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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

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 . https://www.youtube.com/watch?time_continue=390&v=UHgYoRK4rzQ&feature=emb_logo

 

 

 マドモアゼル・愛 氏の動画です。

 

 

以前から名前は聞いていましたが、こんな方だったのですね。

 

 

偶然、U-Tubeでお会いできました。

 

 

みんなウソの中でも極め付きのウソはこの国の歴史でしょう。

 

 

学校で習う飛鳥時代、北部九州では『源氏物語』の世界が現在進行形だったのです。

 

 

近畿との間には交流もあったのです。

 

 

それでも騙されてしまったのです。

 

 

昔から悪い奴らはやりたい放題だったのです。

 

 

米田良三氏の「法隆寺移築説」に対する抵抗はもう無駄なのです。

 

 

斑鳩の宮大工の棟梁であった西岡常一氏が私信で移築を認めています。

 

 

恐らく、彼の一番弟子の小川氏も胸にしまっているのでしょう。

 

 

墓場の一歩手前ですべてを話してほしいのです。

 

 

日本のために、世界のためにも。

 

 

 

ずいぶん長い間、交番や駅に凶悪犯の“WANTED”ポスター「おい、小池!」が貼られていましたが、最近見なくなりました。

 

 

ポスターに使われる写真は免許写真が転用されるようですが、免許証の写真映りに満足している国民はほとんどいないでしょう。

 

 

私も何回か書き換えを経験しましたが、写真映りの悪さの謎に気づいてから、納得できるのが1枚だけ撮れました。

 

 

とにかく撮影環境が悪すぎます。

 

 

何しろ相手は警察です。

 

 

落ち着きません、緊張しています。

 

 

係は大方、優しくありません。

 

 

いつシャッターが押されるのか、タイミングが曖昧です。

 

 

複数枚とって選ぶなんて夢のまた夢。

 

 

解決方法はただ一つ、プロのモデルのように、30秒間同じ明るい表情を維持するトレーニングをして臨むことです。

 

 

何しろ警察側は不細工で、凶悪なイメージの写真を撮ろうと手ぐすねを引いているのですから。

 

 

指名手配の写真がニッコリ微笑んでいては説得力に欠けるじゃありませんか。

 

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我が国に出回っているベッドの大半は、頭側に化粧板がそそり立つデザインがほとんどで、外国映画に見られるようなメルヘンチックなものは皆無に等しい(大金持ち達のモノについては除く)。

 

昭和40年、新築を機に板の間を与えられ、ベッドを購入することとなった。

 

映画「The Sound of Music」で雷雨の夜、マリアの部屋に子供たちが集まるシーンとか、スエーデン映画「沈黙」のポスターにあるベッドのイメージを引っ提げ松坂屋のバーゲン会場で出会ったのが初代マイベッドである。

 

あの時の2万円はリーゾナブルでよい買い物であったと今でも思っている。

 

その後、結婚とか我々の業界に付き物のドサ回りの為、ベッドは使用されず、実家の物置で眠っていた。

 

20年以上前、終の棲家を建てたのを機にマイベッドは復活するハズであったが、保管の悪さから、随分みすぼらしい状態に落ちぶれていた。

 

そこでDIYの腕前を過信し、自らニスを塗り始めたのだが、それが腹の立つほど無様な出来栄えで、数日間落ち込んだ。

 

そして復刻版を製作するという決断をする(つまらないことに意地を張るのが欠点)。

 

復刻用の図面は素人が描いた割には緻密であり、それをプロが業務用に直した。

 

材木の扱い、工作機器のその後の発達は目覚しく、塗装も含め出来上がりについては満足のいくものであった。

 

小学校時代の同級生が所属するカリモクという家具会社の岐阜工場にオーダーしたので、出来栄えはワールドクラスの折り紙つきであった。

 

眠ってしまえば、ベッドのデザインなど関係ないという意見もあるが、日常生活におけるルーチンは重要であって、気に入ったデザインのベッドに向かって「今日も一日頑張った!」と気合を入れるには、メルヘンチックなデザインも有用だし、仕上げの塗装も美しい方がよい。

 

確かに値は張ったが、2代目ベッドにも満足している。  

                

 

最近、マットレスを買い換えたのだが、昔に比べ随分厚くなりフィット感がよくない。

 

このフレームの設計図に少し手を加えれば、現代の若者にもマッチするメルヘンチックで、クラッシックな製品に纏まるに違いない。

 

復刻版第1号の製作費は高額であったが、ひとたび量産されれば大幅に安く出来ると思う。

 

 

 

ここで1世代下の女子に聞いてみた。

 

今の若い子は、クラシック調にも、木目調にも関心は無く、床だって、白か黒を選ぶとのこと。

 

 

 

夢が無い!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

今朝、ラジオを聴いていたら、久々にあの“チャラン”が鳴った。

 

 

今話題の千葉県沖だ。

 

 

47分ごろと言っていたが、46分の予定だったとしたら、ボタンを押す前に1分間悶々としていたのだろうか。

 

 

今後、自分がどうなるのか覚悟はあるのか?

 

 

棚から物が落ちなかったレベルなのに、ラジオは事細かにどうでもいい震度を“グダグダ”並べ、そして繰り返す。

 

 

早々と記者会見も予定されていた。

 

 

  今朝のレベルより強くても、もっと淡白な放送の場合も結構ある。

 

 

いくら自信があっても、予定通り揺れない場合に備え、.いつもの番組をちゃんとスタンバイさせておかなきゃダメじゃないか。

 

空振りだったと白状しているようなもんじゃないか。

 

 

 

昔、流れていた「ジェットストリーム」そっくりの放送を望めないのは分かっているのですが、昨今の番組の多くには耳を塞ぎたくなります。

 

 

進化論を妄信している国民に、メディア側が国家、国民の劣化を仕掛けている構図には薄々皆気付き始めているのでしょう。

 

 

以下のセレクトした書き込みから読み取れます。

 

今井公明

今井公明 1 年前

これだけジェットストリームが未だにYOUTUBEに流れ、新聞にもそのCDが販売されているのに、聴く人の声がこうしてアップされているのに、この手の番組か増えないのは、残念でなりません。

 

大悪おやじ

大悪おやじ 1 年前

何故昔はテレビ ラジオ【AMFM共に】には良い番組があったのかな 逆に現在は情けないほど陳腐な番組だらけになったね。

 

電動自転車44号

電動自転車44 9 か月前

これがリアルタイムで聴けた人達が羨ましいです。

 

夢の途中

夢の途中 8 か月前

本当に懐かしすぎる。今のラジオはおしゃべりばかりでまともに音楽もかからない。 深夜眠い目をこすりながらきいたり、なけなしのお金でオープンリールデッキを購入してエアチェックしたり、良き時代でした。

 

GUNDAM FIGHT

GUNDAM FIGHT 10 か月前(編集済み)

名曲達のインストが良い!凄い癒されます。昔はこんな素晴らしいラジオ番組があったんだなー。 個人的には47:06からのYMCAのインストが気に入ってます!

 

p boo

p boo 1 年前

昔は良かったってありきたりだけど本当にそう思う。深夜ラジオ、エアチェック携帯もパソコンもないそれが今はたまらなく懐かしい。今は便利なんだろうけどね。味気ないなぁ

 

ははむく19 2 か月前

日本語が凄く綺麗だ 色気さえ感じる

 

koubou alto

koubou alto 1 年前

中学生の時にいつも聞いていました。遥かなヨーロッパの国々に想いを馳せていたものです。レトロなナレーションは城達也さんの声で、この時代だから合うもの。現代の大沢たかおが語っても全然似合いません。

 

だよ僕

だよ僕 1 年前

20代です なぜだろう 昔のほうが今より不便なことがいっぱいあったはずなのに みなさんのコメントを見ると 昔のほうがいいなって思える 思い出も希望もあって。 人間関係が希薄になってる現代社会のせいってやつですかね。 もっと『今』を生きなきゃいけないと思った。 人間らしく他人の目を気にしながら変化して、いつかくる死に怯え、いつの間にか老いていることに気づいて、ふとこれまでの人生を振り返りたい。 ただまっしぐらに生きたい。

 

伊藤正昭

伊藤正昭 10 か月前

当時、この番組を含めてホントに魅力ある番組が多かったですね。 城達也氏は絶対に表には出なくて裏方に徹していましたね。 今は、¥の為ならマスメディアにすぐに出るとは・・・J事務所なんてそんなに大騒ぎする程かなと思います。

 

tfkco

tfkco 2 か月前

最近の中波的な番組嫌いだわーーーー

 

ender5uijin

ender5uijin 7 か月前

ラジオを聴き始めたのは、小学校4,5年生の頃。昭和50年前後だった。 思えばオールディーズや映画音楽が好きになったのも、ジェットストリームの影響が大きかったような気がする。  インストゥルメンタルで曲だけなんて、きっと今の子供たちには面白くもなんともないんだろうけど、あの頃は子供心にも響いたな。城達也さんの落ち着いた声の魅力も大きかった。

 

K. gmail TKNK

K. gmail TKNK 4 か月前

Wikipediaで解説を見たら1967年からあったんだね。僕は1966年生まれ。中学生の時にFM放送がなかった会津若松で自作のアンテナをラジオに付けて毎晩ひたすらイヤホンで聴いていた。これだけが青春の思い出だったと言ってもいいくらい。城達也さんがカウントベイシーを教えてくれた。それからジャズを聴くようになり自ずと音楽が好きになっていった。79

 

西尾歩

西尾歩 11 か月前

20代の若造ですが、聞いていてとても落ち着きます。父が若い頃よく聞いていたそうです。


 

現在の劣化番組の先頭はNHKで、その特徴は「とにかく乱暴で騒がしい」「些細なことでギャハハと笑う」「男女のけじめの無いしゃべり口」等々。

 

 

テレビの手法をラジオに持ち込むのは、やってはいけない。ラジオは本来静かな媒体であるべきだ。

 

 

朝のラジオ体操の後のコンパクト・ニュースのバックに流れるサブリミナル雑音は誰の命令なのか?

 

 

 「メロディーズリンガーオンスペシャル」 家弓家正 https://ameblo.jp/hagurumba/entry-12357807412.html   「ポピュラーアラカルト」 関 光夫

https://www.youtube.com/watch?v=3d1F4zUPyMA

 「午後のサウンド」等 70~80年代のカセットテープを聴いているが、心の平穏は現在の番組とは比べようも無い。

 

 

現代の音楽があのような雑なしゃべり口でないとマッチしないというなら、それはそれで大問題で、救いが無い。

  おまけ

 

 


 

 

 

“カイロ大学卒業”云々が話題になっているが、我が国の総理大臣には、そろそろ東大卒クラスがなって欲しい。

 

色々事情があるようだが、このままでは国民の士気に影響する。

 

人生の残り時間をカウントしながら思うに、この20年間は滅茶苦茶な世の中で、実りもトキメキも何も無く、他人のせいにしてはいけないが、過ぎ去った時間を返してもらいたい気分だ。

 

半島経由の官僚、政治家たちが、自分の意思か、依頼を受けているのか知らないが、我が国を潰しにかかっているとの噂は本当のようだ。

 

現在の日本(大和朝廷由来)が潰れたところで全く構わない。

 

次に来るのは九州王朝倭国の復活であってほしい。

 

世界中から無秩序に雑多な人種が押し寄せて来るのは御免こうむる。

 

 

 

蔡英文さん、現代日本が消滅する前に、故宮博物院にあるオリジナル

 

 

 「明上河図

 

を公開して下さい。

 

宮内庁歴史担当の方 倭国『源氏物語

 

 

を初めとする、改竄前の文学作品群を公開してください。

 

この件は、米田良三氏との雑談中の話題なのですが、私には氏の遺言のように思われます。

 

 

 

冒頭の絵は「玉鬘」の長谷寺の場面ですが、大和長谷寺には全然マッチしません。

 

佐賀県三瀬村の一角に、この場面の諸々にマッチするエリアがありますので、『源氏』ファン

 

 

は“聖地巡り”の一環として訪れてみて下さい。      

 

 

“先達”は あらまほしきものですので一人で行く場合は御注意を!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  孫が好きなコミックです。

 

 

  我々の世代では、内容もテンポも付いて行けません。

 

 

  著者の絵の進化が著しく、将来の大ブレークが予感されます。

 

 

  装丁のコンセプトは米田建築史学シリーズのそれと相通じるものが感じられます。

 

 

  今後はセンスがよい愛蔵版的な作りが好まれる時代がやってくると思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最近、米田良三氏の“法隆寺移築説”に関連する番組が立て続けに放映されるのですが、登場する専門家の表情を見ていると、明らかに顔に嘘と書いてあるように見える場合があるし、西岡常一棟梁の1番弟子のように「もっとハイレベルの話をさせて欲しい」というように見てとれることもあります。

 

 

即ち、番組のレベルが低すぎます。

 

 

概ね言えると思いますが、移築を認めない人は伽藍が「美しい」、認める人は「醜い」と言います。

                      

              

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法隆寺の西院伽藍に立ち入った途端、その規模と風化著しい部材に圧倒されてしまい、伽藍全体の美醜にまで考えが及びません。

 

 

「世界で一番古い木造建築である!」と洗脳されていますので尚更です。

                                                  

空からの映像を見れば一目瞭然です。捻じ曲がった根性で移築されていますので、不自然な配置は嫌がうえにも目に飛び込んできます。

 

 

金堂の向きは言うに及ばず、五重塔と金堂の間のスペースは仏事/イベントを催すには余りにも狭すぎ、醜いものです。

                        

米田良三氏は観世音寺の創建時想定図面と対比し分かりやすく図示しています。

 

 

移築は認めるが「観世音寺からではない」という人がいるようですが、まず『法隆寺は移築された』をしっかり読んでいただき、議論はそれからです。

 

 

 

  その1 小学生の頃、我が家の庭に近所の大工の棟梁が作業場を設け仕事をしていました。

 

  学校から帰った私は、人間国宝的な腕前を毎日のように見学しているうちに、日本建築のあらましを理解しました。

 

  大工仕事の技術面に興味を持ち、やがて設計の方に興味が移って行きました。

 

  結果的に自分の設計で4戸が実現しました。

 

  その2 昭和30年代は作文教育が盛んで、ガリ版刷りの学級文集を生徒自身の編集で作っていました。

 

  当時の編集の楽しさは今もハッキリ覚えています。

 

  その3 古くは、中央公論社、岩波書店などの歴史全集がもてはやされた時代がありましたが、ノン・アカデミックな著者の本が80年代には人気でした。

 

  それらは正史の嘘っぽさを暴くのが常で、それらが古書店に出回りだした頃、私は『法隆寺は移築された』に出会たのです。

 

  その4 米田良三氏は新泉社から4冊出版したものの、(社長交代他、何か理由があって?)持ち込んだ5冊目の原稿は断られました。

 

 

  建築に関する興味、編集能力、野史的嗅覚、社会情勢が微妙に絡まり建築史学シリーズ(完全・愛蔵・永久保存版)4冊は完成に近づきつつあります。

 

  振り返ってみると、

The lifework is like this!”です。

 

  米田良三氏と現地に赴き「倭国長谷寺跡発見」をアシスト出来たのは私の誇りです。