windance の亜米利加放浪記 -10ページ目

あっけない下山

登頂までの不安と緊張に比較して、下山はあっけない。


山頂付近では滑落しないように細心の注意を払いながら降りて行ったが、雪が無くなるあたりから次第にペースは速くなり、足元が岩と火山灰で埋まるようになってくると、ざっ、ざっ、とリズミカルな音を立てながら斜面を一気に駆け下りるような感じだ。


バースキャンプに集合した僕たちは登頂の喜びを分かち合い、ひと休みしてからテントをたたみ、車まで戻った。

5450メートルの山頂

そこは火山岩が盛り上がった小さなスペースで、石ころ以外は何もない。


何かを期待していた山登り初心者の僕にとっては、あまりに殺風景だった。いったい何を求めて僕はこの場所に辿り着いたのだろう・・・そんな疑問が頭をかすめたが、富士山のように頂上にトイレや飲食店が完備(?)されていなかったのが救いだった。


自分のこれからの一生の中でも、これ以上の高度に到達することはないだろう、ただその記録だけのために挑戦し達成したという、その満足感だけが頼りだった。


周りを見渡すと、雲がいくつもの層を成していて、すべてが自分の目線より下に見える。はるかかなたの雲海から突き出るように別の山が見え、僕の登頂を褒め称えてくれているように見えた。

5450メートルの山頂

そこは火山岩が盛り上がった小さなスペースで、石ころ以外は何もない。


何かを期待していた山登り初心者の僕にとっては、あまりに殺風景だった。いったい何を求めて僕はこの場所に辿り着いたのだろう・・・そんな疑問が頭をかすめたが、富士山のように頂上にトイレや飲食店が完備(?)されていなかったのが救いだった。


自分のこれからの一生の中でも、これ以上の高度に到達することはないだろう、ただその記録だけのために挑戦し達成したという、その満足感だけが頼りだった。


周りを見渡すと、雲がいくつもの層を成していて、すべてが自分の目線より下に見える。はるかかなたの雲海から突き出るように別の山が見え、僕の登頂を褒め称えてくれているように見えた。

山頂アタック

足元に集中し過ぎ、呼吸が荒くなった時にはペースを落とすのが必要だ。


あたりを見回すと、快晴の空に白い雲が幾重にも重なり、山の斜面と40度近い角度をつくっている。いつしか足元は急斜面の氷の壁となっており、踏み外したら命は無い。ロープでお互いを結び合っているとは言え、誰か一人でも滑落したら、全員がその巻き添えになることは十分にあり得る。


僕たちは声を掛け合いながら、ひとつひとつの動作に全神経を集中した。


そうやって数時間歩き続けて、やっと火口に到着した。火口近辺は若干斜度が緩くなるのでそれまでの緊張感が解れたが、そこには異様な風景が繰り広げられていた。


ぽっかりと口を開けた火口の周辺は、雪面が途切れて崖のように落ち込み、まるで蟻地獄のような不気味な様相を呈していた。火口内の数箇所からうっすらと立ちのぼる蒸気に混ざって硫黄の匂いがし、生贄の肉と骨を焼きつくす準備をしているように見えた。僕たちはその周りを半周するかのように歩きつづけ、ついに一番高いポイントに到達した。



5450メートルの制覇だ!

第二グループの出発

緊張感の中、僕たちは出発した。


最初はゆるやかな斜度なのでペースは速い。高度に十分順応した身体は、呼吸も乱れることはない。山頂まではかなりの道のりだ。僕たちはひたすら、火山灰の歩きにくい斜面を突き進んだ。


やがて、斜面全体が一面の氷雪で覆われるようになった。場所によってはかなり斜度がきつい。遠くに見える何層もの雲によって地平線の角度がわかり、そこから斜度が推測できる。


僕たちは全員をロープでしっかりと結び、ピッケルを杖がわりにして、アイゼンの爪をしっかりと氷面に突き刺しながら一歩一歩、着実に前進した。

第一グループの帰還

登頂の日、朝4時。第一グループが出発した。


登頂の成否は自然に大きく左右される。リスクを分散するために2つのグループに分け、時間をずらして別ルートで登頂を試みる計画だった。いずれにしても、天気の安定している午前中に山頂アタックする必要がある。


6時ぐらいになって僕たちの第二グループが準備を始めた頃、第一グループがひどく疲れた様子でベースキャンプに戻ってきた。ルート途中の雪面の状態が悪く、滑落の危険が高いので断念したとのことだった。第二グループの代替ルートも、行ってみなければわからない。


リーダーのダグも第二グループで登頂する予定だったが、第一グループの失敗を聞いて、彼はキャンプに留まると言い出した。苦労してここまで来たのだから一緒に登頂しようと、皆でダグを説得したが、彼はかたくなに拒否した。登頂にチャレンジできなかったメンバーがいる以上、責任者の自分が登頂するべきではないと思ったようだ。

滑落に備えた訓練

ハイキングの最終日、僕たちはベースキャンプをMt. Popocatapetelの赤茶けた斜面の中腹に移した。そして近辺の地形調査をしながら、翌日の登頂の訓練を行うことにした。


4000メートルを超えるころから氷雪の斜面となるため、滑落の危険性が高い。突起や樹木がほとんどない火山では、いったん滑り始めると途中で自然停止することなどは期待できないからだ。訓練場所は、少し登ったところの北斜面で、緩やかな傾斜の一部は氷雪に覆われていた。


僕たちは登山靴にアイゼンを装着し、ロープで全員をつないだ。ひとりずつ順番に氷の斜面でわざと倒れ、滑りながら身体をねじってうつ伏せになり、ピッケルを斜面に突き刺して止まる練習を重ねた。こんな一夜漬けの練習で本番の時に役にたつのかと半信半疑だったが、何もやらないよりましだ。


鋭いピッケルが氷に引っかかりうまく身体を支えてくれると、映画のシーンが思い出された。

大自然に包まれて

最初は、トイレも、シャワーも、マットレスも、まともな食事も無い毎日が途方も無く心細く思えたが、不思議なことに、3日目ぐらいからは慣れるものだ。お洒落や美食は都会にいるから必要なのであって、生きていく分には全く関係ない。


最も大切なことは自分の体調管理で、十分な水分をとり身体の異変に敏感に対処していくことが自己責任として課せられた。大自然の中で、自分の装備以外は何も頼ることができないというのは独特の緊張感があり、感覚が研ぎ澄まされていくような気がした。


人参が大嫌いだった僕は、さすがに野菜がそれしかないということで、ポリポリと丸ごとかじることができるようになった。大豆が原料の乾燥肉もどきも、肉だと思い込んで食べれば結構うまい。木の葉をトイレットペーパーの代わりに使用するのもなかなか衛生的だと思えるようになった。


ピーナッツとクッキーと干しぶどうを混ぜて袋に入れたgorpと呼ばれる栄養補給食をランチの代わりにするのだが、塩と甘味が混ざり合ったその奇妙な味に、最初はとても馴染めなかった。ところが、歩き回って体力を消耗し身体がエネルギー補給を要求してくると、そんなgorpランチでもひどく待ち遠しくなるのだ。

高度順応

翌朝、全員がひどい頭痛と吐き気に襲われた。高山病とまではいかないが、眠っている間はまだ高度に慣れていない身体が通常のペースで呼吸するため、酸素不足となってしまうからだ。


リーダーのダグがしきりに「動け」と指示している。運動をすることによって呼吸ペースを上げ、酸素を取り込むと同時にペースの調整を身体に覚えこませるためだ。30分ほどすると頭痛は消え、吐き気も無くなった。


海抜5500メートルでの大気圧や酸素分圧は、海抜0メートルの半分となる。今回の登頂目標Mt. Popocatapetel は海抜5450メートルで、高度順応せずに山頂にいきなりチャレンジすると、ほぼ例外なく高山病にかかる。重度の高山病は緊急手当てが必要となり、下山を余儀なくされる。


従って最初の1週間は、身体を高度に慣れさせるための訓練で、とにかく毎日、朝から暗くなるまで、重いバックパックをしょって歩き回った。毎日20マイル、つまり32キロが一応の目標だった。重い荷物を背負ってのハイキングは相当辛かったが、ダグが全員をうまくリードしていたせいか、脱落者はひとりもいなかった。

簡易テント

今回は、暇はあるが金は無いという冒険好きな学生が企画した貧乏ツアーだ。本格的な登山ツアーとはかけ離れており、各自がバックパックひとつだけという軽装備で2週間近くを山中で過ごす。


バックパックの下部には巻いた寝袋を取り付けるため、空いているスペースは中段と上段のみだ。そこに自分の衣類、食料、食器などを詰め込むと、ほとんどテントのためのスペース残らない。今回は簡易テントを2つだけ手分けしてキャリーしており、そこに合計9人が転がり込むのだ。


狭い内部を嫌って外で眠る者もいた。草の上にビニールのシーツを敷き、その上に寝袋を広げる。雨が降った時のために一応、頭上にもビニールシートを張るが、なんとも心もとない装備だ。


ただしいったん寝袋にくるまると中は暖かで、僕にとっては毎晩、この瞬間が至福の時だった。