第2部 クイロンの虎(2)
翌朝定刻の11時の10分前にパナイク生物研究所の前で移動カプセルからおりたジュリアは、自走式カートに昨日の研究結果を載せ、研究室に向かった。リーダーのアキンはもう来ていた。研究の報告をすでに知っているようだ。案の定、アキンから呼び出された。
「ジュリア、報告をみたが、どうやら満足な実験ができなかったようだな」
「はい、アキン。昨日はミスをおかしてしまって・・・。しかし、液状イオン化レジデスを与えた紅色クリカエデは一度枯れた後に、再生しております」
「原因は?」
「まだ不明です」
「よし。ではその原因を突き止めるのを優先にしなさい。2日後にレポートにまとめるように」アキンは、それだけ言うと、大きなデスクの操作盤に注意を向けた。もう用はないといわんばかりだ。
自分の研究ブースに戻り、昨日再生した紅色クリカエデの苗木を専用容器から強化された透明スチールの小部屋に移し、椅子に座った(これが終わったら1年間の休暇をとろうか)。
まったく与えられた命題に対する答えのきっかけすらつかめないうちに15時の昼食時間がくると、隣の研究ブースのカウスがやってきた。
「ジュリア、液状イオン化レジデスは植物にどういう影響を与えるか実験したのか?」
「うん。こんなこと今まで誰もやったことないんだよね。当たり前なんだけれど、レポート提出が2日後なんてちょっと難しいわ、カウス」
「だろうな。植物はイオン系物質はそもそも自身に充分持っているから、過剰摂取でいわば窒息死にいたると理論上考えられるし、一度死んだものが生き返るなんてことは今まで例がないからな」
「そうね・・・」
「液状イオン化レジデスを与えた条件には問題がないのか?例えば君のルームの大気中に異物が混入していたとか」
「ライフソナーに故障はないし、生活維持ロボットも正常よ」
「そうか。まぁ、成果が出るように応援しているよ。手伝えることがあったら言ってくれ」
それだけ言うとカウスは、自分の研究ブースに戻った。彼は、ジュリアより2年早くこの研究所に勤めており、カトムス人とは思えない細かい気遣いができるとても「好感の持てる」存在だとジュリアは感じていた。
◇ ◇ ◇ ◇
(声を出さなくても、お前の言うことは伝わってくるんじゃよ。伝えようと思うだけでいいんじゃ)
「テレパシーってやつなの?」
(ま、そんなもんじゃな。チップが脳のお前が表現したいと思うことを振動に変えて相手に伝えとるんじゃ)
そういえば、目覚めたとき首のうしろに違和感があった。触ってみると、約1センチ四方の地肌が堅くなっている。触っても痛くはない。
(これでお前はカトムスで相手の発した信号の意味が理解できるようになったし、地球上の53言語をほぼ完全にマスターしたことになるんじゃ。この53言語を使う地球人か日本語が通じるカトムス人じゃと言葉を発しなくてもお互いに意思疎通ができるようになったんじゃ。けれどカトムス人に対しては意思を発信することはこれではできんぞ。もう一つは、他のエリアでも口から吸った大気中の成分をのどで地球の大気と同じ成分にすることもできるようになったぞ。この星ならどこのエリアでも生きていくことはできるぞ)
試しに、はっきりと頭の中で、聞いてみた。
(さて、じゃあ、今度はクイロンのベオハンさんから移動の許可を得る番だね)
(ふふふ。その調子じゃ。しかしなぁ、ベオハンから移動許可をもらうのは簡単にはいかんぞ。なんせベオハンは、損得勘定にまったくうといカトムス人の中では珍しく貪欲なやつじゃからな)
(っていうことは、交渉の余地ありってことだね)
(お前というやつは、何でもいい方にとるんじゃな。すぐ落ち込んじゃうのよりはいいんじゃろうが、思った通り行かないことが多いのは地球もこのカトムスでも同じじゃよ)
(わかったよ。それで、ベオハンへの賄賂ってどんなものがいいの?)
(はははっ。「貢ぎ物」じゃよ。そうさなぁ、ちまたの噂では全身を毛でおおわれたペットが好きらしいのお。地球でいえば、犬や猫みたいなものじゃが、この星にはあまりおらんからのう)
(じぁあ、一度地球に戻って野良ネコでも捕まえてこようか?)
(いや、その必要はあるまい。今朝ジャファナの長と話をしてとりあえず、特殊エリアのカルワールに行ってみることにしたんじゃ。カルワールは、地球と違ってタヌール星と少しばかり交流があるからな。タヌールから連れてこられた者を一人連れて行って交渉すればいいじゃろう)
(なんだ、いろいろ考えてくれているんだね。ありがとう)
(ふふふ。ただし、カルワールに行くにしても条件があるぞ)
(うん。どんな条件?)
(わしがずーっとついていくという条件じゃ)
◇ ◇ ◇ ◇
結局、成果を得られなかったジュリアは、昨日と同じように残業をした後ルームに戻ったのが28時に近かった。アキンから1日結果報告を延ばしてもらい、さらに明日カウスと2人でシャードル村へ紅色クリカエデの採取に行くことを承諾してもらった。採取の準備は研究所でやってきたので、今日は最新映画でも観て寝よう。
しかし、ジュリアが選んだのは昨日観たチキュウの映画だった。この映画は、生物研究者しか見られないもので、しかも50歳未満の視聴が禁止されている。生物研究者としてチキュウの植物に興味があったジュリアは以前から観たいと思っていたのだ。
「シーン16」とジュリアが小声で言うと、下級生物ニンゲンの生活ぶりが壁面の表示モジュールに映し出された。やがてニンゲンの女が子どもを出産するシーンになった。出産のときから子どもにはすでに頭髪が見られる。医師に取り上げられた子どもをその「母(?)」が見つめる表情がジュリアにとって重く心にのしかかるようだ。「夫婦」とともに同じ家に住む子ども。ニンゲンがしょっちゅう笑ったり泣いたりするのは「感情」のせいで、下級生物独自のものだと教わってきている。カトムスではありえない光景だったが、ジュリアはそれを見ているとなぜか涙が出てきた。
翌朝。11時にカウスが研究所から借り出した2人乗りの移動カプセルに乗って迎えにきた。壁面モジュールの右上にオレンジのライトがつき、ジュリアはケータイを出した。
「おはよう、ジュリア。準備ができていたら出かけようか?」
「準備はできているわ。今すぐ行く」
行先は事前にセットしてあるので、シャードル村に着くまでの約1時間はカウスと向かい合って何か話をしなければならないが、どうも今日のジュリアは話をしたい気分にならない。それを察したのかカウスも流れていく景色を見てあまり話しかけてこない。
パナイクの境界となっているナルマダ川を渡って少し行くとあたりの景色はだんだん植物が多くなる。この緑色の景色に包まれてやっとジュリアは落ち着きを見せ始めた。
「ねえ、カウス」
「なんだい?」
「昨日ね、チキュウの映画を観たんだけれど、ニンゲンって生まれたときから子どもがオヤと一緒にいるの知ってる?」
「あぁ、あの映画か。わたしも観たよ。動物の本能が強く残っているからオヤコの「感情」が抜けきれないんだろうな」
「わたし、なんか・・・あれを観て「感情」ってどんなものだかわかるような感じがしたのよ」
「君は確か4~5年前に一度感情過多の治療を受けていたね」
「そう。最初の子どもを産んだときにね」
「また再発したのかな?そういう映画を観るのはよくないんじゃないか?」
「そうね。仕事にも影響するから・・・うん、もう観ないわ」
シャードル村に近づくにつれて道はだんだん細くなり、居住ビルもまばらになってきた。シャードル村へのゲートをくぐったときは12時を少し回っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ボクとおばあちゃんは、ジャファナの長(おさ)コスギの家に着いた。そういえばカトムスに来て初めて外に出た。地球と同じように作ってあるとは聞いていたが、まったく地球の、しかも日本の農村そのものの景色だった。おばあちゃんの話だとコメもここで取れるということだ。コスギの家に着くまでの20分間は誰にも会わなかった。コスギの家は、昔の庄屋という感じで、門から玄関までは100メートルくらいあった。
「やぁ、マクシン。その子が例の子か?」と玄関を開けて出てきたもう100歳にはなろうかという老人がおばあちゃんに向かって言った。
「お邪魔するよ、コスギ。そう、この子が例の子じゃ」
(マクシン・・・?例の子・・・?それって何のこと?)
「ぬうむよ、わしにも名前くらいあるんじゃ。似合わんかもしれんが、わしゃマクシンっちゅうんじゃ。よく覚えときなさい。例の子っちゅうのは、あのことじゃよ」そうか、すっかり忘れていたが、ボクは選ばれた者だったんだ。
「コスギのことは安心していいぞ。いろいろと事情は知っておるし、できる範囲で協力してくれるからな」
「ここではなんだから、家に入りなさい」とコスギ。3人は家の奥のやけに広い畳の部屋に入った。
「早速だが、カルワールの長には話をしておいた。ま、お互いカトムスの下級階層同士ということだし、特殊エリア内の移動だからわりとすんなり話がついた」
「さすがコスギじゃのお。コメでもくれてやったか」
「はははっ。マクシンは相変わらず鋭いな。コメ10俵と交換だよ」
「ふうん。いつ行けるのじゃ?」
「いつでも行けるぞ。すぐ行くか?」
「ぬうむ、お前は大丈夫か?」
「あっ、ボクならいつでも大丈夫だよ」
「よし、決まりじゃ」とおばあちゃん、いやマクシンが膝をたたいて言った。
移動トンネルは、長の家の裏庭にあった。古びた小屋に案内されボクは少し不安だったが、中に入ると外とは全く雰囲気が違って、SF映画を観ているようだった。中央に明るく照らされた10メートル四方のステージのような台があって、コメが積まれている。壁にそって、いろいろなパネルがあり、白衣を着た4人の人間が静かにコンソールと思われるものを操作していた。
「よし、機械の準備も整っている」とコスギは言い、ポケットから10センチ×5センチくらいで厚さ5ミリくらいの表面がミドリ色の美しい金属板をボクに差し出した。
「これは、『ケータイ』と言われているものだ。いろいろな機能を持っていて、身分証明にもなる。カトムスでは必要になってくるものだ。お前にこれをあげるから大切に持っていなさい。使い方はマクシンに聞きなさい」
「ありがとう」ボクの知っている携帯とは違って、表面はつるつるで何もない。そういえばレイナがこんなのを持っていたっけ。
「では、出発だ。そこの台の中央に乗りなさい」ボクとマクシンは言われたとおりにした。
コスギが1人の白衣を着た技術者に合図をするとぼくたちはまばゆい光につつまれた。
◇ ◇ ◇ ◇
「15時の昼食までは別行動をとって、めぼしい物にチェッカーをつけよう」カウスは、シャードル村の紅色クリカエデの群生地に着くと、ブーツと探索スーツを上につけながら言った。
「そうしましょう。50本くらい苗木が必要になると思うわ。15センチくらいのものを1人25本ずつっていうところね」ジュリアも採集道具のセットをバッグに入れながら返す。
「よし、じぁあ、15時にここで会おう」と言うなり、カウスは向かって右の草地に入っていった。したがって、ジュリアは左に進むことになる。
土の柔らかい感触がジュリアにとっては心地よかったが、移動カプセルから出た瞬間は、暑さと高湿度にめまいすら感じた。あわてて、スーツの温度調整を18度にして少し待った。(外気温34度、湿度85パーセントか・・・。わたしには向いていない)
10分ほど草地を歩き、実験用にちょうどいい2本目の紅色クリカエデの苗木を見つけ、チェッカーをつけたときだった。しゃがんでいるジュリアのケータイが注意信号を発した。ジュリアはあわてずに、ポケットからケータイを出して、周囲の温度状況を見た。左手10メートルほどに先に体温36度の動物と見られる影を確認した。
上空からのスポット映像に切り替えた。何やら4足動物らしい。(この辺にこんな動物はいなかったはずだ)
詳細、さらに詳細画面に切り替えると黒と黄色の毛に体全体が覆われた動物が横たわっている。大きさは4足で立っていれば、高さ40センチ、頭からシッポの先まで1メートル20センチ。生体反応が強くないということは、ケガをしている可能性がある。
採集道具のセットの中には簡単な治療キットも入っている。躊躇せずにジュリアは治療キットを取り出してその動物のもとに向かった。ただし、驚かせてはいけないので、ゆっくり足をするように進んだ。もちろんいざというときのためにケータイのマヒ電磁波を照射できるように右手にしっかり持っている。
実物を見たとたんジュリアはそれが何なのかを思い出した。タヌール人だ。25光年離れた小さな星を支配しているタヌール人だ。野蛮であると聞いているが、ジュリアと目があっても首を上げただけで、起き上ろうともしない。(大きなケガをしている可能性があるわね)しばらく様子を見ているとタヌール人は力なく首を横たえ目を閉じた。治療キットを左手に、右手は相変わらずケータイを持って、1メートルの距離まで近づいたが、目をつぶっている。どこにケガをしているのか探したが、見つからない。よく見ると口の周りが草をかんだらしく緑色になっている。(そうか。空腹なんだ)
ジュリアはあわてずに採集道具のセットを置いた場所に戻り、中から水と皿状の容器、それにおやつ代わりのお菓子を持って戻ってきた。タヌール人は相変わらず静かに横たわっている。容器に水をいれ、おやつと一緒に恐るおそる横たわったその頭の間近に置いて、3メートルくらいゆっくり後ずさりをした。
タヌール人は目をあけ、再び頭をもたげ、水の入った容器に鼻を近づけ臭いをかぐとすかさず飲み始めた。ジュリアの記憶にあるタヌール人はもっと大きく、後肢が発達して2足歩行をする。水を飲んでいるのはたぶん子どもだろう。しかし、生れながら戦士として育っているものも多いタヌール人は、たとえ子どもであっても気は抜けない。容器いっぱいの水を飲み終えるとジュリアは再び水を持ってきた。タヌール人は、ジュリアに目もくれず水を飲み、お菓子もすべて平らげた。かなり元気を取り戻した様子だ。
やがて四足で立ち上がったタヌール人はふらつきながらも、ジュリアに近づいて行った。
第2部 クイロンの虎(1)
ジュリアのルームは生活維持ロボット、オクサン38によっていつも清潔に保たれている。しかし、ジュリアは、このルームだけでなくパナイクの街が好きではなかった。誰もがこの街に好きで住んでいるわけではないことも知っているから、文句を言ったことはない。ひとつの壁いっぱいに表示モジュールがあるのに立体ホログラムの性能があまりよくないので、せいぜい4分の1のサイズにしかできないのも不満のひとつだった。
このクイロンのエリア内であれば、パナイクを自由に出て行くこともできた。しかし、このエリアの中ではどこも湿度が高く、蒸し暑いのには変わりない。みんなと同じで生まれたときから家族とは離ればなれで、仕事以外にはしがらみがない。それに、もう居住エリアを変える条件の「ひとつのエリアに50年以上居住すること」はクリアしたのだから、クイロンの長(おさ)ベオハンの許可さえあれば、もっと涼しく乾いた居住エリア、たとえば第2種エリアのイコロドあたりに移ることもできる。
通常業務を終え、4時間も超過して働いた後にルームに戻ったのが28時。シャワーも終え、寝るまでの8時間を昔の映画と持ち帰った仕事で過ごそうと思っていた。壁面表示モジュールの右上に赤いランプが点滅し、ライポルからの連絡があることを告げた。右のポケットに入れたケータイを手にする必要はなかったが、表面の紫がかった光沢の美しい面に触れるのが好きだった。伸縮するひもがときに邪魔に感じることもあるが、なくすと面倒なので、いつもスーツの腰あたりにつないでいる。表面の右隅を軽く触れ、壁のモジュールではなく、ケータイの上にライポルの小さなホログラムを出した。
「ジュリア、夜の食事に行こうと思う。もうすぐ仕事が終わるから、30時に着く。それでいいかい?」
またか。ライポルはわたしの決められた相手として公認されているので文句は言えないが、1人目の子どもを産んだときになぜか胸のあたりが苦しくなってしまって、義務付けられている2人目の子どもを作ることに関しては気が乗らない。
「ライポル、食事に誘ってくれるのはうれしいけれど、あしたまでに無重力状態のドーム内植物の受粉に関する報告書を出さないといけないのよ」事実ジュリアが働いているパナイク生物研究所では最近になって、この星カトムスのヒト以外の生物の研究が急ピッチに進んでいる。ルームにも、紅色クリカエデの苗木を何本か専用容器に入れて持ち帰っている。
「上層部から急いでやれという命令が出てるらしいのよ。悪いけれど・・・」
「わかった。急ぐことじゃないしな。今度にしよう」と通信が切れた。他人が決めたペアなんてこんなものだ。
ケータイをポケットにしまうと、急におなかが空いてきた。職場で22時にとった夕食が軽いものだったから当たり前だろう。壁面モジュールに向かって「C定食」と小声で言うと、オクサン38が「それは本日すでに食べました。A定食をお勧めします」という。まあ、どっちでもかなわない。「じゃそれにして」小さなテーブルに座る前に、テーブルの向こうの壁に穴があき、A定食のトレイがテーブルの上に排出された。
(ふん、もうできてたんじゃないの)
◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと、ベッドで寝ていた。でも、ボクのベッドでもなければ、この部屋の中は今までに見たことがない。ここはどこだろう。バッグがあることを確認して、ぬうむは立ち上がり、とにかくこの部屋から出ようとした。ちょうどそのとき、ドアが開いた。もう80歳くらいになろうとする老婆があらわれ、ぬうむに穏やかに話しかけた。
「眼が覚めたかい、ぬうむ」
「えっ、はい。あなたはだれですか?ボクのことを知ってるの?」
「わしゃ、お前の担任だった真壁の母親じゃよ。お前のことは娘から連絡を受けたからよく知っておるよ」
「えっ。真壁先生のお母さんって昔亡くなったって聞いたけれど・・・」
「ふん。娘が管理役を引き継いだときにわしゃ、カトムスに来たんじゃよ。65年間も地球に住んでいたけど、娘に管理役の仕事をまかせて、引退したんじゃ。わしももうじき100歳じゃからのう」
カトムス・・・。そうだ。ボクは湖の穴に入ったことを思い出した。底についてから、歩き出したとたんにあのまばゆい光に包まれて意識を失ったんだ。ひょっとして、ここがカトムス星なのか。
「ここはカトムス星なの?」
「そうじゃよ。カトムスの特殊エリア、ジャファナというところじゃ」
「ジャファナ・・・。それは地名なの?」
「そうともいえるのう。ぬうむよ、わしがこの周りを案内してやるから明日帰るんじゃぞ」
「ええっ。タメ子、いや為我井さんはどこにいるの?とりあえず会って話したいんだけれど」
「彼女に会うことはないと真鍋からも聞いているはずじゃぞ。大体が、もうジャファナにはおらんから会おうと思っても無理じゃがな」
「せっかくここまで来たんだから、会うまでは帰らないですよ。道とか乗り物とかはあるんでしょ?」
「ふん。何にも知らんのに無謀じゃのう。お前さんの頭と体じゃ100年かかっても会えんぞ。エリアを移動するだけでも最低そのエリアに50年住まなくちゃならんし、ここからだと他のエリアに行くのはほとんど無理なんじゃよ。為我井、ここでは『レイナ』と呼ばれているんじゃが、彼女が向かったのは多分ベルガオンじゃから、まず不可能じゃな」
「レイナか・・・。移動するトンネルがここには50か所もあって移動先を選べるんだってそのレイナが言っていたんだ。そのトンネルに行けばいいんでしょう?」
「移動先を選べるのはそれぞれのエリアの長か、カトムスの根本的な機能を運営するナシク一族だけじゃよ」
「おばあちゃんならできるの?」
「ばかな。我々他の星の管理役っていうのは、カトムスではどっちかというと下級階層なんじゃよ。下級階層がベルガオンに行くのは一族から呼ばれたときか機械が壊れたときだけじゃよ」
「ふーん。難しいんだな。でもなんか方法はあるんでしょ?」
「ないのお、お若いの」
そのあとも真壁おばあちゃんからいろんなことが聞けた。カトムス人といっても1000年以上も地球環境にいたため、外見も考え方も変ってきているっていうことだけど、ボク自身が純粋なカトムス人と会っていないためか何だか違和感なく付き合えそうな感じだ。
2~3時間も面白く話を聞いているうちに夜の10時になってしまった。おばあちゃんも疲れたようなので、案内された先ほどの部屋で寝ることにした。寝る前にノートにおばあちゃんから聞いたカトムスに関することを思い出して書いておいた。
カトムスは、地球から173光年離れたアギラー系の惑星であること。地表の広さは地球の約4倍。2300年ほど前に小彗星が衝突し、壊滅的な被害を受けたけれど科学技術によって現在は30億人程度のカトムス人が規律正しく生活している。でも、衝突の影響で、外気は汚染され、気温がマイナス200度にもなってしまったため、巨大なドーム(球状の生活圏)を作り、人々はそこで暮らしている。
ドームは、ここも入れると全部で10個あり、それぞれが独立したエリアと呼ばれている。ここジャファナは一番小さくて直径が500キロメートルくらいで、中に地球と同じ環境を再現している。他の星との連絡エリアはここも含めると合計3つあり、それぞれのエリアの環境は、通じている星の環境に合わせていて、住んでいるのはそれぞれの管理役とそれに係わる者たちだけであるため特殊エリアといわれている。他に、第1種エリアとして寒暖の度合いが異なる3つのエリア、この星の中枢となる機関が多く、環境もよい第2種エリアが3つ、そしてカトムスの政治的決定権を持つナシク一族が住んでいるベルガオンという第3種エリアがある。特殊エリア以外のドームの大きさは、それぞれ異なるが直径1万キロを超えている。
特殊エリアから他のエリアへの移動は、相手エリアの長の承諾がないかぎり不可能であるが、同種間または第1種と第2種間の移動は、50年間居住したものにかぎり自分のエリアの長の許可だけで可能である。第3種エリア居住者の移動は基本的に自由である。
特殊エリア以外は、通常のカトムス時間、つまり1日36時間、1年243日で進んでいく。寿命の平均は、160から170歳。25歳から100歳までは任意の10年間を除き、勤労する義務があるが、貨幣の概念がなく、すべての人が公共住宅に住み、公共の仕事に就く。概念と言えば、夫婦・恋人という概念も存在せず、したがって恋愛の感情がないそうだ。決められた男と女が同居することもなく、2人の子どもを作り、その生まれた子どもは、生まれた直後から10歳まで地球で言う「施設」で育てられ、誰が親なのか、子なのかわからないため親子という概念もないらしい。
カトムス人の外見は地球人にかなり似ているようだ。違うのは、身長が男女ともに150センチ程度であること。体毛がほとんどなく、衣服はジャンプスーツのようなものを常につけている。耳と鼻については、ほとんど機能していないが、目は地球人に比べ高機能だ。言葉は地球のそれとはまったく違い、超音波のようなものだから地球人には意味はもちろん、聞き取ることさえ困難なんだそうだ。住居は、ルームと呼ばれる地球でいう2DKのマンションみたいなもので、原則として独り暮らしである。
◇ ◇ ◇ ◇
そんなことは分かっていたはずだ。ジュリアは思わず舌打ちした。紅色クリカエデの苗木に液状イオン化レジデスを与えるなんて。枯れてしまうことは簡単に推測できたはずだ。ルームに付属した実験室のなかでも充分な設備は整っているが、さっき見たチキュウの映画のワンシーンに強いインパクトを感じてしまい、初歩的なミスをしてしまった。持ってきた苗木の半分が使えなくなってしまったのだ。
もう35時を過ぎてしまった。36時になるとライフソナーと非常用ライト以外のすべての電源が切れるので、急がなければ。レポートにするには苗木が足りないがやらなくてはならない。残った苗木を5つの実験用無重力チューブに1本ずつ入れた(これで行くしかない)。
30分後。予想された結果しか出そうにないとわかってきた段階で、同時にレポート作成を始めた。実験中ケータイの分析プログラムをオンにしておいたので、あと10分もあればレポートもできあがる。36時に間に合わなければ、朝早く起きればいい。
すべての実験が終わり、ほっとしたジュリアが小声で「ベッド」というと、居間兼寝室となっている部屋でわずかにギーっという音がした。もう寝る準備も整った。レポートもあと数秒で終わるだろう。ジュリアは、片付けを始めた。(10分前か。あの映画のせいでこんなにぎりぎりになっちゃったな)実験室を出ようとふと専用容器の紅色クリカエデを見た。
(なんてことだ!さっき枯れたはずの最初の苗木のうちたった2本だが、生命兆候が見られる。監視モニタはオンになっていたはずなのに気がつかなかったんだ!一体どういうことだろう)
◇ ◇ ◇ ◇
夢だったのか人がしゃべるような声が聞こえ、眼がさめた。顔を洗い終えると、真壁おばあちゃんのいる居間に向かった。家の中も、窓から見る景色もまったく地球と変らず、本当にここがカトムスなのかという疑問が再びよみがえってきたが、おばあちゃんの姿を見たときにはやっぱり現実だったんだと改めて思った。
「おや、早起きじゃな。まだ8時じゃよ。地球では休みの日には10時頃まで寝ていたろうに」
「おはようございます。昨日は早く寝たんで・・・。ところで、ここで一緒にご飯食べていいですか?」
「ああ、構わんよ。こっちに来て座んなさい。わたしゃお茶でも入れてやろう」
「ありがとうございます」
ボクはバッグの中からコンビニ弁当とパンを取り出した。「おばあちゃん、パン食べない?」
「おや、嬉しいね。いただくとするかね」と真壁おばあちゃん。「今日少し見てから帰るかね?」
「いや、やっぱりタメ子っていうかレイナを探すことにしました」
「強情なやつだね。まぁ、こういうのが地球人のいいところかも知れないね」
「わかってくれたんですね。よかった。それじゃあボクがここでレイナに会うための方法とか教えてください」
「じゃから、他のエリアに行くには相手エリアの長の許可が必要じゃ。しかも大気や言葉の問題があるっていっとるじゃろう」
「だけど、100年位前にボクのおじいちゃん、ん?そのお父さんかな、は行ったことあるんだからボクでも行けると思うんだけどなぁ。」
「あの人の場合は、わしもよく知らんが、適合手術を受けたし、ナシクに呼ばれたからベルガオンに行けたんじゃよ。お前の場合は、ナシクにもまだ知られとらんから今日か明日帰ったほうがいいんじゃ」
「適合手術って言ったよね。それって簡単なんでしょ。その手術をすれば他のエリアでも、生きてられたり、話したりできるの?」
「うーん。人の話を聞いておるのか・・・。仕方ないから教えてやるが、吸い込んだ大気中にある物質をその生物の環境に合わせるのと、カトムスの信号を簡単にいえば翻訳するもんで、首の後ろにチップを埋め込んで脳のそれぞれの役割をはたしているところと接続するだけの簡単なもんじゃよ。しかしなぁ、お前がカトムス人に話しかけられるようにはならんぞ。それにどうやってベルガオンに行くっちゅうんじゃ」
「とりあえず、第1種か第2種エリアに行って・・・」
「じゃから、ジャファナから出るには受け入れ先の長の許可がいるんじゃよ」
「おばあちゃん誰か知らないの?」
「そうじゃなぁ・・・。クイロンのベオハンならなんとかなるかもしれんな。・・・じゃけど、お前がカトムス人でないことがわかったら、すぐ捕まって、2度と地球に帰れんかもしれんぞ。それでもいいのか」
ボクの答えは、ここに来たときにすでに決まっていた。
天皇杯のメンバー入れ替えについて
サッカー協会会長の犬飼基昭氏は、天皇杯4回戦で大分と千葉が主力を温存したということで処分(来年の出場権をはく奪するとか)する考えであることが伝えられている。
しかし、私見を言わせてもらえば、リーグ戦の決着がそろそろつきそうなときに、週2回の試合をこなさなくてはならないチームにとって先発出場した選手の名前で「主力を温存」したと判断するのはどうだろうか。
ヨーロッパでも春から夏ころにかけて各国の国内カップや秋以降CLやUEFAカップがあり、リーグ戦との日程を考えると結構厳しく、資金が潤沢なチームはローテーション制を採用している。だからいつもバルサの試合にメッシやエトーがいるとは限らないことは観客はよく知っている。
カップ戦も大事だろうが、格としてはリーグ戦の方が明らかに上である。日本では資金が潤沢と言えるチームはほとんどない。こんな状態で中2日~中3日で中心選手を全部の試合に出せという方がおかしくないか?
そもそも天皇杯の規定は、リーグとは違って「ベストメンバーを出す義務」がない。当然罰則も規定されていない。ルールが義務を課していず、罰則もないことで「勝手に」罰則を与えていいものだろうか。不思議である。また、ACL参加のチームに対しては、日程を大幅に変更するなどの柔軟な対応ができているのにリーグ終盤にきて天皇杯の4回戦をはざまに組み込んでしまおうという方に問題があるのではないか?
もちろん、いちサッカー・ファンとしては、ベスト・メンバーがベストな状態で試合に臨むことを期待するが、この日程では無理なような気がする。前任チェアマンを決して支持するものではないが、大分にはリーグ優勝が、千葉には一度も味わったことのない2部落ちというものが見えている現実と、規定というルールをスポーツマンらしく守ってほしいものだと思った。
第1部 カトムスへの道(3)
(ブログネタ:カワイイ!って感じる物、仕草、出来事は? 参加中)
昼間一緒にいたタメ子のことがなかなか頭から離れなかった。小学校のときにはちょっと暗いイメージであまり印象がなかったが、12年ぶりに会ったタメ子は大人になり、明るくふるまうしぐさはカワイイとさえ思えた。特に、黒目がちな大きな目や笑ったときに思わず口元を隠す何の飾り気もない手が。
そうだ!確か明日の昼まではこっちにいるって言ってたじゃないか。それに、カトムス星に戻るんだったらあの空き地の先にある湖に行くはずだ。
◇ ◇ ◇ ◇
昨晩のうちにカメラや双眼鏡の準備を整えて、今日は早めに起きコンビニで食料を買いそろえたボクは足早に空き地に向かった。誰にも見られていないことを確認して、柵のスキ間から入り、林を抜けた。思ったとおり、そこには湖があった。
(到着時間午前8時40分かぁ。12時まではあと3時間以上あるな)ボクは50メートルくらい離れた他からは見えなさそうな木の間に腰を落ち着けた。コンビニで時間つぶしにと買ってきた普段は読まないマンガ雑誌がお尻の下に敷くのにちょうどよかった。マンガを読む気にも、iPODで音楽を聞く気にもなれなかった。
3時間は確かに長かったが、木々に囲まれ小鳥のさえずりを聞いているとすごくこんな環境に自分がなじんでいることがわかった。しかし、よく観察してわかったが、ここには本物の鳥なんかいないし、地面や木に虫がまったくいない。双眼鏡で湖を見てみたが、水がきれいなわりには魚の泳ぐ姿も見えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
11時35分。なんの前触れもなくボクが来たところから人が湖に向かって現われた。5人いる。タメ子を先頭にして男が3人、女が1人。あっ!女は小学校の担任だった真壁先生だ。男のうちのスーツ姿の一人にも見おぼえがある。そうだ、町会議員の山崎光一郎だ。ほかの男2人――背の低い60歳代と思われる作業着姿の男と4~50歳代のTシャツとジーンズの男――は僕に背中を向けていてよくわからなかった。
林の切れ目から水際まで20メートルくらいある砂利敷きで5人はタメ子を中心にして何か話をしているようだが、ボクのところからは聞こえない。ここで出て行こうかと思ったが、とりあえずしばらくは様子を見ることにした。まずデジカメで写真を何枚か撮ったあと双眼鏡で様子をうかがった。山崎議員やほかの男たちは特になんか言ってる様子はなく、ほとんど真壁先生が話しかけている。タメ子はうつむき加減でときどきうなづいたりしているが、誰も怒ったりしている様子はなく、むしろ別れを惜しんでいるかのようだった。
10分くらいしてタメ子が輪の中から一人で抜け出て、湖に向かった。なんと、次の瞬間タメ子の体が浮かび上がり、湖水すれすれに中心に向かってすべるように動きだした。ボクは12時ちょうどだとばっかり思っていたため出て行くタイミングを失ってしまったことに気がついた。でも、今からでも間に合うかもしれない、と思ったときにはすでに湖のタメ子に向かって走り出していた。
「タメ子ぉ。戻ってこいよぉ。」大きな声で叫んだ。すると、タメ子は一瞬動くのをやめてこちらを見た。驚いた表情はなくとても穏やかだった。
(ぬうむ、見送りに来てくれたのね。ありがとう。あなたにはまだ話をしていないことがあるんだけど、もう私の口からは話せなくなっちゃったみたい)タメ子が口に出して話したのではないが、頭の中に明白にその言葉が聞こえた。
(もう行かなくっちゃ。本当にいろいろありがとう)
「タメ子にお礼を言われることなんて何もやってないよ。もう一度帰って来られないのか?」
(昨日も話したとおり、もう2度と地球に来ることはないの。カトムスに戻ってもあなたのことや地球で暮らしたときの思い出はわすれないわ)
「ボクもカトムス星に行くよ」本当に自分でもこんなことを言うとは思わなかったが、勝手に口が動いた。
(・・・。ぬうむ、今のあなたには無理よ)と言ったとたん、再びタメ子の体が湖の中心に向かって動き出し、それからはタメ子から何も伝わってこなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと、ベッドの中にいた。8月14日、ちょうどお昼の12時になるところだ。ボクは決心した。いままでのように疑問をそのままにしておくことはできない。ベッドのわきに置いてあったバッグからデジカメを取り出した。半分覚悟していたが、やはり何も写っていなかった。でも、真壁先生と山崎議員のことははっきり覚えている。まずは真壁先生に当たってみよう。
小学校に行ったら先生が何人かいたので卒業生だと言ってから真壁先生がどこにいるのかを聞いてみた。ジャージ姿の若い教師が、気さくに教えてくれた。
「真壁先生は、去年定年で退職して、週3回くらいここにボランティアで来ているよ。住所とか知ってるかい?」
「はい、2~3回お邪魔したことがあります。3丁目の花屋の3件くらい隣ですよね?」
「ああ、そうだね。真壁先生はずーっと住所は変わってないよ」
さっそく行ってみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
玄関のチャイムを鳴らすと2回目で真壁先生が出てきた。
「ぬうむ君。どうぞ、入って」
「先生、タメ子のことで・・・」
「そのことは中に入ってから話しましょう」有無を言わせず、玄関引き戸を開けたまま先生は中に入っていった。仕方なく、ボクも靴を脱いで先生のあとを追った。
「ぬうむ君、あなたはカトムスのことを為我井さんから聞いたのね」6畳の部屋に通され、ボクが座ると同時に真壁先生は聞いた。
「はい。ちょっと信じられなかったんですけれど、5年生のときのことやさっきのことを考えるとカトムスっていう星がどこかにあって、あの湖が地球とカトムスをつないでいるというタメ子、いや為我井さんの言っていることも信じられると思ってきたところです。」
「仕方ないわね。あなたにはどうやら真実を話さなければならないようね・・・」
「為我井さんは、ボクが『選ばれた者』だとか言ってたんですけれど、その意味がわからないし、もう一度会ってみたいと思ってるんです」
「あなたのことについては、これから説明します。でも、為我井さんと会うことはもうないでしょう」
真壁先生の説明したボクのことっていうのはこんなことだった。
今から100年くらい前に、ここの『空き地』の管理役のひとりの若い女性が、近くに住んでいたこの町の男性と恋をしてまった。2人の意思は結婚して地球人として暮らすことだった。他の管理役に相談して多少の反対はあったけれどうまく説得し、2人でカトムスの地球管理局に出向いた。説得しようとしたけれど、地球人をカトムスに連れてきたこと自体が初めてのことだったし、管理局では結局了解が得られず彼女は2度と地球に戻れなくなった。地球人の男は、彼女とカトムスに関する記憶を消されて、再び地球に戻された。
しかし、カトムスで1年後に彼女が子どもを産んだ。そう、地球人との間に生まれた子どもだ。やがてその子は成長すると母から地球のことを聞き、行ってみたくなった。どんな方法を使ったのかはわからないが、その子はあの湖の穴から地球に来ることに成功した。管理役と相談し、彼らの庇護のもとで地球人としての人生を歩むことにしたその子はやがて結婚し、子どもをもうけた。どうやら、その孫がボクになるらしい。
「だったらボクもカトムスに行けるんじゃないですか?」
「理論的には可能かもしれない。けれど、今のあなたの人生はどうするの?それに、もしカトムスに行けたとしてもあなた自身がその環境に慣れるのは無理だと思うわ」
「どうしてですか?」
「言葉というか、意思の疎通の方法が地球とはかなり違うのよ。もちろん、道具や生活時間など基本的なところがかなり違うから・・・」
「今の生活は確かに大切ですけれど、自由に行き来できないんですか?」
「ぬうむ、よく聞きなさい。カトムスの考えと地球人の考えは違うの。地球人のやり方はカトムスでは通じないと思わないとだめね。それに、あなたにはあのトンネルを通れる保証なんてないのよ」
納得できる話ではなかった。それは、真鍋先生もわかっていたと思う。けれど、ボクの頭の中はぐちゃぐちゃになっていたので、とりあえず、タメ子の言っていたことが本当だということがわかっただけでもいいと思い、真壁先生の家を出た。
◇ ◇ ◇ ◇
決心するまでそんなに時間はかからなかった。いや、真壁先生の話を聞いているときにほとんど決めていたんだと思う。家に帰ると、まず父と母に宛てて手紙を書いた。カトムスのことは一切書かずに考えるところがあってしばらく旅をしてきます、という内容だ。会社の同僚にもケータイで一方的にそんな話をした。カメラも無駄になるかもしれないが、持っていくことにした。またコンビニによって今度は3日位は持ちそうなほど食料を買って、バッグに詰め込んだ。そうだ、これから湖の中心の穴に入るんだ。
湖のほとりで、買ってきた浮き輪2つに息を入れて膨らませた。ひとつには自分が入り、もう一つにバッグを載せていよいよ出発だ。水はそんなに冷たくなかった。深さも腰以上にならず5分も歩いていると中心に来た。穴がある。ここまで来たらもう引き返せない。まずは、浮き輪と一緒にバッグを投げ入れた。続いて今度は片足をおそるおそる穴に入れてみた。しまった、落ちたと思った瞬間、体がゆっくり下に降りているんだということがわかった。腰にぶら下げた懐中電灯の周りのビニールを破りスイッチを入れた。周りは電気をあてても真っ黒だ。下に向けても同じく真っ黒で底がわからない。とにかく、落ちてけがをすることがないことが分かってひと安心。
ほどなく、平らで固い床を感じると、浮遊感はなくなった。懐中電灯であたりを照らすと、バッグも見つかった。さて、これからどっちへ進むかだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ボクの「旅」は今始まったばかりです。カトムスがどんなところなのか、タメ子ともう一度会えるのか、期待していただいている方、がいらっしゃるとすればお礼を言います。また同時に、これからは毎日は書けないので、週末を中心に1週間で1~2回というペースになることをお知らせしないといけません。
とりあえず、ボクの「旅」の第1部はこれで終わります。