最近、読んでいる本。

 

 

世界情勢を扱うニュースは、日々たくさん流れてきますが、

ただ眺めているだけだと「何が起きているか」は分かっても、

「なぜそうなっているのか」までは、なかなか見えてきません。

 

地政学の本を読むと、

国の行動は善悪や感情だけで決まっているのではなく、

地理、資源、国境、歴史的な制約といった

動かしようのない前提条件の上で選ばれていることが分かります。

 

一方で現代史をたどると、その国やリーダーが、どんな成功体験を持ち、

どんな失敗や恐怖を抱えてきたのかが見えてきます。

 

この2つを行き来しながら読むと、

ニュースの見え方が少しずつ変わってきます。

 

出来事そのものよりも、

その裏にある構造や判断の背景に

目が向くようになる。

 

すると、

「なぜ今こう動くのか」

「なぜこの選択をしているのか」

を、感情に引っ張られずに考えられるようになります。

 

これは世界情勢に限らず、

仕事や経営、日々の意思決定にも

そのまま当てはまる感覚だと思います。

 

視点を一段引いてみる。

解像度を少しだけ変えてみる。

 

それだけで、

同じ情報から受け取れる意味は

確実に増えていきます。

 

忙しい日々の中でも、

ときどき「世界を見る解像度」を

ひとつ上げてみる。

 

そんな習慣を、

少しずつ持っていけたらいいなと思っています。

 

今日は天気の良い週末。

特に予定を決めずに、散歩しながら渋谷の植物園に行ってみた。

 

天井の高い空間に、たくさんの緑。

自然光が差し込んでいて、都会の真ん中なのに、不思議と時間がゆっくり流れているように感じた。

 

そのまま帰り道も、急がずに歩く。


途中で本屋に寄って、目的もなく棚を眺める。
今すぐ必要な本を探すわけでもなく、
ただ気になったタイトルや装丁に目を留めるだけ。

 

天気も良くて、それだけで十分な一日だった。

 

こうして振り返ると、
「ゆっくりできる週末」って、去年まではあまり取れていなかったなと思う。

 

週末でも、
どこかで仕事のことを考えていたり、
次の判断や、次の一手を頭の片隅で回していたり。

 

休んでいるようで、
実はずっと走り続けていたのかもしれない。

 

今日は、ただ歩いて、眺めて、感じるだけ。
それだけなのに、心がちゃんと整う感覚があった。

 

こういう時間があるからこそ、
また次の一週間を、落ち着いた気持ちで迎えられる。

 

たまには、
何かを「足す」よりも、
余計なものを「手放す」週末もいいなと思った。

 

 

新年の挨拶回りをしていて、少し気づいたことがあった。

 

僕がアスクを継いでから、毎年欠かさず新年の挨拶回りをしている。
もうかれこれ20年くらいになるだろうか。

 

製造業という仕事は、どうしても景気や社会状況の影響を受けやすい。
需要が良い年もあれば、厳しい年もある。

その波を、長く付き合っているお客さんとは一緒に越えてきた。

 

そんな中で、ありがたいなと感じる瞬間がある。

 

「この先、この分野の需要は少し減りそうだから、
代わりにこういう製品があるんだけど、アスクさんでできないかな?」

 

そんなふうに、
こちらの経営状況や将来まで考えた上で、
取引が長く続くように配慮してくれるお客さんがいる。

 

仕入れ先という立場は、どうしても
「お客さんより下」に見られがちだと思う。

 

でも本来は、
お互いが事業を続けていくための対等な取引先のはずだ。

 

仕入れ先との関係をきちんと築き、
長く良好な関係を維持していこう、
そういう視点を持ってくれているお客さんには、
心から感謝の気持ちが湧いてくる。

 

一方で、ふと自分を振り返る。

 

うちは毎年、お客さんへの挨拶回りは欠かさないけれど、
仕入れ先への挨拶は、基本的に社員に任せてきた。

 

でも今回の挨拶回りを通して、
お客さんと同じくらい、
仕入れ先も大切にしていく姿勢が必要なんだと、改めて感じた。

 

長く事業を続けていくために必要なのは、
派手な戦略や数字だけじゃない。

 

こうした人と人との関係を、どう大切に積み重ねていくか


その姿勢こそが、結局は会社の土台になるんだと思う。

 

 

M&Aというと、
「仲介会社に依頼するもの」
「成約手数料が何百万円、何千万円もかかるもの」
そんなイメージを持たれることが、まだまだ多いと思います。

 

でも現実には、
その金額を前提に動ける個人事業主や中小企業は、決して多くありません。

 

むしろ世の中の大半は、

  • 一人、あるいは少人数で事業を回している

  • 大きな利益が出ているわけではない

  • それでも、事業をきちんと次につなぎたい

そんな方たちです。

 


「誰にも相談できない」状態が、一番のリスク

M&Aには、悩むポイントが数多くあります。

資料作成も、条件交渉も、契約手続きも大変ですが、
一番つらいのは、一人で悩み続けてしまうことだと思っています。

  • この金額は高いのか、安いのか

  • 今この交渉相手と進むべきなのか

  • 自分が本当に実現したいことは何なのか

相談できる相手がいないまま時間だけが過ぎ、
結果的にチャンスを逃してしまう。

 

これは、これまで多くの売り手さんを見てきて、
何度も感じてきたことです。

 


だから「マッチングエージェント」をつくった

トランビのマッチングエージェントサービスは、
売り手さんの隣で、一緒に考えるための仕組みです。

 

高額な成功報酬を前提とした仲介サービスではなく、

  • 売り手が主、エージェントは副

  • オンラインツールやITを徹底的に活用

  • コーチ役を配置し、エージェントの質を高め続ける

そうした設計の結果として、
成約時30万円という形にしています。

 

これは「安くした」のではなく、
多くの人が使える形に再設計したという感覚に近いです。

 


掲載して終わりにしないための工夫

マッチングエージェントでは、

  • 案件の見られ方

  • 買い手の反応

  • 動きが止まるタイミング

こうした情報を、データと実例をもとに確認しながら、
次の一手を一緒に考えていきます。

 

「待つ」だけでなく、
どう動くかを一緒に悩んでくれる相手がいる。

 

それだけで、
M&Aの進め方は大きく変わると感じています。

 


テクノロジーと人の役割分担

資料作成や情報整理など、
効率化できる部分はAIやツールを使います。

 

一方で、

  • 条件調整

  • 売り手さんの迷い

  • 判断のタイミング

こうした部分は、
人が向き合うからこそ意味がある。

 

だからマッチングエージェントは、
「全部お任せ」ではなく、
一緒に考える伴走型にしています。

 


M&Aを、特別な人のものにしない

高額な仲介会社を使えないからといって、
選択肢がなくなる社会にはしたくない。

 

トランビがこのサービスを続けているのは、
M&Aを一部の人だけのものにしたくないからです。

 

一人で悩ませない。
一人で決断させない。

 

そんな仕組みを、
これからも地道に磨いていきたいと思います。

 

今日は、TRANBIの ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム) の審査がありました。

 

TRANBIは、M&Aという性質上、
かなりセンシティブで厳格な情報をたくさん扱っています。

 

ほんの少しの情報漏えいでも、
お客様の信頼を大きく損ねてしまう世界です。

 

だからこそ、
「社員一人ひとりの意識」や
「気をつけようね」という気持ちだけに頼るのではなく、
仕組みとして情報が漏れない状態を作ることが必要だと、ずっと思っていました。

 

そのために、今回ISMSに挑戦しました。

 


正直に言うと……
めちゃくちゃ厳しいです。

 

「え、ここまでやるの?」
「そこも管理対象なんだ…」

 

そんな気づきの連続でした。

 

時間もかかるし、
ツールの導入などでコストもかかる。

 

仕組みを変えるだけでは足りなくて、
実際の業務フローや使うツール、
日々の細かい運用まで見直す必要がありました。

 


僕自身は、
トップマネジメントとしてインタビューを受けただけですが、
本当に大変だったのは、現場で推進してくれた担当のメンバーだと思います。

 

ISMSを進めるということは、
どうしても、

・今までできていたことができなくなる
・やり方が面倒になる
・ルールが増えて窮屈に感じる

そんなネガティブな声が出やすい取り組みです。

 

その矢面に立ちながら、
社内に説明し、調整し、仕組みを作り、
それでも前に進めてくれた責任者の人たちは、
本当にしんどい役割だったと思います。

 


それでも逃げずに、
一生懸命やり切ってくれた。

 

これは当たり前のことではなくて、
本当に感謝しかありません。

 

会社として
「やると決める」ことはできても、
「やり切る」ことは、
現場の力がなければ絶対にできない。

 

今回のISMSの取り組みは、
仕組みの強化だけでなく、
TRANBIという組織の底力を改めて感じる機会でもありました。

 


派手さはないし、
すぐに売上が伸びる話でもない。

 

でも、
信頼を積み重ねるための土台として、
そして、長く事業を続けていくために、
とても大切な挑戦だと思っています。

 

大変なことは、大変だねと言いながら。


それでも前向きに、ちゃんとやる。

そんな会社でありたいなと思います。

 

 

今年も評価面談の季節が始まりました。

 

今年は、TRANBIで新しい人事評価制度を導入したこともあり、

これまで以上に評価面談の意味や役割について考えさせられています。

 

評価というと、「評価する側」と「評価される側」という関係で語られがちです。

しかし、実際に評価面談に向き合ってみると、そんなに単純な構図ではないなと感じます。

 

そもそも、評価基準をつくること自体が、想像以上に難しい作業でした。

多様性のある組織の中で、ある程度の「型」をつくり、その枠の中で社員を評価する。
 

それは効率の面では合理的です。

 

一方で、それが本当に社員一人ひとりの成長につながっているのか、
不安になる瞬間があるのも正直なところです。

 

人はそれぞれ違います。
得意なことも、成長のスピードも、目指すキャリアプランも違う。
その中で同じ評価基準を当てはめることには、どうしても限界があります。

 

それでも人事評価に意味があるとすれば、
それは

会社としてどんな方向を目指しているのか、
どんなスキルや姿勢を大切にしているのかを、
社員に明確に伝えるためだと思っています。

 

TRANBIが目指している方向性の中で、
社員にどんな力を身につけてほしいのか。

どんな行動や考え方を評価したいのか。

 

それを曖昧な精神論ではなく、
「高評価項目」という形で言語化し、共有する。

 

人事評価は、人をふるいにかけるための仕組みではなく、
会社の方向性と社員の方向性をすり合わせるためのツール。

 

最近は、そう考えるようになりました。

 

今回の評価面談では、
今できていること、
足りていないと感じていること、
そしてこれから何を期待しているのか。

そうした点を、できるだけ具体的に伝えることを意識しています。


あわせて、その評価をどうすれば伸ばせるのか、
次にどんな経験を積んでほしいのか。
成長につながる道筋まで、一緒に話すようにしたいと思います。

 

評価は、される側からすると不満が生まれやすいものです。

なぜこの評価なのか。
もっと評価されてもいいのではないか。

 

そう感じることもあると思います。

 

それでも評価面談が、
自分に何が足りていないのか、
どこを伸ばせばいいのかに気づくきっかけになり、
次の一年を前向きに考える時間になってほしい。

 

人事評価は、過去を裁くためのものではなく、
未来を一緒に設計するためのもの。

 

評価面談は、
会社と社員の向きを揃えるための、
大切な対話の時間だと思っています。

 

だからこそ、社員を評価しながらも、
社員が良い評価を得られないとすれば、
それは十分な成長の機会を提供できていない
会社や社長の責任なのではないかと感じます。

 

社員を評価しながら、
その評価は社長自身の評価でもある。
 

最近は、そんな感覚を強く持つようになりました。

 

良い評価ができるよう、
社員、会社、社長、それぞれが何をすべきか。
 

それを考え続けていくことが、何より重要なのだと思います。

Midjourneyには、いつも英語でプロンプトを入れている。
それが当たり前だと思っていた。

 

でもある日、ふと日本語で入れてみた。

「ビールを飲んで読書をしている初老の男。隣には黒のラブラドールが寝て老人に寄り添っている。」

 

 

すると、生成されたのは日本人の男性だった。

 

試しに、まったく同じ文章を英語にしてみた。

今度は白人の男性。
 

 

さらにスワヒリ語にしてみると、黒人の男性になった。

黒のラブラドールという指示なのに、なぜか白いラブラドールになっている。

 

面白くなって、いろいろな言語で試してみた。

 

すると、その言語に対応した文化や雰囲気をまとったアートが次々に出てくる。

中には、
「初老の男」や「ビール」「犬」といったモチーフ自体が
主役ではなくなっているようなアートもあった。

 

ヘブライ語。犬はいなくなり、なぜか赤ワインになっている。

 

イヌイットの言葉。オオカミ?

 

アボリジニの言葉。もはや何の絵なのか分からない。


 

ここで、はっとした。

 

私たちは、

「世界を見てから言語化している」
つもりでいる。

 

でも実際は、
言語が先にあって、見える世界を決めている
のではないか。

 

だから言語を変えると、
同じ現実を見ているはずなのに、
見えてくる輪郭が変わる。

 

思い返してみると、
僕が大学でアメリカにいた頃は、英語で考えていた。

 

日本に帰国してから、
英語で考えるときと、日本語で考えるときでは、
思考の進み方や、結論の出し方が違うことに気がついた。

 

英語で考えると、
物事を分解して、構造で捉えようとする。

 

日本語で考えると、
前後の文脈や、人との関係性、
「言葉にしきれない部分」まで含めて考えている。

 

どちらが正しい、という話ではない。

 

ただ、
言語を変えるというのは、レンズを変えること
なのだと思う。

 

同じ景色を見ているつもりでも、
どのレンズを通して見るかで、
世界はまったく違う表情を見せる。

 

いつも、自分の感覚は正しいと思っている。
 

それなのに、
「なんで他人にはわからないんだろう」
そう感じてしまうことがある。

 

同じ文章でも、
文化や背景、使う言語が違うだけで、
これほどアウトプットが変わるのだと、改めて感じた。

 

世界は広い。


そして、自分の見ている世界は、思っている以上にちっぽけだ。

 

幅広い視野を身につけるために、
もっといろんな世界を見てみたい。


相手の文化や背景を理解しようとすることが、
きっとその第一歩なのだと思う。

 

そんなことを考えた一日だった。

 

健康のために、今年は週に1回は自炊することを目標にしています。
 

ただ、僕は料理がすごく下手です。

基本もほとんど知らないし、
自己流で作ると大抵まずい。

 

だからこれまで、
「料理は向いてない」
「自炊はたまにできればいいや」
そんな感じで過ごしてきました。

 

でも最近、そんな自分でも
それなりに食べられる料理が作れるようになった


理由はシンプルで、AIのおかげです。

AIを使うと、献立も考えてくれるし、食材も買いやすい。


なかでも一番便利だなと思ったのは、
AIと会話しながら料理できること

 

会話モードで話しかけると、
「次に何をするか」
「どのタイミングで鍋に入れるか」
をリアルタイムで教えてくれる。

 

イヤホンをしながら、
横で先生に教えてもらっている感覚に近い。

 

料理の素人が一番つまずくのは、
「何を、どの順番で、いつ入れるのか」。

 

そこが分からないから、
レシピを見ても手が止まるし、
火加減やタイミングで失敗する。

 

その一番むずかしい部分を、
AIが全部補ってくれるのは本当にありがたい。

 

今日の料理はハンバーグ。

ソースの作り方さえ知らない自分でもまぁまぁ上手くできました。

 

料理をしながら、
「考えるところはAIに任せて、
手を動かすことに集中すればいいんだな」
そんなことを思ったりしました。

 

料理が得意な人より、
むしろ料理が苦手な人ほど
この使い方は向いている気がします。

 

 

息子の高校受験本番まで、一か月を切りました。

この1年、家族みんなで受験に向き合ってきたこともあり、いよいよその時が近づいてきたと感じています。

 

振り返ると、この一年は本当に「受験中心」の時間でした。

塾に通い、オンライン家庭教師も取り入れ、生活リズムも見直し、家族全体でできることは一通りやってきたと思います。

 

本人なりに頑張っていることも、よく分かっています。

ただ、親の目から見ると、どうしても気になることもあります。

朝が弱いこと、エンジンがかかるまでに時間がかかること。

分かっていても、つい口を出したくなってしまう自分がいます。

 

そんな中で、最近よく考えるのは、

「親が先回りしすぎているのではないか」

「子どもの自主性を、知らず知らずのうちに奪っているのではないか」

ということです。

 

本人は本人なりに真剣に取り組んでいるつもりなのだと思います。

それでも、ふとした瞬間に、

「もしかすると、子どもより親の方が真剣になってしまっているのではないか」

そんな感覚に襲われることがあります。

 

中学三年生。

多感な時期で、いわゆる反抗期でもあります。

こちらが話したいと思うほど、距離は少し開いていく。

会話がうまくできないこと自体が、親としては一番のストレスかもしれません。

 

それでも、ここは一緒に乗り越えるしかない。

そう覚悟しています。

 

残り一か月。

ここまで来ると、親にできることは限られてきます。

新しいことを詰め込むより、

これまで積み重ねてきたものを信じるしかありません。

 

結果がどうなるかは、正直分かりません。

でも、どんな結果になったとしても、それを受け入れていこうと思っています。

受験は通過点であって、人生そのものではない。

頭では分かっていても、気持ちが追いつかない瞬間もありますが、それでもそうありたいと思っています。

 

この一か月、家族みんなが少なからずプレッシャーを感じています。

空気が張りつめて、ピリピリすることもある。

時には感情がぶつかって、大きな声で喧嘩になってしまったこともありました。

 

それでも、こうした時間を一緒に乗り越えることが、

家族としての絆を少しずつ強くしてくれているのだと、今は信じたいと思っています。

 

自分で考え、悩み、向き合う力をどう育てていくか。

そのことの方が、長い目で見れば大切なのではないかと感じています。

 

答えはまだ見つかっていません。

きっと簡単な方法もありません。

だからこそ、考え続けたいと思っています。

 

あと一か月。

静かに、できるだけ口を出さず、

同じ方向を見ながら、見守っていく。

 

親にできるのは、それくらいなのかもしれません。

 

 

今日はアスクの新年の挨拶回りをしてきました。

毎年この時期になると、お得意様を回ってご挨拶をするのが恒例になっています。

 

年賀状やお中元など、昔からの慣習は少しずつ減ってきましたが、

新年の挨拶だけは、今もなくならないなと感じます。

 

やっぱり顔を合わせて、人柄や空気感を確認し合うことで、

信用は少しずつ築かれていくものなんだと思います。

 

新年の挨拶回りをもう20年以上続けていますので、

大変だったトラブルや、苦しい時期の話も、

今では少し懐かしさを持って話せる関係になっています。

 

一緒に波を越えてきた、という感覚があると、

仕事は単なる取引以上のものになっていきます。

 

今回の挨拶回りで、特に印象に残ったことがありました。

あるお客様の会社がとても大きく成長しているのですが、

その社長さんの行動が本当にすごいなと感じたのです。

 

会社の規模はもう十分に大きいのに、

今でも現場に出て、社員と直接いろいろな会話をしている。

そこから新しい発想や仕組みを考えてしまうのだそうです。

 

ノウハウを語るより、まず行動する。

仕組みをつくる前に、人と向き合う。

現場主義とコミュニケーションの大切さを、あらためて感じました。

 

いろいろな会社を見ていると、本当に社風はそれぞれ違います。

 

事業は、いつもうまくいくわけではありません。

良い時もあれば、悪い時もある。波は必ずあります。

 

だからこそ思います。

 

どんな波の中にあっても、

良い仲間と、前を向いて、楽しみながら仕事ができる会社でありたい。

 

うまくいっている時だけ楽しい会社ではなく、

苦しい時でも、踏ん張りながら笑える会社。

そういう空気こそが、会社の本当の強さなのかもしれません。

 

新年の挨拶回りは、

ただの年始行事ではなくて、

自分たちがどんな会社でありたいのかを

静かに確認する時間なのだと思います。

 

今年もまた、顔を合わせて始まる一年。

 

どんな波が来ても、楽しめる会社であるために。

一歩ずつ、積み重ねていきたいと思います。