アレキサンダー大王は英雄と呼ばれておりまして各地にアレキサンダー大王の記念碑が建っており.各地にありアレキサンダー大王の地名が残っておりますまた。例えば宇宙戦艦ヤマトでイスカンダルというのはドイツ語でイスタブールと語源が同じで、ゆかりの地名をとったものです。
https://ameblo.jp/ubqubq/entry-12091572236.html?frm=theme
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インターネットというのは地域性がありません。世界中から見られるわけです。そこでもう1度説明いたします。首都圏と違って岡山においては私立の小学校という選択肢は事実上ないわけです。具体的に:私立小学校は岡山県内にはノートルダム清心女子大の付属。朝日塾小学校。就実。吉備高原のびのび小学校のみ。人口比と交通の便を考えれば首都圏の感覚では無理です。
学区の弾力性というのは自分の住んでいる地区の小学校中学校には行きたくないということ。
当然人気のある 学区と人気のない学区があるわけです。人気のない町内会が学区の弾力性に反対するのです。
無理矢理、町内会長らがある日いきなり家庭にきてお前の子供はまるぺけ小学校に入るな(刑法の強要罪の可能性あり)という学区はみんなから嫌われてるわけです。
町内会長をしておりますと様々な貴重な資料が手に入ります。
その中で町内会別の寄付金の集まった金額を見ました。
岡山市内でも教育熱心な方々が集まる文教地区であるという学区は寄付金の額がゼロなのです。
寄付金を町内会単位で半ば強制的に集めたりノルマがあるというのはおかしいという正論が通じる学区なのでしょうね。うちの町内会では上部組織の全く知らない方が、ひとり100円募金を集めに来ましたというから、募金というのは任意であって一括して町内会費から払うことは違法行為である。判決が確定していますというと集めに来なくなった。
そらそうでしょう。
ある日突然町内会長らが自宅に来てあんたの子供は地元の小学校に入れてください。今通ってる学校を転校しろなんていう地区には誰も怖くて住みたくありませんよね。
だから結論。こういう町内会長がいるから嫌われているのではないでしょうか?

最近問題になっている言葉で 頑張れ という言葉がある。
その理由は、本当に困っている人に 頑張れ というのはかえって追い詰めるとの由である。
(*以下、丸谷才一の著書「日本語相談」を参考にしました。)
頑張れ というのは、動詞の 頑張る から派生した 日本文化ならではの 間投詞 です。
だから、 頑張れ というのは命令形ではない。
英語 にも訳しようがない。
しいて訳せば FIGHT! ではなく、OK? 位に対応させるべきである。
2012-06-29
うちの子は勉強しなくて・・・親の言うことをきかなくて・・・
と、どの保護者も言う。東大に行った生徒の保護者も、京大に行った生徒の保護者も中一くらいでは良く言われた。
岡山は狭い。UBQの卒業生でもうママになっている方に、この前、街でお見かけしたら、子供(男の子)がもう、しっかりと二足歩行している。あっという間に大きくなるのですね。確か、何年か前にお見かけした時は、ママにひたすら、しがみついて、生まれて初めてみる外の世界を、不安そうに、きょろきょろ見ながら、抱っこされてたのに。
あらま、ずいぶん大きくなって・・・・
それが、やんちゃになって、ちっともママのいうことを聞かなくなりました。大きくなるのは、有難いのですけど。少し、さびしい気持ちもどこかにあるのかしら。このまま子供でいて欲しい気持ちも、心のどこかにあるのかしら。
わかる!わかる!みんなそうでしょう!
というのは、この話を、高校の同窓会でしたら、随分と、同意されたからである。
今は、親の言うことを全く聞かないけれど、ついこの前までは、「パッパー。だいしゅきー。ちゅーしてー」といっていた娘が、今は、日常会話ゼロ!ちょっとでも身体がふれようものなら「ウザイ!キモイ!セクハラ!」。何てことだ!信じられない!彼氏なんか連れてきたら許さん!といった父親。
「マッマー。オッパイ」と言ってハイハイしていた息子が今は、あっという間(特に母親から見ると昨日のこと、どころか、ほぼ同時に見えるそうだ)に大きくなって、何を言っても、無視。
挙句の果てが、保護者参観日に来るなって!?
どれだけ苦労して育てたのよ!あなた忘れたの!という母親。
一番、その集まりで同情されたパパは、今度の土日に休みが取れたから、小学・・・年生の娘に、昔の感覚で、「今度。パパと、遊ぼうか?」っていったら、「えっ?なんで?」と言われた方である。
そこで、「うちの子は勉強しない」と、どこの塾でも言ってくる保護者がいることについての仮説。
親の愛情表現のノスタルジー。
昔は、言うことを聞いてくれたのに、今は親のいうことを聞かなくなって、
ちょっぴり寂しい。(←本当はすごく寂しい)
子供の健やかなる人生を願う親の愛情表現。
東京大学理科3類合格者の母親も中一の時に、「子育てに失敗したかも・・・」とおっしゃったのもこの気持ちから。
(東京大学理科3類進学者は、皆さん中一から。個人の特定はできません。もちろん、偶然ではありません)
UBQのように、これだけ、できる生徒ばかりの塾でも、みんな言う。
塾の責任者はきちんと理解して、保護者のクレームと勘違いしてはだめ。
残して補習をしたり、宿題を増やして子どもを潰してはいけない。
「うちの子は全然、勉強しない」は、塾経営者には、もはや、間投詞の系列と考えるべき。
うちの子は全然、勉強しない・・・という保護者の子供が伸びるのも当然。
子供の育児をネグレクトする親は絶対に言わないから。
子供に愛情のない親は絶対に言わないから。
これも、駆け出しのころ。
ある予備校が外部から英語の有名講師に招聘の打診をしたら、まず貴校の講義を見学させていただきたいとの由。
(注:一般に予備校は掛け持ちが可能なところもある)
その講師が授業の見学に教室にきたら、椅子を黒板のすぐ前に置き、生徒の方を向いて座る。つまり、先生の方ではなく、生徒の方を向いて座ったのである。
3時間、じっとメモを熱心に取りながら、時折、立ち上がって教室の中を生徒のノートを見るなどしながら、授業を「見学」していた。
その後、懇親会が開かれたので、特にお願いしてメモを見せていただいた。びっしりと書かれていた内容は・・・
どこで生徒がうなずいたか。どの単語を生徒が辞書で引いたか。生徒が一番、どこをノートに取っていたか。
どこの箇所を生徒が質問したか。どの部分で生徒が間違えているか。。。。果ては、どこで生徒があくびをしたかまで書かれていた。
塾というのは奥が深い。まだまだ自分には修業が足りない。一流の講師は、違うなぁと。。。良い勉強をさせて頂いた。
指導する上での技術的な理由は、このブログで何度も説明してきたが、次のような事例を紹介しよう。
UBQの中一で県外から通う、突出して出来る生徒がいた。欠席する事は無いのだが、新幹線が事故で、止まったらしょうがない。
欠席の連絡を頂いたので、千載一遇のチャンスとばかりに、「知らないと絶対に出来ないが、知っていれば誰でも出来る問題」を教えておいた。
次の週の事だ。
その問題をベースにした問題を、何くわない顔で、授業に織り込んでおいた。
当然、その生徒は解けない。他の生徒は全員、正解だ。
少々、天狗になっていた、その生徒が、まだまだ修行が足りないと、
一層、気を締めて
授業に取り組み始めたのは言うまでもない。
もう一つ、事例を挙げよう。これは、長山がまだ塾講師駆け出しの頃。
東京の超有名難関塾で、他塾からスカウトされてきたベテラン先生が新しく、入社した。
三顧の礼に加え、相当な費用(着任料)を払ったとの噂。
他の講師が注目して、第一回目の授業の前にモニターの前に集まる。
(この塾では、すべての教室にカメラが設置してあり職員室で自由に見る事ができた)
一般的な塾講師のイメージと程遠い。
もともと小柄な上に、自信のなさそうな声でしゃべる。声もハリが無い。
どうしてこんな先生を、引き抜いてきたのかと他の講師も訝しがった。
二、三ヶ月もすれば、皆が納得した。授業以外での研究・フォローがもの凄いのだ。
それに基づいて授業をするから、一回、見ただけでは凄さが、分からないのだ。
クラス全員の生徒の過去の模試の答案を、一人ひとり何時間もかけて詳細に、分析してすべて記憶している。志望校や不得意分野のデーターを頭に入れているのだ。
三ヶ月後にもう一度、モニターを見たら、感嘆した。
慶應女子高に頻出の事項は、慶應女子高志望の生徒を指名して答えさせているし、開成高校志望の生徒には開成高校で出た分野を質問している。同じ問題を解くのにも早慶高校受験コースのクラスと筑波大附属高校受験クラスでは解法が変わっていることにも気がついた。同じ問題でも質問する生徒によって答え方が違う事にも気がついた。
ある特定の生徒を、ここぞとばかり指名して、重要事項を答えさせた。私は見ていて、あっ!と息を呑んだ。
その内容が第一回目の授業で、その生徒が間違えたところだったからだ!


