民営文化センター -106ページ目

民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever






第2回 青春グラフィティコンサート のオープニングに森田 貢氏が登場し“マイペース”時代に大ヒットさせた「東京」 を歌いました。




東京生まれの人は、どう思うかは分かりませんが、地方の人間はあのテンポで「花の都ぉ~・・・」とやられると、何かじっとしていられない心境 になります。




結果的に「一極集中促進キャンペーンソング」の役割を果たしているように思えます。




冒頭の写真は、この歌が発表された6年前の浅草仲見世です。




地下鉄東西線が全開通した頃です。まるで戦前みたいですね。











現在の爺さん、婆さんたちが“若者たち”《「空にまた日が昇るとき」オリジナル版 、そのライブ版

2014年版 》だった頃の歌です。




記事は当時の私のスクラップブックから採ったものです。




テレビ業界が、まだ若く、生き生き、理想に燃え、活気のあった時代です。




その後、今に至るまで、お上の意向を汲んだバカ番組 を作り続けてきたのですが、時々本気を出そうとすると「電波を停めるぞ!」と脅され、もう完全におしまいかなと思います。




電波が止まった方が、日本がまともになるので、その方が良いですね。





ちなみに、その恫喝おばさんは海部総理の時代の週刊誌に、湾岸戦争について投稿しているのですが、その時の肩書きは「元米連邦議会立法調査官」とあります。




シッカリ脳みそを洗ってもらっていたのでしょうね。



以前は、まず先に代金を振り込んでいただいた後、発送しておりましたが、お客様に若干の不安があるようでしたので、今後については以下のように明示いたします。




1.Faxで申し込む。電話番号をお忘れなく。(将来的にはEメール利用の予定)



2.ゆうメールで発送します。



3.配達時、冊子代+390(代引きに関わる費用)ご用意下さい。



4.送料は当方で負担します。



5.在庫は現在各々3050部です。


 



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同時多発テロ直後の映像は、丁度夕食後ということもあって、見た人は多かったし、遅く帰宅した人々も繰り返し流される映像にクギづけになったことでしょう。




今さら言うまでもなく、テレビというものは本当に曲者です。




フロリダの小学校でのブッシュ大統領のスピーチの場面はいただけなかったですね。




補佐官から耳打ちされ、しばらくして「アメリカはテロにみまわれた。犠牲者の冥福を祈る」と一席。




画面の背後で付き合わされた小学生たちは何のことか解からず、黙祷の後に拍手をする始末。




世界に発信するなら、もっと事実関係をしっかり把握してからにしてもらいたいと思いました。




反射的、あるいは意図的(?)に高官の誰かが「これは第2のパールハーバーだ」と言ったとも伝えられますが、あの年の春先に「パールハーバー」というハリウッド映画が公開されたり、写真集が発売されたのは、はたして偶然だったのでしょうか?


 





伊勢正三と山本潤子さん
















2001年9月9日、「第2回 青春グラフィティコンサート」があり、名古屋の久屋広場へ見に行きました。



出演は南こうせつ、山本潤子、伊勢正三、海援隊、小室等 ほか 。豪華メンバーによる入場無料のアウトドア・ライブということで、始まる前から大勢の団塊の世代前後の人々が座席確保のために炎天下でじっと耐えておりました。



コンサートは最高の盛り上がりを見せ、気分も最高でした。



まさしく、あれが良き時代のフィナーレでした。



というのも、あの2日後にアメリカ同時多発テロが起こったのです。



自分の成長とともに右肩上がりの戦後の流れを見てきた人間にとって、今の世の中が何かしら息苦しく感じるのは、ひとえに、あの日を境に世界がすっかり様変わりしてしまったからに相違ありません。



自分の人生観も狂ってしまった気がします。




以前、同窓会で会った○○大学の教授をやっているのが、いまだに「ビン・ラディンが・・・」と言うので「教壇に立つ君のことだから、その説で行けばいいんじゃない?!」と言ってあげました。




近々、再び同窓会がありますので、今度は何と云うか確認してみようと思います。









映画 はNYが舞台。



夫が画家である初老夫婦が、現在住んでいる5階建て・エレベーター無しのマンションのトップフロアーに、今後も住み続ける体力的自信を無くし、



住み替える決心をし、自らの物件を売ることと、新しい物件を買うという狭間での色々な駆け引き、それに伴う心理状況の変化が描かれます。



結末を言ってしまうと、ぶち壊しになりますので言いませんが、面白い映画です。



映画の中での庶民の不動産交渉の場面を見て思うのですが、あのようなやり方は日本人には全く馴染まないレベルのもので、狩猟民族と農耕民族の差は如何ともし難いと納得です。



あの延長上に国の外交交渉があるのですから、TPP等、やられっぱなしなのも無理からぬことです。




ところで、つい最近“経団連の広報誌”にNYのホームレスの記事が載りました。



噂には聞いておりましたが、やっと出たという印象です。今後、映画と現実のギャップを埋めるマスコミの苦戦が目に浮かびます。












(前回の続き)



日本語についての角田忠信氏の研究をご存知でしょうか?  




『日本人の脳』という名著を是非ご一読下さい。



彼の説 を知ったヨーロッパの貴族達が日本語のすばらしさの秘密を知って、羨ましい思いでいるそうです。



最近では、日本経済が落ち目であるにもかかわらず、世界中の若者の間で日本語学習ブームが巻き起こっているようですが、彼らは、体感的に角田理論を実感しているのでしょう。



「ホーホケキョ」のように、動物の声を聞き分け、味わい、文字による正確な表現が可能なのは恐らく日本語だけでしょう。



このような日本語の構造が英語上達の足を引っ張っているのですから、前回の冒頭に述べたように「どうしょうもない」のです。



その一方で、この日本語の構造的特性を体感しているのが外国の若者なのです。



日本人がムキになって英語を学ばなくても、日本語に興味を示す外国の若い層がこちらに近寄ってくることでしょう。



将来の移民問題を考える場合、日本語・日本文化にリスペクトのある人たちに限り、受け入れてもよいのではないかと考えます。



「英会話の勉強の役に立つ」からといって、日本人にとって有害な外来種(分かる人には分かる、奴らのことですは水際で阻止し、絶対に!のさばらせてはなりません。


 









“日本人はどうしようもなく英語が下手”なのは日本語の構造から来るものですので、これは宿命です。



才能のある者がどんどん上手くなり、外交などの場面で活躍してくれればよいのです。



これは一輪車に例えると分かりやすいのですが、器用な子はすぐに乗れるようになります。



ダメな子はいつまでたっても乗れません。



かといって学校児童全員が一輪車に乗れるように早期教育が必要と、一年生から、しつこく練習し続けるなどと聞いたことがありません。



英語に関しても同じで、ひととおり(中学校から)の勉強で、ひとまず納得した方が本人のためになる場合もあります。



入学試験がある以上、無しで済ますことはできませんので、コツコツやるしかありません。



将来、必要な時に集中する覚悟さえあれば、費(か)けた時間が無駄になることはないでしょう。



ネットジャーナリストと自らを名乗る輿水正氏の英語による講演動画を見ると、彼の英語は日本人の到達点として、必要にして十分だと思います。



問題は中身なのですから。(次回に続く)






英語・英会話を本格的に学ぼうとする前に是非読んでおきたい

『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』 という本があります。 




USBを整理していたところ、米田良三氏の未掲載原稿を見つけましたので一部を掲載します。



少々クドイようですが、今回も「移築」のお話です。





犬山城のある犬山市に明治村(1) (2) (3) がある。



日本各地にあった明治期を中心とした建物で、壊してしまうのにはもったいないものが解体され運ばれて、元の姿に再建されている。



建物の博物館である特殊な公園で、昭和四十年頃から移築が行われている。



驚かれると思うが、同様に奈良斑鳩(いかるが)の法隆寺も移築された建物である。



710年に出来上がるが、何と607年に筑紫に観世音寺として造られた建物で、新築ではない。



1991年『法隆寺は移築された』(新泉社)を発表して十七年が経つ。



法隆寺解体修理報告書の詳細な検討から導き出した結論である。



五重塔天井格子の落書き「六月肺出」が617年のハレー彗星出現の記録であることを周期から導き出せたことがポイントである。



以来法隆寺は新築されたのでなく、移築であることに異論を聞くことはない。



が、しかし観世音寺からの移築であることには拒否反応を示す人が少なくない。(以下略)





また同氏は『東アジアの悲劇』のなかで「実は法隆寺が移築された建物であることを認めるだけで、論理的に日本の歴史はひっくり返ってしまうのですが、そのことは別の機会に述べることにし、話を進めます。」と言っています。



いずれにせよ、聖徳太子神話は崩壊したのです。



聖徳太子について大真面目に従来どおり論じている歴史書は、総て存在している意味がなくなったのです。



そんな訳で、歴史にしろ、建築にしろ、学会は不気味な沈黙を守っているのです。



内部から手を挙げれば、その人は研究者生命を絶たれることになるわけですので、話題にすることすら憚られるのです。



しかし、近々起こる世界の激変に伴い日本も変わりますので、その時トップランナーに躍り出るチャンスがあります。


















「法隆寺移築説」に無反応な人でも、このニュースのような具体例に接すれば、少しは「移築」というものが実感できるのではないでしょうか。




しかも「東京・杉並から大分県・湯布院まで」です。




米田良三氏の第一作『法隆寺は移築された』 のサブタイトルは「大宰府から斑鳩へ」です。




この中日新聞の記事では日本地図上に矢印を入れ、移築のイメージを描いています。




AB&JC PRESS版の第2作『長谷寺考』 では佐賀県・三瀬から大和へ向けて矢印が入った著者自身による地図を掲載しております。




誰もが考えることは同じなんですね。