実以のブログ -46ページ目

さくらんぼ、父、2回目のコロナワクチン、脳神経外科受診

週末も父を散歩させて、弟にカレーを作るのがやっとで、なかなかブログが

書けません。書きたい本のレビューもあるのですが…


父が脳梗塞で5月中旬まで入院していた病院は家から遠く、通うのが大変ですので、私共がよく行く地域にある脳外科の開業医に紹介状を書いてもらい、6月下旬に連れていきました。

 

新しい脳外科の先生から、父の脳梗塞は脳幹部で起きていて、小さかったから軽症で済んだけれど、場合によっては命にかかわったかもと説明を受けました。ということは同じところで再発したら大変…。父との時間も大切にした方がよさそうですね。

 

以前も書きましたが入院していた病院は、医師やスタッフの対応も

悪くなく、特別設備が粗末ではない…粗末ではないけど、個室が2万円しそうなゴージャスさは全くありません。例えば、他はできない最先端の治療をするとか、建物の設計が有名な建築家のものだとか、エントランスホールにピアノとか、豪華な絵画や彫刻などがあるわけではない、ごく普通の病院…なのになぜ個室がああも高いのか不思議。再発しないことを祈りますが、

もしもまた何かあったら、今度の先生は個室の差額ベッド料が安い病院に入れてくれるといいのですが。

 

6月末、父はコロナワクチン2回目の接種。受付時間前にクリニック入り口に並ぶ人々を案内していた若い男性スタッフのYシャツの裾が外に出ているのがちょっと気になりました。それが今の流行り? 

 

暑いからネクタイや上着はなくていいけど、シャツの裾がゾロリと垂れたままだと起き抜けにコンビニにコーヒーでも買いに来た人みたいでスタッフに見えません(笑)。 注意したらハラスメントになるのかしら?

 

接種の後、父が右手の中指が動かしにくいというので、整形外科を受診。骨などには異常はなく、ただむくんでいるためだとのこと。脳外科の先生も整形外科の先生も、父はデイケアのリハビリを受けた方がいいとの意見です。父は乗り気でないのですが。もう少しコロナが落ち着いたら、私もお稽古事だと

思ってデイケアに行ってほしいのです。今年の七夕に短冊に書きたいのはこれです。あ、それから脳梗塞再発しませんように、次に入院する時は個室の差額ベッド料が一万円未満の病院に入れますように(笑)。

 

ワクチン接種の副作用は2回目の方が強く出るとのこと。父も接種した夜と翌日は、注射を受けた個所が服の上から触ってもわかるほど腫れてました。

 

7月最初の週末、勤務先から夏のボーナス…とまでは行きませんが、金一封が出たのでさくらんぼ(佐藤錦)を買いました。

しっかりと味わいます。やはりおいしいですね。さくらんぼも今年は最初で

最後。今は家の近くのスーパーにアメリカンチェリーはまだあるけど、

佐藤錦はありません。

 

 

 

 

父コロナワクチン一回目、自家栽培?サラダ菜、ヤマボウシの花

比較的安価な上に栄養価が高い緑黄色野菜なので、我が家ではサラダ菜をよく買います。葉を取った後の根の部分を水につけてベランダに置いたら葉が伸びて結構かわいい感じ。でもこれ以上は大きくならないようなので食べました。

 

6月9日、父が一回目のコロナワクチン接種を受けました。行ったことがない公会堂や病院だと緊張して血圧があがってしまいそうなのでかかりつけの整形外科での個別接種を予約。

 

通常の診療時間外にだけ設定しているようで朝の8時台と早い時間。タクシーを手配しようと数日前にいつも使っているタクシー会社に電話したらこの時間帯は予約でいっぱいとのこと。このあたりの父と同じ年代の人がいっせいに行くのでしょうか? しかたがないのでアプリでタクシーに来てもらいました。

 

予診票を見て質問するのが医者じゃなくてクリニックの事務の人。父は脳梗塞の病み上がりで血液をサラサラにする薬を服用中ですからちょっと心配。注射そのものはあっと言う間に終わってしまい、何事もなく帰宅。ところが夜になってから「注射をしたところが痛い」と言い出しました。これはよくある接種後の症状だそうです。

 

朝早く父を連れ出さなくてはならないため、弁当を作りそびれ、ランチは外食。コロナウィルスの緊急事態のせいもあって最近ほとんど外食をしていないのでちょっとわくわく。なのにいざとなると何を食べたいのか? 自分でもわからない(笑)。

 

迷った末、なんとなくコーヒーチェーンに入りました。ピザトーストを注文。サラダがついているのはうれしいのですが、トーストは小さい…数年前までの勤務地、神田にあった夫婦二人で経営の喫茶店のピザトーストはこの3倍はあったよなと思いつつ味わいます。あの店も、今はもうないかもしれません。

この店の近くでヤマボウシの花が咲いているのを見つけました。淡く緑色をおびた白い花がさわやか。ビルの一階部分を囲う垣根のようにしたてられたヤマボウシ。花の芯の部分が実となって赤くなったところもすてきでしょうね。

父の自走式車椅子と母のアジサイ

3月末に脳梗塞で入院し、連休明けに退院した父は介護認定で「要支援1」と

なりました。要支援1ですと介護保険で借りられるのは歩行器と杖で、基本的に車椅子はだめなのですが、自費で月500円で借りられるものを持ってきてもらいました。

脳梗塞と言っても軽症で、家の中ではほぼ病気前と同じ暮らしができています。だから本来なら杖か歩行器で歩くべきなのでしょうが、父がこれらを使うのをいやがっています。なんというのか、本人の頭の中では杖なしですたすたと歩けている、しかし、頭に足腰がついていけてない、故にころびやすい、だから歩くのがいや…といった状態なので、ますは車椅子。

3年前に亡くなった母は介助式でしたが、父は自分で動けるところは動きたいというので自走式です。本日、珍しく父の方から「散歩に行ってみるか?」と

言い出しました。レンタルしてよかった。

今シーズン初めて、亡くなった母が好きだったアジサイの株を父に見せてやることができました。お母さん、お父さん連れてきたよ(笑)。

 

まだ使い始めたばかりで慣れてないせいもありますが、父の「自走」はちょっとあぶないです。曲がり角でどちらかのタイヤをひっかけそうになります。それから「歩行には左側の介助が必要」と言われているせいか、車椅子を直進させていてもなぜか左側に寄って行くのです。

 

まあ路上は無理でも、行きつけのショッピングセンターや家電量販店の中なら車椅子で父も自分で動けるかもしれません。積み上げてある商品にぶつからないよう注意が要りますが(笑)。

 

”今日のお散歩” 星光子さんに習って、アジサイの楽しみ

 

女優の星光子さんが雨上がりのお散歩で、ごらんになったアジサイの

写真をブログにアップされています。

 

定番の紫、ピンクだけでなく、純白のもの、ショッキングピンクのもの、

実にたくさんのアジサイの株があるところですね。見ていてあきません。

 

6月1日の夕方、私も勤め帰りに上野公園でアジサイ散歩。鎌倉にはかないませんが、ここにもアジサイが並んだ道があるのです。

 

ちょっと盛りをすぎていたピンクのぼかしのガクアジサイ。中心部がレースのようです。来年はもっと早く見に来なきゃ。

 

これはおそらく、今シーズンのアジサイのベストの写真になるのではないかと思う、

青紫のガクアジサイ。

 

初めてみる真っ白で中心部が紫と緑のガクアジサイも可憐でした。

何かとくよくよしてしまう昨今…でも今年の花は今年だけ…花を見て、今をちゃんと生きる元気を

取り戻したいですね。

 

果物の楽しみ―最初で最後のイチゴ

東洋医学の本によれば、小柄で血色のよくない、低血圧、貧血気味の私は、

「虚証」。体が冷えやすくする果物はたくさん食べない方がいいとの事ですが―どうしても止められません。

 

この春は時々、甘夏や美生柑を買わずにいられませんでした。柑橘の香りを

かぐ必要を感じて。

 

 

母の生前はよく買っていたイチゴ。母の死後、いろいろと余裕がなくなり、

この春は父の緊急入院もあり、5月中旬、父の退院祝いに一パック買っただけ。最初で最後のイチゴ。

イチゴ狩りにでも行ったのならともかく…イチゴ買っただけでブログネタに

するなんて、自分でも笑ってしまいます。

 

先日、アメリカンチェリーを見かけて、買おうかどうか迷いました。

果物に限らず、旬のものは元気を出してくれると言います。

さくらんぼが買えたらまたブログに書く?かもしれません。

『岡本綺堂妖術伝奇集伝奇ノ匣2』より『木曽の旅人』

学研M文庫 2002年

学研サイト

https://hon.gakken.jp/book/1390012000

 

岡本綺堂の怪奇、幻想風の作品を集めた分厚い文庫本。『木曽の旅人』はこの本の中でも一番好きな短編です。今のような季節の変わりめの風の強い日や雨の日に読みたくなるのです。風の音や雨音を聞きながら―。

 

九月末の夜、木曽の山奥で幼い息子と二人で暮らす杣の小屋へ現れた洋装の旅人。木こりは温かく迎えますが、いつもは人懐こい息子がなぜかこの男をひどく怖がります。そこへやってきた友だちの猟師が連れていた犬も

尋常でなく吠えつきます。そこで警戒心の起きた木こりは「泊めてほしい」と言い出した旅人に下山を勧めるのです。男が去った後、筒袖の男がやってきて旅人と同じ人相の者が来なかったたかと尋ねます。そして銃声。旅人は実は殺人犯でした。

 

あらすじは簡単ですが、繰り返し読んでしまう短編です。語り手のT君なる人物が明治二十四年の秋、父と二人で中仙道を旅し、寂れた軽井沢の宿の炉べで亭主と話している時、入ってきたのが五十近い大男、杣の重兵衛。T君は山奥で長く暮らしていた重兵衛から「何かの怪しい物がたり」を聞き出そうとします。そして重兵衛は木曽にいた頃の気味のよくない話をするのです。この冒頭部分を読むと、いろりで燃えたまきの匂いや弾ける音が聞こえてくる気がします。といっても私、火の入っているいろりは今まで1、2度しか見たことはありません。ただ小学校低学年の頃まで、家はマキで炊く風呂でしたので、木材の燃える匂いはおぼえています。ともあれ読み始めるとまるで『ウルトラQ』のように? 私の心は私の体を離れ、明治の信州、軽井沢と木曽を旅するのです。

 

疲労を忘れるために歌っていた旅人。それを聞きつけておびえだす息子。見たところ、24、5歳、洋装で「円い眼は愛嬌に富んでいる」旅人。重兵衛は役人か商人と思ってもてなします。いつもは客を歓迎する息子の太吉はなぜか凍りついたようにおびえたまま。旅人が差し出した海苔巻にも手を出しません。そこへやってきた猟師の弥七。重兵衛は旅人からもらった酒や食べ物を弥七にも分けます。しかし弥七の犬は旅人を見て異常に吠えたけります。弥七は帰り際、旅人は「えてもの」ではないかと疑い、鉄砲を空に向けて撃ちます。えてものならそれに反応するはず、でも旅人はそのまま―。

 

木こり、その幼い息子、一見いい人の旅人、猟師、旅人が去った後に

やってくる警察の男とそれぞれの人物像の描き方がいきいきとしていて、まるで一幕の劇を観ているようです。

 

駆け落ちの果て、諏訪で女を殺したこの旅人は重兵衛に酒を渡しています。それを飲んだ重兵衛と弥七がもし酔いつぶれてしまっていたら―さらに罪を重ねたのでしょうか? 

 

怪談なのですが、読後、ぞっとするよりも山の空気といろりの温かさに包まれているような心地よさを感じます。結末がハッピーエンド?で殺人犯以外は死にもしなければケガもしないからかもしれません。木こりと猟師の友情、父の息子を守る愛情が災いを防いだ話とも読めます。この旅人も愛憎に血迷って道を踏み外したものの、根っからの悪人ではなく、山中で出会った木こりの優しさにつかの間のやすらぎを得ていたのかもしれません。大人はだませても純粋な子供や動物には罪を見抜かれていると気づき、観念したのかも、だから泊めてほしいという望みを重兵衛に断られた時、さほど食いさがることもなく出て行ったのではないでしょうか。

 

この本の巻末にこの短編の元となった『木曽のえてもの』『蓮華温泉の怪話』が掲載されています。それと読み比べると綺堂の筆の巧みさ、素材を料理?する腕の良さを実感します。『蓮華温泉の怪話』では泊りに来た客を宿の息子が怖がります。そして殺人者の背中に被害者がおんぶしていたと言います。『木曽の旅人』では太吉にそんなことを言わせてはいません。それが逆にありふれた怪談ではない物語の魅力を増しています。

 

さて、マンションの隣の部屋で飼っている犬によく吠えられる私。柴犬なので主人に忠実、御主人を守るために怪しい者に吠えるのですね。洗濯物を干したり、掃除のためにベランダに出た時、隣のベランダにも犬が出ていると吠えます。もちろん壁で隔てられていてお互いに姿は見えないのですが、気配と匂いを感じるようで。私は怪しい者ではなく、自分のベランダに出ただけなのですが、なぜこう吠えられるのか? もしかして時々、下手な歌の練習をするのを隣の家族には聞こえていないけど、犬には聴かれていて「あの変な声を出す奴」だと憎まれているのかも。

 

 

個室に入りたがった父―私は毒娘?

ブログに書きたいことはたくさんあるのに、なかなか気持ちと時間の調整ができませんでした。

 

3月末に脳梗塞で入院した父は、おかげさまで連休明けに退院しました。家の中での生活は病気の前とあまり変わらないまでに回復しています。今回の入院で大変だったのは個室の問題。

 

この病としては軽症でしたので一週間ちょっとで急性期が終わり、リハビリ病棟へ。そこでたまたま病院の都合で個室へ入れられた父。病院側の理由ですからここは差額ベッド料は生じないのですが、大部屋が空いて移ることになった時、父が私の勤め先に電話をかけてきて「このまま個室にいたい」と言うので、あせりました!

 

自分の希望で個室にいるとなると差額ベッド料がかかります。

それが一日21000円、軽症でも一か月は入院するとなると…。

 

父は電話で必死で「金の問題じゃない、いざとなったら定期を解約してもいいから」と訴えます。でもホテルのように一泊じゃなくて一日21000円です!

確かに父の貯えで払えない額ではないけど…でも、でも金の問題じゃないかもしれないけどやはり金の問題。

 

幸か不幸か、父の訴えは病院側にも歓迎されず、おそらくその個室に入ることが決まっていた患者がいたのでしょう。なんとか説得して大部屋へ移してくれたみたいです。それでも退院時の支払は25万円ほどになりました。

 

ネットで調べてみたら、父が入った病院は同じ県の中でも個室の差額ベッド料が特別高い方のようです。だから空きがあって入院できたのかしら? 数千円で個室が利用できる病院もあるようです。再発した時のために研究しておかなきゃ。

 

知らない人と一緒の部屋へ行くのが不安だという父がかわいそうでした。父は恵まれない子供時代を過ごした人間です。だから人生の終着駅近くに病院の個室に入るぐらいのことは、とはいえ、我が家の家計では…個室で一月過ごした場合の金額を計算し、私はついつい思い出してしまいました。子供の頃、何かがほしいとか、何かがしたいとか、どこへ行きたいとか言った時、家族から言われた言葉。

 

「うちにはそんなお金はありません」

 

「金の問題じゃない」って。それならどうしてもっと教育費をかけて育ててくれなかったの?(笑)そうしていたらもっと収入のいい仕事についてあなたを個室に入れてあげられた…かもしれないのに(笑)

 

私って毒娘ですね。 上の写真は4月に公園で見かけた八重山吹。

信州の、私が貧しく育った家の裏にもこの花が咲いていました。

 

 

 

 

 

”49年” 南夕子が現れそうな風景 超獣シャガ~

 

女優の星光子さんが『ウルトラマンA』の南夕子を演じて49年の感慨をブログに綴っておられます。

 

当時、小学校の低学年だった私。あまり出来のよい子ではなくて、隣の席の男の子にいじめられたりしてつらい学校生活でしたから、空想世界の南夕子は

心の支えでした。他にも普通、女の子が視るような

アニメやドラマは視ていたと思うけど、後々も忘れられないのは南夕子だけです。

 

それだけに夕子が月へ帰ってしまったのはショックで

悲しかったけれど、あの回の星さんの美しさ。

空に輝く月を仰ぐ度に、白バラや白木蓮など白くて美しい花を見る度に南夕子を思い出してきました。

先日、夕暮れ時、上野公園へ行きました。東京都美術館近くの小道の両側にシャガの群生が咲いていて

幻想的な風景。今にも南夕子がどこからか歩いてくるような気がしました。

 

ほんのり紫がかった白いシャガの花、怖いという方も

いらっしゃるのだそうです。花は咲かせても種をつくらず、根だけでどんどん増えていく点、日陰を好む点など

他の花にない不思議なところがあるからでしょうか。

たしかにシャガの花をよくよく観ますと花びらの中心にある黄色い点が眼のようで宇宙生物?めいてもいます。異次元人ヤプールやメトロン星人あたりが何やら

怪獣や超獣に変えてしまいそうにも思えます。

どんな名前になるのでしょうか?

 

淡い紫のドレスをまとった美しい乙女が超獣に

なる、そうあのアプラサールのように…

シャガール?これじゃ画家ですね(笑)

 

植物由来の超獣といえばサボテンダーというのが

いるのでシャガンダ―? 超獣ギタギタンガをまねて

シャガシャガンダとか…なんかしゃがんでいるみんたいですね(笑)

 

『帰ってきたウルトラマン』にシュガロンという怪獣が出てきました。確か画家とその娘の物語だったかと。

シュガロンの弟分でシャガロン?

 

いろいろ考えると楽しくなりますが、どんな姿の超獣なのか、何が武器なのかなどキャラクターデザインは

思いうかびません(笑)

 

 

 

松本清張 隠花平原 上/下(新潮文庫 1996年)

新潮社サイト

https://www.shinchosha.co.jp/book/110967/

 

久しぶりに清張の長編を読みました。

 

 

杉並区の閑静な住宅街で一月の夜、帰宅途中の会社員が血まみれの死体を発見。被害者は太陽相互銀行で働く依田徳一郎。後頭部を鈍器様のもので攻撃されるという残虐さで、しかも財布や書類には手をつけていないことから怨恨の線で捜査が始まります。しかし依田は平凡ながら善良で怨みを持つ人物は浮かびあがらず、捜査本部は解散。

 

依田の妻の弟で二十九歳の画家山辺修二は事件が未解決に終わることにいたたまれず、所轄署を訪ねた帰り、刑事西東(さいとう)九郎と出会います。西東は依田が容姿や服装の似た誰かと人違いで殺された可能性があると言います。

 

この小説が発表されたのは昭和42年。現場は武蔵野の雑木林がところどころに残り、「サラリーマンがローンで建てた家がある」地域。サラリーマンでも銀行員など比較的高給の人に限られたのかもしれませんが、この頃はローンなら杉並に家が建てられたのですね。今では一般的な勤め人には考えられません。またアパートも多く建ちはじめた時代で、山辺は現場近くの高級なアパートに住み、事件後引っ越した24,5歳の美女のところへ通っていた男が依田に似た年恰好だったらしいことを知ります。その美女は依田が加入していた生命保険の代理店で既に倒産した桜総行の事務員だと姉から聞いた

山辺。その女萩村綾子と恋愛関係にあり、通ってきていたのは同社社長の玉野文雄。玉野は光和銀行の元社員で桜総行の設立発起人には光和銀行頭取花房寛の名前がありました。画商の千塚はこの花房が最近、山辺の絵のファンになり、作品を買っていると言います。

 

玉野が桜総行社長となった背景に熱海支店の不良貸付の摘発がありました。その件で退職した元支店長高森は世田谷の旅館で急死。高森は新興宗教普陀洛教団と関わっていました。真鶴に本部を置くこの教団は入信すると病気平癒、家内安全、商売繁盛というよくあるご利益に加えて地上に理想の町を作り、信者が望めばそこに家と土地を与えるとうたっていました。

 

美術記者の辻らの協力を得て謎を追う山辺は、花房から普陀洛教団の講堂の壁画制作を依頼されます。初代教祖の時には隆盛をほこったものの、二代目になって金繰りにつまり、理想郷つまり信者専用団地の建設も怪しくなり、家を持つことを夢見て積み立ててきた信者たちも動揺している様子。

 

本作の探偵役山辺は画家としての才能を生かして、アパートの女主人の話を聞きながらスケッチで萩村綾子の人相書きを作ったり、つながりのなさそうな人物がなぜか似ていることに気づいたり。下巻の半分あたりで物語は急展開、山辺は真鶴岬を見るために玉野、千塚らと乗った船から二人の死体を発見します。

 

人々の不安と夢を吸収する宗教、宗教と癒着する銀行、美術品売買に隠れた恐喝、そして恵まれた育ちの者への貧しい育ちの者が抱く怨みがおりなす長編。ネットの書評でも指摘している方がいますが、結末はいささか強引。

 

映像化され、傑作と言われる『ゼロの焦点』も読み終えてしまうと「なんでこんな殺人をわざわざするのか不思議」と思ってしまうのですが、これも同じように全体の整合性よりも読んでいる途中を楽しむ小説です。依田の他、元支店長夫妻、理想郷入居を夢見ていたタクシー運転手ら多くの人が命を落とす惨劇が、すべてある資本家の乱脈な女性関係に端を発している、親の因果が子に報い?というのも何だか清張らしくなくて横溝正史みたいです。

 

ともあれ、髪が長くてひとめで画家とわかる―つまり60年代のグループサウンズみたいな今ではあまりみかけない風貌の探偵役と共にその時代に旅する気分は味わえるミステリーです。

 

お花見つき、父の入院と介護申請

3月末、父が脳梗塞と診断され、緊急入院しました。

 

毎朝の習慣になっていたマッサージ機で首をもんだ後に気分が悪くなり、

右手に力が入らないと言い出して…ひょっとして頸椎を傷めたのかなあ、

などと思い、かかりつけの整形外科で脳も含めてMRIを撮ったのですが

そこでは見つけてもらえず、もしかして内科疾患?思ってかかった

病院で脳も内臓も検査したけど、その日には見つからず、翌週になって

その病院から「やはり脳梗塞でした」と電話をもらい、紹介された

病院へ連れていきました。会社を急きょ早退せねばならず、私は

大変。

 

命には別条ないようですが、しばらく入院が続きます。コロナのため、

面会はできませんが、よく病院から電話が来ます。また脳疾患でもあり、

こんな時節でもあり、今までかかったことがない家から遠い病院です。

同じ区ではあるのですが、降りたことのない駅。

 

朝、下着を届けにいく途中、病院までの道で咲く桜の大木が元気をくれました。

咲き始めた白いツツジも清純そのもの。

やはりコロナのせいで医療がひっ迫しているのでしょう。

普通なら医師の病状説明があってから、リハビリ関係者やソーシャルワーカーとお話するのですが、それがひっくり返ってしまっていきなり

早めに介護申請をしなさいと言われました。

 

やはり家中ひっくり返したけれど、父の介護保険被保険者証が見つからず、

ドタバタ。近所のケアプラザへ行き、「すみません、紛失しました」と

いうことで、お願いしてきました。認定調査の方には病院に行っていただくことになります。

 

ケアプラザ近くの公園で八重桜を見上げました。

 

それからシャクナゲにアイリス。シャクナゲはもう少し春が熟してから咲く花と

思っていましたが、もう満開。

 

そしてドウダンツツジ。

 

2018年に亡くなった母と車椅子散歩をしていた頃、家の周りにドウダンツツジを垣根のようにめぐらしていたお宅がありました。あんなに大きな樹でたくさんのドウダンツツジは他で見たことがありません。まるでドウダンツツジの花見?の名所のようでしたが、おそらく家の持ち主が手放すか、不動産事業に

乗り出したのでしょう。今はあとかたもなく、アパートが建っています。

その近くには八重桜の樹のあるお宅もありました。そのお宅も家を建て替えて同時に八重桜もなくなりました。

 

医師からの電話では父の右半身のまひは改善されつつあるとのことです。

だから家の中は今まで通り、よたよたでも歩けるのではないかと思います。

でも外出時には車椅子が要るとケアプラザの方に言いました。

 

父は母ほど車椅子散歩を喜んでくれるかどうか、わかりません。

でも思い切って車椅子を借りた方が外出をいやがらなくなるのではないかと

思っています。

 

これから暮らしがいろいろと変わるのでしょうが、まだ考えがまとまりません。

まあ介護離職はしないでやっていくつもりです。