第251話/元ホストくん⑪
鼓舞羅や丑嶋を出し抜き、3億を手にした隼人。なんか港みたいなとこにいる。
途中までは、隼人は鼓舞羅の駒にすぎなかった。
しかしここから逃走し、さらに丑嶋、というか柄崎たちとぶつけることで、隼人は逃げ切ることが出来たのだ。
しかし、3億もの大金を手にしても、具体的にどうすればいいかはわからない。べつにわかろうともしていない。
彼には、高田に対する拭い難い劣等感が沈滞していた。
ホスト時代では負けっぱなし。負けを認めることでその場をしのぐことはできたが、ホストの世界では1番でなければほとんど意味はない。
だから、隼人は、なんとしても、高田を打ち負かしたかった。
しかし、あるのはどうしようもないむなしさだけ。勝つことそれじたいが目的となったこのたたかいを終え、大金を手にしても、なにも残らない。
隼人は珠理という女に電話して、いっしょに暮らさないかという。例のボッタクリの店で現金200万を要求したことがばれ、鼓舞羅を呼ばれるハメになったときの女だ。
だがあれから半年もたっている。それに、珠理はホストとしての隼人と対していたのであって、隼人との「普通の暮らし」など望んではいないのだ。
そこに、あたまに包帯を巻いた高田がやってくる。隼人が逃走するときに盗んだ柄崎の車にGPSの発信機がついていたらしい。高田に任せているということか、距離は離れているが、周囲は柄崎、加納、マサル、丑嶋でかためられており、逃げられそうもない。
高田は、隼人が鼓舞羅の鵜飼いの鵜にすぎず、なにもなしとげていないという。そのことは、さきほど隼人じしんが自覚していたことである。
隼人は高田だってそうじゃないかというのだが、高田はちがうという。つまり、瞬間の勝ち負けではなく、それなりになしとげていることはあるというのである。
「歪でも金融屋と債務者には人間関係ができている」
これがカウカウの社是というか、従業員ぜんいんが合意している闇金業の本質であるとは、かならずしもいえないだろう。しかし、少なくとも、高田はそうした意識をもって仕事にのぞんでいるのだ。
隼人はなんだかさびしそうだ。カウカウとじぶんを天秤にかけさせたとき、高田は迷うことなくカウカウを選んだ。自棄になった風の隼人は金の入ったバッグを海に投げ捨てる。
煮るなり焼くなり好きにしろと、ホスト的にキメた隼人の言を拾い、丑嶋は彼をしばりつけて海にドボンする。殺す気はない。金を集めた隼人を、丑嶋は金ではなく手首をつかんでひきあげる。なにか高田のいうことを証明するようなしぐさでもある。
ぐったりうずくまった隼人はなにをおもうか。彼は最後に親友を瑠偉斗ではなく高田と呼ぶ。金融屋としての彼を認めたということかもしれない。
というわけで丑嶋が3億回収。隼人と高田はお別れをすることになるのだった。
つづく。
ずいぶんあっさりと隼人がつかまってしまった。
といっても、これは必然的なことであったかもしれない。
じぶんでいっているように、高田たちを出し抜き、その証明として3億を手に離れたじてんで、彼の目的は達成された。いわば放心状態の隼人には、もうすばやく逃げるちからなど残っていなかったのだろう。
隼人が求めていたものは、勝利のための勝利である。ホスト時代から続く、彼の、あるいは彼らの勝負観である。
それは、くりかえし語られてきたように「一発逆転」をもって達成される。沈黙したまま雌伏するだけではとうていナンバー1にはなれないということを、彼らは経験的に、肌で知っている。あるいは、徐々にちからをたくわえ、スキルをみがき、勉強を重ね、ナンバー1になるということも可能なのかもしれない。しかし彼らのリアリティにおいて、それは問題にならない。ナンバー1になれなければ意味はない、だとしたら現在のわたしには存在している価値がない、いますぐトップにならなければならない。そうした理路が導くのが、一発逆転という方法である。ナンバー制度、その集団の内部における格の露骨な表出は、自然と、いまのわたしは仮の姿であり、「ほんらいのわたし」はこうではない、という思考を呼び込む。だから、特にこの文脈では、どうしようもなく「げんざいのわたし」を否定する意味が、この標語には含まれている。そのことで、たぶん学校の成績順位とかはそうした意味もあったんだろうけれど、互いの切磋琢磨を誘うということはあるにちがいない。しかし、勝敗それじたいが目的となるこの世界で、彼らはどうしても急いでしまう。なにしろ、ナンバー1ではないじぶんは、ナンバー1のにんげんよりホストとして格が下であり、交換可能であり、つきつめれば無意味であるのだから。少なくとも隼人はそう考えるのである。
そうして、一発逆転は目指される。「げんざいのみるにたえないわたし」を投げ捨て、ほんらいあるべき姿になるためには、彼の現在のありようを支える要素もすべて捨ててしまわなければならない。
隼人の覚えたむなしさは、たぶんそういうふうに生じてきたものだ。この瞬間、彼は、彼を承認するいっさいを失い、なにものでもなくなってしまったのだ。だから隼人は、「ひとりで逃げるのがかったるい」とかいいながら、半年も連絡をとっていない珠理に電話をするのである。
対する高田は、愛華の教訓から、「げんざいのわたし」をなす絆を大切にすることを自己哲学としている。隼人と同様に愛華を使い捨てた高田だが、愛華ではそういうふうには見ていなかった。だから、そのことを悟った愛華は、高田にとって「とりかえのきかないもの」となるために、死の記憶を彼に刻み込んだのである。死は、二度と更新されることのない、生者の記憶なのであって、だから、高田のなかに住む愛華は未だ腐敗が進行し続ける生者なのである。
そうした体験を経て、高田では、現在のみずからを外部から規定するすべてのものを大切にしようとする。今回の発言を含めれば、そこには債務者も含まれる。いささかきれいごとすぎるという気もしないでもないが、高田ならそのくらいのことは素で考えていそうという気もする(だからしょっちゅう丑嶋に怒られる)。
債務者側にもそうした認識があるのかどうか、それはわからない。重要なのは、高田が、みずからの役目をそのようなものと任じて、自覚的にふるまっているということだろう。
次号、クライマックスということだが、まだ最終話ではないのかもしれない。これで隼人の出番がおしまいだとすると、鼓舞羅は死んでしまったし、事件のからくりを説明できる人物がいなくなってしまうことになる。あるいは、立ち位置が謎のままの長谷川やピース尖閣が出てくるのか・・・。それとも、滑皮に鼓舞羅を調べろといわれた戌亥が、手腕を発揮して、ぜんぶの謎を解いてくれるのか・・・。
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