裁判官は、罷免を可とされたものとする。 (以下略  傍線引用者) つまり過半数ってことだね」 「ふんふん。ということは選挙と逆だね」 「ほう?」 「選挙はまだ国会議員になっていない何人かの人の中から『ふさわしい』と思う人を選ぶけど、 国民審査はすでに裁判官になっている人の中から『ふさわしくない』と思う人を選ぶんだよね」 「おお、そうだよ! お前さんの言った選挙は、『人を選ぶ』、小選挙区の場合だけどな」 「お前さんが今言ったことは、国民審査という制度の問題点の本質をついているかもしれないな」 「国民審査って問題なの? 素晴らしい制度じゃないか。国会議員以外にも裁判官の罷免まで国民が左右できるなんて。民主主義として、素晴らしいことだと思うけど」 「うん、そうだね。だけどこの国民審査、はっきりいえば 『やってもやらなくてもおんなじだ』 と考えている人が非常に多いんだよ」 「え~~!? なんで~? せっかくの政治に参加できる権利なのに?」 「お前はさっき、『選挙と反対』と言ったね」 「うん」 「選挙の場合は投票する人の多数がその候補者の名前や政治に対する考えを知っている」 「そりゃそうさ。ポスターで掲示されるし、テレビでもやるし、街頭演説もするし、宣伝カーで名前を連呼するしね」 「名前の連呼か。あれあうるさくっていけねえ」 「でもそれがあるから名前だけでも知っている人が多くなるじゃん」 「そうだね。ところが国民審査の場合は選挙じゃないからそんな運動は一切しない。というより、裁判官はそんな運動をしちゃあいけない。マスコミも普段からほとんど報道しない。だから、裁判官の名前すら知らない人が大部分なのだ。おいらも含めてね。 ましてやその人が裁判官にふさわしいかどうかなんてわかりゃしねえ」 「ふ~ん」 「それに、だ。やめさせるための投票、という発想がいけないわさ。 高校になると習うと思うんだが、古代ギリシャでも同じように陶片追放(オストラシズム)という、『やめさせるための投票』*というのがあった」 「へえ~」 「くわしくは自分で調べるがいいが、やめさせるための投票ってのは結局足の引っ張り合いになる。よほどのことがない限り、投票するほうもあまりいい気持ちはしないだろう」 「そりゃそうだ。一歩間違えればいじめになっちゃうよ」 「いじめか。確かにそうだわな。ま、そんなこんなでこの国民審査には問題があるのさ」 「つまり  ・審査される裁判官のことを審査する国民がほとんど知らない  ・やめさせるための審査、というので審査もあまり積極的にならない ということだね」 「そうだね。だからこの制度で罷免された裁判官は一人もいない。それはいいことなんだが。 お前さんの言った問題があって、制度自体がうまく機能してないんじゃないか、と多くの国民が思っているのサ」 伯父の追記 *オストラシズム 5 [ostracism] 古代アテネで僭主(せんしゆ=引用者注;非合法手段で支配者となったもの)の出現を防ぐため、危険人物を市民の秘密投票で追放した制度。投票には陶片(オストラコン)を使用した。陶片追放。〔「貝殻追放」は誤訳〕 三省堂提供「大辞林 第二版」より これで一定数を超えた場合、名前を書かれた者は10年間の国外追放が言い渡された。つまり民主制を守るための制度なんだが、しばしば政争の手段として悪用され、本文中にもあるように足の引っ張り合いになって有能なるがゆえに追放される、という皮肉な結果をうんでしまった。そしてアテネ衰退の原因にもなった。 国民審査の発想の根源はここにある、というのがおいらの考えだ。

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  • 14 Sep
    • 班田収授法と国民審査 その1

      選挙が終わって町もやっと静かになった秋の日。 ボクは久しぶりに伯父さんの所にいる。いつものごとく宿題を助けてもらいに。 伯父さんの家に来るのは本当に久しぶりだ。5月以来かな。なにせ伯父さんときたら 「俺は恋と革命に生きるのだ!」 なんて言い残して夏の間中家に戻ってこなかった。まあ、これは毎度のことで、気が向いたらぶらりと出かけ、ふらっと戻ってくる。仕事はどうしているのか、どうやって食べていけるのか、謎だけど。 「やっぱり家が一番いいわさ」 ならはじめから旅に出ることないじゃん。 「恋と革命はどうしたのさ」 「おのが身内をかえりみず、幸せをよそに求めちゃあいけねえよ。チルチルとミチルも言ってらあ*。それにおいらの革命はここ、まずこの場所から始めねえとな」 いけしゃあしゃあと言ってのけた。もっとも、これは照れ隠しだろう。まあ、いいや。また伯父さんと会えるのは嬉しいし、お土産ももらったし、何より宿題を手伝ってもらわなきゃね。 「伯父さ~ん。頼みがあるんだけどな」 ボクとしてはなるべく伯父さんの機嫌をとっておかなきゃいけない。 「あ~あ、のどがかわいたなあ」 「はいはい」 台所へ立ち、ティーポットを持ってくる。以前はコーヒー党だった伯父さん、帰ってきたら紅茶党に変わっていた。これも伯父さんの「革命」の一部なのだそうだ。なんだかなあ。 「う~ん、いい香りだ。やっぱりいいお茶っ葉使っていると、違うね」 何も分かっちゃあいない。これは100円ショップで買ったティーパックだってばさ。 突っ込みたいけどここはガマン。宿題の方が大事だからね。 「で、頼みがあるんだけど」 「宿題かえ」 コクコクコク。激しくうなずきながらボクは学校でもらったプリントを出す。 ――――――――――――――――――――――――――――――   中学 社会科プリント                               去る9月11日(日)、衆議院議員選挙がありました。   新聞やインターネット、百科事典を使って、今回の選挙について   興味を抱いたリ疑問を感じたことをまとめなさい。    *どんな資料を使ったのかもはっきり書くこと    *資料、または資料のコピーも貼り付けること ――――――――――――――――――――――――――――――― 「伯父さんも選挙に行ったんでしょ?」 「当然だ。国民の権利だからな。だからわざわざ旅を中断して戻ってきたのだよ」 ええと、さっきと言ってることが違ってますけど。 ううう。突っ込みたくても突っ込めないのがこんなに辛いなんて。もしかしてわざとボケているんだろうか。 「伯父さんはだれに投票したの?」 「正確に聞くなら『だれ』と『どこ』だよ。投票所に行くとな、本人確認があって、それから順番に1枚ずつ、3種類の紙を渡されるんだ」 「3枚も?」 「そう。1枚目はお前が今聞いた、『だれに投票するか』。当選させたい候補者の名前を書くのさ。難しい言葉でいうと小選挙区制と言うんだけど」 「ふむふむ」 「1枚目を投票した後、2枚目と3枚目をもらう。 2枚目は『どこに投票するか』で、自分の支持する政党名を書く。比例代表制、と言うんだよ」 「政党って、自民党とか民主党とか」 「そうそう。同じ政治目的を持った人の集まりだ」 「3枚目は?」 「これは選挙ではない。衆議院議員選挙と同時に行われる、『最高裁判所裁判官の国民審査』の用紙だ」 「こくみんしんさ???」 ボクの追記 *「チルチルとミチルが」と伯父さんは言っていたけど、本当はメーテルリンクが言ってたんだよね モーリス メーテルリンク, 保永 貞夫, かみや しん 青い鳥

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  • 01 Jul
    • ネクタイと日本刀

      「フーシェで~す。1週間ぶりのご無沙汰です」 「ホントにご無沙汰ですねえ。いったい何やってたんですか!」 「梅雨に入ったはいいけど暑い日が続きまして。。。」 「確かに。なかなか雨が降りませんものねえ」 「避暑に行ってました!」 「そりゃまた気の早い。どちらへ?」 「廊下」 「へ?」 「部屋の中が暑くって、寝てられないんで玄関先の廊下で寝てたのだ」 「。。。」 「玄関を少し開けておくと風がよく通って寝心地がいいです」 「。。。」 「PCの置いてある部屋は暑くって」 「浮浪者一歩手前ですね!」 「だって日本は高温多湿。あまりの蒸し暑さに体力がもたないよ」 「そんなこんなで夏になるとエアコンをがんがん使って、使用電気量が増えるんですね~」 「エアコンには室内機と室外機があって、屋内を冷房にすると屋外は暖房、熱風が吹き出すんだ」 「コンクリとアスファルトで固められてアチアチの街中でそれをやられたら、余計に暑くなりますね~」 「これは何とかしなければということで、昔は省エネファッション、」 「今はクールビズ」 「ホリエモンさんみたいなスタイルが奨励されてますが」 「まだまだ定着はしてませんね~」 「やっぱりスーツ無し、ネクタイ無しだとラフなイメージがあってね」 「でもばっちり着込んだ人間に合わせて冷房をがんがんにかけてるなんて異常ですよ。エネルギーの無駄遣い。女性には寒すぎて、カーディガンを用意してる人もいるんです」 「滑稽だけど笑えない話ですな。逆に女子中学生や高校生の制服のスカート、あれも問題だよね」 「冬の寒いときでもスカートなんて馬鹿げてます」 「フォーマルな服装は意味のないものが残っていることがあるよね」 「そもそもネクタイなんて意味のないもの、いつまでぶら下げているんでしょうね!」 「やっぱり首もと、いわゆる『Vゾーン』がかっちりしてないとラフなイメージがあってかっこ悪い、と思われちゃう。『思われる』だから個々人の受け取り方の問題なんだけど」 「ネクタイって、それだけの存在なんですかあ?」 「もともとは実用性があったんだろうね。ネクタイの歴史はさまざまな本やサイトで紹介されているけど、それによると暑いとき首に巻く手ぬぐい、汗拭き用の手ぬぐいやタオルを巻くだろ。あの感覚だったんだそうだよ」 「ビジネスマンの象徴の起源は意外に汗臭いものだったんですね~」 「寒い地方ではマフラーのように布切れを首に巻いていたんだけど、それが弾除けのおまじないとして兵士の間に広まっていった」 「確かに首もとが開いていたら不安でしょうね、兵隊さんは」 「それをファッションとして取り入れたのがルイ14世(1638~1715)のフランス宮殿」 「やっぱりファッションといえばフランス! ハンカチーフもマリー・アントワネットが絡んでましたねえ」 「そうだね。で、さまざまなスタイル、巻き方が考案されたんだけど、現在ビジネスマンがしているネクタイの形(フォア・イン・ハンド、又はダビー・タイ)はイギリスのダービー卿に始まるらしいよ」 「ダービー、というとリカちゃんのライバルの。。。」 「そりゃバービー人形! 競馬で有名なダービーだよ!」 「ちょっとボケただけですって」 「そのネクタイを最初に日本に持ち込んだのがジョン万次郎(1827~1898)だそうだ」 「おお! ジョン・マンといえば面白い話があるんですよ」 「ほう、どんなん?」 「彼は日本に帰国した後、旗本に取り立てられたんですよね」 「うん。最初は厳しい尋問があったんだけど、ペリー来航を機に幕府も彼の知識に注目したんだね」 「で、苗字帯刀を許されまして。。。」 「苗字は故郷の地名をとって中浜ってしたんだよね」 「そうですね。で、刀を帯びることになったんですが、それが重たくてかなわない」 「刀の重さってだいたい1kgだったらしいね。それを大小、腰に帯びるんだから大変だったろうね」 「万次郎は大小を紐でくくって、大根のようにぶら下げて持ち歩いたそうです」 「へえ~~。。。まあほとんどの武士も刀なんて実際に使わなかっただろうからね」 「ネクタイと似てますね」 「そうだね。ビジネスマンの象徴と武士の魂。時代によって長さや太さなどのはやり廃りがあるのもいっしょだね。おしゃれな人は相当凝るらしいよ」 「刀はなんで差さなくなったんでしたっけ」 「1876年(明治9年)に廃刀令が出されたからなんだけど、きっかけはそれより6年前。鉄道測量の時に測量員(外国人)の助手をしていた元武士たちの刀が、動きまわるのには邪魔でしかも方位磁針を狂わせるもんだから、外国人技師たちから文句が出たということだよ」 「刀は鉄でできてますものね」 「ネクタイと刀。その時代時代のシンボルの両方にジョン万次郎がかかわっていたなんて面白いね」 「刀を邪魔にしていた万次郎でしたが、その彼が持ってきたネクタイが今邪魔者扱い(?)になってます」 「ネクタイもなくなる日が来るんだろうか」 「少なくとも西暦3609年までは残るでしょう」 「そんなに続くの?!」 「『銀河英雄伝説』でヨブ・トリューニヒトさんが締めてましたから」 「また漫画オチですか!」

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  • 25 May
    • 豊臣秀吉とジャンヌダルク  その4

      神の声を聞き、祖国を救った少女、ジャンヌ・ダルク。強い信念を持ち、短い生涯を駆け抜けた乙女。ジャンヌ・ラ・ピュセル。そのジャンヌを魔女だという奴は一体誰なんだろう? 「ジャンヌが魔女だなんて。ありえないよ」 「そうかえ? 彼女は何で火あぶりにされたんだっけ」 「え?」 「ジャンヌは敵(イギリスではなく、フランス国内の反対派だが)につかまり、イギリスに売り渡され、そこで裁判にかけられた。そして異端の罪で火あぶりになったんだ」 「イタン?」 「キリスト教の、間違った教えのこと。そしてその教えを信じる人たち。その人たちは魔女と言われた」 「でも、それはイギリスがそう言ったんでしょ? 敵だからわざとひどく言ってるんだよ」 「そうだな。フランスにとっては救国の英雄もイギリスにとっては憎むべき敵だからな。しかも素人が奇跡に近いやり方で戦争をひっくり返した。フランスにとっては神の奇跡かもしれんが、イギリスにとっては悪魔のしわざと映っただろうな」 「う~ん」 「『ロミオとジュリエット』で有名なシェイクスピアの初期の作品にジャンヌ・ダルクも出て来るんだよ。魔女としてね」 「でもそれは昔のことでしょう? 今はどうなの」 「今は『魔女』とまで呼ぶ人はいないだろうよ。それでも英雄じゃあないだろうさ」 「そうかなあ」 「きちんと評価する人もいる一方で国ごとの対抗意識から評価が曇る人たちもいるんだ」 これは後から調べたことだけど、ジャンヌ・ダルクは二回裁判されている。一度目は彼女の生前。本当に神の声が聞こえたのか、が中心で、教会や神父を通さず、直接神の声を聞くなどおかしいとされた。ジャンヌも勇敢に裁判に立ち向かうけれど最後には屈してしまう。その姿は戦場での輝かしい彼女とは違って、非常に痛々しい。 二度目は彼女の死後、彼女の復権をかけての裁判。でも死んだ後に裁判があってもねえ。 「そういう食い違いがあれ、対抗意識があれ、イギリスとフランスの仲が悪いとは思わないだろう」 「そうだね。日本と韓国もそういう付き合いができないものかなあ」 「そうだなあ。歴史上の人物の評価が国ごとで違うのは当たり前だ、ということを両国の人々がしっかり認識しなきゃあいけないな。歴史の共有とはそういうもんだとおいらは思う。日本の豊臣秀吉とか伊藤博文が韓国で憎まれているのはわかる。だけど日本では英雄なんだ。同時に韓国の李舜臣(イ・スンシン)や安重根(アン・ジュングン)は日本にとっては英雄でもなんでもないんだ。 そこを無理にあわせようとするのはよくないな。日本も、韓国も」 李舜臣は秀吉軍を破り、安重根は伊藤博文を暗殺した人だ。 「でも秀吉はやっぱりよくないよ。朝鮮を侵略したんだもん」 「いいか悪いかは人それぞれの判断だから、おいら、何も言わないヨ。だが、ジャンヌの例を忘れたか? よその国で悪く言われてるからってそれが真実とは限らん」 「ジャンヌは侵略者から国を救ったんだ。秀吉とは逆の立場だよ。むしろ李舜臣じゃないかなあ」 李舜臣は朝鮮海軍の司令官で、日本の水軍を破り、補給路を断たれた日本をかなり苦しめた。韓国では国民的英雄だ。まさに救国のヒーローだ。 「う~ん。それじゃあ秀吉はナポレオンみたいなものだな」 「ええ~」 「ナポレオンもジャンヌ・ダルクと同じくフランスの英雄だ。この二人とルイ14世がフランス人なら誰でも知ってる三大英雄だな。 ナポレオンはフランスでは英雄かもしれないが他国を侵略した。最初の内はそれぞれの国の古い体制を破った、革命を広げたと歓迎されもしたが、やがて各国の国民を無視した戦争継続が反発を食らった」 「少なくとも最初は歓迎されてたんなら秀吉とは違うね」 「いいや。それが同じなんだな。秀吉軍があれだけ短期間に朝鮮に攻め入ることができたのは、当時の朝鮮が民衆から支持されてなかったからだというよ。だが、日本軍もやがて朝鮮人の反発を食らう。ナポレオンと似ているだろ」 「ジャンヌの話はなるほどと思ったけど、秀吉のことはまだ納得できないなあ」 「そうかい。それはそれでいい。おいらの話を鵜呑みにして自分で考えない方がよくないからな。 まあ、お国が変われば人物の評価もまるっと変わるわけだ」 「うん。それはわかる」 「その違いを違いとして認めることが大事だな。おいらはミツバチやアリが好きだが、他人にはなかなか分かってもらえない。特にお前の母さんにはな。それでもおいらの好きなことに口を挟むことはしない。 ジャンヌの評価も人によってまちまちだが、あまりにひどいのをのぞけば、それぞれの立場を認め合ってるよ。 それが歴史の共有だと思うがな」 「伯父さんとジャンヌ・ダルクを並べて説明されてもなあ」 「はっはっはっは。まあ、あとはおまえ自身でいろいろ調べてみるがいいや」 世の中にはさまざまな国があり、人がいる。 だからこっちの国の英雄があっちの国では悪人になっちゃうこともある。でもそれで国同士が仲たがいすることはないだろう。 日本の中だけでも本当に沢山の人がいる。 ボクの伯父さんを他人が見たら殆どの人が面食らうだろう。 でもボクは伯父さんのことが大好きだ。他人の評価なんか気にしない。

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  • 24 May
    • 豊臣秀吉とジャンヌダルク  その3

      「バカヤロウ! 人の事をバカバカいうやつは、自分の方がバカなのだ!」 えらい剣幕だ。でも、人をバカと言っているのは伯父さんもじゃないか。 「まあ、確かに戦争という選択をしたのは失敗だったかもしれん」 ボクのびっくりした様子を見て、伯父さんもやや口調を和らげた。 「だからといって、昔の人がバカだから戦争をした、なんて考えはものすごい思い上がりだぞ。 昔の人はバカだから天動説を信じていたのか? 昔の人はバカだから人種差別をしてたのか? 昔の人はバカだから戦争をしたのか? バカだ、野蛮だと切り捨て、『自分たちはそうじゃない』と思うのはよせ。 そいつは過去を軽んじ、過去から何も学ぼうとしない。バカから教えてもらうことはないからな。自分たちは利口だからそんな間違いはしないと思っているからな。 そんなことしてると、自分がバカにしていた愚かな過ちを繰り返すことになるんだ。それこそバカなことだぞ。 過去から学ぶ。歴史を学ぶってのは実はそんな意味もあるんだヨ」 「ゴメンナサイ」 「いやいや、こっちこそ急に大声出して悪かったなあ。 まじめな事をしゃべったもんだから喉がかわいたヨ。またコーヒーをいれてくれるかえ」 「ウン」 「日本と韓国は仲良くできないのかなあ」 「なんだい、お前は日本と韓国は仲が悪い、と思ってるのかえ」 「う~ん、よくわかんないや。いい、とも悪い、ともいえないような気がする」 「どうして」 「韓国語を学ぶ本やテレビがたくさんあるし、韓国ドラマも人気があるし。 でも日本の悪口を言う韓国人や、逆に韓国の悪口を言う日本人もいるし。 本当の意味で仲良しじゃないのかもしれない」 「お前はエライなあ。おいらがお前くらいの年にはそんなことは考えてなかった。遊んでばっかりいたがなあ」 「そうかな」 「まあ国と国が仲良くする、ってのは友達同士が仲良くするとは違うからなあ」 「そうなの?」 「友達同士なら好き、嫌いでくっついたり離れたりできるが、世界の国々は『好きだからつきあいます』『嫌いだからあっち行ってください』という訳にはいかない」 「そりゃそうだ」 「お前はさっき『悪口を言い合ってる』と言ったが、『悪口』の中には史実が含まれていることもある。 人間に100パーセントの善人がいないのと同じで、どこの国でも『悪いこと』をしたことがあるからなあ」 「ふうん」 「だから世界中で評判のよい国、なんてのはない。どこの国でもどこかの国には嫌われているもんだ。 それにお互いの悪口を言い合いながらもうまく付き合っている国も多い」 「本当?」 伯父さんはジャンヌ・ダルクのCDを拾い上げた。 「ジャンヌ・ダルクってのはもともとフランスの歴史的英雄でな」 「知ってるよ。神様の声を聞いてフランスを救うためにイギリスと戦ったんだよね。そして本当に勝っちゃった」 「お前はいろんなことをよく知ってるなあ」 伯父さんは目を細めて聞いていた。よく知ってるも何も、伯父さんが昔くれた本を読んでたから、なんだけど。羊飼いの少女でありながらフランスを救ったジャンヌ。長く美しい髪を切り、鎧をまとって神の祝福を叫びながら人々の先頭に立った乙女(ラ・ピュセル)。ジャンヌはマンガやゲームの世界でも人気がある。 「さっきのバカヤロウは取り消し?」 「ああ、エライな」 「で、ジャンヌ・ダルクなんだけど。フランスのために戦ったんだけどイギリスにつかまり、処刑されちゃったんだ。でもジャンヌの活躍がきっかけでフランスはイギリスに完全に勝利できた。だからフランスのヒーローなんだよね」 「ヒーローってのは男だ。女はヒロインって言うんだぞ」 「そう、それ。ヒロイン」 「まあ、細かいことを言うと長くなるが、大筋はそんなもんだ。ジャンヌ・ダルクは救国の英雄としてフランスで最も有名な人物の一人だな。1920年にはローマ法王から『聖女』として認められた」 「すごいね」 「ところがジャンヌ・ダルクは悪魔の手先、魔女だって言ってる人がいるんだ」 「ええ~?」 著者: ジョゼフィーン プール, Josephine Poole, Angela Barrett, 片岡 しのぶ, アンジェラ バレット タイトル: 絵本 ジャンヌ・ダルク伝

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  • 23 May
    • 豊臣秀吉とジャンヌダルク  その2

      落ち込んでいる伯父さんをなだめつつ、伯父さんの家へ。 というわけで今日はボクがコーヒーをいれた。伯父さんにはブラック、自分にはカフェオレ。 せっかく買ったんだからとジャンヌ・ダルクのCDを聞きながら、二人で黙ってコーヒーを飲む。ボクがいれた奴だからインスタントだけど。   「しかし、あれだな」 しばらくして気を取り直したのか、伯父さんが口を開いた。 「別のもので同じ名前ついてると、間違うわさ。ここんところ問題になっている島根県の竹島もそうだヨ」 おやおや。なんとまあ、都合のいい展開だろう。ボクが聞きたいと思っていたことを話し始めた。 「今日学校で習ったよ、竹島。韓国では独島っていうんでしょ」 「おや、そうかい」 「ウン。同じ竹島って名前だけど日本にはいくつかあるんだって。愛知県にもあるって習ったよ」 「ああ、そうだな。愛知県にもあったっけ。だが、おいらが言ったのはそういう意味じゃあないんだ。韓国が言っている竹島は名前が同じだけど、島根県の竹島じゃあないってことサ」 「ええ? それホント?」 「今日習ったって言ったな。地図、出してみろ」 「イエッサー」 「ほれ、ここ。ここに鬱陵島(うつりょうとう)というのがあるだろ」 「ウン」 「どこの国の領土だえ?」 「ええと、ここが国境線だから、韓国だね」 「そう。この鬱陵島のことを昔の日本では竹島と呼んでたんだ」 「ええ? ホント?」 「で、今の竹島を松島といった」 「なんで? なんでそんなややこしいこと」 「鬱陵島は朝鮮(韓国)のものだったんだが、長い間ほったらかし、誰も住んでいなかった」 「なんで」 「重い税を逃れるために島へ逃げ出す人が多かったんだな。それを当時(15世紀)の政府が禁止したから、それからずっと誰も住んでない状態が続いた。400年ほどね」 「そんなに!?」 「江戸時代、その無人島になった鬱陵島に日本人が漂着する」 「漂着?」 「嵐で船が流され、たどり着くこと。 その人は誰も島に住んでいないもんだから、新しい島を発見したと思ったんだな。そして『竹島』という名前をつけた」 「なるほど」 「それから後、毎年のように日本人が『竹島』に渡って漁をしたり、木を切ったりしたんだ。その時中継点になった島を『松島』と呼んだ。コレが今の竹島だ」 「なぜ名前が変わっちゃったの?」 「『竹島』が実は朝鮮の領土だって分かり、放棄。じゃあってんでそれまでの松島を代わりに竹島って呼ぶことにしたんだ。そして1905年に竹島(旧松島)は島根県に編入された」 「じゃあやっぱり日本の領土なんだね」 「そうさな。ここで終われば今のようにもめなかったんだろうな。だけど日本は戦争に負けてしまったろ?」 「ウン」 「その後、アメリカの占領下で、沖縄や小笠原諸島と同じように竹島も日本の行政権からはずされてしまった」 「ということはアメリカ領なんだ」 「いや、そこで韓国が出てくる。1953年、初代大統領、李承晩(イ・スンマン)が竹島周辺海域は韓国の者だって宣言しちゃったんだな」 「じゃあやっぱり韓国の領土ジャン」 「1965年、日韓基本条約が結ばれ、この問題は解決された」 「ということは日本の領土?」 「ところが韓国はずっと竹島を占拠し続けている」 「あ~~!! もう、ややこしいなあ。はっきりしてよ!」 「はっきりしたいから、日本は国際司法裁判所で決着をつけようと韓国に提案した。韓国は応じてないけどね」 「ややこしいけど韓国が悪いような気がする」 「国境問題ってのはややこしいもんサ。ややこしいから問題になってるんだ。だけど韓国も日本も両方に非はあるな。日本の多く人が竹島問題に無関心だったんだ。問題にしたくなかったんだ」 「なんで?」 「揉め事は日韓友好の邪魔だからサ」 「そう言われればそうだなあ」 「そうかえ?」 「日本は戦争で沢山の悪いことをしたんだ。ちょっとくらいはガマンしなきゃあ。 それにしても戦争をするなんて日本もバカだなあ」 「ほう」 伯父さんがぎろりとこちらを見た。 やばい。怒ってるようだ。 「昔の日本人はバカかえ?」 うう。ちょっと怖いぞ。でもボクはなんか間違ったこと言ったのか? 戦争で国内外に多くの悲劇を招いたのは事実じゃないか。 「だってそうじゃないか。戦争なんてやってはいけないことをしたんだろ」 「バカヤロウ!」

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  • 21 May
    • 豊臣秀吉とジャンヌダルク  その1

      いきなり勉強の話から始まるけど、今日から社会科で日本の地理を勉強することになった。 日本は小さい国だ、といわれているけれど面積はけっこうあること(約38万平方キロメートル)。大小沢山の島(6852島もある!)から成り立っていること、などを習った。自分の国のことだけど、知ってるつもりであることが多かった。反省。改めて教えられると、なるほど、と思う。結構面白い。 とひとりで感心していると、秀才のT君がさっと手を挙げた。 「先生、竹島は本当に日本の領土なんですか?」 竹島? そりゃ何だ? とざわめく生徒多数(ボクを含む)。先生が地図を指し示しながらていねいに次のことを教えてくれた。   「竹島」という名前の島はいくつかある、愛知県にもある  日本海に浮かぶ、島根県の竹島。この島が日本の領土か、韓国の領土かでもめている  韓国では「独島」と呼んでいる  日本は自分の領土だと主張しているが、日本人は住んでいない  日韓にかぎらず、国境でもめている国は多い 地図で見ると確かに韓国の近くに浮かんでいる。でも地図帳には竹島の、日本から見て外側に国境線が書かれている。日本の学校で使っている地図帳だから当たり前か。 そこから先は韓国のこと、北朝鮮のことでもちきりになった。 北朝鮮がミサイルを撃ち込んできたことや、韓国で反日感情が強いこと、などを取り上げ、非難する子もいれば、ワールドカップや映画、ドラマ、など文化の交流があり、そんなに悪い国ではない、という子もいた。 先生は日本と韓国には過去不幸な歴史があったことを教え、また次の機会にこの問題を考えよう、ということになって授業が終わった。 なんだかややこしい話になってきた。こんな時、伯父さんならどんなことを言うだろう。久しぶりに寄ってみようかと考えていたら、意外なところで伯父さんと出会ってしまった。 「よう。今帰りかえ?」 平日の夕方、何を買い込んだのか、袋を抱えた伯父さんがニヤニヤしながらボクの方へ手を振っていた。 「随分久しぶりじゃあねえか。どうだ、しっかり勉強しているか」 「伯父さんこそ、珍しいね。買い物?」 「ああ、ちょっとな。本屋へ寄ったついでにCDでも聞こうかって思って買ったんだ」 「へえ」 「そいつがな、聞いて驚け。『ジャンヌ・ダルク』のCDだぞ」 「ふうん」 それは意外だ。伯父さんは殆ど音楽を聞かない人で、たまに聞くのはボクにはよく分からないが演歌とか、昔の歌謡曲とか、そんなんばかりだ。その伯父さんがジャンヌ・ダルクのCDを買ったなんて。意外だ。 「おいら、昔からジャンヌ・ダルクは好きだったんだ。バーグマンの映画はいまひとつだったがミラ・ジョヴォビッチのはよかったなあ」 う~ん、自分の世界に入って勝手にしゃべり始めた。こうなると長いんだ、伯父さんは。 なんか分からないけど外人の名前を連ねてどうこう言っている。 「テレビドラマもよかったぞ。ピーター・オトゥールが悪役でな。。。」 「あのさ」 「でも昔の作品もいいぞお。ジャンヌの映画の歴史は古く。。。」 「伯父さんの買ったCDは、そのジャンヌ・ダルクじゃないよ」 「ええ?」 さあ、そこからが大変だった。 伯父さんは歴史上のジャンヌ・ダルクをテーマにした、女性グループかなんかのCDだと思ったみたいだった。あるいは映画のサントラ盤だと思ったのかな。ともかく、思い違いを指摘されてがっかりしたようだ。 はしゃぎっぷりも子供じみてたが、落ち込み方も大人気ない。本は立ち読みで中が確認できるが、CDは中身が分からんからだめだ、なんて文句を言う。CDも試聴できるんだけどなあ。 伯父さんの勘違いはちょっとありえないけど、「ジャンヌ・ダルク」や「リンドバーグ」と聞くとやっぱり歴史上の人物を連想する人が多いだろうな。しかも「ジャンヌ~」は男性で「リンドバーグ」は女性だ。伯父さんのような年とった人にはややこしいだろう。 そういえば伯父さん、歴史上の人物ではないけれど、「テツ&トモ」を「鉄腕アトム」と聞き違えたこともあったっけ。 ぶつぶつ言う伯父さんをなだめつつ、ボクらは伯父さんの家へと向かった。

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  • 17 May
    • マンモスと源義経

      「センパイ、お久しぶりです」 「うわっ! ホント、めちゃくちゃ久しぶり! どこへ行ってたん?」 「実は連休を利用してフランスへ」 「シェ~!!」 「??? 何ですか、そのポーズは」 「フランスといえばイヤミ(「おそ松君」)じゃないか。で、これはイヤミの『シェー』のポーズ」 「相変わらず古い漫画やロボットのことは詳しいですね。オタクですね~」 「君のオタクの定義も古いですな」 「そおいうセンパイも久しぶりの登場ですね」 「実はこのテーマ、『歴史と人物 相似形』では既に新しいシリーズが始まっているのだ。ボクらはもう用済みなの」 「??? 何を言ってるんですか」 「いや、何を言っているのかボクにもよくわからんのだが、なぜか言わなきゃいけない気がしてね」 「何かに取り付かれてるんですよ、きっと」 「うむ。で、今まで使えなかった小ネタをここで紹介しようということで、またまた我らが引っ張り出されたわけだ」 「また取り付かれている」 「まずはコレ。『マンモスと源義経』」 「なんかムチャクチャですね~。そもそもマンモスって『人物』じゃないし」 「名古屋万博を記念してね。それに大河ドラマが『義経』だから」 「こじつけてますね~。ホントに共通点があるんですか」 「ウン。そりゃ考えてあるよ。マンモスの牙は大きいだろ」 「はい」 「義経といえば鎧兜が目に浮かぶだろ」 「はい」 「そこが似ている」 「……」 「とんがっているんだ」 「……スミマセン、日本語で説明してくれません?」 「失敬な。これから順々に説明するよ。 マンモスの牙。あれ、あんなにでっかくとんがったのって、生きていく上で必要ないだろ。あれは自分たちを大きく、強く、美しく見せるための飾りだと思うんだ」 「クジャクの羽みたいなものですか」 「そうだね。クジャクの羽、ライオンのたてがみ、などなど。マンモスの牙は種類や年代によって形が違っていたらしいよ」 「で?」 「義経の兜には鍬形(くわがた)という金色の角みたいなのがついている」 「確かに」 「あれも自分を大きく、強く、美しく見せるための飾りだね」 「目立ちますもんね~」 「以上」 「それだけですかあ?」 「そう。コレだけなのだ。だから小ネタなのだ」 「でも、それだったら、よく考えたら、義経じゃなくてもいいじゃないですか。頼朝でも義仲でも、いや、他の時代の武将でも」 「そう、その通り」 「『マンモスと兜』の方が分かりやすいですよ!」 「それだったら人が見たときに『おや?』って思われないじゃないか。それに万博だぞ。大河ドラマの主役だぞ。インパクトあるだろ」 「だったら、『マンモスとグレートマジンガー』でもいいですよね」 「う」 「マジンガーZよりとんがってますし。グレート」 「うう」 「『マンモスとシャア専用ザク』(角付き)でもいいですよね」 「ううう」 「『マンモスとエヴァンゲリオン初号機』(角付き)でも。。。」 「君の方がよっぽどオタクやないか!」 「他にはないんですか、小ネタ」 「お次はコレ。『勝海舟と福沢諭吉』」 「また勝海舟ですかあ」 「なにおう? 勝先生にはすばらしいエピソードがいっぱいあるんだぞ!」 「はいはい。で、どこが似てるんです?」 「二人ともアメリカに行った」 「そりゃそうですよ。一緒に行ったんですもん。咸臨丸(かんりんまる)に乗って。ジョン万次郎なんかも一緒でしたね」 「そのくらい、知ってらあ。それだけじゃないんだ」 「というと?」 「二人とも、息子をアメリカに留学させている」 「へえ。それは知りませんでした。それで?」 「それだけ」 「またですか!」 「だから、小ネタだって」 「まだあります?」 「おう。次はコレ。『徳川家治と徳川宗睦(むねちか)』」 「またこれも分からないですね~。誰ですか、宗睦って」 「宗睦は9代尾張藩主。跡継ぎや親族が次々と死んでいって、晩年は孤独だったんだ。特に嫡男の治休(はるよし)は21歳の若さで死んでいる。 10代将軍、家治も孤独だった。彼も嫡男の家基(いえもと)を17歳で亡くしている。 いずれの場合も急激な死で、さぞがっかりしたことだろう。毒殺された、という噂もあるよ」 「なるほど、似てますね。でも」 「皆まで言うな。わかってるよ。家治は歴代の将軍の中でもマイナーな方だ。ましてや宗睦なんて知っている人の方が少ないだろうね」 「わからないことをベラベラしゃべられても面白くありません」 「有名な人物同士の、意外な共通点を探るのが面白いんだよね」 「有名で似た人物の組み合わせなら知ってますよ」 「ほうほう。誰ですか」 「アメリカの41代大統領のブッシュさんと、今の大統領(43代)のブッシュさん」 「そりゃ、親子じゃないか! 似ているのは当たり前!」 「ほな、サイナラ~」

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  • 05 May
    • フランダースの犬と杉原千畝 その3

      杉原千畝(すぎはら・ちうね)。この人の名前は聞いたことある。小学校のときに先生が学級文庫にこの人の本を入れていたので、読んだことがあるんだ。 「杉原さんならボクも知ってるよ。ドイツが戦争を起こし、占領された国から逃れてきたユダヤ人たちを救った人だよね。小学校のとき、先生に教わった」 「ほう、そうかい。そいつあ偉いなあ。 お前が今言ったように、杉原さんはリトアニアの領事館に勤めていたときに、およそ6000人のユダヤ人を救った人なんだ」 「たしか、日本通過ビザを発行したんだよね」 「おお、その通りだ。1940年、リトアニアはソ連に占領される。それまでにもポーランド――ドイツが占領した国だが、ポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人たちが各国の領事館に助けを求めていた。だがソ連に占領されたことでほとんどの大使館、領事館が閉鎖。業務を続けていた日本領事館にユダヤ人たちが殺到したんだな」 「でも日本はドイツの同盟国だったんでしょ」 「そう。ただ当時の日本政府はユダヤ人に対しては中立の立場をとっていた。表向きはね。だからビザを取得できたんだ。ただ、それには十分な旅費がなければだめだ、という厳しい条件がついていた」 「金持ちだけ助けようってこと? うげ~~」 「ほんと、うげ~~、だな」 「じゃあ、杉原さんが救った6000人も、皆金持ちだったの」 「いや、そうじゃない。最初は杉原さんも制限を緩めるよう、本国に許可を求めてたんだが、許可が下りない。そこで、無断で、無制限にビザを発給したんだね。 国外脱出を果たしたユダヤ人たちはシベリア鉄道経由で日本に到着。その後日本にとどまる人もいたし、アメリカなど諸外国へ行った人もいた。」 「すごいな。でも無断でビザ発給なんて、政府は許さなかっただろうね」 「う~~ん、そこが今議論の的になっているところでね。 杉原さんは戦後、1947年に外務省を辞めさせられるんだが、このときの理由が無断でビザを発給したためだ、という人もいれば、戦後の人員整理、リストラのためだ、という人もいる」 「そんなの、決まってるじゃん! 無断発給のためだよ」 「う~~ん。そこはまだ結論が出てない。 退職させた一方で、勲章を与えたり、年金も与えたりしているからな。当時のお偉いさんがつねに悪者だった、というわけでもないだろう。興味があるならお前さんも調べてみるといい。 だが、政府の対応がどうであれ、または人が何を言おうと、杉原さんの業績が偉大であることに変わりはない。そうだろ」 「うん。すごい人だったよね」 「そんなにすごい人なのに、杉原さんが有名になったのは割りと最近のことなんだ。お前は小学校で習った、と言ったが、中学校の歴史の教科書にも載ってるぞ。そのうち習うだろうな。 だが、おいらやお前の母さんは杉原さんについて習ったことはないんだよ」 「へえ」 「杉原さんは『日本のシンドラー』と呼ばれることもある」 「『シンドラーのリスト』だね。前伯父さんから借りたDVD、母さん、涙ぽろぽろ流して見てたよ」 「ふん、そうかい。お前は」 「。。。ボクも泣いちゃったけどね」 「その『シンドラーのリスト』は今から10年ほど前に作られた映画だ。杉原さんが有名になったのもこのころなんだな」 「ずいぶん時間がたってるよね、戦争終わってから」 「まあね。まず最初に1985年、イスラエル――ユダヤ人の国で表彰された。だが日本で有名になったのはやはり映画の前後、90年代からだな。残念なことに杉原さん自身は86年にお亡くなりになった」 「生きている間にあまり評価されなかったのはやっぱり日本政府のせいじゃないの」 「正直に言う。わからん」 「でも、不思議だよね。日本人なのに外国人に教えてもらって、その偉大さがはじめてわかるなんてさ」 「そう。そこがフランダースの犬と似てるな。外国では有名。でもな、そんな事あ、歴史上いくらでもあるヨ。ケネディ大統領が尊敬していた上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)もそうだ。名古屋城だって、外国人が止めなければ破却されていたんだぞ」 「ふ~ん」 「お前はもしかしたら、杉原さんや上杉鷹山、名古屋城の価値がわからなかった昔の人たちを笑うかもしれん。でもな、お前だって同じなんだヨ」 「ええ? どういうこと?」 「お前の母さんだよ。お前は母さんの偉さをわかっちゃいねえ」 「そんなこと。。。」 「ない、と言いたいんだろうがな。いや、べつに叱ってるわけじゃあねえんだ。誰でもそうだからな。親の偉さ、ありがたさなんて、本当にわかることはできねえ。おいらもサ。 でもな、母さんのことを思えば、テストを前にいつまでもおいらが家でだらだらしてちゃあいけねえよ」 「! 知ってたの?」 「まあ、最初は言うつもりはなかったんだが、お前の母さんから電話があってナ。 『家にいると私がうるさく言うもんだから、そっちへ行っちゃったけど、そっちではあの子に「勉強しろ」なんていわないでほしいの。あの子だってわかってると思うから、自由にさせてあげて』 ってな」 「そうだったのか」 「まあ、もうすぐ母の日だ。お前も母さんに心配かけぬがいいぜ」 「伯父さん、ありがとう。もう帰って勉強するよ。だけど」 「だけど、なんだえ?」 「ボクの母さんの口真似は、ちょっと気持ち悪いよ」 「こ、こいつが。。。はっはっは」 その後(もちろんテスト後だよ)、調べたんだけど、杉原さんが辞めさせられた理由は伯父さんの言ったとおり複雑そうでわからなかった。 イスラエルには杉原さんを記念して杉の木が植えられている。 上杉鷹山は戦前は有名だったけど、戦後はケネディ大統領が言うまで有名ではなくなっていたそうだ。 テストの結果? それは内緒。 著者: 杉原 幸子, 杉原 弘樹 タイトル: 杉原千畝物語―命のビザをありがとう 著者: 渡辺 勝正, 稲垣 収, あべ さより タイトル: 杉原千畝―六千人の命を救った外交官 タイトル: シンドラーのリスト スペシャル・エディション

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  • 03 May
    • フランダースの犬と杉原千畝 その2

      『フランダースの犬』。読んだことはないけれど、一部はアニメで見たので知っている。でもあれって、第二次大戦のお話だったけ? 「ちょいと、お前が持っているその攻略本な、そいつを貸してみな」 伯父さんはボクのひざの上からひょいと本を取ると 「確かこの時代のヨーロッパの地図があったよな・・・・・・。おお、ここだ、ここ。こいつを見てみな。 ここだ、ここ。ポーランドから北に行って、バルト海、ここの海のことだ、この沿岸に小っちゃな国が三つあるだろ」 「ええと。。。このエストニア、ラトヴィア、 リトアニアってやつ? なんか変な名前。言いにくいね」 「バカヤロウ。名前に変もいいもあるかい。この三つはな、バルト三国といわれてるんだが、この一番南のリトアニア、これと『フランダースの犬』の話をしよう」 「フランダースってリトアニアにあったの」 「いや、違うヨ。そうだな、お前、『フランダースの犬』はどこまで知ってるんだい」 「主人公がネロで犬の名前がパトラッシュ。ネロは貧乏だけど絵がうまくて、最後に教会で死んじゃうんだ」 「ほう、本を読んだことがあるのかえ?」 「読んだことはないけど、昔アニメでやってた。母さんも見てたけど、ぽろぽろ泣いてたよ」 「ああ、そうだな。それあおいらたちが子供の頃やった奴の再々々々…放送だな。そのアニメがすごく人気があってな、お前のように、原作を読まなくても結構皆知ってるんだ。最後に死ぬって言ったが、『死なせないで』という視聴者の希望が殺到したんで、ラストを少し変えたそうだよ。死んでいる、という直接的な表現を避けてね」 伯父さんはどこからか世界地図を持ってくると、西ヨーロッパの地図を開いた。 「そのフランダースだが、ここ、ここを見な。このベルギーって国にある。ほら、ここがアントワープ。物語の舞台になった町だな」 「さっきのリトアニアと随分離れてるね。本当に関係があるの」 「まあ、そう先を急ぐな。で、そのアントワープの人たちが長い間不思議に思っていたことがあった」 「何?」 「うん、日本人観光客がな、よく聞くんだ。『フランダースの犬』のことを」 「そりゃ物語の舞台だからね。不思議でもなんでもないよ。当たり前ジャン」 「いや、そいつが驚いたことに、アントワープの人には『フランダースの犬』なんてぜんぜん知られていなかったものだから、一体何の話をしているのか、不思議だったそうだ」 「ええ~? うそでしょう?」 「ウソのようだが本当だ。この作者のウィーダって人も、ベルギーの人じゃあない。イギリス人なんだ。彼女がベルギーを旅行したときにインスピレーションを得て書き上げたのが、『フランダースの犬』なんだね」 「ふーん」 「この名作がお前と母さんの見たアニメになったのが1975年。それで爆発的な人気が出て、たくさんの日本人がネロとパトラッシュの物語に涙した。で、それ以来、アントワープに行くとネロとパトラッシュのことを聞く人が増えたんだな」 「でも現地の人は何も知らなかったんでしょ」 「そうだね。だから日本人の方もびっくりした。まあ、そんなことがたびたびあって、逆にベルギーの人たちが『フランダースの犬』を読むようになった。また、観光局もネロとパトラッシュの銅像をたてたそうだよ」 「不思議なことがあるんだね。現地の人より、外国の人の方がよく知っているなんて」 「そうだな。そういうことは実は結構あるんだ。で、話はリトアニアに戻るんだな」 「リトアニアにも『フランダースの犬』のような日本にだけ有名な物語があったの」 「いや、今度は逆だ。第二次大戦の時代、リトアニアで活躍した日本人がいた。でも彼の名前は長い間日本ではあまり知られていなかったんだな。その人の名前を杉原千畝(すぎはら・ちうね)という」 タイトル: フランダースの犬【劇場版】 98年に発売された劇場版DVD。ちょっと大人っぽいネロやアロア、美しい音楽とCGが魅力です。

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  • 01 May
    • フランダースの犬と杉原千畝 その1

      今日もボクは伯父さんのところにいる。 せっかくの連休なのに、連休明けにテストがあるなんて! おかげで家にいると 「勉強しなきゃだめじゃないの」 と母さんにせっつかれる。 母さんはいいよ。七連休だもん。でも、学校はカレンダどおりだから三連休が二つ。前後半に分かれるんだ。 その間の月曜日に実力テストがある。もっとも、後半の三連休はテストの心配なく遊べるからましだけど。 そんなわけで 「伯父さんに勉強見てもらうよ」 と言ってここへ来た。 そう言えば母さんも安心するし、ボクもストレスを感じずにすむ。もちろん勉強なぞしてない。伯父さんにはただ遊びに来たと言っただけだ。一人暮らしの変わり者だけど、いつでもボクのことを歓迎してくれる。手土産の母さん手製の料理やお菓子を歓迎しているだけかもしれないけど。 いつもどおりお土産を冷蔵庫に入れ、自分とボクのコーヒーをいれてしばらく世間話。そこからはバラバラだ。先ほどから伯父さんはテーブルの上に肘をついて何やら本を読んでいる。ボクはボクで、プレイステーションでゲームをすること、かれこれ1時間以上。伯父さんはいい年をした大人のくせしてゲームやマンガも好きだ。とはいえ、アクションゲームなんか反射神経のいるものはダメで、シミュレーションゲームなどゆっくりでもできるものが多い。何度か家からアクションゲームを持ってきたけど、 「カチャカチャうるさくていけねえや」 という理由で一度もやらしてくれない。大人のくせに心が狭いなあ。おかげでボクもシミュレーションが好きになったからいいけど。 後ろから、伯父さんの鼻をすする音が聞こえてきた。花粉症がぶり返したのかな。まあ、いいや。気にせずにゲームを続けていると、 「グズッ、グズッ。。。チーン」 だんだんうるさくなってきた。ちょっと手を休めて(セーブを忘れずに、ネ) 「伯父さん、さっきからどうしたのサ。また花粉症?」 振り返るとびっくりした。目を真っ赤にして涙流しているではないか。 「ど、どうしたの?」 「。。。いや、いつ読んでも泣けるねえ」 「?」 「『フランダースの犬』サ。いい話じゃあねえか」 「・・・・・・」 あきれた。まったくのん気な伯父さんだ。大の大人が日曜の昼下がり、子供の本を読んで泣いているなんて。 それにしても汚い泣き方だなあ。鼻水ズルズル流して。 「びっくりするじゃないか。そりゃ名作かもしれないけど、そんなに泣くことないでしょ? 何度も読んだんでしょ?」 「何度読んでも泣けるんだよぅ。それにな、年とると、涙腺が弱くなっていけねえわサ。お前も読んでみるかえ?」 「 いや、いいよ」 ボクはこういった「お涙ちょうだいモノ」は苦手だ。何か息が詰まるんだよね。 本を読み終わって暇になった伯父さんは、ボクの後ろからしきりにゲームの画面をのぞいていた。それにも飽きてきたのか 「なあ」 「ん?」 「お前さんが今やっているゲームな」 「ウン」 今やっているのはドイツとソ連の戦争のゲームだ。 「そいつと『フランダースの犬』との関係を教えてやろうか?」 「ええ?」 著者: ウィーダ, 野坂 悦子 タイトル: フランダースの犬

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  • 26 Apr
    • 水戸黄門とマリー・アントワネット 3

      水戸黄門が実はそんな殿様だったなんて。 伯父さんの言っていることは相変わらず強引だけど、教科書や学校の先生が言ってることと逆なのが面白い。本当かどうかはわかんないけど。 「きつい言い方だけど、アントワネットも光圀も人々のことなど考えず、自分のしたいことをしたんだな」 「それって、伯父さんみたいだね」 「う、あ、そ、そうか? まあ、おいらも好き放題やってるからなあ。 話を戻すと、光圀がその後、将軍に歯向かったということで後の時代の人々の人気を得て、悪い面が忘れ去られたのに対し、アントワネットは革命なんて起こっちゃったから、未だに低い評価しかされていないんだな。 でもね、二人とも決して悪人じゃあないんだよ」 「ええ? さっきと言ってること、違うじゃん。人々を苦しめたんでしょ? 悪だよ、悪」 「光圀はともかく、アントワネットは人々を苦しめていたわけじゃあないよ。彼女は有名人だったんだ。今の皇室の方々と同じさ。やることが報道され、いい風にも悪い風にもとられてしまうんだね。 王妃様の無駄遣いが激しかったからって、フランス王国が滅亡するほどじゃあなかった。本当の無駄遣いは戦争だったんだよ」 「戦争って、お金がかかるんだね」 「ああ、そうだヨ。お金もかかるし、物を壊すし、命を無駄にするだけだから、本当の無駄遣いだね。 戦争や天候不順や、なにより身分社会の矛盾といったことから苦しくなった生活が、王妃のせいにされちゃったんだ」 「何か、可哀想だね」 「まあね。そんなときは身を慎まなきゃいけないんだけど、ソレをしなかったから、いけない。人気がなくなってくるのも当たり前だね。さっきの『パンが無ければ~』を彼女のせいにされたのも、それだ」 「アントワネットにしても光圀にしても、自分たちが悪いことをやっている、という意識は無かったと思うよ。光圀なぞ、逆に立派なことをやっている、とさえ思っていたろうね。反省がないものだからよけい始末が悪いわさ」 「伯父さんにかかったら黄門様も王妃様もぼろくそだね」 「そ、そうかえ? そんなに悪く言ったつもりあ無いんだがね。 ちゃんと評価しているつもりだよ。政治では有能とはいえなかったけど、文化上は後世に大きな影響を与えていると、思ってるよ」 「どんな?」 「そうさな。ハンケチ持ってるか」 「ええ~。そんなん、いちいち持ってないよ」 「まあ、男の子だから仕方ないか。ハンケチは正方形だろ」 「そのくらい知ってるよ」 「正方形になったのもアントワネットがそうしろ、と言ってからだそうだ」 「へえ~」 「彼女のサロンでは華やかな文化が栄えたんだよ。 おお! そうか!」 「何?」 「黄門様と王妃様の誰にでも分かる共通点を見つけたよ!」 「王妃はヴェルサイユにある『プチトリアノン』という離宮が好きで、そこに農村風の庭園を作ったんだ。 光圀もまた、隠居後、西山荘というところに移り住んで、質素な生活を送ったそうだ。 二人とも庶民的な生活にあこがれ、実行したんだね」 後で調べてみたら、光圀の時代は水戸徳川家は25万石しかなかったそうだ。それを無理やり35万石といったのだから年貢も重かっただろう。 でも、反面、西山荘に移ってからは庶民と親交を交えたという話も伝わっている。

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    • 水戸黄門とマリー・アントワネット 2

      水戸黄門とマリー・アントワネット。 諸国漫遊の伝説を持つお爺さんと、断頭台の露と消えた悲劇の王妃。一体どこに共通点があるのだろう? 「水戸黄門は知ってるかえ?」 「ウン。本当は徳川光圀っていうんだよね。歴史書を編修した」 「おお、よく知っているなあ」 コレでも日本の歴史には詳しい方だ。6年生の誕生日に、伯父さんからもらった「まんが 少年少女日本の歴史」を何度も読んだから。ちょっと残念なのはもらったときに既に古本だったこと。でも、ソレでなきゃ伯父さんが全23巻をポンとくれるわけが無いか。 マンガだけど人物の顔なんか、教科書に出てくる絵になるべく似せているところがすごい。それに人物事典や出来事事典がついていて、中学になった今でも十分使える。 「水戸黄門の諸国漫遊てなあもちろん作り話だが、その中に面白いエピソードがあってね。 黄門様が米俵に腰を下ろして、農家のおばあさんにえらい剣幕で怒られるという話だよ」 「そんなの知らなかったなあ」 「まあ、このお話はテレビでは殆どやらないからね。もちろん黄門様は自分の行為を深く反省するんだけどね」 「でも作り話なんでしょう?」 「そうだね。でも、そこには人々の黄門様に寄せる思いが表れているんだね。名君といえども、実際に接しなければ、人々の生活、有様が分からなかった、というね」 「ふ~ん。で、それがどうマリー・アントワネットとつながるの?」 「彼女にも有名なエピソードがあるんだよ。 あの時代、フランスでは社会がすこぶる不安定でね、食料、すなわちパンだね、パンをよこせと騒動が起こった。家来からソレを聞いた王妃様は 『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃないの』 と言ったそうだ」 「うわ~~。何か、いかにも無知なお姫様って感じだね」 「もっともコレは本当は彼女が言ったんじゃあない。本当はルイ15世―アントワネットの旦那さん、16世のおじいさん―の娘が言ったそうだよ」 「それがどうしてアントワネットのせいにされたの?」 「ソレはアントワネットが良くも悪くも有名人だったことだね。かいつまんで言えば、無駄遣いの多かった王妃様は当時の国民に人気が無かった。いかにもそんなことを言いそうなイメージを持たれていたんだね」 「わからないなあ。伯父さんは正反対のことを言ってるじゃないか。人々に愛された黄門様と、嫌われたアントワネット。どこがどう似てるっていうの?」 「それはね、二つのエピソードが示すように、二人とも人々の生活なんて気にしちゃいなかったんだ」 「ちょっと待ってよ。黄門様は自分の行いを反省したんでしょ。第一、どっちも事実じゃないって――」 「事実でないにしろ、そういう風に見られていたんだよ。黄門様の場合は時代もずっと下ってできたエピソードだけど、『名君水戸光圀公』の正体に迫っている点で面白い」 「よくわかんないな」 「実際の水戸黄門―徳川光圀がやったことって何だえ?」 「歴史書を編修した」 「そうだね。『大日本史』を編纂した。もっとも、この大作が完成したのは光圀の死後、1906年。明治39年のことだけれどね」 「ふえ~~」 「彼がやったことはすごいことだった。でもね、当時の人々、自分の藩の人々には何の役にも立っていないんだよ」 「でも光圀は名君だよ」 「名君の条件が何かは、人や時代によって違うだろう。光圀の場合は主に ・『大日本史』を編纂し、尊王思想をとなえていたこと ・将軍徳川綱吉に対し、意見を言ったこと の二つが評価されたんだね。綱吉は知ってるだろ?」 「知ってるよ。犬ばかり大事にしたんで、『犬公方』って呼ばれたんだよね」 「ほうほう。なかなかですな。 光圀はその綱吉に対し、犬の皮でできた防寒着を贈ったというよ。それと跡継ぎ問題でワガママを押し通そうとする綱吉をきっぱり諌めたんだね」 「ふ~ん」 「でもその光圀、自分の領地の人々には恨まれていたんだよ」 「ええ? うそでしょ?」 「さっきも言ったことだけど、『大日本史』のような文化上の仕事は、後世の人々の役には立っているけれど、地元の人々を雇って作ったのではないから、当時の人々の食料やお金が増えたわけじゃなかったんだ。事実はむしろその逆で、たくさんのお金がいるから、厳しく年貢を取り立てたんだよ」 「うわ~~、ひどいね」 「光圀は確かに学問を大切にした。でも人々の暮らしについてはあまり考えなかった。米俵のエピソードが光圀の隠れた本質を言い当てていることがわかるだろ」 著者: 児玉 幸多, あおむら 純, 佐原 真 タイトル: 日本の誕生―旧石器(岩宿)・縄文(紋)・弥生時代

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  • 25 Apr
    • 水戸黄門とマリー・アントワネット 1

      僕の伯父、母の兄はかなりの変わり者で、もうかなりの年配なのに結婚もせず、本に囲まれて暮らしている。アリやハチなどの社会性昆虫の飼育もしていて、これじゃあ嫁の来るはずもないと祖父母からも親戚からもさじを投げられている。が、本人はそれを全く気にすることも無く、むしろうるさく言われないのをありがたがっているようだ。そんな変な伯父さんだけど、本ばかり読んでいるせいか、結構いろいろなことを知っている。まあ、すべて受け売りの知識だけど。それでも社会や理科の宿題ではその知識は役に立っている。とりわけ歴史に対するこだわりはなかなかのもので、けっこう強引な決め付けもあるけど、学校の授業よりおもしろくて、伯父の歴史講釈を聞きだすことが僕のひそかな楽しみとなっているのだ。今日も宿題でちょっと手に負えないところがあったので、伯父の好物である、母さん手製のキンピラゴボウを持って訪ねてみた。「コンニチワ」伯父の家は鍵がかかっていないのでいつものように勝手に上がりこんだ。「おう、いらっしゃい」伯父はこちらに背を向け、ねっころがってテレビを見ていた。好きな時代劇かなんかだろう。勝手知ったる他人の家。お土産の入ったタッパーを冷蔵庫に入れ、テレビが終わるまで邪魔にならないように、そこらへんにある本を手に取った。それにしても相変わらずすごい部屋だ。家具らしいものは殆ど無い。本がうず高く積み上げられ、窓辺には土の入った水槽が二つ三つ。コレと同様のものが台所にもある。いずれもアリやらハチやらが入ったものだ。「いつも、ありがとよ」テレビが終わって、自分でいれたコーヒーをすすりながら(ちなみに僕のは牛乳がたっぷり入ったカフェオレだ)、キンピラの礼を言った。これもいつものことだ。「で、今日は何の用だえ?」「うん、学校の宿題でね、イギリスかアメリカかフランスの市民革命について調べて来いってのが出たんだ」「ほう、そうかい。学校はもうそこまで進んだかい」昔塾で中学生を教えていたこともあって、話が早い。余計なことを説明せずに済む。学校の教科書だけを写しても大したボリュームにならないし、先生だってあまり評価してくれないのだ。そういったこともちゃんと心得てくれる。「で、お前さんは何について知りたいんだ、え?」「フランス革命」「そうか、そうか。それならな。。。」つっと立って本の山から4、5冊本を抱えてくると、「いいか、大体この時代ってのはな。。。」それから一時間あまり。「ありがとう、伯父さん。これなら分かりやすいし、面白い。発表したらみんな面白がるよ」「はっはっは。そうかい。そいつあよかったな」「ところでさっきは何のテレビを見てたの?」「ああ、あれあ『水戸黄門』だ」「ふ~ん」水戸黄門は確か江戸時代の前半だ。フランス革命の頃、日本は江戸時代後半。同時代だったら、いつものように伯父の歴史講釈が聞けるのに。そんな僕を見て伯父がにやっとした。「なんか当てが外れたって感じだな、え?」目がいたずらっぽく光っている。これはいけるかもしれない。「でも水戸黄門でしょ。フランス革命とは全然関係がないじゃん」わざと引いてみた。「そうとは限らないわさ。さっき、マリー・アントワネットってのが出てきただろ?」案の定、伯父が乗ってきたようだ。「処刑されちゃった王妃だよね、確か」「そう、よく覚えてるな。そのマリー・アントワネットと水戸黄門はよく似てるのサ」「ええ? ウソだ~」

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