夏の花々、父のてんかん治療
休日の午前中にはなるべく父を散歩に誘うようにしています。ただ父は母ほど散歩が好きではなく、「今日は腰が痛い」だの「膝が痛い」だの言ってさぼりたがります。でもアジサイの咲いていた間は不思議といやがらずに出かけました。どうも母の霊?が生前大好きだった近所の公園のアジサイにとりついているようです(笑)。
住まいのある集合住宅裏手に咲くガクアジサイも母が「きれいだねえ」と喜んでみていたものです。
アジサイが終わるころ、同じ公園の中のムクゲも咲き始めました。子供の頃住んでいた家にもちょうどこれと同じ色のムクゲがあったと父に話しました。
父は「そうだったっけ」と記憶していないようですが。
ムクゲの樹が花でいっぱいになると急に百日紅の樹も彩られます。百日紅は咲き始める直前までわりと地味で、緑は青々としているけれど花が咲きそうに
見えないことに気づきました。
父は家からいちばん近い内科からてんかんの薬を処方してもらっていましたが、何十年も発作は起きていないのでできれば服用をやめたいと考えていました。しかし内科では薬を出し続けるだけで服用をやめてもいいかどうかの判断をすることはできません。そこで7月末、ネットで私が見つけたてんかん専門医に連れて行きました。
とても親切な先生で、子供時代から始まった父のてんかんの話を熱心に聞いて下さいました。その先生の指示でMRI検査を受けたところ、「八十代半ばに
してはまれな状態のよい脳で発作の原因になるようなものは見当たらない」とのこと…父は薬を減らせて喜んでいます。私は介護人生?の先が長そうだなと
考え込んでいます(笑)。
信州からの桃
七夕のお願いをした…と思ったら、8月になってしまいました。
ブログに書きたいことはいろいろあるのですが、実は6月末に
バス停近くで急いで走っていたら転倒してしまいました。
始終転んでばかりいる後期高齢者の父を笑えません。
その時、左手首を地面にぶつけ、整形外科に行ったところ、骨折はありませんが、2週間たっても腫れと痛みがとれないので電気をあてたり、
マッサージをしてもらうリハビリに通うはめになりました。
そんなこんなで7月の4連休も父をペットショップとMRI検査に
連れて行った以外の時間は休養にあてておりました。
そこへ届いたのは信州の友人が送ってくれた桃。家族でおいしく頂きました。

高校時代、電車で通学していました。春には車窓から花咲く桃の畑が
見えます。まるでピンク色の霞が漂っているようでした。 以前、
友人と戦国時代の話をしていて川中島の合戦の史跡の近くで
育ったというと、「歴史の香りがするところなの?」と尋ねられ、
「今の川中島はどちらかというと歴史より果物の香りがする」と
答えました。
昔話の『桃太郎』は元は桃から子供が生まれるのではなく、
川に流れてきた桃を老夫婦が食べたところ、若返り、出産可能
年齢になったおばあさんが産んだのが桃太郎なのだそうです。
出産はしなくてもいいけど(笑)。私も桃を食べてブログを書くのと
部屋の整理ぐらいはできる程度に元気になりたいものです。
七夕のお願いごと―旅行に行けますように
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9月に関西に住んでいる友人と軽井沢へ行こうという
話になっているのですが…首都圏ではなかなかコロナウィルスが
おさまらず、どうなることか。
私は今のところ、仕事など日常的にはなんとか無事に過ごしています。
ただ高齢の父に万が一のことがあってはと思い、食事はすべて
自分の部屋に運んで食べています。 父からはいつまで
そんなことを続ける気なのか?と言われておりまして。
世界中にひどい禍をもたらしたウィルスではあります。
でも一方でこんなことも考えます。ウィルスには
国境もないし、どんなに権力や財力や名声を持っている人も
感染する時はします。 世界を動かす政治家の中にも
発症した人はいます。
だからこのウィルスが今、いろいろな国を治めている人々に
これまでのやり方を考え直すきっかけになれば
いいのではないかと。争い事をやめたり、おそろしい
武器を作るのをやめたり、コロナ以前より世界が
平和になる方向へ歩んでくれたら…。
アガサ・クリスティ『鏡は横にひびわれて』―映画と原作のちがい
早川書房クリスティ文庫 2004年
早川書房サイト
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/320042.html
探偵好きな独身の老婦人ジェーン・マープルの住むのどかなセント・メアリミードにアメリカの映画スター、マリーナ・グレッグが引っ越してくることから展開するミステリー。
マリーナとその夫ジェースン・ラッドの住まいはミス・マープルの親友、バンドリー夫人が昔住んでいたゴシントン・ホール。そこで催された野戦病院記念パーティの最中、出席者の一人ヘザー・バドコックが急死。死因は鎮静剤として用いられるが量を間違えると危険な薬カルモ―が入ったダイキリを飲んだため。そのダイキリが本来マリーナのために作られたものだったこと、マリーナへ脅迫状が届いたり、
コーヒーに毒物が入っていたことから命を狙われているのはマリーナでヘザーは人違い? かねてからマープルの名探偵ぶりを知るダーモット・クラドック警部が捜査を進める中、ジェースンの秘書エラ・ジーリンスキー、執事のジュゼッペも殺されてしまうのです。
これを原作とした映画『クリスタル殺人事件』がNHKBSで放送されたことから読み返してみました。ごらんになった方はご存じかと思いますが事件の核心にはある伝染病が絡んでいます。今年猛威をふるっているコロナウィルスとはちがいますが、事情によっては人の運命を左右する病。ご時世にあった放送とも言えますね。初めてこの映画をやはりテレビで視た時、解説者、確か高島忠夫だったと思いますが「犯人が誰かはすぐにわかります。エリザベス・テーラー(マリーナ役)とロック・ハドソン(ジェースン役)の愛のドラマとしてごらんください」と言っていました。
原作はミス・マープルが窓から庭を眺めて、以前のように自分でガーディニングが出来なくなった体と村の変容を思うことから始まります。そしておせっかいすぎて気に入らない付添婦ミス・ナイトの眼を盗み、新興住宅地の様子を見に出たところ転倒してしまうのです。ミス・マープルは最初に登場した『牧師館の殺人』や『火曜クラブ』の頃から年月が経ち、一人歩きは危険な、日本でいうところの後期高齢者になっているようです。作中では登場人物が「この村には有名な名探偵のご婦人がいるがもう亡くなっているかもしれない」と言ったり、同じくゴシントン・ホールが舞台になった『書斎の死体』事件を回想する場面も出てきます。
映画でマープルを演じたアンジェラ・ランズベリーは当時55歳、髪を真っ白にして実年齢よりは年老いているように演じてはいますが後期高齢者には見えません。やはり映画の最初で転倒しますが、それは少年の連れていた犬のリードに足を取られてのこと。足を傷めたためマープル役は事件の現場に居合わせることができず、その場にいた人々の話を聞いて推理していくことになります。この点は原作通りにしないとまずいでしょうね。
転倒したミス・マープルを助け起こし、家に招き入れてお茶とビスケットを振舞ってくれた40代くらいの女性、それが事件の被害者ヘザー・バドコック。つまり善意に満ちた親切な女性、野戦病院協会幹事など地域でボス的な役割も果たしており、一見するとあまり殺人のターゲットになりそうに思えません。捜査線上にはヘザーの夫アーサーやアーサーに気があるかもしれない隣の未亡人、以前男性を取りあったこともあるライバル女優のローラ・ブルースター、マリーナが数年間養子としたけれど、実子を妊娠したとたんに遠ざけられた女性カメラマンらが浮かび、映画よりずっと複雑です。
ミス・マープルはヘザーは親切だと思いつつ、ある違和感を感じていました。それは人の気持ちがわからないところ。マリーナの長年のファンであるヘザーはパーティでもマリーナに戦時中、舞台出演中に会いに行った時の話を興奮して一方的にまくしたて、周囲を退屈させていました。女優ではないけれど
クリスティの周囲にもヘザーのような、熱烈なファンしてはありがたいけれどあまり接触が望ましくない人がいたのかしら?
これ以上書くとネタバレになりますが、新興住宅地のおしゃべりな主婦ヘザーとかつての大スター、しかしあることから精神を病み、第一線を退いたマリーナ、この二人の女性の性格から起きた悲劇です。
バントリー夫人が自分が昔住んでいた屋敷に招かれ、映画人夫妻向けに改装されているのを見てまわり(なんと浴室まで見る?!)、「この家を手放したことは
賢かった、家というものにさかりを過ぎる時があり、表面は飾りたてられているけれど何の役にもたっていない」と考えるくだりも私には味わい深く読めました。
マリーナもヘザーもミス・マープルとその友人たちにとっては昔はいなかった存在。時代の変化、有名人とそうでない人の人生などが描き出されたミステリー。
『クリスタル殺人事件』をごらんになって「配役とセットと衣装は豪華だけど、底が浅いメロドラマ」と感じられた方もスルーしてしまうにはもったいない小説です。
夏至の日に―白魔術と仏教?
手元にある白魔術の本に夏至は植物のパワーが最大限になるので
大切にされ、長く生きている樹に触れるとよいとありますので、
近所の神社の御神木に触れに行きましたが…
なんと工事中で境内立ち入り禁止。
しかたがないので神社近くにある公園のケヤキに触れてきました。
もちろんその後で手を洗いましたが。
母とよく車いす散歩で行った公園。アガパンサスやランタナも
咲いていました。
また夏至に入手した花はドライフラワーにして保存すると夏の間の
お守りになると言いますので、近所の花屋でオレンジのスプレーバラを
買いました。一本300円でたくさん花がついていてリーズナブル。
2018年に亡くなった母と高島屋のばら展に行ったことを思い出しながら
仏壇にも。
「トゲのある花は仏壇はダメ」と母の隣の位牌の祖母に
怒られそうですが、茎も細く、トゲは目立たない品種なのでいいかと。
これは今年初の試みですが、「夏至にもらったりんごは美容と健康を
守るので、友達とプレゼントしあう」とよいとのこと。友だちを
巻き込むのは煩わしいので、スーパーでジャズりんごを買い、
仏壇に供えました。
しばらくしてから仏壇から下げて、家族3人で食べました。
仏様とプレゼントしあったということで…
これがうまく行ったら?仏教と白魔術を融合した新宗教でも
作ろうかと…菩提寺の和尚に叱られるかな。
今日はおむつの日
赤ちゃんのおむつ変えたこと、ある?
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半七捕物帳〈4〉(光文社時代小説文庫)より『金の蝋燭』
足腰の痛みを訴える父のために毎朝、足のツボに灸をしています。点火した蠟燭にピンセットではさんだ簡単灸をかざして火をつけ、ツボにはりつけるのです。
先日、納戸を整理していたらいつ買ったものやら金色の蠟燭が出てきました。これを朝のお灸に使い、その後火を消したのですが、しばらくしつこく煙が出続けて困りました。この蠟燭はクリスマスなどに飾るためのもので、火をつけて使うには不向きなのかな
などど思っていたら『半七捕物帳』に『金の蠟燭』というお話がある
のを思い出しました。
この物語の蝋燭はは見かけが金色なのではなく、、金無垢の延べ棒の上に蠟を流しかけて蠟燭に見せかけているもの―4月の夜、両国橋から身投げした三十二、三の小粋な女房が抱えていたのがこの『金の蠟燭』だったのです。同じ安政2年の2月、江戸城本丸の金蔵から4千両が盗まれる事件が起き、それと関係があるのでないかと半七と子分の幸次郎が探索に乗り出します。
女房を死に追いやったのは夫が茶屋の娘に夢中になったから。その娘は夫婦が言い争い、女房が亭主をにらんで「あたしが死んでも蠟燭が物を云うぞ」と口走るのを聞いていました。蠟燭は何を言うのでしょうか?
峠のふもとで茶店を営み、つつましく平穏に暮らしていた二人が
ひょんなことから悪事に手を染め、金貸しとして江戸で裕福な生活を実現したものの、愛のもつれから破滅してしまいます。
身投げする前に女房は貧しくも仲睦まじかった頃のことを
思い出したのでしょうか?
半七たちと橋番、茶屋の女、金貸し夫婦の家の女中らとの
会話の中から夫婦の姿が浮かび上がってくるのを楽しむ
お話です。
今日は世界禁煙デー
あなたの周りで禁煙に成功した人いる?
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今日はシルクロードの日―今は昔の旅の話
世界史で有名な場所、行ったことある?
▼本日限定!ブログスタンプ
シルクロードの日というのがあるのを初めて知りました。
今は昔…体力とお金に余裕があった頃、幾度か海外旅行をいたしました。シルクロードと関係しているのはイタリアとトルコと中国でしょうか。
ローマはシルクロードの西端とも言われるところですね。これはツアーの添乗員さんが勧めてくれたガイドブック。イタリアでは他にミラノや
ヴェローナ、そしてヴェネチアに行きました。
これはトルコのエフェソスの図書館遺跡のポストカード、それから聖母マリアの家と伝わるところで買った小さいロザリオ。イスタンブールやコンヤ、
カッパドキアにも行きました。あと地図上どの辺にあるのかわからないのですが、シルクロードの隊商宿も見ました。女性のトルコ人ガイドの人の日本語がとても上手でした。カッパドキアでは雪の降った道をこのガイドさんと二人で歩いたのが一番の思い出。
それからシルクロードの東端とも言われる中国の西安にも行きました。慈恩寺(大雁塔)や華清池の楊貴妃のお風呂を見ました。ちなみに華清池に立っていた楊貴妃入浴像はない方がいいと思いました。そして何と言っても忘れられないのは兵馬俑博物館。
たくさんの像が立ち並んでものすごい迫力。日本の展覧会などで時々一体で展示されている兵馬俑を見ると「今日は御一人ですか?」と声をかけたくなります。
この西域の女性のかぶりもの。いかにもシルクロード風ですが、西安ではなく、別の年に中国の雲南へ行った時、麗江か大理か昆明のどこかで買いました。
後から知ったのですが。この頃(2004年)、清の乾隆帝に愛された香妃が登場するドラマが流行っていて、香妃がつけていたこのタイプのかぶりものが女の子へのプレゼントとして喜ばれていたとのこと。
確かに小さくて子供でなければ着用できません。涼しげなので夏には壁にかけて楽しんでいます。
中国では西安より先のシルクロード、敦煌、トルファン、楼蘭などには行っておりません。
シルクロードは西の端(ローマ)と東の端(西安)と真ん中辺(イスタンブールなど)をちょこちょこですね。西安でも何かお土産をゲットした…兵馬俑のメダル?のようなものがあったと思うのですがとっさに見つかりません(笑)。
松本清張 『西郷札―傑作短編集三』より『啾々吟』
新潮文庫1965年初版
新潮社サイト
https://www.shinchosha.co.jp/book/110904/
弘化三年丙午八月十四日に生まれた鍋島藩主の嫡男直大と同藩家老の息子松枝慶一郎、二百俵三人扶持つまり軽輩の子石内嘉門。物語は松枝慶一郎の一人称で
語られます。
世子が10歳で学問を始める時、同じ誕生日のよしみで嘉門も身分は低いながら慶一郎と共に学友として近習衆になります。彼らの師である儒学者草場佩川は
嘉門の並外れた才知に注目し、自宅に招き、子供には難解過ぎる書物も貸します。しかし彼らが成人する頃、嘉門は佩川に優秀だが可愛げがないと評され、子供の頃は仲良しだった藩主直大からも冷たくされ、同僚からも孤立。慶一郎にはなぜ彼が皆に嫌われるのかわかりません。しかし嘉門が慶一郎の従妹千恵に恋したことから彼らの友情も終わります。泣きながら
千恵の気持ちを確かめてほしいと頼む嘉門に千恵が自分の許嫁だと言えない慶一郎。嘉門が長崎へ赴任している間に家督を継いだ慶一郎と千恵は結婚。嘉門は慶一郎に裏切られたと誤解して「雑草でも性根はあるぞ」と言う手紙をよこして脱藩。
維新後、英国へ留学し、司法少之丞となった慶一郎。嘉門が谷山輝文と名を変えて自由党の論客となり、新聞に自分を名指しで非難する文章を発表したことを知ります。同じ鍋島藩出身の大隈重信が政変で下野したのにそれに従わず薩長に屈している」と。昔の負い目もあり、慶一郎は谷山に敵意は持てず、「嘉門、しっかりやれよ」と心で祈ります。しかし谷山は自由党内でも主脳部から嫌われ、その不満から警視総監樺山資紀の密偵となっていました。
嘉門が密偵にまでなりさがっていることは、
予の心を、底知れぬ暗鬱にひきこんだ。
衆人にすぐれた才知を持ちながら、ただ他人の
愛を獲る(うる)ことの不能な男の末路に、
一種の戦慄さえ覚えた。(本文より)
密偵であることが知られ、自由党員に射殺された谷山。実行犯たちに「どうして、君ほどの人物が政府の犬などになったのか」に尋ねられ、「宿命だ、こうなるようになっているのだ」と答えたことを裁判記録で知る松枝慶一郎。
本の裏表紙の説明に「幕末に、大名、家老、軽輩の子として同じ日に生れた三人の男が明治維新の大動乱をかいくぐり、如何なる運命を辿ったかを追求した」とあるので軽輩の子が出世して立場が逆転するのかなと思ったのですが、さにあらず。嘉門はその才知で藩主や家老の子との格差を克服し、幸せをつかむことはできませんでした。貧しい境遇に育った著者清張は文才と精進によって流行作家にはなりましたが、嘉門の姿に自分を重ねているようにも思います。
慶一郎は谷山について「彼に欠点も落度もあるわけではない、他人に終生容れられない宿命だった」と語ります。しかし青春時代のくだりを読み返すと嘉門の
宿命の正体が見えてくるように感じます。最初、慶一郎との遠乗りでその叔父の家へ行った石内嘉門。親切な叔父一家は侍としての身分は低くても敬意をもって彼に接します。しかし叔父から嘉門が2,3回、一人で叔父の家を訪問したこと、甥と一緒でもないのに来るのは迷惑なのでやめさせてくれという手紙をもらう慶一郎。
このくだり、現代に置き換えても同じ行為をする人がいたら、かなり図々しく不快に感じませんか? 今とちがって一目ぼれした相手に直接話しかけたり、メールや電話もできない時代なので、千恵に恋した嘉門としてはそういう行動を取らざるを得なかったのかもしれませんが。
それに千恵は家老である松枝の家の親戚の娘ですから、最初から妻に望んでも家柄がつりあわず無理かと考えなかったのか?それとも千恵の親切な態度を自分への好意と勘違いしてひょっとしたら身分のへだたりを越えてくれるかと期待したか? 幼い頃から才知を認められ、先生から「お前なら身分の低さを越えて実力で成功できるかも」みたいなことを言われていたから、凡人には無理でも自分ならと思ってしまったか?
頭脳はすぐれているのに、内面的にどこか抑制がきかなくて、こういう遠慮のない行動を取ってしまう―草場佩川が嘉門を「可愛げがない子」というのはそういうところではないでしょうか。
慶一郎は終生、嘉門に対して優しい気持ちを抱き、、千恵が自分の許嫁であることを告げてさえいれば、嘉門があのような境涯に陥らなかったのではないかと悔いています。
物語の終盤、路上で酔いつぶれた谷山こと嘉門を、慶一郎の乗る馬車がひきそうになったことから二人は言葉を交わし、心を通わせます。慶一郎は谷山を家に連れ帰ろうとしますが、そこへ自由党員たちが来たのでそのまま別れます。自分のもとへ来ていたら非業の死は免れたのではないかと思う慶一郎。
谷山はおそらく年を重ねても佩川の言う可愛げを身に着けることができなかったのではないでしょうか。その理由は皮肉にも才能があるから。すぐれた面があるが故にどこでも最初は歓迎されてしまうので自分の内面を見直そうと考えなかったのかも。松枝慶一郎が考えたようにできていたとしても石内嘉門、後の谷山輝文は何等かの問題を起こして孤独な人生を生きたのではないでしょうか。
他にこの短編集で心に残ったのは、初老の人力車夫吉兵衛の旧幕時代の栄光に執着しない生き方に尊敬すべきものを感じる『くるま宿』、主家の国替えに賛成できない老臣の驚くべき行動を描く『酒井の刃傷』、江戸詰となった美青年の津和野藩士が芝居がきっかけで
美女と夢の一夜を過ごしたことから横領事件が発覚する『白梅の香』です。


























