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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

昭和59年の名古屋テレビの番組(動画)ですが、U-tubeのやり方がわかりませんのでスチルで

 

 

ダークダックスのマンガさんは旧制水戸中学から新制旭丘高校に転校。

転校選抜試験の唯一の合格者。

 

昔のままの玄関周りに感動。小木曽校長の校舎改修についての説明を聞く。

 

 

 

男女共学になった当時の昔話を同級女生徒と歓談。

 

 

音楽室で現役合唱団が歓迎の校歌を合唱。

 

 

 

 

 

生徒たちから高校生活の赤裸々な実態を聞く。

 

女生徒の髪型、男女のファッションがなつかしいですね。

 

学生服が一人のみですので、当時から私服通学は定着していたことが分ります。

 

この生徒諸君も今では50才を過ぎ世の中の中核をなし、活躍中のことと思います。

 

 

 

 

 

校歌というものは在学中、あまり気にも留めない存在ですが、人生の途中では同窓会を初めとして意識する機会が時々あります。  

 

旧制中等学校のなかでは愛知一中が最古という説があります。

 

愛知一中の校歌は、マラソン王日比野寛校長自らの作詞によるもので、明治37年に制定されました。

 

新制・旭丘高校となってからも、しばらくは歌い継がれていました。

 

昭和36年、入試合格発表直後の春休みから登校させられ、歌唱指導があったほどです。

 

昭和27年、旭丘高校初代校長の小川卓爾先生の依頼により、愛知一中の卒業生で、国文学者の久松潜一先生(当時、東大教授)が作詞を、信時 潔先生が作曲をされて、現在の校歌が制定されました。

 

出来てまだ10年以内の校歌も習ったのですが、新旧五分五分の熱の入れようであったと記憶しています。

 

歌の出だしの部分「東海の山なみ はろばろ見つつ 旭丘に学べるわれら」の「はろばろ」が妙に万葉調なのが、当時から誇らしげでした。

 

 

色々調べてみると、信時 潔先生は福岡市の筑紫丘高校校歌も作曲されています。因みに、学校の所在地はなんと倭国の500年代、元祖・石山寺があった所なのです。

 

 

注:「日本で一番古い校歌」については異論もあります。

 

 

 

 

自動車を始めとする製造業における“人間のバイオリズムを無視した勤務体制”がいつ始まったのか知りたかったのですが、連休を利用した断捨離の最中に昔買った本が出てきて判明しました。

 

たまには整理するといいことがありますね。

 

興味深いのは、当時労働組合は「夜勤」反対だったのですが、“一時的には止むを得ない”という条件だったようです。

 

それが今になってもズルズルと・・・・  

 

1962年といえばアメリカ映画「アメリカン・グラフィティ」で描かれている時代、というのが暗示的ですね。

 

鎌田 慧(さとし)著 『自動車絶望工場 ある季節工の日記』現代史出版会 昭和48125日(初版)からの引用です。

 

 

1973年1月9日

 

「だれだい、いったい、昼夜勤務なんてことを考え出した奴は……」

 

この半年間に勤務形態は3回変えられている。

 

8月までは昼勤。

 

9月から12月までは連続二交代制、そして1月から昼夜二交代制。

 

それも労働者になんの相談もなく。

 

ただ一方的に増加する生産台数を消化するために、人員を増やさず、労働時間(残業)の延長だけで切り抜けている。

 

トヨタで二交代勤務が始まったのは、1962年(昭和37年)からである。

 

「会社は9月10日から元町工場の全面二交代勤務を実施したいと提案してきた。

 

組合はこれを検討した結果、変則勤務には反対であるが、自動車産業の現状から止むを得ないとしてこれを了承……」(『20年のあゆみ』トヨタ自動車労働組合)

 

『トヨタ新聞』11日号で、豊田英二社長は、ことしの見通しについて「国内販売の155万台と輸出の80万台とを合わせて、12%増の235万台をぜひ達成したい」と語っている。

 

夜勤については過去ブログでも書いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

『源氏物語』が高三の古文の授業で取り上げられる理由は、男女関係云々を授業で扱っても、その年齢になれば「まあいいでしょう」ということかな、と理解していた。

 

物語とはいえ「皇室の先祖はエッチ(昭和30年代にはなかった表現)である」と公にしていいのか? と不思議に思っていた。

 

しかし、〝物語の舞台を大宰府から京都に移し、九州王朝の出来事を書き替えるプロジェクトがあった〟 という米田説は絶対にバレてはならないので、授業で京都のイメージを若い頭脳に何度も叩き込まないと安心できないのだ。

 

それでも尚、不安なので何年間のインターバルで時の文豪ら(与謝野晶子、瀬戸内寂聴、田辺聖子、橋本治、円地文子、谷崎潤一郎など)に新訳を書かせたのではなかろうか。

 

自分の創作のための時間を削ってまでして現代語訳に取り組む作家がこんなにもいるのだろうか?

 

かなりのギャラを貰わないと割に合わないように思う。

 

『源氏物語』がそれ程素晴らしいと言ってしまえばそれまでであるが・・・。

 

最近、身近なある人から「紫式部が九州に居たわけないだろう!」と言われた。

 

古文の授業の絶大な効果を感じるのは、こんな時である。

 

 

続 法隆寺は移築された YONEDAS 建築史学入門』で米田氏は以下のように述べる。

 

源氏物語は筑紫起源

 

 平安時代、西暦1000年頃に紫式部によって書かれたとされる『源氏物語』は今や世界文学の一つと認められ、海外においても作品研究が盛んである。

 

国内におけるこの古典に関する研究が伝統的に盛んであることは言うまでもないが、私の不勉強のせいか本質に迫る研究を知らない。

 

近代以降、藤岡作太郎の研究以上のものは現れていないと考えるが、いかがか。

 

すでに『列島合体から倭国を論ず』の博多論で述べたところだが、本来の源氏物語は650年代から660年代におそらく紫式部(初代)によって書かれている。

 

しかも物語の舞台は筑紫の京(現 太宰府都城址)である。

 

その「京」の面影は、我々が知る筑紫の歴史においてほぼ消えている。

 

だが、さらにその周辺の変化は大きい。・・・・・・

 

 

 

世界の研究者たち、ボーっと研究していると、チコちゃんに叱られるぞ!

 

米田氏は「オリジナル『源氏物語』は宮内庁が持っているかも・・・」と言っていました。酒を飲みながらの話だったので間違っているかもしれないけどね・・・

 

 

 

 

 

 

 

さらに嬉しいブログが今日も・・・・

 

筑豊に三種の神器が出土

 

太宰府は、倭国の都だった!?(4) ~太宰府は当時の東アジア最大の羅城だった!

 

 

『米田建築史学入門』を旭丘の諸君にプレゼント計画中.

 

今朝、埼玉県のOさんから全4冊の注文がありました。

 

改元を機に加速がつき始めたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暇つぶしにネット記事を見ていて「鈴の音(すずのね)」というブログで大分県宇佐の小倉山についての詳細な米田説に関する考察に出くわしました。

 

氏の類書に見られない見解については高評価がある一方、ついていけない、との声も時々あります。

 

分りにくさには定評があって“・・・本には建築家ならではの寸法云々を持ち出しての詳細な考察にかなりのページが割かれていますが、私には難解で、・・・と言った具合です。

 

米田氏の本は、手許に置き、日を改めて漆の重ね塗りのように何度も何度も重ねて読むと理解できる、と皆さんがおっしゃいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作詞をした覚和歌子 本人が歌う「いつも何度でも」

 

 曲の素晴らしさは言うまでもありませんが、歌い手によって随分印象が異なります。

 

ジブリ・アニメの曲を外国人が好んで原語(日本語)で歌いたがる気持ちは分かるような気がします。

 

メロディーにはシルクロードの香りが感じられ、その古代以来のグローバルなフィーリングが外国人にも受けるのかも知れません。

 

彼らが母音主導原語で歌うのは、きっと楽しいことであり、その結果、彼らの歌う日本語が我々の耳に心地よく響くのだと思います。

 

【超高音質】千と千尋の神隠し -いつも何度でも- Spirited Away Always With Me High-quality sound

 

Itsumo Nando Demo [ いつも何度でも ] - performed by Erutan (katethegreat19)

 

フランスの教会で歌われる「いつも何度でも」

 

いつも何度でも (Baltimore Canon Live)

 

Nataliya Gudziy -- Itsumo Nando Demo

 

【ピアノver.】いつも何度でも / 木村弓 -フル歌詞- Covered by 佐野仁美

 

『いつも何度でも』 陸自の歌姫 真衣 陸上自衛隊中部方面音楽隊

 

Coro Naushika 千と千尋の神隠し いつも何度でも メキシコ人 コーラス

 

 

 

平成から令和へのバトンタッチがスムーズでありますように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暇つぶしにネット記事・動画を見ていると、“日本は素晴しい”の大合唱、それらの記事を集めた出版物も出回っています。

 

その様な情報に接すると悪い気はしませんが、歴史的に見ると、このような雰囲気に酔いしれていると“程なく戦争が始まる”と言う説があるので警戒が必要です。

 

 

 

台湾の故宮博物院には所蔵する「清明上河図」とは別のオリジナル・バージョンがあり、それには倭国時代の博多から大宰府あたりが描かれており、現代の日本人には天地がひっくり返るほどの情景が展開します。

 

何故そうなるかは、一言では説明できませんので『米田建築史学入門』他を読んでいただきます。

 

つまり、近畿地方が舞台である飛鳥時代の福岡周辺は、文明的に明治時代始めの東京より上のレベルにあったのです。

 

絵にある長柄橋(現在の博多のウォーター・フロント近く)と石造りされたお江戸日本橋の技術レベルを見れば明らかです。

 

大和政権に乗っ取られて今に至る我が国の来し方は“失われた千三百年”と途方もないものですが、元が元ですので「日本スゴイですね」は当たり前なのです。

 

「清明上河図」は世界的に研究が進んでいるのですが、“その舞台が古代の日本、しかも福岡辺り”とは誰も言いませんし、言えないでしょう。

 

言い出しっぺの米田氏は亡く、この説に関する文献は今のところAB&JC PRESS版の氏の4著作(書店ではお求めになれません)しかありません。

 

興味津津の説ですので“猫の首に鈴を付ける”学者が今後現れるかどうかが見ものです。

 

 

 

 

 

九州王朝を隠蔽する者たちと現在進行中の第2次“壬申の乱”を仕掛けている(半島経由の?)者たちは同じ穴の狢と言えると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は10年以上前、医者向けの雑誌に載ったCMの一部です。

 

モーレツ社員の時代にあった「24時間働けますか?」と言う健康ドリンクのCMをパクッたことは明らかです。  

 

“ちゃらんぽらん”の生活をしていても、薬で血圧をコントロールをすれば長生きが保障される、と思い込まされていませんか。

 

その他、コレステロール、尿酸、血糖値等のメニューも用意され、さらに何とか予備軍とやらで脅されます。

 

薬の必要性については否定するものではありませんが、何とかして薬に頼らない努力をすべきです。

 

血圧マフィア」と言う怒りの投稿を読みましたが、もっともですね。

 

 

冒頭のCMですが

 

24時間下げ続けるのですから、スポーツ、夜の営みの最中も血圧は低いままなのかしらん? それともスポーツ的なものは禁止せよと言うのでしょうか? 

 

まずは、自分の方針を自分で決めることです。

 

血液データを“薬の増減のための指標”と考えると泥沼に嵌まってしまうので、“自分の生き方のチェックに役立てるためのもの”と考えると、“知らぬ間に薬の種類が増える”ことが防げる、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師を志願する若者が激減しているそうです。

 

結果として、教育の質の低下は免れず、社会問題化し始めています。

 

教育の怖いところは、一度低下すると元に戻せないことです。

 

旭丘高校の初代校長は漢文が(白文で)スラスラ読めたそうです。

 

その後、そういう人は現れなかったのですから、例えば、一世代ごとに少しずつ(たとえば80%)レベルが落ちていくと考えると、さらに次の世代は64%に落ちてしまいます。

 

国民がバカのままであって欲しいと願う悪い為政者や富裕層がいたとしても、彼ら自身がとばっちりを受ける可能性がありえます。

 

最近、新聞に“人身事故”と報道される飛び込み自殺が多発しています。

 

“経済が好調”というフェイク・ニュースを信じ込まされ、貧困は自分のせいと悩んだ挙句のようです。

 

そして、約2時間不通となります。

 

この事故のために、富裕層の誰かが海外旅行に向けて乗った列車が不通になって、飛行機に乗れない場面を想像してみてください。

 

分り易くするための極端な例えですが、皆の幸せを考えなかった結果です(風が吹くと桶屋が儲かる的ですが)。

 

中年の引きこもりが60万人だそうですので、今後、日本中の鉄道はダイヤの混乱が常態化し、国民の幸福度が低下するかもしれません。

 

 

 

昭和10年の教育事情がわかる資料です。

 

一見するとアナクロ的な内容ですが、現場の先生方(公立中学校教師)はこの25箇条を読むと元気が出ると言います。