• 14 Mar
    • ご飯はしっかり食べよう

      「あなたがたは自分のために地上に宝を積んではならない。そこでは、虫が食い、さびがつき、泥棒が忍び込んで盗み出す。あなたがたは自分のために、天に宝を積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さびがつくことも、泥棒が忍び込んで盗み出すこともない。あなたの宝のある所に、あなたの心もあるからである」イエス・キリスト(新約聖書「マタイによる福音書」第6章第19,20節;フランシスコ会聖書研究所訳)今月の下旬に引越しをすることになって、困ったのが荷造り。昔の雑誌類を捨てるべきか、捨てないでおくべきか。高校生の頃には4つの雑誌を定期購読しておりました。「歴史と人物」「天文ガイド」「アニマ」そして「LaLa」いずれも月刊誌でした。「アニマ」はアニメ雑誌ではなくて、動物をテーマにしたもの。「LaLa」は少女漫画誌で、山岸涼子先生の『日出処の天子』をはじめとした名作ぞろいの雑誌でありました。これらの購読料はお小遣いから天引き。そして『日本の歴史』全48巻を分割払いしておりまして、これも天引き。こうして私の小遣いはマイナスに。両親に月々お金を返してゆくことになりました。といっても、私の学校はアルバイト禁止です。お年玉からの返済となりました。それでも読みたい本、ほしい本は出てくるものです。貧乏な(親の庇護の元にあるくせに、生意気にもそう思っておりました)学生にとって図書館と文庫本は友達でした。特に新潮文庫は内外の古典名作が廉価で入手できるので、私のお気に入りでした。本を買いたい、お金がほしい。で、どうしたかといえば、食費を削ったのです。つまり弁当をやめ、購買で買うからと言って母からお金をもらい、食事を買わずに本を買う。文庫本ですから、1~2日食を抜けば買えたんですね。しかし、というより当然、こんな悪いことは長く続きません。昼食を抜いて部活動(剣道部)をやると、きつい。特に夏場は。とうとう貧血を起こしてしまい、それまでの悪事がばれ、教師からは厳重注意、親からは厳罰を食らったのは言うまでもありません。雑誌類をかたつけながら若き日の愚かな所業を思い出しました。良い子はまねしないでくださいね

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  • 01 Mar
    • ヘルマン・ヘッセ

      自分の一生を外部から回顧してみると、特に幸福には見えない。しかし、迷いは多かったけれど不幸だったとはなおさら言えない。あまりに幸不幸をとやこう言うのは、結局、まったく愚かしいことである。なぜなら、わたしの一生の最も不幸な時でも、それを捨ててしまうことは、すべての楽しかった時を捨てるよりも、つらく思われるのだから。避けがたい運命を自覚をもって甘受し、よいことも悪いこともじゅうぶんに味わいつくし、外的な運命とともに、偶然ならぬ内的な未来の運命を獲得することこそ、人間生活の肝要事だとすれば、わたしの一生は貧しくも悪くもなかった。外的な運命は避けがたく神意のままに、わたしの上をすべての人の上と同様通りすぎて行ったとしても、わたしの内的な運命はわたし自身の作ったものであり、その甘さ苦さはわたしの分にふさわしいものであり、それに対してはわたしひとりで責任を負おうと思うのである。ヘルマン・ヘッセ/高橋健二訳 『春の嵐 (ゲルトルート)』冒頭より引用(新潮文庫5ページ) 

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  • 03 Sep
    • 俺はナンパだ(ミステリを3作)

      おおっと。思わずもう一つの人格のまま書き出すところでした。新しい友人ができたとき、たまたま本の話題になることがあります。まあ、話が合う時点でだいたい本好きの人と分かるんですが、中でもミステリが好きな人が結構多い。それも女性に多い。で、お互いのおすすめの作家、作品の話になるんですが、私はいつもナンバーワンにアイリッシュの『幻の女』 を挙げます。この作品、推理というよりサスペンスものですが、大抵のランキングでベスト3以内に入っている傑作。かの江戸川乱歩先生が絶賛した作品です。そして。「お近づきになりたいな~」と願う女性には続けて2作品。東野圭吾さんの『どちらかが彼女を殺した』と『私が彼を殺した』 を。この2作は本格推理ながら解決編がない、という異色作。推理クイズがまるまる1冊の分量になったものです。『どちらかが~』は容疑者が二人、『私が~』は三人。犯人確定の手がかりはすべて表示されているので、推理力に自信のある人には魅力でしょう。文庫版は袋とじの解説がついており、ヒントが書かれております(犯人は書かれていません)。『私が~』の方が難しく、私もギブアップしました。その袋とじですが、人に貸すなら破られていないものの方がよい。しかしそれだと借りた人が中身を読めなくなってしまう。ですから思い切ってプレゼントしちゃいます。「あげるから、気になったら袋とじを破ってみればいいよ」中にはそれでも破るのをよしとせず、「ヒントとか、答えとかメールで聞いてもいい?」という運びに。東野先生、ごめんなさい。ミステリをお近づきの道具にしてしまいました。。。 左   ウイリアム・アイリッシュ, 稲葉 明雄      幻の女 中   東野 圭吾     どちらかが彼女を殺した 右  東野 圭吾    私が彼を殺した

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  • 14 Aug
    • 山野車輪 『マンガ嫌韓流』

      もう少し配慮して欲しかったなあ 山野 車輪 マンガ嫌韓流 本日は急遽予定を変更しまして。 昨日やっと手にいれたこの本のことを書きます。 「マンガ」とありますので、もう一つのブログに載せるべきか迷ったのですが、 「向こうとこっちで同じ記事を載せちゃえ!」 と開き直っております。 さて。韓流。 マスコミや教育界(教科書では歴史、地理だけでなく国語や英語でも韓国を好意的に取り上げています)では盛んに日韓友好を詠っておりますがその実態はどうか。 翻ってネット上では、私もびっくりしましたが反韓意識が高くなっている。 このギャップはどこから来るのでしょうか。 一体どちらが本当なのでしょうかね。 この本はそんなギャップにうろたえてしまっている、私たち20~30代(私は40ですが)向けの入門書、といった所でしょうか。 戦後補償問題、在日韓国・朝鮮人問題、竹島問題などよく知られた(そのくせ、内容はほとんど知られていない)問題から韓国による日本文化の剽窃といった、ほとんど知られていない問題まで扱っております。いかんせん漫画という制約上、それぞれのトピックスに対して深く記述がなされていないのがやや物足りないですが、「日韓友好」を信じ、「韓流ブーム」に乗っかっている人に対しては充分でしょうね。内容に関してはこの本を読んでいただいて、ご自分でもっと調べてみるのがよいでしょう。この本はそういった話題提供、あるいは調査の入り口。非常に残念なことが一つあります。それは韓国人の描写。表紙を見てお分かりのように、わりと現代風の絵柄なんですが、韓国人だけが皆、・頬骨が出て・釣り目というワンパタンな描かれ方がされています。これがこの漫画の品位を落としている。せっかくまじめに問題に取り組もうとしているのに、絵で韓国人を揶揄してどうするのでしょうか。残念です。

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  • 03 May
    • Dead Poets Society

      ごめんなさい、昨日と同じ話題です タイトル: いまを生きる 「いまを生きる」のDVDを買いました。2500円。なんと今ならもう一枚選べて、その1枚がタダ!そんなキャッチにあっさりのっちゃって、買いました。ちなみにもう一枚は『パイレーツ・オブ・カリビアン』。で、その勢いで昨日の記事を書いて、その後DVD鑑賞。ところで、このDVD、今はもはや標準の映像特典は一切なし。これより昔のやつでも予告編などの映像特典や、キャスト、スタッフ解説画面(あるいはリーフレット)などあるんですけど、ソレもなし。メニューには「音声・字幕」、「チャプター」があるのみです。それだけ純粋に映画を楽しめって事でしょうか。そんなわけで実に15年ぶりに見ました。さすがに劇場で何度も見たので、殆どのシーンを覚えていましたが、それでもやはり感動ですね。 なので2回連続で見ました。まず英語+字幕で。次に日本語吹き替えで。おかげで徹夜しました~。なので今日は昨日と同じネタで書いちゃっています。さて、この作品の何がそんなに私をひきつけるかというと、やはり少年たちの生き方感じ方に強く共鳴するからですね。もちろん、作中の彼らはハイティーン(17歳)。たいして私はナイスミドル(●十歳)。最初に見たときはまだ教師になったばかりの頃ですので、主に教師キーティングにシンクロしたんですけれども、今回はキーティングとは少し距離ができてしまった。今、私の前にはこの少年たちと同じようにさまざまな選択があって、しかもこれまた同様にさまざまなしがらみがあって、結構窮屈。いつの間にか自由な思考、多面的な見方を忘れてしまっていたのです。ですから少年たちにシンクロできた。一方教師であるキーティングにはいろいろ考えさせられました。彼はよくある学園ドラマのような、ぐいぐい引っ張ってゆくタイプの教師ではないことに気がつきました。生徒たちをひきつけ、引っ張ってゆくように見えて、実は彼は待っているのです。いつも。ひきつける、そして子供たちの変化を待つ。もちろん、きっかけは与える。それが詩や芸術のすばらしさであり、それらを生み出す自由思考であったりするんだけれども、それを押し付けはしていないのです。押し付けたら事由ではないですからね。だから彼のクラスでも彼の影響を受けない生徒がいます。そしてそれを良しとしています。あの感動的なラストシーン(詳細は本または映画で)、その時でさえ、キーティングを見送らない生徒も何割か存在していました。だからこそ象徴的な行動が多いのに、リアルなドラマにもなっているんですね。DVDではキャスト紹介すらなかったですが、ここのHPDead Poets Society にはキャスト、スタッフ解説はおろか、スクリーンプレイ、劇中出てくる詩の数々、さらにストーリーに関する考察まで含んでいて、とっても無いよう豊か。さらに未公開シーン(小説では語られてましたけどね)までありました。すごいですね。ファンの人にはたまりませんね。私もたまりません。

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  • 25 Apr
    • 影響されやすい私

      アンデルセン生誕200年記念。いわさきちひろさんのイラストが110点も!著者: アンデルセン, 高橋 健二, いわさき ちひろタイトル: ぼくのものがたり―アンデルセン自伝スミマセン、興奮してしまいました。私にとってアンデルセン、高橋健二さん、いわさきちひろさんとくればそりゃもう、古の  巨人、大鵬、卵焼きに相当するんです。本当。中学生のときヘッセに読みふけっていましたが、これが高橋訳。アンデルセン、いわさきちひろは幼児期から親しんできた存在でした。表紙にはお母さんのエプロンの下で一人空想にふける少年ハンス・クリスチャンが描かれています。この情景は「自伝」に書かれているもので、福音館版の童話集(全3巻)挿絵を描いたオルセンさんも3巻の解説に掲げられています。私は主体性がないのか、読む本に影響されることが結構あります。アンデルセンの生涯もまた然りで、その辛く悲しい経験を、美しく優しい作品に昇華させた才能には強くあこがれました。なので恋愛もプラトニックなものを求め、いや、それ以前に悲恋を求めていた時期があります。。。。女性にもてないことの言い訳かもしれませんが。高校時代、青池保子さんの漫画『エロイカより愛をこめて』にはまって、それ以来ゆでたジャガイモが大好きになり、アンダーシャツにランニングを着ることはなくなりました。ええ、そういう描写が出てくるんです。中学時代、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』を読んで、ご飯粒をわざとぽろぽろこぼしたりしたものでした。歴史小説や時代小説は好きで、題名は忘れましたが、血判の押し方を説明してあったものがあって、自分でもやってみたものです(友人に見せたら「チョコレートだろ」と言われました)。『あしながおじさん』を読んで、日記に詩を書いたり、『アンネの日記』に影響され、自分の日記に「十三郎」という名前をつけたりしました。小学生のとき、ドリトル先生にあこがれ、動物語を研究しようと、飼っていたコオロギの表情を必死で読み取ろうとしました。。。まあ、こんなことは他にもいくらでもありますが、大きな影響を与えたものとしてはアンデルセンと『徒然草』でしょうか。著者: 吉田 兼好, 西尾 実, 安良岡 康作タイトル: 新訂 徒然草殆どの中学生の国語の教科書に『枕草子』、『徒然草』が載っていますよね。中学時代の私は理屈っぽい方でしたから、清少納言の感受性に憧れたり共感したりはせず、兼好法師のやや辛口な物事の考え方にもろに影響を受けました。中学生に『徒然草』はちょっと危険なんじゃないかな、と今でも思います。『枕草子』だけで十分じゃないかと。むしろ高校生に読ませたほうがいい。高校で『源氏物語』をやって古文嫌いを増やすより、『徒然草』をやって、いろいろなことを考える機会を与えた方がいいんじゃないか、と思っています。まあ、古文の教材は内容ももちろんだけど、文法なども絡んでいるので簡単には決めれないですけどね。今振り返ってみると、中学時代の私は「分かったつもり」になっていた部分が多大にありました。徒然草の表面しか理解できず、物事に対して素直に感じずに、「でもね、別の見方もできてね」なんてひねたものです。それでも幼いなりに作品世界を理解しようとし、作者にシンクロしようとした経験は今に生きています。アンデルセンと兼好法師。私がつよく影響を受けた二人です。

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  • 10 Mar
    • 私を救ってくれた1冊の本

      とらさんの記事を読み強く感じるところがありました。トラックバックします。 私は以前カルト宗教とかかわっていた。私の青春はそれら宗教とのかかわりに費やされたと言っても過言ではない。私自身後一歩で入信しそうになった。友人や恋人を失ったこともある。以下は決して自慢話でも、過去を懐かしむ話でもない。たくさんの方に迷惑をかけた事実は消えやしない。愚か者の独白として聞いて欲しい。 こんな私を救ってくれたのは1冊の本だった。もう絶版になったし、私のかかわったカルト宗教団体の名をあかすのは、多くの方のプライベートに関することなので、書名をここに書くことはできない。しかしその本の著者のおかげで私は立ち直るきっかけをつかめた。実際にお会いして色々お話を聞き、目が開かれた。私は救われた。そのカルト団体にのめりこみ、音信普通になった知人たちのことを考えると胸が痛むが、私は帰ってくることができた。 こんな私は特殊な人間だったろうか? 決してそうは思わない。多少個性は強かったかもしれないが、どこにでもいる平凡な学生だった。とらさんの記事にもあるように誰にでもカルトに洗脳されてしまう心の隙間を抱くときがあると思う。私も大学入試から初めての都会での一人暮らしという環境の変化で心の隙ができてしまった。私は寂しかったのだ。青年特有の傲慢さで自分は特別だと思い込み、周囲と溶け込めないことを周囲のせいにし、孤独でいることが気高さの表れだと勘違いした。そしてこれも若さゆえの傲慢か。汚れた世の中を何とかしたいと思った。もう一世代上であったら学生運動にのめりこんでいただろう。学生運動家は衰退し、その間にカルト集団が勢いを増してきていた。 そんな時彼らと出遭ったのだ。カルト集団の人々は純粋だ。世俗の垢にまみれず、崇高な目的の為に戦っている(と信じ込んでいる)。実に美しい目をしていた。その美しい目でまっすぐ私を見、そして私の話をよく聞いてくれた。うなずきながら。共に笑い、悲しみ、怒り、楽しんだ。小説や映画、マンガで見る青春を私は送っているのだと思った。彼らこそ私の仲間だと思った。ここが私の居場所だと思った。 これは今流行の「コーチング」の手法だ。その原形だ。彼らは実によく研究しているのだ。人の動かし方を。マニュアルを作っている集団もあるくらいだ。不安な人の支えになり、じょじょに支配してゆく。 これはあくまで一つの例であり、人がカルトに入り込むきっかけは実に様々だ。浮沈の激しい芸能界でのめりこむ人がいるもうなずけると思う。 学歴の高さなど関係ない。逆に勉強一本やりで視野が狭くなると危険だ。はまりやすい(ちなみに私は勉強などしない学生だったが)。カルトにはまった人を理詰めで論破しようとしてはいけない。彼らにとってそれは信仰を試される試練であり、悪魔の誘惑なのだ。それがたとえ親兄弟恋人であっても、だ。いや、逆に近しい人ほど誘惑者の手先になると教えられている。苦難に遭えば遭うほど彼らの「信仰」はより堅固になる。 ではどうしたらよいのか。マニュアルなどは無い。私も含め多くの方の救われた事例を見ると、頭ごなしに否定せず(それは上記のように相手の思う壺)、話を聞いてあげること。コミュニケーションを持つこと。そのチャンネルを保ち続けることだと思う。これもコーチングの手法にある。相手と同じ土俵に立って対峙しなければいけないだろう。聖書の話をしているのなら同じく聖書を読むべきだろう。聖書のことなら教会の方に、仏典のことならお寺の方に聞いてみるのもいい。 でも自分が飲み込まれたら元も子もない。ミイラ取りがミイラになってはいけない。だからこそ、多くの事例を調べ、正しい情報を見分けることが大事だろう。以前書いた『ネット王子とケータイ姫』とまったく同じだ。メディア・リテラシー(情報を見極め、取捨選択できる能力)をつけなければいけない。 えらそうなことを書いてしまった。思いだけが先走り、私の筆は鉛のごとく重い。誤解を招く表現があったやもしれない。 私が脱会してから20年、技術の進歩には目を見張るものがある。しかし人間は変わらない。その弱さは変わらない。弱い存在だからこそ、われわれはすばらしいのだと思う。 以下に私が読んで大変役に立った本をいくつか挙げます。もちろん、本だけですべてが解決しませんが。著者: 大泉 実成タイトル: 説得―エホバの証人と輸血拒否事件著者: 井出 定治タイトル: 異端とは何か―モルモン教・エホバの証人・統一教会著者: スティーヴン ハッサン, Steven Hassan, 浅見 定雄タイトル: マインド・コントロールの恐怖著者: ウィリアム ウッドタイトル: エホバの証人「ものみの塔聖書冊子協会」―マインド・コントロールの実態

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  • 06 Mar
    • 学研 アンカー英和辞典

      辞書は使ってなんぼ仕事柄辞書は各種、それぞれ数種ずつ持っております。英和辞典は、生徒にも貸したり、版が変わったりして、古いものはどんどん捨てちゃうのですが、それでもポケットに入る小さいの著者: 竹林 滋タイトル: 新リトル英和辞典職場で使う中くらいの著者: 小西 友七タイトル: ジーニアス英和辞典とにかく収録語数が多いの著者: 松田 徳一郎, 東 信行, 豊田 昌倫, 原 英一, 高橋 作太郎, 木村 建夫, 山県 宏光, 馬場 彰タイトル: リーダーズ英和辞典の3種は常に切らさないようにしてます。最近の辞書は収録語数はともかく、用例も豊富だし、文法事項の説明もばっちり入っているので、分厚いのが多いですね。私の高校時代はここまでじゃなかったと思います。それでも辞書をかばんに入れ持ち歩くのって、いやでしたねえ。かばんが膨れるし、重たくなるし。(学校へ辞書を置いて帰る、「置き勉」は厳しく禁じられていたのです)それで「赤尾の豆単」著者: 赤尾 好夫タイトル: 英語基本単語集(豆単) 9訂版これを辞書代わりにもっていったんですが、教師に見つかり、怒られました。私の高校は辞書は学校指定で、英和は学研の「アンカー」を使ってました。豆単を封じられた私は、「なら、辞書を薄くすればいいや」と思い、実行に移しました。辞書を切断、分割したのです。A~D、E~M、、、というぐあいに、数冊に分けて、代わりばんこに学校に持っていってました。授業中に辞書を引くことはめったになかったからです。ですがこんなまやかしが長続きするわけがありません。ある日先生にあてられた私。教師「この部分を訳してみろ」私「わかりません」教師「辞書を引きゃあいいがや」私「僕の辞書にその単語は載ってません」ナポレオンも真っ青なせりふをはき、先生にばれてしまいました。もちろん、先生、激怒。ですが屁理屈なら高校生は負けてません。私「ですが、先生、本は使い込んでなんぼ。汚してなんぼでしょう。かのトルストイは本を買うとすぐ真っ二つに引き裂いて右と左のポケットに入れて持ち帰ったそうですよ」たまたま角川文庫「世界史こぼれ話」で仕入れた知識をひけらかす私。しかしながら剣はペンよりも強し。このようなこまっしゃくれたガキ、本人の将来のためにもなりません。きつくお灸をすえられたのでした。皆さん、辞書は大切に使いましょう。

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  • 10 Feb
    • お世話になっている本屋さん

      本屋さんって大変だなあ。飲食店、学習塾、病院などでは お店に入る=商品・サービスを買ってくれるですが、本屋さんだと立ち読みだけで済まされてしまうこともありますし。 商品を手に取る=商品を買うと限らない。八百屋、魚屋、化粧品店などもそうですけどね。でもそれら他の店に比べて「買わないお客」が居座る時間が長い。実際に商品が「使われてしまう」。ひどい客になると、元の場所に戻さなかったり、開き癖をつけたり、汚したりする。他の商品では考えられないですよね。 八百屋でキャベツをかじってそのまま戻しちゃったり、 文房具でノートに書き込みをして買わずに帰っちゃったりするのと同じですよね。とえらそうな事書きましたが、私も本屋さんには迷惑かけた口です。以前にも書きましたが(「立ち読み」)立ち読みしていた本に夢中になり、失敗したこともあります。学生時代、お金がないときに梅田(大阪駅)の紀伊国屋書店で4時間以上立ち読みで過ごしたことも何度か。迷惑な奴だったんだなあ。反省。もともと本屋さんを図書館の一種と捉えている人も結構いるのかも。私もそうですが。でも、図書館でもマナーはありますよね。 本を読む前は手を洗いましょう 詠んだら元の位置に戻しましょうみたいな。「手を洗いましょう」は子供向けか。今、街中から書店が消えつつあります。そうでなくても厳しく寂しい経済状況。一部のマナーを守れない人の行為が書店員、店主のモチベーションを下げちゃって、店をたたむきっかけになっちゃったら、たまりませんよね。私も立ち読みはほどほどにしようかな。せめて1時間以内に(?)

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  • 01 Feb
    • コノウラミハラサデオクベキカ

      ミステリと食い物の恨みは恐ろしいんだぞ!名古屋でも初雪。職場の南区のほうはともかく、我が住まい春日井市では5センチほど積もっています。明日の出勤が大変だなあ。それでも終電で帰り、だれも踏み固めていない雪道を歩くのは少し嬉しい。お子様ですね。そう、あれもこんな雪の晩でした。当時中学生だった私は著名な推理小説家の本を読んでいました。その時ふと、母が一言。「ああ、それって××が犯人なんだよね、確か」*ちなみに××は人名ではありません。うが~~!その一言で犯人が分かってしまったじゃないかっ。本格推理小説では一二を争う傑作と言われている『××××』を、私が破り捨てそうになったのは、ミステリファンの方ならご理解いただけるでしょう。その後1週間ほどは母に対して不機嫌でした。今思い出して、ちょっと反省。そういえばこんな例もありました。私が小学校の頃、少年探偵団やリュパンに読みふけっていた頃(同じ小学生としてマコト君とは天地の開きがあるなあ)の話。当時は小学生向けに「●●のひみつ」とか「●●入門」なんて小ぶりの本が出ていて、その中のミステリとトリックを扱った本を私は読んでしまったのです!なんてバカなことをしたんでしょう、私。その本にはクリスティの例のアレやカーのあの作品やら、ドイル、ヴァン・ダインなど古典の名作の内容、というよりトリックが紹介されていたのです。というわけで私は推理小説の古典の傑作と呼ばれているもののいくつかはネタをばらされてしまったのです。ミステリはトリックだけが魅力、ではありませんが、大切な要素なのは事実。ネタバレ行為はくれぐれもご用心を。ミステリの恨みはとても恐ろしいですよお。そういえば法月倫太郎にミステリのネタバレ行為を逆手に取った作品があったですね。著者: 法月 綸太郎タイトル: 法月綸太郎の冒険

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  • 06 Jan
    • 更新は難しいなあ、と

      ああ、もう一日が終わってしまう。つねに更新するのって大変だなあ。ネタがない、ネタがない。それよりもっと時間がない。電車の中でマナーがなってない。これは携帯電話からの投稿です。例によって顔文字を。。。(><)  そうだ! 「白馬の王子」にしよ。日ペンの美子ちゃんのことも書こっ。( ̄∀ ̄)ノ

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  • 07 Dec
    • 安富和男 『ゴキブリ3億年のひみつ―台所にいる「生きた化石」』

      女子高生に笑われ、ヨッパライにからまれこのクリスマススペシャルはステキなデザインですね。でもせっかくデザインを変えたのに、その一発目がこれではひいてしまうなあ。。。 さてさてこの虫が大嫌いな、大多数の方スミマセン!私は今昆虫・虫本にハマっています(冬なのに。。。)。 虫本の中でも、我が家にはミツバチ、アリ、チョウ、ゴキブリ、クモ…… の順に冊数が多い。もちろん所有者(すなわち私)の嗜好を反映しているのです。が、実際、ミツバチは益虫として古来より人間の付き合いも長く、研究史も長いので、本も多く出版され、かたやゴキブリは害虫として古来より…(以下同文)。 かと言って、私がゴキブリが好き、というわけでは決して、決してありません。どちらかといえば嫌いです。あまりお目にかかりたくありません。ただ、あまりの嫌われぶりはともかく、それに伴う誤解には同情します。また、「ゴキブリのような汚らしい人間」、「社会のダニ」などの比喩を見聞するたび、そのようなダメ人間にたとえられる彼らが哀れでなりません。 それはさておき、私がこの本を購入したのは7~8年前。今回再び手にして、あの、恥ずかしい思い出が蘇ってきました。当時は地下鉄通勤をしておりました。職業がら(学習塾で働いております)、通勤ラッシュにはほとんど無縁なため。往復2時間弱の時間は読書に当てております。電車内では手の疲れない、場所のとらない、文庫本、新書が主体。 行きの電車の中で。その日はテスト期間中のためか、昼でも制服姿の学生がちらほら。そんなことはお構いなしに、どっかりと腰を下ろすと、鞄から本を出し、読み始めました。しばらくすると、「クスクスッ」軽やかな忍び笑いが。しかし私は読書中。気にはしても頭は上げず、なおも読み進めていると、「ほら、あれ、あの人」「ゴキブリの本を読んでるよっ」「きゃ~だ!」(キャーダと私にはそう聞こえた)も、もしかして私のこと? 顔を上げれば左45度前方、ドアー付近に数人の女子高生が。もしかしなくても私のことでした、彼女らが見ていたのは。目が合った瞬間、(このままではオタクと思われてしまう。なんとかせねば! なんとかしろ!)で、紳士らしく、にっこり会釈を返したのです。すると「ギャハハ~~」キャ~でもキャハハでもなく、思いっきり笑われてしまいました。目的地でもなんでもない、次の駅で降りてしまった私を誰が責められましょうや? ・・・しかし、悲劇はそれだけにとどまりませんでした。帰りはいつも終電になります。女子高生もいない、帰りの電車の中で。今度こそゆっくり読みましょうと鞄から本を出し、読みふけっていると。。。「あ~~、 コイツ、ゴキブリの本読んどるでえ~」いきなり大きな声をあげたオッサン。「ゴ~キブリッの本、読んどる~~」だいぶお酒をきこしめしていらっしゃるご様子。(だれがどんな本を読もうと、勝手だろうが~~!!)とは思いつつも、警察と酔っ払いには逆らっちゃいけませんとの親の言葉を思い出し、「ではでは」と会釈をしながら目的地でもなんでもない、次の駅で降りてしまった私を誰が責められましょうや?って。。。?「しまった、終電じゃねえか! 畜生!」紳士らしからぬ暴言を吐いたこと、どうかお許し願いたい。それにしても。ゴキブリってだけで、人はなぜ、かくも過剰に反応するのでしょうか?今まで電車内でいろいろな本を読みました。マンガも読んだし、少女マンガも読んだし、絵本も読んだことがあります。しかし、いずれの場合でも(心中どう思っているかは別として)、人は私をそっとしといてくれました。ゴキブリの本以外は。。。1993年04月発行 講談社ブルーバックス 861円(税込)

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  • 08 Nov
    • 近鉄ファンの皆様ごめんなさい(承前)

      人同じならず、といえば。当時通学ルートには2軒の本屋さんがあったのですが、今回歩いてみたら、そのうちの1軒がない。いつの間にか何とかセラピーのお店になっている。いつの間にか。とはいえ、来たのが十数年ぶりなのですから、無理もない。しかし、寂しさを感じずにいられません。 書店、特に小売書店が減少していると言われてから久しい。現に私の職場周辺、通勤路でもこの2年間に2軒、閉店しました。まあ私もたまにしか利用してませんでしたが。 今回合併が決まったオリックスと近鉄。近鉄ファンの言葉を聞くたび「なくなって困るのなら、もっと球場で試合を見ればよかったのに」とひそかに思っていました。近鉄ファンの皆様、ごめんなさい。阪神ファンの私にはわかっていませんでした。失って寂しいものの存在を。 通学路の書店の閉店は、単にノスタルジーの対象が失われたことだけではなく、(大げさに言えば)日本の文化の危うさを物語っているように思えます。確かに品揃えは大型書店の方がいい。そりゃ当たり前。また、郊外にはCDショップなどもあわせたやや大型の書店が増えているとか。しかしそれは大人の理論。大人ほど機動力のない子供たちにとっては、これらの大型書店は自分たちの生活圏内にはない。郊外の書店などは車を持っている、大人が主な対象です。本が好き、嫌いにかかわらず、町中の書店は本に接する機会を与えてくれます。私の後輩たちはその機会が減ってしまったのです。 コンビニで立ち読みすればいいのかもしれません。自転車で少し遠出して郊外の書店に行けばいいのかもしれません。休日に家族と行けばいいのかもしれません。しかしコンビにには本はほとんど置いてありません。「休日」「遠出」では日常の生活内とはいえません。そう、駄菓子屋がなくなったことを惜しむ人々のように私は小売書店を惜しむ。おらが町の野球チームがなくなった人々のように小売書店を惜しむ。最近の自分がほとんど寄っていなかった、そのことに少し罪悪を感じながら。 もちろん、書店側の経営努力もあるでしょう。環境が大きく変化しているせいでもあるでしょう。私はここで何をどうすべきなのかを言っているのではありません。ただ私の感傷を述べているに過ぎない。 ただの愚痴です。

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  • 05 Nov
    • 近鉄ファンの皆様ごめんなさい

      先日母校(高校)の近くまで行くことがありました。我が校は住宅街の中、白い街、団地の群れの中にあります。巨大な台形(グランドが当時県下最大だったとか)の二辺はバス通りに面し、残りの二辺は団地群に接しています。小中高、ついでに大と徒歩通学だった私。昔の通学路をたどるのも一興と、ぶらぶら歩きました。通学路とはいえ、三年間ずっと同じだったわけではなく、町並みも当時とは大きく変化もし(何せ○十年たってますから)ていますからあっちに行けば戻り、こっちに曲がれば戻りして、結構な時を潰してしまいました。幸い、○十年たっても道筋はほとんど変わらず。学校や郵便局、役場の出張所など、お上の施設はそのまま。巨大な団地の群れもそのまま。一方で店舗などはだいぶ入れ替わっていました。携帯電話のお店がある。××薬局なんてのがある。パソコン教室や学習塾がある。ファストフードがあっちにある。コンビニエンスストアがこっちにもある。。。。。。。とまあ、どこの町でも見られる変化を遂げていたわけですね。年年歳歳 花相似たり歳歳年年 人同じからすなんて気取って歩いておりました。(この頁続く)

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  • 30 Oct
    • 踏み切り

      「人生は学校だ。そしてそこでの失敗は成功するよりも優れた教師だ。」グラナッキー 「何かあることを試み、そして失敗する人間のほうが、何もしないで成功する人間よりどれだけよいか分からない。」ロイド・ジョーンズ   何度おろかな過ちをしても私の歩き読みの悪習は直りませんでした。そしてついに天罰が下るときが。。。。。。その日も私は相変わらず歩き読みをしながら会社へ向かっていました。しばらくして、カンカンカンカン…… 踏み切りの音。目の前を遮断機がゆっくりと下りてきました。電車通過を待つため歩みを止め、なおも本を読んでいると、「○○さん(私の本名)、何してんの!」切羽詰った声が私を現実に引き戻しました。見れば顔見知りのおばさんが、遮断機越しに怖い目でこちらを睨んでます。「え? え? うわあ!」なんと、私は遮断機の内側、線路側に立っていたのです。慌てて遮断機の下をかいくぐったことは言うまでもありません。それにしてもすぐに気づいてくれる人がいて本当によかった。おばさん、ありがとう。阪急電鉄さん、ごめんなさい。 歩き読みは恐ろしいですね。やはり、本は、落ち着いた状態て読むものなのでしょうね。

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  • 29 Oct
    • 歩き読み

      よい子は絶対にまねをしないでください悪い子、普通の子も、マネしちゃだめだよ人間は歩きながらいろいろなことをします。おしゃべりしたり、歌を歌ったり、考え事をしたり景色を愛でたり、食べたり飲んだり喫煙したり最近では電話しながらも。。。私はしばしば歩きながら本を読んでいます。あぶないなあ。もちろん、周囲が目に入るようにやや離して、片手で本を持ちます。昨日お話した立ち読み事件から数年後のこと。大阪の地下街を歩き読みしていました。休日のことで結構人出がありました。やがてコツンと手ごたえがあり、「きゃ」と声がするではありませんか。驚いて本を下げてみると、そこには白いワンピースの、可憐な女性の姿が。持っていた本の背の部分が、やや小柄な彼女の、ちょうどおでこの部分に当たったのですね。しかもその女性はおでこを出したヘアスタイルだったため、きれいにぶつかってしまったのです。慌てて頭を下げ、謝意を表する私に、かの女性は「気にしないで」というかのようににこやかに頭を左右に振ったのでした。なんと優しい、美しい、清らかな女性でしたろう。。。と思うまもなく、「おい」と今度は野太い男の声が。アベックだったのですね。当然ながら、男は詰め寄ってきました。「スミマセン、ごめんなさい、申し訳ありませんでした」あらゆる言葉で謝罪したことは言うまでもありません。幸い女性のほうがうまく男をなだめてくれたおかげで事なきを得ました。かように歩き読みは危険を伴うのです。皆さんも注意してください。ところが私はこれにも懲りず、さらに危ない目にあったのでした。。。

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  • 28 Oct
    • 立ち読み

      天才ニュートンは卵をゆでる代わりに時計をゆでてしまうほどの集中力を持っていました。凡才の私は本を読んでいることに夢中になりすぎて、笑えない過ちを繰り返しています。私が以前大阪のS市に住んでいたころのことです。私鉄沿線のその町には駅前に小さな本屋さんがありまして、学校へ行くとき、会社へ行くとき、毎日のようにその本屋さんへ寄っていたのです。(私は昼からの業種なんです)ある日、題名は忘れましたが、講談社現代新書を立ち読みしていた私。その内容に引き込まれ、「こりゃ買うしか」など思いつつも先へ先へと読み進めていたら。。。カンカンカンカン……と踏み切りの音。はっと店内の時計を見ればもうぎりぎりの時間。あわてて飛び出す私。電車に滑り込み、ほっと一息ついて、手にしていた本に戻り、「やっぱりこれは買いだな………………?」そうです、立ち読みしていた本をそのまま持って出てしまったのです!一瞬、クラッとしました。とうとう、私も犯罪者か。店長さん、いい人なのに、なんて申し訳のないことを、と。当時は携帯電話もまだほとんど普及しておりませんでしたのですぐに連絡が取れません。会社へつくなりあわてて電話をかけました。店長さんの言うには、あまりに堂々と自然な行動だったので、声をかけそびれてしまった。顔なじみの客だから、後から連絡もあるだろうし、気にしなかったと。店長さん、ありがとう。そしてごめんなさい。顔なじみの小さな店(失礼)で本当によかった。これが大手だったら、店を出たとたんに万引きとしてつかまったことでしょう。翌日(昼から深夜までの業種なので翌日しか時間取れませんでした)菓子折りと本の代金を持ってお詫びにあがったことは申すまでもありません。代金は当然受け取られましたが、お菓子は頑として、しまいには怒り出してまで受け取ってくれませんでした。本当にごめんなさいでした。しかし、私のおろかな失敗はまだまだ続くのでした。

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