第63話/強さと堅牢さ(タフネス)
続く勇次郎回、5回目。今回は光成邸である。勇次郎で1巻出すつもりなのでは?!
光成が、警護の加納が言っていたことを勇次郎にきかせているところだ。加納ときいて勇次郎はちゃんと顔を思い浮かべている。たしかに、勇次郎が名前を覚えてて加納が感動してる場面あったよね。なんだろ、なにがそんなに印象に残ってるのかな…
内容としては、勇次郎の防御力のはなしだ。勇次郎の強さについて、「強さ」とは全方位に向けられるものだとしたとき、攻撃面で疑いをはさむ余地はないが、守護るちからはどうなのか、試されていないのではないかと。
おもしろい問いかけである。光成はその問いの含む広い意味を「堅牢さ」、タフネスという語に集約させる。試してみようと。
もちろん勇次郎は、試されることそのものにじゃっかん不満である。疑いをもたれているということだからだ。しかしこの問いは、いつものようにそうした無礼者を打ち倒して済むものではない。結果、タフネスは検証されていないからである。
光成はこうしたことを踏まえてか、「怪しい」とまでいう。最近の勇次郎の社会性もあっての踏み込みかもしれない。
勇次郎はやはり常識的になっている。怒るでも笑うでもなく、「打たれ強さ」を示すことは格闘家としての恥だと、落ち着いて持論を開陳する。しかし、とはいえ、実際でもイメージでも脆弱なのは論外である。
なにかを考えついた勇次郎は、明日出直すと言って立ち去る。加納を同席させるようにと。いつもの空間がゆがむ表現になっているが表情は穏やかであり、これが感情のあらわれであるとしてもポジティブなものであることを感じさせる。
翌日、光成と、ビビりまくりの加納が出た庭には、布をかぶったなにかが持ち込まれているのだった。
つづく
こうして勇次郎回6回目が確定である…!
防御力といっても、いろいろだ。とりわけ今回のように「守護(まも)る」などということであれば、当然本部の姿が浮かんでくることは避けられない。じぶんや他人を危害から遠ざけるということだ。また、一般的な意味でも、たとえば攻撃がすりぬけるレベルでかわす刃牙の防御力はたいそうなものだが、いっさい攻撃をよけない花山の耐久力もまたたいへんな防御力と呼んでよいだろう。ひとまず光成は、そして勇次郎は、最後の、花山的な意味で受け取ったようである。
勇次郎は力のひとだが、はるかむかし独歩戦で見せたように、ふつうにあらゆる格闘技を修めている系のひとである。だから刃牙的な意味での防御力も優れているはずだが、郭戦で彼がよけたことに刃牙が驚いていたように、防御行動じたいの描写はあまりない。なぜかというと、一撃で終わるからである。なんらかの理由、たとえば郭戦のように不可解であるとか、あるいは戯れで、相手の攻撃を待つというような状況でもなければ、そもそも攻撃をかわすという状況にならないのだ。彼にとっては相手の破壊がたたかいの目的なのだから。なので、郭戦での刃牙の反応はあまり正確ではないのだろう。よけることじたいはたしかに珍しいが、よけないわけではない、そういう状況が訪れないといったほうがたぶん正しい。
腕力に優れる彼がなにゆえあれほど技に通じているかという疑問もあるだろうが、たぶん楽しいからだろう。なんであれ、物事というのはくわしいほど楽しい。スターウォーズは誰がみても楽しいかもしれないが、映画に通じているほど、オマージュや技術、工夫などが見えて興味深くなるだろう。おそらくそんな程度のことと思われる。また彼はふつうにセンス面でも天才なので、常人が人生をかけて修得する技術を見て真似してしまう。費用対効果的にも「あらゆる格闘技を修める」ことは理にかなっているのだ。
こうした自己意識もあるだろうに、はなしはタフネスにすすむ。技術的なものは再現性があるということだ。そのひとならではの防御とはタフネスに現れるということかもしれない。
その問いに、勇次郎はかなりノリノリで応じる。試されることに怒るのではなく、感情をのせつつもじぶんでなにかを用意してまでして加納に試させようとするのだ。こんな勇次郎がかつてあったろうか。加納の顔をしっかり浮かべているのもなにか微笑ましい。「知り合い」なのだ。一連のこれは、勇次郎が社会性を身につけ、大人になっていく物語なのである。
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