選択的夫婦別姓、賛成者の方が反対者より多いのに実現しない理由
選択的夫婦別姓に関する様々な世論調査の結果を見ると、世の中においては、賛成者の方が反対者より多いと言うことが明確に見てとれる。
一方で、選択的夫婦別姓が国会で法制化されるかというと、そのような兆しは全くない。
なぜこうなるのかを算式で考えてみよう。
まず、賛成派は人口は多いが、消極的賛成が多いことが様々な統計から現れている。多くの人は、そのような事は許されるべきだが、自分はあまり関係ない、あるいは自分はそういう判断を積極的にはしないと考えている人が含まれている。
一方の反対派は、賛成派より人口は少ないが、価値観などから強烈に反対をしていることがSNS等から見てとれる。反対はそのような事は許されるべきではなく、自分たちも当然そのような事はしないと考えている。
これを政治家の法制化するための期待効用として、比喩的にケースに数字を入れながら具体化してみよう。
政治家の期待効用を U とすると:
U(法制化) = (賛成派人口 × 0.3) - (反対派人口 × 0.9) - (党内調整コスト)
このようなイメージ(係数はあくまで比喩というかある種のでっち上げ)。
賛成派の「0.3」は、彼らが実際に投票行動で報いる確率・強度。
反対派の「0.9」は、彼らが投票で確実に罰する確率・強度。
党内調整コストは、議員間の対立処理に費やす手間、政治的キャピタル。
この式がプラスにならない限り、合理的な政治家の多数派が「現状維持」を破るメリットはない。
これはかなり乱暴な算式だが、現実をある程度反映していると思う。カーネマンらが提唱している行動経済学には「損失回避性(Loss Aversion)」という基本法則があるが、人は「得をする」ことよりも「損をする」ことに約2〜2.5倍敏感だと言われている。
そして、政治家には損得で動くタイプと損得以上のものを考えるタイプがいることが予想できるが、選挙で長期間生き残るのは合理的に判断する政治家だろう。つまり、政治家は基本的には現状維持を選ぶ。
ではこの変化はいつ起きるのだろうか。
これもケース分けしてみた。
1.賛成派の「強度」が上がる(例:国際批判・経済損失の可視化、問題が「切実」になる)
2.反対派の「拒否感」が下がる(例:価値観が変化する)
3.反対派の「人数」が自然減少する(高齢層の代替わり)
4.アジェンダとしての関心が総体的に上がる(例:大きな社会事件や国際的な人権評価のきっかけ)
現状で言うと、反対は高齢層が多いため、彼らがこの世を去り、違う価値観を持った人々が社会において割合を増すと変化する可能性が色濃くなってくるだろう。
人が変わるかというと、皆さんが自分自身を顧みればわかるように、人間と言うのは、そうそう変わるものではない。
よって、現状維持は当面続き、積極的な反対派がこの世を去ったところで、法律が変わるのではないかということが予想できる。
「待てということですか」という問いにはこう応答すべきだろう。
変わる時期自体は社会における運動や政治家への働きかけで前後することもある。
落選すればただの人、とは政治家を指すが、正しいかどうかよりも損得で動く政治家が生き残るなら、正しいことはさほど力を持たないかもしれない。
選んでいるのは有権者である。
逆に言うと、損得で動かずに政治にかかわると本当にしんどい。長く続けると確実に身を削るのが実感である。
連合「夫婦別姓に関する調査2025」
朝日新聞の2025年電話調査
生活保護の医療扶助で「自己負担」を求めることは意外に難しい、その理由
生活保護と医療費の一部自己負担は意外に制度的な相性が悪い。それは、生活保護の支給額が積み上げ方式で計算されていて、それは全額使い道が決まっている、という立て付けだからだ。一方で医療扶助は現物支給。つまり、仮に自己負担が一回500円だとして、その500円の原資が生活保護費の計算モデル上存在しない。自己負担を導入すれば、「制度上の想定外の支出」が発生し、それは事実上の生活扶助の減額(=最低生活費を下回る可能性)と同じことになる。場合によっては違憲(日本国憲法第25条の生存権との抵触)ということになる。よって、自己負担ではない方法で無駄な診療をなくす努力をするしかない、というのが制度との整合性という意味では正しいということになる。
自己負担を求める、という政策を主張する人はこの無理を知っていて見て見ぬふりをしているか、知らない、ということになる。もちろん受けはいい。しかし、制度というものは建付けがあり、整合性が必要である。でなければ制度全体の信頼性が危うくなる。
前に挙げたように、自己負担以外でも無駄な受診の抑制をする方法はあるので、そちらを実施してもらえばいいんだよね。それが制度の根幹を守るということであり、同時に現場の負担を増やさない道でもある。
一見、効率が良さそうな案が重大な憲法リスクにつながったりもするのが福祉制度の難しいところ。
東日本大震災と津波の経験を伝える「震災遺構 中浜小学校」へ
東日本大震災と津波の経験を伝える「震災遺構 中浜小学校」に行ってきました。

本震の前の群発的な地震の時に避難経路を確認し、しっかりと学習にも取り入れて備えていた学校の体制、それを踏まえた垂直避難の判断、一方で津波警報の10メートルを大きく上回る第三波がたまたま引き波とぶつかって崩壊して10メートルで済んだ幸運、
いろんな要素があってこの場所に避難した人々は全員が生還しました(個人的にここを教育にお勧めするのは、全員が生還した施設だからです。たくさんの方が亡くなられた施設よりは心のダメージが少ないからです。学べることにはさほど差はありませんので)。
校長先生は、事前の嵩上げの高さや校舎の高さと津波警報の予報を踏まえて判断したとコメントしています。
皆で避難した屋上には小屋があり、そこに収納していた運動会などの行事用のグッズから敷物を用意したり、簡易トイレを作ったり、水浸しになった校地内で、事前に町から配布されていた防災毛布が無傷で見つかり、これが寒さから皆を救った幸運もありました。
一方で学校に残された津波による破壊の痕跡は圧倒的で、当時の映像がまざまざと思い出されました。
ちなみに当日、10分後に津波が来るという予報を踏まえて避難を断念した中学校にも行ってみましたが、確かに避難には遠く、その点を事前にも確認していた学校側の体制はしっかりしていると感じました。
ただ、津波が来たのは予報より遅かったため、隣の小学校は中学校に避難し、彼らも無事だったので、どちらが正解だったのかは分かりません。いや、正解はない中で、この2つの学校の関係者はベストを尽くしたんですね。
下記はホームページより。
「開校以来、地域とともに歩み、愛されてきた中浜小学校
平成23年(2011年)3月11日、屋上に避難した児童と教職員、保護者ら90人の命を守り抜いた校舎は、津波や高潮への対策が事前に施されたものでした。
中浜小学校は内陸の坂元小学校と統合され、平成25年(2013年)に閉校となりましたが、山元町では宮城県南部に残る唯一の被災建築物である校舎の保存・活用を決定
大津波の痕跡をできる限り残したまま整備し、震災の教訓を風化させず、災害に対する備え、意識の大切さを伝承する震災遺構として公開しています。」
入場料大人400円。語り部の方の説明が聞けました。
九都県市会議は協力ゲームに
東京一極集中の議論は私が大切だと思っている、大きな観点が二つあり、一つは東京集積に効率性があるのなら、それはそれでいいのではないか、という観点。もう一つは、それはそれていいとして、インフラの負担など、いろいろと近郊都市や地方都市の立場もあるので、パイはちゃんと配分しようや、という観点ですね。
(さらに、東京に人と水、電力、食料などを送り込むもっと遠い地方との関係もそうであるべきなんですよね。)
前者は、さらに効率的な強い東京を作るにはどうしたらいいのか、という議論につながるとともに、東京一極集中のリスクを踏まえて、バックアップシステムとしての行政の場や、東京に大災害があった時などに、それで日本経済が滅びない程度に強い、いくつかの経済圏を東京から十分に離れた地方に作る、という論点につながり、後者は、強い東京に協力する地方には、それなりのパイを配分する必要がある、という論点につながります。
いずれにしても、教育環境の格差など、生活格差を首都圏内で大きくすることは得策ではないですし、首都圏のグレート東京としての強さを作るためにも首都圏内の格差は何とかする必要があります。
ここの整理がいま一つできていないのが九都県市会議の弱さだと思います(議論していないと主張しているわけではありません。その観点がもっと前面に出てくるべきなのです)。東京から奪う、ではなく、東京とともに栄え、分け前もちゃんといただく、共存共栄が不可欠です。
和光市で言うと、北インターにできた流通系の施設はべつに和光市をターゲットにしたものではなく、首都圏を潤すものです。行政の境は人為的なものであり、便宜的なものにすぎません。
ちなみに、東京を弱くする、という考え方も理論的にはありますけど、その分、大阪や名古屋、福岡が補完できるかどうかってのはやってみなければわかりません。
花粉症ゼロも、満員電車ゼロも、ゼロにはできなくても改善すればそれは都民だけでなく首都圏全体のメリットになります。そういう方向性を都民だけでなく、首都圏の住民が期待した、ということを忘れてほしいくないですね。

(問) 少子化は「政府の頑張り」で終わらせられる?
(答)
否。なぜなら、少子化の本質は「人口転換」という社会の構造問題だから。
そもそも人口転換とは何か?
図(出所 国土交通省)を簡単に説明しましょう。

①転換前:多産多死の伝統社会
昔はたくさん子どもが生まれ、たくさん人が亡くなりました。出生率・死亡率ともに高い状態ですね。
②転換期:まず死亡率が下がる
産業発展、生活水準の向上、医療技術の発達により、特に乳幼児死亡率が低下します。
このとき、出生率はまだ高いまま。
➡ この「ギャップ」が急激な人口増加を生みます。
③→④転換後:出生率も下がる
以下のような理由で出生率が低下し始めます。
乳幼児死亡率の低下 → 「働き手としての子供の補充」の必要性が減る
社会保障の発展 → 「老後の備えとしての子供」の必要性が減る
女性の社会進出 → 子育ての機会費用が増える(少なくとも、より手厚く育てる)
こうして少産少死の社会へ移行します。
そしてここで出生率がさらに下がるか、死亡率が上がると、人口は減少します。
ポイント:歴史的なタイミングの違い
この図で特に重要なのは、②(死亡率低下の開始)が歴史的に遅い国ほど、その後の変化が急速になるという点です。
つまり、後発で近代化した国・地域ほど、②→③の経過時間が短く、人口増加が急激になる。
その急増の反動で、後の少子化・人口減少も急になることが多い。
だから何が言えるのか?
子どもは今より増やせる可能性はあります。
しかし、そこには限界があります。できることにも、効果にも、限界があるというわけ。
なぜなら、人口転換は政策だけで完全に逆転できるような単純なものではないから。
にもかかわらず、社会全体にこの構造の理解がないと、次のような悪循環が起きる。
政治家が「子どもを増やします!」と、意味のあるのかわからないばらまき政策をやり続け、税金はどんどん捨てられていく。
有権者も効果があるかわからないけれど、なんとなくお金が配られるから「ま、いいか」となる。
まとめ
・少子化は「頑張り不足」の問題ではない
・人口転換という社会の構造を無視した議論は無駄を生む
・できることは限られているという冷静な見積もりが大切
「少子化対策」を語る前に、まず、ひとりでも多くの方々とこのグラフの意味を一緒に考えてみたいところですねえ。
図出所:国土交通省










