• 21 Mar
    • ヌオリワーラ 『牧場の少女カトリ』

      児童憲章第九条「すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、わるい環境から守られる。」(『牧場の少女カトリ』前書きより) 『牧場の少女カトリ』は1984年にフジテレビ系の「世界名作劇場」で放映されたアニメです。1900年代のフィンランドを舞台にした作品で、アニメならではの美しい風景描写や音楽が印象的な作品でもあります。このオープニングを見てのとおり、主人公カトリは小さいながらも実によく働く。6歳のときにドイツに出稼ぎにゆく母と生き別れ、戦争(第一次世界大戦)により母とは音信不通、祖父の病気から家計は苦しくなり、9歳で働きに出るのです。1984年といえば同年3月にNHKドラマ『おしん』が終了しています。日本人の半分以上は見たといわれる『おしん』。社会現象にまでなったおしんとこのカトリを重ねて見た人も多かったのでしょう。「西洋版おしん」とも呼ばれました。しかしアニメは決して辛さを前面に押し出したものではなく、カトリの持ち前の明るさ、頭のよさ、そしてややご都合主義ともとれる強運から、見ていてほほえましい作品に仕上がっています。また、日本にはあまりなじみのないフィンランドという国の自然や文化、そして社会状況も織り込まれ、年長者の鑑賞にたえる作品になっています。フィンランドサウナのことも出てきます。レーニンも一話だけですが登場しますし、ロシア革命も出てきます。また当時ロシアの支配下にあったフィンランドのようすや、自立する女性の姿も描かれていて、主人公カトリ以外にも見所は結構あります。私はこの作品を通じてフィンランドの民族叙事詩『カレヴァラ』を知りました。絶版で店舗在庫のみだった岩波文庫版を買ったのを覚えています。ロシア帝国の支配下にあった(自治は認められていたが)フィンランドで、民族叙事詩の持つ意味が大きかったことが、アニメからもわかります。文字通り名作ぞろいの「世界名作劇場」において、この作品は影が薄いようです。というのもヌオリワーラの原作がほとんど知られていないからでしょう。アニメのオープニングでも原作アウニ・ヌオリワーラ「Paimen,piika ja emanta」よりとなっています。製作当時翻訳本が絶版となっていたのでしょう。アニメ放映ということもあって、再販され、児童書コーナーに並びました。私が買ったのもそのうちの一つです。 これがその表紙に描かれたカトリ。奥付では1983年12月初版となっているのですが、ちょと古臭い絵ですね。文体も、活字も同じくちょと古い。装丁・挿絵は芝美千世さん。訳は荻野洋子さん。ただし「ヌオリワーラ原作/荻野洋子・文」となっていますので、リライトされたかもしれません。調べましたら、昭和36年に『牧場の少女』として、同じ荻野、芝のペアで出ていますので、その再版かと思われます。またこの本以外にも何回か出版されたようです。アウニ・ヌオリワーラ, 森本 ヤス子牧場の少女カトリ 『残された人びと』と『未来少年コナン』でもそうでしたが、原作とアニメとはまた別物と考えたほうがよいようです。もっとも「コナン」ほどはアレンジしていませんが。原作では時代はもう少し古く、はっきりとは書かれておりませんが、作者ヌオリワーラの少女時代、1883年生まれですから、1900年前後となるでしょうか(アニメは第一次大戦、ロシア革命があるので、1914~17年)。働き者で利発なキャラクタはアニメと同じですが、不正に対しては激しい怒りをあらわす面もあります。また、アニメでは強運の持ち主で、その明るさからかたくなな大人の心を和らげるカトリですが、原作ではそれもいつも成功とは限らず、心を閉ざしたまま分かれる人々もいます。つまり原作はよりシビアなのです。当時の農村の状況、貧しい家庭に生まれた立場、女性の立場がはっきりと描かれています。子供向けに表現は和らげているとはいえ、あるお屋敷では主人の愛人と私生児まで登場し、カトリと対立します。そして最大の違いは女性の生き方でしょう。カトリの母親は出稼ぎに出たのではなく、生活苦からカトリを祖父母に預けた後、農場主と再婚をします。母との再会は割りと早くなされますが、その事実を知ったカトリの子供らしい苦悩が、見事に描かれています。アニメとは異なり、原作での女性たちは家庭の中におさまり、自立よりも結婚を望みます。それが女性の幸せなのです。カトリ自身もある農場主と結婚する、幸福な未来を結末にこの物語は終わるのです。それは時代の制約ということもあるでしょうが、しかし、彼女たちは決して弱い存在に描かれてはいません。この作品には、カトリのせりふには「運命」という言葉がよく出てきます。それはあきらめの言い訳ではなく、逆らえない運命に愚痴をこぼさず、とらわれず、まじめに働いて自分で自分の運命を切り開いてゆくのです。身を粉にして働き、向上心向学心を忘れないカトリに、やはり影響され、守り立てる人々が現れるます。おそらく彼女と結婚する農場主の若旦那さんも、そんな出会いとつながりなのでしょう―実は本作にはカトリの少女時代のみ描かれ、五年という月日を飛ばして、幸福な結婚が約束されたラストシーンになります。ヌオリワーラには自分の少女時代を描いた本作以外に、自伝的な小説が何作かあるそうですから、カトリのその後はそこで描かれているのでしょう。残念ながら邦訳は出ていません。アニメのカトリも、原作のカトリも、ともに私たちに勇気と辛抱強さと希望とを与えてくれています。

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  • 09 Mar
    • アレグザンダー・ケイ 『残された人びと』

      わずかな人間から、全体を判断してはいけない。インダストリアにも良い人間もおるし、そういう人たちのやったことは、ほめるに値するだけだ。世界が失ってはいけない人たちだ……。ブライアック・ロー(本書205ページより引用) アレグザンダー・ケイ, 内田 庶, 小坂 しげる 残された人びと 新世紀もはや7年目。「世紀末」という言葉も、遠いものとなりました。 当時私の知人にも十人に一人くらいは 「1999年に何かが起こるんじゃないか」 という杞憂を抱いている人がいました。これもひとえに「世紀末」の「末」から来るイメージでしょうね。ちなみに私は1985年、タイガースが優勝した年に、快進撃を続けるターガースを見て 「ひょっとして良くないことが起こる前兆では」 と心ひそかに思っていました。それほど彼らの活躍に半信半疑だったのです。阪神だけに。……ファンの方、ごめんなさい。私もタイガースファンですよ~。 世紀末に人類が滅亡する、としたのは五島勉さんの『ノストラダムスの大予言』。 1973年に発売されたこの荒唐無稽な本は爆発的な人気を得ました。当時の文化人たちが帯に推薦文を書いたり、映画は文部省推薦になったりしたのです。その背景には当時の世相がありました。米ソ両大国が依然として対立しており、公害問題や経済のマイナス成長など、種々の社会不安がありました。「石油はあと30年もたない」なんて当時の少年漫画雑誌でもとりあげられていたのです。そんな社会に、特に若年層が不安を抱き、五島さんの本はその不安をさらにあおり、中には 「結婚したんだけど、子供を産んでもよいのだろうか」 と本気で悩んだ人もいたそうです。      高木 彬光 ノストラダムス大予言の秘密 このような不安、不満は、日本だけでなく海外でも広くあったようです。 『残された人びと』(原題はThe Incredible Tide;大津波)はそんな時代に書かれた物語。核兵器ならぬ磁力兵器によって最終戦争が起こり、大洪水によって人類のほとんどが滅亡した「大変動」。主人公コナンは12歳で大変動を生き延び、無人島に漂着。その後5年間を孤独に、しかしたくましく生き抜いてゆきます。そこに「新社会」からドクター・マンスキーがやって来て、コナンを彼らの首都インダストリアに連れて行きます。題名、人名、地名からお分かりの方も多いでしょう。本作は宮崎駿さんのアニメ『未来少年コナン』の原作であります。もっとも「原作」とテレビ画面では出ていますが、お話の内容は大きく異なります。コナン、ラナ、ジムシーにダイス、はてはオーロやメイザル、シャン、ティキィまで、同じ名前の人物(と鳥)が登場します。またインダストリアやハイハーバーといった土地、そして最終戦争が起こったという設定も同じ。ただしアニメではそれから20年後、自然がほぼ回復した世界なのに対し、こちらは大変動後5年、世界はまだ荒れ果て、人々の暮らしも苦しく希望の見えにくい時代を描いています。ですから原作というよりは原案―昨年放映されたNHK『純情きらり』と津島佑子さんの『火の山—山猿記』のような―というべきでしょうか。 バンダイビジュアル 未来少年コナン 1 「西方世界」に住んでいたのがコナンやラナ(彼らはもともと知り合い)、対してインダストリアに住んでいるのはドクター・マンスキーやレプコ。「西方」とかインダストリアの人名から、明らかにアメリカとソビエトを意識しています。これも当時としては無理からぬ、自然な設定でしょう。アニメにするにあたってマンスキーをモンスリー、レプコをレプカと改名したのは、これを嫌ったからでしょう。 アニメがあまりにも有名なことから、しばしば「アニメと違って暗い」「救いがない」と言われる本作ですが、むしろ独立した、まったく異なった作品として読んだほうがよいでしょう。ついついアニメと比較してしまうのは無理もないでしょうが、それではこの小説の魅力はわかりません。ここからはアニメを頭から追い払って見てゆきます。 *実のところ、私も『未来少年コナン』が大好きで、それでこの小説を長い間探していました。が、なかなか見つからず、80年代に角川文庫から出ていたもの―今は絶版―を買いましたが、挿絵がアニメと同じ。17歳のコナンでも上記パッケージと同じに描かれていたので、どこか落ち着かなかったです。 **絶版で入手困難なのは海外でも同じようです。アニメの人気から原作を求める人たちが多いらしく、原文(英語)がすべて公開されているところもあります。 http://hinomaru.megane.it/cartoni/Conan/index_frame.html http://www.tintazul.com.pt/julio.reis/conan/tide_01.html http://www.tvcartoonmania.com/conan/gpatide.htm (こちらはダウンロードできるところ)この小説では、大変動後、ともすれば絶望に陥る世界の中で、なんとか生きてゆく若者の成長する姿を描いています。 コナンは「声」に導かれて孤島で一人で生き抜き、 肉体的にも精神的にも逞しくなります。それは工業製品でかろうじて命をつないでいるインダストリアのドクター・マンスキーがびっくりするほど。またハイハーバーも残されたわずかな畑でなんとか生活している状態でしたから、彼はこの物語世界の中では一番の健康優良児なのかもしれません。 物語はコナンの視点、ラナの視点から交互に繰り返されますが、メインはコナン。そして物語の特色で、大変狭い舞台で少数のキャラクタのやり取りで話が展開してゆきます。はじめ一人きりで生きていたコナン。インダストリアに連れて行かれ、複数のキャラと交わるかと思えばそうではなく、ラナの祖父で「先生」ことブライアック・ロー博士(やはりパッチという偽名を使っていた)の脱出を手伝うことに。インダストリアの追っ手と大異変後の荒れ狂う自然との戦い、そしてコナンとロー、青年と老人の二者のやりとりで物語りは進んでゆきます。若いだけに潔癖で、人間の醜さに怒りを表したりあせったりするコナン、自分の運命に悩むコナンに、ローは冒頭の台詞に代表されるような、もっと広い心を持つこと、辛抱することを教え諭します。 そこに二人を追ってきたマンスキーが遭難。二人に合流し、今度は三者のからみとなります。自分を導いてきた「声」を信じ、博士を尊敬するコナン。人間の弱さ愚かさを認めつつ、同時にその強さと可能性を信じている博士。そして目に見えるものしか信じず二人をあざけるマンスキー。遭難してたどり着いた小さな島―コナンがもと住んでいた島、そしてハイハーバーへゆく小さな船の中。そんな狭い舞台で生き延びるために協力しながらも心を開かないマンスキーとたの二者との対立と交流は実に面白い。芝居にしたらアニメとは違った魅力を十分引き出せるのではないかなと思ってしまいます。 青年と、中年と、老人。読者はこの三者のものの見方考え方に同調したり反発したりするでしょう。本書は児童書に分類されますが、三者の年齢設定を見てもわかるように、大人の鑑賞にも十分堪えうるものです。 ことにマンスキー。外科医である彼女は、物質文明インダストリアを、そして大変動後必死に生き延びてきた大人を象徴する人物で、そんな彼女が最後にコナンたちを受け入れるさまはこの小説の、大人にとっての一つの魅力でしょう。 建物につくちょっと前、とつぜん一本の煙突からはき出された煙が、つんと鼻にきた。ドクターは立ち止まって、灰色の頭をふりかえり、深く空気を吸い込んだ。 「ああ、いいにおい! 世界で一番いいにおいだわ!」 (47,48ページ) ここに描かれているマンスキーは現代のわれわれそのままではありませんか! そりゃ工場の煙を「いいにおい!」なんて考える人はいないでしょう。おそらく作者も彼女の狂気、インダストリアの狂気を描いたつもりでしょう。しかし窓の明かりに群がる小さな羽虫を気持ち悪がったり怖がったりする現代っ子、満天の星空を見てかえって不気味に感じる現代人はマンスキーを笑えません。そこまで極端でなくても、われわれは現代の管理された自然(観光地や田園地帯など)を「美しい自然」と思い、整備された生活環境を快適に感じています。もちろん私もその一人です。しかしこの姿は煙をいいにおいと感じるマンスキーとそんなに変わりはないのではないか。そんな彼女をコナンは当然気味悪く思いますが、そのコナンから見ればわれわれも気味が悪いのではないか。 彼女は優秀な外科医であり、だから体を切り刻んでも魂や心なんて見つからなかった、なんて言います。「なんのために生きとるんだ?」との博士の問いに対しても、シニカルに答えます。「生まれたくって生まれてきたんじゃない。でもこうやって生きているからには、できるかぎりのことをしてきたわ。でも、頭が使えても、あたしたちはただのほろびていく存在。とにかく、あたしなんかどうでもいいのよ。たいせつなのは”新社会”だけ」 (225ページ) 彼女の答えの最後の部分に全体主義である共産国家、インダストリアとして戯画された共産国家への皮肉を読み取るかもしれませんが、要するに彼女は余裕がないだけなのです。いろいろな物を受け入れる余裕はなく、生きるのが精一杯。だから彼女のこの答えは、博士の次の台詞と対立したものではなく、似通ったものです。 「みんなを助け、いろいろなことを学ぶために、あんたは生きとるんだ」 (225ページ) くだらない、と彼女は一蹴しますが、彼女の全体主義も博士の利他主義も、案外近いところにあるんじゃないでしょうか。彼女になくて博士にあるものは愛。 自己愛がないゆえに他者も愛せず、心も魂も否定してしまったのです。 キリストの教えに「黄金律」といわれる、次の言葉があります。 彼らのうちの一人の律法学者が,彼を試そうとして一つのことを尋ねた。「先生,律法の中で最大のおきてはどれですか」。 イエスは彼に言った,「『あなたは,心を尽くし,魂を尽くし,思いを尽くして,あなたの神なる主を愛さなければならない』。これが最大で第一のおきてだ。第二もこれと同様であって,こうだ。『あなたは隣人を自分自身のように愛さなければならない』。律法全体と預言者たちとは,この二つのおきてにかかっている」。 (新約聖書「マタイによる福音書」第二十二章三十五節~四十節  電網聖書 より引用)「自分自身のように愛せよ」ということは自分自身を愛していることが前提です。異論はありますでしょうが、そのように私は教えられました。確かに自分を愛していない、自暴自棄な人間が他人を愛することはできないでしょう。ただ人間不信でも社会に貢献している人はたくさんいます。マンスキーもまさにそう。 根本は違えど表層は似通っている、だから最後に彼女はコナンたちを受け入れることができたのです。「声」を聞いた、という体験を経てですが。それでも以前の彼女なら自分の体験すら疑ったでしょう。 こういう読み取り方は本作の主題から大きく外れているのでしょうけれども、私はそう思えてなりません。 「声」が出てきたり、神や指導者といった言葉が出てきたりと、キリスト教くさい作品でもあります。「声」」に導かれ、自分と対立するものに不平不満を隠さず、指導者として選ばれたことに不安を感じるコナンは旧約聖書のモーセを思わせます。この作品がアニメよりも人気がないのはそのせいかもしれません。同じく宗教的で「キリスト教のプロパガンダだ」と批判されたことさえある『ナルニア国物語』シリーズよりも宗教くささを前面に押し出していることもこの本の本当の魅力を押さえ込んでしまっています。 しかし本作からあれだけ愛されたアニメを宮崎さんが作り出せたように、読む人それぞれが何かしら引き出すことのできる、不思議な作品でもあります。 私は演劇、とくに学生演劇に向いてるんじゃないかなあと思ってます。ラストシーンなんかとくに芝居向きです。 付記 アニメを意識しないで読んだつもりですが、私の頭の中では、どんな台詞でも、どうしても小原乃梨子さんや山内雅人さん、吉田理保子さんといったアニメ版の声優さんたちの声になってしまいます(笑) また、アニメの裏設定ともいうべき事項、モンスリーの自転車や市民等級制度とスコアも描かれています。ラナがおじいさんの声を受け取るのにしばしば高いところに上るのはなぜか、その理由もわかります。そのように読んでも面白いでしょう。

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  • 06 Mar
    • スーザン・バーレイ 『わすれられないおくりもの』 /河井酔茗 「ゆずりは」

      私たちはずっとつながっている スーザン・バーレイ, 小川 仁央 わすれられないおくりもの こんなに大きな画像を貼り付けてしまいましたが、申し訳ありません。私、この本を所有しておりません。 小学校3年生の国語教科書『ひろがる言葉』下(教育出版)に載っているので、家庭教師先で何度も朗読をしました。 木下 順二, 今西 祐行 ひろがる言葉―小学国語 (3下 ) 国語の教科書、あなどりがたし。内外の名作が結構載っていて、しかも無料配布ですからね。昔の教科書や親戚,、お子さんの教科書をチェックすると、意外な作品に出会うかもしれませんよ。 現代の子供さんたちは生き物の生き死にをよく理解していないのではないか、といわれています。この物語ではずばり、死についてとりあつかっています。といっても重苦しいお話ではありません。表紙にも出ているアナグマさん、動物みんなからしたわれているアナグマさんが、年をとって死んでしまいます。みんなは深く悲しむのですが、やがてアナグマさんからもらったすてきなもの(それは思い出だったり、お料理だったり、ネクタイのしめ方だったりします)に気づいてゆきます。 小さな子供さんにとって死とはなんでしょう。かつて『フランダースの犬』がアニメで放映されたとき、多くの視聴者から「ネロを死なせないで」という投書があり、今でもその最終回に多くの人が涙します。 バンダイビジュアルフランダースの犬(1) 小さい子供さん向けでは、多くの場合、死は眠りとして描かれているようです。大好きなおばあさんの胸に抱かれて天に昇ってゆくマッチ売りの少女のお話のように。私は小学五年生ではじめて肉親の死に出会いましたが、その一年前くらいから死についてかんがえていました。死んだら無なのだと考え、空恐ろしくなったことを今でも覚えています。そんなとき教科書で「ゆずりは」という詩に出会いました。確か六年生だったと思います。こどもたちよ、これがゆずりはの木です。このゆずりはは新しい葉ができると入れ代わって古い葉が落ちてしまうのです。こんなに厚い葉こんなに大きい葉でも新しい葉ができると無造作に落ちる。新しい葉にいのちを譲って―。こどもたちよ、おまえたちは何をほしがらないでもすべてのものがおまえたちに譲られるのです。太陽のまわるかぎり譲られるものは絶えません。輝ける大都会もそっくりおまえたちが譲り受けるものです、読みきれないほどの書物も。みんなおまえたちの手に受け取るのです、幸福なるこどもたちよ、おまえたちの手はまだちいさいけれど―。世のおとうさんおかあさんたちは何一つ持っていかない。みんなおまえたちに譲っていくために、一生懸命に造っています。今おまえたちは気がつかないけれどひとりでに命は伸びる。鳥のように歌い花のように笑っている間に気がついてきます。そしたらこどもたちよ、もう一度ゆずりはの木の下に立ってゆずりはを見る時がくるでしょう。河井酔茗『ゆずりは』より長くなりましたが全部引用しました。とても印象深い詩で、最初の2連は今でも覚えています。死におびえていた(といってもしょっちゅうではないですが)私に、オーバーですが、はじめて生と死がなんなのかを教えてくれた詩でもあります。今大人になった私は、こどもたちに譲ってゆくものを一生懸命造っているのでしょうか。この詩を読むたびに自問しています。 まど みちお, 三井 ふたばこ, 阪田 寛夫, 川崎 洋, 河井 酔茗, 樺島 忠夫, 宮地 裕, 渡辺 実, 松永 禎郎, 杉田 豊 光村ライブラリー〈第18巻〉おさるがふねをかきました ほか ↑昭和48年~平成12年の国語の教科書に載っていた詩をまとめた本です。「ゆずりは」も載っています。 中学英語の教科書には『葉っぱのフレディ』が載っています。 東京書籍編集部ニューホライズン―中学英語 (3年) 3年生の、最後の読み物として。 葉が落ちる、芽生えるというのは生命の、生命循環の(輪廻ではないよ)象徴なのかもしれませんね。父が亡くなってまもなくに、家庭教師としてこのお話を読んだ私、学校で読んだ甥っ子。偶然のめぐり合わせでしょうが、そのめぐり合わせに感謝しております。

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  • 19 Feb
    • 杉山 亮 『にゃんにゃん探偵団』

      お化けとミステリは人気者!ちょっと時期ははずれましたけれど,お年玉のお話。私はクリスマスやお正月には,子供さんたちに本をプレゼントしています。本当はね,きちんとお年玉あげたいんですよ。そしてもちろん,ふだんあまり会っていない子供さんにはお年玉(お金)をあげています。でおいっ子とか,友人のむすめさんなどよく知っている子供さんには本をあげてるんです。(おいっ子がまだ本を読めない小さいときは,お金でした。それもお札よりピカピカの五百円こうかを喜ぶ,おじさん思いの良い子でしたよ)「お金やゲームより本を」というお母さん方の希望によるものです。今では私のポジションは「本のおじさん」です。おいっ子は『かいけつゾロリ』シリーズをあげれば問題ない。友人のむすさんは…最初本をきらってたんですよ。国語もきらいで。最初にプレゼントしたのが『あらしのよるに』でした。アニメにもなりましたからね。これがはまった。いつの間にか図書室から借りてくるようになって。子供向けのミステリが多いですね。「推理小説が好きなの?」「そんなのきらい」「どんなのが好き?」「ミステリー」いまや小学校低学年でも横文字を使う時代なんですな。児童書は子供さんにとっては高価なものでしょう。私も小さいころはポプラ社の少年探偵団シリーズが大好きでしたけど,おこづかいでは買えませんでした。でも,ゲームなどにくらべたら安い。他の大人より安い投資で本人たちに喜ばれる。なんかズルした気分です。今年の「お年玉」は次の2冊。杉山 亮, 小松 良佳にゃんにゃん探偵団杉山 亮, 小松 良佳にゃんにゃん探偵団おひるね―赤いとびらの家事件の巻可愛い表紙に可愛いねこ。好きな人にはたまりませんね。 他人にプレゼントしたのに,内容を知っているのは,買う前に少し立ち読みしたから。そして,プレゼントした後にも,一人部屋で待っているときなどに本だなから出して読んだからです。もちろん事前にきちんと言ってありますよ。 まだ大人が読むと十数分で読めるボリュームなんですね。でも子供の成長って早いから,どんどんボリュームも増えてくるでしょうね。 探偵役ははなえさん。子供の本の店「トム・ソーヤ」の女主人です。 子供向け本屋とねこ,そして事件。あまりつながりがなさそうですが,実はこの本屋のおとなりさんが,同じ杉山亮(すぎやま・あきら)さんのミステリシリーズ『わんわん探偵団』の主人公のお店。「わんわん~」の主人公が留守だったため, 黒星警部がたずねてきたというのがはじまりです。 本が好きで,その中でもミステリが好きなはなえさんは「私に任せて」とばかりに事件を解決してゆくのです。 そして最初の事件の後,はなえさんに預けられたのがでぶっちょねこのカポネ。本屋さんと警部とねこはこうして出会い,以後協力しながら活やくしてゆくのです。 1冊に3つのお話が入っておりまして,それぞれが「事件編」と「解決編」に別れております。小松良佳さんえがく,さし絵にも手がかりがかくされていることもから,油断できません。 子供向けミステリですから,殺人事件はありませんが,油断をすると犯人(作者)との知恵くらべに負けてしまいますよ~!

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  • 21 Oct
    • 宮沢賢治 「やまなし」

      朗読すると、そこに広がる豊かな景色光村出版の国語教科書には6年生の下に宮沢賢治の「やまなし」が載っています。水底に住むカニの兄弟(お父さんも)、そこから見える景色を描いた作品です。賢治の作品にはゆたかな擬態語や擬音語が使われています。凡人である私には考えもつかない、さまざまな言葉を繰り広げています。例えば「オツベルと象」では稲こき機械はのんのんのんと動き、「どんぐりと山猫」では山がうるうる盛り上がっている。「注文の多い料理店」で料理されそうになった紳士たちの顔はくしゃくしゃになり、二度と戻らない。これらは賢治ならではの言葉の使い方なんだろうけれども、そして実にユニークなものであるけれども、一旦その言葉を聞いて/読んでしまうと、なるほど機械はのんのんのんと音をたてるし、山は、それも山猫の大将がいるような山はうるうるとしか盛り上がりようがない気がしてきます。この「やまなし」にも「クラムボン」が「かぷかぷ」笑うという描写があります。かぷかぷ笑う。朗読すると分かるんですが、「かぷかぷ」という発音が、水底の雰囲気をよく表しています。水底の世界で笑うと「かぷかぷ」になるんだろうなあ。それ以外には考えられなくなります。国語の授業ですから、みんなで朗読。するとどうでしょう。私の周りにカニのあわや「クラムボン」やら、ゆらゆらゆれる金の光の帯やらが見えてくるではありませんか。「みんなも見えた?」子どもに聞いてみたら「うん。そんな気がした」なんて声も。賢治の童話は朗読すると、魅力が何倍にも広がるんですね!

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  • 05 Aug
    • 中村浩志 『甦れ、ブッポウソウ』

      地道な調査の積み重ねとブッポウソウのかわいらしさが胸を打つ 中学生向け夏休み課題図書 中村 浩志 甦れ、ブッポウソウ 日本の国鳥はキジ。国花はサクラで国蝶はオオムラサキ。 各都道府県にも郷土を代表する木、花、鳥が決まっております。 (蝶あるいは虫は決められていないようですが)ボクの住んでいる愛知県では、県の木がハナノキ、花がカキツバタ、鳥はコノハズクです。 皆が住んでいる都道府県はどうですか? 調べてみると面白いでしょうね。 コノハズクは体長20cmほどの小さなフクロウで、本の主役ブッポウソウと大変関係が深い鳥です。 日本では弘法大師(こうぼうだいし=平安時代初期のお坊さん、空海の尊称)の昔から千年以上も両者が混同されていたのです。 「ブッポウソウ」とは「仏法僧」のことで、仏教で大事な三つの宝。その三宝を鳴き声とする鳥が日本にいる。夜になるとブッポウソウ、ブッポウソウと聞こえる。まさしく霊鳥だ、ありがたや。 で、昼間、声の鳴くところには色鮮やかな鳥がいる。まさに霊鳥にふさわしい美しさ。きっとこの鳥がブッポウソウと鳴くのだろう昼間は「ゲゲッ ゲゲッ」としか鳴かないが、夜になったらありがたい仏教の三宝をうたうのだろう。 とまあそう信じられていたんですね。長い間。 ところが本当はそうじゃあない、「ブッポウソウ」と鳴くのはコノハズクだということが昭和10年にわかりました。 それ以来コノハズクを「声のブッポウソウ」、ブッポウソウは「姿のブッポウソウ」ともいいます。 とまあ以上のことはだいたいどこの辞典にも載っている(この本にもくわしく書いてある)のでボクも知ってました。でもそれを 「なんでだろう?」 と疑問に思うことはありませんでした。 「昔は科学が未発達だったからなあ」 ですましてました。 「昔は未発達」「昔の人は物を知らない」 これはなんという傲慢な、偉そうな考え方でしょう。ボクのもっとも嫌うことです。でもそれを知らず知らずの間にやっていた。「なんでだろう」とついぞ思わずに今まで過ごしてました。 昔の人々、ゴメンナサイ。 ボクたちが人から聞いたり、学校でならったり、図鑑などで調べて(あるいは『トリビアの泉』で見て)得た知識っていうのは、実はたくさんの人々の地道な調査の結果わかったことが多い。 ブッポウソウのことだって、そうとわかるまでたくさんの人が調べてきた。何せ相手は野生動物なんだから、人間の都合なんか知ったことじゃあない。人間の方が彼らにあわせてずっと観察を続け、資料をまとめ、あれこれ考察するしかない。 この本を読んで一番強く胸に響いたのはそういった人々の努力。 著者の中村浩志さんは信州大学の鳥類学者。たくさんの野鳥の観察をして、その生態を調べてきたんだけど、このブッポウソウは中村さんとお弟子さんの田畑孝宏さん(現在は小学校の先生)が共同で調査して、知られざるこの鳥の様々な秘密を解き明かしています。 ブッポウソウの巣を見つけて以来、何年もの間地道な観察を行ったことが書かれています。森の中で1日15時間もずっと観察。すごいですね。日の出る前から日が沈むまでずっと巣を見てるんです。ご飯やトイレは親鳥が巣から離れたすきに素早く行う。 そんな苦労の観察結果を惜しげもなく本に書いてくれているなんて、すごいですよ。 もちろん、ブッポウソウの興味深い生態もあますところなく描かれています。 例えば 巣や巣の下に見かける奇妙な物。貝がらやアルミのプルリング(かんジュースの、飲み口の部分。今はプルトップといってかんをあけてもその部分は捨てないけど、昔はその部分が取れて、捨てるようになっていた)。なぜこんな物があるんだろう? これも地道な観察と内外の資料調査で解き明かされます。 その様子はまるで名探偵のよう。 ブッポウソウとの出会い、調査、判明する謎、と読んでいくうちに野鳥の世界にどんどん引き込まれていく構成になっています。 そしてなぜブッポウソウを保護することが大切なのか、どうして絶滅しかかっているのか、また他の野鳥の話、日本の野生動物の現状、と話は広がってゆきます。これらの本は 「自然を大切にしよう、保護しよう」 というのがお決まりの主張。本当に大切だからこそ皆が言う「お決まり」になるんだけど、その最前線でがんばっている人の言葉だけに重みがあります。 学問としての調査だけでなく、保護に向けて役所や地域に働きかけたり、こういった本を書いて広く世間にうったえたり。「保護しよう」とただ叫ぶだけでなく、実際に動いている。 夏休み。海に、山に、自然に抱かれにいくときにこの本を持っていきたいですね。

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  • 01 Aug
    • 佐々木 洋 『ぼくらはみんな生きている―都市動物観察記』

      しかも、肩を寄せ合って生きている! 佐々木 洋 ぼくらはみんな生きている―都市動物観察記 小学生の皆さん、夏休み、楽しんでいますか?! 40日の休み、いろいろな場所にいけるし、いろいろなことができますね! チャレンジの夏、ですね! そして「読書の夏」ですね! 「読書の秋」はよく聞くけど、「読書の夏」なんて変ですか? いやいや。夏だからこそ、本を読んでそこに書かれていることを調べたり、 そこに書かれた場所に行ったり、 そこに書かれたことを実際に試してみたりできるんですよ!! ボクも小学生のころ、「縄文土器(じょうもんどき=今から1万年前~2300年前に日本で作られた世界最古の土器)の作り方」を本で読んで実際に試したことがあります。 。。。失敗しちゃったけど。 失敗しても楽しかった。だって夏休みだったから。 さて今回も課題図書(小学校高学年の部)を紹介します。 この本の作者、佐々木洋(ささき・ひろし)さんはプロ・ナチュラリスト。つまりプロの自然案内人で、主に東京で仕事をされています。 ここがまずビックリ! 大都市東京で自然案内ができるんでしょうか? アスファルトとコンクリートで固められ、排気ガスの充満した大都市で? 宅地開発、道路建設などによってつねに破壊と創造が繰り返される郊外よりも、お寺や神社、公園そして動物園など法律や宗教でしっかりガードされた緑地を持つ都会のほうが変わらない自然を持っているんだそうです。 しかも都会には大量のゴミがありますから、エサにも困らない。 そういうわけでカラスやタヌキ、サギ、コウモリなどが都会に住み着いているんだそうです。 そういえばボクも10年間大阪にいたんですが、そこにはチョウセンイタチがいました。 とはいえ、佐々木さん、手ばなしで今の都会の状況をほめているわけではありません。 こういった野生動物が都会に住み着いた原因はさまざまだ、と佐々木さんは教えてくれます。 また、人間と野生動物の距離が近くなっただけに、さまざまな問題も発生していると。 一例をあげれば、ユリカモメやカルガモのえづけがもたらす悲劇。 エサをあげる人には決して悪意はないんですが、その好意の結果がそれら動物の野性をうばい、 普通の自然では見られない集団をうみ、 カルガモではマガモとの雑種が進んで、ひょっとするとカルガモ、マガモがいなくなってしまうという大きな問題が起きています(雑種のカモはほとんど子どもを残す能力がないのだそうです)。よいことだと思ってやっていることでも、悪い結果になることがあるんですよね。 その他にも佐々木さんはいろいろな事例をあげておられます。タイトルの「ぼくらはみんな生きている」。同名の歌がありますよね。皆さん知っていますか? アンパンマンの作者、やなせたかし さんが作った歌です(作詞)。ミミズも、オケラも、アメンボも、どんな小さな命もボクらと同じく生きている。そしてこの本を読んで気づかされたこと。 ボクらはみんな肩を寄せ合って生きている。 だからお互いを思いやっていきたいですね。 まあ、むずしい話はこれくらいで。 まずはこの本を片手に自然観察に行ってきま~す!!

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  • 24 Jul
    • 国松 俊英 『スズメの大研究』

      よく知っているはずなのにひみつがいっぱい! 国松 俊英 スズメの大研究 やあ! ふたたびボクだよ! 夏休みになって、子どものようにはしゃいでいるフーシェだよっ。 ボクは塾(じゅく)のセンセだから、夏休みはいそがしいんだ。 だけどいつもより長く生徒さんたちと勉強できるから、うれしいんだ。 生徒さんたちにはめいわくだろうけれどね。。。 夏休みの宿題には「自由研究」があるよね。 みんな、はりきってるかな? ボクも子どものころはいろいろな研究や観察をしたよ! 1年生のときはアゲハチョウの飼育(しいく)と観察を、 2年生のときはクロヤマアリの飼育と観察を、 3年生のときはオオカマキリの飼育と観察を、 、、、ってきりがないね! 飼育と観察が好きだったんだ! 自分でいろいろ観察しているとわからないこと、ぎ問がたくさん出てくるよね。 そんなときには百科事典で調べたり、本を読んだり、インターネットで調べてみるといいよ! 童話作家であり、自然の観察やスポーツにも詳しい国松英俊(くにまつ・としひで)さんが書いたこの本を読めば、スズメのことがよく分かる。 スズメってどこにでもいる、ボクたち人間にとって一番身近な野鳥だよね。 じゃあ、みんながスズメのことをよく知っているか、っていうと実はそうとも言えないんだ。 茶色い小鳥だってことは知ってても、ほっぺたに黒い丸がある(表紙の絵を見てね)とか、 チュンチュンって鳴き声以外にも季節や気分によっていろいろな鳴き方があるとか、 どんな所に巣を作って、どんなえさを食べるんだろう、とか。 ふだん見なれているからぎゃくにあまり考えていないんだよね、スズメのこと。 この本を読めば、そんなスズメの様子だけでなく、 スズメが出てくる昔話やことわざ、スズメの名前がついた植物や、 スズメの研究をしたり、スズメと仲良くなった人たちのことまで、 ずいぶんたくさんのことが分かるよ! そうそう、大事なことがあったっけ。 地面に落ちてこまっているヒナを見つけても、「助けてあげよう!」と拾って持ってっちゃダメなんだって! 巣立ちしたばかりのヒナはじょうずに飛べないからよく地面に落ちてうろうろしているんだって。 とくに上から下に飛びおりることはできても、下から上に飛び上がることがにが手なんだそうだ。だから親鳥はちゃんとヒナを見守っていて、すぐに助けに来るらしいよ。 だけど人間がいると、こわがって助けに来られないんだそうだ。 だから親切な気持ちで持って帰っても、親鳥から見たらゆうかいされたのといっしょのこと。 ヘビやネコにねらわれて危険だと思ったら、近くの木のえだに止まらせてあげるといいらしいよ。この本の最後にはちょっとこわいことが書いてある。 近ごろいろんな動物の数がへってきたけど、スズメもやっぱりへっているそうだよ。 そしてスズメがほとんどいなくなった外国のある町の様子がしょうかいされている。 スズメがいなくなったら、いやだねえ。 ボクたちはどうすればいいんだろう?  あの「チュンチュン」ってさえずりを聞きながら目を覚ます気持ちよさをずっと守っていきたいね!

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  • 16 Jul
    • 桑原 隆一, 栗林 慧 『アリからみると』

      すごいぞ! 虫の目カメラ! 桑原 隆一, 栗林 慧 アリからみると やあ! ボクだよ。 フーシェだよ! 近ごろはあつくてまいっちゃうね。 ボクはもうおじさんだからバテバテだよっ。 でも虫さんたちは元気がいいな。 これからますます元気に動き回るんだよねっ! ボクも虫さんになりたいなあ。 そうだなあ。この地球上にはたくさんの虫がいるけど、 ボクが一番すきなのはアリやハチなんだっ。 一つの家族なのに女王様やハタラキバチ(アリ)がいて、 まるで一つの国みたいだよね。 (ちなみに一番きらいな虫はごきさんだよ。 どこにいってもきらわれ者だよね。 ちょっとかわいそうかな。。。) この本を読んでみると、まるで自分がアリになったような気分になれるよっ。 栗林慧(くりばやし・さとし)さんがじぶんで作った「ハイビジョン虫の目カメラ」で 地面すれすれから見たバッタやカマキリのようすを写真にとったんだよ。 表紙のバッタの大きな顔! すごいでしょう? 1ページめはなんと、アリのすの中から写したんだよっ! すあなの出口から見える青い空がとっても気持ちよさそう。。。 本の中ではいろいろな虫さんにであうよ。 大きな足だなあ! って思ったらトノサマバッタだったり、 かいぶつだ~!! って思ったらアマガエルだったり、 こわいカマキリも、かっこいいカブトムシやノコギリクワガタも とってもきれいに、でっかくうつってるよ! ウスバキトンボの大きな目にはビックリしちゃった。。。虫やカエルだけでなくて、草や花、すなつぶなんかもみんな大きくなっている。 すなつぶなんか石がゴロゴロしているみたいだし、 草むらはまさにジャングルだね! アリはこんなけわしい道をえっちらおっちらえさを運んでいたんだね。 すごいね! 「アリは目がほとんど見えないんだよ」 とか 「虫と人間では見える色やけしきがぜんぜんちがうんだよ」 なんて言うおとなもいるかもしれないけれど、 たとえアリの気分になれなくたって、ふだん見ているこの世界が こんなにきれいなものだったんだ、なんて気づくよ。 ボクたち人間はふだん上から虫さんたちをながめているけど、 こうして地面から見上げたり、正面から顔を見たりするだけで とってもおもしろいよ。 「虫けら」なんてばかにできなくなっちゃうかも。 みんなにきらわれているあの「ごき」さんも、けっこうおもしろい顔をしているのかもしれないね!

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  • 14 May
    • なだいなだ 『おっちょこちょ医』

      おっちょこちょいだけどウソはつけない優しいお医者さんのお話 著者: なだ いなだ タイトル: おっちょこちょ医 なだいなだ。ひらがなばかりの名前。どこで区切って読むか、分かりにくいんですが、「なだ いなだ」。もちろんペンネームで、ご本人の解説によると、スペイン語で「何もないと何もない」という意味だそうです。 なださんはお医者さんでもあり、専門の医学のお話もたくさん書いているんですが、これはそれらとはちょっと違う、ヘンテコリンなお医者さんの物語。 小さな国、デルタ国のヘーワ町。この町の人々は自分たちが世にも不幸な人間だと思っていました。なにしろ町には一人も医者がいなかったからです。 町長のハナヒーゲ氏は(名前の通りりっぱなはなひげと、あごひげまではやしてるんですが)、選挙の公約どおり一人の若い医者を連れてきます。それが題名のとおり、人はいいんだけどおっちょこちょいのトレ・ディストレ先生。そのおっちょこちょいぶりはすざまじく、さまざまなそう動を引き起こします。 前半はそのディストレ先生と町の人々のやりとりがユーモラスにえがかれています。 町や町長の名前で分かるとおり、人々の名前も楽しいものが多くあります。 物語の語り手、「ぼく」はヤン・ドースル。お父さんは役場の職員サテ・ドースルでお母さんが楽天家のイイサ・ドースル。医院の小間使いになったのはいつもしぶしぶ仕事をこなすシブシーブじいさん。何を考えているのかアクーンじいさん、などなどなど。いいですね、このネーミング。名前を連ねるだけで楽しくなってきます。 楽しく読み進めることができる前半ですが、それでもやはり作者がお医者さんだけに、ちょっとした知識も学べます。私はこの本で健康保険というものが何なのか、どんな仕組みなのかが分かりました。 後半はうってかわってシリアスな内容に。 ディストレ先生の助手を続けるうちに本当の医学生になったヤン。青年になった彼はふるさとヘーワ町をはなれ、都会の大学へ。そんなとき戦争が始まり、ヤンは再びヘーワ町にもどりディストレ先生のもとで働くのですが。。。 戦争を仕かけ、小さなデルタ国を占領したのがドルマン国。ヒッソリーニという小男がひきいる赤シャツ隊が支配する国です。そしてヒッソリーニたちがことあるごとに差別したのがガラリヤ人。 平和ないなか町、ヘーワ町でも赤シャツ隊がおり、ガラリヤ人がいて、ディストレ先生とヤンにからんできます。 ディストレ先生はおっちょこちょいですが、とても優しい人ですから、戦争とか占領とか関係なく、ガラリヤ人でも助け、それがもとでいやがらせをした赤シャツ隊の男でも助け、本来なら敵であるドルマン兵でも助けます。 かといってそこでえがかれるディストレ先生のようすはあくまでユーモラス。ヤンやハナヒーゲ町長が戦争とそれによる占領に対抗してひそかに戦っている中で、先生一人が戦争も何も関係なく、とんちんかんなことを言いながらも医者の仕事を続けています。 ここにあるのは戦争がもたらす悲劇、とか、平和が一番、といった重々しいドラマではありません。それでも子供のころの私はおっちょこちょいのディストレ先生を通じて、人間にとって何か大切なことを学ぶことができました。 おっちょこちょいだけどウソがつけなかったために、最後には町を去っていったディストレ先生。先生がヤンに残していった言葉、たくしていった思いを私たち読者もずっしりと受け取ることになるでしょう。 この本は私が親に買ってもらった最後のものです。と書くとごかいされますが、両親ともまだまだ元気です。30年以上昔に読んだのに今でも心に残る素晴らしいお話です。画像は文庫版のものですが、単行本のイラストも気の優しいディストレ先生の優しいイラストがとてもステキです。

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  • 13 May
    • かんべむさし 『強烈・イジョーシキ大笑乱』

      常識とイジョーシキ(異常識)の境目はどこでしょう?? 著者: かんべ むさし, 大矢 正和 タイトル: 強烈☆イジョーシキ大笑乱 かんべむさし。ひらがなだけの名前の作家。だけど童話作家じゃない(童話も書いてるけど)、SF作家です。しかも、ものすごい物知り。で、ちょっと変。いや、だいぶヘンテコリンな文章を書く人です。 そういえばなだいなだという、これもひらがなだらけの作家がいるけど、この人もユーモアあふれるお話を書く人ですね。 そのかんべさん(の本)に久しぶりに会えた。それも私にとって意外なところで。いやあ、うれしかったですねえ。好きな作家さんの本、というのは友だちと同じくらい、時にはそれ以上の存在なんですね。 で、出会ったところはなんと講談社「青い鳥文庫」のコーナー。他にも眉村卓(まゆむら・たく)さんの『ねらわれた学園』もありました。いやあ、すごい。だって「青い鳥文庫」といえば児童書の傑作、古典の名作を集めたものですからね。SFファンの人に怒られるかもしれないけれど、日本のSFもここまで来たか、と感激しました。(私だって、名作だとずうっと思ってましたよ。でもやっぱりびっくりしました)さて、物語は、表紙にも見えます小学6年生の大介、美由紀、金平たち三人組が鶴丸(つるまる)博士のドッキリビックリの大発明に巻き込まれてしまう、、、というもの。表紙中央でいばっている男の人は主役じゃあありません。顔を見れば分かるか。 どんな発明で、どんなそう動が起こるかは読んでのお楽しみ。 ここでは少しだけこの小説のポイントを紹介しましょう。タイトルにありますイジョーシキ、漢字では意常識、となります。異常な常識ではなくて、異なる(ちがった)常識のこと。でも、私たちと違った常識が異常に思えることはよくあることなので、異常・識も異・常識も変わりないかもしれません。普通は。 ここにはさまざまなイジョーシキが出て来ます。 食べていい魚と食べてはいけないけがれた魚が細かく決められていたり、親せきだったら女の人はみんな「お母さん」、男の人は「お父さん」とよんだり、 だんなさんより奥さんの方がえらくて、だんなさんの実家より奥さんの実家の方がえらかったり、 中国の「文化大革命」というのも出てきて、そこでは親、教師、古くからの文化、そういったすべてのものが「悪い」とひていされ、こわされたりしてます。 また日本の江戸時代の話も出てますよ。犬をとても大切にした将軍の話が出て来ます。現代の日本から見ればまことにケッタイな光景ですね。でもチョット待った! 今の私たちから見て異常に思える常識でも、その社会の中ではりっぱな常識。逆にいえば私たちの方がイジョーシキなのかも。 それに中国の文化大革命や日本の「お犬さま」のようにイジョーシキを押しつけられていた場合もあったかも。 この本を読めばたくさんの知識が増えることでしょう。そして読んだ後じっくり考えてみれば、ものごとの見方考え方が広がるでしょう。 とっておき情報です。 この本には日本SF界の大物、ショートショートの神様のあのお方が出てきます! 名前だけだけど。 そして彼のショートショートによく出てくるある人物の正体がわかります!  われらおじさんたちはこれだけでもう、大こうふんです!この本は大介、美由紀、金平トリオの2回目の冒険になります。1作目も読んだら紹介しますね。

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  • 28 Apr
    • 安房直子 「秋の風鈴」

      ミステリアスな出だし、暖かな読後感 「おたくの風鈴がうるさくて眠れません」 秋になっても思い出の風鈴をつるしておいた「僕」のところに届いたナゾの手紙。 風鈴がうるさいなんて、どんな気むずしい人なんでしょう? いったい、だれがこんな手紙を出したんでしょう? 私が大阪で小学生の国語を教えていたとき、問題集にのっていたお話です。 なんともフシギナお話ではありませんか。続きが気になりませんか? なるでしょう? ところが、その問題集にはお話が全部のっていなかったのです! なんとも中とはんぱなところで終わっちゃってました。 それでも作者名と作品名はきちんと書いてありました。 安房直子―あわなおこ。 当時はまだインターネットなんて普及してませんでしたから、いろいろな本屋さん、出版社に電話して、やっとどの本にのっているのかをつき止めました。 これが私が安房直子さんのお話を読んだきっかけです。 以来、安房直子さんの描く彩り豊かな、風の香りがする世界によく足を運ぶようになりました。 そして毎日毎日の生活の中で忘れてしまった風景を見つめています。 現在、教育出版版の6年生の教科書には安房直子さんの「きつねの窓」がのっています。読んだ人も多いでしょう。「きつねの窓」と同様、この「秋の風鈴」も、フシギで優しいおはなしです。主人公が若い青年だというのも、同じですね。 このフシギナお話の結末が知りたい方はぜひ、本屋さんや図書館で、ご自分の目で確かめてみてください。 まちがいなくステキな体験をするでしょうよ。 著者: 安房 直子 タイトル: 銀のくじゃく―童話集

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  • 13 Apr
    • 青木和雄 『ハードル―真実と勇気の間で』

      真実をつらぬく勇気、間違いを正す勇気、そして人を責めない勇気著者: 青木 和雄, 木村 直代タイトル: ハードル―真実と勇気の間でこの本の表紙には「a piece of courage = (ほんの少しの)勇気」という英語が書かれています。みんなよく知っている「勇気」という言葉、意味。でもその勇気をふるいたたせるのはなんと難しいことなのでしょう!私が青木さんの本を読むのにもいつも勇気が必要です。多くの涙を流し、常にたくさんのことを考えさせられ、そして何かが私を突き動かすからです。物語にも出てくるたくさんの大人たちの一員として、常に考えさせられます。読んだ以上は決して知らぬフリをしていることができない、後もどりができません。この本は青木さんの作品の中では最も有名で、たくさん売れているものです。しかし私は先ほど申しました勇気がなかなかふるい起こせなかったため、読むのがついつい後回しになってしまいました。物語は以前に紹介しました『ハッピーバースデー―命かがやく瞬間』以上にドラマティックに展開してゆきます。題名の「ハードル」をはじめ、「冬のセミ」、「風の通り道」などのすてきな、そして意味の深い言葉もたくさん出てきます。今回の主人公は有沢麗音(ありさわ・れおん)。バスケットボールがじょうずな背の高い、栗毛色の髪の男の子です。 麗音は最初から強い男の子として私たちの目の前に現れます。友達の不正を正し、教育熱心なお母さんの押し付けにもめげず、しっかりと自分の足で立ち、考え、弟さえも支え見守っています。そんな麗音でも、いや、だからこそ、というべきでしょうか、さまざまな問題に直面し、悩みます。そしてついに悲しい事件が起きてしまいます。しかし、青木さんの子供たちに向けるまなざしは優しく、そして力強く、暖かです。どんな子供もほったらかしにしません。麗音はいうまでもなく、万引きをした浜田君、いじめの張本人の修君をもつきはなさず、同じように悩み傷つきやすい子供としてきちんと描いています。そう、悪い人間、悪いことを切り捨ててしまうのはカンタンだけど、それでは本当は何も解決になりはしないのだと、教えられるのです。また、たくさんの大人たちも登場し、重要な役割を果たしています。子供たちを優しく見守り、必要なときには支えてくれるおばあさんもいれば、子供たちを押さえつけ、追い込んでしまう大人たちもいます。悲しいかな、現実の社会と同じ大人たちの有様です。この本を読んだみなさんはどうお考えでしょうか。大人になってしまった私には見えない、わからないことを、たくさん見つけているでしょうね。著者: 青木 和雄, 吉富 多美タイトル: アニメ版 ハードル

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  • 06 Apr
    • あまんきみこ 『車のいろは空のいろ』

      今日はどんなお客さんが乗るんでしょう? どこへ行くんでしょう?著者: あまん きみこタイトル: 車のいろは空のいろ私はタクシーに乗ると、少しきんちょうします。真っ白なシートカバー。あの、車どくとくのにおい。運転手さんは前を向いていますから(何しろ、運転中ですからね)、あまり顔を合わせることはありません。運転手さんが話じょうずな方だと、いろいろなことを教えてくれます。実にさまざまなお客さんが乗ってくるそうです。いろいろな時間にいろいろな場所へ行くそうです。さあ、手をあげて車を止め、タクシーに乗ってみましょう。空色の車が近づいてきたら、注意してください。ドアーがあき、乗ったとたんに夏みかんのにおいがしたら、あるいはシートの上に茶色い毛がたくさんおちていたら、それはもしかしたら、ひょっとすると、松井さんのタクシーかもしれません。松井さんのタクシーにはそれこそさまざまなものが乗りこんできます。人間に化けたきつねやくま、ヤマネコ。。。そしていろいろなところを走ります。水の中だって、はるか昔の景色だって。松井さんはどんなお客さんでもにこやかに乗せてくれます。小さな子どもにもていねいにあいてをしてくれます。もし目の前に止まった車が空色なら、よおく注意してくださいね。

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  • 24 Mar
    • 岡田淳 『雨やどりはすべり台の下で』

      雨と子供たちのにおい、「不思議」と「優しさ」がつまったお話昨日は書評をお休みし、失礼しました。心配してくださったみなさん、ありがとう。一日おくれですが、みなさんにおすすめの本のしょうかいをしたいと思います。著者: 岡田 淳タイトル: 雨やどりはすべり台の下で私はふだん、じゅくで国語や社会を教えています。ですから、色々な学校で使っている教科書や色々な問題集を読みます。市や県がちがうと、教科書もちがう場合があるのです。そして何よりうれしいのは、そういった教科書や問題集で様々なすばらしい物語や説明文を読めることです。国語の教科書や問題集は、本好きの人にはたまらない、ステキな物語の宝箱なんです。学校の授業で読むだけなんて、すごくもったいないです。特に心をひかれたものは作者や出版社を調べて本を買います。以前は本屋さんや図書館、出版社に電話したものですが、今はインターネットで色々調べられるので、さらに便利になりました。この『雨やどりはすべり台の下で』も、教科書にのっていたものです(光村図書「中学国語1」平成5年~平成8年)。もっとも、教科書にのっていたのは最初の一編「スカイハイツオーケストラ」だけですが。また問題集にも一編の一部(「真夜中のコンニチワ」)がでていました。街中の大きな本屋さんで探したら、なんと「店員さんのおすすめ」という手書きのカードがたなにはってありました。「この本を読むと優しい気持ちになれます」茶色のペンで書かれたその字も優しい感じがしました。「夏休みちゅうに、最低いちどは、グループ登校のメンバーで遊ぶこと」という変わった宿題を出された一郎君。同じ「スカイハイツマンション」に住んでいる、いつもいっしょに班を組んで登校している子供たちと遊ばなければなりません。去年の班長、中1の照男君のアドバイスもあって、照男君を入れた10人で三角ベースをやることになりました。それなりに盛り上がっているところへ一人暮らしのおじいさん、雨森さんが通りかかります。雨森さんがかさを差すと激しいにわか雨が降ってきました。急いで大きなすべり台の、かべの中にうめこまれた土管のトンネルに雨やどりした10人。「見ただろ、みんな。この雨、雨森さんがふらせたんだ」一郎の言葉にびっくりするみんな。しかしみんなにも雨森さんに関する不思議な体験があるのでした。雨宿りの土管の中で10人がそれぞれに体験を話していきます。それは子供たちがさびしかったり、悲しかったり、退くつだったりした時に経験した不思議な、心温まるお話です。雨森さんは本当に魔法(まほう)つかいなんでしょうか。なぜ一人で暮らして、人とあうこともなく、動物も飼わず、ベランダに花もかざらないのでしょうか。なぜ雨森さんは「お礼をいったりいわれたり、ほめたりほめられたりするのが、おじさん、きらいなんだ」と言ったのでしょうか。子供たちから見たらずっと変わることがないように見えるおとなたちにも「むかし」と「これから」があります。子供たちの不思議な話を通じて雨森さんとその優しさがわたしたちの心に静かに広がっていきます。そして。その雨やどりの日の晩に雨森さんが引っこすことを知った子供たちは、感謝とお別れを言うためにステキなことを考え付きます。「お礼をいったりいわれたり」するのがきらいな雨森さんに、どんなことをしてありがとうとさようならを伝えるんでしょうね。それはこの物語を最後まで読んだ人だけがわかるステキなプレゼントです。名古屋は今日も雨。雨にぬれる窓から外をながめながら、何度読んでもステキなこの物語の余いんにひたっています。

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  • 16 Mar
    • ジャクリーン・ウィルソン 『バイバイわたしのおうち』

      だいじょうぶ、うまくやってゆけるよ著者: ジャクリーン ウィルソン, Jacqueline Wilson, Nick Sharratt, 小竹 由美子, ニック シャラットタイトル: バイバイわたしのおうち『大草原の小さな家』も『若草物語』も、そしてわが国の「サザエさん」もみなすばらしい家族です。あんな家庭で生活できるのって――そりゃつらいことや苦しいこともあるけれど、――ステキなことだと思いませんか?でも、これらはもう本やテレビの中にしかない家庭。今ああいう世界で生きる人々っていないんじゃない?じゃあ、今生きている私たちの家庭は、家族は、どうなんだろう?テレビや本にあるのと同じくらいすばらしい家庭ってもうないのでしょうか。ウィルソンさんは常に現代の家庭を、子どもを、そのすばらしさを書いている作家さんです。お父さんとお母さんが離婚(りこん)することになって、「どっちについていくの?」と決断をせまられたアンディー。彼女の出した結論はお父さんの新しい家とお母さんの新しい家を一週間ごとに行ったり来たりすること、でした。すごいですね。「どっちについていくの?」というのはおとなの勝手なつごう。アンディーにとってはどちらも今までどおり「お父さん、お母さん」なんだからどちらと別れるのもいや。本当は今まで住んでいたマルベリーのおうちで3人いっしょに暮らすのがいちばんの望みなんだけど、もう後もどりできないことはわかっている。だからこう決めたのでしょう。子どもってここまで考えるものなの? と思いたくなりますが、ここまで考えるものなんです。やはり今まで暮らしてきたたいせつな家族のことだから、おとなには考えられないくらい一生けん命考えちゃう。そうして出した結論だから、いやなことがあってもがんばっていかなきゃいけない。そう、いざ始めてみると、この暮らしもなかなか大変。お父さんの新しい家族と、お母さんの新しい家族。それぞれに子どもがいるんだけど、いろいろあって、「なかよしこよし」とはいかない。ごたごたが続いて、「もとのおうちに帰りたい」とひとりかくれてなくこともあります。かなしいですか?しかし、ウィルソンさんの作品は明るさと優しさに満ちあふれています。アンディーから見たらどんなにいやな人でも、決して悪人にはえがかれていません。アンディーも「もとのおうちに帰りたい」という泣き虫な子どもから、「うまくやっていけそうだ」と考える前むきな子どもへと成長してゆきます。ときにはお母さん、お父さんのグチを聞いてあげたりもしています。ローラの家も、ジョーの家も、そしてワカメちゃんの家も、それぞれ問題をかかえながら、その問題を乗りこえることによってずばらしい家となっているのです。今は昔よりも複雑な家庭が増えているかもしれません。でもアンディーは自分で本当の居場所、家族を、家庭を見つけました。幸せな場所はテレビや本、どこかよその場所にあるのではなく、自分で作っていくものだということをアンディーは教えてくれました。そして私たちみんなもきっとできると思います。著者: Jacqueline Wilson, Nick Sharrattタイトル: The Suitcase Kid

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  • 09 Mar
    • 三浦貞子, 森喜朗, 藤本四郎 『あひるのアレックス』

      有名人が書いたからってそれだけを話題にしないで!著者: 三浦 貞子, 森 喜朗, 藤本 四郎タイトル: あひるのアレックス作者の一人森喜朗(もりよしろう)とは森前総理大臣のことです。といっても小学生は知らない人のほうが多いかも。現に私の塾(じゅく)で聞いたところ、知っている人のほうが少なかったです。逆に現在の小泉総理大臣が長い、ということですね。もう4年になりますか。前総理大臣が書いた、ということがクローズアップされ、ニュースにもなりましたが、それだけで終わってしまうのは実にもったいない話です。中には「選挙のための人気とりだ」という意見もあります。しかしこの絵本をすなおに読んでみれば作者の三浦さん、森さんのきまじめさと愛情を感じるはです。物語は、そう、アンデルセンの「みにくいアヒルの子」のうら返しといったらよいのでしょうか。アンデルセン童話はアヒルの家族からいじめられ、あちこちをさまよい、アヒルよりも美しく大きな白鳥に「出世」する話ですが、この絵本はカルガモの家族に育てられたあひるのアレックスが愛情につつまれ、あひるであることをだめだ、と言われていません。アレックスは兄弟や両親とちがう姿に「どうしてぼくだけちがうの」とぎ問に思いながらも一生けん命家族にとけこもうとしています。そのために人一倍努力します。そして両親は温かく見守り、はげましています。そして多くのことをできるようになります。それでもアレックスにできないことが一つありました。それは。。。ここには「みんなと同じでないといけない」とあせる現代の子供たちにたいし、「そうではない、あなたはあなたのままでいいんだよ」という作者たちからのやさしいメッセージがこめられています。と思います。人よりも走るのがおそい人よりも食べるのがおそい人よりも背が大きい、小さい人よりも。。。くらべるな、といわれても集団生活の中ではどうしても気になってしまうものなんです。それをその子の個性なんだ、とわり切れる大人が今どれくらいいるでしょうか。計算のにが手な子覚えるのに苦労する子運動がにが手な子もちろん、がんばってにが手をなくすことも大事です。アレックスも両親も最初から「がんばらなくてよい」とは考えていません。がんばった上でできないことはしょうがありません。じゅう分がんばっている子に「がんばれ」というのは時にはざんこくになることもあるのではないでしょうか。なか良く暮らすアレックスとカルガモ一家。しかしカモは空を飛べますが、あひるは飛べません。ラストにその現実に直面したアレックスたちは、一体どうしたか。気になる方はぜひ手にとって読まれることをおすすめします。このお話は現実を元に作者の人たちが半年かけてつくったそうです。カルガモとなか良く暮らすアヒルを見て、こんなお話を考えつくなんて、森さんも三浦さんもステキですね。ちなみに物語に出てくるカメのおじいさんは、森さん自身の分身なんだそうです。

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  • 02 Mar
    • 青木和雄 『ハッピーバースデー―命かがやく瞬間』

      お誕生日おめでとうと心から言える幸せをあげたいです 著者: 青木 和雄, 加藤 美紀タイトル: ハッピーバースデー―命かがやく瞬間 「最近難しい話ばかりでイヤ!」「古いマンガの話はワカラヘン!」「私たちが読める本も紹介(しょうかい)してください」と生徒さんたちに言われました。ということで本日は聖徳太子はお休みです。私が一番好きな児童書は、と言われればジャクリーンウィルソンさんの作品です(どれが一番とは決めにくいです)。でも一番生徒さんにすすめたい本は何? と聞かれれば、まようことなくこの『ハッピーバースデー―命かがやく瞬間』と答えます。すでに何人もの生徒さんに貸し出しをして、みんなに喜ばれています。と言ってもこの本は楽しい話ではありません。教育カウンセラーである青木さんが実際に見たり聞いたりしたお話を元に書いた小説です。主人公は11才の少女、あすか。お父さんは仕事がいのち! というタイプでほとんど家にいません。子供たちの教育はお母さんにまかせっきり。お母さんは名門私立中学に入学できたお兄ちゃんはベタぼめですが、自分の意見をはっきり言えないあすかには冷たい。そんな環境はあすかをじょじょに追いつめていきます。そしてお兄ちゃんの不用意な一言からあすかは声を失ってしまいます。ここには現代の家庭や学校で問題になっているさまざまなことが取り上げられています。不登校、いじめ、虐待(ぎゃくたい)……このお話自体はフィクション(本当の話ではない)ですが、上にも書いたように青木さん自身が実際にあつかったさまざまなことがもりこんであります。そして何よりすばらしいこと。それはあすかの成長。あすかがおじいさん、おばあさんの元で自信を回復し、今度は自分から学校のいじめの問題、お母さんとの問題を解決していくところです。あすかの成長にまわりも変わっていきます。お兄ちゃんも、学校の友達も、そしてお母さん、お父さんも。今もこうして書きながら思わずナミダがこみ上げてきます。きっとみんなの心も動かされるでしょう。この本はアニメにもなりました。少しお話が変わっていますが。低学年の方はアニメブックのほうが読みやすいかもしれません。 著者: 青木 和雄, 吉富 多美タイトル: アニメ版 ハッピーバースデー―命かがやく瞬間(とき) そしていつか原作のほうも読んでみてください。青木さんはこのほかにもたくさんの本を書いています。またいずれ紹介しましょう。

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  • 14 Feb
    • ロアルド・ダール 『チョコレート工場の秘密』

      著者: ロアルド・ダール, 田村 隆一, J.シンデルマン, Roald Dahlタイトル: チョコレート工場の秘密世はバレンタインディ。日本で、バレンタインと言えばチョコレート。なんと年間消費量の20%がこの期間に消費されるそうです。もはや国民行事に近いですね。でも、どんなチョコレートでもワンカ工場のチョコにはかないますまい。なにせここの工場には奇想天外なものがたくさんあるんです。そして。工場の持ち主、ワンカさんほど奇妙な人もこの世にまたといないでしょう。この本を読めば、そんなステキな工場をただで見学できるんです。作中ではたった5人の子供にしか与えられない栄誉なのに!主人公チャーリーの貧乏振りと、チョコレート工場見学にいたるまでの運びがとても面白い。いや、もちろん後半も面白いんですけどね。前半のリアルさと後半の奇想天外がうまくつながってます。リアル。確かに想像を絶する貧乏なんですが、今の日本ではめったに見られないんでしょうが、チャーリーのチョコレートに対する思いと家族の愛情がとてもよく描かれていて、半端なドキュメンタリーよりもぐっとリアルに胸に来ます。この物語は面白いだけでなく、さまざまな教訓が入っています。それをうっとうしく感じさせない筆力はさすがダールさん。その中でテレビのくだりは笑いました。  テレビは五官をだめにする!  テレビは想像力をぶちこわす!  テレビは心をかきみだす!  テレビは子どもをなまくらにする、めくらにする  子どもは、理解できなくなるんだ、空想のおとぎの国が!  子どもの脳ミソは、チーズみたいにグズグズになる!  考える力は、さびついて、カチンカチンになる!  頭で考えられない――目で見るだけだ!    (210、211ページ)これは手厳しい。そこまで言わなくても。。。英語だと、ここ全て大文字なんです。よっぽどそんな現況にうんざりしていたんでしょうね。ダールさんがこの物語を書いた動機は意外にここら辺にあるかも。もちろん、テレビだって素晴らしいものもたくさんあるし、本ばかり読んでだめになっちゃう例もあるんですけどね。大人が読んでも十分楽しめるこの作品。バレンタインにもらったチョコをかじりながら(最近では女性同士でも送るそうですね)、読んでみてはいかがでしょうか。著者: Roald Dahl, James Bolam, Susan Jameson, Rowena Cooper, Brian Bowlesタイトル: Charlie and the Chocolate Factory (Puffin Audiobooks)タイトル: 夢のチョコレート工場←1971年に映画化。今年の夏に再映画化されます。主演はなんとジョニー・ディップ! 楽しみ!

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  • 12 Feb
    • アンデルセン 「コマとマリ」

      もしかしたら一番残酷なアンデルセン童話かもうっかりしていました。今年はアンデルセンが生まれて200年。世界中でフェアをやっています。ファンとしてはうかつでした。生涯156編の童話を書いたアンデルセンですが、故国デンマークではそれ以上に詩人、小説家としても知られています。日本でも『絵のない絵本』、『即興詩人』は有名ですね。今後機会がありましたら小説、詩集についてもご紹介したいと思います。156編! 一日1つずつ読んでも半年近くかかりますね。でもこの機会だから一度チャレンジしよう、というわけで現在アンデルセン童話全集にチャレンジ中。全部読むのは学生時代以来。果たして最後まで読めますでしょうか。。。全童話を訳した全集はいろいろありますが、お求め易いのは大畑末吉さんの岩波文庫版。それでも7巻あります。がんばるぞ~!著者: ハンス・クリスチャン・アンデルセン, 大畑 末吉タイトル: アンデルセン童話集 1 改版―完訳 (1)「本当は残酷な●●●童話」なんてのがはやりましたね。グリム、アンデルセン、イソップにペロー。確かに題材として残酷なものもあります。時代も文化も違いますから、今の日本では残酷になってしまうものもあります。それに人のとらえ方は自由ですから、残酷と感じる方もいるでしょう。ですがこの類の本の中には、原作を元に勝手に残酷な部分を膨らませているもの、卑猥な部分を挿入しているものも少なくありません。批判をすることは当ブログの主旨ではないですが、それでもそのような本を読むと悲しくなります。いえ、創作は結構なんです。これも自由ですからね。ですが、それならばそうとはっきり分かるところに書いておくべきです。それすらなされていないから、悲しい。具体的な書名は避けますが、ここは猛省してほしいですね。断言できますが、アンデルセンの童話には卑猥なもの、それを感じさせるものは一切ありません。そのようなお話はすべて別の創作だと考えてください。残酷なアンデルセン童話といえば「赤い靴」がもっとも有名ではないでしょうか。虚栄心から足を切断する羽目になった主人公カーレン。かなりインパクトの強いお話ですね。アンデルセンは純粋なもの、弱きものに限りない愛情を注いでいますが、反面、おごり高ぶるものは容赦をしません。また女性の虚栄心を強く戒めてもいます。たとえば「パンを踏んだ娘」では靴を汚すのがいやで沼地を渡るのに、手にしていたパンを踏んでその上を渡ろうとした美しい娘の話です。このインゲルはそのまま沼に沈み、やがて地獄に落とされてしまいます。純粋な弱きものたちがラストで「残酷」に扱われている例もあります。「マッチ売りの少女」、「人魚姫」のラストには納得行かない人も多いのではないでしょうか。ただアンデルセンの中では、あるいは当時のデンマークの読者には、これら物語りのラストに救いを感じていたのではないでしょうか。「赤い靴」、「パンを踏んだ娘」も、「マッチ売りの少女」、「人魚姫」も、最後に神様に近づくか神様の許へ運ばれてゆく形で終わります。素朴な信仰を抱いていた作者や当時の読者の多くは涙しながらもこの結末を良しとしたのではないかと思います。では本当に救いようのない話はないのか、といえばこれがあるんですね。「コマとマリ」(あるいは「幼なじみ」)という作品。きれいでお高くとまってるマリ(人名ではなく、おもちゃの鞠のことです)が、高く跳ね返ったまま戻れず、ドブの中で醜く膨れてしまいます。偶然からかつて自分を慕っていたコマと出会います。コマは無事もとの家に戻りますが、マリは帰れず。そして憧れの人の変わり果てた姿に幻滅したコマは、二度とマリのことを思い出さなくなるのでした。子供さんには怖くとも何ともないでしょうが、われわれ大人には。。。ある意味怖いですねえ。救いがありません。この物語はアンデルセンの経験がもとになっています。初恋の人、リーボアと再会したアンデルセン。彼は分断に地位を築きつつあり、彼女は太ったただの中年女性になっていました。初恋の女性のその変わりようを童話に書いてしまう。残酷だぞ! ハンス・クリスチャン! 著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセンタイトル: 親指姫―アンデルセンの童話〈1〉著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセンタイトル: 人魚姫―アンデルセンの童話〈2〉著者: ハンス・クリスチャン アンデルセン, Hans Christian Andersen, Ib Spang Olsen, 大塚 勇三, イブ・スパング オルセンタイトル: 雪の女王―アンデルセンの童話〈3〉冒頭の画像は福音館文庫のもの。国際アンデルセン賞受賞のデンマーク人、オルセンさんの挿絵がステキです。「コマとマリ」、「パンを踏んだ娘」は1巻、「人魚姫」は2巻、「マッチ売りの少女」、「赤い靴」は3巻に収められています。

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