鎮魂の日にやるべきこと~阪神淡路から30年
阪神淡路の日、私の両親はタンスの下敷きになりました。
父母いわく「安物のタンスでよかった」。父母を殺さなかったタンスですが、損傷したので廃棄しました。
生家も残念ながら全損ということで壊されました(増築部分が特に損傷していました)。
以来、とにかく寝ていてそのまま死ぬことがないように工夫するようになりました。
冗談はさておき、あなたの寝ているところに何か倒れてきませんか?降ってくるものはありませんか?
数日分の水や非常食はありますか。持ち出し袋はチェックしていますか。
携帯のモバイル電源は?クルマのガソリンや充電は?
以前、神戸市の元市長の宮崎さんが、震災のリスク報告書をお蔵入りにした記事を読みました。
そんな時代だったんですよね。
災害リスクのレッドゾーン、イエローゾーンが明示されるようになったのもそんなに昔ではありません。
私たちは少しずつ賢くなり、ノウハウを蓄積しつつあります。
それを享受するために、この日を活かせたらいいですね。
7条解散がもたらす与党有利のメカニズムとは
AI時代、人は失業ではなくAIによって加速した時代を生きて行くのかもしれません
検索は、思索(調べて考える)というプロセスを、従来の「徒歩」から「乗馬」や「自転車」程度にまで加速させましたが、AIはそれを飛行機や新幹線の領域に変えたように感じます。
別の言い方をすれば、自習 → 昔の進研ゼミやZ会 → ネット学習、という変化にも似ています。反応や調査結果がほぼ即時に返ってくるという点で、思考の速度は圧倒的に高まりました。
いわば、AIは思考のアクセラレーター。内容の改善を保証するわけでも、方向性を保証するわけでもないけれど、少なくとも速度だけは確実に引き上げてくれる。
その結果、かつて歩いて旅した時代のような情緒や密度は失われ、景色は次々とスキップされていく。それでも、目的地には早く到達できる。
移動だけが目的であれば、それで十分なのかもしれない。しかし、果たしてそれでよいのか、という疑問は残ります。
おそらくこれから人は、活字をじっくり追いながら調べる行為そのものを一種のレジャーとして楽しみ、仕事など実用的な領域では、AIによって加速されたネット空間を主戦場としていくようになるのでしょう。人にしかできない仕事は確実に残り、それはより絞り込まれる中で、本質的な分野に限定されていく。
人は、AIによって失業するのではなく、つねに大急ぎで結論を探していく、せわしない時代の幕開けなのだと思います。
そして、休みの日にはのんびりを好む人はリアルの世界で旅や読書を楽しみ、せわしない派はVRなどでさらに超加速を楽しむ。それは、あらたな選択の自由なのかもね。
金銭的価値観に駆動されるトランプ政治
トランプ氏のディールとか、国家観を見ていると、企業経営者型政治家の「くせ」みたいなものが浮かんでくる。それは、圧倒的に、金銭的価値に駆動されている、ということ。もちろん、いくらの予算でどんなことをやるのか、という定量的な話は鉄則なのだけど、会社が(ほぼ)それだけで駆動されているのは、それを求められているからであり、国家はそういうものではない。これは経済団体の政府への要求を見ていても明白なのだけど、そういう「くせ」を客観視して、なおかつ政府を効率的に経営することこそが、経営者型政治家の責務なんだと思います。 ちなみに、短期的な金銭価値に駆動されて政治を行うことと、伝統的な外交手法はとてつもなく相性が悪い。なぜなら、外交とは、非金銭的価値、非言語的交渉をも使いこなすものだからなんですよね。そして、中長期的な交渉の積み重ねでもある。 トランプ氏はアメリカ政府の金銭換算できない価値を決定的に棄損する政治を続けていますが、これはウォール街がかつて来た道ではないかと危惧してしまいます。
経営者と経営者個人の人としての人格は別です。ただ 、企業経営者としての職責の下で培ってきた感覚というの人格にしみこんでいきます。トランプ氏はいいとか悪いとかではなく、短期的な利益を優先する経営思想の持主が巨大な軍事力を使ってアメリカの短期的な利益をファーストにするというジョークのようなことをやっているのがヤベーと思っています。
せめて、トランプ氏が「三方よし」の近江商人ならよかったのに。
不交付団体に交付税措置で費用負担を強いる政府の愚策
公共政策論の講義で、今週は政策の構想、というパートをやった。
テキストには「政策実現に最適な手段であったとしても、ゼロから設計するのではなく、既存の政策や整備済みの行政機関が存在していることを前提に、現場からどこまで変えるのかが模索されるのが通常である」とあり、「既存の実施主体には人材もさることながら、ノウハウも蓄積され、対象集団との関係も築かれている」として、「融合型の地方自治が基調の日本では、多様な行政事務を自治体が実施する。それゆえ、新しい政策であっても、自治体の人的、組織的資源を活用することが可能となっている」と説明されている。
私は既存の行政機関を活用して政策を実現するのは構わないが、「お米券の配布などの余計な仕事の押し付け」をするだけでなく、「給食無償化」ではどさくさ紛れに費用負担までさせようとしている今の政権は火事場泥棒である、と説明したが、地方交付税不交付団体の立場に立つと、火事場泥棒の度合いが強まる。本当にやるなら火事場の強盗そのものである。