お宝映画・番組私的見聞録 -246ページ目

せっかちネエヤ

富永一朗といえば、「お笑いマンガ道場」に出ていた漫画家として有名だが、その作品は?と問われてパッと答えられる人は少ないのではないだろうか。まあ「チンコロ姐ちゃん」あたりが代表作ということになるのだろうが、ドラマ化されたのは「せっかちネエヤ」(71年)である。タイトルは聞いたことがあるし、原作を見たことがあるような気もするのだが、単行本は66年に出たっきりのようだし(詳しくは調べていないが)、検索をかけても4件しか出てこないぐらいなので、おそらく見てはいないだろう。当然、ドラマの方も見たことはないのだが、主演は川口4兄弟の紅一点・川口晶で、他の出演者は雷門ケン坊、花沢徳衛、朝丘雪路などである。主題歌はヒットソング「ケメ子の唄」にあやかって出てきた松平ケメ子が歌っている。

川口兄弟といえば、浩以外は大麻事件で消えたイメージがあるが、逮捕されたのは恒と厚だけで、晶は事情聴取をされただけで、起訴猶予となっている。ちなみに晶の現在だが、国重晶という名で陶芸家として活動しているようだ。

十手野郎捕物控

タイトルを聞いただけではわからないと思うが、あの石ノ森章太郎の「佐武と市捕物控」をドラマ化したのが「十手野郎捕物控」(71年)なのである。肝心のキャストだが、佐武役は何故かなべおさみである。以前にも書いたがこの頃のなべは非常に売れっ子で、主役のドラマ何本かあったりした。しかし二枚目の佐武に、どこから見ても三枚目のなべでは、イメージがあわなすぎだろうと思うのだが抗議はなかったのだろうか。一方の市役は藤岡琢也だ。こちらもちょっとイメージが違う気がする。坊主ではなく角刈りの市だったのだろうか。しかし藤岡琢也は三十年以上前からまったくイメージが変わらない。若い頃から老けていた。近頃「渡る世間に鬼はない」を病気で降板したようだが、その代わりが宇津井健というのには驚いた。まるっきり新キャラである。さて他の出演者は中山仁、野川由美子、そして「仮面ライダー」の緑川ルリ子こと森川千恵子などがでていたようだ。このドラマは、ほとんど話題になることもないし、やはり不評だったのであろうか。

アワモリ君シリーズ

「アワモリ君」シリーズ(61年)は、坂本九、森山加代子、ジェリー藤尾のトリオを中心としたミュージカルコメディといった感じの映画で、「売出す」「乾杯!」「西へ行く」の三本が制作されている。監督は「無責任男」シリーズで知られる古澤憲吾で、原作は秋好馨のマンガである。秋好馨といえば、読売新聞に「轟先生」を戦後まもなくから72年頃まで何度かの休載をはさみながらも連載していたらしいが、一度も見た記憶がない。何故だろうとよく考えると、私は上京するまで読売新聞を見たことがなかったからであった。地方では、やはり全国紙よりもブロック紙、地方紙が強いのである。

話がそれたが、他の共演者は有島一郎、沢村貞子、高島忠夫、そして後のジェリーのカミさんとなる渡辺友子らがでている。ジェリーと友子は結構ドロドロな感じで離婚してしまったが、友子の暴露でジェリーは批判を浴び表舞台から消えたような感じになっている…らしい(そんな記事を見た)。しかし二人の娘はジェリー側についているそうだ。ちなみに森山直太朗の母親は森山良子であり、加代子ではない。混同しやすいので注意しよう。あまり見かけないがまだ現役である。

第七の男

今井健二といえば、時代劇やアクションドラマには欠かせない悪役であるが、元々は東映ニュフェース第2期生で高倉健、五味龍太郎などが同期である。当初は今井俊二という名で、刑事役など二枚目っぽい感じの役もあった。そんな彼の主演(と思われる)ドラマが「第七の男」(64年)である。勿論見たことはないし、1クール足らずの番組ということもあり詳細も不明だが「拳銃を持たず、壮絶な殴り合いをし、手近なものを武器に変えるタフガイの活躍」(テレビドラマデータベースより)を描いているそうだ。ようするに喧嘩屋さんか?共演は三瀬滋子つまり応蘭芳で、彼女は東映ニューフェースの5期生だ。後、脚本にも出演者としても宮川一郎の名があるのだが(宮川は脚本家)、ホントに出ていたのだろうか。それとも名前の似ている宮川洋一(ウルトラセブンのマナベ参謀)あたりと間違えているのだろうか。まあやはり脚本家の石堂淑朗が「必殺仕掛人」で悪役として出演したりしたこともあるから(石堂は映画にも数本出演している)、有り得ない話ではないのだが。答えがわかる人は…まずいないだろうな。


1960年のコメディ時代劇

調べてみると60年にスタートしたコメディ時代劇が多いことに気付いたので、まとめて紹介することにする。とはいっても、すべて見たことがないものなので、出演者からコメディだろうと推測されるものである。

まずは中田ダイマル・ラケット主演の「どろん秘帖」。ダイマル・ラケットといえば、自分が認識した時には既に高齢の兄弟漫才師という感じだったが、この頃は二人とも40代であった。タイトルどおり忍者ものだったらしく、忍者が消えるシーンでカット割りを間違え、忍者がフレームアウトするところが映ってしまったという、当時ならではの失敗談が残っている。

続いて茶川一郎の「一心茶助」。これは大阪の劇場からの公開収録形式の番組であったようだ。こちらにもベテラン兄弟漫才師、夢路いとし・喜味こいしなどが出ていたらしい。

そして平凡太郎の「にっこり捕物帳」。平凡太郎といってもピンとこない人もいるかもしれないが、私も名前は覚えているものの顔が浮かんでこない。70年代まではテレビでも見かけたと思うのだが。ちなみに「へいぼん・たろう」ではなく「たいら・ぼんたろう」である。

そして説明不要であろう藤山寛美の「しゃっくり寛太」。共演が南都雄二、藤田まこと、そして森光子などで、主題歌は橋幸夫であったようだ。寛美主演の番組は他にもいくつか存在する。

すでに取り上げた東八郎の「珍版太閤記」や由利徹の「大安小僧」なども60年の番組である。ちなみにここに挙げた人はみんな故人(藤田、森は除く)である。ダイマルは82年(69歳)、ラケットは97年(76歳)、寛美は90年(60歳)、茶川は00年(73歳)、平は02年(69歳)でそれぞれ亡くなっている。まとめて合掌。

落語野郎

別に落語ファンでも何でもないのだが、話題が出たついでに落語家が大挙出演している映画を紹介しておこう。66年から67年にかけて作られた「落語野郎」シリーズで、「大脱線」「大馬鹿時代」「大爆笑」「大泥棒」の4作品がある。見たことがあるのが「大馬鹿時代」くらいなのだが、これには立川談志、桂米丸、古今亭今輔、金原亭馬の助、春風亭柳朝、春風亭柳好、柳家小さん、三遊亭歌奴、三笑亭夢楽、月の家円鏡、桂米朝そして桂歌丸などが出演している。まあ名前だけは知っているが、パッと顔が浮かぶのは談志、小さん、円鏡(現・橘家円蔵)、歌丸くらいぐらいだろうか。落語家以外のお笑い系としては、牧伸二、東京ぼん太、Wけんじ、新山ノリロー・トリロー、てんぷくトリオ(三波伸介・戸塚睦夫・伊東四朗)なども登場する。この中では、米丸、歌丸、歌奴、柳好そして牧伸二が役の大小はあるだろうが4作すべてに登場するようだ。

現在、密かに落語ブームなのだそうである。しかしこういった映画が作られることはないだろうなあ。

笑ってよいしょ

前項と関連して、現「笑点」の司会である三遊亭円楽(復帰したのか?)そして小円遊が出演していたドラマが「笑ってよいしょ」(69年)である。タイトルだけ聞くとお昼のバラエティみたいだが、一応ドラマのようだ。他の出演者がまだタレントだった野末陳平、岡田真澄の兄E.H.エリック、楠トシエ、江戸家猫八、当時人気の子役である雷門ケン坊に太田博之、そしてエノケンこと榎本健一などで、お笑い系の人ばかりと思いきや、実は東映制作の番組なのである。曽根晴美や佐藤晟也、須賀良など東映の悪役メンバーも登場する。わずか7回のドラマということで見たことある人は少ないと思われる。

しかしOPだけなら東映のドラマ主題歌全集で見ることが可能だ。OPを唄っているのが円楽に野末陳平そしてロイヤルナイツということで、このレコードはかなりのプレミアがついているようだ。しかしプレミアの理由はそのB面が何故か超マイナーGS・バロネッツの「白夜のカリーナ」という歌だかららしい。意味不明なカップリングである。ちなみにバロネッツは68年に北海道の出身でもないのに「サロマの秘密」という歌でデビューし、一年足らずで消えた五人組のGSである。 

なんでも引きうけ候

日曜に夕方といえば「笑点」だが、来月で放送40周年を迎えるようである。まあここ何年か見でないのだけれども、司会が初代の立川談志、二代目の前田武彦の頃も少々記憶に残っているのだが、やはり個人的には司会は三代目の三波伸介で大喜利メンバーは歌丸、木久蔵、円窓、円楽、こん平、小円遊の順に並んでいた頃が一番見ていた時期である(72年~77年までこの体制であった)。この中では歌丸、円楽、こん平、小円遊が第1回から出ていたようだが(途中抜けていた時期もある)、そのスタート時は金遊だった三遊亭小円遊が主演のドラマというのがある。それが「なんでも引きうけ候」(69年)という時代劇である。とても主役になるほどの人気物だったとは思えないのだが(失礼ながら)、何故か抜擢されたのである。共演が中村玉緒、神戸瓢介、現在は声優の堀川亮などで、小円遊はタイトルどおり何でも屋の浪人といった役柄だったらしい。1クールの放映だがゲストはやたら豪華で、伴淳三郎、村田英雄、大友柳太朗、杉良太郎、里見浩太郎、そして大原麗子などが出演していたようだ。一度見てみたいものである。

小円遊はかなりの酒豪だったそうだが、それが原因で80年に急逝する。43歳であった。ちなみにこの小円遊は4代目だったらしいが、先代二人も若くして亡くなったということで、「小円遊」の名は現在使われていないということである。

脱線トリオの大安小僧

トリオスカイラインと来たら、次は脱線トリオだ。今の若い人は脱線トリオなど知らないと思うが、正直私も知ってるとは言い難い。脱線トリオの漫才というのを見た記憶はないのである。しかしそれも仕方のないことなのだ。メンバーは由利徹、南利明、八波むと志だが、八波は64年に37歳で事故死しているのである。であるから八波は顔もよくわからないし(息子の八波一起なら知ってるが)、由利、南はピンのコメディアンとして認識していたのである。そんな彼らが主演のドラマが「脱線トリオの大安小僧」(60年)である。当然内容などはよくわからないが、一応時代劇の範疇に入るようだ。実は彼らの主演ドラマは他にもあり、「脱線大江戸三人男」(61年)や「ごきげん野郎」(62年)というのもある。前者も時代劇で、共演が森川信、佐川満男などで、後者は単発のドラマで共演は藤田まことなどであったらしい。以前、由利が主演の「カックン超特急」という映画を紹介したが、当時の彼らの人気のほどがうかがえる。

南利明は95年に70歳で、由利徹は99年に78歳で亡くなり、全員故人となってしまった。合掌。

珍版太閤記

50年代60年代は、お笑い系の人が主役の映画やテレビドラマが結構多いのだが、主役というイメージはない東八郎が主演のドラマが「珍版太閤記」(60年)である。はっきり言ってどういう内容かは全く不明である。共演は音羽美子、柳家金語楼などで、一応時代劇のジャンルに入るらしい。東はトリオ漫才(トリオスカイライン)で人気を得たイメージがあるが、調べるとその結成は65年であった。自分が生まれる前からのトリオだと思っていたので少々意外であった。このドラマの時はピンの芸人だったということである。しかし実際お茶の間に認識されたのは、小島三児、原田健二とのトリオスカイラインからであろう。71年に解散後は東はコメディアンとして、小島は役者として順調であった。原田だけがテレビから消えてしまった感があるが、江口明、前田燐らと「ナンセンス」というグループで漫才を続けていたようだ。しかし、東は88年に52歳で急逝。小島も01年に62歳で亡くなっている。

そういえば「エイトマン」の主人公の名が東八郎なのは有名な話だが、マンガ・アニメは63年ということで東が売れる前に設定されたのだろう(おそらくだが)。関係ないがマンガの表記は「8マン」でアニメは「エイトマン」である。アニメはTBS(6チャンネル)で放映されたためである。