2017年09月01日

市役所の三役、議会議員の給与等に関する条例の改正案を議会に提出しました

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今回の定例議会で一つ、市民の関心の高い条例案を提案しましたので、ご紹介します。
それは「市長及び副市長の給与等に関する条例等の一部を改正する条例を定めることについて」。内容はすでに報道があった市長、副市長、教育長、議長、副議長、議会常任委員長、議会運営委員長、議員の給与(議会関係は報酬)と期末手当を上げさせていただく、という内容です。

 

端的に申し上げますと、私の年収はこの条例が通過しますと、就任9年目にして初めて前市長さんの年収とほぼ同じになります。

 

1.改定は報酬審議会の答申に依拠しています
三役と議員の待遇については、基本的には特別職の報酬等審議会を開催し、その決定に従うという形をとっています。ただし、私の任期の三役の特別減額は私の政治的な意思表明である公約を踏まえていますので報酬審議会の意見は求めてはいません。

 

2.市長の年収は前市長並みの水準に戻る内容です(現状は県内最下位)

本給部分については、私は就任時の金額に戻ります(ただし、1期目25%、2期目20%カットでしたので、21年の就任時には635,250円、その12月に627,750円、翌22年には620,250円、23年には616,500円となりました。25年5月の2期目は657,600円でスタート、27年4月1日から29年の任期までは661,600円でした。3期目は初めて給与を満額いただいておりますので、現在の給与は827,000円です)。来年4月から847,000円です。

また、副市長は空席が続いていましたが、24年4月に就任し、当初は533250円、25年10月から568,800円、27年4月1日からは572,000円、副市長が交代した28年4月1日からは643,000円です。
今回、条例が通れば10月からは715,000円、来年4月からは725,000円となります。

教育長は24年9月までは711,000円、10月から639,000円。今回条例が通れば10月からは683,000円、4月からは693,000円です。

また、期末手当は三役ともに21年11月までは月給の4.4か月分をいただいていましたが、12月に4.05か月分に下げました。22年には3.85か月分にさらに下げておりました。ちなみに、期末手当は24年度から2年間は三役、議員ともさらに3%カットしました。
これは4.3か月分に戻します。これにより、三役については前市長の時代の水準にほぼ戻させていただくことになります。

 

3.実質的に県内最下位の議員の処遇が改善されます

議員報酬の月額部分(いわゆる月給に相当)については平成23年12月にそれまでの水準からそれぞれ1万円減額、27年には4月から1万円下げていたものを元に戻しています。今回はさらに1万円それぞれ上乗せし、議長427,000円、副議長382,000円、議会常任委員長、議会運営委員長367,000円、議員357,000円に20年ぶりの増額とさせていただきます。
また、期末手当は21年11月までは3.55か月分、12月から3.20か月分、22年12月から3.00か月分となり今に至ります。

4月1日時点と改定後の県内40市での比較(本則)では、年収で市長40位→35位、副市長39位→36位、教育長39位→30位、議長、議員は39位のまま、副議長は39位→38位、委員長は31位のまま、となります。ちなみに、和光市の人口規模は26位です。

 

私の今回の改定(増額)への考え方については、議会の審議前ということもあり、多弁は控えなければなりません。そこで、報酬審議会での冒頭のあいさつを転載させていただきます。
なお、最低限申し上げますと、ここのところ、地方議員の担い手不足の問題が全国で大きな話題となっています。一方で、和光市議の待遇は、私が給与カットをするたびにある意味、付き合っていただき、その結果、近隣市や県内の同規模の市より大幅に低くなっています(議員で比較すると同規模の行田市より年収で約20%、飯能市より19%低い。ちなみに、市長は本則で行田市より約18%、飯能市より14%低くなっています。お隣の区議さんの55%前後です)。

「本日は和光市特別職報酬等審議会にお忙しい中お集まりいただき、また、委員をお引き受けいただきありがとうございます。
さて、この審議会ですが、市議会議員の議員報酬及び常勤の特別職の給料の改定に際しては、条例に基づきまして、あらかじめ和光市特別職報酬等審議会に諮問することとされております。また、直近では平成27年度に審議会を開催させていただきました。特別職の給与でありますが、和光市は県内他市と比較し低額であり、特に議員については、県内の市の中で一番低い金額となっております。このため、県内各市との均衡に配慮し、また同規模団体と
の同じ程度の待遇を確保するために増額についてご検討いただき、その皆様の意見を踏まえて方向性を決めていきたいと考えております。
また、期末手当については条例では対象となっておりませんが、実質的には、給与全体の中で待遇を形成するため、あわせてご意見を伺いたいということでございます。」

なお、報酬審議会のリンクを貼らせていただきますので、議論の詳細や資料に興味をお持ちの方はご覧ください。

http://www.city.wako.lg.jp/home/shisei/shokuin/_5853/gyo_machi_3_1_007.html

 

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2017年08月25日

夏期巡回ラジオ体操会へのご出席ありがとうございました!

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22日はNHK夏期巡回ラジオ体操会(全国放送のあれです)が和光樹林公園で開催され、2000人近い皆様(放送の発表では1700人でしたが、1800用意した記念品は全然足りませんでした)とラジオ体操をご一緒させていただきました。
この芝生広場でやりたい、と平成26年度から応募し続けてようやくの実現です。
皆様、早朝からありがとうございました!
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2017年08月21日

全国青年市長会総会・視察で熊本へ(後半)

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17日のご報告(後半)です。青年市長会の総会後には「セカチュー(世界の中心で愛を叫ぶ)」で有名な映画監督行定勲さんの講演がありました。
セカチューの四国ロケの経緯や効果について、地方ロケにこだわった理由やロケ地を選ぶ条件等について、実務的なところにとどまらず、映画作りの本質にも触れながらためになる話をうかがうことができました。
 
そして、熊本を舞台とした映画「うつくしいひと」が生まれた経緯や、結果的に震災前の景色を残した貴重な映像として熊本市民に勇気を与えているという話からは一流の映像の力を思い知らされました。
さらに、熊本地震6か月後に撮影された「うつくしいひとサヴァ?」続編。この続編の撮影を決めるまでにはやはり、相当な葛藤があり、また、ロケ入りした際にも被災者との葛藤があったとのこと。当然ですね。そして、その際の「ドキュメンタリーとしてカメラを向けたら絶対に発言としては出てこない、しかし、本当に大切な言葉(そのまま映画で使われた)」をからめて、物語というある種のフィクションで震災の記録を残すことの意義をお聞かせいただきました。
 
熊本震災直後には、熊本では数百年ぶりの大震災、という誤った報道がありました。熊本市民もそう思っていたようですが、実際には、明治22年、熊本市が市制を施行した年に大地震があり、石垣なども崩落して、補修されているそうです。それがおよそ120年という、あっという間に風化してしまいました。
 
監督は「もし」と興味深いことを言われました。夏目漱石が熊本で五年間暮らしたことは知られていますが、それは明治の熊本震災の直後でした。ただ、漱石の名作に熊本震災にかかる記述はありません。もし、漱石の作品に熊本震災への詳細な記録があれば、震災の記憶がここまで風化することはなかったのではないか、との指摘には頷かされました。
だからこそ、「うつくしいひとサヴァ?」の撮影に臨んだのですね。
 
ちなみに和光市でよくロケがあることを踏まえて売り込んだところ、「東映が近いですからね」とご存知だったご様子。いずれ、作品に登場すると嬉しいのですが…。
 
なお、大西熊本市長からは「震災直後に多数の職員を派遣していただき本当に助かりました。感謝の意を和光市の皆様にお伝えください」とのメッセージをいただきました。

 

 
 
 
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2017年08月19日

全国青年市長会総会・視察で熊本へ(前半)

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時間がたってしまいましたが、17日のご報告(前半)です。
 
 当日は、全国青年市長会の研修として、熊本城の被災と復旧の状況を視察、場内の立ち入り制限地区も含めて状況を拝見しました。20年、300億円というスケール感で「創造的復旧」が行われます(100年スパンで江戸末期の姿に戻すことを目指す)。
 石垣については、テレビ報道では加藤清正が作ったものは壊れていない、という誤った認識が流れましたが、実際には角度が急だったり高さがあると壊れやすく、他にもさまざまな要因がありましたが、「壊れやすいものは壊れている」とのことでした。また、明治の震災で壊れたところは陸軍工兵隊が補修したため、再度壊れたところが多いようでした。
400年前の姿をとどめている宇土櫓が今回、崩壊せずに残ったのは加藤清正だから、というコメントもこれまたテレビではあったそうですが、実は後世に入れられた金属製のブレスが効いた、とのことで、木造建築へのブレスによる補強が効いた、というごくごく普通のお話でした。
 
 昼食時には、大西熊本市長から、震災直後の状況等について示唆深いお話を直接聞かせていただきました。
 熊本震災直後、緊急携帯が全く役に立たなかった話、市の食料備蓄のやり方の課題(和光市も取り入れているスーパー等との事業者との協定によるやり方が無駄がなくて良い)、救援物資の物流などの扱いは事業者に依頼すべきであるという話(和光市も取り入れている)、備蓄センターを集約したことによる弊害等々。
こちらの情報収集で把握していることもあるのですが、市長の実感をお聞かせいただき、大変参考になりました。また、震災後の取り組みの記録を参考にいただけることになっているので、阪神淡路以来の都市型の巨大震災の貴重な記録として、大いに参考にしたいと思います。
 大西市長も長岡市長(森前市長)の記録をかなり参考にされたとのことでした。
(後半に続く)
 

 
 
 
 
 
 
 
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2017年08月13日

いかなる地域においても、和光市の地域包括ケアを「そのまま輸入」するのはお勧めできません

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以前にも少し書いたのですが、和光市の地域包括ケアや介護予防の悪口を激しい口調でお書きになっているツイッターなどのエントリーがたまにですがあります。
基本的にほとんどの方が他の地域の高齢者福祉の現場の方です。
共通するのは和光市の現場を直接的には知らない方で、和光市のやり方は無理だと思っています。
そして、地域に和光市方式らしきものが導入されそうだ、ということについて、違和感とか嫌悪件を持たれるようです。

 

ただ、はっきり言って、和光市では和光市のやり方をそのまま導入することはおすすめしておりません。和光市で成功したやり方であっても、地域が異なればうまく行くとは限らないからです。
また、和光市の現状と和光市の危機意識、特に人口の流動性の激しさや、地域社会の繋がりの稀薄さを踏まえた私たちの取り組みについて知らない方の上から目線の批判は本当に残念です。

また、私が介護の専門職ではないことから、「和光市長は素人だから分かっていない」とおっしゃっておられるケースもありますが、私も職務上のさまざまな場面だけでなく、身内の介護等の経験から和光方式については身をもっていろいろなことを感じ、その感じたこともフィードバックさせていただきました。


和光市では、役所と地域の方、地域団体、事業者が懸命にコラボして、妊娠からこの世を去るときまで、地域の繋がりの実感のなかで生きていけるよう、様々な仕掛けをしています。

 

もちろん、和光市では、常に変化を恐れずチャレンジするよう、関係者一体となってさらなる努力をする所存です。

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