お宝映画・番組私的見聞録 -212ページ目

レッドマン

「おはよう!こどもショー」には、5分間の特撮コーナーがあった。72年より放送された「レッドマン」「行け!ゴッドマン」「行け!グリーンマン」「行け!牛若小太郎」の4本があるが、個人的には全く見た記憶はない。「レッドマン」は円谷プロ、他の3本は東宝企画の制作で、東宝の3本は近年、CSで放送されている。ちょっと見てみたが、まあ予想通り、テレビ中継のある着ぐるみアトラクションという感じで、毎週怪獣が現れ、ヒーローが駆けつけ、戦って、倒すということの繰り返しで、特にストーリーといえるようなものはない。
この中で注目すべきは、やはり「レッドマン」であろう。円谷プロの制作だけあって、簡単にいえば、「ウルトラファイト」をレッドマンというヒーローでやっているのである。当時放映されていた「ミラーマン」や「帰ってきたウルトラマン」、過去の「ウルトラセブン」や「ウルトラマン」などで、お馴染みの怪獣が登場する。しかし、このレッドマンというヒーロー、中々残虐である。レッドアロー(ようするに槍みたいなもの)やレッドナイフで、怪獣を刺殺するのである。すでに倒れている怪獣にとどめをさしたり、時にはメッタ刺しにしたりする。これを「こどもショー」で毎週放送していたのだから、ある意味凄い。ある意味いい時代だったなあと思ったりするのである。
ちなみに「行け!ゴッドマン」の主題歌を歌っている山本一郎とは水木一郎のことである。関係ないが「侍ジャイアンツ」を歌っている松本茂之というのも水木一郎である。どう聞いても水木にしか聞こえないのだけれども。

木馬座アワー・カエルのぼうけん

「おはよう!こどもショー」とくれば、対で思い出すのが<ケロヨン>である。そういえば、何という番組のキャラだったのかわからなかった。調べたところ「木馬座アワー・カエルのぼうけん」という番組だったことが判明した。内容はまったく覚えていないが、ケロヨンの「ケ~ロヨ~ン」とか「バッハハ~イ」というセリフは頭に残っている。元々は「ケロちゃん」という名前だったそうだが、声を担当していた新井勢津朗のアドリブから、世間的には「ケロヨン」として定着している。番組には進行役のお姉さんとして森あき子がおり、ブーヨン、ギロバチ、モグちゃん、ヒロイヤなどのキャラがいた。新井勢津朗、森あき子は聞いたことのない名前だが、多分木馬座の人であろう。ケロヨンの中に入っていたのは、ウィキペディアでは花巻五郎(ワイルド7のチャーシューなど)となっているが、山本寿美子となっているサイトもある。
この番組は11時からの放送で、11時20分からうつみみどり姉さんの「ロンパールーム」という流れになっていた。個人的には「おはよう!こどもショー」の直後の時間帯(8時くらい)に放送されていたイメージがあったのだが、実はそれも間違いではなかったようだ。というのは、この木馬座アワー終了後に「ケロヨンと遊ぼう」(70~71年)、「ケロヨンと三人組」(71~72年)というケロヨンが独立した番組が制作されていた。この「ケロヨンと三人組」が「こどもショー」終了後の8時5分から放送されていたのだった。しかし、この頃は小学生で8時前には家を出ていたような気がする。何故、「こどもショー」と「ケロヨン」が続けて放送されていたイメージがあったのか不思議である。

おはよう!こどもショー

唐突だが、前項で石川進の話題が出たところで「おはよう!こどもショー」を取り上げてみたい。
リアルに子供の頃に見ていたのだが、そこで<キューピーちゃん>と呼ばれていたのが石川進だった。調べてみるとこの番組は65年~79年に渡って放送されており、自分が見ていたのは番組自体がごく初期の頃だったようだ。その相方だったのが<ビンちゃん>こと楠トシエである。黒柳徹子同様、テレビの創成期から出ていた人で、当時は30代半ばくらい。CMソングの女王の異名をもち千曲近く歌っているらしい。そして着ぐるみキャラのロバくん。この「中の人」だったのが愛川欽也だったのは、現在では結構有名な話だ。自ら中に入り、その声も担当していた。自分が明確に覚えているのはここまでだが、その他にも<ガマ親分>がおり、その声は星一徹でお馴染みの加藤精三が担当していた。そして「体操のお兄さん」。これをやっていたのが「ウルトラセブン」のソガ隊員こと阿知波信介だったことは、全然記憶にない。ちょうど「ウルトラセブン」も放映されていた頃なので、記憶にあってもよさそうなものだが、体操のコーナー自体あまり見ていなかった気がする。俳優引退後は三船プロに入り、多岐川裕美のマネージャーとなり、その多岐川と結婚した。昨年、鹿児島の滝でその遺体が発見されたが自殺と断定された。
70年代に入ってからの出演者だが、やはり「CMソングの女王」といわれる天地総子、「アタックNo1」の鮎原こずえこと小鳩くるみ、「帰ってきたウルトラマン」の上野隊員こと三井恒、「特捜最前線」の高杉婦警こと関谷ますみ、そしてカップルとなった峰竜太と海老名美どりなど。他にもお笑い界の大物、大村昆や横山やすし・西川きよしのコンビが出るコーナーもあったらしい。このあたりについては記憶がないので、既に番組を見ていなかったようだ。
ちなみに、79年にこの番組終了後にスタートしたのが「ズームイン!朝!」である。

パラキンと九ちゃん 申し訳ない野郎たち

竹脇無我の出演作品リストを見ていると、デビュー当時に出演した作品に「パラキンと九ちゃん 申し訳ない野郎たち」(62年)というのを見つけた。<九ちゃん>は当然、坂本九だが、<パラキン>はダニー飯田とパラダイスキングのことである。自分はその全盛期を知らないので、パラダイスキングの主演映画があったのが少々意外だったが、調べてみると当時の人気はかなりのものだったようだ。

個人的には「オバケのQ太郎」「ウメ星デンカ」「ど根性ガエル」などの主題歌を歌っていた「キューピーちゃん」こと石川進のいたグループというくらいの認識しかないのだが、実はこの62年に石川はグループを離れており、本作には石川は出ていない。つまりダニー飯田をはじめととした、増田多夢、佐野修、上野保雄、石田智、ジョージ大塚の六人組である。ハワイアンバンドのイメージがあったのだが、それは初期の話で、この頃はアメリカン・ポップのカバーでヒットを飛ばしていたのであった。で坂本九との関係はといえば、そのパラキンでボーカルを務めたりしていたのが坂本九なのである。で坂本九がソロ歌手として忙しくなり、代わりにボーカルとして起用されたのが「初代コメットさん」こと九重祐三子だったりする。以上、豆知識でした。

で本作だが、パラキンと九ちゃん以外にもジェリー藤尾、渡辺友子の元夫婦コンビ(64年に結婚)、鰐淵晴子、桑野みゆき、宗方勝巳、南原宏治、そして竹脇無我などが出演している。

しかし、坂本九、ダニー飯田はすでにこの世を去り、ジェリーと友子は離婚し、竹脇は鬱病になり、石川進は恐喝容疑で逮捕されたりしている。他のパラキンメンバーに関しては不明である。

姿三四郎

竹脇無我で柔道といえば「姿三四郎」(70年)がある。当然、主人公の三四郎役だが、知っている人も多いと思うが、この姿三四郎は何度も映画化されている。面白そうなので、その主なキャストを並べてみようと思う。
まずは有名な黒澤明の監督デビュー作(43年・東宝)。藤田進(姿三四郎)、大河内傳次郎(矢野正五郎)、月形龍之介(桧垣源之助・鉄心)、河野秋武(桧垣源三郎)、志村喬(村井半助)、轟由起子(小夜)。ちなみに続編は45年に制作されており、月形は二役である。
続いて55年の東映版。波島進(姿三四郎)、山村聡(矢野正五郎)、植村謙二郎(桧垣源之助)、小沢栄太郎(村井半助)、高木二朗(戸田雄次郎)、宮城野由美子(乙美)。これは、54年に少年編の姿三四郎が制作されている。
次いで再び東宝制作の65年版。加山雄三(姿三四郎)、三船敏郎(矢野正五郎)、岡田英次(桧垣源之助・鉄心)、山崎努(桧垣源三郎)、加東大介(村井半助)、青木義朗(戸田雄次郎)、九重祐三子(小夜)。中々の豪華キャストだが、見たことはないし、あまり聞いたこともないバージョンである。こちらは岡田英次が二役。
そして70年の松竹版。竹脇無我(姿三四郎)、高橋幸治(矢野正五郎)、高城丈二(桧垣源之助)、堀雄二(村井半助)、森次浩司(戸田雄次郎)、尾崎奈々(乙美)。今までに比べて若いキャスティングである。
おまけに三たび東宝制作の77年版。三浦友和(姿三四郎)、仲代達矢(矢野正五郎)、中村敦夫(桧垣源之助)、矢吹二朗(桧垣鉄心)、宮内洋(桧垣源三郎)、若山富三郎(村井半助)、秋吉久美子(乙美)。矢吹二朗(千葉治郎)や宮内洋がいると東映の作品かと思ってしまう。ちなみに監督は岡本喜八である。
キャストだけで判断すると東宝の三本に比べると、やはり松竹、東映は地味に見える。まあどれも見たことがないので、内容については何ともいえないけれども。

天下の快男児

本人が希望したのか松竹がさせたのか知らないが、竹脇無我はやくざキャラだけでなくスーパースポーツマンキャラにも挑戦したのが「天下の快男児」(66年)である。このタイトルに「万年太郎」とか「突進太郎」とか「旋風太郎」が付くと60年~61年に高倉健の演じたシリーズになってしまうが、これはただの「天下の快男児」である。

以前、日本電波映画の「柔」などの柔道シリーズについて取り上げたことがあるが、本作には何故か平井昌一、倉丘伸太郎、松山容子、和崎俊哉とその面々が大挙して出演している。だから柔道映画かと思えば、フットボール映画だったりするのである。調べてみると平井や和崎は、この年松竹と契約しているので不思議はないのだが、それにしても当時出演者を聞いて、柔道映画と思った人もいたかもしれない。

その他にもj柔道部出身の藤岡弘や、柔道には縁のなさそうな田村正和、中村晃子、内田良平、河野秋武、何故か歌江、花江、照江のかしまし娘、そして竹脇とはセットな香山美子も当然のように出ている。この中で悪役は、もちろん内田良平である。田村正和はこの当時は中村晃子とコンビを組むことが多く、本作にも一緒に出演しているが、この年フリーになっている。

青雲やくざ

竹脇無我といえば、メロドラマというイメージがあるのだが、出演映画のタイトルを見てみると意外とそうでもないことに気付く。主演スターとなった65年に「青雲やくざ」という作品がある。非情にミスマッチ感のあるタイトルだが、これはやくざ映画というよりは、松竹らしく青春映画的な要素が強い作品である。
この年、松竹では前々項にあげたように、安藤昇主演で「血と掟」を制作するなど任侠・やくざ映画を作り始めているのだが、背景には東映では高倉健の「網走番外地」がヒットするなど、単純にその時点で流行っていたから、我々も参入しなければということなのではないかと勝手に予想する。
さて「青雲やくざ」だが、竹脇は学生だがやくざ一家の次男坊という、現在では結構ありがちな設定。ある日別の組の息子と喧嘩になったことから、組同士の争いに発展していくというようなストーリーである。竹脇の兄役に内藤武敏。一瞬父親の間違いではないのかと思った。内藤は当時39歳で、竹脇とは18歳離れているし、若く見えるタイプでもないし、不思議なキャスティングに感じる。内藤はやくざ稼業から足を洗をうと考えていたが、縄張り争いの巻き込まれ死亡。後を竹脇が継ぐことになる。一家の乾分に菅原文太、松本朝夫、そして竹脇とはコンビになっている香山美子(文太の妻役)。相手組長に内田良平、石山健二郎、他にも藤岡弘、高宮敬二、三上真一郎、上田吉二郎、諸角啓二郎、高松英郎、丹波哲郎、そして月形龍之介と元新東宝(丹波、高宮、菅原、松本)、元東映(月形)、元大映(高松)、元東宝(上田)と松竹っぽくない役者の集まった布陣となっている。
続編として「続青雲やくざ 怒りの男」も制作されており、竹脇、文太、香山、松本らは同じ役柄で登場。内田良平や藤岡弘は違う役で登場するようだ。こちらには菅原謙次、大木実、長門裕之、そして嵐寛寿郎らが出演している。

日本ゼロ地帯 夜を狙え

藤岡弘の話に戻るのだが、松竹ではアクション物はほとんどないと以前書いたとおり、彼が出演した30本ほどの作品の中で、タイトルを見ただけでアクション作品だなと思われるのは「日本ゼロ地帯 夜を狙え」(66年)くらいである。主演は竹脇無我。この頃の松竹作品の主役といえば、だいたい竹脇無我というくらい彼の主演作が多い。ちなみに初の主演作は藤岡のデビュー作でもある「アンコ椿は恋の花」であった。父であるアナウンサー竹脇昌作が自殺した翌60年、まだ高校生だったが薦められて松竹に入社している。

その「アンコ椿」で相手役だった「銭形平次の女房お静」こと香山美子と本作でも共演。他にも新東宝出身、ハンサムタワーの一人である吉田輝雄。そいいえば吉田と藤岡は「ゴールドアイ」でも共演している。そして新東宝では看板だった三原葉子、日活では和田浩治の相手役が多かった清水まゆみ(結婚したのは小高雄二)、「プレイガール」の初期メンバーであった真理明美、杉浦直樹、待田京介、藤木孝、そして田中邦衛や嵐寛寿郎も顔を出しているようだ。

ちなみに監督は石井輝男。新東宝や東映でのイメージが強いが、松竹でも撮っていたのである。菅原文太も藤岡弘も、そして石井輝男も明らかに松竹カラーではないと思うが、その違和感が逆に面白いかもしれない。

新・三匹の侍

任侠映画の類をほぼ見ないせいもあってか、安藤昇を画面でほとんど見たことがないのだが、私でも見たことのある恐らく彼唯一のテレビレギュラー作品が「新・三匹の侍」(70年)である。

もちろん63年から6シーズンに渡って続いた「三匹の侍」の続編である。こちらはあえて解説する必要はないと思うが、平幹二朗、長門勇、加藤剛(第1シリーズのみ丹波哲郎)が扮する三人の浪人が活躍する人気ドラマだが、新作は長門勇のみ引き続いて登場、それに安藤昇と高森玄が加わる。安藤が出演する経緯は、監督の五社英雄と交流があったからということのようだ。五社自身が安藤を推薦したという。もう一人の高森玄は、あまり馴染みのない名前かもしれないが、栗塚旭の「待っていた用心棒」や三船敏郎、宝田明の「五人の野武士」などでレギュラーだった高橋俊行のことである。この作品から改名したようだが、高森玄という字面は何となく悪役っぽい。実際この後、ほとんどが時代劇のゲスト悪役といった位置づけの役者となっていく。

三人の他に菊ひろ子という女優もレギュラーで登場。前作はスタジオ撮影だったが、今回はフィルム撮影と意気込みは感じられたが、打ち切りか予定どおりだったかは不明だが、わずか13話で幕を閉じている。安藤はこれ以降テレビには出なくなったし、高森も前述のとおりあまり目立たぬ役者になっていった。改名は失敗だったように思われる(未確認だが後に高橋俊行に戻したらしい)。ちなみに高森は95年に54歳で亡くなっている。

血と掟

前項で松竹にアクション映画はほとんどない、と書いたが任侠映画もほとんどないと思っていた。しかし藤岡弘がデビューした65年、異色の新人がやはり松竹からデビューしている。元安藤組組長・安藤昇(当時39歳)である。

自分は任侠映画に興味がないこともあってか、安藤昇に関しては、本物のやくざだったということぐらいしか知らなかったし、デビューが松竹だったというのも初めて知った。てっきり東映だと思っていた。「血と掟」は彼の自伝を映画化したもので、主人公は安藤昇自身である。それを詳しい経路は知らないが安藤昇自身が演じることになったという作品である。

他の出演者に菅原文太、高宮敬二、伊沢一郎、細川俊夫、藤岡弘そして丹波哲郎。この顔ぶれを見ると、ホント松竹作品という感じがしない。ほとんど東映のイメージが強いメンバーだし、もし時代が60年とかであれば、完全に新東宝作品だと思ってしまう。文太、高宮そして吉田輝雄、寺島達夫の新東宝ハンサムタワーといわれた四人は新東宝解散後、全員が松竹に移籍していたのである。しかし吉田や寺島はともかく、文太や高宮はソフトな松竹作品には合わない風貌なせいもあってか、脇に甘んじていた。しかしヤクザ映画となれば、当然のように担ぎ出された。文太はこの作品で安藤と知り合い、67年には共に東映へ移籍することとなる。

女優陣も城美穂に江畑洵子と元新東宝勢で、城は安藤の妻を演じている。他にも金沢重勝、津崎公平、大木剛という聞きなれない名前があるが、彼らは本作を含めた「安藤映画」以外への出演歴はないようである。彼の舎弟とかだったのであろうか。

それにしても、この前年まで刑務所に入っていた人である。共演者たちは怖かっただろうなと思う。