才能のある子は決して生まれつきのものではないと思うが環境の違いは大きい。

難関塾経営は面白い。

 

HPにも書いているように、大脳生理学を塚田裕三先生から聞きかじったことがある。この表現の意味するところは、もちろん、塚田先生の講義がいかに高邁でも、私程度の人間には「聞きかじりの知識しか身につかない」という意味である。

 

 

お話は真剣に聞いていた証拠に、塚田先生が脳の言語野を「間違えて」説明したことがある。時実先生(岡山県出身)の本で予習していたのとは違う説明であるのだが、脳地図というのは一つの目安であってまだ解明されていないということを説明されるために,

 

あえて通説とは違うことを説明されたのか本当に間違えたのか今となっては確かめようがない。精神医学は小此木啓吾先生の講義を受けたことがある。

 

慶應義塾大学に進学して良かったことの一つは医学部があることだ。医学部の先生から授業を受けることができるからです。


精神医学、大脳生理学、法医学は医学部の先生に習いました。


キャンバスが分かれてるとはいえ同じ大学生なんですから医学部の四谷キャンパスに入って授業も受けました。 法医学の先生からは解剖実習も希望があれば立ち会えますと言われました。





早稲田大学ではこうはいかない。もっとも国立大学を滑って、入学許可をいただいたなかで、ダントツに学費が安かったから入学したというと、OB会を放逐されかねないのでここだけの話にする。ネットでここだけの話はあり得ないのだが・・・

 

 

難関塾経営は面白い。生徒が自分よりはるかに優秀だからだ。昔の思い出。

 

 

UBQの授業(中二)で、脳の構造についての英文が出てきて、脳の構造についてはわたくしも君たちは知らないでしょうが塚田先生という学者に習ったことがあるんですがねぇ。

 

 

といったら、中二の女生徒(後に岡大医学科進学)が:

 

 

えーっ!本当ですか!塚田先生って、塚田裕三先生のことですか!?凄いっですねぇ

 

とびっくりしたので、こちらが驚いた。

 

 

 

中二の男子生徒(後に岡大医学科進学)にどんな本を読んでいるのかと聞いたら

 

クラウゼビッツです。とにかく難しくて、難しくて。。。

 

 

といったのでこちらが絶句。

 

 

灘高校の生徒のメアドが、ボウフォア カン マン ニヒト シュプレヒト・・・(哲学者ウィトゲンシュタインの言葉。ドイツ語で人はなぜ沈黙することができるのかと言う意味です)

 

おいおい、ウィトゲンシュタインをドイツ語で読んでいるのかと聞いたら、そうです。(ちなみに東大落ちました・・・当たり前だろう!)

 

栴檀の香りは数学に現れるかと思っていたらそうでもない。中三のUBQのテキストに

 

 

JEWISH NEW YEAR (ロシュ・ハシャーナ)

 

 

という単語が出てくる。ユダヤ人の定義というのは難しい。大谷大学大学院で1年間ユダヤの歴史について習ったことがある。ヘブライ大学に留学されていたのでタナファー(旧約聖書)がヘブライ語で読める教授であったが、その先生でもユダヤ人の定義は一言では言えないとのことであった。

 

 

毎年、この単語を教える際には生徒をいじるのが楽しみだ。

 

 

東京大学理科3類に進学した生徒である。東大の物理で59点(60点満点)を得点した生徒である。(東大からの成績開示を確認済み)。

 

 

 

 

 

東大の先生は意地でも満点を取らせないという教育学的な配慮から、減点したのであろうと邪推している。

 

この中三の生徒の訳は、忘れられない。プロの翻訳家でもこうはいかない。すべての諸問題を避ける完璧な訳:

 

 

『ユダヤの新年』


こうすればユダヤ人とは何か?と言うことを全て回避できるからです。あくまでもユダヤの文化に基づくカレンダーと言うことになるから。


 

 

 

 

 

 

(*)この生徒が東大の物理の入試で満点が取れないはずはない。

中3の時点で東大の物理は完璧だ。中学生の時点で東大の物理は常に満点が取れる生徒なわけです。


私では不安だから、ubqの理科3類合格者OBに採点させても、東大の物理学科の院生でもここまでの答案はかけないとの由

 

 

中一で. …科学コンクールに論文が入賞したので見たら、川の汚染と巻貝の研究である。読んだら、「帰りにアイスクリームを買った。おいしかった」と書いてあるから。「このどこが科学論文なのか?」と聞いたら「中学生らしくないから」と言って学校の先生に、入れるように言われたとの事。

 

 

中一で重回帰分析のできる生徒はすでに中学生らしくありません!

 

学校の先生はよっぽど子供の芽を摘みたいらしい

 

 

もうひとつ。その生徒が東大受験前に、教科書の例題のような問題をひたすらノートで解いている。なにしているの?「宿題なんです」・・・・

 

 

 親も真面目すぎて困ると言っていました。 予想通り今何をされてるかといえば東大の医学科を出て大学院は理学部に行かれました。 絶対に基礎研究に行くと思ってましたらその通りでした。 今ある旧帝大学で准教授をされています。研究室のホームページで主任教師の隣に写っているところが将来を嘱望されていることがわかります。



老後の楽しみです。 教え子がノーベル賞を獲るまで長生きしよ。

 

 

 

 

 

 

これは、ドイツで聞いた話。当然、ドイツ人の話だからドイツ車の方をほめるにきまっている。


「ドイツの車は目に見えるところからコストダウンをする。日本の車は目に見えないところから、コストダウンする。」




カール・ベンツ氏



この意味は深い。車には一般の人が、まずわからない安全性の部分がある。たとえば車のシートが簡単に倒れたら危険。シートベルトは前方への慣性力にしか機能しないから、追突されたなら、そのまま、後ろに吹っ飛んでしまう。座席の両側にロック装置を付ければ、より安全だが、これを片方だけにしても気が付く人はいない。


車の剛性を落として、内部のビスの数を減らしても、内装をはがして数える人はいない。側面衝突に備えて、ドアの中に鋼鉄製のバーが入っているか確認する人はいない。(注。ドア全体の強度を確保して、入れないという設計もあるそうだ)


正面衝突したときにダッシュ・ボックスがはずれたら、飛んでくる。運動エネルギーはmv2乗だから、助手席の人にぶつかれば危険。飛び出さないように設計段階で破壊点を最適化して二重構造にして衝突時に内部崩壊するように特注すれば、ものすごく高いものになるが、気がつく人もいない。


ドイツ車の評論家で今度の新車は内装が貧弱だという人はドイツのものづくりが分かっていない。内装を目に見えて貧弱に本革張りにするのを辞めるが、安全に関する目に見えない部分はコストダウンをしない。


マンションでも設計図や強度計算まで分かる人は少ないから、躯体の強度より、ロビーを豪華にしたら売れるそうだ。


塾も同じ。


テキスト開発部門を廃止すれば、大幅な人件費の節約になる。しかし、オリジナル・テキスト使用といっても、どのくらいのペースで改定していますか?と聞く保護者に会ったことはない。20年前からそのままでも最新のオリジナル・テキストは嘘ではない。


・・・中学合格判定模試というのを10年前の模試をそのまま出しても気がつく保護者はいない。





ダイビングのインストラクターの中で語り継がれている恐ろしい伝説があります。

水深一万メートルのところに深海魚がおります。

その深海魚がオナラをするのです。やがてそのオナラは上へ向かって浮上します。

そのオナラは約千倍の体積に膨れ上がります。いわゆるボイル・シャルルの法則ですね。

海面に浮上したときには、千倍の体積になりますから、海上の船に大変な被害を及ぼします。

怖いですね。船がいきなり行方不明になるのはこれが原因だと言われています。
 
気をつけたまえ。
恐ろしいことですね。恐怖したまえ。
 
 

君が代の歌詞をご存じない方は、このブログの読者にはいないであろう。

さて、さざれ石というのはなにか?お子様に説明できる保護者はそのうちどのくらいおられるだろうか?中学生のお子様にさざれ石って何?


連休の親孝行ということで藤の花を見に行った。岡山県の和気(わけ)神社に隣接して藤公園がある。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

さざれ石が祀ってある。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

上は説明の石碑、


下が「さざれ石」。


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ

このブログでも小学生には国語力がもっとも必要だ。ということは、すでに述べた。小学生のうちは99%国語の学習だけで十分だ。といっても社会や理科を勉強しなくても良いという意味ではない。


国語力というのも難しい漢字を知っているとかの意味ではない。

以前の記事では記号操作能力とか述べたが、


生活体験力=国語力


といっても良いであろう。子供が小さなうちは、映画をみたり、博物館にいったり、と色々な体験が重要だ。




 京都大学の1993年(平成5年)文系前期の入試で、次のような下線部訳が出題されました。

(2)
a water molecule that finds itself on a blade of grass fringed with frost arrived there by a zig-zag path, the direction of its motion having been changed frequently and abruptly by collisions with other air molecules.


文法事項の重要な点が満載の部分に線が引かれています。

 注目すべきは、 collisions with other air molecules の箇所です。
 受験生に訳させると、「他の空気の分子との衝突」という、とんでもない訳が出てくることがあります。
 もちろん空気は酸素や窒素、アルゴンなどの混合体であって、空気の分子は存在しませんので、「大気中の他の分子との衝突」と訳すべきです。

 「入試科目にないので化学は勉強していません」とか、「僕は**大学志望なので**大学の傾向に合わせて効率的に勉強したい」とか、「それは試験に出ますか? 入試に役立つ公式を集中的に教えてほしい」というような、近視眼的で即物的な受験生が増えているような気がします。

 
この原因のひとつは、小学校・中学校のうちに塾で「試験に出るポイント」や「効果的で効率的な集中学習で短期間に成績向上」を求める姿勢が身についてしまうからではないでしょうか?

 これが、目先だけの中学受験ではともかく、大学入試で全く通用しない勉強方法であることを、上の京都大学の入試出題者が問題提起しているように思えます。大学受験を見据えた指導というのを言葉だけで言うのは簡単ですので具体的な例をここで挙げてみました。

 しかも、この問題が、文系で出題されているところが、京都大学の見識ですね。
 二次試験で必要とされないなら、物理や化学など(理系なら、地歴公民など.)勉強しなくてもよい、興味を持たなくても、何も知らなくてもいい。そんなことを知ったところで、受験には何の役にも立たないから・・・・・
 そんな受験生には、京都大学には来てほしくない。どんなことでも、貪欲に学ぶ姿勢を持った学生に、来てもらいたい。

 京都大学は受験生に対して、そういうメッセージを送っているのではないでしょうか。


 





UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ-鍵2


これは、ヨーロッパのあるホテルのルームキーである。
 * なお、ホテル名・電話番号などが読めないようにしています。

シティーホテルではカードキーも普及しているが、安ホテルや( 安ホテルではなくてかなり格式のある伝統的なホテルでも使われていました ) 民宿では、いまだにこのようなルームキーが使われている。

さて、ホテル名やルーム番号を記した透明なキーホルダーの下に巻きついている黒い物体(ゴム)である。

 

こんなゴムがついたキーは、日本では見たことがない。
なぜこれがついているのか?

ヨーロッパを何度も旅行している日本人の知人に何人か聞いてみたが、誰もわからなかった。

 

ホテルで、理由を聞いてみた。

UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ-鍵1

一般にヨーロッパの人は、就寝中も含めて在室時は、この写真のように、内側から鍵をさす。

そうしておけば、マスターキーを使っても、外から開けることができない。
ホテルの従業員やオーナー等からも身を守るため、このような習慣がある。

安ホテルなどでは、列車の通過などで建物自体が揺れることもある。
そうなっても、このゴムのクッションがあれば、鍵が揺れてもぶつかる音を吸収してくれる。

それでは、室内で客が倒れたり動けなくなったりして、従業員が気付いたとしても、外からはまったく開けられない。壁やドアを壊して入るしかないのだ,


なお現在ではカードキーとかセキュリティシステムが発達してるのでホテルの方にお聞きしましたら 今では必要ありませんけど 昔の名残だとおっしゃっていましたね 。 ヨーロッパのホテルは大変古い伝統のある 格式ある 昔の伝統を守るというしきたりで残っている文化だ とのことでしたね。

 

 

 

 

 



三次函数は、変曲点に関して点対称だから、変曲点を原点に平行移動して偶べきの項をなくしてしまえば(係数を0にする)極めて扱いやすい。





東京大学文系数学の基本技法である。こういう場合には「変曲点を原点に平行移動しても一般性を失わない」とかくのも基本。








何故。一般性を失わないかというと、もともと座標の設定は人間が勝手に決めたものだからだ。








そこで、次に3次函数が変曲点について点対称の証明。





一般の3次函数の変曲点を原点に平行移動して証明している先生が多いようだが、これは計算が面倒である。





変曲点を原点に平行移動しても一般性を失わないということの本質を考えれば良い。





y=a(Xの三乗)+cX   の方を先に考える。





 変曲点が(0,0)なのは自明。「入試で自明って書くな」という教師がいるようですが、自明なものは自明なのであってしょうがない。ある現象をどのように見るかは自由だ。解釈の総体にまで数学は口を挟むものではない。





これをどこに平行移動しても一般性を失わないから


XをX-d,yをy-cに置き換えたら任意の3次函数がでてくるからね。











 

 

個人で海外旅行に行ったときは、基本的にタクシーは使わないことにしている。バスに乗って、一般市民に交じって普通の暮らし振りを見た方が勉強になるからだ。

 

そうはいっても、飛行機が遅れたりしてどうしても空港からホテルまでタクシーに乗らないといけない場合もある。

 

タクシーに、ぼられないように気をつけないといけない。一番良い方法はタクシー代は・・・ホテルを予約しているのでホテルにチャージ(タクシー代はホテルが立て替えて払うとの意味)する、といってフロント・デスクまで運転手にきてもらうことだ。

 

ぼられるのは不愉快だがもっと怖いのは、いつの間にか、人気のないところに連れて行かれ、気が付くとタクシーの周りを怖そうな人が何人も囲んでいる・・・・ということだ。

 

(*)お大切な注;ぼられて抗議するとその場で射殺されることも海外では実際に(エクアドル)おこっている。臨機応変に対応されたい。

 

私のリスク管理:タクシーのなかで携帯電話を掛けること。電話代がもったいないから、話しているふりでも良い。

 

「・・・ホテルですか?(親しげに)予約している・・・です。お久しぶりですね。」等

 

尚、日本語でしゃべっていても、ところどころにジャパニース・アンバサダーとかオフィシャルとか、適当に現地の方でありふれた名前を入れましょう

 

空港からタクシーに乗ったところです。(ここで運転手に、今はどこを走っていますか?・・・ホテルまで、後、どのくらいですか?と聞く、電話をかけた状態で運転手の名前を聞くともっと良い)、空港から・・時…分に黄色の・・・・タクシー(タクシー会社の名前)に乗って、もうすぐホテルに着きます。今夜の夕食は打ち合わせ通りですので、支配人によろしくお伝えください。」

 

*言葉が通じなくともニュアンスは通じる。ここは嘘も方便と割り切って演技すること!

 

日本人が空港で消息を絶った。これではまずい。空港から何時に・・・・社の黄色いタクシーに乗ってから・・・・ということになれば、警察はタクシーの運転手から捜査をするであろう。犯罪の抑止力になる。

 

 

特に、始めても国でタクシーに乗車した場合に、

「どこから来たのか」

「この国は初めてなのか」

などと聞かれた場合に、

「初めてだ」

などと答えることは危険です。


 

 

私の場合には、「I‘m a Japanese officer.(公用で来ました)」

とか、あるいは、「ODAで来た」と言ってごまかしています。


 

 

若い学生で、Japanese officerと相手に思われないようであれば、タクシーのドライバーには

「この国に友人がいて、会いに来ました。何度も来ています。友人がホテル(または駅)で待っています」

とでも答えたらいいでしょう。
 

特に一人旅の女性の方は参考にして頂きたい。

 

 

 

 

 

時及び条件を表す副詞節の中では、未来形の代わりに現在形を用いる

という文法事項があります。


文法法則に最も近いものは、物理の法則であって、人間が決めた決まりではないわけです。時・条件を表す副詞節で未来形を使ったら、罰せられるものではありません。


使ってはいけないというルールがあるのではなくて、使う必要がないのです。


数理科学というのは言語学も含むのです!


(1)I will go when he comes. (willは不要)


ところが、名詞節の場合は:


(2)I dont know when he will come. (名詞節)

と内容が未来ならばwillは必要です。その理由は


(3)I dont know when he came.

と節中の時制を過去にすることが可能だからです。



「あれ、お前、いつからここにいたんだ?」

「ぼくはさっきからここにいたよ」

「あ、そうなの、いつ来たか知らないんだよ」


こんな状況は考えられますから、I dont know when ・・・・のあとはhe came とすることもできるし、he will come とすることもできます。だから、内容が未来ならwill がなければ意味が通らないわけです。





ところが(1)I will go when he comes.

のcomeをcameに変えてみましょう。

(4)I will go when he came.


 (私は、彼が(昔)来たならば、これから(未来に)出発するつもりだ)

 

これは日本語とか英語以前の問題で、文自体が矛盾しています。物理学の因果律の法則に反します。


 つまり、副詞節の場合は、その副詞節中の時制は、かかっている動詞によって規定されるわけです。だから未来ということが自明なので、時・および条件を表す副詞節ではwillにする必要がないので、省略するのです。


 日本語でも英語でもそうですが、わかっていることはわざわざ言わないというのは、あたりまえのことですね。


 ここから発展です。


時・条件を表す副詞節では、絶対にwillを使わないのかというと、そうではありません。

(5)I will go when he will come.

(彼が来るつもりになれば、私は行きます)


本来,必要のないwillをわざわざ使えば、意志未来だと考えられます。


余談ですが、入試に出題する場合には

I will go before it rains.(雨が降らないうちに行くつもりだ。)

副詞節の中が意志未来に出来ないようにしておきましょう。

 






条件を表す副詞節

時制の一致

時や条件を表す副詞

時や条件を表す副詞節 では未来のことであっても未来気を使わない理由

物価の上昇や 雇用様々な統計の数字が新聞やメディアにのっています。

 
次のように報道されています。
 
野党が独自集計をしました。実際は、賃金の伸びは減少しているとの主張です。
 
これに微分積分の考えを当てはめてメディアに騙されないようにしましょう。
 
賃金がどんどん下がってものすごい労働者が困っているような誤解を受けていませんか?
 
賃金は伸びているのですね。伸び率が単調増加なんですね。
 
その伸びを微分積分の考えを当てはめてみると、⤴️というグラフではないということですね。
 
伸びが減少しているというのは賃金は上がっているのですがその上がっている様子が⤵️のグラフを描いているということです。
 
数3で習いますね。同じ単調増加でも、もう一度微分すればその増加に2種類あるということですね。
 
ましてや賃金の伸び率は減少の傾向に向かいつつある。
 
とのニュースを見ると数学教えてる私でも一体賃金は伸びてるのか減ってるのかよく分からなくなってきます。
 
もちろん単年度のそれぞれのデータを出しているわけですから正確には微分ではなくて差分です。
 
もう一つの話を付け加えますと三角関数です。本当は三角関数ではなくて円関数と言うべきだと思いますが。
 
例えば観覧車に乗った時の事を考えてみましょう。ワクワクして観覧車に乗りました。そうするとしばらくするとものすごい勢いで上昇して、頂上に登ると今度はあまり動かなくて怖いという印象を受けられる方もいるかもしれませんが、これは心理的なものではありません。
 
観覧車は角速度が一定です。一方 CD は線速度が一定ですから、CD を再生する時には最初はくるくる早く回ってるように思えて最後はゆっくり回転してるように見えるのもこれが原理です。
 
下の図をご覧ください。同じ時間に上がって下がる高さは違うのですね。頂上に登ってからあっという間に下がる気持ちは数学的な内容によるのです。
 
 
 
 
 
ああややこしいですね。