第2部 クイロンの虎(6)
ボクが起きたのは、カトムス標準時間の9時。早めにベオハンの屋敷に行って、中の案内をしてもらっている最中に2人で移動トンネルのあるビルに忍び込もうという考えだ。大きなバッグがひとつなくなって身軽になったボクと相変わらず大荷物のマクシンは、トン・ジーを連れて10時前にベオハンの屋敷に着いた。
「悪いがのう、ネクルトを呼んでくれんかのう」とマクシンが門のところにいた黒っぽいスーツのカトムス人に言った。2~3分後中から出てきたのは、他の人だった。
「今ネクルトは休憩中だから、わたしが要件を聞こう」
「そうですかい。この子を今日中に慣れさせるために、また少しお屋敷の中で過ごしたいと思っとるんじゃがのう」
「そうか。それでは、案内する隊員を呼ぶから少しここで待っていてくれ」
「分かりましたわ」
さらに、5分程待たされてやっと門が開いたと思ったら、黒っぽいスーツの人が3人も出てきた。
(マクシン、ちょっと多すぎない?)
(やむを得んじゃろう。とにかくすきを見て実行じゃ)
ボクたちが庭に案内されたそのときに、マクシンの命令でトン・ジーが奥の方に走りだした。
すかさず、マクシンが案内した3人に言う。
「お願いじゃ、あの子を捕まえとくれ」
2人は、走って追いかけて行ったが、一人残っている。その後ろからマクシンはバッグから取り出したピストルのようなものを警護隊員に向けて引き金をひいた。光線が出て、警備隊員は声もあげずに倒れた。ボクまでびっくりした。
(なんてことをするんだ!マヒ電磁波で充分だったんじゃないの?)
(こいつら警護隊が着ているスーツにはケータイのマヒ電磁波なんかじゃ効かんのじゃよ。死んじゃいないから、安心せい)
それを聞いてほっとしたボクは、「よし、じゃあ、あのドアに行こう」と言って、走りだした。ドアに辿り着くと、後からマクシンが追いついた。合いカギを渡されたんで試してみた。なんと、いとも簡単に開いた。
が、しかし。ドアの向こうには先ほど出てきた警護隊の人を先頭に他にも5~6人の警護隊員がピストルを構えてボクたちを待ち受けていた。
◇ ◇ ◇ ◇
ジュリアとヒパ・ジーは、予定どおり12時になると生物研究所の学生寮の裏手から目立たないところを通りながらベオハンの屋敷目指して出発した。
13時。ほぼ予定通り移動トンネルのあるビルの裏手に着いた。
「じゃあ行くわよ。しっかりわたしにつかまっていてね」とジュリアが言うとヒパ・ジーもうなずいてジュリアの探索スーツの中に潜り込んできた。ジュリアが腰のスイッチをオンにすると、ジェット・フライヤーが静かに振動し始めた。ベルトに付いた2本のレバーを操作すると、ゆっくり体が浮き始めた。(これなら楽勝)と思ったジュリアは、さらにレバーを操作してビルの屋上にいとも簡単に着陸した。
ジェット・フライヤーは屋上の影に隠し、建物の中に入るドアを探した。これも簡単に見つかったが、鍵がかかっている。鍵穴がないタイプなので、採取用のナイフを鍵穴に差し込むような強引なことはできない。ジュリアは、パラライザ・ガンをポケットから取り出して、ドアのノブ周辺に向けて引き金を引いた。
(強電磁システムのドアだったらこれで開くはず)ノブを握りゆっくり力を入れると、思ったとおりドアが開いた。2つ目の障害もクリアした。ヒパ・ジーが先頭に立って階段を忍び足で降り、1階まで来たが、地下に下りる階段が見つからない。
あまり動き廻りたくなかったので、1階のドアが見える物陰で、しばらく様子を見ることにした。1~2分あたりの様子をうかがっていると、ヒパ・ジーの体がびくっと動いた。ジュリアは心配そうに見つめたが、さらに2~3回痙攣のような動きをするとヒパ・ジーは床に横たわって目を閉じた。
あまりにヒパ・ジーのことが頭を占領していたので、ジュリアはいつの間にか警護隊に取り囲まれていたことに気がつかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
ボクとマクシンが監禁されたのは移動トンネルのあるビルの2階の1室だった。周りの色がグレイで、家具といえばテーブル1つとイスが4つの窓もない部屋に通されて2時間も経っただろうか。ドアが開けられて、草色のスーツを着たカトムス人の女の人とその人に抱かれて子どもの虎、多分タヌール人の子どもが入ってきた。シン・ジーかと思ったが、ベストを着ていないし、もっと小さいので別人だということはわかった。警護隊員は、2人を中に入れるとドアを閉めて何やら鍵をかけたようだ。
マクシンがカトムス人に話しかけた。そのときは、ボクのケータイも取り上げられていたんで、カトムス語はまったくわからなかったけれど、マクシンが通訳してくれた。
「お前さんは、どうしてその子と一緒にこんなところに入れられたんじゃね?」
聞かれた女性は、タヌール人を見つめていて最初は気がつかなかったようだ。びっくりして声のあった方に顔を向けると、
「この子はただタヌールに帰りたいだけなんです。どうか帰してあげてください」という。
「いやいや、勘違いするんじゃない。わしらも捕まっておってな、同類っちゅうわけじゃよ。ふぉっふぉっふぉっ」
「マクシン、笑っている場合じゃないだろう」とボク。
「そうでしたか、あなたたちも捕まったんですか。ひょっとしてあなたたちは、特殊エリアの人ではないですか?」
「そうじゃよ。わしゃ、ジャファナのマクシン、この男はホルスじゃ。ホルスは、わけあってタヌール語を話せんし、今は聞くこともできん状態じゃ」
「わたしは、パナイク研究所のジュリアです。この子はヒパ・ジーという名前です」
「そのヒパ・ジーという子は、ひょっとしてシン・ジーの妹かのう?」
「えっ、ジーと名乗るタヌール人を知っているんですか?多分それはこの子のお兄さんです」
「うん。確かに妹を探してここに来たと言っておったし、妹を感じるとも言っておったぞ」
「よかった。迎えに来てくれたっていうのは本当だったんですね。それで、今どこにいますか?」
「実は、昨晩別行動をしようと言って別れたきりなんじゃよ」
2人がそんな話をしていると、ジュリアの腕に抱かれたヒパ・ジーが目を覚ました。
ジュリアの腕から床に降りたヒパ・ジーは、僕をじっと見つめていた。
(アナタハ 誰?)シン・ジーのときと同じダイレクト脳内会話話だ。
(君はヒパ・ジーって言うんだね。ボクはホルス。シン・ジーと昨日まで一緒だったんだよ。君は妹だよね)
(エエ、ソウデス。兄ハ 今ドコニ イマスカ?)
みんなケータイを取り上げられているので、今度はボクがヒパ・ジーの言っていることを通訳をする番だ。
◇ ◇ ◇ ◇
ボクとマクシンの通訳で4人はいろいろな話をした。シン・ジーがなんとタヌール王家の後継者であること、シン・ジーはひょっとすると先ほど第1成人を迎えたんでヒパ・ジーに影響を与えたのかもしれないこと、ジュリアが、5年前に産んで今はどこにいるのかわからない子どもを探し出すことを決心したことを聞いて、ボクたちの目的についても話した。ヒパ・ジーの体調は、今は全く問題がないとのことだ。
マクシンがよりかかっていた壁の面全体がいきなり大きなスクリーンになって鮮烈にカトムス人の顔が映った。さっきの警備隊の先頭に立っていた人だ。
「諸君、私はクイロン警備隊長のトルニスだ。いきなり久しぶりの犯罪者が4人もこのわたしの常駐している屋敷内で見つかるとは実に驚きだ。現在処分を長(おさ)のベオハン様と協議中である。覚悟して待っておれ」
ジュリアが画面に向かって言った言葉もマクシンが通訳してくれた。
「この子、ヒパ・ジーはタヌール王家の子です。私たちを解放しないと問題は大きくなりますよ。ナシク一族からも咎められますよ」懸命に言っているが、
「はははっ。そこにいる4人が一言も言わなければ、誰にもわからんよ」
「おい、トルニスとか言ったな。お前は、カトムス人の風上にもおけんヤツじゃな。今すぐわれらを自由にせんと天罰が下るぞ」とはマクシン。
「天罰か。あり得ん」と言い切ると、画面はいきなり消えてただの壁に戻った。
「こりゃあまずいことになったのう」と珍しく弱気なマクシン。
「大丈夫だよ、多分」ボクの言う言葉にはまったく説得力がなかった。けれど、ヒパ・ジーは意外にもこう言った。
(ハイ、大丈夫 デス。部屋ノ 奥ニ 行クヨウニ 皆サンニ 言ッテ クダサイ)
◇ ◇ ◇ ◇
ガターンという音ともにドアが倒れた。
その向こう側に立っていたのは成人のタヌール人だった。2本足で立っていたが、ボクと同じくらいしか身長がない。その顔にはなんとなく見覚えがあった。それにあのベスト。そう、成人になったシン・ジーだ。
両手にカトムス警護隊員の足を持って引きずりながら入ってきた。
(ヒパ 元気ダッタカ?)
(兄サン。助ケニ 来テクレテ アリガトウ)
マクシンにもわかったようで、通訳するとうなずいて見せたが、まだ驚いているようだ。
(シン・ジー、ありがとう。でも、警護隊がまたすぐにこっちに来るんじゃないかなぁ)
(ホルス、隣ノ 部屋ニ ミンナノ 持チ物ガ アルカラ、マズ ソレヲ 持ッテ 行ケ。ソシテ、相手ガ 来ル前ニ コッチカラ 出向イテ ヤルンダ)
(よし、そうしよう!)
ボクたちは、隣の部屋――これもシンがドアを蹴飛ばして開けた――で自分のバッグを取り、マクシンとジュリアはそれぞれが持ってきていたパラライザ・ガンを、ボクはジュリアから杖をもらって武器にした。シンは、ヒパ用にオレンジ色のベストを渡していた。ヒパがそれを着るとそのポケットからオレンジ色のケータイを出した。少しの時間それを操作するとどうやらカトムス語の翻訳ソフトをダウンロードしたらしく、ジュリアと2~3言話してにっこりし合った。ついでに、マクシンは地球のそれも日本語の翻訳ソフトもジュリアのケータイにセットアップした。
シンの言うように、屋敷内に長と警護隊長のトルニスがいると思われたので、即断でジュリアは空から様子を伝え、残った4人は敷地内通路が安全であればそこから屋敷に乗り込むことにした。
ジュリアからGOサインが出るとボクたちは一気に屋敷の玄関に向かった。とは言うものの、シンが圧倒的な早さだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ボクとマクシン、ヒパ・ジーが玄関に入ったときにシン・ジーから連絡があった。
(長ト 思ワレル 者ガ 1階ノ正面ノ 広イ部屋ニ 警護隊員3名ト 一緒ニ イル。僕ハ 2階ニ 上ガッテ 様子ヲ 見テカラ 行ク)
(わかった。まず最初にボクたちから話してみるよ)
その部屋のドアを開けると、シン・ジーが言ったとおり警護隊長トルニスと2人の警護隊員、それにやけに派手な色のスーツを着た70歳くらいと思える男のカトムス人がいた。
トルニスは驚いた様子でボクたちに言った。
「どうやってあの部屋を出たんだ。お前たちにあのドアを開けることはできないはずだ」
「何いっとるんじゃ。人は見かけによらんもんじゃよ」とここでも、ボクたちの代弁者マクシンがパラライザ・ガンを長と思える人に向けて言った。
「どっちにしても、年寄りのジャファナ人2人と子どものタヌール人1人じゃ我々警備隊員1人にもかなわんじゃろう。おとなしく降参しろ」とトルニスは味方に合図を送りながら言った。すると2人の部下は左右に開いて少しずつボクたちとの間合いを詰めてきた。ボクたちもマクシンは左に、ヒパは右に離れていった。残った僕が一番強そうなトルニスを相手にしなくちゃいけないの?そうこう思っている間にさらに間合いが近くなってきた。そのとき、
「ちょっと待て」とマクシン。
「なんだ、降参する気になったか?」
「いや違うのお。一戦交えるんじゃったら、ルールを決めんといかんと思ってな」
「なっ、なんなんだそれは?」
「おい、そこの老人」と長らしきものに向かってマクシンは言う。「あんた悪いが、ゆっくり1,2,3と言っとくれ。開戦の合図をしてくれんかのう」
「わっ、わかった」指名された者は少し疑問に思ったらしいが、その役を引き受けた。
「では行くぞ。いーち」と言った瞬間、マクシンのパラライザ・ガンから光線が出て見事に警備隊員を一人倒した。なんてことだ。続いてヒパの前の唖然と突っ立っていた警備隊員にも見事命中させて倒した。
トルニスは泡を食ったように言った。
「3で始めるんじゃないのか!」
「いーや、違うぞ。わしゃ、はなっから1で始めて、3で終わらせようと思っとったんじゃ」とまったく平気な顔をしてマクシンが言う。「おいそこの老人、まだ2も聞こえんぞ」と老人に向かって言った瞬間だった。今度はトルニスの反撃だ。右手を振ると鞭のようなものが伸びて、マクシンのパラライザ・ガンを一瞬のうちにたたき落とした。ボクもその瞬間を見逃さないつもりで杖を構えて飛び込んで行ったが、難なくかわされてしまった。ボクに向かって右手を上げたときに、その手首をつかんだのがシン・ジーだった。成人のタヌール人が相手ではいくら警護隊長でも降参するしかなかった。ふう、助かった。
シンはボクを見て言った「オ前ハ 戦イニ 向イテ ナイナ」。そう、そのとおりだ。
ジュリアも部屋の入り口でボクたちの珍活劇を見ていたらしい。ニコニコしている。
さあ、5人そろったから、あとは隅で丸くなっているベオハンと話をつけるだけだ。