末法だからだよ。
時々、ブログやSNSに日蓮正宗が本当に良い宗教なら、どうしてもっと広まらないんだって書いてある記事をみかける。それを見る度に独り言をその文章に向かって呟く。末法だからだよ。って。自分達でも覚えは無いだろうか?悪い事ばかりが広まって良い事はなかなか広まらない。 そんな経験は無いだろうか?だから日蓮正宗の信心はなかなか広まらないんだよ。本物で、本当に良い信心だからこそ広まらないのが末法の悪だ。末法は正しい事が正しく伝わらないそして、人間たちの境涯が低くなっているから正しい事を信じようとする事が出来ない境涯になっているのが現状だ。 末法はお釈迦様が自分の死後、2,000年経ったら末法という時代が訪れ、法華経以外は効力を失う。と言い残されている時代の事だ。日本ではちょうど、鎌倉時代にあたる。そして、その末法の時代に法華経を広める行者が現れる。とも予言をされている。そして法華経を広める行者は他者に迫害を受け、住処を追われる。とも予言をされている。そのお釈迦様の予言された通りの人生を歩んだのは日蓮大聖人ただ1人だった。そして、日蓮大聖人が何故、日興上人に全てを継がせたのか、その理由は簡単だ。日興上人だけが法華経の究極の法義を会得した。からだ。日蓮大聖人様には7人の弟子がいた。ただ、他の6人はその法華経の究極の法義を会得出来なかったから指名されなかった。空海と最澄の雨乞い対決が平安時代初期にあった事を歴史好きな方は知っているだろう。この雨乞い対決で最澄は負けた。その理由は最澄が法華経の究極の法義を会得していなかったからに過ぎない。法華経は難解不落なお経と言われるほど難しいお経で中国の昔の高僧、三蔵法師でも3人が解読に挑んだが、1人しか解読が出来ていない。その三蔵法師の名は鳩摩羅什三蔵と言う。今、世界中で使われている法華経のお経は、全て、この鳩摩羅什三蔵が解読をしたものだ。日本で唯一、日蓮大聖人様は法華経の究極の法義を会得それを日興上人が会得したから日蓮大聖人様は日興上人様に全てを任せたのだ。だから日蓮大聖人様が命をかけて広めようとした法華経は日蓮正宗にしかない法華経を謳っている宗教は多い。日蓮宗法華宗天台宗立正佼成会創価学会正心会顕正会だが、どれもこれも法華経の究極の法義を会得していない宗教だ。 法華経の究極の法義を会得していない宗教の教義に人を生かすチカラは無いそれをあたかも自分達が正当な法華経を唱える集団かのように言って世間を欺いている。狐やムジナがやりそうな手口だ。そして、お金を積めば成仏出来ると嘘を信者に吹き込んで自分達が贅沢するためのお金を貢がせる。だから坊主丸儲けなどという言葉が生まれる。日蓮正宗の御僧侶は皆、質素倹約だ。豪華な車も、豪華な住まいも持っていない。それに日蓮正宗の信徒が行っている信心への誘いは勧誘ではなく、折伏だ自分の周りの助けたい人、迷っている人、苦しんでいる人を信心に誘う。それが折伏だそれでも、こちらの言葉を受け入れてくれない人は多い。それはそれで時期が来ていないから仕方がない。いつかは時期が来る。それを待つしかない。