銀河漂流劇場ビリーとエド 第5話『続・超能力少女は静かに眠りたい』・① | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第5話 ②、  ③、  ④、  ⑤、  ⑥、  ⑦、  ⑧(終)  

 

 無限に広がる大宇宙。
 あてなく彷徨(さまよ)う宇宙船・シルバーアロー号…の仲間たち。

 基本的には平和で理知的な彼らも、たまにはなんだか色々とやらかしてみたくなるようで、
今回は、そんなお話。

第一部『チェンジ・ザ・ワールド』

 ここは、シルバーアロー号船員用食堂。目つきの悪い男が台所と食卓の間を往復しながら、
1人黙々と昼食の準備に勤(いそ)しんでいた。

 といっても1人だけの昼食に手間ひまをかけるつもりも無く、食卓に並ぶのは昨日の夕食の
残りだとか、冷凍にしておいた作り置きの最後にほんの少しだけ残ったものなんかをレンジで
チンするだけの、何ともわびしいおかずだらけなのだが、ありがちといえばありがちでもある。

 しかしそうなるとそれはそれで、せめて何か主食だけでもこだわりたいと考えるのが人情で、
おかずの「あたため」が終わるのを待つ間、冷蔵庫や常温の保管棚を物色しながら食指の動き
そうなものはないかと思案するビリーが冷蔵庫で見つけたのは、大きめのタッパーにギッシリ
詰め込まれた5センチ角の分厚い白い塊…小さいからと調子に乗ってバカスカ食べればあとで
色々大変なことになる、正月定番のアレだ。

「…磯辺巻きにするか」

 表面をこんがり焼いてぷっくらと膨らんだアツアツのお餅に醤油を垂らし、パリッと海苔を
巻いてかぶりつく…これならおかずとの相性を考えなくとも、最悪これだけで食事として成立
する。今の状況にうってつけの妙案だなと自画自賛もそこそこに、とりあえず3個、オーブン
トースターに整列させたらフタをして、タイマーをセットしたところでビリーは大事なものを
忘れていたことに気が付いた。…海苔を切り忘れていたのだ。

 肝心の海苔が無ければ磯辺巻きは作れない。確か大判海苔のストック自体はあったはずだと
保管棚を探してみれば、それはすぐに見つかった。普段使いの調味料なら、いつでも目に付く
場所に置いてある。これで準備万端、あとは出来上がりを待つ間に海苔を切り分けてしまえば
いいだけだ。台所からキッチンバサミを持ち出し、食卓の方に戻ったビリーはオーブントース
ターの動作音に耳をそばだてながら、大判海苔をジョキジョキと切り進めていった。

 このとき、ビリーの意識は海苔ではなく、トースターの方を向いていた。

 焼き上がりがどうなるか?そのことに気を取られて、海苔を切り進めていく手元を見ていな
がら、それを“見ていなかった”。割れない程度に折り曲げ、折り目に沿って切り進めていく
…あとはハサミを自分の方に向けさえしなければ、それ自体はきわめて単純な作業の繰り返し
であり、さほど注意を向けてはいなかった。5,6回ほど繰り返したところでそろそろかなと
改めて手元を見てみれば、海苔は1枚も切れていなかった。

「………?」

 餅の方を気を取られてハサミを当て損ねたのかと思った。だがメインの餅が焼き上がるには
まだ余裕がある。今度こそはと海苔にしっかりハサミを当て、手元を注視しながら手応えを確
かめるように慎重に切り進めていった。そして…。

「どじゃアァァ~~~ん…って切れてねぇ!!」

 ハサミの刃が通らないわけではない。切り進めていく手応えも確かにあった。手元から一瞬
たりとも目を離したりはしなかった…なのに端から端まで切り終わってみれば、海苔は何事も
無かったように1枚につながったまま、切れていなかった。

 

 

「!?」

 戸惑う暇も無く今度は突然、冷蔵庫の中から弾けるような音が響いた。それは次から次へと、
中で“何か”が飛び跳ね、暴れ回っているかのようだった。ビリーが冷蔵庫のドアを開けると、
中からはすさまじい熱気が吹き出し、熱膨張を起こした卵が収納ケースの中で勢いよく中身を
ぶちまけながら沸騰している…音のヌシは、間違いなくそれだ。

 

 

 追い打ちをかけるように、オーブントースターが容赦無く焼き上がりを告げる。セットして
あったのだからただ正常に動いているだけなのだが、このときばかりは機械の機械的な融通の
利かなさが恨めしかった。とはいえこのまま放置するわけにもいかないかと、覗き窓から焼き
上がりを見てみれば、こんがりどころかぷっくらともしていない、5センチ角の分厚い白い塊
が3個…オーブントースターに放り込まれる前と、全く同じ状態で並んでいた。

「焼けてないのか…?」

 無造作に餅を掴んだ瞬間、掌から伝わる強い刺激にビリーはたじろぎ、反射的に放り投げて
しまった餅は音を立てながら、リノリウム貼りの硬い床を滑るように転がっていった。

「………………………」

 音を立てながら?

 滑るように?

 …焼いた餅が?

「そんなバカな!!」

 焼いた餅にそんな動き出来るはずが無い!食卓椅子を乱暴に引きずり出し、テーブルの下に
隠れていた餅を見つけたビリーは、ついさっき餅を掴んだときの“違和感”を思い出していた。
そして改めて餅を拾い上げた瞬間、ビリーの中のそれは確信に変わった。

「…凍ってやがる…」

 切れないハサミに、卵を沸騰させる冷蔵庫、そして餅をカチカチに凍らせるオーブントース
ター…立て続けに見舞われる怪奇現象のせいで、昼食の準備がサッパリ進まない。いい加減、
ビリーにとってこの状況は看過出来ないものとなっていた。

「…あの万年寝太郎め」

 素数を数えてみたり、ミッキーマウスやバックスバニーの誕生日を思い出して自分の正気を
確かめるまでも無く、誰の仕業なのか?それは既にハッキリしていた。

 超能力と、超能力者が日常に存在する世界で、自分の身に降りかかる理不尽と不可解に対し
何らかの能力の介在を、疑わない方がおかしいのだ。

 

 

〈続く〉

 

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