感性による洞察と推論
感性を総動員した洞察力や推論などは、今後益々重要になってくることだろう。今や、知識を自分の頭に記憶させておく必要すら無くなり、Google検索すれば、いつでもどこでもそれなりの情報は手に入るのだから。
Google Desktopのプルダウンには「Search your brain」という選択肢が用意されている、などとというジョークもある。記憶しておくと忘れる危険性があるが、パソコンに入力さえしておけば、いつでも必要な情報を検索入手できるので、その方が便利だろう。
真価が問われるのは、そのような無限の情報を前にして、どれが重要でどれが重要でないかを見極める評価能力、情報の海の中で自分の感性を正しい方向に導く洞察力、そして相関関係がある複数の事象から真の cause and effect (因果関係)を導き出すことができる推論能力だ。
コンサルティングの実習
ビジネス・スクールの連中が考えていることは単純で、いかにお金を儲けるかのノウハウに集約される。自然科学とは無縁であるため、business model、strategy、investmentぐらいの用語を知っておけばだいたい事足りる。これらの単語を適当な接続詞と動詞でくっつければ、それらしいプレゼンテーションになってしまうのだ。
Developing and Managing Technologyという科目では、クラスの学生を小グループに分け、それぞれに実際の地元企業をアサインして、マネージメント・ヒアリングや現場ヒアリング、ソリューションの創案、プレゼンテーションなどの実施訓練を行う。要するにコンサルティングの真似事をさせるわけだ。
僕のグループはAnalog Devicesという会社に乗り込み、CEOとCOOに会って会社のビジョンと現状の問題点をヒアリングし、現場調査をし、将来戦略と施策を提案した。クライアント企業としては何かブレークスルーとなるような具体的施策の提案を期待しているわけだが、1年間ケーススタディ漬けで過ごした学生に机上の空論をぶつけられたのではたまらない。
今から思うと、何も知らない生意気な学生のプレゼンテーションに、よくフンフンと耳を傾けてくれたものだと、つくづく彼らの忍耐には敬服する。大学からお金をもらってクライアント企業のロールを演じているわけだが、青二才の学生が意気揚々と知ったかぶりのプレゼンテーションでもしようものなら、僕がクライアント企業の立場だったら絶対キレまくると思うのだが・・・
生活習慣の変更
これではいけないと、僕は生活習慣を大幅に変えることにした。
そもそも、食事の後に勉強するというのは不健康だ。食べた後は胃袋が必死で活動している訳だから、それ以外の部位は受動的な行動に徹するべきだ。つまり、横になってテレビを観るとか、音楽を聴くとか、ぼ~っとしているとか、まあそんな感じだ。
そこで僕は、翌朝の講義のことなどはきれいさっぱり忘れて、とにかく早く床に就こうと決めた。そして毎朝3時に起き、朝7時まで集中してケーススタディをこなすのだ。おかげで夕食は格段に楽しくなったが、朝3時に起きるのはさすがに辛く、朝食までの時間が長いためにお腹が空いてたまらないというのが悩みだった。
ケース・スタディ
事前準備として、膨大な量のケース・スタディが課せられた。
これは事例集のようなもので、例えばサン・マイクロシステムズが新製品の戦略を決めた時に、市場がこうで、こんなオプションがあって、CEOとCTOは意見が食い違って、開発チームが仲違いして、バグが多すぎて期限に間に合わなくて・・・みたいなことが延々と記載されている。
だれがこうした、ああした、ということに興味が無い僕にとって、全くもって退屈極まりない内容だった。ケースは単なる事例であって、明確な結論がない。当然、僕の最大の敵である睡魔が容赦なく襲って来る。食事をした後には眠くなるのが常で、退屈なケーススタディを読みながらいつの間にか額が紙面にくっついてしまうことの連続だった。
発言の中身
発音ではなく、中身が問われるのだが、その中身を他の学生に補わせる・・・ この戦略は当たった。
さすがのアメリカ人も、言葉が不自由な日本人を攻め立てるということはしない。中にはイライラとした表情をしている学生もいたが、かつてはアメリカ中のビルを買い漁ろうとしていた金持ち日本人の言うことには一応耳を傾けようという外交精神は持ち合わせているようだった。
四苦八苦しながら何とか言いたいことを表現しようとする可哀相な東洋人に同情してか、教室中は水を打ったように静まり返り、一瞬時間が止まったような異様な風景だった。僕の発言内容を自分では全く意図しなかった方向に好意的に解釈してくれる学生もおり、多少の論理矛盾は容認された。冷静に内容を分析し反論してくる学生もいたが、あとは適当にあしらえばいい。
とにかく一度でも発言しておくことが重要なのだ。
発言のコツ
学部が異なるせいもあって「借りてきた猫」状態だった僕は、やがてひとつのコツを習得する。
こんな状況では考えをまとめている余裕などない。発言者が一息ついた瞬間に、適当なタイミングを見計らって、手を高々と挙げながら大声で第一声を発するのだ。ア~でもウ~でも言葉は何でもいい。そうすると、皆がびっくりしてこちらを振り向く。教授も、「ん?何だね?」といった感じで軽く指名してくれる。それがチャンスで、あとは、う~、う~、とつまりながら、わざと日本語訛りを誇張し、できるだけゆっくりとしゃべる。そしてしゃべりながら考えをまとめ、しゃべり続けるのだ。
ただし間違ってもアメリカン・アクセントの流暢な英語を使ってはいけない。特に僕の場合は、高校時代に身に付けたアメリカン口語なので馬鹿丸出しといった感じになる。You know… とか I mean… などと口にした途端、一斉に軽蔑の視線を浴びるのは目に見えていた。
円形競技場
教壇を中心にぐるりと階段状の椅子と机が配置されたその教室は、古代ローマの円形競技場を思わせる。文字通り、そこでは学生どおしの議論の戦いが繰り広げられるのだ。
それは日本の大学とは全く異なった授業風景で、教授はテーマを提示し、次々と学生を指名しては発言させ、他の学生に反論させ、議論の方向を誘導していく。著名な学者でもあるが自前の理論を講義することはなく、そんなのはあらかじめ自分で調べて来い、という暗黙の了解があった。
CCMOのクラスもCorporate Marketingのクラスも、ディスカッションの内容が異なるだけで、大量のケーススタディと「円形競技場」は全く同じだった。学生の発言も常にヒートアップ状態だった。(おいこら、人の話は最後まで聞け)などと躊躇する僕の心境など全く察する気配も無く、ひとりの発言の途中からクラスの半数ぐらいが手を挙げ始める。発言が成績の50%にカウントされるというこのビジネススクールでは、試験でいくら高い得点を出しても、クラスで黙っていては落第してしまう。
Art of Class Participation、つまり「クラス参加(=発言)の奥義」などという理論を展開している級友もいて、どの教授の場合にはどこの席に座るのがいいのか、彼の自前の理論は何で、どんな話題だと興味を示すか、禁句は何か、などについて、先輩からのヒアリングをもとに、教授ごとに詳細なデータを収集したりしていた。
コース選択
9月からは、留学生活も2年目に突入する。修士号を取得するのに必要な単位は1年目でほぼ取得していたので、2年目は自分なりの成果を上げる時だ。
僕はビジネス・スクールとインディペンデント・スタディ(Independent Study)にフォーカスすることにした。この大学のビジネス・スクールはあまりにも有名だ。MBA取得は会社から禁止されているものの、これを体験せずに帰国するなどあり得ない。僕はcross register制度を利用し、学生に人気の3つの科目を選択することにした。
ひとつ目は、アメリカで絶えず興亡を繰り返す新興ハイテク企業の育成に興味があったので、DMT(Developing and Managing Technology)という科目にした。ふたつ目は、企業の生体システムとも言うべき組織について論理的武装をしたかったので、CCMO(Coordination, Control, and Management of Organization)という科目、そして3つ目は、アメリカが生んだただひとつのアートとも言えるマーケティングに習熟したかったので、Corporate Marketingを選んだ。
ビジネス・スクールの初日は、DMTのクラスで始まった。