石原燃の芥川賞候補作「赤い砂を蹴る」(文学界:第74巻第6号)を読みました。たまたまアマゾンで購入できた本でした。他の候補作も読んでみたいのですが、販売中止か、やたら高額になっていることなどから、手に入りません。本が手に入らないのは、本末転倒。単行本でも出れば、読んでみたいのですが、7月15日の選考会の後では意味が半減します。
作品紹介
社会派作品で評価の高い
劇作家・石原燃による小説デビュー作にして、
第163回 芥川賞候補作!
「——お母さん、聞こえる? 私は、生きていくよ。」
画家の母・恭子を亡くした千夏は、
母の友人・芽衣子とふたり、ブラジルへ旅に出る。
芽衣子もまた、アルコール依存の夫・雅尚を亡くした直後のことだった。
ブラジルの大地に舞い上がる赤い砂に、母と娘のたましいの邂逅を描く。
渾身のデビュー小説!
石原燃の「赤い砂を蹴る」は、以下のように始まります。
ミランドポリスに着くのは、夜十時をまわるころだろうということだった。
昼の十二時半にバスに乗ってから、もう五時間以上経つというのに、やっと半分を超えたところだと聞いてめまいがした。
サンパウロの空港に着いたのは昨日の夕方だった。地球の裏側にある日本からは、ドバイ経由で三十時間ちかく飛行機に乗らないといけない。その上、空港から乗ったタクシーの運転が荒く、カーブのたびにからだが跳ねる。おかげで、最初から最後まで窓の上のグリップを掴んでいなければならず、ホテルに着いたときには、ふわふわとからだが揺れていた。
芽衣子さんは、これから訪ねようとしている香月農場で生まれ育った。二十歳のときに結婚して日本に移住してから、もう四十年以上経っているから、日本での生活の方が長い。それでも、このバスには帰省のたびに乗っているから、慣れている、ということらしい。
ブラジルに行きたいと言っていたのは、私ではなく母だった。芽衣子さんと友だちだったのも、母の方だ。二十年前、夜中に酔っ払って、コンクリート床のアトリエで転び、骨折した母の手伝いをしてくれる人として、友人に紹介されたのが芽衣子さんだった。
いつか一緒にブラジルに行って、ブラジルの大地に立つ芽衣子さんを描いてみたいと母も言っていて、恵子さんとブラジルに行くのを楽しみにしていた。でも、結局母はブラジルには行けなかった。・・・タイミングを逃し続けるうちに母は体調を崩し、二年前の年明けに肺に大きな癌が見つかって、旅行どころではなくなってしまったのだ。
「ブラジルに行ってみたいけど」「来年か再来年、久しぶりにいこうと思っているの。一緒に行かない?」とたんに芽衣子さんが目を輝かせるので、ちょっと笑ってしまう。「いいけど、旦那さんひとりにして大丈夫なの?」
夫の雅尚さんはここ数年、介護が必要な状態になっていた。アルコールが原因で、それでもなお、お酒を飲み続けているという。芽衣子さんはつまらないことを言うなとばかりに口を尖らせて、なんとかなるわよ、とつぶやいた。「もうあの人のために我慢するのはやめたのよ。」小さいけれど、きっぱりした声だった。
母の一周忌が過ぎて、東京に戻り、おみやげを渡したいと言ったら、久しぶりに芽衣子さんがうちに来てくれた。ブラジル旅行まで三ヶ月とちょっとになっていた。「実は、あの人が死んじゃったの。」驚きすぎて、言葉が出てこない。身体が弱っていたとはいえ、そんなにすぐに亡くなるなんて。
「旅行どうする?」と、おずおず聞いた。芽衣子さんは、ひと息おいて、こんな時だからこそ、故郷に帰りたい、とつぶやいた。その時、私は旅行中、雅尚さんの思い出話をいくらでも聞こうと思い決めた。母がいなくなってから、芽衣子さんがそうし続けてくれたように。
まだ、9章のうちのたった1章です。お恥ずかしい話ですが、「赤い砂を蹴る」、正直言って何をどう書いていいのか、よくわかりません。とりあえず、最初の部分を書き写して、写しているうちに何か浮かんでくることを期待したのですが、これがなかなか思い浮かびません。
小説のタイトルの「赤い砂を蹴る」、出てくるのは以下の2か所です。
「なにやってんの。早く行こう。」芽衣子さんの声で我に返る。いつのまにか、ふたりに遅れをとってしまっていた。何メートルか先をあるくふたつの背中に追いつこうと、赤い砂を蹴る。サトウキビ畑が途切れ、視界が開ける。(48ページ)
芽衣子さんは正面から、もろに水を浴びて、やったなあ、と子どもたちを追いかける。子どもたちが興奮した笑い声を上げ、顔を真っ赤にして散っていく。小さな背中を追って、赤い砂を蹴る。小さな体から湯気が立つ。私たちの服も靴も、赤い砂まみれになっている。(73ページ)
よくわからないまま、「私」の思いを下に載せておきます。
「お母さんには生きててほしかったよ。でも、もしお母さんが生きていたら、芽衣子さんともこんなに親しくならなかっただろうし、ブラジルにも来てなかったと思う。まだ一年半しか経ってないのに、私の人生はもう、お母さんの死なしには考えられなくなっている。大輝(小学校を卒業する二日前に心臓発作で亡くなった弟)もそう。大輝が生きていたらどうなってたのか、いまじゃもう想像もできない。ふたりの死は悲しい。なのに、その死を否定することもできない。それはたぶん、私自身が自分の人生を否定したくないと思っているからだと思う。ふたりの存在を抜きにした私の人生は考えられないから。ふたりの存在を肯定するためには、死んでしまうことも全部ひっくるめて、肯定せざるを得ない。そういうことなんだと思う。」
家族というものは、面倒で、厄介なものです。いくつになっても、つきまとって離れることはありません。この物語は、それぞれ二人の女性の、母と娘の、そして家族を通しての「生長譚」(こんな使い方があっているかどうか?)と言っていいでしょう。
石原燃、劇作家としての実績はあるんでしょうが、小説はこれがデビュー作だそうです。それにしても素晴らしい文章力、息をもつかせず、読ませます。芥川賞受賞、最有力です。他は読んでいませんが…。
石原燃(いしはらねん)
本名:津島香以
1972年5月生まれ
武蔵野美術大学建築学科卒業
劇作家、
2021年3月、Pカンパニー「花樟の女」公演予定
祖父:太宰治
母:津島佑子(作家)
単行本発売
「赤い砂を蹴る」
著者:石原燃
発売日:2020年07月13日
発行所:文芸春秋
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