完全情報がネットにつれられてやってくる
経済学に完全情報という言葉があります。消費者も企業もすべての情報を持つと仮定するという、経済学が社会をモデル化する最も根本的な仮定だったわけです。これ、以前は荒唐無稽な仮定だったのに、最近は「入手可能」という意味ではさほど荒唐無稽ではなくなってきました。ポイントは情報を完全に持てば、最良(合理的)の意思決定ができるというところなんです。
情報さえあれば、市民は比較的合理的に動けます。完全に、とは行きませんが・・・。
先日、私の経済学の師匠(といっても私は授業を聞いたことがあるだけですし、彼は私がそこに居たのを知りません。あと、所詮私は単なる素人ですが・・・)とビジネスの話をしていたとき、雑談でこのような話になりました。
で、行政を見ていると、まさに突然、完全情報に近い状態が実現可能なものとして目の前に現れたのが、このネット時代なんじゃないかと思うわけです。インターネットにより、情報のタイムリーな公開(適時開示、タイムリーディスクロージャー)が実現できます。
量的、時間的な情報公開の制約が突然消え去ったわけです。(以前は紙を配るか直接事務所に来て見てもらうしかなかった。)
今、情報公開の最大の障壁は役所の体制です。ここが解決されれば、誰もがある程度リアルタイムに情報を得、政治家の政策や行動、役所の働きを判断するのに使えます。
今、とりあえず、情報公開制度は紙ベースなんですが、近い将来、コペルニクス的に制度が代わり、行政上の施策の完全情報がある程度見えてくるのではないでしょうか。そして、その前提が私が議会でも話題にしている文書管理システム手です。
(また、ネット時代においては市民の意見や意思を集めるのも容易です。)
ある日、巨大な「公」が丸裸になり、世の中の人々の思いがリアルに集約されるようになります。
もちろん、行政は巨大すぎてなかなか個人には分析しきれるものではありません。
ただ、情報さえオープンになれば、有志が徐々に全貌を明らかにしていくでしょう。もちろん、市民に負けずにプロである議員も頑張るわけですが。
先日私は別のエントリーで「知る勇気」なんて生意気なことを言いましたが、なかなか料理しきれない情報を公開させるのにも勇気が必要なのかもしれません。
市民参加の担い手がいない~和光市の男女共同参画プラン推進委員の公募枠が埋まらず募集延長
和光市では男女共同参画わこうプラン推進委員を市民から公募したところ、6人の公募枠が期日までに埋まらず、期限を延長しました。
男女共同参画の是非はいろいろ言い出すときりがないので措くとして、公募委員の枠が埋まらないのは内容に魅力がないか、広報不足か、条件が合わないか・・・・。
少なくとも、平日の日中に年間15日も集まれとなると、成り手がなかなかいないのも何となく想像できます。少なくとも会社員には年間15日も平日の昼間、市役所に行くことが許される人はいないでしょう。この辺を考えると、このしくみでいいのかという疑問が出てきます。
いつも市民参加に立ちはだかるのがこの、平日の壁なんです。個人的には役所が土日かあるいは駅前出張所で夕方にか、どちらかの方法で会議を開くという形で歩み寄るのが将来的には良いと思っています。
しかも、これはいつものことですが、作文を提出してそれで審査をするというのです。正直、作文を書かされて「あなたダメ」と言われるのは大人としてはきついでしょう。
市役所の担当者各位には本当にお気の毒なのですが、審議会等の報酬の絞込みという世相も相まって、審議会などの公募委員を集めるのが大変な時代になりました。以前は珍しさ、稀少さもあり、希望者が多かったようですが、最近の和光氏では公募委員が入るのは当たり前ですから。
それにしても、いま心配なのは、法の下の男女平等の実現とは程遠い活動をしている特定の人々が紛れ込みやしないか、ということです。そういう実例が全国的にあるようです。
そういう特定の人に一言。本当に男女平等にしたいなら、自分のダンナ、息子、父親に飯炊き洗濯を教えなさいよ。それでダンナ、息子、父親も幸せになれます。だって楽しいですから。それができてからぜひぜひ社会に一言言ってください。自分の家の中のこともできないんじゃどうしようもないでしょう。
あと、家事をしないで男女平等にいちゃもんを言う人は単なる「家事ができない人」の負け惜しみだと思います。まあ、私もいろいろできないことはありますが。多分これを配偶者が読むと臍で茶を沸かすと思います。
ちなみに、私は飯炊きから洗濯までやりますよ。特に料理はクリエイティブなので大好きです。(今日は飯炊き当番でした。)
洗い物はクリエイティブではないので大嫌いです。(笑
せっかくなのでクリエイティブな方、ぜひ公募委員にご応募ください。そして、すべての男が飯炊き洗濯のできる世の中にしてください。人類の半分にもその楽しさを十分広めるために。
『事例でわかる不動産評価』(日本経済新聞社)を読んで~老人ホーム、J-REITの評価にも最適!
この本の著者は不動産評価に関して、いわゆる業界「ノウハウ」的なことまで惜しげなく本に書き込んでくれるので、読み応えのある著書が多い。
しかし、この本で注目すべきは末尾にさりげなく掲載されているJ-REIT(不動産ファンド)の記事である。
本書を読んでまず驚かされるのは、結構アナリストが雑な仕事をしているということ。詳しくは本書に譲るが、アナリスト説明会に出もしないで平気で評価をするアナリストがいるということ。
また、投資家には周知なのかもしれないが、J-REITの多様性というのが思った以上にあり、それを踏まえた投資が必要だということ。(私は買わないから関係ないが。)
そして、「実質的な支配者は誰か」「利益相反の可能性」「開発型ファンドか否か」など、それぞれのポイントを見ていると、一般の投信以上に見るべきポイントが多そうなことがわかる。
そして、地震リスク、土壌汚染リスクなどのある意味ヘッジが比較的難しいリスクも多々あることを考えると、どうも私はJ-REITに悲観的な以前の思いがまたまた強まってしまった。
そもそも同じ著者の著書でJ-REITへの不信感を始めて抱いた私としては、スタート点に戻ったということか。
それでもJ-REITに興味がある方はお読みいただきたい。
ちなみに他の部分では、類型別の不動産評価のところで有料老人ホームの評価の名のもとに「見分け方」が詳細に示されていて興味深い。特にリノベーション(他の目的のビルからの転用)案件のリスク(例:廊下などの使い勝手の悪さ、パブリックスペースの狭さ等)が示されているなど、入居を考える際のホームの見分け方としても有用であり、この部分だけでも3000円の価値がある。
事例でわかる不動産評価
採決時の行動に責任を持たせるべき!~なぜか採決の結果の公表に後ろ向きな多くの地方議会
現在、多くの地方議会が議員の採決の細目を広報などで公開していません。
和光市の場合も、「議会だより」では、会派ごとの賛否が示されるにとどまっています。まあ、基本的に会派の賛否を示せばわかるのですが、会派内で意見が分かれたときは分かれたと示されるだけなので、不十分だと思うのです。
(これを書くといろいろ理屈をこねて正当性を主張する人がいるかもしれませんが、後ろ向きであることは否定できないと思います。)
採決の結果や一般質問の質問者を広報では一切公表しないというウルトラ後ろ向きな団体も多々あります。
やはり、どのように施策を判断し、どのような質問をしたか、というのは明らかにされなければなりません。
すべてが明らかになれば、議員の行動は市民感覚と近くなると思っています。衆人監視の下、立小便をする人は普通いません。
これは、私の地元での課題であり、皆さんの地元でも議論すべきことかと思います。公の手段で議員の動きが発表されないと、議員は好き放題、口コミで市民を騙せます。実際、そういうプロパガンダにたけた人もいます。
私は運営委員会の委員ではないので、こういうことを直接主張する場が与えられません。ただ、これまでもそうなのですが機会を見て主張し続けたいと思います。
『はめられた公務員』(中野雅至)
本書を要約すると、下記の通りです。
「これまで、中央官庁に行政の責任と権限が集中していた。地方は責任がなくお気楽だった。中央では政官財のトライアングルがやりたい放題で国民の金を食いつぶした。地方交付税や補助金でたかりまくった地方も共犯者。ただ、責任はなかった。しかし、政官財のトライアングルは今までのシステムの破綻を予見しスケープゴートとして地方の行政を想定している。このままでは、今までお気楽だった地方の役人はいつの間にか責任を押し付けられ、地方公務員は理不尽にも大量解雇されるだろう。地方公務員は犠牲者だ。そして、政官財のトライアングルはまんまと生き残る。地方公務員諸君はできる限り努力して、押し付けを回避すべきだし、押し付けの事態に耐えられるだけの備えをしなければならない。」
この人は正直だと思います。ただ、議論の中心は、「地方公務員や地方自治体に責任を取りうる能力があるとは思わない」「国の役人は忙しいし誠実にやっている」「政治家の横暴はひどい」「あまり税を払わない一般の国民に納税者風を吹かせる権利があるのか」「地方こそ汚い裏がたくさんある」というところであり、官僚ムラ出身者としての自己弁護に見えてしまうのが残念です。それと、前段でこれだけ地方公務員を虚仮にしておいて、後段で「戦え」とアジってもなかなか同意は得られないと思います。
この人は本文の枝葉の部分ではいろいろと行政の現状をリアルに見せてくれています。また、繰り返しになりますが、きわめて正直に語っています。それだけに、基本姿勢が残念な一冊です。せっかく脱藩したのですから。
また、キャリアでも本流の人でないからこそ官僚ムラに見切りを付けたという点では『お役所の掟』の宮本さんと同じ。
やはり、大蔵系のキャリア本流の人の暴露本、批判本が待たれます。
お勧めかというと・・・・。どうでしょう。書店でぱらぱらと見てみてアレルギーを感じなければいいんじゃないでしょうか。