第3部 ルクノーの悩み(6)
緊急首脳会議からすでに1日たった。内務部本部ビルのイコロド対策本部となっている会議室では、内務部首脳陣、つまりオーラン=ガバドと第1から第4部長官のバラバンキ、ニゴーヒ、エタワ、コモニス、医療科学班責任者のラフォルの6人とそれぞれの秘書官が集まっている。ほとんどが大きな壁の一画に映し出されたイコロドの5箇所での再生医療活動を見つめている。
ティガディがケータイを取り出した。会議机を離れて出入り口付近で話をした後、オーラン=ガバドに小さな声で話しかけた。「シン王子とホルスそしてレイナが来ています。中に入れて欲しいそうですが、どういたしますか?」
「レイナを連れ出したっていうの?しょうがないわね。今行くから、22会議室に通しておいて」
「ジュリアの様子を見たいとのことですが」
「構わないから、映像を見せて上げて」
「それでホルス、どうやってレイナを連れ出してきたの?」ラフォルたちに指示を与えてから、オーラン=ガバドは22会議室に入るなり、そういった。
「こんにちは。実は・・・」ボクは、隠してもわかっちゃうだろうと思っていたので、実際にあったことをオーラン=ガバドに説明した。
「なんてことよ!クルカンの許可なしで連れてきちゃったっていうこと?むちゃくちゃね」
「でも、本人の意思に反して閉じ込めておくことなんてできないですよ」ボクは毅然としていたかどうかはわからないが言った。
「よりによって、こんなときにこんなお客が来るとは思わなかったわ」
「オーラン、シカシ 我々ガ 来ナケレバ 死体再生ナンテ イウ 切リ札ハ 手ニ 入ラナカッタ ダロウ」落ち着いてシン・ジーが指摘した。
痛いところを突かれたという反応を隠しもせずにため息をつきながら、オーラン=ガバドはボクたちの座っている近くにあった椅子に座った。
「ホルス、レイナを連れて地球へ行きたいっていうんでしょ」
「そうです。その前にジュリアが子どもと再会するのを見届けます」
「さっきジュリアは、ナザレスを見つけてバランゴーダの病院に戻ったところよ」
「生きていたんですか?」
「いいえ。他の子どもと同様に多分死後10日はたっているようよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「再生率が落ちてきてるよ。リアン、そっちはどう?」とカンディの病院に残ったタイ・ミアナからバランゴーダの病院にいるリアンのケータイに連絡があった。
「そうね。こっちは28%あたりよ。確かに落ちてるわ」とリアンが答える。「ベルガオンではムルタン・チームが再生治療に加わったから、そのうち率を上げる方法を見つけ出すかもしれないわ。それまでは、できるだけのことをやるしかないわ」
リアンの横では、ジュリアが不安そうにナザレスの遺体を入れた治療カプセルを見つめている。
「ジュリア、ナザレスは大丈夫よ。それより再生した患者への対応がちょっとうまくいっていないみたいなの。一般ルームに行ってくれない?」
「わかったわ」と言ってジュリアは立ち上がったものの、ナザレスの映像からなかなか目が離せない。
リアンは、正確な数値は知らなかったが、10歳以下の子どもの再生率が極めて低く、ここバランゴーダではいまのところ一人も再生していない。ナザレスもすでに治療を始めて1時間近く経つのにまったく生体反応を示さない。このままではジュリアにもよくないと思って、忙しいところへ行くように指示した。
◇ ◇ ◇ ◇
医療科学班の最上階のスリナグの部屋では、スリナグとチーム・リーダー格のスタッフが会議を開いていた。
内務部本部ビルのイコロド対策本部では、オーラン=ガバドをはじめとして内務部首脳陣がすでに3日連続で事態を見守っていた。
同じ内務部本部ビルの22会議室では、ホルス、レイナ、シン・ジーがイコロドの治療活動の状況を静かに見ていた。
バランゴーダの病院の一般ルームでジュリアは、軍事部特別派遣隊員と一緒になって再生した患者の手当てをしていた。
イツァム・ナーの屋敷のルクノーの部屋ではルクノーとマクシンがこれからのことについて話をしていた。
こうして、イツァム・ナーから与えられた「2日間」のうち1日半が過ぎたとき、医療科学班で最初の、いや2度目の歓喜の声があがった。新型ウィルス、フラバスに対する治療特効薬が完成したのだ。この知らせはただちにオーラン=ガバドに伝えられ、彼女は諸機関に対して医療科学班に最大の協力をするよう指令を出した。同時に、イツァム・ナーに直接ケータイで連絡をした。
報告を聞き終えると、イツァム・ナーは、「よくやった。わたしから各エリアの医療班にそちらに行くように要請する。おまえのチームは応援隊がついたらしっかり休ませておけ。3,000人いればいいな」といった。
「ありがとうございます。医療担当が3,000人いれば充分です。しかし、治療特効薬は現在生産中ですが、治療器具が不足すると思われますので、持参していただきたいことと、イコロドでの移動に軍事部の協力が必要になってきます」
「わかった、任せておけ。ところで、おまえのところにタヌールの王子がいるらしいな」
「は、はい。現在別室で、イコロドの医療活動を見ております」
「特殊エリアの長官はコモニスだったな?」
「はい、そうです」
「早急に、今後のスケジュールも併せて、これまでの経緯を報告させろ」
「わかりました。直ちに」そうオーラン=ガバドが答えると、一方的に通話は切れた。
オーラン=ガバドは、ラフォルに3,000人の受け入れ態勢と、不足が予想される機材のリスト・アップを命じた後、コモニスに「一難去って、また一難よ」と切り出した。コモニスは、ナシク一族では比較的イツァム・ナーの血族に近く、40歳代にして特殊エリア担当とはいえ内務部の長官という要職にある。
「オーラン、心配ないわよ。これからわたしもシン王子と話してみて、レポートを作るわ」と言って、さっそく22会議室に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
ジュリアは、再生治療に成功した200人ほどの、そしてさらに運ばれてくる再生したばかりの人の対応に追われていたが、心の中はナザレスのことでいっぱいだった。子どもの再生率が悪いことはなんとなくわかっていた。しかし、やっと会えたわが子と一言も話ができないなんて・・・。理屈にあわないが、なぜかナザレスに謝りたかった。
「ジュリア、朗報よ」と切り出したリアンからの連絡でもすぐにナザレスが生き返ったんだと思ったが、「治療特効薬が完成したのよ。あと大量の医療応援チームを組織しているみたいだから、わたしたちもやっとお役ごめんというところみたいよ」と聞くとひどく落胆した。
「ナザレスはどう?生き返った?」ムダだとは思ったが、どうしても聞かずにはいられなかった。返ってきた言葉は、予想どおりだった。
「残念だけれど・・・。さっきスリナグから聞いたんだけど、10歳以下の再生率は7.2%で、しかも病院のようなそれなりの対応ができている場合でさえ、11%に過ぎないんだって」
「そうね。再生治療をもう5時間以上続けていても再生しないんだから・・・」
「子どもは体力がないからね・・・」リアンもこれ以上治療を続けても再生可能性がないことを知っていた。「ジュリア、もう少しそこで頑張ってよ。3時間くらいで交代がくるから。そしたらナザレスの遺体を火葬しようよ。わたしも立ち会うからさ」
「ありがとう。そうするわ」
◇ ◇ ◇ ◇
内務部本部ビルの22会議室でジュリアの子どもが生き返らないということを知ったボクたちもかなり雰囲気が沈んでいた。そんな中に、内務部第4部長官のコモニスという女の人が入ってきた。
「こんにちは、シン王子、ホルスそしてレイナ。イツァム・ナーから言われてあなたがこちらにおいでになった理由や今後のご予定をうかがいにきました」
「オーラン=ガバドニ 話シテアルガ、ジュリアノ 子ドモヲ 探スノヲ 手伝ウ タメダ」
「どうやら、見つかったようですが、この後のご予定は?」
「コチラヘ 戻ッテカラ 少シ 話ヲシタイ」
「イツァム・ナーに公式または非公式でお会いになるご予定は?」
「今回ハ チョットシタ 手違イデ 来テ シマッタンダ。父王カラ ノチホド 謝罪ノ 連絡ヲ 入レルガ、僕ハ ジュリアニ 会ッテカラ、タヌールニ 戻ル ツモリダ」
「わかりました。お2人はどうされますか?」
「うん。ボクたちもジュリアに会ってから地球に帰るよ」と今度はボクが答えた。
「レイナ、あなたが地球に行くには少し問題がありますね」コモニスには、というか内務部にはすでにレイナのことも伝わっているようだ。
「はい。わたしもそう思います。クルカン様のような方のために働くのはいやなことではありませんが、自由の中で育ってきたわたしにとって、ここは息苦しいです」そう答えたレイナに対して、コモニスは「しかし、クルカン様は許可するでしょうか?」と答えがわかっている質問をあえてした。
「ええ。難しいですね」
その後、10分ほど話を聞いたコモニスは、今の会話からレポートを作成しながら、イコロド対策本部に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
イツァム・ナー直々の指示ということもあって、医療応援チームの最初の約1,000人が治療特効薬30万人分とその他の機材と一緒に派遣されたのは治療特効薬の発見からわずかに2時間後であった。30分後にはバランゴーダの病院にも15人が派遣された。うち4人は再生治療担当で、ジュリアとリアンの交代要員であるとのことだったので、2人は帰る準備をした。
「帰る前にナザレスの火葬に付き合ってくれる?」とジュリア。
「もちろんよ。近くの火葬場でいい?」
「うん、もちろん」
特別派遣隊員から、5人がカンディの本部に戻るので同行したいと申し入れがあった。20人乗りの移動カプセルで機能している唯一の火葬場に向かった。火葬場は、非常に多くの死者を出したというのに、閑散としていた。ジュリアが声には出さなかったが、涙を流しながら作業を見ていると、そっと背中に腕を廻してくれたのはリアンだった。さらに、特別派遣隊員もジュリアを見てうなずいたり、肩を抱きしめてくれる人もいた。
「ありがとう。みんなの気持ちがすごくうれしい・・・」言葉にするとつかえがちになった。
「気が済んだらベルガオンに帰りましょう。あなたを待っている人たちがいるようよ」リアンの言葉で踏ん切りがついたようにジュリアははっきりと言った「そうね、帰りましょう」
◇ ◇ ◇ ◇
「ラフォル、再生治療の状況を報告して」とオーラン=ガバドが言った。
すかさず返事がある。「再生治療後、1日と18時間経過時点です。治療死体数は、78,937体。再生数26,207、率は33.2%に少しあがりました。10歳未満と110歳以上については相変わらず10%未満で変わりなし。再生後の状態についても検査上まったく問題ありません。最初の段階で再生した者のうち医療関係者は、すでに治療に協力しています」
「ムルタン・チームは休憩あけの人から順にイコロドに派遣して。リアンたちが戻ったら、15チームのうち10チームに再生治療のレクチャーをさせて。残りの5チームは、引き続き治療特効薬の研究ね」オーラン=ガバドは言った。
「そうですな。治療特効薬は開発できたんで、研究の中心を再生にあてるべきでしょうな。了解です、その旨は直ちに伝えます」
外務部責任者ジャイプルからオーラン=ガバドにあてて緊急連絡が入ったとティガディが伝えてきた。会議室壁面の表示モジュールの大部分をイコロドの状況が占めていたので、オーラン=ガバドはケータイで連絡を受け取ることにした。
「オーラン、わたしだ。このたびの大成功はわたしからもお祝いを言うよ」
「ありがとう。大成功といえるかどうかは別にして、素直にお礼の言葉を受け入れます」
「それはそうとして、実はたった今タヌールから連絡があってな、プリンセスを1週間ほど公式訪遊させたいというんだ。イコロド以外なら構わないかな?」
「こんなときに公式訪遊なの?わたしじゃ対応できないわよ」
「いや、君が出てくる必要はないさ。わたしのほうでほとんど対応できそうだからな。ただ、コモニス君と場合によっては何人かの協力を得たいんだ」
「そうなの。まぁ、それならいいわ。コモニスにはわたしから伝えておくから、具体的な支持は本人に直接言ってね」
「ありがとう。それでは、またいずれ」
ケータイを切った直後だった。イツァム・ナーからの連絡だ。
「はい、イツァム・ナー。オーラン=ガバドです」
「オーラン、シン王子、ホルス、レイナの3人を明日11時にわたしの屋敷に連れてきてくれ」
「はい。わかりました。伝えますが、本人たちが・・・」
「無理やりでも構わない。しかし、3人の立場を考えればこざるを得ないだろう。あとはお前の説得力次第だな」
◇ ◇ ◇ ◇
翌日11時。
シン王子、ホルス、レイナの3人は、オーラン=ガバドに言われたとおり、イツァム・ナーの屋敷にきていた。
門で出迎えたのは、ルクノーとマクシンだった。5人が指示された部屋に落ち着いてしばらくすると、ジュリアが現れた。
「つらい思いをしたんじゃろうな」最初に声をかけたのはマクシンだった。シン・ジーも「何モ 役ニ 立タナクテ 悪カッタナ」という。それぞれがお悔やみをいい、再生治療の成功に感嘆したことを伝えた。
「みんなありがとう。残念だったけれど、多くの人の役に立ててよかった」とジュリアは思ったよりも元気な声で言った。
円卓を囲んで6人がそれぞれベルガオンで起こったことを話していると、ドアが開き威厳のあるナシク族と思われる男の人が入ってきた。ルクノーがまず立ち上がり、「これはこれは、イツァム・ナー様。わたくしどもをお呼びいただきありがとうございます」という。そうか、この人がカトムスの最高権威者のイツァム・ナーか。ボクたちは自然と立ち上がってお辞儀をしていた。
「まぁ、みんな座ってくれ。改めて挨拶する。わたしがイツァム・ナーだ。君たちのことはいろいろ聞いておる。特に、シン王子とホルスのことはな」
「オ目ニ カカレテ 光栄デス」とシンもここでは丁重に挨拶をした。ボクもそうしなくちゃいけないのかなと思っているうちに再びドアが開いた。
「兄サン、ジュリア 久シブリ」といいながら入ってきたのは、なんとヒパ・ジーだった。「今回ハ 公式訪遊ヨ」
部屋に入ると、ジュリアのすぐ横にきた。
「それでは全員が揃ったところなので、これから今回のことについて処分を言う」