バンソウコウ男の、伊丹哲也 最新情報。 | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥
   
   
2006年6月11日、ライヴハウス江古田マーキーでのLIVE をあとに
今のところは次回のLIVE! の予定が未定になったまま 2006年12月10日 マーキーLIVE! 決定
放電期間中のシンガー、伊丹哲也さんですが 
http://ameblo.jp/badlife/entry-10014719117.html  July 15, 2006
  このあたりで、このウェブログの伊丹哲也・情報も更新を控えておりました。
その間、世間の音楽業界の動きとしては、The Rolling Stones の復活劇 くらいなもんで、
http://ameblo.jp/badlife/entry-10016069629.html
さほど主だった様子もないまま2ヶ月の時が過ぎてまいりましたが あくまで、俺のページ上でな
新生assimilate ”の魂のパワーアップと時期を同じくして
48年目の新たなる第一歩を
座敷わらし”と共に再び踏みはじめた伊丹哲也さんは 
なんと、CDをつくる決意に至った模様です! 
   
9月8日のお休み明けの挨拶につづき、
9月10日付け更新のご自身のオフィシャル・サイト http://home.p02.itscom.net/fighting/T.ITAMI%20OFFICIAL.html  
にある、“おれのたわ言 ”コーナーで表明されております! 
   
   
やったぜ、みんな今から、毎日100円ずつ貯金しておいてくれ。
そしてCD発売日当日をここでまた告知できることになると思うので
そのとき、ファンの人は必ず買うこと。
マニアの方は2枚買うこと。 (…もしも、2枚組みだったなら4枚だな
俺は明日にも佐渡のTATSUYA に予約注文しておこうと思うんだけど
それはまだちょっと気が早すぎるな。
とにかく、“「やつてみたい」の伊丹哲也”は嘘は云わない。
出すと云ったら出す。
そして、再びLIVE!も復活させ、いつの日か必ず、でかいステージを踏む。
俺の情報が疑わしくても、伊丹哲也の音楽活動は変わることなく本物だ。
   
   
今朝、蔵元の仕事へ行き、
そこでは毎朝欠かさず7:50から朝礼があるんだけど、今日もあった。
その朝礼には蔵元の社長自らが従業員を激励し 
そして一人一人に、いま最も大切なことを伝える。
昭和58年の4月、社長は、
島国根性の地元周辺の反対を押し切り
『無料蔵見学、年中無休!』の看板を掲げたという。
そのとき、現・副社長の奥さんだけはやってみたいならどうぞ」ということで
たった一人だけの賛同者、協力者だった。
まもなく、日に40~50台。夏場は多いときで60台の観光バスが訪れるようになり
佐渡で一番の観光名所、
誰もが本物の地酒をタダで試飲して楽しめる立ち寄り所となった。24年前。
そういう24年前には、社長自身が、
「佐渡は一島一市宣言をすべきだ」ということで
当時は佐渡島内に14件あった蔵元のうち
真野町という場所に現存していた4件が協力して
アルコール共和国というものをつくり、
そういう動きは日本全国で流行り始めてきた。
観光開発、地元商業発展のために一種の独立共和国と称して
様々な企業主や商工会が協力し合い 
そういう集まりの会合も繰り広げられる中、 
蔵元の社長は、各地の共和国の親善大使と共に
ローマ法王に逢いに行って今日に至る。
一昨年、ようやく佐渡は、新潟県佐渡郡から佐渡市になった。
社長が思い描いた24年前の佐渡の姿が、ようやく現実となった今日、
蔵元は今年、全国新酒鑑評会で6年連続の金賞受賞。
これはいま現在、新潟県内では連続最多記録。
どんな大手メーカーの酒造蔵も、これを超えるには今から6年かかる。
来年また、7年連続になると、そこからまた7年。
“酒づくり”というものは、単に技術や努力だけでは世界に認められない。
そして、この蔵元の酒は、世界唯一、
エールフランス航空国際線のファーストクラスに乗っている日本酒になってる。
今も、地球の上空を飛び回って、ドイツ、フランス、イタリア、ロス、北京、台湾…と
世界中の国々にも出荷されるようになった。
成田空港の国際免税店には限定の吟醸酒が
ほかの一流ブランド品と一緒に並んでいる。
国内でも、都心であれば有名デパートで売ってる。
「明日こそは店を閉めよう」などと考えてるような、
安いワインと発泡酒を売って食いつなぐローカルな酒屋には置いてないかも知れない。
本物は置いてある場所がちがう。 (佐渡島内はどこにでもある
別に自慢してるわけじゃない。
一人の人間の夢が、果たしてどこまで現実の形として
自分が思い描いた最初の理想に近づくかどうかの話だ。
そんじょそこいらにある成功哲学の“騙り言い伝え”ともちがう。
蔵元の社長は「やればお前にもできる 」とは決して云わない。
出来ない者に無理はさせないし、日教組も大嫌いらしい。
ただ、「私がやらねば誰がやる」という一心で
その生涯を力強く生きている。
朝晩のメシのオカズにする魚は買わない。
朝はやくに自分の船で沖へ向かい、釣ってくる。
大漁の日は、40人の従業員に配る。
他人には決して貸しはつくらない。
恩は即日のうち相手に返す。
そういうことも誰が教え、教わったわけでもなく 
すべて自分で決めてやってきたという。
もっとスゲェのは、営業部長だ。
たった一人で全国の観光会社、代理店を歩きまわり、
月に数千人もの観光客を佐渡へ集客させる。
そしてそれ以上にスゲェのは、今の杜氏さんと蔵頭の二人だ。
「この蔵で、自分の思うように、いい酒を造りたい」
その気持ち一心でしかない。
しかも20代~30代。ほかの職人もみんな、俺より若い。
5年前、はじめてこの蔵元へ訪れたとき
「こんな会社が世の中にあってもいいのか!」と思ったよ。
俺が世間を知らなかっただけかも知れないけど
まずないな。
たった一つの会社なのに行政の役人さえも頭があがらない。
従兄弟にあたる今の佐渡市長 も、何事も隠せないほどの関係で
おそらく、蔵元の社長ほど佐渡に詳しい人物はいないし 
佐渡へ訪れて この蔵元へ立ち寄らない人は
佐渡へ来たことにはならない。

   
   
東京のど真ん中にいた頃、俺は人間性を失い、人類を呪って生きていた。
あの頃の俺は、哲也さんの存在も知らず、日本酒と稲作の関係も知らず、
ただ、日一日を絶対に死なずに生き凌ぐだけの毎日だった。
そして自ら、島なだ。 http://ameblo.jp/badlife/entry-10003723430.html
絶望も悔い改めも何もない。
ほかに生きるべき場所もないから 
大都会東京という場所から何をするにも不便な場所へ移り住んだだけだった。
見渡す限り、田んぼと山と海と空しかない。
本土の発展に10年は乗り遅れたかのような島の生活。
   http://ameblo.jp/badlife/theme-10001938440.html
でも面白いぜ。
ここにいて、世界中の動きを肌で感じられるようになった。
いつ崩れても おかしくはなさそうな都会のビルの谷間にいた時とはちがう。
今も新聞は読まない。
テレビのニュースは仕事へ出かける前に
ちょっとだけ聞いてる。でも、かろうじての真実は、画面左上の時報だけだ。
あとは5年前の今日のニューヨークの話題も
あそこへ置き去りにされた魂 以外は、ほとんどが捏造だと思ってる。
   http://ameblo.jp/badlife/entry-10016930201.html
…いや、
今日は、どこを覗いて訊いてみても、その話ばっかりだろうから
それには触れないつもりだったんだよな。
「苦しみを与えなければ生きたここちがしないのか」
哲也さんは6月11日に歌ってた 。 http://ameblo.jp/badlife/entry-10013588835.html
あれから3ヶ月。
何も変わってない。
ただ、何かがはじまろうとしている。
未だかつて、誰も経験したことのない何かがな。
   
都会の中古CDショップには
『ヤマダかつてない~』というタイトルの豪華ケース入りのCDが
迷惑なほど山積みにされてたことがある。 今もあるのか?
その後、スキャットマン・ジョーンズとシャンプーとか言う連中のCDも
ゴミのように手放され、
“歌は世に連れ、人を釣る”という時代も変わってしまった
そういう、
「何でも揃っているが、何の役にも立ちゃしない」   (『晴天と武器 』より引用)
という状態で、今の日本は、何を追いかけ、何に追われているのか? 
そんなことは誰の生活においても重要なことでもなくなってきている。
「当たり前に生きたらいい」「当たり前に死ねたらいい」  (『時代爺 』より引用)
ということも忘れ去られてしまうほど
人はみな、“今さえよけりゃいい”というような格好で
今日一日を平穏無事に生きていられる…自分だけは安全・安泰に生きていたい…と、
それで精一杯なのかも知れない。
すべてではないけど、ほとんどが今日を生き凌ぐだけでやっとだ。
もういらない今日を乗り越えて 』 
哲也さんが現代人に向けた“果たし状”にある通りだな。
あの歌で今の自分の足元を確認できる人も大勢いると思う。
   
   
ああ、なんか重くなってきた。
伊丹哲也というアーティストは、ほんとうは、そういうへヴィ級な人ではないですよ。
もっと軽やかで、雄大な。それでいてエキセントリックな面もありながら 
歌を愛し、聴く者の心に音楽を楽しむことを共有させ、それがもしも
どこへも届くことがないように思えても、怯まない。
怯まず歌いつづけ、その歌に磨きをかける。
でもって、なぜか日本人の顔をしていて
日本人の言葉で人の心を歌う。
いやぁ、考えてみると不思議な人だ。
あの、闘いつづける生命力の源は、どこからやってくるか? 
いつかまたお会いしたときに、ちょっと尋ねてみたい気もする。
   
  
「やってくるか」 …やつてくるか。 
「…軽く哲也」ではないよな。
「やつてみたい」の、いたみてつや だ。

   
CD、出たら買ってね。
マニアは二枚ね。
間にアわない人は一枚でいいよ。  それじゃぁ、新橋のガード下のカラオケオヤジ じゃん 
   
   
   
   
   
   
          伊丹哲也 OFFICIAL WEB SITE
          http://home.p02.itscom.net/fighting/T.ITAMI%20OFFICIAL.html
   
   
   
   
   
   
   2006年9月12日、新たなる旅のはじまり…
   
       ☞ http://ameblo.jp/badlife/entry-10016975933.html