第2部 クイロンの虎(5)
案の定、クイロンへの移動は簡単だった。ボクつまりホルスは、マクシンとバッグに入ったシン・ジーとともにトン・ジーをしたがえてクイロン側の移動トンネルに着いた。ここでもボクは周りにいたカトムス人を見たときにちょっと驚いた。身長が150センチくらいの、全身白っぽいスーツで包まれたこの人たちは、目が大きく髪の毛が全然ない。のっぺりした顔で、やけに肌が白っぽい。トンネルの周りには5人ほど機械に向かって作業をしていた。マクシンに前もって聞いていたが、人間と同じように男女は体型の違いでわかった。
移動トンネルのある部屋からは、そのうちの女の人が案内してくれてほかの部屋に移った。廊下もうす暗かったが、通された部屋も照明が余り明るくなかった。自分のバッグとシン・ジーが入ったバッグを床におろして一息つく間もなく、黒っぽいスーツとヘルメットみたいな帽子をかぶった3人の男が入ってきてマクシンに言った。
「わたしは、ネクルトだ。ベオハン様への手土産はここで預かるから準備ができ次第カルワールへ帰るんだな」せっかく来たのにそれはないだろう。
「はい、それでは、この子トン・ジーはお預けします。しかし、ちょっと気性が荒いところがありましてな、どう扱ったらいいか少しお話せんといかんのですよ」さすがマクシン。とっさにうまいことを思いつく。
「タヌールの子だろう。長(おさ)はちゃんと扱いを心得ているから心配はいらん」
「いや、この子は人一倍可愛いが、気性も人一倍激しくてな、長がかみつかれてけがをしたらあんたが責任をとるっちゅうのかい」切り返しもマクシンらしい。「ほら、今もお前さんに近づいてかみつこうとしているぞ」
いつの間にか、ネクルトと自己紹介したカトムス人の近くに来ていたトン・ジーは、ガルガルガルッとタイミングよくうなって、今にも飛びかかりそうになった。
「うわっ、わかった。何とかしてくれ」
マクシンが口笛を吹くと、トン・ジーはおとなしくなりゆっくりネクルトから離れて行った。
「わかった。では、どうすればいいのだ。手短かに話せ」
「まぁ、いきなり我々がいなくなると環境の変化っちゅうやつで一気に来るといかんからのう。そうじゃな、1日か2日は、慣らすために時間をくれんか?」
「2日でいいんだな。よしわかった。長の屋敷の近くに空いているルームがあるからそこで充分慣らしておきなさい。2日後には大丈夫だな?」
「ああ、2日もあればおとなしくなるじゃろう」
「では、わたしが案内しよう」
というわけで、蒸し暑い中を10分くらい歩いて、ボクたちは40階くらいはありそうな居住ビルの中のルームに落ち着いた。
背負っていたバッグを置くなり、口が開いてトン・ジーが飛び込むと同時にシン・ジーが出てきた。
「フウ。疲レタゾ」
(おいおい、君を背負っていたボクの方が疲れたよ)
(コンナコトデ 疲レルトハ ダラシノナイ ヤツダ)
(ところで、トン・ジーはどうしたの?)
(コノ ルームニハ ライフソナート 生活維持ロボットガ アルカラ、人数ガ 合ワナイト 困ルンダ。声ニ 出シタ 会話モ 気ヲツケ ナイト イケナイゾ)
(そうか、マクシンから聞いたことがあるよ。じゃあさっそくごはんを食べようか?)
一休みしてからボクはマクシンに聞いた。
(ねえ、マクシン。ここまでは順調に来たみたいだけれど、ベルガオンにはどうやって行くの?)
(ふん。それはまだ考えとらんわい)
◇ ◇ ◇ ◇
パナイク生物研究所の一角、動物研究室でジュリアとヒパ・ジーは、いろいろ調べた結果、他にもクイロンには4か所の移動トンネルがあるが、どれも遠く、どこに行っても警護隊がいるだろうから、近くてある程度知っているベオハンの屋敷の移動トンネルを使うことにした。
研究室の中を探索すると、少し古いタイプだが、ジェット・フライヤーがここにあることがわかった。これは、人が腰につけてスイッチを入れると、空をある程度自由に飛べるというもので、30メートルくらいの高さまでは問題ない。他にも、これから使えそうなものがいくつかあった。獰猛な動物をマヒさせるパラライザ・ガンや先に電気ショック端をつけた杖など。いずれも一般の利用は禁止されているが、鳥類を含む動物の研究のためにこの研究所では使用が許可されている。
研究所の機械で移動トンネルについてさらに調べて行くうちに、2日後にカルワールへ向けて移動スケジュールが入っていることがわかった。
「これに便乗することにしましょう。あと2晩のしんぼうね。それまでには移動トンネルまでどうやって行くか考えなくっちゃ」
「トンネルハ、ベオハンノ 屋敷ノ トナリノ 2階建テビルノ 地下ニ アリマス」
「ねぇ、ヒパ・ジー。カルワールからどうやってタヌールに行こうか?」
「ジュリア、アナタハ ココニ イテ 子ドモヲ 探シテ クダサイ。ワタシノコトハ 心配アリマセン。カルワールニハ タヌール人ノ 居住区ガ アルカラ ソコニ 行ッテ タヌールト 連絡ヲ トリマス」
「かくまってくれるあてがあるの?それに、タヌールから迎えに来たりするのは難しいんじゃない?」
「大丈夫デス。ワタシノ 名前ノ ジー ト言ウノハ 王家シカ 名乗レマセン。タヌール人ハ ミンナ 王家ニ対シテ 忠実デスカラ 問題アリマセン。ソレニ、カトムスノ 上層部ナシク一族ニ 話ヲ トオセバ 必ズ 迎エガ 来ルコトデショウ」
「なんですって!あなたはプリンセスだったの?」
「驚キマシタカ?ソノトオリ デス。1ケ月位前ニ 領地ノ 村デ 久シブリニ 小サイ トキノ 友達ト 遊ンデイルトキニ 捕マッテ シマッタノデス。友達ガ 無事ニ 逃ゲタノデ ヨカッタデス」
「そうだったの・・・」ジュリアにとってはヒパ・ジーが遠い存在のように感じられた。それが態度に出てしまったのか、
「ジュリア、ワタシガ タヌールニ 帰ッタラ 今度ハ 特使トシテ 必ズ アナタニ 会イニ来マス。ダカラ ジュリアモ パナイクデ 元気ニ 暮シテ イテクダサイ」
「デモ、チョット 心配ナ コトガ アリマス」
「なんなの?」
「サッキカラ 兄ノ 感ジガ スルンデス。ナンカ 近クニ イルヨウナ 感ジナンデス」
「あなたにはお兄さんがいるの?」
「ハイ。ココノ 日ニチガ ヨクワカラナイケレド 2~3日中ニ 第1成人ヲ 迎エマス」
「つまり、15歳になるってことね。そのお兄さんの存在を感じるの?」
「ハイ。多分 間違イ ナイデショウ」
◇ ◇ ◇ ◇
特にこれといった妙案もなく、無駄な一日を過ごしてしまったボクたちだけれど、シン・ジーは何か落ち着かない。
(シン・ジー、君も落ち着いて考えたらどうだい?)
(フン。僕ハ ココデ 妹ニ 会ッタラ タヌールニ 帰ルンダ。ベルガオンニハ 行カナイカラナ)
(そうか、妹だったんだね。でも、見つけるあてはあるの?)
(アテハ ナイガ、ココニ イルコトハ ワカッタ)
(場所がわかるんだ。じゃあこれから会いに行こうよ)
(イルコトガ ワカッタト 言ッタ ダケダ。ダケド、モット 近クデナイト 場所マデハ ワカラナイ)
(よし、じぁあボクたちも協力するよ)
「バカものが」(ホルス、お前はベルガオンに行って、レイナと話をするんじゃろうが。ここで余計なことをすると捕まってしまうぞ)とマクシンが無声会話で続けた。(とりあえず、移動トンネルの下見をしたいが、難しいじゃろうから、隣のベオハンの屋敷に下見に行ってみるか)
(うんそうだね。今までここで考えても何も出てこなかったんだから、気晴らしとシン・ジーの妹探しにもなるしね)
ということで、ポクたち3人はベオハンの屋敷に向かった。門のところに黒っぽいスーツと帽子の人がいたので、
「ネクルトに会いたいんじゃがのう」とマクシムが言うと、しばらく待たされてから彼が出てきた。
「なんだ、早かったな」
「いや、それがのう、場所も少し慣らしておかんといけないんじゃよ。今日は下見ということじゃ」
シン・ジーを見てネクルトは
「なんか1日で大きくなったようだな」
「育ち盛りじゃし、ここの食べ物がうまかったのじゃろうな」
「よし、それでは、わたしが屋敷の一部を案内してやるからついてこい」
1階の大きな居間とやけに広すぎる庭を案内してもらった。敷地を取り囲む、2メートルくらいの高さの塀の上にはクモの巣状に半透明な糸のようなものがさらに2メートルくらい張ってある。
(シン・ジー、妹はここにいそうかい?)これはボクとシン・ジーのダイレクト脳内会話だ。
(イヤ、ココニハ イナイ)
屋敷から直接となりの移動トンネルのあるビルへの出入口があることはわかったが、それ以上のことはわからずボクたちはルームに戻った。部屋に入ると、さっそくマクシンがバッグの中をごそごそ探し始めた。
(マクシン、何を探しているの?)
(ホルスよ、屋敷からビルへのドアは見たじゃろう?)
(あぁ、見たよ。鍵がかかっているんじゃないかな)
(その通りじゃ。だから、これから合い鍵を作るんじゃ)
(えっ、だって遠くから見ただけじゃない)
(ふっふっふっ。このカメラはのう、30メートル以内の普通金属なら機械的な構造を写せるんじゃよ)と左手首に巻いた普通の腕時計みたいなものを外しながら言った。(これから、これをもとに鍵を作るんじゃ)
(そんなのがあったら、ドロボーは儲かっちゃうね)
(ふん。この星のテクノロジーは、地球に比べりゃあすごく発達しとるが、犯罪ってもんがないんじゃよ。じゃから、技術的にはできても誰もこんなことを目的にしたもんは造らんのじゃ)
(じゃあ、それはマクシンが造ったの?)
(そうじゃ。わしゃあ、ここでは科学者じゃからのう)
◇ ◇ ◇ ◇
25時。朝9時に動物研究室を出たジュリアとヒパ・ジーは、500メートルほど離れている、今は使われていない生物研究所の学生寮の裏手で探索スーツに包まれて仮眠をとった後に再び動物研究室に戻ってきた。壁面表示モジュールを小さくして、明日の移動トンネルのタイム・テーブルを確認した。
「やっぱり、14時で変更はないわね。出るときにもう一度確認するけれど、明日は、9時にここを出て、12時になったら、ベオハンのところの移動トンネルに向かう。裏側の人気のないところで、ジェット・フライヤーで屋上へ行く。屋上から入り込んで、地下のトンネルに着いたら、パラライザ・ガンで一人を除いてマヒさせて、わたしが残った一人の技術者にトンネルの操作をさせるっていうことでいいわね」
「ハイ。了解シマシタ」にこやかにヒパ・ジーが言った。「ジュリアハ ソレガ 終ワッタラ マタ 同ジ 経路デ スグ 逃ゲテネ」
「わたしは心配ないわよ。ここでもう50年も生活しているんだから。警護隊に捕まってもあなたのことは何も言わないし、薬治療だけでしょうからそんなに問題はないわ」
ジュリアには5年前の感情過多の治療プログラムを受けた経験があったので、捕まった場合の治療プログラムがかなり厳しいものだと想像していた。もし捕まれば、監禁され死ぬまで自由が束縛される可能性も高い。ヒパ・ジーには心配させないためにそのことは言わなかった。
「それになんと言っても、子どもを探すっていう大きな目的ができたんだから」
「ココノ 機械デハ 子ドモノ 行キ先ハ ワカラナイノ?」
「その辺は、わからないわね。ホスピタルやパナイク行政全記録にも出ていないし、検索もできない。クイロンの長が知っているかどうかね。あとは、ベルガオンで統一管理をしている可能性もあるわ」
「それより、お兄さんの存在はまだ感じるの?」
「ハイ。チョット 離レテ イルト 思ウン デスケレド、 パナイクニ イルハズデス」
「計画どおりだと、お兄さんとすれ違ってしまうかもしれないわよ」
「ソウデスネ・・・」少し考えたが、すぐに笑顔を取り戻して、「兄ハ 大丈夫デショウ。ココマデ 一人ノ チカラデ 来タトハ 思エマセン。誰カ 協力者ガ イルハズデス」
◇ ◇ ◇ ◇
クイロンのルームでマクシンが合鍵を作っているとシン・ジーが話しかけてきた。
(オイ、ホルス)
(なんだい、シン・ジー)
(僕ハ 妹ヲ 探ス コトニシタ。トン・ジーガ イレバ オ前タチハ アヤシマレナイ ダロウ)
(えっ。せっかく知り合ったのに、残念だね。でも、しょうがないかな)
(オ前ニハ オ前ノ 目的ガ アルンダカラ、シカタ ナイナ。僕モ 妹ヲ 探スタメニ ココニ 来タンダカラ)
マクシンも話に加わった。(なら仕方ないな)
(バアサンハ 足手マトイニ ナルダケダカラ、ホルスモ 大変ダナ)
(がきのくせに まったく口の減らんヤツじゃ)
(いや、マクシンがいなければ、ここまで来ることもできなかったよ)
ボクは、バッグを背負ってシン・ジーとルームのビルを出た。ビルの影でトン・ジーが出てくると、シン・ジーはバッグを引きずりながら影を選んで歩いて行った。ボクはシン・ジーの後ろ姿に向かって言った。
(機会があったら、また会おう!)