松本清張 『西郷札―傑作短編集三』より『啾々吟』
新潮文庫1965年初版
新潮社サイト
https://www.shinchosha.co.jp/book/110904/
弘化三年丙午八月十四日に生まれた鍋島藩主の嫡男直大と同藩家老の息子松枝慶一郎、二百俵三人扶持つまり軽輩の子石内嘉門。物語は松枝慶一郎の一人称で
語られます。
世子が10歳で学問を始める時、同じ誕生日のよしみで嘉門も身分は低いながら慶一郎と共に学友として近習衆になります。彼らの師である儒学者草場佩川は
嘉門の並外れた才知に注目し、自宅に招き、子供には難解過ぎる書物も貸します。しかし彼らが成人する頃、嘉門は佩川に優秀だが可愛げがないと評され、子供の頃は仲良しだった藩主直大からも冷たくされ、同僚からも孤立。慶一郎にはなぜ彼が皆に嫌われるのかわかりません。しかし嘉門が慶一郎の従妹千恵に恋したことから彼らの友情も終わります。泣きながら
千恵の気持ちを確かめてほしいと頼む嘉門に千恵が自分の許嫁だと言えない慶一郎。嘉門が長崎へ赴任している間に家督を継いだ慶一郎と千恵は結婚。嘉門は慶一郎に裏切られたと誤解して「雑草でも性根はあるぞ」と言う手紙をよこして脱藩。
維新後、英国へ留学し、司法少之丞となった慶一郎。嘉門が谷山輝文と名を変えて自由党の論客となり、新聞に自分を名指しで非難する文章を発表したことを知ります。同じ鍋島藩出身の大隈重信が政変で下野したのにそれに従わず薩長に屈している」と。昔の負い目もあり、慶一郎は谷山に敵意は持てず、「嘉門、しっかりやれよ」と心で祈ります。しかし谷山は自由党内でも主脳部から嫌われ、その不満から警視総監樺山資紀の密偵となっていました。
嘉門が密偵にまでなりさがっていることは、
予の心を、底知れぬ暗鬱にひきこんだ。
衆人にすぐれた才知を持ちながら、ただ他人の
愛を獲る(うる)ことの不能な男の末路に、
一種の戦慄さえ覚えた。(本文より)
密偵であることが知られ、自由党員に射殺された谷山。実行犯たちに「どうして、君ほどの人物が政府の犬などになったのか」に尋ねられ、「宿命だ、こうなるようになっているのだ」と答えたことを裁判記録で知る松枝慶一郎。
本の裏表紙の説明に「幕末に、大名、家老、軽輩の子として同じ日に生れた三人の男が明治維新の大動乱をかいくぐり、如何なる運命を辿ったかを追求した」とあるので軽輩の子が出世して立場が逆転するのかなと思ったのですが、さにあらず。嘉門はその才知で藩主や家老の子との格差を克服し、幸せをつかむことはできませんでした。貧しい境遇に育った著者清張は文才と精進によって流行作家にはなりましたが、嘉門の姿に自分を重ねているようにも思います。
慶一郎は谷山について「彼に欠点も落度もあるわけではない、他人に終生容れられない宿命だった」と語ります。しかし青春時代のくだりを読み返すと嘉門の
宿命の正体が見えてくるように感じます。最初、慶一郎との遠乗りでその叔父の家へ行った石内嘉門。親切な叔父一家は侍としての身分は低くても敬意をもって彼に接します。しかし叔父から嘉門が2,3回、一人で叔父の家を訪問したこと、甥と一緒でもないのに来るのは迷惑なのでやめさせてくれという手紙をもらう慶一郎。
このくだり、現代に置き換えても同じ行為をする人がいたら、かなり図々しく不快に感じませんか? 今とちがって一目ぼれした相手に直接話しかけたり、メールや電話もできない時代なので、千恵に恋した嘉門としてはそういう行動を取らざるを得なかったのかもしれませんが。
それに千恵は家老である松枝の家の親戚の娘ですから、最初から妻に望んでも家柄がつりあわず無理かと考えなかったのか?それとも千恵の親切な態度を自分への好意と勘違いしてひょっとしたら身分のへだたりを越えてくれるかと期待したか? 幼い頃から才知を認められ、先生から「お前なら身分の低さを越えて実力で成功できるかも」みたいなことを言われていたから、凡人には無理でも自分ならと思ってしまったか?
頭脳はすぐれているのに、内面的にどこか抑制がきかなくて、こういう遠慮のない行動を取ってしまう―草場佩川が嘉門を「可愛げがない子」というのはそういうところではないでしょうか。
慶一郎は終生、嘉門に対して優しい気持ちを抱き、、千恵が自分の許嫁であることを告げてさえいれば、嘉門があのような境涯に陥らなかったのではないかと悔いています。
物語の終盤、路上で酔いつぶれた谷山こと嘉門を、慶一郎の乗る馬車がひきそうになったことから二人は言葉を交わし、心を通わせます。慶一郎は谷山を家に連れ帰ろうとしますが、そこへ自由党員たちが来たのでそのまま別れます。自分のもとへ来ていたら非業の死は免れたのではないかと思う慶一郎。
谷山はおそらく年を重ねても佩川の言う可愛げを身に着けることができなかったのではないでしょうか。その理由は皮肉にも才能があるから。すぐれた面があるが故にどこでも最初は歓迎されてしまうので自分の内面を見直そうと考えなかったのかも。松枝慶一郎が考えたようにできていたとしても石内嘉門、後の谷山輝文は何等かの問題を起こして孤独な人生を生きたのではないでしょうか。
他にこの短編集で心に残ったのは、初老の人力車夫吉兵衛の旧幕時代の栄光に執着しない生き方に尊敬すべきものを感じる『くるま宿』、主家の国替えに賛成できない老臣の驚くべき行動を描く『酒井の刃傷』、江戸詰となった美青年の津和野藩士が芝居がきっかけで
美女と夢の一夜を過ごしたことから横領事件が発覚する『白梅の香』です。
松本清張 『西郷札―傑作短編集三』より『梟示抄』
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新潮文庫1965年初版
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この本の表題作は家にある別の短編集に載っているのですが、佐賀の乱敗北後の
江藤新平の逃避行を描いた『梟示抄』が読みたくて図書館で借りてきました。
物語の最初で明治政府の司法卿として司法権の独立に功績を残しながら薩長藩閥に抑えられて望む政治ができないために下野し、叛乱を起こすまでをかいつまんで語られます。敗走したのは「結局は、彼が武人ではなかったからでもある」と。
江藤は宇奈木温泉に滞在中の西郷隆盛を密かに訪ね、激論をかわしますが失望させられ、日向の飫肥を経て船で土佐へ向かいます。しかし江藤出帆直後に飫肥へ来た検事の調べにより江藤の人相書が出回ります。
宇和島に宿をとった江藤たち。しかしそこにも県庁の吏員が来たので宿に荷物をおいたまま暗夜に山へ入り、寒風の中、岩角や木の根で傷つきながら、三日三晩の逃避行。ようやくたどりついた土佐領内の寒村に住む老人の親切。
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炭船の船頭に金をつかませて四万十川を下り、高知の同志の林有造と対面。江藤に呼応して兵を起こすと誓っていた林ですが、江藤の挙兵の速さにも驚いたが敗北の
速さにも驚いたといい、頼ってきた他の佐賀の残党には自首を勧めたと言うのです。
林の裏切りに怒る仲間を抑えて、江藤は大阪へ行こうと考え、山を越えて阿波へ。
大雨で増水した川に入って渡り、険しい山の中でぬれねずみで一晩中立ち尽くす
―江藤にとって母の胎内を出て以来の苦痛。
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阿波と土佐の境界の甲ノ浦で土地の番人
浦正胤に内務省の探偵係だと名乗り、手紙を託す江藤。その内容は太政大臣や参議に
拝謁を乞うもの。指名手配犯と遭遇した役場の人々。戸長の浜谷の家に「碁をしよう」と江藤を招きます。逮捕する側の方がひるんでとんちんかんな受け答えをしながら江藤の手配写真を出すと、雑談と変わらぬ調子で自分がそのお尋ね者だと認める江藤。江藤を捕縛した大久保利通たちの喜び、残忍な死刑判決と執行。
清張は江藤の内面には踏み込まず、ただ敗走していく彼を見舞う苦難をリアルな筆致で描き出しています。江藤らは行く先々で「大阪の商人」と名乗って宿を乞いますが、政府によって「賊が逃走中なので見知らぬ者を泊めるな」と通告がされていたため、拒まれてしまいます。それでも金を出すと夕食だけは出す家もあったり。普通の人々の江藤らへの感情は主に恐怖で、危害を加えたり、通報しようとはしなかったようです。まだ110番はおろか電話もないし、警察制度も整っていなかったからでしょうか。江藤は今ネットなどで見られる写真をみても尋常でない迫力がある人ですから、一般人は下手に逆らうとこちらが危ないと感じたのかも。
この小説では、江藤は戊辰戦争の賊軍の将でありながら生き延びた榎本武揚をイメージし自分も死刑にはならないと考えていたとなっています。裁判で刑を軽くしようとのらりくらりとした態度をとったのも、「倒れても倒れてもいつかは立ちあがって、廟堂の薩長勢力との闘争を志していた」からだと。小説で歴史を知った気分になるのは危険だと戒めつつも、これが本当なら、同じように反乱を起こして自刃した
西郷よりも江藤の生き方に共感をおぼえます。
それにしても秋まで司法卿、参議つまり政府高官だった人物がその半年後にさらし首になる、それも自分自身が整えた指名手配の制度によって…本人も、そして当時の人々もどんな思いでいたでしょう。
江藤はもし命さえ保てば、政治の場に返り咲くことも可能な人物だったのかも
しれません。だからこそ大久保は殺さずにはいられなかったのでしょう。それを恐れて早々に殺してしまったのでしょう。
安政の大獄から佐賀の乱までざっと数えて16年、いささか乱暴ですが自分の実感にひきつけて考えると、アテネオリンピックの年には死刑囚や流罪人の一味だった人々が今年は政治の実権を握っている!? 大久保は本気で江藤が怖かったでしょう。立場が逆転する日が来るのではと。
長く生きてくると16年などあっと言う間に過ぎてしまうのがわかります。若い頃には
できなかった歴史の重さを実感し、背筋がぞっとします。
母の好きだった花々 モモ、ユキヤナギ、白木蓮
春になると母とよく見ていた
八重咲きの桃が今年も咲きました。
「お父さん、お母さんが好きだった桃が咲いているからお散歩に行こう」と
言いますと、父は「外に出るにゃ靴下はかなきゃならないからな(ぶつぶつ)」
室内では裸足でいることが多い父。
花を見ても母のように素直に喜びを表現しません。でも花のそばでは気持ちがいいらしく、私がこの写真を撮っている間、体操のように手を振り回していました。
桃のそばでユキヤナギも。桃と比べると地味な花ですが眺め始めると
あきることのない白い小花。
母が亡くなって3年目。亡くなった直後には特に大泣きしたりはしなかった私なのですが、今頃になって妙につらさを感じることがあります。
例えば先日テレビで『鉄道員』というイタリア映画を視ていた時。いわゆるできちゃった婚の結婚生活に行き詰まり、夫以外の男と関係してしまった主人公一家の娘が、実家の母の胸に飛び込んでつらさを訴えるくシーンに羨ましさを感じました。「私にはもうこんな風に母に甘えることができないのだな」
と思うと…この映画の娘の倍ぐらい?生きているくせになと自分でもわかってはいるのですが。
母が恋しい時は花を見るのがいいようです。
これも母と眺めていた白木蓮。桜や桃とはちがう美しさを写真に撮るのがとても難しくて…
父の通院のためのタクシーを待つ時間にこの写真を撮ろうとしていて
…上ばかり見ていたら、ころんでしまいました(笑)。父とちがって頭はぶつけませんでしたが。
改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん:アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学
ロバート・キヨサキ著、白根美保子訳 筑摩書房 2013年
筑摩書房サイト
http://www.chikumashobo.co.jp/special/richdad/series.html
かつてのベストセラーの改訂版です。基本的にただ勤めるだけではなくて
知識をつけて株や不動産などの投資をしなくては―という考えが書かれています。一度は読んでみようかと思って図書館で借りてみました。今でも
とても人気があるようで予約してからしばらく待ちました。
貧乏父さんは著者自身の父で高学歴でせっせと働いていたのに一生お金n
困っていた。金持ち父さんは著者の親友マイクの父で
ハイスクールも出ていなかったのに金持ちに。
この二人の父は何かにつけて正反対。著者は9歳の時からマイクと共に
金持ち父さんの教えを受けたおかげで成功したとのこと。
ネットの書評などで見ると高く評価している方の中には「もっと若い頃に
読んでいれば自分の人生もちがっていたかも」とおっしゃる方もいます。
確かに「人生につつきまわされたときが学ぶチャンス」「恐怖にかられて
仕事をするのではだめ」などなるほどなと思う部分もありました。
複雑だったのは「お金のためではなく学ぶために働く」のくだり。
考え方としては賛成なのだけれど「小説を書いても売れないから記者を続けるしかない」という女性にセールス訓練を勧めて不機嫌にさせる著者。こんなことを実際に言われたらぺてんとしか思えないでしょう。
著者は商船アカデミーを出た後、石油会社に入ったり、海兵隊員になったりした後、ゼロックスに入ります。その理由はゼロックスにアメリカで最も優れたセールス・トレーニング・プログラムがあったから。「私はその頃ひどく内気で、物を売ることは私にとってこの世で最も恐ろしいことの一つだった」そんな著者はプログラムのおかげか売上トップファイブになれたとのことですが…
売り上げのいい営業マンには必ずしも立て板に水の社交的ではない人がいるのも確か。でも本当に内気な人が著者の真似をしたら
心身を壊してしまう可能性もあるのではないでしょうか。
ネットでこの本を評価しない人には「サギまがいの投資を勧める人が推奨する本」という意見も。特に「持ち家は資産でも投資でもなく負債」と語る章。その理由として家を買い、ローンを払い続けることで投資に回す金がなくなり、「洗練された投資家」になるチャンスを失うというのですが…住宅ショールームで家を買おうとしている人に巧みに話しかけて、その人が貯えた家の頭金を頂く…ような時に使えそうな理屈。 どんな分野でも洗練された存在になるのは限られた人だけ。家のほしい人は家を買うのがいいと思います。
著者が少年時代、金持ち父さんの勧めでひどく安い賃金で店で働かせるところなども「金持ち父さん」のプログラムだと言って若い人をこき使うのに使われてしまうおそれもあるような。この少年期のお話が妙にまわりくどくて読みにくく、私が子供の頃にに「金持ち父さん」と出会っていてもなつく気になれなかったかも。ついでに著者がドナルド・トランプを自分のヒーローの一人としている点も個人的には好きになれません。確かに成功者ですけどね。
著者の貧乏父さんの考えは「学校でまじめに勉強して高学歴を得て条件の
良い仕事、日本でいえば公務員、大企業の社員になるのが幸せ」。私を育ててくれた低学歴の貧乏父母もそう(その教え実践できなかったけど)。このい
こりかたまった価値観を問いなおすと言う点では読む価値のある本では
ありました。
最も生産性の高い征夷大将軍VS女の毘沙門天
床の間にマリー・アントワネットの肖像が現れる。
実以: これがその打ち首になった娘です。何でもぜいたくをしすぎて民の怨みを買ったとか。
ふすまが開いて、頭に白い布を巻き、鎧をつけた女武者がお茶とお菓子を持って現れる。
女武者: 粗茶でございます。
家斉: 懸り乱れの龍の旗印に竹に雀の紋…同じ時代に生まれていたら余とは
ウマのあいそうもない米沢藩の藩祖のようにも見えなくもないが…
実以: リボンと花をつけているのが変ですよね。
女武者: いかにも私は貴殿のご先祖が禄高を半分に削った家の先祖、本当は女でした。マドモアゼル謙信かレディ謙信と呼んでくださいませ。
家斉: 米沢藩の者はそのようなことは申しておらなかったぞ。
マドモアゼル謙信: 貴殿が将軍になられた頃には誰もが忘れてしまっておりました。
実以: ここだけの話でございます。信玄との一騎打ちはともかく、女の関東管領は無理ですから。
マドモアゼル謙信: でも関東管領はローマ教皇じゃありませんから。
家斉: まあ、うちの家系にも女だという噂の将軍もいるがの…。家重公じゃ。
マドモアゼル謙信: 家重公、そのうち少女歌劇の舞台に立てますよ。
実以:(マド謙信を指さして)この人、去年の暮れにやっていた「戦国武将総選挙」という番組で信玄に勝ってからちょっと浮かれてますの。
マドモアゼル謙信: 信玄に勝っても信長には勝てなくて、なんで浮かれられるもの
ですか!
実以: それに最近の研究で妻がいたことがわかって女性説はあり得ないってあの番組に出てた先生に言われちゃったしね。
マドモアゼル謙信:(実以を指さして家斉に)先程、側室のお話が出ましたが、この人、昔、自分は側室向きなのかもなんて言ってたんですよ。
実以: いろいろな人の正室になるのがうまく行かなくて悩んでいた頃のことよ。
マドモアゼル謙信: その頃、自分で自分のことプライド高いっていう男と関わってひどいめにあったんですよ。
実以: 確かに困った奴だったけど、でも自分で自分のこと毘沙門天の化身とか言う人に言われたくないわね。
家斉、「女はやかましい」という表情をして消える。
德川家斉と回想する『ハプスブルグ展』
『ハプスブルグ展』を見た翌日、録画しておいた
德川家斉についての歴史番組を視ました。
実以の脳内の座敷。襖が開いて衣冠束帯の額の広い男が現れ、床の間の前に座る。
実以: これはこれは徳川家斉公、お初にお目にかかります。私、あまり大奥が舞台のドラマとか視ませんので…。
家斉: 今年は国営放送の日曜夜八時のドラマがおそく始まったと聞くが、余があの時間の主役になるわけには行かぬかのう。
実以: もう少し、夜更けの、子供は視ない刻限にお出まし頂きたく存じます。
家斉: 余の子ら一人一人の運命を一回一話完結で語るだけでも一年以上放送できるであろうに。
実以: 生れたばかりで養子に出されたり、幼稚園に行く年頃なのに婚約させられたり、あなたの若様や姫様たちは幸せでしたか?
家斉: そのあたりは…図書館で調べるがよい。
実以: そういえば、この間視た歴史番組では、あなたはただの色好み将軍ではなくてお子様たちを、あちらこちらの大名に養子に出したり、嫁がせる徳川ファミリー計画で支配を安定させようとしたとか…これはヨーロッパのハプスブルグ家と同じ政策だとか歴史学者の先生がおっしゃっていましたね。
家斉: そうじゃ、切実な政策じゃ。
実以: 国営放送の番組で学者先生が妙にほめはじめた人は―しばらくするとドラマの主役になったりしますわねえ…真田幸村についてももし大坂の陣の時にお宅のご先祖殺害が成功したら、その後の歴史が変わったかもって話がどんどん大きくなるから首をかしげていたら…。
家斉: そうじゃ、言うなれば…余は史上最も生産性の高い征夷大将軍じゃ。
実以: 御一人で若年人口を50人も増やしたヒーロー?
家斉: であるからの、そなたの時代、この国は生まれる子供が少なくて困っておるのであろ、全ての男に余に見習えとは言わぬが、余裕のある者は側室を持つことを認めてはどうじゃ。そうすればその、どこの誰が不倫したとか言って大騒ぎをせずとも済む。
実以:そりゃ、どこの芸能人夫婦の夫の方が若い女に手を出したなんて、奥様は御怒りでしょうけど、しょせんは家庭内の話ですから、人手や時間を使って
報道しなくていいと思いますけどね。
家斉: 男ばかりではいかんと言うのであれば、女も望む者は夫を一人と決めずともよいとしよう。さすれば、効率的に子供を増やせるのではあるまいか?
実以: 子供、つまり人間を生産性を上げて効率的に世に送り出すなんて…(身震いする)自分の子供のことを図書館で調べろなんていう父親なんて。
家斉: 余が生きていた頃は子供が生まれて成人するということがとても難しい、奇跡のようなことであったのじゃ。それだけはわかってほしい。
実以: 21世紀だって楽なことではありませんわ。ところで先日、先程お話の出たハプスブルグ家の財宝の展覧会を見て参りました。
床の間に女帝マリア・テレジアの肖像が現れる
実以: そのハプスブルグの女帝です。その国では女も征夷大将軍のような地位につくことができたのです。16人お子様を生んで、ヨーロッパのあちらこちらの国の王と結婚させたのだとか。
家斉: 16人! そういう側室が余にもいたらのう…
実以: そのように効率的に世に送り出された子供たちの全てが幸せになれたわけではなくて、他国に嫁いだ末の娘は打ち首になりました。乱暴なたとえですが大政奉還のようなことが起きたのです。
菜の花とスイトピー、家族で久しぶりの外食
弟が誕生日を迎えたので、家の中を明るくしたいと思い、
弟が好きな菜の花、スイトピー、観賞用の麦の花束を買いました。
近所のスーパーで300円。
花屋で買うスイトピーは香りのないことが多いのですが、このスイトピーは
甘い匂いがしてラッキー。つぼんでいた麦の穂も菜の花も部屋が
あたたかいせいか開いてきました。
昨年はなかった祝日、久しぶりで家族3人でファミレスへ。
マグロの漬け丼を父がおいしかったと言ってくれました。
母との車椅子散歩で楽しんでいたミニ水仙も咲いています。
父にも散歩を楽しんでほしいので、車椅子を買うか、借りようかと
思っていますがなかなか決断できません。近日中に
介護用品の店に行ってみたいと思っています。
国立西洋美術館『ハプスブルグ展』(話はさかのぼりますが)
1月中旬の金曜の夜、国立西洋美術館の
『ハプスブルグ展』を鑑賞いたしました。
椅子がたくさん並んだロビーの壁、この看板を見ているだけでも気持ちが晴れてきました。
器物のコーナーで目を見張ったのはフォークとスプーン。持ち手の部分は金で
どちらも先の部分は無色透明。ガラスかなと思ったらなんと水晶なのだそうです。
水晶といえば占いにつかうもの。こんなものを使っていたら食事の時、スプーンの
中に未来が見えて不安になりそうです。
公開されていた彫刻の中で応接間にあってもいいなと思ったのは運命の女神フォルトゥーナの像。不安定な玉乗り状態でバランスを取っています。そう運命
そのもののように。
西洋甲冑が並んでいる姿にも迫力がありました。不思議なのは脚のふくらはぎの部分などすごく細いのですが、王様たち本当に着用していたのかしら?
ベラスケスのコーナーにはこの展覧会の看板娘?の『青いドレスの王女マルガリータ・テレサ』の前に人だかりがしていましたが、私がひかれたのは『宿屋のふたりの男と少女』。話声が聞こえてきそうなのです。
混雑しておりましたからマリア・テレジア、マリー・アントワネット、シシィなど
以前に見たことのある方々の絵はさらりと…『オーストリア大公フェルディナント・カール』の像は履き口の部分が大きくひらひらした歩きにくそうな赤いブーツで気になりました。
チェーザレ・ダンディーニの『クレオパトラ』は金色のドレスに青いマント、髪は栗色に真珠のブレスレットと全くエジプト風ではありません。右手に小さな
毒蛇を持っており、命を絶つ場面。天を仰ぐまなざしの迫力に圧倒されました。
絵画の中で私が部屋の壁にかけたい?と思い、絵葉書を買ったのはコルネーリス・ヘームの『朝食図』。瑞々しいブドウとさくらんぼが最高! 朝ごはんに牡蠣を食べるのはあまりピンと来ませんが。
モリエール作 鈴木力衛訳 『ドン・ジュアン もしくは 石像の宴』岩波文庫、1952年
前回の本レビューに書いた『タルチェフ』がフランス古典劇の三一致の法則に則って作られた名作だとすれば、この『ドン・ジュアン』はそれからはずれている戯曲です。舞台になる場も第1幕がある宮殿の庭、2幕が海岸に近い田舎、3幕が森の中という風に変わりますし、出来事も一昼夜のことではありません。しかも描かれる主題も同じ主人公ながら幕が進むにつれて変わるのです。
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幕開けで主人公ドン・ジュアンの一応妻となっているのはエルヴィール。でも
世間に認められた仲ではありません。修道院にいたエルヴィールを恋のために出奔させたこと、それほどまでの情熱も今は失われ、ドン・ジュアンは
従者スガナレルと共に旅に出てしまっているのです。エルヴィールの従者ギュスマンは理解に苦しんでいるのですがジュアンに仕えるスガナレルは自分の主人はそういう男なのだと言います。追ってきたエルヴィールに「神の怒りがこわくなったのでを修道院に返すのだ」というドン・ジュアン。
第2幕ではマチュリーヌとシャルロットという村娘に手を出す主人公。二人の娘が鉢合わせし、ドン・ジュアンが双方に「あちらはどうかして勝手に私と結婚する気になっているのだ」と語る場面、上演で観たらきっと大笑いでしょう。
でも女の尻を追いかけてばかりのクズかと思えばそうではないドン・ジュアン。第3幕では追剥に襲われているドン・カルロスを助けます。しかしカルロスはエルヴィールの兄。妹の屈辱のためにドン・ジュアンを討とうと旅しているのです。カルロスは彼の顔を知らないため、ドン・ジュアンの友人のふりをします。彼を知るもう一人の兄アロンソが現れ、ジュアンを殺そうとしますが命の恩人であるがゆえに猶予を与えるカルロス。この場がおさまった後で懲りないジュアンは自分が以前決闘で殺した騎士の墓を見つけ、そこにあった石像に戯れに「拙宅の晩餐に」と言葉をかけます。
第4幕では借金を取りにきた商人ディマンシェを褒め殺しにして追い返したところへ
ジュアンを叱りに来た父のドン・ルイ。ルイのセリフで気になるのは
「人夫の倅であろうとも、その行うところ正しければ、おまえのごとき
暮らしぶりの王侯の子よりも、わしははるかに尊敬するのじゃ」。これはひょっとして
作者自身の考えで上流社会のある種の人々を批判しているのかしら?
彼への恋慕から解脱し、神の元へ戻ることを決心したエルヴィールが
改心を勧めに来た姿に未練を感じるジュアン、彼女が去った後、本当に晩餐に
やってきた石像は次に自分がジュアンを食事に招待しようと言います。
最終幕、ジュアンは父の前で改心して神に仕える決心をしたふりをし、
エルヴィールと正式に結婚するなら和解しようというカルロスにも同じことを
言います。平気で偽善者となる主人にさすがのスガナレルも閉口。あの石像が
本当に彼を招きに現れ、地に吸い込まれます。主人を失い、給料が
なくなったことを嘆くスガナレル。
恋、名誉のための争い、父と子、心の底では批判している雇い主に逆らえない使用人の姿など実にいろいろな要素を詰め込んだ劇です。はからずも
不倶戴天の敵の命を助けてしまうなど因果ものの部分もあって、
何だか歌舞伎、それも鶴屋南北あたりを思い出してしまいます。歌舞伎の
ように「ドン・ジュアン、田舎娘たちの場」とか「森の中の場」とか
切り取っての上演もありなのではないでしょうか。
ジュアンに報いを与える石像が何だかとってつけたみたいに見えるのですが、この石像こそ、芝居の元となったスペイン発祥のドンファン伝説の中心。
貴族の娘を掠奪し、その父を死なせた男が修道士たちに殺され、その父親の石像が倒れたせいにされたとか―もともとは「こんな男になってはいけない」という教訓談だったとのことですが、モリエールの時代には流行していたのだそうです。欲望の赴くままに行動し、破滅する人間の物語には洋の東西を問わず、人はひきつけられてしまうのですね。
主人公の突然の最期は映画化したら特撮になりそうですが、案外アマチュアや学生が上演してライトを強くして、炎の形にした段ボールなどで表現してしまうのも面白いかも。登場人物が多いので小さいグループならドン・ジュアンとスガナレル以外の登場人物は二役、三役で演じることになるのかな?など考えながら読みました。

















