第3部 ルクノーの悩み(2)
次の朝は10時に起きたけれど、1日36時間というのにはなかなか慣れそうにない。約10時間が寝る時間で、それはそれでいいのだけれど、26時間も起きているのはつらい話だ。でも、そうともいってられないので、11時にマクシンとジュリアがボクたちのルームに入ってきたときには、元気よく言った。
「おはよう、マクシン、ジュリア。ボクたちは準備万端だよ。よければ内務第1部ってところへ行こうか?」
「そうじゃな、さっそく行ってみるか」
そのビルは旅行者が泊まることが多いらしくて、4人乗りの移動カプセルを貸してくれた。2人ずつ向かい合って座るもので、計器類は少しあるが、地球の車のようなハンドルはない。ジュリアが操作方法を知っていたので、運転(?)をまかせた。日本の4人乗りの小型車と同じくらいの大きさで「助手席」にはシン・ジーが座った。動き出すとスムースだが早いので、シンは驚いてずーっと流れていく外の景色に見入っていた。それを見てマクシンは、
「ふぉっふぉっふぉっ。かわいいもんじゃなぁ」と言ったが、シンの耳には入らなかったようだ。
内務部のすごく豪華なビルの前に降り立ったボクたちはさっそく中に入ろうとしたが、警備員みたいな人が集まってきて、マクシンの大きなバッグを指して、
「申し訳ないが、そのバッグはお帰りになるまで我々が預かります」という。
「爆弾とか危険物は入っておらんぞ」とマクシンは言ったが、ボクたちは誰もその言葉を信用しなかった。
「預かってもらいましょうよ」とジュリアが言ったので、マクシンは渋々ながらバッグを預けた。
内務第1部でジュリアの子どもと、レイナのことを聞いてみたが何もわからなかった。次に内務第3部に行ってマウンダというジュリアの子どもを引き取って行った人に会いに行くことになった。グリーンのスーツの人に面会を申し出た。
「わたしがマウンダです。珍しいですね。お見かけするにジャファナの方と、タヌールの方ですか?」と奥の方から出てきた少し体の大きい――それでもボクより少し背が低い――男の人が言った。
「そうじゃよ。わしゃ、ジャファナのマクシンじゃ。こちらが同じくホルス。そしてタヌールのシンじゃ。ところで、今日はこのクイロンのジュリアのことでちいっと聞きたいことがあって来たんじゃよ」
「そうですか。どんなご用件でしょうかな?」
「5年前にジュリアが産んだ子をあんたが引き取りに来たんじゃが、その後どうなったのか知りたいんじゃ」
「なんと、子どもの行くえを探しとるんですか?どうしてまたそんな意味のないことを・・・」
「あんたにゃ分らんじゃろうがな。まぁ、とにかく調べてくれんかのう」
その後ジュリアが日にちなどを説明するとちょっと待つように言われた。
しばらくして、他の人がボクたちを一つの部屋に案内してくれた。20分も待たされただろうか、ようやくマウンダが戻ってきた。しかし、その後ろには明るいグレーというかパールのように少し光ったスーツを着たマクシンと同じくらいの年齢の女の人ともう一人グリーンのスーツの男の人が一緒だった。
「お待たせしました。紹介しましょう。こちらが内務部の責任者オーラン=ガバドです。後ろにいるのはティガディ秘書官です」マウンダが言うと、紹介された女の人が前に出てきた。
「オーラン=ガバドです。ようこそ、ジュリア、マクシン、ホルス。そしてシン王子」
「ナンダ、ワカッテ イタノカ。内務部ノ 責任者ガ ワザワザ オ出マシ トハ、我々ハ ソンナニ 重要人物扱イヲ サレテ イルノカナ?」
「シン王子、目的はベオハンからも聞いております。しかし、なぜあなたがご一緒なのかが理解できません」
「コノ星ノ 者ニハ ワカラナイ ダロウガ、ジュリアニハ 身内ガ イロイロト 世話ニ ナッタシ、ジュリアノ 希望ヲ カナエル 手伝イヲ シタカッタ モノデナ」
「なるほど。我々にはジュリアの気持ちを、つまり親が子供に会いたいという気持ちを理解することができません」オーラン=ガバドやこの星の人たちにとって親子の情っていうものは本当にないようだ。「親子の関係というのは単なる産む/産んでもらうだけの関係で、生まれた直後に親子は離れ、一生会うことはありません。これは、親子兄弟の間のみにくい争いを避けることと生産性を減じないために必要な措置です」
「ソウカ。他ノ星ノ コトニマデ 意見ヲ 言ウ ツモリハナイ。シカシ、ジュリアノ 子ドモ、ソシテ ジャファナノ レイナニ ダケハ 会ウツモリダ。手配シテ クレルナ」
「わかりました。2時間程度いただければ、ご滞在のルームに情報をお持ちいたします」
うん。話がどんどんうまく進んでいる。
「しかし、条件があります」とオーラン=ガバド。
「ナンダ」受けるのはあくまでシン・ジーだ。ここでは、「3役」よりも格上ということらしい。
「クイロンのタヌール兵士20名を退去、つまりカルワールの居住区まで戻していただきます」
「ソレハ構ワナイ。タダ、ワレワレハ ドームヲ 超エテ 通話ガ デキナイ。ソノ準備ヲ シテクレ」
「わかりました」そして、うしろの秘書官に向かって「ティガディ、ベオハンに繋いで」
秘書官は自分のケータイを操作して、みんなの真ん中のテーブルの上に置いた。やがて、小さな立体ホロ映像が出てきた。
「ベオハン、わたしです」
「おや、オーラン=ガバド。今度はなんでしょうか?」
「あなたが送ってきた4人の者と今話をしているところです。シン王子がそこにいるタヌール兵に伝えることがありますから、タヌールの責任者を出してください」
しばらく、向こうでやり取りがあったあと一人のタヌール人が現れた。
「シン様、何カ ゴ用件ガ アルトカ・・・」
「ウン。モウ 心配ハ ナイカラ、全員 カルワールニ 戻ッテクレ」
「イヤ、シカシ シン様ガ ココニ オ戻リニ ナルマデハ・・・」
「イインダ。直チニ戻ルンダ。ワカッタナ」
「ハイ。ソコマデ オッシャル ナラ」
シン・ジーは今度はオーラン=ガバドに向かって言う。
「コレデ イイカ」
「ありがとうございます。それではこちらもジュリアの子とジャファナのレイナについて調べて、ご連絡を差し上げます」
首脳陣が手配してくれるんだからもう解決したも同然だと思い、ボクたちはマクシンのバッグを返してもらい、移動カプセルでルームに戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
1時間後、執務室に戻ったオーラン=ガバドは、ティガディから報告を受け取った。
「ボス、ジュリアの子はナザレスという名前でイコロドに送られています。レイナはイツァム・ナーの屋敷におります。やっかいなことです」
「ナザレスは無事なの?」
「寄宿舎までは把握しておりますが、停止している機能が多く、安否は不明です」
「なんてこと・・・。レイナは、お屋敷で何をやっているの?」
「こちらも詳細は不明ですが、家事かと思われます。過去にレイナのような事例がないのでそれ以上の推測は不可能です」
「まぁ、いいわ。しかし、王子が絡んでいるだけに面倒なことになってくるかもしれないわ。あすの緊急首脳会議までは事件を起こさないようにしないと・・・。ホルスは地球人だったわよね?」
「はいそうです。ところでボス、イコロドのことはあの4人に言うつもりですか?」
「あなたならどうする?」
ティガディには、オーラン=ガバドがまれに対応に迷ったときにこのように、質問をそのまま返してくることを理解していた。
「わたしなら、言うかも知れませんね。あの4人かなり入れ込んでたようですから、下手なウソをいうと後で高いツケを払うことになるかもしれませんからね」
◇ ◇ ◇ ◇
ボクたち4人は、1時間ほど街中をドライブしたあとでルームでオーラン=ガバドからの連絡を待つことにした。移動カプセルを降りるときにシン・ジーは名残り惜しそうだった。たぶん、地球に来たら自動車も気に入るんじゃないかな。
ルームに戻って1時間くらいして、オーラン=ガバドから連絡がきた。
「まず、わかったことを言うわね」壁面コンソール上に実物大に立体ホログラムとして写った彼女はまるで本当にそこにいるようだった。
「お願いしますわ」とマクシンが応じた。
「ジュリアの子どもは、ナザレスという名前よ」
「どこにいるんですか、そのナザレスは?」とジュリアが聞いた。
「そこが問題なのよ。イコロドのバランゴーダにいるんだけれど、今はイコロドとの行き来ができないのよ」
「どういうことですか?」
「いい、落ち着いて聞いてくれる。・・・・」
オーラン=ガバドの説明は、こういうことだった。
3週間前に、第2種エリア、イコロドで植物が発生源とみられる超感染性新型ウィルス、フラバスが発生した。人に感染するようになってから研究が始まり、空気で感染することがわかった。しかし、急激に発生した新種のウィルスでいまのところ薬がない。感染力も強く、人に感染すると30から40時間ほどで症状が出、さらに2日から5日に死亡に至る強力なものである。
イコロドの全人口4億2千万人のうち半数はすでに死亡したとされているが、正確な数字ではない。学者によっては90%が死亡していると推測するものもいる。確認されている生存者は、感染者がおらず、外気を完全にシャットアウトしている公共施設やルームのあるビル内で約300個所、30万人程度である。ジュリアの子ナザレスはその中に入っていない。
「我々だって手をこまねいているわけではないのよ。医療科学班では、係がこの3週間ルームにも帰らず研究を続けているのよ。ジュリア、まだ解決策は出ていないけれど今はそれを待つしかないのよ」
「・・・。せっかく場所がわかったのに、会えないなんて・・・」ジュリアは声が詰まりがちに言った。
「ホルス、次はレイナについてよ。でも、その前にあなたたちに言っておくことがあるわ」
ボクはなんだか不安になってきた。
「いま話したイコロドのこととホルスが地球人であること、そしてシン・ジーがタヌールの王子だということは他の者に言ってはだめよ」
オーラン=ガバドはボクが地球人だということも知っていたんだ。いろいろなことがわかってるようだけれど、基本的には受け入れてくれているようで安心した。
「レイナは、ベルガオンにいるわ。といっても、距離は近いけれど会える可能性は少ないわね」
ほっとした直後にボクは思わず「どうして?」と聞いた。
「この星を掌(つかさど)っているのはナシク一族だということは知っているわね。そのナシクの最高権威者イツァム・ナーと子どもたちが住んでいる屋敷にいるわ。そこでメイドとして働いているというのがわたしの推測だけれど、屋敷の中のことはわたしにもわからないわ」
「でも、あなたの口ぞえがあれば、簡単に会えるんじゃないですか?」
「それは望みすぎというものよ。あなたの星と違ってここでは最高権威者の血族に対しては望みを言うこと自体が難しいのよ。それはわたしも例外ではないわ」
「では、直接ボクが話しに行きます」
「やめろとは言わないけれど、門前払いになることは間違いないわよ」
連絡が終わろうとしたときに、ジュリアが言った。
「あのう、医療科学班の方をご紹介いただけないでしょうか?わたしも生物学者ですから、具体的に知りたいのです」
「ふーん。このことは公表していないのよ。最後にもう一度念を押すつもりだったんだけど・・・。そうね、スリナグに言っておくわ。彼がOKを出せば直接彼から連絡させるわ。それでいいわね」
◇ ◇ ◇ ◇
オーラン=ガバドには行っても無駄だと言われたけれど、近くだったのでボクは連絡待ちのジュリアとシン・ジーを残してマクシンと2人で歩いてイツァム・ナーの屋敷に向かった。歩きながら、マクシンが話しかけてきた。
「のう、ホルスよ。ナシク一族とは争わんほうが身のためじゃぞ」
「うん、別に強引に押し込みのようなことをしようとは思ってないよ。とにかく、ここまで来ているんだからできることはしたいんだ」
ベルガオンは温度・湿度ともに快適だったが、20分以上歩いているうちに汗が出てきた。都市部分を抜けるとすぐに自然の豊かなところに出てきた。道路も歩行者向けの部分は、移動カプセルの通る場所から完全に隔離されているので安心して歩ける。
唐突にその大きな建物が目の前に現れた。ボクが行ったことのある建物で一番似ているものといえば東京ドームだろうか。巨大な緑の丸屋根に覆われている。門が見えたのでそちらに向かった。
「ふん、ブザーがないのう」
「ドアを叩いて『たのもおー』って言うんじゃないの?」
「ばかもんが」
結局ドアらしきものを見つけてドンとたたいて「おーい」と大声を上げたのはマクシンだった。それを3回繰り返した直後後ろから声をかけられてボクたちはびっくりした。
「なにか、用ですかな?」
振り返ると、マクシンよりも年上の黒のスーツを着た老人が立っていた。
「ここは、イツァム・ナー様の屋敷ですかのう?」とマクシン。
「そうでございます。わたくしは執事のルクノーと申します。ご用件を伺えますかな?」
「わしは、ジャファナのマクシン、ここにいるのはホルスです。実は、ジャファナのレイナがここにいると聞いて会いに来たんじゃが・・・」
「そうでしたか。はるばるご苦労様でした。しかし、ここのお屋敷には100人以上のスタッフがおりましてな、そのレイナという方がどこで、どういうスケジュールで動いているのか分かりません」
「調べて連絡してくれんかのう」
「どういたしましょうかな」とルクノーは考えていた。
「ぜひともお願いしますじゃ」と珍しくマクシンも慎重に応対している。
さんざんボクたちをじらしておいて結局ルクノーはこう言った。
「では、もう一度明日このくらいのお時間にここにおいでくださりますかな?それまでにわたしくでできることでしたらお調べしましょう」
「うーん、もっと早くならんかのう。わしらは、オーラン=ガバドさんにも行動を認められておるんじゃから、もうちっと早くしてもらえんかのう」やっと強引なマクシンの本性が見え始めた。
「おおおっ、そうでしたか。オーラン=ガバドに認められていらっしゃると。しかし、本日おいでになる来客のリストには載っていないようですな」とルクノーは平気な顔をして言った。
「あんた、石頭じゃな。いくら人が多いからって名前がわかっとるんじゃから探すことなんか簡単じゃろ。連絡してくれりゃあいいんじゃよ」
「しかしですなぁ」
「しかしもへったくれもないわい。そんな簡単なこともできんちゅうんかい」
「困りましたな。では、20時ころにもう一度おいでくださるというのはどうですかな?」
「ここまで来て、やっぱり駄目だっちゅうことにならないんなら、それでもいい。でも、わしのケータイに連絡を入れてくれんか。わしらは忙しいんじゃから」
ルクノーは渋々だったが認めて、胸のポケットから藍色のケータイを出した。マクシンのケータイとちょっとしたやり取りがあったらしいが、すぐに終わって、
「それでは20時ころにご連絡を差し上げます」と言って、ルクノーは門だと思っていた近くの壁に向かって歩いて行った。