松本たけひろ オフィシャルウェブサイト

前和光市長の松本武洋です。
和光市は「みんなをつなぐ ワクワクふるさと 和光」を掲げ、
水と緑の「埼玉一の住宅都市」を目指しています。

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あぐれっしゅげんき村の武蔵野うどん

お盆あたりのこと、三富新田にある親族のお墓の墓参りのついで(花を買いに)に堀兼のJAいるま野 あぐれっしゅげんき村を覗いたところ、フードコート(という名のうどんコーナー)がたまたまお客さんゼロだったので、かなり久しぶりの外食をしました。ここは普段なら野菜天ぷら盛り放題200円というのをやっていて、武蔵野風うどんに山盛りの天ぷらをがっつりといただくうどん県民諸氏でごった返すのですが、コロナ禍ということで、野菜てんぷらは1パック180円に変更。だからガラガラだったのかな。それでもなかなかのボリュームでした。
念のため座席などしっかり消毒して、埼玉ならではの肉うどんなどもそそくさと楽しみました。
ありがたや。


ちなみにお茶のコップを個別に渡すなど、手間をかけかなり頑張って感染症対策をしておられました。
それにしても、埼玉のうどん文化はやはり讃岐とは全然別物の独自性があり、本当に楽しい。
埼玉を日本一の「うどん県」にする会の永谷会長の地元だけあって、充実のひとときでした。



大川真郎『豊島 産業廃棄物不法投棄事件』

後期の仕事のための資料として、重苦しい本をひさびさに引っ張り出してきました。
本書で取り上げられている香川県の豊島産廃不法投棄事件は、戦後最悪と言われる産廃の不法投棄事件として記憶に残りますが、今、豊島はアートの島(瀬戸内国際芸術祭の展示会場)として非常に人気があり、観光客の中には事件を知らない人も多いようです。

いわゆるガラの悪い経営者が強引に県の手続きを進めさせ、ミミズ養殖などという明らかに虚偽の事業として始めた産廃不法投棄。

県職員の見て見ぬふり、県議会の無関心などを背景に膨大な産廃が埋め立てられ、野焼きされ、しかも香川県庁はそれを放置。最終的にこの事件を挙げたのは兵庫県警でした。その後、島民は法廷を主要な舞台に長期の苦闘を続けました。
最終的に、裁判は住民側の勝訴に終わりましたが、700億円もの税金が投入された大量の産廃の撤去作業が終わった今でも、汚染水の処理などが続いており、まだまだ事件は終結していません。
しかも、この島にメガソーラーを計画する事業者がいてトラブルになっていて島の方々の心の休まるときがないことに心が痛みます。
そもそも、瀬戸内海は日本の地中海ともいわれる景勝地であり、高度成長期の環境破壊から回復しつつある今、国際的な観光の地として国内外から注目されている中で、今更のメガソーラーというセンスは非常に残念としか言いようがないわけです。
話がそれましたが、裁判を担当した弁護士によるこの作品は、法的な観点だけでなく、市民運動の観点からも大変貴重な資料となっています。
とにかく、行政に見捨てられた島民の苦闘に次ぐ苦闘の記録ですから、読んでいてストレスフルではありますが、一方で、最後は救いもあり、作品としての質も見事でした。

防災の日は関東大震災の日

ちなみに、当時(関東大震災)の和光市の死者はゼロ。一方で東京から多数の避難者がやってきました。その中のひとりが清水かつらだったりするわけですね。
「9月1日は、関東大震災が発生した日であるとともに、暦の上では二百十日に当たり、台風シーズンを迎える時期でもあり、また、昭和34(1959)年9月26日の「伊勢湾台風」によって、戦後最大の被害(全半壊・流失家屋15万3,893戸、浸水家屋36万3,611戸、死者4,700人、行方不明401人、傷者3万8,917人)を被ったことが契機となって、地震や風水害等に対する心構え等を育成するため、防災の日が創設されました。」(東京消防庁)
詳しくはリンク先まで。

画像出所:NHK公式Twitter

魚屋さんで魚を買うということ

街中でいわゆる生鮮三品、肉、魚、野菜の専門店を見る機会が少なくなりました。大店法の改正によるシャッター街の増加、地域の自営業者の減少などいろいろと地域に影響があり、行政の仕事をしていた時にも地域の自営の店が次々と店じまいするのを残念に思いながら見送らざるを得ませんでした。
さて、閑話休題、皆さんはスーパーのおさかなコーナーといわゆるプロの魚屋の違いを考えたことはあるでしょうか。
もちろん、違いはいろいろな分野の視点から観察されるのですが、扱いうる品目という観点から魚屋を見ると、スーパーの魚コーナーは平均30品目、これはパートさんを使って回していくが故の限界なのだそうです。つまり、スーパーでは、いわゆる鮭、マグロ、サバ、ブリなどのメジャー品目しか扱えないことが分かります(日本近海で漁獲されるのはトータルで300~400種とされています)。
一方で、私は兵庫県の明石の出身ですが、明石の魚屋では、そのいわゆるメジャーな品目プラス季節の地魚が扱われます。全国各地の地魚を全部扱えるプロの魚屋というのはさすがに考えづらいですが、たとえば明石では少なくとも地域の地魚とメジャー品目を扱うことでスーパーの数倍の品目が四季折々に魚の棚などの店頭に並びます(魚の棚には年に数回も行けていませんけど)。

このたくさんの品目が並ぶことと環境問題ってのが密接でして、魚の産地ではスーパーが魚市場を席巻するのと相まって、消費されずに捨てられる魚が増える、という現象に繋がっています。
美味しくても、地元で人気でも、それがスーパーという流通システムに乗らないことで売れない雑魚に成り下がってしまうのです。
つまり、営業効率と引き換えに大量の魚が無駄になるシステムの下で私たちは生きている、ということ。
逆に言うと、地元の、特に産地の魚屋さんでこの「その他大勢に成り下がった美味しい魚たち」と出会えれば、それは宝さがしの成功だし、その宝探しをする人が増えれば、無駄になる魚が減るかもしれない。

ちなみに、いわゆる混獲で捨てられる魚は全体の漁獲量の40%と言われています。なかには、種類ではなく大きさで規格外になるものもありますが、いずれにしても、4割を捨てる現状とどう付き合うか、という問題と直面している今、魚はスーパーで買う、というある種の思い込みから解き放たれると、多少なりとも供養にはなることでしょう。

お魚のプロであるまちの魚屋さんとの会話もまた、楽しいものです。くれぐれもソーシャルディスタンスで。


写真は浜田市の「はまだお魚市場」にて。すみません、メジャーな魚種の写真で。それと、このアジは「どんちっち鯵」というブランド鯵で、マツコも大絶賛ということで食べてみたら、私も大絶賛したくなる味でした。

「資産勘定の本質」と政府のこと

「政府には資産がいっぱいあるから財政赤字ではない説」の人、一度BSの資産勘定の意味を勉強した方がいいと思う。資産の本質は(現金や普通財産の土地建物等今、サービスに提供されていないものを除くと)長期費用。短期の費用は(民間で言う)PLに出てくるのだけれども、長期の費用は貸方で調達した資金が長期間サービス提供のために固定されるものだから、売るようなもんじゃないのだ。
「道路は売れないでしょ」という説明もあるのだけれど、売れないからではなくて、売るものではない、というのが本質。もちろん、清算価値なのかどうなのか云々と議論し始めるときりがないのだけれど、ざっくり言うと、国民にサービスを提供するために長期間持っているもの(行政財産)の本質は「(ずっと続く)費用」だということです。
ちなみに国際会計基準委員会の日本代表だった川口順一先生は「貸借対照表は資産表示の一覧表ではなくて、資産のフィルターであるからである」「物財のあるものは消費され尽くして、フィルターを通過して損益計算書に流れ込むが、あるものはフィルターに引っ掛かって流出が止められる」(川口『財務会計論』p149)と表現している。私が言っているのではなくて、(一例として)川口先生の言なのである。
この「資産」というものの本質はぜひともお伝えしたいと思います。
ちなみに「国の借金」は慶應の土居先生がしばしばコメントしておられるように「地方の借金」と対になる言葉です。「中央政府の借金」と表現すべきなのかもしれないけれど、何しろ減収補填債とか交付税措置とかいろいろあるので、国と地方の財政は複雑に絡み合っている。正確に表現するのはなかなか容易ではないんですよね。

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