およそあらゆる天体運動は秒速何十、何百、何千キロの世界であり、宇宙の旅もその範疇の
話である。広大な宇宙を渡り歩くには遅過ぎるくらいだが、それでも急な加減速や方向転換に
よる加速Gで人間をたこせんべいにするには十分なので、その影響を防ぐための重力制御は、
惑星間移動のための宇宙船には欠かせない機構のひとつと言えるだろう。
「とはいえですよ?1%ぐらいまで抑えてたのをいきなり全速に振り切ったら、多少の影響が
出るのは仕方ないじゃないですか。そりゃ船も揺れますよ」
「むしろ車の運転ぐらいの操作感が残ってなけりゃあヒューマンエラーにつながって逆に危険
だわな。それでこの万年寝太郎はベッドから床に顔面ダイブしたってわけか」
ブラックホール爆弾の衝突を回避してすぐ引き返してきた超能力少女の自室では、地べたに
女の子座りで寝ぼけ眼のアルルが、まさに「ついさっきまで床で寝てました」といった風情で、
ビリーたちを見上げながら鼻血をダラダラ流していた。鼻を真っ赤に腫らしておいてまったく
痛がる素振りも無く、自分の置かれた状況をいまいち呑み込めていないようだった。
「…~なんか……あったの?」
「おかげさまで色々とな」
「行動と結果が逆になっていたんですよ」
「…なんで?」
「お前が元凶だろーが。半年ぶりで忘れちまったのか?」
半年ぶりに目を覚まし、なにやら都合の悪いことを色々と忘れてしまっているらしい超能力
少女のために、ビリーたちはこれまでの経緯を語って聞かせた。
「で、ようやく“充電”が終わったか知らねーがこうして半年ぶりに目ェ覚ましたってわけだ」
「暴走の可能性を危惧して今まで静観していましたが、平気な顔で鼻血をダラダラ流している
のを見る限りでは、睡眠中に多少ちょっかい出しても危険は無さそうですね」
「次に何かあったら試してみる価値はありそうだな」
「…鼻血って何の話?」
「お前、鼻血が出てるのに自分で気付いてねーのか?」
「…マジ?」
ビリーの指摘を受けたアルルは慌てて鼻と口を手で覆い、鼻をすすりながら天を仰ぎ、目を
つぶった。喉が動いているのを見るに、おそらく鼻から口にかけて血の味がしているのだろう。
痛みも戻ってきたようで呼吸は次第に荒くなり、鼻を覆った手をさするように動かしていた。
「顔面から落ちてりゃ鼻血くらい出るわな。…『俺が治してやろう』か?」
「…………え……?」
医者でもなければ、エドワード船長のような不死身究極生物でもない。目つきが悪いだけの
ごく普通の人間が自信満々に、しかも照明の逆光を背に受けた薄暗い顔に不敵な笑みを浮かべ
ながらにじり寄ってくるのは、控え目に言ってもホラーである。
「これからどこ行くのかしらねーけどよォ~…鼻血を止める方が先なんじゃあねえのか?お前
このままだと!…船じゅう血まみれになっちまうじゃあねえかよォ~~…」
「…………!……!」
思わずアルルは後ずさり、そして恐怖と共に思い出していた。
今のビリーは、“行動”と“結果”が逆になっているということを。
右か? 左か? 心を読むまでもなく両方で、もしかしなくてもオラオラだろう。
「理論的には大丈夫でも、絵的に絶対マズいですよねぇ…まったくやれやれです」
〈第一部 完〉
『チェンジ・ザ・ワールド』
“行動”と“結果”が逆になる。それだけ。出来ないことは出来ない。
お金持ちにもなれない。あとたぶん遠隔操作型。
↓元ネタ
第二部『超能力少女はイカサマ勝負の夢を見るか』
宇宙船・シルバーアロー号の仲間たちには、月初めに行う恒例行事があった。
船の掃除当番を決めるババ抜き勝負…アルルはいつも不戦敗だった。
超能力を使ったイカサマで勝利を収めるも、すぐに寝てしまうからバレバレだった。
掃除の途中で眠り込んでしまい、餓死寸前で発見されたことも、一度や二度ではない。
ロボは言った。
「というわけでアルルさんのイカサマ勝負の手伝いをしましょう」
「何が『というわけで』なんだよ」
漢(おとこ)たちの、挑戦が始まった。
〈まだ続く〉
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