前和光市長の松本武洋です。
和光市政での経験を活かして、地方創生や地方自治の研究や教育を通じて世の中のお役に立つべく、教員として地方の現場を歩いています。
市政の現場は離れましたが、和光市を全力応援しています。
AIが世の専門的な活字データ、紙媒体のデータを飲み込み終わるとき
AIがとんでもないスピードで世の中を変えていく。なにより注目はそのスピード感である。
たとえば、100万ユーザー獲得までに、
ネトフリ 3.5年
Twitter 2年
Facebook 10か月
Instagram 2.5か月
ChatGPT 5日(Statista調べ)。とんでもないスピードで普及しているだけでなく、その中身も劇的に変化している。
で、元書籍編集者としての私が考える次の焦点は、学術書、実務書、基本書などの活字媒体を誰がどう、AIに食わせるのか、ということ。
暇人がいわゆる書籍のPDF化の自炊方式でどんどん専門的な活字媒体をAIに食わせたとして、著作権やその対価がどうなるのかは興味深いが、それよりも大きな問題は、活字媒体を飲み込んだAIはあらゆる専門的な知見を総合した存在になるということ。
おそらく、専門の研究機関でそれに類したことをやっているのだろうけれど、(一定の質の)一通りの活字媒体をAIに食わせ終わったら、また、AIは次のステージに行く。
今、AIがアホな間違いをするのはアホなネット情報を片っ端から食っているから。
そうではなく、「これは正しい」と言える専門的な書籍と学術誌を食わせて、専門的な判断はそこからだけ行う、という設定にすれば、AIの判断はより洗練されたものになる。
また、日本で言うと、古文書(のうち確実に偽書でないもの)のデータをどんどん食わせると、過去の日本社会の実像がより明確に見えたりもするだろう。
しかもこういう変化はごく近いうちにやってくる。
社会と仕事、という意味では、弁護士/検察官/裁判官や会計士/税理士が失業する説がよく言われるが、たとえば、不動産鑑定士は一番儲かる公的な鑑定評価の仕事を近いうちに失うだろう。評価理論の知識、鑑定評価書の事例、全国の取引事例を集約すれば瞬時に仕事は終わる。
また、過去の学術的な発見が実は違ってました、的な話もたくさん出てきそう。歴史の解釈も変わるだろう。
活字データや紙媒体のAIへの統合でどのような未来が来るか、怖い面もあるが興味は尽きない。
広島の献花は歴史的なシーン
大量殺人は基本的に離れたところから行われ、実際に人々が苦しんだり死んだりするシーンやその実感と殺人者には距離があります。人が死ぬ決断をすることはあっても、実際に実感を持って殺すことは決してない立場の人々には、あの展示で一人ひとりの死や破壊の現場の様子と向き合うことの意義は大きい。
いろいろ言う人はいるけれど、歴史的なシーンだと思う。
追記
主要7カ国(G7)首脳らは5月20日、広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れた際に芳名録に記帳するとともに、メッセージを記載しました。核保有国を含む首脳らが原爆資料館を訪問し、展示を見学した上で書かれたメッセージであることが重要です。中身が十分かどうかというと、意見は分かれるかもしれません。少なくとも、私はどなたのメッセージも踏み込み不足と感じました。ただ、一方で歴史的な瞬間であるのは事実です。
もとより、メッセージは事前に各国の立場で練られたものであろうことは明らかですが…。
なお、外務省が発表した本文と訳文は下記の通りです。
岸田文雄首相(日本)
歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に「核兵器のない世界」をめざすためにここに集う。
マクロン大統領(フランス)
感情と共感の念をもって広島で犠牲となった方々を追悼する責務に貢献し、平和のために行動することだけが、私たちに課せられた使命です。
Avec émotion et compassion, il nous appartient de contribuer au devoir de mémoire des victimes d'Hiroshima et d'agir en faveur de la paix, seul combat qui mérite d'être mené.
バイデン大統領(米国)
この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの私たち全員の義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!
May the stories of this Museum remind us all of our obligations to build a future of peace. Together-let us continue to make progress toward the day when we can finally and forever rid the world of nuclear weapons. Keep the faith!
トルドー首相(カナダ)
多数の犠牲になった命、被爆者の声にならない悲嘆、広島と長崎の人々の計り知れない苦悩に、カナダは厳粛なる弔慰と敬意を表します。貴方(あなた)の体験は我々の心に永遠に刻まれることでしょう。
Canada pays solemn tribute to the many lives lost, the unspeakable grief of the Hibakusha, and the immense suffering of the people of Hiroshima and Nagasaki. Votre histoire restera à jamais gravée dans notre conscience collective.
ショルツ首相(ドイツ)
この場所は、想像を絶する苦しみを思い起こさせる。私たちは今日ここでパートナーたちとともに、この上なく強い決意で平和と自由を守っていくとの約束を新たにする。核の戦争は決して再び繰り返されてはならない。
Dieser Ort erinnert an unfassbares Leid. Heute erneuern wir hier gemeinsam mit unseren Partnern das Versprechen, Frieden und Freiheit mit aller Entschlossenheit zu schützen. Ein nuklearer Krieg darf nie wieder geführt werden.
メローニ首相(イタリア)
本日、少し立ち止まり、祈りを捧(ささ)げましょう。本日、闇が凌駕(りょうが)するものは何もないということを覚えておきましょう。本日、過去を思い起こして、希望に満ちた未来を共に描きましょう。
Oggi ci fermiamo e restiamo in preghiera. Oggi ricordiamo che l'oscurità non ha avuto la meglio. Oggi ricordiamo il passato per costruire, insieme, un futuro di speranza.
スナク首相(英国)
シェイクスピアは、「悲しみを言葉に出せ」と説いている。しかし、原爆の閃光(せんこう)に照らされ、言葉は通じない。広島と長崎の人々の恐怖と苦しみは、どんな言葉を用いても言い表すことができない。しかし、私たちが、心と魂を込めて言えることは、繰り返さないということだ。
Shakespeare tells us to "give sorrow words". Yet language fails in the light of the bomb's flash. No words can describe the horror and suffering of the people of Hiroshima and Nagasaki. But what we can say, with all our hearts, and all our souls, is no more.
ミシェルEU大統領
80年近く前、この地は大いなる悲劇に見舞われました。このことは、われわれG7が実際何を守ろうとしているのか、なぜそれを守りたいのか、改めて思い起こさせます。それは、平和と自由。なぜならば、それらは人類が最も渇望するものだからです。
An immense tragedy took place here almost 80 years ago. It reminds us what we -as G7- are defending. And why we are defending it. Peace and freedom. Because it's what all human beings want most.
フォンデアライエン欧州委員長
広島で起きたことは、今なお人類を苦しめています。これは戦争がもたらす重い代償と、平和を守り堅持するというわれわれの終わりなき義務をはっきりと思い起こさせるものです。
What happened in Hiroshima is still today haunting humanity. It is a stark reminder of the terrible cost of war - and our everlasting duty to protect and preserve peace.
(NHKのツイッター動画よりキャプチャー)
統一地方選を国政政党目線で総括すると…国政妄想大会
私の持論(地方のことは地方が地域の論理で決めるべき。国政政党はあくまでも地方選の選択肢の一つ)とは異なるけれど、統一地方選を国政政党目線で総括してみた。
出所 朝日新聞選挙サイト(統一地方選特集)より、3つの画像を並べて作成。なので、著作権者は朝日新聞
1.統一地方選の朝日新聞集計サイトのデータを並べてみた~立憲はむしろ勝っているのに蓮〇さん、もしや数字が読めないの?
見やすいように、統一地方選の朝日新聞集計サイトのデータを並べてみた。国政政党の地方での浸透度を見るには、この3つを並べてみるのが分かりやすい。
自民立憲国民は公認を取らないケースも往々にしてあるので、この数字だけで見るわけにはいかないけれど、立憲は今回特別に地方選に注力したわけではないのに、全体的に当選者が増えている。これで、なぜ地方選の勝利宣言をして挙党一致で国政選挙に臨まないのか謎。地方選など眼中にないか、主導権争いが優先なのか、どちらか。
国政選挙は競り負けたり、単純な選挙区事情なので、執行部を引きずり下ろすような話ではない。どちらにせよ蓮舫氏らが内紛を仕掛けるのをやめない場合に当事者を追い出せるか否かが中長期的に見た立憲の最重要課題だろう。
2.維新は依然、都市型
維新は野党第一党を目指して、着実に地方選で議席を伸ばした。ただ、地方部では立憲の方が圧倒的に強く、維新は数字で明らかなように、今のところ、都市型の政党と言える。
何より、維新は在阪放送局をうまく取り込んだので、その電波が届く範囲にはめっぽう強い。このデータでは見えないが、都道府県別のデータを見ると、それが明確に現れる。
3.組織政党は組織の高齢化が課題
共産はだいたい2割減。何よりも組織の高齢化が響いている。その上で、浮動票がほぼ入らなくなってきているのが致命的。
公明は横ばい。練馬の変が話題になったものの、あれは当選ラインを読み違えたというもの。
ちなみに、自民は国内の労組&一部の宗教組織以外のほぼあらゆる組織を「政治連盟」とか屁理屈を言いながら実質的に傘下に収める「日本の体制そのもの」と言ってもいい組織政党なので、組織の高齢化には長年悩んでいる。
社民とれいわはマーケット的に競合するが、れいわに食われたというより、依存する組織の退潮や人材不足が響いている。
4.フリーの全共闘世代を奪い合う参政、れいわ
参政とれいわは、マーケット的に所得の平均値を挟んで線対照的な関係だが、参政の方が全共闘世代の無党派を取り込んでいるイメージ。あくまでも街頭演説の動画を見た上でのイメージ。組織外の全共闘世代はオルタナティブを好む傾向があるので、参政、れいわはそれにうまく反応している。
5.マーケット的に誰がやってもうまく行かない国民。そして労組の選挙動員力の低下
国民は維新と被りが大きく、割りを食った。マーケット的には非常にしんどいところ(レッドオーシャン)にいるので、誰がやっても打開策は全くない中で、玉木さんのパーソナリティで踏ん張っている。
労組系の政党は、労組の派閥争いの影響が大きいが、労組の組織率だけでは読み取れない、労組の選挙動員力の低下と組織の高齢化が痛くて、国内の労組以外のほとんどの組織を実質的に束ねる自民には対抗し得ないのが実態。
自民に対抗するには、浮動票が取れる維新の方が強く、野党第一党は維新になる可能性が高まっている。
6.今後の展開は、立憲の内紛をしり目に、西を中心に都市部では維新が自民に肉薄
まあ、個人の感想ですけど、この三つの表を比較すると、当面の国政政党のバトルは、立憲vs維新の野党第一党争いが中心になるべきところ、立憲が内紛で多忙なので、今のところそうはなりえないのがおもしろいところ。傘下組織の高齢化でじり貧の自民と維新がこれから本格的に全国の都市部で競合する。もとより、あっさり挑戦を跳ね返された名古屋の例でわかるように、大阪の再現は容易ではないが、第1世代が組織から去り、第二世代維新がうまくイメージを改善して無党派のうち真ん中から右側をごっそり取れば、少なくとも立憲をあっさり抜き去ると思われる。
立憲が内紛を克服できるなら、維新とのバトルは長くなるけれど、その際、維新側の鍵は第一世代が必要以上に介入しないことに尽きる。奈良県知事選の公認事件のようなことがまたあると、イメージは下がる。橋下氏が「公認ということは維新スピリッツは承知しているということだ」とか言い放って、あっさり山下氏を受け入れてウイングの広さを見せつければよかったのだ。
え、都民ファースト?まだいたの?となりそうだけれど、都民ファーストはどちらかというと地域政党としての命脈はあるので、これは別途地域政党として論評すべき勢力なのかな、と思います。あくまでも国政政党の今後を考える妄想大会なので、地域政党については今回は議論しません。また後日。
ようやく村田清風記念館へ
本当に長い間、行きたいと思いつつ、遠くて行けなかった山口県長門市の村田清風記念館を訪問する機会を得た。
私が敬愛する江戸期の先人のひとりである。
村田清風は、5代にわたる長州藩主に断続的に仕え、長州藩の財政改革と軍備再編を行い、維新回天以前に藩の基盤を強化した、長州藩士である。
14歳で藩校である明倫館に入学すると、当初は片道20キロを徒歩で通った(その後、能力を認められ入寮)。
清風は、藩主に登用されては厳しい緊縮財政策を推進し、反発する勢力にそれを妨害されて志半ばで藩政の場を去ること4回。
その後、藩主毛利敬親の信任を得て藩政改革を主導し、藩士の商人からの借金のある種の棒引き策を推進しつつ、防長三白(米、塩、紙)の生産増を推進するとともに特産物である蝋の専売制穂廃止、商人による自由な取引を許した。その代わり、商人に対しては運上銀を課税した。結果的に蝋の生産は増え、防長四白と呼ばれるまでになった。さらに、下関という交通の要衝に越荷方を設置した。これは藩が下関で運営する金融兼倉庫業である。その際には今でいう民間活力を活用し、豪商の白石正一郎や中野半左衛門らを登用した。
清風が偉いのは金の使い方まで考えていた点であり、越荷方による儲けは藩の軍制改革にも充てられた。近代的な鉄砲を中心とした戦術への改革や、天保4年(1843年)の阿武郡羽賀台での軍事演習もよく知られている。
また、吉田松陰との交流も有名であり、松陰は清風を師と仰いだという。ちなみに、清風は捉えられた松陰を救おうとしたがこれは成功しなかったという。
なお、清風は若い頃、江戸で塙保己一から兵法や海防策を学んだというから埼玉にも縁がないとも言えない。
清風は、知名度的には長州の有名人という位置づけに止まるが、(その是非は別として)維新回天は清風なしにはあり得なかった、という大変重要な人物である。薩摩でいえば調所広郷の立ち位置に相当する。
彼の愛した素朴な屋敷は現在も記念館の隣に保存されており、今にも清風が現れそうな雰囲気だが、その屋敷は屋根が傷み、特に雨漏りの様子が痛々しかった。
また、記念館は展示が今風に一新されており、マンガを交えて大変わかりやすい展示になっている。お子さんと訪問してもきっと楽しいはず。