第3部 ルクノーの悩み(1) | ぬうむ

第3部 ルクノーの悩み(1)

目 次 第1部 カトムスへの道(1)  2008年11月08日
           (2)  2008年11月09日
           (3)  2008年11月10日
          (2)  2008年11月16日
          (3)  2008年11月16日
          (4)  2008年11月24日
          (5)  2008年11月25日
          (6)  2008年11月30日
          (3)  2008年12月13日
          (4)  2008年12月15日
          (5)  2008年12月20日
          (6)  2008年12月23日
エピローグ            2008年12月24日

クイロンの長(おさ)ベオハンは自分の行いを十分に反省したみたいで、ボクたちに協力的だった。まぁ、説得役がマクシンとシン・ジーだったから、脅したりすかしたりしたのかもしれない。ベルガオンへのボクたちの移動許可も取ってくれたし、ジュリアの子どもについてもわかる範囲で調べてくれた。


5年前に子どもを引き受けたのは、内務第3部のマウンダという人だったということが、引受書のサインでわかった。また、ジュリアの子どもは男の子だった。

「なんか、そんな気がしていたの」と喜びを隠そうともせずにジュリアが言ってヒパ・ジーと顔を合わせた。

今度は、ヒパ・ジーが言った。
「兄サンハ、ジュリア、ホルス、マクシント 一緒ニ ベルガオンニ 行ッテ チョウダイ。ワタシハ、両親ヲ 安心サセル タメニ タヌールニ 帰リマス」
「要スルニ、3人ノ 護衛ヲ ヤレッテ コトダネ」これはシン・ジーだ。
「ソレダケデハ ナイワ。ナンテッタッテ 兄サンハ タヌールノ 王子 ナンダカラネ。困ッテイル 人タチヲ 助ケナイト イケナイノヨ」


特に問題はないとボクは言ったけれど、シン・ジーは全員が無事に戻るまでということで、カルワールの居住区にいたタヌール人の戦士20人をベオハンの屋敷に呼んだ。


ボクたちは移動トンネルのあるビルの地下に集まっていた。
「ジュリア、マタ 会イマショウ」と言いながら、ヒパ・ジーはタヌール人戦士1人とステージに上がった。
「ヒパ、私の子どもを見にきてちょうだい」


こうして、ヒパ・ジーはカルワールからタヌールへ、ボク、マクシン、シン・ジーそしてジュリアの4人はベルガオンに向けて出発することになった。


    ◇    ◇    ◇    ◇


カトムスでは、すべての決定権がナシク一族にあるとしても、それは最終決定なのであり、細かいことについては3つの部門のそれぞれのレベルで対処している。カトムス星内のことについては「内務部」、カトムス星以外のことについては「外務部」、そして場所に関係なく争いに関しては「軍事部」が担当している。それぞれの責任者は「3役」と呼ばれ、ナシク一族の長の家族に次いで、この星では権威のある存在である。


オーラン=ガバドは、内務部責任者としてナシク一族から信頼が厚い。一族の中でも最高権威者であるイツァム・ナーが若かったころに、直接内務に関する指導を受け、ナシク一族以外では初めての「3役」となった。そのオーラン=ガバドは今も少し迷っていた。


昨日、第1種エリア、クイロンの長(おさ)からオーラン=ガバドに直接連絡があり、クイロン在住者1名、ジャファナ在住者2名そしてタヌールの成人1名の30日間の短期滞在を許可して欲しいということだった。前例にはないことがだ、エリアの長からのたってのお願いでもあり、短期ということもあって許可を出したが、どこかに引っかかるものがあった。
「考えすぎかもしれない。心配だったら、第3部長官のエタワに立ち会ってもらえばいい」さらに考えて、結論を出した。「やっぱり、わたしが見に行こう」予定を確認すると、あと20分後に第32ターミナルに着く。
「ティガディ、10分後に移動ターミナルに行くから、準備をしておいて」とケータイで秘書に伝える。
「ボス。ですが、ワッディナー統括副長との会議が1時間後にミネイラ会堂で予定されております」
「そんなに長くかからないわよ」


15分後、オーラン=ガバドは、秘書のティガディと内務部ビルから移動シャトルを降り、ターミナルビルのK棟の入り口を入った。ティガディが事前に連絡していたので、所長のほか2名の白のスーツ、つまり研究者が待っていた。第32ターミナルを見下ろす監視室に入ると、すでにトンネルの受け入れ準備は完了していた。


「4人の経歴をちょうだい」とオーラン=ガバドが所長に向かって言うと、若い研究者がコンソールを操作して、壁面モジュールに4人のケータイから事前に送られてきたデータを表示した。

ティガディが気づく前にオーラン=ガバドも気がついていた。


「シン・ジーはタヌールの王子ですね。一体どうして非公式にここに来たんでしょう?」
「そうね。クイロンのジュリアは、5日前に要治療対象者に指定されているのね。彼女とシン・ジーが知り合った翌日に指定が取り消されているのも面白いわ」

そうこうしているうちに、移動開始までカウントダウンが始まったので監視室にいる全員が色の濃いサングラスをかけた。


    ◇    ◇    ◇    ◇


極彩色に彩られたトンネルを高速で飛んでいくという感覚にもう慣れたかもしれない。まったく違和感なくベルガオンに着いた。やはり部屋の中だが、ここはとても広くて1辺20メートルのステージがわずか20センチくらいしか高くなっていない。壁のコンソールに向かって10人はいると思われるの白い色のスーツを着た技術者がいた。それに混ざって、4人ほどグリーンのスーツの人もいる。


グリーンのスーツの1人が話しかけてきた。
「ようこそ、ベルガオンへ。まずは確認のためケータイをお借りします」いつもの決まりのようで、ボクたちはその男にケータイを渡して、手続きが終わると返してもらった。
「ベルガオンは初めてのようなので、ルームに着いたらモジュールの32チャンネルをご覧ください。旅行者にとっていろいろ便利な情報がまとめてあります」
「おぉ、さすがベルガオンじゃのう。では、早速ルームに向かうことにしますじゃ」とマクシン。
「では、ルームまでご案内しましょう」
(ねぇマクシン、レイナのことを聞かないの?)
(わしらは観光者じゃ。落ち着いてからまずわしらで調べようじゃないか。わからないときに聞けばいい)


やり取りを見ていたオーラン=ガバドは言った。
「とにかく、今ここでわたしが出ていっても仕方ないわね。様子を見ることにしましょう。ティガディ、あの4人に監視をつけておいて」
「はい、それではさっそく手配します」とティガディはケータイで内務第3部の補佐官に連絡をした。


    ◇    ◇    ◇    ◇


ルームにたどり着くと、4人で集まってさっそくジュリアの子どもとレイナのことを表示モジュールの検索で調べたけれど、どちらもわからなかった。


(やっぱり、聞いてみるしかないね。役所みたいなところはあるの?)今ではボクもすっかり無声会話に慣れていた。
「ここには内務部、外務部、軍事部の3つがあるんだけれど、内務部が担当していると思うわ。ベルガオンのことは第1部で、特殊エリアについては第4部が担当してるわ」とジュリアが32チャンネルの内務部案内を見ながら言った。
(よし。じぁあ、第1部から当たってみよう)
「若いもんはせっかちでいかんのう。ここまで来たんじゃ、ちっとは少し落ち着かんか」とはマクシンだ。
(わかったよ、マクシン。じゃあ、今日はご飯にして映画でも観ながら過ごそうか)
「映画、わたし地球の映画を見たことがあるわよ」とジュリア。
(へぇ、どんな映画?)
「わたし、生物学者だから、地球の生物に関する記録映画を観たわ。そこで初めて地球人の親子の愛情を知ったのよ。私たちも多分持っているはずだけれど、長い時間産むだけの生活を続けてきていて、そういう感覚が鈍くなってきていたのね」
(ふーん、そんなものかなぁ。ボクは男だし、まだ子どもがいないからよくわからないけれど、親子の愛情って、動物でも人間でも自然に備わっていて、なくなることなんてないと思っていたよ)
「ソウダナ、ワレワレ タヌールデモ 親子家族ガ 一緒ニ イルコトハ 普通ダシナ」


「ねぇ、男と女も愛情ができるんでしょう?」ジュリアが聞いてきた。
(うん。好きになっちゃうことはあるよ)
「じゃあ、ホルスはレイナを愛しているの?」
(ううむ。そこまでは・・・。とにかく、小さいときから12年ぶりにあってほとんど1日しか話していないからね)
「そうじゃな。1回や2回話しただけでは本当に愛しているかどうかはわからんな」
(お互いの考え方を受け入れられたり、信頼できたりするところから始まるのかもしれないね)
「ふうん」

その日の夜は、遅くまでそんな話が続いた。


    ◇    ◇    ◇    ◇


「ワッディナー統括副長、わたしはその案にはとても承諾できません。評議会にかけても軍事部以外の承認は得られないと思います」オーラン=ガバドは、軍事部の本部がある敷地内のミネイラ会堂16階の密室会議室でたった2人で非公式な会談を行なっていた。

「しかし、オーラン。イコロドをこのままにしておくと他にも影響するんじゃないかね。少なくともその可能性はあるだろう」とワッディナーは軍事部に所属し、地位的にはオーラン=ガバドの下位にあるが、ナシク一族であることで対等以上に接している。
「あさって、緊急首脳会議が開かれます。ナシクはもちろん外務部も含めた上でこの重要な件にどういう対処をするのか議論すべきでしょう。」


会議室を出るとティガディが近寄り、
「20分後にニゴーヒ長官が執務ルームでお話したいことがあるそうです」と移動カプセルに向かいながら言った。ニゴーヒは第1種および第2種エリアを担当する内務第2部長官であり、オーラン=ガバドと同じく、非ナシク一族で、女であるという共通点もあり、日頃から親しくしている。

「わたっかわ。すぐにでもあうと伝えておいて」


執務ルームの入り口にはすでにニゴーヒが待っていた。

「イコロドの状況はどう?」まず、オーラン=ガバドが言った。
「はい、変化はありません。今までに生存が確認されていたビル内の避難者は、今のところ全員無事です」とニゴーヒが答える。「しかし、今日はそのことではなく、クイロンで少しおかしな動きがあったので報告に来ました」
「なんなの?レポートでは出せないこと?」
「ええ、今の段階では。というのも、昨日タヌールの成人約20名がカルワールから移動してきましたが、長のベオハンや別回線で警護隊長のトルニスに聞いても別に異常がないというのです。過去にこれだけのタヌール人の成人が第1種エリア以降に来たことは国王の公式訪問以外にありません」
「ベオハンは移動の理由を言った?」
「はい。単なる観光で、全員カルワールのタヌール人居住区の者なので特に問題はないといっています」
「ちょっと気になるわね。わたしからも聞いてみましょう。ティガディ、ベオハンへ非探知回線で繋いでちょうだい」


しばらくしてティガディがOKサインを出した。オーラン=ガバドは立体モジュールが出るのを確かめて言った。
「ベオハン、昨日の許可を出した観光客は無事に着いたわ」
「これは、責任者みずからご報告いただけるとは、恐縮です」
「ねぇ、ベオハン。あの4人の本当の目的はなんなの?ごまかしてもだめよ」
いっしゅん、言葉に詰まったもののベオハンは答えた。
「じ、実は、ホルスというジャファナの者は同郷のレイナという者を、クイロンのジュリアという者は、5年前に産んだ子どもを探しにそちらに向かいました。マクシンとシン・ジーはそれぞれの同伴者ということです」
「なんてことなの。子どもなんかに何の用があるっていうのかしら?」
「それはわかりません」
「ジャファナは地球との窓口ね。ホルスとマクシンには身体的な検査をしたの?」
「いいえ。今回の観光者のうちジュリアを除いた3名についてはケータイの記録だけです」
「わかったわ」
回線を切ろうとするとベオハンが付け加えた。
「あの者たちは決して悪いことはしません。人を探しているだけで・・・」
「わかったわ。少し様子を見るわ」