wasakoのブログ@寧波&日本
  • 28Oct
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      ウフィッツィ美術館⑤

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝していますレオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」1472年ごろレオナルド20歳頃かもしくは独立したての30歳のころの作と言われています。大天使ガブリエルは実際の鳥の羽と同じ羽根を付け聖母の処女性とフィレンツェの象徴百合を持って右手は祝福のポーズ。聖母の前のテーブルは鷲の足のついたレオナルドの師ヴェロッキオ作のサン・ロレンツォ教会ピエロ・デ・メディチの墓碑彫刻を模しています。近年の修復でマリアの後ろには寝室の寝台が見えるようになったそうです。処女性を表す閉じられた庭のはずが一部開いていたり百合に受胎告知には描かれないオシベが描かれていてそれにはレオナルドの教会への反抗心など様々な説があります。レオナルド・ダ・ヴィンチ「マギの礼拝」1481年サン・ドナート修道院のアウグスティヌス会の修道士が1481年に祭壇画として依頼しましたが翌年レオナルドがミラノに行ってしまい未完成です。これの代わりにフィリピーノ・リッピがマギの礼拝を描きました。単色塗りの状態で残っていたものの前回行った時には何度もニスを塗られて見えにくく修復待ちだったのが明るくなっていました。ヴェロッキオとレオナルド・ダ・ヴィンチ「キリストの洗礼」1470-1475年レオナルドが油彩絵の具を使って横向きの天使とキリストの体を描き、洗礼者ヨハネは別の弟子の手によるものなのだそう。右ッの天使はボッティチェッリが描いたとする説もあります。ミケランジェロ「トンド・ソーニ、聖家族と洗礼者ヨハネ」1506‐1508年ミケランジェロ作と断定できて持ち運びできる唯一の作品。フィレンツェの商人アニョロ・ドーニの依頼で製作したもののミケランジェロが高額な報酬と要求したためもめたとヴァザーリが記述しています。木彫の額縁はミケランジェロのデザインでアニョロの妻マッダレーナ・ストロッィの紋章三日月があります。1506年1月ミケランジェロはローマで現在ヴァチカン美術館にある古代彫刻ラオコーンの発掘に立ち会ってその後の絵が製作されてヨセフの背後にいる裸体像はそれらから着想を得ていて、それ以外はすでに発掘されていた古代彫刻の部分からとられています。前方でヨセフからイエスを受け取る聖母、柵の向こうにいる洗礼者ヨハネが描かれています。ラファエロ「ひわの聖母」1505-1506年ラファエロが友人でもあった商人ロレンツォ・ナージの結婚祝いのためにフィレンツェで描いた作品です。キリストが茨の冠を被せられて十字架を持ってゴルゴダの丘を登っている時、鶸が冠茨のとげを取ろうとしてキリストの血が体について赤い斑点がつくようになったとの伝説の鶸(キリストの受難の象徴)を洗礼者ヨハネが持ちキリストの渡そうとしています。キリストは聖母の右足の上に乗り聖母よりも上の存在であることを示唆しています。背景はダ・ヴィンチ風でいろいろな画家の良い所を瞬く間に吸収して自分のものにできるのがラファエロが天才たる由縁だと学んだとおりです。ラファエロ「アニョロ・ドーニの肖像」1504-1506年ラファエロ「マッダレーナ・ストロッィの肖像」ミケランジェロに聖家族のトンドを依頼したアニョロ・ドーニとその妻2人の結婚所蔵画。フィレンツェにきたばかりのころのラファエロがダヴィンチのアプローチを吸収しモデルが斜め3/4のポーズをとっているそうです。ラファエロ「グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像」1503-1506年ラファエロの故郷ウルビーノ公で華やかな彼の宮廷にラファエロも出入りしていたそう。チェーザレ・ボルジアに追放されるもののその失脚後の2年後復帰。追放されていた時期の作品とされています。最後のモンテフェルトロ家当主。ラファエロ「エリザベッタ・ゴンザーガの肖像」グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの奥さんでマントーヴァ公フランチェスコ2世の妹。ペルジーノ「ゲッセマネのキリスト」1495年イエス信奉会サン・ジュスト教会のために「ピエタ」「キリスト磔刑」とともに描かれました。キリストが最後の晩餐の後、ヨハネ、ペテロ、ヤコブだけを連れゲッセマネ(またの名をオリーブ山)の園へ行きこれからの受難について祈りますが、祈っているように命じた弟子たちは眠ってしまいます。そこにキリストを捕らえるために来たユダ・イスカリオテ(キリストを裏切る代価の銀貨の入った袋を持って玉虫色の長衣を着ている)とラビたちが左に、右に兵士がいます。ペルジーノ「磔刑のキリストと聖ヒエロニムス、聖フランシスコ、マグダラのマリア、洗礼者ヨハネ、祝福されたジョバンニ・コロンビーニ」1492年ルカ・シニョレッリ「聖家族」1485‐1490年エルフィ党長官宮殿の審議室にあった作品。ヨセフの首をまくマフラーがカラフルです。ルカ・シニョレッリ「三位一体、聖母子と大天使ミカエルとガブリエル、アレクサンドリアの聖アウグスティヌス、聖アタナシオ」1510年聖母子の上に三位一体”父と子と聖霊”。左天秤を持ったミカエル、右に百合を持ったガブリエルとそれぞれトリビュートを持っています。フラ・バルトロメオ「聖ベルナルドの幻視」1504-1507年フラ・バルトロメオ「ポルキア」ユリウス・カエサルを暗殺したブルータスの妻で父の敵であるユリウス殺害に加わり夫の死後自害したそうです。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 26Oct
    • gotoトラベル 東京1泊2日②King and Queen 展の画像

      gotoトラベル 東京1泊2日②King and Queen 展

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝しています朝食は1カ所ガーデンラウンジだけの営業でした。「1番景色の良い席なんですよ」とのことで本当に絶景。こんな貧乏くさい私にもみなさん丁寧で本当にきもちのよいホテルでした。人もまばらでした。ビュッフェはなくてコンチネンタルブレックファースト、アメリカンブレックファースト、和定食から選択でした。アメリカンブレックファーストにしました。オムレツ、クロワッサン、ベーコンを選びました。おいしかったです。チェックアウトして、リュックを家に送りたいと言うとベルキャプテンデスクで手数料440円+着払いで預かってくれてありがたかったです。朝一で上野の森美術館へ。銀座線一本で行けるのはよかったです。「King and Queen 展」ロンドンのナショナルポートレートギャラリーから作品がきています。昔ロンドンに行った時、長期の休業中で見ることができませんでした。20分前に到着すると20人ほど並んでいて開館時間には50人ほどの列。今回時間指定制で行くことを決めましたが多かったです。入場は4、5人づつと区切っていましたが音声ガイドを借りるところだけは密でした。音声ガイドはいらなかったかな。参考図書の中野京子先生「イギリス王室12の物語」もそうですが軽い知ってる内容ばかりでした。見学は絞って見て30分くらいでした。ホルバインのヘンリー8世もそうですが、ヴァン・ダイクのチャールズ1世の子供たちが、元に作られた作者不詳の複製でした。画像はwikipediaからお借りしました。私みたいな素人にはどれも同じに見えてしまうヴァン・ダイクの肖像画ですが「グレートアーティスト」によるとヴァンダイクの最も意欲的な作品とあるだけあって王子王女のデッサンや油彩の習作が残っています。幼い後のチャールズ2世の威厳のある凛とした表情が見事で、若いころ一番好きな作品でした。左端の長女メアリー・ヘンリエッタの子が名誉革命で即位したオラニエ公ウィリアム3世で、左から2番目の後のジェームズ2世の王女メアリー2世の夫です。作品リストをチェックすべきでした。オンラインチラシ見て勝手に盛り上げった私が悪いです。チャールズ1世の子供たちはロイヤルコレクションなのであるわけないです。アン・ブーリンの肖像画の中でも1番好きなのと、チャールズ2世の愛妾ネル・グウィンの有名な肖像画が見れたからいいかな。ネルは甘くてすごく美人さんだと思います。ネルの話の入った列伝的なのをいくつか読んでこの肖像画がのっていましたが、これを日本で見られるとは思っていませんでした。お目当てのチケットケースはエリザベス1世、2世、ダイアナ妃3種類で450円。現在の女王陛下にしました。デザインが好きではないですがよく使うので。図録付きチケットは日時指定なしで入れました。お若い妃殿下方よりも女王陛下が好きです。今は知りませんが裾がめくれないようにスカートの裾に鉛のオモリを入れ、遠くからでも見たと思ってもらえるように明るい色の服を着られ似合っておられる、究極のエレガンスだと思います。今でもとてもお美しい。即位の時の「人生を国家に捧げる」とおっしゃられそれを最長御在位中守っておられ、慣例を破り「my husband and I 」とおっしゃる良き妻良き母であられます。そのまま羽田空港へ。15時の飛行機を予約していましたが、3時間以上待って首が痛くなるとつらいので5400円払って変更しました。次男にお土産を買って帰路に。東京ビーフカレーと東京バナナJALがいっぱい。駐在になってからたくさん乗ったけどまた乗れる日がくるのかな。パワーラウンジは営業していました。椅子を減らしたりまめにアルコール消毒して気を遣っているように思いました。食べるのが禁止になっていました。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 24Oct
    • gotoトラベル 東京1泊2日①赤坂迎賓館の画像

      gotoトラベル 東京1泊2日①赤坂迎賓館

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり感謝していますGotoトラベルで東京に1泊で行って来ました。上野の森美術館で開催の「King and Queen 展」がお目当てでした。いろいろ調べたり、スケジュールを作ったり、着ていく服を決めて、服や小物を買い足したり、服にアイロンをかけるのすら本当に久しぶりでした。電車すらほぼ乗らない日々で本当に1年ぶりくらいの泊りの旅行でスマホの充電器忘れそうになりました。ポートライナー神戸空港駅降りて、チェックイン機でチェックイン。並ばず。あらかじめスマホのウォレットに入れておいたQRコードをかざすだけでした。どこも並ばずすいていました。スカイマーク、昨年乗った便はありませんでした。ラウンジは飲食物持ち込み禁止席数減らして営業中。欠航多いですが、乗った便は3ー3でミドルシートも入れていました。マスクせず乗ってきて隣に座り、おしゃべりしながら液体グロスを塗り始めマスクする気すらもない方でした。理由があってマスクできない方は後方になるんじゃなかったかな?モノレールー山手線一中央線で四ツ谷駅、結構歩いてニューオータニへ。荷物を預かってもらい、四ツ谷駅に戻りPaulのカフェでランチ。エビのパスタにパン、コーヒー付で1320円。おいしかったです。パンもすごくおいしかったです。徒歩で赤坂迎賓館へ。私の行った時はプレミアムツアーのみでホテルと反対側の西口で受付。プレミアムツアーは5000円で12名までのガイドツアーです。オンラインで予約して行きましたが、なくても空いていれば参加できたようです。一般見学では入らないアラビアンな東の間、サロンが見学でき、こちらのガイドの方のお話が面白くてよかったです。中は写真撮影できませんでした。結構国家行事に使われていてテレビで見ているのですね。この日は和風別館は公開されていませんでした。ネオ・バロック様式。明治の末に東宮御所として建てられました。大正天皇はお住まいにならず東宮時代の昭和天皇が良子様とお住まいになられたそうです。お庭側。お庭側で解散しお庭も散策できます。正面側の地下にカフェテリア、ショップ、案内所がありました。ショップで写真集1200円購入入口でいただいたパンフレット類ニューオータニへもどりチェックイン。四ツ谷駅を経由しないルートだと15分くらいでした。感染対策はとても気を遣っているように思いました。ニューオータニ はベッドも大きく快適でした。熱いお湯の湯量が多くて3分もあればバスタブがいっぱいになりました。冷えきっていたのでほっとしました。Gotoトラベルで36200円のニューオータニ 、ザ・メイン クオリティセミダブル、朝食+ミールクーポン5000円付きが、支払い額23530円になり地域共通クーポン5000円をいただきました。実質13530円ですので昨年泊まったアパホテルより安くてお得でした。せっかくなのでGotoがなければ私には泊まれないお宿にしました。首が痛くて枕が4種類あるのは助かりました。寒かったのでバスソルトの檜を入れたら体がポカポカしてよかったです。空調が各部屋で調節できるのがありがたかったです。昨年11月に泊まったアパホテルでは寒いのにまだ暖房を入れてないとおっしゃられて辛かったです。新型コロナ対策で冷蔵庫はからでした。ファミリーマートがありますが、ザ・メインからは10分近く歩きました。どこのスタッフの方もすごく丁寧で気持ちがよかったです。夕食はスカイバーアンドビュッフェへ。コロナ対策で完全予約制で営業。家人と昨年今頃きました。半沢直樹で出てきてました。恐々食べても楽しくもなく、この日は首が痛かったのであまり食べませんでした。17:30だとほぼ人がいなくてよかったです。ボチボチ人が入ってきた18時には出ました。料理を自分で取るのは少なく一部前菜なども個別にトングを渡してくれます。コーナーに入るごとに手をアルコール殺菌します。宿泊者は飲み物がサービスになります。コーヒーにしました。おかわりできます。13000円x+tax。地域共通クーポン5000円と食事券5000円で5000円ほど払いました。読んでくださりありがとうございました楽しい一日をお過ごしくださいね

  • 22Oct
    • 読響第27回大阪定期演奏会の画像

      読響第27回大阪定期演奏会

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり心から感謝しています読売交響楽団 第27回大阪定期演奏会指揮 小林研一郎ピアノ 河村尚子グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 作品43ベートーヴェン 交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」指揮者と曲が変更になっていました。変更前ハイドン:交響曲第59番 イ長調「火事」ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」オーケストラもピアノの最高でしたが、休憩で帰りました。ベートーベンの英雄聴きたかったです。私が気にしすぎなのでしょうが、満席入れてて気が気でなくて。多少ずらしてもこの人数が一斉に帰ると思うとゾッとしたのと、アゴマスクで10秒とボールペンをノックするなど大きめな音をたてずにいてくださらない方がごく近くにおられて無理でした。年間チケットを買ったのでこの方が次の公演もおられるのなら行けません。読響はずっと聴きたくて聴きたくて。最初の音だけうわーってなりました。音楽のよくわからない私でも全然違いました。読んでくださりありがとうございました楽しい一日をお過ごしくださいね

  • 20Oct
    • ウフィツィ美術館④の画像

      ウフィツィ美術館④

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり嬉しく思っていますジョバンニ・ベッリーニ「砂漠の聖ヒエロニムス」1480-5年ジョバンニ・ベッリーニはおとぎ話のように感じます。ヴィンチェンツォ・カテーナ「エマオの晩餐」1515-20年色が鮮やかだなと思ったらヴェネチアの画家でした。ジョルジョーネよりもジョバンニ・ベッリーニの影響を大きく受けたそう。キリストが復活後にエルサレム近郊の町エマオにいたクレオパともう一人の弟子にあらわれますが彼らは気づかず話しながら歩き、食事に招待されていった先でパンを祝福して割いたのでキリストだと気づきます。ヤコポ・バッサーノ「聖母子と洗礼者ヨハネ」1541年 ヴェネチア派で晩年マニエリスト。ジョヴァンニ・ジロラモ・サヴォルト「変容」1530-35年ペテロ、ヨハネ、ヤコブを伴いタボル山に登ったイエスは白く輝きモーセと預言者エリアと語りあいました。弟子たちが驚いています。ジロラモ・サヴォルト「マグダラのマリア」1533年ブラマンティーノ「聖母子、洗礼者ヨハネ、ジョヴァンニ・デル・コンテ、聖ヒエロニムス、聖アンブロジウス、聖ヨセフ、物乞いとトゥールの聖マルティヌスとその他の聖人」1510‐15年ミラノのブラマンテの工房で働いていたので小ブランマンテ、ブラマンティーノと呼ばれていたそう。ジョバンニ・ダル。コンテがラッキアッレアのサンマルティーノ修道院の洗礼者ヨハネ礼拝堂の祭壇画として依頼したのではないかとのこと。ティントレット「アテナとアラクネ」1575-1585年視点が斬新ですね。テイントレット「ヴィーナスとアドニス」1575-85年フランシスコ・デ・スルバラン「聖アンソニー・アボット」1636‐40年フランシスコ・デ・ゴヤ「闘牛士の肖像」1797年ベラスケス「セビリアの水屋」1618-22年エル・グレコ「ペテロの涙」のコピー1650年ジュゼッペ・マリア・クレスピ「皿洗いの女」1720‐25年アンドレア・デル・サルト「ハルピュイアの聖母」1517年ヴァザーリが聖母の立っている台座の彫刻が顔から胸までが女性で下半身が鳥のハルピュイアだと断定しこの名でよばれますが、20年前のこちらの美術館の図録によると1984年にアントニオ・ナターリが黙示録のイナゴだと推定したそうで、黙示録を書いた使徒ヨハネが右にいるのでそんな気がしないでもありません。たくましいヨハネが素敵です。兄ヤコブとともにキリストから雷の子らと呼ばれたヨハネですがキリストの死後聖母の世話をするよう命じられてたのできっとこんな感じで頼りがいもありつつ優しいところもあったのでしょうね。右は聖フランチェスコ。”仕立て屋のアンドレア”の代表作でフィレンツェで活躍しました。1515年フランチェスコ会女子修道会の注文で1年以内に完成させること、聖母子の脇に聖ボナヴェントゥラと使徒ヨハネを描くことと契約しましたがどちらも守られませんでした。アンドレア・デル・サルト「ペトラルカによる本を持った女性の肖像」1528年アンドレア・デル・サルト「サン・ヤコポ・デル・ニッキオの旗、二人の子と聖ヤコブ」1528年アンドレア・デル・サルト「ヴァッロンブローザの祭壇画」アンドレア・デル・サルト「紡錘の籠を持つ女性の肖像」1514-1515年読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 18Oct
    • ウフィツィ美術館③の画像

      ウフィツィ美術館③

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝していますルーカス・クラナッハ(父)「マルティン・ルターと妻カテリン・フォン・ボラの肖像」1529年クラナッハと宗教改革で有名なルター夫妻は交友があり、クラナッハはルター夫婦の結婚保証人、その子の洗礼親になっています。貴族出身の修道女との結婚はスキャンダルになったそうです。この絵は製作年度がサインと一緒に1529年と書き込まれていて結婚から4年後にあたります。ルーカス・クラナッハ(父)「アダムとエヴァ」1528年頭上の蛇がエヴァをそそのかし、エヴァがアダムに食べるよう勧めています。裸であることに気づく前なのでリンゴの木の葉のみが裸体を覆っています。ルーカス・クラナッハ(父)「キリスト磔刑と聖母、マグダラのマリア、使徒ヨハネとパトロン」1511-1514年ハンス・メムリンク「玉座の聖母子と奏楽の天使」1490年ごろ様々な出来事を象徴するものが描きこまれています。。天使がイエスに差し出す原罪の象徴リンゴ、アーチの下の方肉体の再生を表すカタツムリとトカゲ、右奥背景にキリストの肉体を表す水車で挽かれる小麦などがあります。アルブエヒト・デューラー「東方三博士の礼拝」1504年ザクセンのビュッテンベルグ城の礼拝堂のためにザクセン選帝侯フリードリッヒ3世が注文した作品。左下碾き臼横の石に1504年と記されています。デューラーが2回目のイタリア旅行に出発する前の作品で、1回目にヴェネチアでデューラーを歓待したジョバンニ7・ベッリーニの影響が鮮明な色彩と遠近画法の用い方にみられるそうです。イタリア絵画の古代建物の廃墟の背景、北方絵画独特の風景の中に遠方にいる人々が描きこまれています。暗示されたシンボルがあちこちに見られます。キリストが生まれたばかりの時に星に導かれてやってきた3人の東方博士は伝統どおり年寄りの白人、中年のアジア人、若い黒人の姿でキリスト教の教えが全世界に広がることを示しています。1603年選帝侯クリスティアン2世からウィーンの神聖ローマ皇帝ルドルフ2世に贈られ、1793年フラ・バルトロメオの神殿奉献と交換されウフィツィ所蔵となりました。デフェンデンテ・フェラーリ「キリストに授乳する聖母」1505-11年聖母が白い衣をめくり両手で抱いた幼子に授乳しています。母と子の親近感をあらわすポーズはデューラーの影響ではないかとのこと。ベールの鋭い折り目とローブの端の見事な細工はフランドル絵画の影響だそうです。ラオコーン群像ヘレニズム彫刻「瀕死のアレクサンダー大王」ローマ彫刻「ヘルマプロディートス」ジョバンニ・デル・ビオンド「洗礼者ヨハネの祭壇画」1360年ごろサセッタ「雪の聖母の祭壇画」1432年シエナのサン・ボニファーチョ礼拝堂に描かれた祭壇画で両端は欠損しています。ローマのエスクイリーノの丘に季節外れに降った奇跡の雪の奇跡を題材にしています。ローマ貴族ジョバンニに聖母が出現し奇跡を予告すると本当に雪が降り、ジョバンニが雪が降った場所に資金を提供しサンタマリアマッジョーレ大聖堂が建てられました。聖母子と洗礼者ヨハネ、ペテロ、パウロ、アッシジの聖フランチェスコ、天使たちが描かれていて、裾絵にローマ教皇リベリウスの命によって大聖堂が建てられるまでの経緯があるのですが写っていません。フランチェスコ・モローネ「受胎告知」1495-96年 大天使ガブリエルと聖母チーマ・ダ・コネリアーノ「聖ヒエロニムス」1510-20年ベルナルド・ゼナーレ「大天使ミカエル、ヴェルチェッリの聖グリエルモと修道士」1490年ごろ1526年にミラノで亡くなったゼナーレはルドヴィコ・イル・モーロの宮廷で絶賛され建築家、技術者としてもレオナルドから尊敬されていたそうです。大規模な多連祭壇画の一部で中央にあった聖母と聖人たちは現在アメリカ、カンサツ大学美術館にあります。衣の下に帷子を着て冷ややかな表情で足元の龍を退治に剣を刺し、左手の天秤で最後の審判を行っているミカエルがなんとも美しく息をのむ作品でした。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 14Oct
    • ウフィツィ美術館②の画像

      ウフィツィ美術館②

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり嬉しく思っていますフィリッポ・リッピ「聖母子と天使たち」1465年ごろ窓枠の前なのか風景画の額縁の前なのか不思議な場所に座る聖母は優雅なドレスを着て真珠と布で髪を結いあげています。フィリッポ・リッピは修道士で司祭でしたが修道女ルクレツィア・ブーティと駆け落ちし告発されました。コジモ・で・メディチの取成しで還俗後に正式に結婚しフィリピーノが生まれました。聖母のモデルはルクレッチィアで二人の天使が夫婦の子たち。こっちを向いているのがフィリピーノ・リッピだといわれていますが諸説あり確証があるわけではないそうです。なんとも美しく無垢な感じで美しい聖母。フィリッポ・リッピの作品で一番好きですが描かれた当時から大変称賛され多く模写されたそうです。1796年ポッジョインペリアーレのメディチ宮殿にあったものをウフィッツィ美術館に移されました。フィリッポ・リッピと協力者「聖母戴冠」フィレンツェの行政官フランチェスコ・マリンギがサンタンブロージョ教会のために発注した祭壇画。フィリッポ・リッピが長期間取り組んだ大作で1439年ピエロ・デ・メディチの元に出向いた年から報酬を受け取り始め、1446年作品の完成に必要なウルトラマリン(ラピスラズリが材料の青)の顔料が保管されていたサンタポローニャ教会で仕上げられ翌年やっとサンタンブロージョ教会に設置されました。左端に聖アンブロジウスがいてその前に跪いてこっちを見ている修道士姿のフィリッポの自画像があります。中央に聖エウスタキウスと妻デオフィスタと2人の息子がいます。右の下段低く窪んだ場所に天使と向かい合って「彼がこの絵を完成させた」と帯書きがついている人物が寄贈者です。フィリッポ・リッピ「幼子キリストの礼拝、洗礼者ヨハネ、聖ロミュアルド、天使」1463年フィリッポ・リッピ「ノヴィツィア-トの聖母」1445年ごろ老コジモのがお気に入りミケロッティにに設計させて献納したサンタクローチェ教会の右翼廊のノヴィツィア-ト礼拝堂の祭壇画。裾絵はペッゼリーノが後につけました。聖対話の形式で聖母子と聖フランチェスコ、メディチ家の守護聖人ダミアヌス、コスマス、聖アントニウス。ダミアヌス、コスマスが当時のフィレンツェ人の被る帽子をかぶっています。画面上側写真では切れていますがメディチ家の家紋赤い丸薬の帯状装飾があります。フィリッポ・リッピ「キリスト降誕、聖ヨセフ、聖ヒエロニムス、聖ヒラリオン、聖マリア・マグダレネと天使たち」1455年フィリッポ・リッピ考案のキリスト降誕の場面を聖人たちが目撃する聖会話のバージョンの最初の作品だそう。フィリピーノ・リッピ「マギの礼拝」1496年東方三博士の礼拝。こちらも大勢当時の人々が描きこまれています。権力を放棄しサヴォナローラの共和制に忠誠を誓ったメディチ家傍流”ポポラーニ(庶民的な)”の人々がいます。左前方が知識を表す天体観測器をもって跪く老コジモの甥ピエルフランチェスコ・で・メディチ・ディ・ロレンツォ、その後ろにその息子のロレンツォ、ジョバンニがいます。司祭で修道士だったフィリッポ・リッピの還俗後にできた息子で父の最後の大仕事スポレート大聖堂の装飾に参加し後年画家として活躍しました。崩れ落ちそうな家畜小屋です。1480年にサン・ドナート・ア・スコペート教会のアウグスティヌス会聖堂参事会がレオナルド・ダ・ヴィンチにマギの礼拝で製作を依頼しましたが未完成のまま放りだしたためフィリピーノ・リッピに同題で再注文されました。1529年フィレンツェを脅かす皇帝軍に利用されそうな市壁外の建物の破壊を命じる法令が発布され聖堂は取り壊されましたがこの絵は保護され後にメディチ家の所有となりました。ダヴィンチの未完成のマギの礼拝も展示されています。フィリピーノ・リッピ「聖母子と聖人たち」1486年オットーの祭壇画。ロレンツォ豪華王がこの絵に対して200リラ支払った記録があります。ヴェッキオ宮審議の間から1782年ウフィッツィ美術館に移されました。左から洗礼者ヨハネ、聖ヴィクトル、聖ペルナルドゥス、聖ゼノビウス。聖母の戴冠をほのめかす天使の上の赤い十字架はフィレンツェ人民の紋章。洗礼者ヨハネはフィレンツェの守護聖人で聖ベルナルドゥスはグエルフィ党の守護聖人、聖ペルナルドゥスの持つ赤い書物に"MEDICA"の文字がありメディチ家に敬意を捧げ、聖ゼノビウスは司教区の守護聖人で豪華なマントを留めるブローチにフィレンツェの百合の文様があり政治的な意味が一目で見て取れる絵画となっています。フィリピーノ・リッピ「幼子キリストへの礼拝、聖母子と洗礼者ヨハネ」1475-1480年ごろフィリピーノ・リッピ「幼子イエスへの礼拝」フィリピーノ・リッピ「悔悛する聖ヒエロニムス」1493-5年ごろ”美しい聖ヒエロニムス”と呼ばれているそうです。バディア・フィオレンティーナ修道院のために描かれました。ピエロ・デル・ポッライオーロ「対神徳と枢要徳の寓意像」1470年ごろフランチェスコ・フランチャ「聖母子とアッシジの聖フランチェスコとパドゥアの聖アントニオ」1500年ごろジョヴァン・フランチェスコ・マイネーリ「十字架を担ぐキリスト」1505年ごろニッコロ・ピサーノ「聖家族と洗礼者ヨハネ」1505-1510年ピエロ・ディ・コジモ「キリストの御托身と聖人たち」1500-1505年サンティシッマ・アンヌンツィアータ教会テダルド礼拝堂のために製作された祭壇画です。アレクサンドリアの聖カタリナ、使徒ヨハネ、聖フィリッポ・ベノッチィ、聖アントニウス、使徒ペテロ、マリア。マグダレネ。聖霊のシンボル鳩を通して聖母にキリストが宿ろうとしています。聖母の台座に受胎告知のレリーフがその出来事を予告していて、背景の風景に幼子イエスの礼拝、羊飼いへの告知、エジプトへの逃避が描かれています。右にアンヌンツィアータ教会を創設した聖母マリア下僕会の本拠地モンテ・セナリオ修道会があります。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 12Oct
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      king & prince 配信ライブ L&

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり嬉しく思っていますKing & Prince の配信ライブ「L&」の自宅上映会をしました。3日間で5回のうち1回です。次男、孫たち、フェイスシールドでバッチリの四男と一緒でした。フェイスシールドは次男のライブ観戦で全員に配られたものです。「ぼくだって平野くんみたいな顔になりたかった」と切実な顔で言う次男の推しは永瀬くんです。20回はフリーズしてしまったのは嫌でしたけど、「これ見てファンなるやつおらんやろ」次男は辛口。ライブ見慣れてるとそう思うのかな。「ぼくもジャニーズジュニアに入りたかった」と呟いていました次男がお友達がいらなくなってもらってきた新入り三女ななちょもも参加です。水樹奈々さんのキャラクターです。私はすっかり忘れてましたが、次男が一緒に見るというので4300円のオンラインチケットを購入しました。次男に「母キンプリ他界」と言われています。楽しみのない生活で、始まる前のワクワク感は本当に良いなあと思いました。意外とオンラインライブも良いですね楽しかったです次男が見ると言わなければ見なかったので感謝です。次男がライブ前にナポリの窯のピザを注文してくれましたシーフードいっぱいで美味しかったですありがとう読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 10Oct
    • ウフィツィ美術館① の画像

      ウフィツィ美術館① 

       つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝しています1560年-1580年メディチ家としての初代トスカーナ大公コジモ1世があちこちに散らばっていた官庁を一か所に集約するためにヴァザーリに設計させた建物です。ウフィツィとはオフィースのイタリア語だそう。コの字型で内側がロッジアでしたが現在はグロテスク文様の天井のある廊下になっています。ヴェッキオ宮、ピッティ宮とつながっています。メディチ家のコレクションを集約したもので、コジモ1世の子フランチェスコ1世が3階のロッジアを窓で塞ぎ廊下にし、八角形の部屋”トリブーナ”を増築し15世紀絵画、古代彫刻、メディチ家の肖像画を展示、1590年に公開、現代的な展示の美術館としては世界最古なのだそうです。メディチ家最後の相続人アンナ・マリーア・ルイーザ・デ・メディチは美術品がフィレンツェにとどまることを条件に遺言でトスカーナ政府に寄付、トスカーナ大公位はマリア・テレジアの夫フランツ・シュテファンがロレーヌ大公位を手放したのと引き換えに相続しました。フランツ=ヨーゼフ皇帝の三女マリー・ヴァレリーのお婿さんがトスカーナ大公なので形骸化してもトスカーナ大公位は続いていたようです。3階の回廊トリブーナヴァザーリの回廊。アルノ川にかかるヴェッキオ橋の上部を通りピッティ宮に至ります。ピッティ宮から外に出ず官庁に移動するために作らせた長さ1kmの秘密の回廊で絵画も展示されています。要予約で公開されています。私の行った時は非公開でした。ヴィジェ・ルブランの自画像があるので見たかったのですが。細密画の間植物棚のある天井。フランチェスコ1世と最初の妻ハプスブルグ家の皇女ジョヴァンナ・ダズブルゴ、2番目の妻ビアンカ・カッペロの紋章があります。その下にフランス王妃マリー・ド・メディシスの肖像画トスカーナ大公フランチェスコ1世の娘でアンリ4世王妃。メディチ家からの二人目のフランス王妃。回廊の角には彫刻があります。ヴァチカン美術館のラオコーンに似ているように思いました。ボッティチェッリはヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の壁のフレスコ画がありますが、あまりローマで彼の作品は見なかったように思いますがここにはたっぷりありました。ボッティチェッリ「ビーナス誕生」1484年ロレンツォ豪華王の従弟ジョヴァンニ・デ・メディチのカステッロの別荘に飾られていたのをヴァザーリが見て記録しているので彼かその兄ロレンツォの依頼で描かれたとされています。ロレンツォ豪華王の時代の新プラトン主義の傾向からうまれた絵画で難解な哲学思想が潜んでいるそうです。生まれたばかりのヴィーナスは古代彫刻の定型”慎み深いヴィーナス”のポーズをしています。春を呼ぶ西風の神ゼピュロスが風を吹き、その妻春の女神フローラが薔薇をまき散らしてヴィーナスの乗る貝殻をギプロス島に上陸させようとしています。陸地にいる時の女神ホーラは花の刺繍のあるマントをヴィーナスに差し出しています。布にテンペラ絵の具で描かれたため透明感があります。ボッティチェッリ「プリマヴェーラ」1481年1498年の記録でロレンツォとジョバンニ・ピエルフランチェスコ・ディ・デ・メディチのラルガ通りの邸宅の長椅子の背もたれとして飾られてたと残っています。1482年ロレンツォ・ピエルフランチェスコ・ディ・デ・メディチとセミラミデ・アッピアー二の婚礼を祝ったものでロレンツォ豪華王からの結婚祝いだと図録にはあります。セミラミデはジュリアーノ・デ・メディチの恋人であった絶世の美女シモネッタ・ヴェスプッチの姪です。右端青白い西風の神ゼピュロスがニンフのクローリスをさらおうとしていて、ゼピュロスに触れられたクローリスは口から花を出し花の女神フローラに変身しようとしています。その隣には変身し終わったフローラがいてヴィーナス、手を取り合って踊る三美神、背を向ける伝令神メリクリウス、上部では目隠ししたエロスが三美神の1人を恋の矢で狙っています。ヴィーナスは彼女の庭であるメディチ家を象徴するオレンジ園に立っています。「春」のヴィーナスは地上のヴィーナスで伝令神メリクリウス=人間の理性が背を向けていて、豪華に着飾っていて、「ヴィーナス誕生」のヴィーナスは天上のヴィーナスで父ウラヌスの男性器が海に落ちて誕生しており母がない、裸、体重を持たない(この姿勢では人は立っていられないので貝の上に立っていない)=神聖な存在、描かれていると学びましたが今でも理解できません。ボッティチェッリ「パラスとケンタウロス」1482年ロレンツォとジョバンニ・ピエルフランチェスコ・ディ・デ・メディチ兄弟のラルガ通りの邸宅にプリマヴェーラと同じ部屋に飾られていたことがジョバンニの財産目録に記されています。若い女性がケンタウロスの髪をつかんでいる意味は解明されていないそうですが女性のドレスに描かれた3つ重なったダイヤモンドの指輪の紋章は”敬神”を意味し老コジモ、ロレンツォ豪華王が個人的に使用したそうです。ロレンツォ豪華王が父親を早くになくし一緒に暮らしていた1482年ロレンツォ・ピエルフランチェスコの結婚祝いに贈ったものではないかと推測されています。ボッティチェッリ「誹謗」ロレンツォの死後追放されたメディチ家に変わりフィレンツェを支配したサヴォナローラに晩年のボッティチェッリは心酔しそのころ描かれた作品で盛期ルネッサンスの甘美さをなくした硬い瞑想的な作品です。擬人像だらけで画面中央青い服の”誹謗”が左手に松明を持ち右手で”無実”の髪を引きずっています。”憎悪”が誹謗の腕をつかみ”不正”に手を伸ばして、”欺瞞””嫉妬”が誹謗の髪を整え、。画面右側にロバの耳をした”不正”の両端で”猜疑””無知が”耳打ちし、”無実”を断罪しています。画面左側裸の”真実”が天を指さし”後悔”が黒衣で振り返っています。ニッチの彫像までも意味ありげなポーズをしていて不気味です。ボッティチェッリ「ザクロの聖母」1487年ヴェッキオ宮の審理の間のために製作されました。同時期にジュリアーノ・ダ・サンガッロが製作した額縁は青地の上の金で百合の紋章の彫刻はフランスとの同盟関係を象徴しています。憂いに沈んだ表情の聖母が幼子と共に受難の象徴ザクロをもっています。百合、薔薇、左端の天使の飾り帯の受胎告知の言葉「あふれる恵みよ」など聖母の純潔や慈悲深さを示すシンボルがあります。ボッティチェッリ「マニィフィカトの聖母1483年」2人の天使が支える祈祷書でキリストが指さしている部分「MAGNIFICANT ANIMA MEA」(我魂は主を讃える)からとられています。ザカリアの妻エリザベツが後にフィレンツェの守護聖人洗礼者ヨハネを妊娠中に聖母が訪問して神に捧げ歌った頌歌です。左ページにも洗礼者ヨハネの誕生を預言したザカリアの言葉があります。マリアは祈祷書を書き終えようとしていてインク壺にペンを浸し、左手で幼子と一緒に天国の果実、復活もしくは受難の象徴ざくろを持っています。天使たちが聖母に金刺繍のついたベール付きの王冠を戴冠しようとしています。天使たちの服装がイタリアの若者のようです。ボッティチェッリ「東方三博士の礼拝」1490-1500年未完成の作品で背景や岩の多い風景が色付けされていません。フィレンツェではこの題材でのいろんな人を描きこむの多いですよね。ボッティチェッリ「若い男の肖像」コジモ・デ・メディチの横顔と”偉大なるコジモ、建国の父”と鋳造されたメダルを持った若者が誰かはわかっていません。ボッティチェッリ「チェステッロの受胎告知」1489年両替商ベネデット・ディ・セル・フランチェスコ・グアルディの依頼で後援しているチェステッロ修道院のために描かれました。額縁下側に彼の紋章があります。簡素な想像上のフランドル風の風景が見える透視画法で部屋が描かれています。部屋に降り立ったばかりの百合を持ったガブリエルが高揚した様子で受胎を告げ聖母は倒れこみそうになっているので動揺しているのかと思いきや無表情で受け入れているようです。ボッティチェッリ「受胎告知」1481年サン・マルティーノ・アラスカーラ修道院の壁画として描かれた作品。聖母に受胎を告げる場面ですが、当時の貴族の邸宅の様子で描かれています。ボッティチェッリがローマに出発する前年に描かれてました。ガブリエルがまだ飛んできている最中ですがマリアはすでに受け入れている様子です。ボッティチェッリ「バラ園の聖母」1470年ごろ見事な透視画法で描かれたアーチと大理石の床に座す聖母。背後にピンクの薔薇のある庭園が見えておりこの名がついています。フィレンツェの商工会議所のために描かれました。ボッティチェッリ「聖母子とアレクサンドリアの聖カタリナ、聖アウグスティヌス、聖バルナバ、洗礼者ヨハネ、アンティオキアの聖イグナチオ、大天使ミカエル」1487年聖会話の形式で同時代でない聖人たちを描いています。天使が聖人たちに聖母子がよく見えるよう天蓋のカーテンを上げています。ボッティチェッリ「聖母子と燭天使」1470年読んでくださりありがとうございました楽しい一日をお過ごしくださいね

  • 08Oct
    • ローマ旅行14日目 フィレンツェ2日目の画像

      ローマ旅行14日目 フィレンツェ2日目

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝していますフィレンツェ2日目はウフィツィ美術館に朝一8:15入場予定だったので開始時間の7時に朝食へ。貴族の邸宅のような素敵な朝食室でしたローマのホテルと比べるとホットミールは少なめでしたが満足の朝食でした。生ハムはしょっぱいのはローマと同じでした。7:45出発して徒歩でウフィツィ美術館へ。シニョーリア広場のベッキオ宮の横を入ったところに入口があります。フィレンツェの建物が堅固で閉じられた空間なのは政情が不安定だからです。ヴェネツィアは開放的ですよね。塩野七生先生の本によると、美術の保護者がヴェネツィアが共和国政府ですでに定評のある画家を用い、ローマは教皇庁で教皇の好みの画家が選ばれ、フィレンツェは貴族の地位を手に入れる商人たちで、競って芸術家を保護、育成し、芸術家の工房は1階にあっていつも人々の目に晒され批判されて磨かれたそうでなるほど膨大な数の名作があるはずです。到着した時には30人くらい行列ができていました。地球の歩き方にはフィレンツェカードは2番入口とのことでしたが1番でした。オーディオガイド日本語がありますが、パスポートしかだめだと言われて国際学生証では借りられませんでした。昔来た時に買ったガイドブックで予習してきましたが、当時とはずいぶん展示場所が変わっていました。3階から見学を始めます。2階が大規模改装中で一部の部屋のみ公開していました。絵が明るく状態もよく展示の仕方、照明もよくてよく見えました。教授お勧めのヴァザーリの回廊にはヴィジェ・ルブランの作品があり見たかったのですが公開していませんでした。公開がある場合も要予約です。アルノ川の対岸のピッティ宮までつながっているのがヴァザーリの回廊。意外にすいていてじっくり見学できました。昔来た時は2階も内側のロッジアが窓で閉じられて廊下になっていて1室づつ入っては出て移動で見やすかったように思います。3階。ルネッサンスといえばまずこの絵がのっていますよね。フィリッポ・リッピの描く聖母が大好きになりました。リッピの奥さんで元修道女ルクレツィア・ブーティがモデルだそうです。ダヴィンチの受胎告知もあります。聖母が庭に出ていてガブリエルの羽根が半分茶色。受胎告知は比較してみるとおもしろい気がします。劇場版ラブライブサンシャインの予告映像にあるこの景色を探しましたが、やはりこの方向に建物はないように思います。ウフィツィ美術館3階から見たドォーモと鐘楼。予告映像ここが見えていました。美しい大天使ミカエルにうっとり。剣とテンビンで正義かと思ったら、羽のある天使で天秤に乗ってるのは人でした。剣で龍を倒し天秤で最後の審判をしている大天使ミカエル。神戸市立額物館にきてた肖像画。コジモ1世后エレオノーラ・ディ・トレドとジョバンニ・デ・メディチ。レンブラントの自画像やっぱりあるよね。と思いました。前回買った図録を予習してメモを作っていきました。2階が改装中で見られなかった絵も多かったですが充実したコレクションでした。フラ・アンジェリコを見たくなり急遽バスに乗りサン・マルコ修道院へ。14世紀に建てられたドミノコ会修道院と付属教会でフラアンジェリコの作品がたくさんあり、現在は博物館として公開されています。小さな部屋がたくさんあり1つづつ見て回ります。フィレンツェカードでそのまま入場できます。中庭は回りながら瞑想をする大事な場所でした。フラ・アンジェリコ「受胎告知」カラフルな羽根のガブリエル。聖母がこの修道院にいるようです。サヴォナローラの部屋。メディチ家を追放した時の権力者の部屋にしてはあまりにも狭く質素で驚きました。すぐ近くのサン・ロレンツォ教会、君主の礼拝堂へ。大規模な修理中でした。聖書の場面の描かれたクーポラが美しかったです。新聖具室ミケランジェロ作の聖母子とメディチ家の守護聖人コスマスとダミアヌス。その下はロレンツォ豪華王とパッツィ家の陰謀で殺された弟のジュリアーノに遺骸が納められています。12時、前日も行ったドゥオーモのそばのカフェで休憩。ティラミスとコーヒーで12€(1440円)ローマのホテルの朝食でサーブされるティラミスほどではありませんでしたがおいしかったです。いつ見てもドォーモのファサードは圧巻。余力があったので朝行ったヴェッキオ宮へ戻ります。通り道はブランドショップもあり賑やかでした。セール中。中国語でブランドの説明がありました。中国の方が多いのでしょうね。甲冑が売っていました。奥の金色のチェスも素敵。再びヴェッキオ宮へ。体力を見ながら優先順位順に行くので何度も行ったり来たり効率が悪いです。こちらの4階にある中世の歩廊からの眺めが良いそうなのですが、小雨が降っていて閉まっていました。ミケランジェロのダビデのコピー。本物はアカデミア美術館にあります。中庭だけ見て出ていくグループが多いように思いました。五百人大広間写真ではわかりずらいですが聖堂以外でこれほど大きい部屋はあまりないように思います。52mx23m通路から見下ろしたところダヴィンチとミケランジェロがフレスコ画で対決した場所です。ダヴィンチの絵は絵の具が垂れて完成しなかったと授業で学びました。現在はヴァザーリの作品がありますがダヴィンチのアンギアーリの戦いを描いた壁がその下に残されているとの研究があるとテレビで見たことがありますが実証はされていなかったと思います。百合の間なども豪華です。コジモ1世がメディチ・リッカルディ宮からピッティ宮に移るまでの間住んでいました。14:30 ふたたびドォーモ隣のカフェへ。ポルチーニ茸のリゾットとコーラで22€(2640円)パルメザンチーズたっぷりかけていただきました。レストランだとパスタかピザにはもう一品足さないと失礼だと聞いていたので、カフェだと気軽に好きな物とドリンクだけで食事がとれて楽でした。この日はがんばって回ったので残りはピッティ宮だけになりました。疲れて20時就寝。相変わらずエアコンの音と上階の靴音がうるさくて眠れず3泊の予定を2泊にしてローマに戻ることにしました。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 05Oct
    • 大人のための「ベートーヴェン生誕250年」入門 ~運命、苦悩から歓喜への画像

      大人のための「ベートーヴェン生誕250年」入門 ~運命、苦悩から歓喜へ

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになりありがたく思っています半年以上ぶりにシンフォニーホールに行きました。管楽器のあるオーケストラは今年初めてじゃないかな?座席一つ飛ばしの発売で舞台の上の管楽器以外の方もマスク着用しておられました。三代澤康司のドッキリ!ハッキリ!クラシックです!大人のための「ベートーヴェン生誕250年」入門~運命、苦悩から歓喜へ~[司会]三代澤康司(ABCアナウンサー)[指揮]寺岡清高[管弦楽]大阪交響楽団ベートーヴェン・プログラム【交響曲でみつめる人生】《運命は扉をたたく》交響曲 第5番 「運命」より 第1楽章~斬新なオーケストレーションピッコロ、トロンボーン第4楽章聴き比べ!《「英雄」 徹底解剖!交響曲って?コーダとはこうだ!》交響曲 第3番「英雄」の魅力をダイジェスト解説《1812年、挫折から歓喜への道》交響曲 第7番より 第1楽章【ベートーヴェンの辿り着いた道】歌劇「フィデリオ」序曲交響曲 第9番「第九」の魅力をダイジェスト解説 弦楽四重奏曲 第16番より 第3楽章 (オーケストラ版)勉強になりました。勝手に一部まとめると、ベートーベンは“激しくくどい“ (コーダが長い)”一筋縄ではいかない“ (序奏をなくす模索をしてたのに交響曲7番の序奏が長い)“したたか”(時流にのった曲作りをする)ということでした。半年ぶりに福島駅前のミスタードーナツへこちらはセルフスタイルですがガラスケースに入っていました。すいててよかったです。ティラミスドーナツがありました。読んでくださりありがとうございました楽しいお時間をお過ごしくださいね

  • 03Oct
    • メディチ・リッカルディ宮2の画像

      メディチ・リッカルディ宮2

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝しています資料が少なく部屋の名前がわかりません。暖炉の間フィリッポ・リッピ「聖母子」「コジモ2世の肖像」メディチ家の4代目トスカーナ大公「フランチェスコ1世・デ・メディチの肖像」2代目コジモ1世の子「ジャン・ガストーネ・デ・メディチの肖像」最後のメディチ家のトスカーナ大公。「フェルディナンド1世デ・メディチの肖像」「コジモ3世デ・メディチの肖像」メディチ家6代目「コジモ1世・デ・メディチの肖像」初代のメディチ家トスカーナ大公トスカーナ大公の笏読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 01Oct
    • メディチ・リッカルディ宮1の画像

      メディチ・リッカルディ宮1

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございます陰様で励みになり心から感謝していますメディチ・リッカルディ宮1444年コジモ・ディ・メディチの依頼でミケロッツォが設計し1484年に完成しました。最初にフィリッポ・ブルネレスキが設計しましたが市民の反感を買うことを恐れたコジモは豪華すぎるこのプランを破棄しました。コジモの晩年1459年に家族(妻コンティッシアーナ、息子ピエロ夫婦と孫ロレンツォとジュリアーノ)で住み始め住居兼メディチ銀行本部としました。1494年ひ孫ピエロ(ロレンツォ豪華王の長男)の代でサヴォナローラにより追放され建物と財産は共和国に接収され、中庭にあったドナテッロのダビデやユディトはシニョーリア広場に移設されました。1512年その子ロレンツォ(フランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスの父)の代で帰還しまたここを本拠地としました。本家が途絶えた後ロレンツォ豪華王の甥教皇クレメンス7世の庶子アレッサンドロがメディチ家の当主となりますが暗殺され、傍流のコジモ1世が1569年にトスカーナ大公となり再び改修しました。1659年フランツェスコ2世がガブリエロ・リッカルディ侯爵に売却し、リッカルディは大改修し北翼を増築しました。1814年に州政府に売却され州のオフィースが置かれています。粗削りの石造りの質素な外観はフィレンツェ式ルネッサンス建築のお手本となりました。ミケロッツォの中庭バッチョ・バンディネッリのオルフェウス像があります。かってドナテッロのダビデやユディトが置かれていました。アーチの上にメディチ家の丸薬(貨幣、分銅の説もあります)の紋章があります。ヴェッキオ宮のロッジアに似ています。メディチ・ガーデンロレンツォ豪華王のローマ貴族出身の妻クラリーチェ・オリシーニがローマで購入した古代ローマ時代の彫刻を置き、若い芸術家たちを養いながら学ぶ場所として提供しました。その中にはミケランジェロもいました。当時サンマルコの庭とよばれていたそうです。現在の装飾は18世紀のものです。マギ礼拝堂2階に位置する家族用個人礼拝堂。狭いです。1459年にベノッツォ・ゴッツォーリがフレスコ画を完成させました。コジモが誘致しカトリック教会と東方正教会の和解したフィレンツェ公会議の成功を祝した作品で東方三賢人のベツレヘムへの行列をモチーフにメディチ家と公会議に出席した人々が描かれていますがモデルについては諸説あります。東方三賢人はマギ、占星術者、博士などとの訳されることもあります。新聖書でイエスの誕生を知らせる星に導かれてベツレヘムへ行きヘロデ大王に「ユダヤ人の王として生まれた方はどこですか?」と問いイエスを発見したらヘロデに知らせる約束をします。さらに星に導かれて生まれたばかりのイエスのもとにたどり着き拝礼し乳香、没薬、黄金を贈りました。彼らは夢で神からのお告げを聞きヘロデに場所を知らせず去りました。東の壁、若いマギ カスパール先頭を行く白馬に乗ったマギの1人カスパールはロレンツォ・デ・メディチ。壮麗な行列を引き連れています。後ろの集団の先頭で馬に乗っている父ピエロ、祖父コジモ、ミラノ公ガレアッツォ・マリア・スフォルツァ、リミニ領主シジスモンド・パンドルフォ・マラテスタ。その後ろの集団にサイン入りの帽子をかぶったベノッツォ・ゴッツォーリの自画像があります。西の壁、老人のマギ メルキオール一番後ろのマギの姿で描かれたコンスタンチノープル総主教ヨセフ2世。半分切れているのは、後に階段がつけるために切られたそうです。イエスがエルサレムに入場する際にロバに乗ったのと同じようにロバに乗っています。騎馬行列に先導されています。最近の研究では神聖ローマ皇帝ジギスムントではないかと言われています。前を行く白馬に乗っているルッカ公爵カストルッチョ・カストラカーニ。南の壁 壮年のマギ バルタザール壮年のマギの姿の東ローマ皇帝ヨハネス8世パレオロゴス。槍兵と小姓が護衛しています。左の端は小姓姿のロレンツォの姉妹ビアンカとルクレッチィア。祭壇がはフィリッポ・リッピ「森の聖母」のコピー実物はベルリンの絵画館にあります。マギの行列の行きつく先としてこの聖母子が置かれていました。ルカ・ジョルダーノのギャラリー(鏡の間)ルカ・ジョルダーノによる漆喰装飾と天井画。メディチ家の栄光シャルル8世の間タペストリーの間四季の間は州議会の議会室として使用されています。20年前に来た時は赤の間という部屋が議会室でした。浅浮彫の間続きます。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 29Sep
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      2021ヴェネチア、ウィーン旅行再びキャンセルしました。

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝しています最近疲れ目がひどくPCスマホを制限しているのでブログの更新があいています。今年3月で予約していてあきらめたヨーロッパ旅行。コンサート類のチケットは返金がありましたが、美術館の類はありませんでした。結構出費もありました。ホテル予約サイトで同時期に旅行された方が「コロナですいていて良かった」という口コミを見て悲しくなっていました。2021年1月で再予約していましたがそれも諦めて3月に変更しました。これも行けるかどうか怪しいですが。ヨーロッパの感染者が再び増加し始めたこと、観光客をまだ受け入れていないこともしくは自主隔離があること、日本に戻って2週間成田近くのホテルで自主隔離、航空便が予約していても欠航になっている状況を考えて無理だと判断しました。変更不可のJAL特典航空券は3000円のキャンセル手数料は必要でしたが、ホテルはキャンセル、変更無料のプランで予約していたのでキャンセル料はかからずです。ミュンヘン・ナショナルシアターでのバレエとウィーンオペラ座のオペラのチケットを再び購入していましたが開催されれば返金は難しいと思います。ウィーンフィルは仲介業者さんにお願いしないといけませんが、受け付けていませんでした。後は行けるかどうか怪しかったので移動の航空券などは予約してなかったので痛手も大きくはないです。当日乗り継ぎの予定でしたが、時間がかかるかもしれないので成田1泊、到着空港1泊を追加して、さらに成田で2週間隔離かもしれないので1都市減らし現地滞在を短くしました。隔離があったら行かないつもりですが突然変更することもあるので。自分で取れる楽友会館主催のウィーンフィル、バイエルン放送交響楽団の公演のある日程で手配したのでこれらと、バレエ、オペラのチケットを様子見しようと思います。本当に何もすることもなくてどんどん閉鎖的になっていっていましたが、行けなくても準備や予習を楽しみたいと思います。JAL特典航空券は家人のマイルなので家人にお願いしましたら、何も言わなくても窓側の席で機内食のリクエスト洋食にしてくれていてすごく嬉しかったです。週末次男となごみ食堂へ。25分前に並びに行ってくれて一巡目で入れました。特盛ご飯は次男が2杯食べる用。テドロスWHO事務局長に似ているのを気にしてメガネを変えました。それでも似ています読んでくださりありがとうございました心穏やかにお過ごしになりますように願っています

  • 25Sep
    • ニューオータニ 大阪 シルバーウィークビュッフェの画像

      ニューオータニ 大阪 シルバーウィークビュッフェ

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございます心から感謝していますニューオータニ 大阪のシルバーウィーク・プレミアムビュッフェに行きました。収容人数半分、料理はマスクとフェイスシールド、手袋をしたスタッフの方がサーブする、座席以外ではマスク着用など感染対策をしておられました。次男が菅首相のInstagramを真似ています。お寿司と天ぷら松茸メニューはテーブルオーダー制包み焼きは香りを楽しめるようテーブル横で切ってくれました。良い香りでした。焼肉丼は次男がたべました。カルパッチョローストビーフ私もパンケーキを。作り置きで食べるものではないかも。デザートも種類が少なかったです。昨年の今頃行った東京のニューオータニのイメージが強かったのですが別物でした。対策しているのもありますし、値段もほぼ半額の6000円ですから仕方がないのです。あの頃はこんなことになるとは思いもしませんでした。次男が敬老の日だとご馳走してくれましたすごく嬉しかったです老いたことを唯一喜べた瞬間でした。家人に報告すると「あいつなんかやましい事あるんちゃうか」と余計なことを言いました。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 22Sep
    • ローマ13日目②フィレンツェ観光の画像

      ローマ13日目②フィレンツェ観光

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で日々の励みになり感謝しています遅い昼食後ドゥオーモすぐ近くメディチ・リッカルディ宮へどこも20年ぶりくらいの2回目です。コジモ・デ・メディチの晩年からメディチ家の本宅でメディチ銀行の本拠地でした。コジモ1世がピッティ宮に本拠を移すとリッカルディ家の所有になり拡張され現在は広域市の行政庁が置かれていますが見学もできます。西洋美術史の授業では1時限みっちりメディチ家の歴史を勉強しました。メディチ家を知らないと芸術は理解できないそうです。トスカーナ公国になるまでは建前上共和国だったので市民の反感を買わないため、メディチ家の住居は外見は質素で中は豪華。ドナテッロ作など彫刻は装飾のある外から見えない中庭に置かれていたそうです。ここで有名なのは2階のマギ礼拝堂「ベツレヘムへ向かう東方三博士」これも授業で習いました。聖書を題材にしたフィレンツェ公会議に出席した要人とそれを主催したメディチ家との集団肖像画。白馬に乗ってこっちを見ているのがロレンツォ豪華王。ルカ・ジョルダーノ装飾の鏡の間は17世紀に改装されたものでバロックとロココの折衷様式。フリースがあるのがバロック的で壁と天井がつながっているのがロココ的。メディチ・リッカルディ宮すぐ向かい、メディチ家出資のメディチ家礼拝堂のあるサン・ロレンツォ教会。メディチ満載。メディチ家礼拝堂は第一第三第五月曜日お休みでした。月2,3回にひっかかるとは運なさすぎ。別の日に行きました。お昼を食べたお店にたくさんおいしそうなものがあったのでサンドイッチを買ってホテルの部屋で食べました。パニーニも作ってくれるみたいです。パフェやティラミスもおいしそうで滞在中ほぼここでしかご飯食べてないです。ローストビーフのサンドイッチ5.5€(660円)おいしかったです。14時には大概部屋に戻ってる私ですがこの日戻ると17時でへっとへとになりました。上の部屋の靴音と排水管の音と集中式の消せないエアコンがうるさすぎて眠れず、3泊予約していましたが2泊でローマにもどりました。雰囲気は最高なホテルで残念でした。ベネトンはセール中春物のコート素敵スーツケースの色が華やかでした。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 20Sep
    • ローマ13日目①フィレンツェへ移動の画像

      ローマ13日目①フィレンツェへ移動

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みにありがたく思っています13日目にローマのホテルはキープしたままリュックだけでフィレンツェに移動しました。ホテルのレセプションで「3泊でフィレンツェに滞在するので部屋はそのままで」とお願いして、タクシーでテルミニ駅へ。7€(840円)イタリアでは支付宝が普及していました。イタリア鉄道の公式サイトでチケットを購入していきました。チケットはQRコード付きのPDFファイルで送られてくるので、スマホに保管しておけば紙チケットの引き取りもなく便利です。少々高いですが変更可のチケットにしておけばサイトから何度でも変更できます。電光掲示板は出発と到着とがあるので出発でプラットホームをチェックします。10分前まで表示されず。10分前にならないとプラットホームにも入れませんでした。中国式?トイレは上階のカフェテリアにありました。有料で1€でした。エンドホームで11両編成で全車両つながっていない時もあるので結構あせりました。最終目的地はヴェネチアでした。私は電車の番号、出発時刻、念のためその下の停車駅でをチェックして乗ります。近距離で高くなかったのでサイレントビジネスクラスにしました。おしゃべりする人も携帯で話す人もイヤホンせず動画見てる人(中国だけ?)もいなくて本当に静かでよかったです。もう1つ高いクラスにすると駅のラウンジが使えるのですがさすがに手は出なかったです。2-1の座席配置で広々しています。大きなスーツケース置き場もあります。一番後ろの1の座席でした。孫(ミニサイズ)と一緒の旅です。ヨーロッパの電車の旅大好きです。ワッフルとコーヒーが無料サービスでした。韓国の大学生さんが別の1等車に大勢いました。高級スーツケースで服も高そうなお洋服でまさにグランドツアー。8:50ローマテルミニ駅→10:22フィレンツェSMノヴェラ2回目のフィレンツェです。前も鉄道でトリノ→ミラノ→フィレンツェと乗り継ぎました。駅から徒歩5分ホテルサンタ・マリア・ノヴェッラへ。荷物を預けに行ったら空いてる部屋に入れてくれました。天蓋付きベッドにときめき廊下にクローゼットがありました。快適過ぎたローマのホテルと比べると枕元にコンセントがなかったりケトルをいちいち出さないと行けなかったり少々不便に感じました。最初からずっとここだと感じなかったかも。こんなクラシカルな椅子ひとつあるだけでも素敵。ほしくなりました。ケトルとコップはテレビの下にあります。浴槽は深かったです。ロビーも貴族の邸宅のようで趣があります。荷物を置いたら駅前のツーリストインフォメーションへ。フィレンツェカード+を買いました。92€(11000円)2019年1月ではほぼすべての美術館や観光名所に待たずに入場できるという優れものでした。現在はウフィツィ美術館は予約しないとだめみたいです。窓口の方に「オフシーズンだから必要ないですよ」と言われた通りで、混雑するウフィツィ美術館とピッティ宮はオンラインで予約ししていたし、ドゥオーモ以外並びませんでした。観光名所のフィレンツェカード専用カウンターでチケットでカードを提示してチケットに交換したり優先入場レーンから入ります。その足でドゥオーモへ。正式名称サンタ・マリア・デル・フィオーレ聖堂。花の聖母教会という素敵な名前です。圧倒的な存在感。大きくて豪華で華やかな装飾。途中まで見たドラマ「メディチ」であまりに高く巨大すぎてクーポラが完成しなかったのをコジモ・デ・メディチが公募していました。赤、白、緑3色の大理石で装飾されたファサードです。ジョットの鐘楼、洗礼堂とセットです。クーポラはフィレンツェカードを持っていても洗礼堂の北にあるドゥオーモのチケットオフィースでの予約が必要でした。タッチパネルで予約できて12:30が取れました。ジョットの鐘楼も登れますがドゥオーモにしました。こんなのっぽなのがよく倒れず立ってるなと思いました。入口は次の日早朝撮影。ドゥオーモの内部見学も入口の荷物検査で長い列ができていました。1294年建てはじめ1434年に不可能と言われていたクーポラが閉じられました。ファサードは1887年。ローマの大聖堂と比べると質素な気がします。ラテン十字形で全長153m、最大幅90m、高さ107m、クーポラ内径43m。建設当時カトリック教世界で一番の大きさで現在でもサン・ピエトロ大聖堂、セントポール寺院に次いで3番目です。有名なパッツィ家の陰謀の舞台でフィレンツェ大司教座の置かれた聖堂です。後陣は工事中で近寄れませんでした。ファサードの裏24時間で一周回るイタリア式時計とガド・ガディ作聖母戴冠のモザイク画、右下ティーノ・ディ・カマイーノ作アントニオ・ドゥルソの墓碑ドゥオーモのクーポラ大きくて高いです。前回行った時もすごく好きだったフィレンツエを舞台にした映画「冷静と情熱の間」という映画で主人公とヒロインの約束の場所として登場していて登りました。12:30の列だけでこの行列。狭い階段を一列になって登るので後ろがつっかえると迷惑なので無理なスピードでがんばりました。昔は誰もいなくてふらっと登れていましたが。クーポラ入口は聖堂外の北側です。ティンパヌムのアーモンド形の光輪マンドルラに包まれた聖母にちなみマンドルラの扉と呼ばれています。ナンニ・ディ・バンコ作「聖母被昇天」の浮彫です。ドメニコ・ギルランダイオの受胎告知のモザイクとティンパヌム彫刻が置いてありました。階段の途中でクーポラを見上げることができる通路に出ます。ヴァザーリとツッカリ作クーポラのフレスコ画「最後の審判」よくない生き方をしてきたので最後の審判を見ると後悔でいっぱいになります。クーポラの上からの景色劇場版ラブライブサンシャインの予告に出てくるクーポラとジョットの鐘楼を含むこの景色を探しましたが、こっちの方向に高い建物はなかったです。お隣、洗礼者ヨハネの洗礼堂劇場版ラブライブ!サンシャインのよしこちゃんのポスターの場所です。東扉「天国の門」のレプリカ。ミケランジェロがそう呼んだそうです。旧約聖書の10の場面の浮彫。実物はドゥオーモ付属博物館にあります。中に入るのに30分並びました。フィレンツェ・カードの優先入場はありませんでした。キンキラキンで豪華絢爛。11世紀から13世紀のロマネスク建築。ドゥオーモの付属洗礼堂。最後の審判のモザイク天井ビザンチン芸術の影響受けている気がしました。ドゥオーモの北側にあるカフェで遅いランチ。いついっても混んでいました。シーフードパスタ(ペペロンチーノ味)14€、パン(イタリアでは食事を頼むと置いていきますが有料)2.5€、カフェラテ4.5€、パフェ7€で27.5€ですが、チップ込みで30€(3600円)おいてきました。おいしくて好みの味で大満足でした。パフェはショーケースに入ってるので指さし注文しました。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 17Sep
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      藤田真央ピアノリサイタル

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり心から感謝しています久々に大阪城公園駅でおりました。昔何度か来た大阪城ホールがあります。good spoon ジョーテラス店先週夕食を食べた系列のお店です。ミートプラッターランチお肉全部で500gほどあるそうですが完食しました。お腹パンパンになりました。ポップオーバーシュークリームの皮みたいな食感のパン+200円のアイスコーヒー昔はお金がなくてコンサートに来てもご飯食べられなかったのを思い出し、帰宅後毎日の日課WeChatビデオ通話で家人が働いてくれるおかげで贅沢(個人比)できた感謝の気持ちを伝えました。住友生命いずみホールへまだ1つおきの席配置でしたが、イベント規制緩和でこれ以上増えるなら気が気でなくなるので行きたくないかも。藤田真央ピアノリサイタル プログラムベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第13番「幻想曲風ソナタ」変ホ長調 op.27-1チャイコフスキー:ロマンス ヘ短調 op.5チャイコフスキー:ドゥムカ -ロシアの農村風景- ハ短調 op.59アルカン:「短調による12の練習曲」から“イソップの饗宴”ホ短調 op.39-12ショパン:幻想曲 ヘ短調 op.49ショパン:ポロネーズ 第7番「幻想」変イ長調 op.61シューベルト:「さすらい人幻想曲」ハ長調 op.15 D760素敵な演奏でした映画「蜜蜂と遠雷」の風間塵くんのピアノ吹き替えをなさっていたそうで、YouTube「映画蜜蜂と遠雷、風間塵とクラッシックメドレー演奏してみた」を見て楽しみにしていました。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 15Sep
    • カピトリーニ美術館7の画像

      カピトリーニ美術館7

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますお陰様で励みになり心から感謝しています新宮の続きです。大ホール18世紀フィリッポ・バリジョーネ設計のサロン。天井にイノケンティウス10世の紋章があります。ハドリアヌス帝の別荘ヴィラ・アドリアーナから発見された2体のケンタウロス像があります。「若いケンタウロス」「老いたケンタウロス」ファウヌスの間四皇帝乱立時代に終止符をうったウェスパシアヌスが元老院が制定させたthe Lex de imperio Vespasiani「ウェスパシアヌスの命令権に関する法律」(皇帝法、ウェスパシアヌスユリウス・クラウディウス朝の皇帝たちに与えられていたのと同じ権限をウェスパシアヌスに与える法律)が青銅版に刻まれたものが1346年発見されて壁に埋め込まれています。「ファウヌス像」「ガチョウを窒息させる子供」セレネとエンディミオンの物語の石棺ガリアの間「瀕死のガリア」「アモーレとプシュケ」読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

  • 13Sep
    • 最近いろいろの画像

      最近いろいろ

      つたないブログにご訪問くださりありがとうございますおかげ様で励みになり心から感謝しています在上海日本総領事館のサイトが更新されました。浙江省は・25日から搭乗手続きの際にPCR検査の陰性証明書が必要(医療機関指定あり)・上海集中隔離3日間+目的地集中隔離11日間とありました。厳しくなったのかな?中国は有効な居留ビザ所有者に対しての入国ビザを出すようになりましたが、ビザセンターが毎日あいていなくて予約が取れにくいそうです。入国者にきちんと検査、移動、隔離を行っているのでそこでしぼっているのだろうとの家人の見解でした。インビテーションは家人に書いてもらうし、自分で頑張ってビザ取って中国に戻ろうかと思いましたが、家人が「駐在員は24時間労災の対象で、家族に関しても責任を持たないといけなくて、コロナや他の病気になって中国で死んだら会社の責任問題になる。頼むから日本におってくれと思うやろう」と言いました。渡航禁止勧告だし私いなくても会社困りませんしそうですよねと思いやめました。会社や人によって考え方は違うと思います。上海のいつも宿泊していたホテルが電話がとれないと思ったら、隔離施設になっているそう。なんだかすごくショックでした。うちのボロ車の車検の時期で私は免許持ってないので(次男ペーパードライバー)、車屋さんに取りにきていただきました。ガス欠&バッテリーほぼなしになっていて、保険会社に電話してロードサービスさんにきてもらい、ガソリン10l入れて、バッテリー交換していただきやっと車を持って行ってもらえました。家人の記憶によると帰国時10lは残っていたそうですが、気化してなくなったようです。今まで1、2ヵ月毎に帰ってきて乗っていたのですが3か月以上放置は初めてです。サービスの方は30分で到着、バッテリー交換は有料で1万円でした。服のポケットに入れたまま洗濯機で回してしまったICOCA、そのまま使えました。1994年出版のずいぶん昔に読んだ本を読み返しました。杉本苑子著「竹ノ御所鞠子」鎌倉幕府二代将軍 源頼家の遺児鞠子の半生の小説。ストーリーテラーの鞠子の母は諸説ありますが尊卑分脈にある木曽義仲の娘の設定で、人の訪れない竹に囲まれた“竹ノ御所“で静かに無事に生きてほしいと願うのに、異母兄弟が次々殺され、最後の将軍家の子孫ということで利用され、13歳年下の摂家将軍九條頼経の妻として御所に連行されてしまいます。やっぱり私は日本史が好きだと思いました。読んでくださりありがとうございました楽しい時間をお過ごしくださいね

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