ゼミ生が片岡聡一総社市長にインタビュー
「調べて、インタビューして、書く」。それを積み重ねて調査能力、コミュニケーション能力、表現力を鍛えていく、というのが私のゼミのコンセプト。最終的には商業媒体にも耐えうる記事を学生が作り上げます。
ただ、魅力ある記事を作るにはインタビューに応じていただく方の魅力が不可欠です。いろいろと迷いましたが、政治家としての軸がしっかりしており、魅力ある人柄であるとともに、読みたくなるエピソードがある人、ということでまず最初にお願いしたのが片岡聡一総社市長でした。
ゼミ生にはすでに、片岡市長の講演を聞かせていただいたり、巷にあるいろいろな資料を探すとともに、総社市のリーサスを実際に触ってみるなど、街の特徴にもアクセスしています。
本来、がっつり総社市を歩いてから、とも思いましたが、そこは私が補うとして、昨日、片岡市長にzoomインタビューにご対応いただきました。正直、私も全然知らなかったエピソードも続出し、同時代を少し後から生きた私としても大変楽しいひと時でした。
私はあくまでも脇役なので、聞き役に徹し、学生たちが事前に用意した内容を中心にインタビューを敢行。これから、メインの担当を務める学生が素案を作ります。
記事が公開されたら改めてご案内しますが、あらためて、快くご対応いただいた片岡市長に心から感謝申し上げます。
レモン市場とピーチ市場
地域政党本『情報オープン・しがらみフリーの新勢力』がまもなく発売~分担執筆書発売のお知らせ
序論の部分を琉球大学の島袋純先生とともに分担執筆した地域政党本『情報オープン・しがらみフリーの新勢力』がまもなく発売という運びとなり、現在、予約受付中です。
執筆を分担した地域政党の一覧については裏表紙の画像参照。興味のある方はぜひ、お買い求めください。地域政党の可能性や現時点での課題について、さらには国政政党(およびその陣営)に所属しない地方議員の熱い思いや活動についても楽しく読み取ることができます。
私は「第1部 地域政党の存在意義」のうち前半の「議員主導型地域政党vs首長主導型地域政党」を執筆しました(後半の島袋先生の議論は沖縄の地域政党の歴史と課題を端的に論じており必読です。とくに「ひろゆき」氏に)。他の部分については、何しろ多様な地域政党があり、私がその中身について意見することでもないので、あくまでも私はいち執筆者であるということをお断りしておきます(それだけ自由な内容です)。
地域政党とは、という概念については金井利之先生の議論を引用し、土台にしました。単行本の一部ということで金井先生の議論であることは明記したものの、謝辞が書けませんでした。あらためて引用させていただいたお断りとお礼を申し上げます。
財政錯覚の論点。財政黒字のための努力は痛みがリアル、財政赤字防止の努力のメリットは見えづらい
財政錯覚が起こり、(特に政治が)財政赤字に易きに流れる構造については、古典で申し訳ないが、ブキャナンの議論で尽きている。大昔に書いた著作の一部からそのくだりを転載する。
ジェームズ・ブキャナンらは『ケインズ財政の破綻』(1) で国家財政における黒字予算と赤字予算の比較を行うことで、この誘因がうまれる源泉について考察を行っている。
ブキャナンらによると、黒字予算については「予算が黒字を出すためには、多かれ少なかれ国民が直接的な負担をしなければならない」ものの、「予算が黒字を出すことによってインフレを防止することができ、結局は人々の得になる」。だが、「黒字予算が直接もたらす結果は、現在享受している消費水準の低下」であり、もたらす利益は直接経験されるのではなく、頭の中で想像されなければならない。
また、もたらされる利益はマクロなものであり、個人への直接的な、ミクロな影響については想像力を巡らせるしかない。
一方で、「赤字予算を編成すれば、課税の裏付けがない歳出が可能になる」。黒字予算と決定的に異なるのは、現在享受している消費水準は低下しないということである。「赤字が減税によるものであるか、または歳出増加によるものであるかによって、国民が受ける利益の配分は当然異なってくる」ものの、これはさしたる問題ではない。なぜなら、「黒字予算との決定的相違点は、赤字予算には直接的に得をする人ばかりがいて、損をする人がいない」からである。
赤字予算の問題は後で露呈する。「やがてインフレが発生する時点になって、赤字予算のため間接的に損をする人がでることになる」ものの、これはあくまで「将来のインフレ」であり、推測するしかない「将来の生活水準低下」なのである。
ブキャナンらはケインズ派のパラダイムを受け入れた国家財政においては「財政が景気を刺激するバイアスが強まり、同時にインフレを防止・抑止する力を弱める方向のバイアスが増大した」とする。これが、財政負担が同じでも調達手段を税にするか、借金にするかによって負担感が異なるという財政錯覚の論点である(2)。
(1)ブキャナン、バートン、ワグナー(1979)『ケインズ財政の破綻』日本経済新聞社,pp31-35
(2)佐藤主光(2009)『地方財政論入門』新世社、p244





