女を口説く術
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着実な進歩

 声を掛ければ掛けるほど、気分が高揚してくるのは、目標に確実に近づいている自分を褒めたい気持ちからなのか、それとも女性に声を掛けることが楽しいからなのかはわからないが、とにかくウキウキしてきた。
 二人目よりも三人目、三人目よりも四人目と、次の女性に声を掛けるまでの時間が短くなっていった。前回は初めの一時間以上は立っているだけだったし、三時間かけて三人しか声を掛けられなかったが、今回は一時間半で十人に声をかけることができた。声の質も、しだいに、強く、低く、爽やかなものになっていった。緊張もしなくなった。
 数をこなせば慣れていくという事実を知っただけでも、大きな進歩だった。
 

一歩一歩

 一人目に声を掛ければ、後は楽になる。やればできるという自信がうまれた。あとは声を掛けつづけ、目標の10人を達成するだけだった。一人目に声を掛ければ、目標は達成したも同然と言えるかもしれない。
 ただ、前回よりも反応はいまいちだった。ほとんどが無視だった。駅構内で、キャッチの人たちがいっぱいいて声を掛け捲っていたから、私もそうおもわれているのかもしれなかった。
 それでも「こんばんは、よかったら飲まない?」と声をかけ、無視されてもしばらく、5秒ほどは一緒に歩くことはできるようになった。次の言葉が思いうかばず、「どう?」とか「駄目?」とか「ありえない?」とかいうワンフレーズしかいえなかった。女性は私と目を合わせず、首を振るか、「いいです」というぐらいが最高の成果だった。次の言葉をよく考えなければいけない。

不毛な行動

 改札をでてエスカレーターをおりてくる女性達の多さは、前回とはけた違いだった。キャッチと思われる、ダークスーツを来た男が5.6人いて、声を掛けていた。その中に一人だけバックを持ったカジュアルファッションの小柄な、あまりいけてない感じの男が、淡々と声を掛け捲っていて、勇気付けられた。それを見るまでは、ほんとうにできるか半信半疑だったが、またやる気が沸いてきた。それでも駅前に立ちつづけて、場の雰囲気に慣れるまでには時間を要した。前回は1時間以上かかったが、今回は30分で一人目に声を掛けることができた。その気になるまでに要する時間も習練によって短くしていく必要がある。
 「こんばんは、良かったら飲まない?」と声を掛けた、黒髪のおとなしめの女性は、無視して去っていった。キャッチの男達と私との違いは、声を掛けた後もその後をしばらくついていくかいかないかだった。次の言葉を考えておいて、私もついていかなくてはならないと感じた。

葛藤

 この間より、大きな駅前に行き、10人に声を掛けることにした。この前3人に掛けた直後は、心地より達成感にひたりながら次の日にでも再トライできると思っていたが、翌朝の気分は良くなく、声を掛けることが、馬鹿げているような、病気かもしれないというような、おろかな行為に思えてきて、出来なかった。その考えがしばらく続いた末に、以前の悲壮的とも言える、強迫観念、使命感、焦りと、わずかな希望に堪らなくなって、再び挑むことにした。

分類について

 声を掛けた女性は「弱い女」2名、「強い女」1名ということだったが、この分け方は違う気がした。声を掛けようとする瞬間、意識しているのは、優しそうかそれとも怖そうかということだった。優しそうな女性は、声が掛けやすく、怖そうな女性は声がかけにくかった。
 どちらも声をかけるのに精一杯で、分類に分けることなど、できそうにもない。ましてやタイプにあわせた口説き方など出来るわけがない。とりあえず慣れるために、多くの女性に声を掛ける必要がある。声を掛けた後もパニック同然の状態に陥らないように、修練をかさねて動じない心をつくる必要がある。100人に声を掛けることを目標にする。とりあえず、次は10人に声を掛ける。
とりあえずこの日の目標は達成した。

世界は私に過ぎない

歴史に観る日本の行く末―予言されていた現実
 題名からは想像できない熱さを感じる。浦賀に出現し、開港を迫る米艦隊のペリーの下に同志とともに小船で乗り込んで行き、渡米を懇願した吉田松陰の聡明さと、洗練された、毅然たる態度に乗り組み員の誰もが驚き、感動した。国を想う激情に突き動かされて生き抜いた彼が受けた教育と彼の生き方を知ることで、いままで誰にも教えてもらえなかった、人生で一番大切なことが分かる。世界の中心は私に他ならないことがわかる。その他のことは自分の気持ちしだいで、自分を変えれば、世界がかわることがわかる。

第二の壁

 恥ずかしそうに下を向いたその女性が言った。「忙しいんで」
 「そうですか?」と言ったか言わないかは覚えていないが、反応してくれたことに感謝する気持ちと嬉しさに満たされて、女性を追うのをやめた。
 「忙しいんで」という言葉を聞いた時、無念さよりも、むしろほっとしたという事実には気づいていた。それは、この先の夢の実現までの道のりがどれほど長いかを示していた。通りがかりの女性に声を掛けるという第一の壁は越えたが、それから先、女性を立ち止まらせ、説得し、安心させて、ついていきたいと思わせるようになるまでには、無数の壁があるはずだった。殻に閉じこもりたがる自分をそのたびに鞭打たなければならないはずだった。目の前の壁をひとつひとつ破っていくしかない。第二の壁は、断られた後、もう一ねばりすることだった。
 三人目は、ギャル風の綺麗な長身の女性声を掛けて、完全無視されて、家路についた。

二人目

 周囲の目が気にはなった。恥ずかしかったからではなく、願望を果たしている自分を見せているという、誇りに似た爽快感があった。声を掛けた女性は遠くにいってしまったが、次があった。「せめて一人だけでも声を掛けなければ、帰れない」という、達成見込のない、低すぎるノルマは、「三人に声をかける」という実現可能性の高い、具体的で明確な目標に変わった。
 気が楽になったといっても、その後すぐ声を掛けられるわけではなかった。これだと思う女性を見送るだけの時間が30分つづいた。そのうちに、さっきのいい気分も消えて、前ほどではないにしろ、また未知の自分になる恐れが戻ってきた。とりあえず「もう一人」と言い聞かせて、おとなしそうな、色白の女性に声をかけた。
 斜め前から「こんばんは」と挨拶しこちらを見ずに歩いていく女性に平走しながら「良かったらご飯食べませんか?」というと、女性の口が開いた。
 「なんでですか?」
 一瞬無言になり、動揺しながら「あの、かわいいんで」と言うと、女性はこちらを見て、微笑んだ。

未知の自分へ

 声を掛けるなどと言う行為はしたことがなかったから、その後自分がどうなるのか分からなかったが、ダイビングする気で、思考を停止させて、パニックに陥ったまま、声を掛けた。声は高くなり、弱く、震えていた。掛けられた黒髪の丸顔の、目の大きな、色白の女性は、言葉よりも私の体の動きに反応してこちらを意識していた。私から離れながら歩き、目を合わせずに速度を速め、過ぎていった。少しだけ、目見開いていたのは、「こんばんは、よかったらご飯食べませんか」という台詞が聞こえていた証拠か? 
 それでも、それだけだった。必然に笑顔となり、周囲の目がきになり、少し気持ちよくもあったのは、思いを遂げたからだ。思ったよりも簡単だった。自分はいつもとかわらぬまま、すこしいい気分のまま、立っていた。どうにかなってしまうというのは、杞憂だった。

声かけ

 HIV陰性か陽性かの結果を待つ間の時間がもったいないので、声を掛け始める。陰性だと信じているのだから、掛けないわけにはいかない。と言い聞かせて駅前に行ったが、
声を掛けられるようになるまでは、相当の時間を要した。時間は8時を過ぎていたから、キャバクラ関係の人間がうようよいて、まじめに見える私には場違いのような印象があった。みながこちらを見て、「なんだあいつ」と思っているような錯覚にとらわれた。実際にも思っているのかもしれないが、それは知りようがないことだ。
 しばらくたっていると、自分が駅前になじんでくるような感じがして、たっていることは平気になった。最初はじろじろ見ていたキャバクラ関係の人たちも、こちらを見ないようになった。あとは声を掛けるだけだ。
 綺麗な人はしょっちゅうとおるが理由を探して、掛けられない。気がつよそうだとか、
遊んでそうだとか、声を掛けられるなんて思いもしていないだろうとか。そう考えると、全員に声を掛けられなくなると分かったので、次に駅構内から出てくる、綺麗な女性には声を掛けると決めた。「こんばんは、よかったらご飯食べませんか?」と。