…先生へ。  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥
   
   
夜中の3時に目が覚めた。
この時期にはよくある。
佐渡は、ここ数日に渡り強風・波浪模様。高波に注意。
夏に生い茂り秋に枯れた山々の樹木も街路樹も
葉っぱは全部ふきとぶ。
朝晩の寒さが身に沁みる季節も都会とはちがう。
昼間、浜や岸壁の上を飛んでいた鳥は
この時間は、どこにいるのだろう。
昔の人は、雨風も今のように完全には遮断できない住居の中で
よくもまぁ、毎年の冬をのり越えられたもんだ。
習慣や環境に対応する能力ってのも
一日一日、利口になってゆく魂に備えられたものなのかもな。
ただし、成長して生きることを止めてない限りはな。   
   
一龍【いちろう】(名前 / 6歳児)
すさまじく暑い21世紀幕開けの夏に産まれ 
もう7年になる。
この生命の成長は来年、小学生になるにあたり 
『保健調査票』というのがやってきた。
身長、113.8㎝。体重、21.0㎏。
風邪などで熱を出したときに熱性痙攣を起こす心配 があるほかは
人並みに健康な状態…と思う。見た目には。
今のところ虫歯もない。完全治療済み。再発防止対策済み。一応。)
このまま心身ともに、ある程度の健やかさを維持、バランスを保って 
不自由なく生きて行ってもらいたい。切に思う。
   
人は、一日に循環する血液の量が昼と夜ではちがう。
日の入りと共に全身の筋肉への血液循環は肝臓へ還える。
夜になり、寝る頃には必要以上に血液は回らない。
そしてまた日の出と共に、両脚の筋肉から動くために必要な血液が回りだす。
基本的には昼と夜。人間が動く時間と休む時間には区別がある。
いつ誰がこのことを知って言葉にしたのかは関係ない。 
http://ameblo.jp/badlife/entry-10002850915.html
今はまだ世間一般常識に知られていないことでも、
医学や科学という学問が完全に認めてはいない事実であっても 
既に、この世に人間がかたち創られる以前から
完全に決められていた物事の道理だ。
   
その人間の創られ方の道理のひとつに伴い 
本人(俺の子供)の筋肉にある血液循環のうち胃の経絡 の関係から
ときどき足の脛あたりが攣れるらしい。
俺も、そこまでは頭で判っていても 
熱性痙攣の根本的な原因と治し方やクスリに頼らない予防の仕方を
まだ完全に突き止めたわけではない。
3000g以下で産まれてしまったことが母体に問題があった事実は確かだけど
心と身体が成長する過程で、どこの筋肉細胞がどうなってくるのか? 
痛いのは本人。親ではない。
「脳味噌の構造や遺伝子にある情報」などという浅墓な捉え方で
人の心や魂の存在を無視したような医学や科学で言うところの、
「遺伝」ということとは別に
親と子の関係における肉体を支配する心のつながり、共鳴…の中で親に似たのか? 
以心伝心も厄介なもんだ。
肉体的にも精神的にも親の悪い部分は受け継がずに
はやく一人立ちして、身も心も自分のことは
自分で責任をもって管理してゆくようになってもらいた…と云っても
その難しさにぶつかってるのは俺も変わりないけどな。
肝臓の管轄下にある筋肉が硬めなことと 
時期、季節、時間帯、尿の出の状態などにより筋肉が冷えることも 
肺の呼吸と扁桃腺の関係も 
親の身体ではなく、本人の心が動かす肉体のコントロールの問題なので
たとえ子供であっても自分と他人の区別 を見失うと
ただの親バカ子バカ…コパカバーナの過保護な家庭になっちまう。
「家柄」なんて言葉も、人間が勝手に、あとでくっつけたような愚の骨頂だ。
自分の愚かさを親や先祖、自分以外の他人の所為にすりゃぁ、
そこでも人間としての成長は止まっちまう。
   
筋肉の冷えや痛みも単なる結果だ。
創られ方の構造的なことについては、あとで徐々に伝えてゆくので 
あとは自分でなんとかしろ。
自分で自分の身体の状態をよく理解して
何か損傷がある場所を他で補って生きて行ってくれ。
酒の力で回して、痛みを沈静させたり、
修復や改善を先延ばしにするようなことはよせ。
父ちゃんは馬鹿だ。真似すんな。自分の人生は自分でやれ。
肉体的に何か完全に手遅れになる以前に、毎日の管理と保管。
日々の肉体の手入れというモノは 
明日も明後日も未来を生きつづけるための精神の養い。
金縛りもREM状態に感じることも、
肝臓と腎臓の関係の不具合から生じる単なる結果でしかない。
生理がある女性であろうと、ない女性であろうと
排卵も一定の周期にあるので
たとえ子宮を採っちまったオバサンであっても
子宮壁に充血するはずの血液は肝臓に貯蔵された血液量に関わる。
そういうことも知らずに、たとえば生理前後の女性が年齢には関係なく
寝ていたときに「ワタシは幽体離脱した」などと言っている場合もある。
そのときに見えたり聴こえたり感じたりしたことを
自分の意識とは別な者と捉えてしまうと
人の世界の目に見えない問題は
様々な肉体の支障と相成る精神とのアンバランスで
宗教の教祖や霊媒師とか、過激なダイエットや瞑想を繰り返した者に
アホに付ける薬はないようなことを言わせてる。
なんで見えるのか? 
どうしてキコエルのか? 
何のために感じてしまうのか? 
ということには必ず、脳味噌の異常とは関係ない肉体に原因がある。
(何かの薬物常用者は論外。)
何もきっかけがないところからは
人間の過去も未来も現在もはじまってはいない。
それなりに何らかの役割や、使命と義務を課せられてる限りは 
人間だれもが自分だけを中心に何かを追及すると
やがて混沌とした場所から出るのに時間がかかっちまうよ。
俺にしてもそうだろ。今もまだな。
http://ameblo.jp/badlife/entry-10017216084.html  September 19, 2006
「追うな!」と言っても、たとえ納得が行く結果に至らなくても
俺は追う。ある程度まで突き詰める。
因果関係なんていうアホくさい問題ではない。
自分がどうして、この時代のこの時間のここに存在するのか? 
自分とは何者なのか? 
いいじゃん。今後これから大勢の者がぶつかる時代の問題だ。
俺ばかりの謎も、
人間の創られ方の基本を踏まえた上でなら
無駄な遠回りも短縮されるかも知れない。
なんせ、今日は11月15日だからな。 ??? 
だから 
…ああ、また変な話になってきたな。
今日は『犯罪心理学の盲点 』のコーナーではない
。)

肉体的に何か完全に手遅れになる以前に、毎日の管理と保管。
日々の全身の筋肉の手入れというモノは 
明日も明後日も未来を生きつづけるための精神の養い。
心と身体ってのは寝ている時であっても別々じゃないので
そうやって自分の健康管理に務めてくれ。自分次第だよ。
と、そういう気持ちでいる馬鹿な親の俺は
親としては世間並みではない…な。
「みんなと同じに生きたってつまんねぇじゃん」という考えが強すぎる。
何も自慢できるようなこともない。
自分がこの世に生きる自由を追究することで精一杯だ。
   
それでも、足の筋肉が痛くなってしまったときは 
しばらく泣いているので、そこに手をあてる親が
「なんとかこの痛みがひいてくれないか、取れてくれないか。
治ってくれ。治れ!」という気持ちだけで、さすってみたり 
そういう血液循環の鈍くなってる冷えた筋肉を
手の平で温めてやると、翌日には
「治ったよ。もう痛くない。」
ということで、
治ってはいないのだろうけど平気な顔をしている本人は 
「何か美味しい物を食べたい」とか 
独りだけで遊ぶ時間に
「次は何で遊ぼうか?」
などを真剣に考えて、その日一日の記録 を過ごす。
他に何ができる? 何もしてやれやしない。
食べさせる、一緒に遊ぶ、風呂へ入る。
当たり前のことも、ひと苦労な人たちの気持ちも判らないでもない。
でも殺害することはないだろう? 
ああゆうニュースを聞いて見たりすると、常々に思う。
どうしてそんなことをやっちまったのか? 
自分の子供の親である自分の肉体の状態も含め 
心の何が満たされないために、なんのために
そういう残忍なことをしでかしちまうのか? 
どこから何に植えつけられた不平不満があったのか? 
鬼畜のような若い世代の親が、どうしてこの時代に増えてきたのか? 
   
「人間が人間を教育することができない」という理由の根本に
一人一人が産まれ持った能力がちがうという道理がある。
人間は本来、誰もが、男は男。女は女として産まれる以前から決まってもいる。
途中から変えてみても、「その方が楽」という人も幾人かいるかは知れないけど
それはそれでまた、そういう定め、宿命 にあったのかも知れない。
でもね、人の世の運命と自然界の掟は別なもんだよ。
どこかしらの肉体の異常が精神の異常に反映している。見た目ばかりではなく。
今の常識社会に生きる人々の一人一人が、
そういうことに気がつくのも、まだ少し時間がかかることかも知れないけど
俺が何か云うまでもない。大きなお世話だよな。勝手にやってくれ。自分は自分だ。
教育って何なのか? 人間は本当に男女が平等なのか? 
躾けは将来の親孝行のためにあるものなのか?  
受験勉強とは本当に、この時代に生き残るための第一関門の試練なのか? 
俺には疑わしいし、信用はならない。
自分の力、自分の意志で生きる。自分の言葉を持つということは
誰かが誰かに教え込まれたことで育めるものなのか? 
世界中の動きからすると実に微力で小さな個人が 
どこで何による何者が敷いたレールの上を
どこを目指して走り続けているのか? 
十代後半から、ずっと疑問だったよ。俺はな。
もう今は、その疑問は解けた。(完全ではないけどな)
   
都内に住んでいた頃、
妻の友人から中古で譲り受けたベビーカーに子供を乗せ 
よく有栖川公園へ散歩へ出かけた。
住んでいた三田3丁目 の付近にも国際スクールが幾つかあった。
あの界隈は、いろんな国の大使館とかが多いので
外国の子供もいっぱい。
どこを飛び回って歩くにも、躊躇や恐れも、疲れもない。
服や手や顔が汚れても、本人も親も構うこたぁない。
2歳児も3歳児も同じ位の年齢なのに 
なぜか、日本人の子供よりは活発で、体格もちがって見えた。
肌や目の色、髪の色の色素も異なるように 
日本人と外国人では若干、腸の長さも違うし
比べてみても同じであるわけはないんだけど 
たぶん、親の代から喰ってるもんが違う んだろうな。
人間の驚胸(度胸)というものは 
心臓へ血液を送る肝臓機能を補佐するための
血液を濾過する腎臓機能によって決まる。
「驚く」「ビクつく」「ビビル」「臆病」「勇気がない」ってことは、
腎臓がやってることなんだよな。
「この子の性格…」ウンヌン以前に、
五志五臓。その人が今、生きているときの臓器の状態を表わしてる
これを、臓表【ぞうひょう】あるいは臓象【ぞうしょう】という。) 
   
その腎臓ってのは、背骨のうち腰椎の4番目と5番目の両脇にある。
その腎臓と親子の関係にあるのが膀胱。オシッコが溜まるところ。
腎臓はそこへ、血液中の要らない物を送る仕事もしてる。
その膀胱の延長線上に尿道があり、男女両性の性器、生殖器がある。
んで、お母さんの胎内(子宮の中)で
十月十日【とつきとおか】の歳月を経て育つ過程において
いちばん最初に形づくられるのは、脊椎の部分。
だから、骨は腎臓の管轄で、腎臓は男女共に子供をつくる臓器なわけ。
いま俺は、自然界の産物である人間の話をしている。) 
   
品種改良を重ねた結果、元の種類…原型種とは違ってきても
春に苗を植え、秋に収穫される稲穂は
それそのものが育つ過程において
化学肥料や堆肥をやり過ぎると、必要以上に茎が伸びてしまう。
栄養つけすぎで成長しすぎるわけだな。
丈が長くなりすぎた者は稲刈りをするまでに
田んぼの泥の上へ倒れて寝てしまう。
実りすぎにも問題があるってこった。
それ以外にも、田植え以前の春先から田んぼの手入れが悪かったり 
おひさまによる日照時間が稲の交配時期に合わなかったりすると
植物ってのは光合成で生きてるので
結果的に不出来な品質の稲穂、種もみ、玄米になってしまう。
そういうことを分別する機械や組合員の人間の目(経験による)もあるけど 
特等、一等米、2等米、3等米のほかに、
カメムシにやられた奴(これも人間の手入れの問題)とか 
不出来な状態でモミガラもペタンコでクズ米と同じ扱いにされちまう場合もある。
そういうことには関係なく、単に 
コシヒカリブランド米)をスーパーで買って、炊いて喰って
「美味い」だの「去年はもっと…」どうだのと言ってる人も世の中にはいる。
「出来がいい」「不出来」「成長不足」「実り過ぎ」…ということは
結果的なもんでしかない。
同様に、自然界の産物である人間の場合も
学校給食や最近の食生活で栄養をつけすぎた筋肉、全身、人間の身体は
成長も発達も早いけど
決められた時期の決められた条件から外れてしまうと
結果的にいろいろな問題につながってる。
とくに、日本人女性の場合は、ここ何十年もの間、初潮が早まっている。
http://ameblo.jp/badlife/entry-10022541083.html
http://ameblo.jp/badlife/entry-10003312895.html

それによる生理不順、内臓下垂、悪阻【つわり】、不正出血…その他もろもろ。
ツワリなんてのはテレビドラマが流行らせた常識のようなもんで
本来の正常な妊娠には、ありえない。
普段の日常の食生活で食べる物が、どんなに粗末…質素であっても  
男が男らしく、女が女らしく在った時代は 
人の呼吸も、それに伴う内臓の位置も
今の時代の人間よりは遙かに
基本的な人間の創られ方、体型からは外れていなかったし 
たとえ平均寿命が短かった時期であっても 
ある程度は心と身体のバランスが保たれ、整っていた。
着物の帯で腹筋を囲み、
そこに自分の内臓の位置が定位置にあった時代はな…。
   
時代劇でも女の人が
「オェッ」
「だいじょうぶかい?」
「…はい、ちょっと…」
「おまえさん、もしや、みおもで…」

なんて肛門様がやってるのは嘘だ。
そういう意味でも捏造の常識だな。
   
生理になって子宮壁が充血して、普段より比重が重くなると
子宮の位置は当然、下へ下がる。
そこへ、過激な運動、男女平等思想、男女混合教育…
男も女も関係なく、無理やりに飛んだり跳ねたりさせる部活動の指導。
受験勉強も「やればお前にもできる」、
画一化の競り合い、小競り合いの末に社会へ出ても
女が男に勝る仕事ぶり 
男は女に負けたくないだらしのなさ。
健康も心の安住もあったもんじゃない。
呼吸も浅く、腹の底(腹筋)に力が入るほどの深い呼吸もできないから
肩で浅く、虫の息に近い。
内臓を支えられない腹筋どころか 
   
   naizoukasui&yohoro
   
体形を崩したまま…Beat(en) Generation
大変だよね。現代人てのは。
   
骨盤の中まで下垂した子宮の中で育つ子供は
産まれてからの頭の形が決して、後頭部が出たお利口そうに見える形でなく
お母さんのお腹の中にいたままの格好になってる。
自然界に姿かたちを現して、この世に生きる以前も
母親の胎内から出てきたあとも
以前の世の中とはまるっきり、育つ場所がちがう。
いままで在ったものがない。
なかったものが在る。
それも現実。もう要らない? 
   
人が人に何かを教えるなんてことは本当に難しいよ。
教職免許を持っているというすべての人に可能なことでもない。
ただ、“伝える”ということはできるし、
お互いの心の中の何かを確認するには可能な手段だ…よな。
「わたしはこういうふうに経験したけど、あなたなら、どうする?」
それだけで、そこまででいいじゃないか? 
「お前にも、やればできる」なんて無理だよ。
今のように産まれる以前から筋肉発育不全の大勢の子供たちや 
育つ場所が今まで通りと違う ”という、
産まれる前の母体に共通するほどの肉体の破壊も、
そういう原因 があって、3000グラム以下で産まれてしまった子供を
「発達障害」だとか「学習障害」「LD」とか、結果的に騒ぐだけの大人社会の常識。
あの類いの関係者には一人として、子供の心を理解してる人なんていねぇーよ。
自分のすべてを犠牲にしてまで闘えるというならまだしもな。
それにも限界はある。
なにせ、自分が産んで育てている初歩の段階で
自分の子供を殺害する母親を存在させてしまう原因を
社会の誰もが判らないんだからな。
意気地なしの育児。
他人のモノと自分のモノの区別つかぬ人の他人事。
それとこれとは話が別? 
ああ? どう別なんだよ? 言ってみな。
いま現在、21世紀初頭の人類のうち、日本人で
「先生!」と呼ばれる学者やカウンセラーは、道楽でやってるようなもんだ。
ネボケ過ぎ。
今まで通りに頑張れば頑張るほど人生は行き詰まる。
開き直って、「明るく楽しくやって生きましょう!」…。
笑わせるな。そんなことが誰にできるもんか。北斗の拳のラオウにひっぱたかれるぞ! 
今一度、俺よりも冷静になって、 (なってるよ!
自分という人間そのものを見つめ直すべきだな。
果たして、その心は完全に、その肉体をコントロールできているのか? 
あるいは、手頃に見つけた太い樹の枝で首を括る以前に 
果たして、その魂は完全に、与えられ備えられた肉体を支配できていたのか? 
今さら遅くはない。リセットもやり直しも肉体次第だよ。
疲れてるんなら休め。一日でも一時間でも多く、他人より休め。
頑張り過ぎは命取り。やればできない。
もうこれ以上、誰の何と張り合う必要もねぇじゃん。
それが、その方法や策が生きるためには邪魔だったんだしさ。
現代教育。社会の一般常識。それで明日を生き残れるのか? 誰かが。
   
「わたしはこういうふうに経験したけど、あなたなら、どうする?」
他の国の学校の教師やってる人とかには多いみたいだよ。
参考にしてみる? 
たとえば、『いつも心に太陽を 』という映画がある。
シドニー・ポワチエ という黒人が主演。
 
   Sidney Poitier     Sidney Poitier     To Sir With Love  
 
あの時代(1967年)によくもまぁ、あんな映画がアメリカ社会で公開されたもんだ。
黒人が白人の思春期の青少年に物を教える。
公民権運動も差別撤廃運動も今まだ続いてる中
人類とは何か? 
映画の内容はそこまでは突き詰めてはいないと思うけど
今の日本のどんな学校の校長先生も
「子供たちに命の大切さを教えることを第一に…」とか言ってるだけの暇あるなら 
全員が観ても損はない。
「命の大切さ」を教えるなんて、できやしない。
現に教えてきても判らなくさせたじゃない。
そんなことを理解できる子供がどこにいる? 
一緒に虫籠と竹の棒に付けた網を持ってトンボを捕まえることも辞めたじゃん。
受験勉強をさせることに忙しくって。
だから無理。
だから自分から「命の大切さ」を勉強し直して。
得意でしょ、勉強は。
校長先生とか教頭先生という立派な肩書きの指導者になったんだから。
期待してるよ。
「それを真似ろ」といわんばかりに、首くくるなんて、すんじゃねぇぞ。
まだ何も始まっても終わってもいねぇぞ。
これからだ。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
いじめによる自殺撲滅キャンペーン ~物書きに出来る事~
http://scrapbook.ameba.jp/anti-ijime_book/entry-10019953427.html
投稿済み