『源氏物語』第3帖【空蝉】~第2章~
【逃げる空蝉】
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碁打ち果てつるにやあらむ、うちそよめく心地して、人びとあかるるけはひなどすなり。
「若君はいづくにおはしますならむ。この御格子は鎖してむ」とて、鳴らすなり。
「静まりぬなり。入りて、さらば、たばかれ」とのたまふ。
この子も、いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば、言ひあはせむ方なくて、人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり。
「紀伊守の妹もこなたにあるか。我にかいま見せさせよ」とのたまへど、
「いかでか、さははべらむ。格子には几帳添へてはべり」と聞こゆ。
さかし、されどもをかしく思せど、「見つとは知らせじ、いとほし」と思して、夜更くることの心もとなさをのたまふ。
こたみは妻戸を叩きて入る。皆人びと静まり寝にけり。
「この障子口に、まろは寝たらむ。風吹きとほせ」とて、畳広げて臥す。御達、東の廂にいとあまた寝たるべし。戸放ちつる童もそなたに入りて臥しぬれば、とばかり空寝して、灯明かき方に屏風を広げて、影ほのかなるに、やをら入れたてまつる。
「いかにぞ、をこがましきこともこそ」と思すに、いとつつましけれど、導くままに、母屋の几帳の帷子引き上げて、いとやをら入りたまふとすれど、皆静まれる夜の、御衣のけはひやはらかなるしも、いとしるかりけり。
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【空蝉43-1 】碁打ち果てつる
【空蝉43-2 】
【空蝉43-3 】
【空蝉44-1 】若君はいづくに
【空蝉44-2 】
【空蝉44-3 】
【空蝉45-1 】この子も
【空蝉45-2 】
【空蝉45-3 】
【空蝉46-1】紀伊守の妹も
【空蝉46-2】
【空蝉46-3】
【空蝉47-1】さかし、されども
【空蝉47-2】
【空蝉47-3】
【空蝉48-1】こたみは
【空蝉48-2】
【空蝉48-3】
【空蝉49-1】御達、東の廂に
【空蝉49-2】
【空蝉49-3】
【空蝉50-1】いかにぞ、
【空蝉50-2】
【空蝉50-3】
【空蝉51-1】母屋の几帳の
【空蝉51-2】
【空蝉51-3】
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女は、さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど、あやしく夢のやうなることを、心に離るる折なきころにて、心とけたる寝だに寝られずなむ、昼はながめ、夜は寝覚めがちなれば、春ならぬ木の芽も、いとなく嘆かしきに、碁打ちつる君、「今宵は、こなたに」と、今めかしくうち語らひて、寝にけり。
若き人は、何心なくいとようまどろみたるべし。かかるけはひの、いと香ばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、単衣うち掛けたる几帳の隙間に、暗けれど、うち身じろき寄るけはひ、いとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣を一つ着て、すべり出でにけり。
君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心やすく思す。床の下に二人ばかりぞ臥したる。衣を押しやりて寄りたまへるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、思ほしうも寄らずかし。いぎたなきさまなどぞ、あやしく変はりて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれど、「人違へとたどりて見えむも、をこがましく、あやしと思ふべし、本意の人を尋ね寄らむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ」と思す。かのをかしかりつる灯影ならば、いかがはせむに思しなるも、悪ろき御心浅さなめりかし。
やうやう目覚めて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、何の心深くいとほしき用意もなし。世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは、さればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず。我とも知らせじと思ほせど、いかにしてかかることぞと、後に思ひめぐらさむも、わがためには事にもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを、いとよう言ひなしたまふ。たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若き心地に、さこそさし過ぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。
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【空蝉52-1】女は、さこそ
【空蝉52-2】
【空蝉52-3】
【空蝉53-1】心とけたる寝だに
【空蝉53-2】
【空蝉53-3】
【空蝉54-1】春ならぬ木の芽も
【空蝉54-2】
【空蝉54-3】
【空蝉55-1】碁打ちつる君
【空蝉55-2】
【空蝉55-3】
【空蝉56-1】若き人は
【空蝉56-2】
【空蝉56-3】
【空蝉57-1】単衣うち掛けたる
【空蝉57-2】
【空蝉57-3】
【空蝉58-1】あさましくおぼえて
【空蝉58-2】
【空蝉58-3】
【空蝉59-1】君は入りたまひて
【空蝉59-2】
【空蝉59-3】
【空蝉60-1】衣を押しやりて
【空蝉60-2】
【空蝉60-3】
【空蝉61-1】いぎたなきさまなどぞ
【空蝉61-2】
【空蝉61-3】
【空蝉62-1】「人違へとたどりて
【空蝉62-2】
【空蝉62-3】
【空蝉63-1】かのをかしかりつる
【空蝉63-2】
【空蝉63-3】
【空蝉64-1】やうやう目覚めて
【空蝉64-2】
【空蝉64-3】
【空蝉65-1】世の中をまだ
【空蝉65-2】
【空蝉65-3】
【空蝉66-1】我とも知らせじと
【空蝉66-2】
【空蝉66-3】
【空蝉67-1】あのつらき人の
【空蝉67-2】
【空蝉67-3】
【空蝉68-1】たどらむ人は
【空蝉68-2】
【空蝉68-3】
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※原文は、渋谷栄一先生の「源氏物語の世界」 から引用させていただきました。