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刑事コロンボ『指輪の爪あと』―20世紀の『オセロ』?

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射撃訓練場も備えたビルに70年代にはとてつもなく大きく高価だったコンピューターを設置、何人もの探偵を抱える大手探偵事務所の所長ブリマーは新聞王アーサー・ケニカットから妻レノアの浮気調査を依頼されます。捜査の結果、妻は潔白だとケニカットに告げますが、実はゴルフ講師のアーチャーとの関係をつきとめていました。夫に内緒にする見返りにケニカット周辺の情報を自分に流すようレノアを脅迫。しかしレノアはそれを断り、自ら不倫を告白し、ブリマーの悪事も話すと言います。ブリマーは度を失い、思わずレノアに手を上げます。倒された時に頭部を強打して絶命したレノアを車に乗せて廃車置場へ遺棄。

コロンボは遺体の左ほおに刃物ではない傷があることに注目。これはブリマーの左手の指輪によるもの。ドラマの中では映されませんがこれがタイトルになっています。

 

ケニカットは犯人とも知らずブリマーへ捜査への協力を依頼。ブリマーはコロンボを真相から遠ざけようとします。ケニカット邸でブリマーを紹介された時、「眼の前がぱっとあかりがついたような気分」というコロンボ。そして手相を観るといってさりげなくケニカットとブリマーの手をチェック。出口をまちがえて開けた物入れのゴルフクラブからたどって浮気相手のアーチャーを尋問。アーチャーは関係を認めますが一方的に別れを告げられたこと、交際中、何者かにつけられているような感じがしたと話します。

ブリマーは大胆にもコロンボに刑事を辞め、高給を提示して自分の事務所で働くよう誘います。繊細な顔立ちに金縁眼鏡が似合うブリマー(ロバート・カルプ)はみるからに優秀な探偵…のはずなのに被害者の顔につけた傷に気づかない、どこか間抜け。人前ではクールで知的にふるまっていたのがコロンボから遺体のコンタクトレンズが片方なくなっていると言われるとあわててカーペットをガサガサしたり。(笑)。

 


このエピソードはコロンボが犯人をかぎつける過程がたどりやすい点が魅力です。ただ疑問に思うのはケニカット夫人が離婚も覚悟で夫に告白すると決めたなら、なぜ一人でケニカット家のビーチハウスから歩いてブリマーの家を尋ねたのか?こんな邪悪な男と人目のないところで二人きりになるのは危険なのに。夫から「曲がったことのきらいな女」と評される彼女はブリマーさえ、予告なく破滅させてはいけないと考えたのでしょうか。

このドラマの楽しみの一つは登場人物が住むお屋敷を観察すること。
コロンボが訪問した時、ケニカットは広いプールとたくさんの華麗なギリシャ風?の彫像、黄色い花が咲き乱れている花壇を望むテーブルでお茶を飲んでいます。ブリマーの到着を知らせるのはテーブルの上の電話。あんな吹きさらしのところに置いて雨の日はどうなるのだろうと思ってしまいますがLAは日本みたいに雨は多くないのかしら? それともケーブルごと屋内に入れる?

円柱の並んだテラスは知識のない私には何様式とかはわからないけれど、教会を思い出させます。ブリマーと対面する大きな暖炉のある応接間は彫刻された木の壁に覆われていて、私は昔、結婚式に参列したカトリック系の学校の聖堂を思い出してしまいました。美しいけれど重厚すぎて陰気。年老いた夫にはよくても若い妻には居心地が悪く、週末ごとにビーチハウスに行き、時にはイケメンだけど頭は単純なゴルフの先生と羽目をはずしたくなってしまったのかも。

 



ケニカットを中心にして考えるとこのエピソードはシェイクスピアの『オセロ』にも似ています。新聞界の「王」と呼ばれ、機嫌を損ねたら大変だと恐れられるほどの人物。なのにブリマーの正体を見抜けず、妻の浮気を疑っているのに熱心になっているスポーツが何かは知りません。『オセロ』のデズテモーナとちがって妻はあやまちを犯してはいますが、ラストでブリマーが言っているように「いい奥さん」です。寛容さに欠けていたが故に愛する者を失った悲劇。

 

ケニカットを演じるレイ・ミランドは主役をしのぐ存在感。同じコロンボシリーズの『悪の温室』では犯人役も演じています。若き日に『失われた週末』という映画でアカデミー賞主演男優賞を得た名優です。この映画もいつか観たいと思います。

 

魔女になれたらどんなイタズラする? 実は魔女かも? お菓子だけのハロウィン

 

魔女になれたらどんなイタズラする?

 

子供の頃からずっと愛情を受けられず、ずっと貧乏で娘もうまく育っていない(笑)、うちの父に宝くじをあててやりたいです。(笑)次に入院する時には

個室に入れるように。

あ、それから一時的に体格のよい美女に化けて何かオーディション受けたいかも。

実は、時々、魔女だと言われることがあります。

私につらくあたる人が不思議と病気になるのですよ。

十年以上前、店頭販売の仕事をしていた時、私に無理な値引きを要求した客が、それからまもなく50代の若さで、脳梗塞で倒れ、しばらく来店できなくなりました。それは前任者から仕事を引き継いだばかりのことです。

もしもあのいやな人が元気で頻繁に来ていたら、辞めてたかも。
その報いか?今年、父が脳梗塞になってしまいました。まあ、日本人に多い病気なのですね。

 

ハロウィーンを初めて知ったのは中学の時の英語の教科書。楽しそうなお祭りだと思いました。

 

『奥様は魔女』『愉快なシーバー家』『ビバリーヒルズ高校白書』などのアメリカのドラマをよく視ていた頃、登場人物たちがハロウィーンを楽しんでいるのが羨ましいと思いました。子供たちがミツバチや修道士に仮装して練り歩いたり、人魚や魔女やボニーとクライドに扮してパーティへ行ったり。お金と時間があれば、自分もやってみたいと思うのです。演技力は高校の部活レベルですが、自分以外の人物に扮するのはきらいではないのです。でもハロウィーンに実行したことはありません。

 

お金も時間も体力もない上に、コロナで人ごみがまだまだ怖い今年、まあせめてもというのか、ハロウィーンにちなんだお菓子を買ってみました。

 

生協で注文したハロウィーンのフルーツゼリー。袋のデザインがかわいいですね。

 

ゼリーの形もハロウィーンにちなんで左からお化けとかぼちゃと猫です。ややわかりにくいですが(笑)。味はアップルとオレンジとグレープです。


近所のスーパーでハロウィンのブッセも見つけました。「うまそうだな」と父が食べるのを楽しみしています。

なぜか仏壇に供えてしまいました(笑)宗旨がちがいますが(笑)

 

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刑事コロンボ『殺人処方箋』

NHKBSプレミアムでの水曜夜の放送が終わったと思ったら、土曜夕方にデヴィット・スーシェ版ポワロの後番組として放送されています。子供の頃から何度も視ていますが、いつも楽しめるから不思議。最初に犯人(なぜか皆、ハイソでリッチな人)が殺人を犯し、それをコロンボが暴いていく倒叙型だからかもしれませんね。ブログにあらすじを書いてもネタバレになりませんし。

 

特別、海外ドラマ通でもコロンボ通でもないのですが、年月を隔ててみると昔、わからなかったり、気づかなかった点が見えてきたり、ちがう感想を持ったりしますので、好きなエピソードについては書いておこうかなと思います。

 

この『殺人処方箋』はコロンボがシリーズ化する前のパイロット版で、またもともと舞台劇だったとのことで、後のエピソードとはちがう点があります。まず眼につくのは初登場のコロンボがまだあまりよれよれでないこと。ホームレスとまちがわれそうなレインコートを着ていないし、髪も整えています。

 

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犯人が精神科医とあって心理検査で見せられるような画像のオープニングから引き込まれます。

 

高級マンションの最上階、フレミング夫妻の結婚10年を祝うパーティ。花火をつけたケーキが運ばれ、宴もたけなわのところへ電話がなります。夫のレイ・フレミングは患者が発作を起こしたといって出て行きますが妻のキャロルは彼の嘘を見抜いていました。

レイは愛人の大部屋女優ジョーン・ハドソンの元へ行ったのです。レイはキャロル殺しを企て、ジョーンに手伝わせようとしていました。

 

夫がけむたくなった妻を殺すお話は洋の東西を問わず多く、コロンボシリーズの中でも、ぱっと思い出せるだけで『権力の墓穴』『白鳥の歌』というエピソードがあります。また殺人に利用される愛人も『二枚のドガの絵』などにも登場しますが、この『殺人処方箋』の被害者キャロル、愛人ジョーンは後のエピソードより人物像が丁寧に描き込まれ、演じている女優たちも格上な感じがします。

 

キャロルは殺されて当然の悪妻には見えません。パーティシーンの深緑のシンプルなドレス姿には品格があります。「育ちがいいから大声をあげないだけ」というセリフがありますが、確かにお嬢さん育ち。夫の「課外活動」(つまり不貞)に怒り、離婚の上、精神科医としての地位もつぶすと息巻いていたのに、「結婚記念日のプレゼントにアカプルコへの旅行を計画して、メキシコ出身の友人に現地について教えてもらっていた」と言われると信じて一転して笑顔になる人の良さ。

 

フレミング医師はジョーンにキャロルの服を着せ、似た髪型のかつらとサングラスをつけさせます。そして二人で一旦飛行機に乗り、離陸前に夫婦喧嘩を演じ、ぶち切れた妻が降りてしまい、一人帰宅したところを侵入者に殺されたという筋立てを作るのです。

 

レイはキャロル殺害後、物盗りの犯行に見せかけるため、家にあった金目のものをスーツケースに入れて持ち出し、旅行先の釣り船から海中に捨てます。コロンボが夫を疑うきっかけの一つはフレミング夫妻の荷物の重量が往きと帰りで4キロ違うこと。レイは医学雑誌類を持って行って現地で処分したと言い逃れます。直径10センチほどもありそうな銀の燭台を2本とこれもおそらく銀製のスプーン類、とまあわざわざ重いものをメキシコまで?宝石とか現金とか軽いものだけにしとけばよかったのに(笑)

 

フレミング医師の治療室に現れ、患者になりたいと言い出したコロンボ。

二人の殺人についての会話の面白さ。ついかっとなって殺すタイプではなく、

きわめて緻密な計画的犯行をする殺人者を「勇気がある」と言うフレミング。

洗練された物腰の中に、人の命を自分に都合のいいようにすることに罪悪感を持たない非情さが現れます。

 

コロンボシリーズ中の名作に数えられていますが、コロンボが犯人と直接向き合うのではなく、愛人ジョーンを説得して事件を解決する点が物足りないとおっしゃる方もいるようです。ジョーンは美貌の持ち主ですが実力とつりあわない野心のために精神的問題を抱え、フレミング医師を受診。大きすぎる野心を持つと心にすきができ、腹黒い男につけこまれてしまったのですね。キャロルは夫の不貞には気づいていましたが、この妻と愛人は直接会っていがみあったりはしていなかったようです。キャロルの死後も「自分のしたことを正当化する口実」を考え続けるジョーン。レイは「愛しあう自分たち共に生きるため」と答えますが、愛などなかったことが露呈する結末。

 

 

若い頃に視た時には思わなかったけれど、いろいろと経験したこの年になって視て、感じるのはキャロルがかわいそう。出発前にバルコニーから外を見て「空の旅には絶好よ。光の海が見渡せるわ」「帰ったら模様替えをするの」と言っていたのに絞殺される痛ましさ。お金には不自由しなかったけど、愛情には恵まれなかったのですね。

 

 

 

 

キンモクセイニ番花と三番花?ヒイラギモクセイ

10月9;日、いつもの年なら体育の日の三連休になるはずの週末、

キンモクセイの二番花を楽しみました。

 

枝に沿って花をつけるキンモクセイを見上げていると、時々、たくさんの

Vの字にも見えます。

10月に祝日のないしんどさに打ち勝って、Vサインを出せるといいのですが。

 

キンモクセイのとなりでヒイラギモクセイも咲いていました。

ヒイラギモクセイの香りはアールグレイに似ているようにも感じます。

今年はなぜか近所の公園のヒイラギモクセイの咲き方にばらつきがあり、

このキンモクセイの隣にある樹しか、この時は咲いていませんでした。

 

他にも何本かあるヒイラギモクセイはやっと本日、10月23日になって、

つぼみをつけているのに気がつきました。

そしてキンモクセイの中にはなぜか今年3回目の花をつけている樹があります。夏のように暑かったのが急に木枯らしが吹きそうな寒さになったりした

せいでしょうか? 花が何度も楽しめるのはうれしいけれど、何か変わったことなどなければいいのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松本清張 夜光の階段 上/下 新潮文庫 (1985年)

 

夜光の階段(上) (新潮文庫)

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夜光の階段(下) (新潮文庫)

https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E5%85%89%E3%81%AE%E9%9A%8E%E6%AE%B5-%E4%B8%8B-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%BE%E6%9C%AC-%E6%B8%85%E5%BC%B5/dp/4101109575/ref=pd_vtp_1/357-1882505-3664066?pd_rd_w=CLZs4&pf_rd_p=949e26f5-c2ef-4c96-bfde-49d7614d0317&pf_rd_r=MC02FJZWX754M116P7SE&pd_rd_r=34f907b5-a13b-4db6-91ce-c8073468705f&pd_rd_wg=okSjc&pd_rd_i=4101109575&psc=1

 

実力があれば認められるというのは、学校教育の世界で、実際の社会では、通用しない。かりにそれが通ったとしても年月のかかる話だった。そんな地味な、長い道程は道夫の性に合わないし、理想ではなかった。早いうちに有名になることである。有名になることが客を満足させ、虚栄心を煽り、店の繁栄と通じる。(上巻本文より引用)

 

上記のような考えから、女性たちを利用してビッグになろうとする美容師のお話ですが、意外にも冒頭で登場するのは私用で九州の温泉地を訪れた検事桑山信爾。宿の女中から寺の裏で殺された若い女の話を聞かされます。犯人は病院から脱走した精神病者とされましたが実は…。

 

 

四谷見附の村瀬美容院で働く26歳の佐山道夫は常連客の証券会社社長夫人、波多野雅子から独立して店を持つための金を得て、同じく客の婦人雑誌記者枝村幸子によって名前を売ろうとします。雅子と自由が丘の店の予定地を見た同じ日に、銀座の高級カフェで幸子と待ち合わせ、酒を飲み、男女の関係になるのに成功する忙しさ!

 

その甲斐あってスター女優藤浪竜子のリサイタルの髪を担当し、2年後には新進美容家として注目され、若手人気歌手草香田鶴子の地方公演で博多へ行く佐山。田鶴子への嫉妬から枝村幸子は密かにこの旅についてきていました。そして偶然、乗ったタクシーの運転手は上京する前に同じ家具製作所で働いていた江頭善造。知られたくない過去を知る男に草香田鶴子に会わせてくれとせがまれます。更に押しかけてきたのが波多野雅子。佐山に

貢いだ金のことを夫に知られ、それをごまかすため2500万ほど何とかならないかとすがります。この巡業のくだりは上巻のヤマ場。幸子にからまれて佐山は千秋楽のステージをすっぽかしてしまい、博多でゆっくりしすぎて編集会議に遅刻した幸子はかねてから彼女を快く思わない編集長に叱責され退職。

 

この小説の映像化では佐山の役は東山紀之、藤木直人ら二枚目俳優が演じていますが、原作では「顔は醜くはないが、とくに好男子でもない」平凡な容貌。ただ細い身体の、なで肩で垢抜けた物腰。つまりごつごつしていない、人当りのよい、一見草食風。いかにもジャニーズ系という人より、こういうタイプに女性は警戒せず、はまってしまうのかも。

 

佐山をめぐる女性たちの中でもヒロインとして描かれるのは枝村幸子。「マンションと称するいいアパートを借り、部屋を飾り、服装に凝り、ひとりでうまいものを食べ歩いていた」という独身貴族的な女性が恐ろしく変貌していきます。上巻の終わり、雑誌社を辞め、フリーになった幸子がこれまで彼女を友人だの恩人だのと言っていた女優、評論家らに冷淡に扱われる描写が圧巻。彼女の才能を認め、独立を勧めた親友の週刊誌記者福地フジ子さえ、原稿を採用してくれません。

 

冒頭で登場した検事桑山が結婚式に出席した同じホテルで同じ日に波多野家の結婚式が催されていました。波多野証券の社長が新しい妻を迎えたのです。社長夫人雅子は半年前に自殺したとされていました。独立が思うにまかせない幸子は記者としての取材力?を生かして亡くなる前の雅子の足取りを調査、佐山が殺したことを突き止め、彼が新たな金づるとしてつかまえた女性たちを追い払い、強引に婚約にこぎつけます。とんでもなく利己的な悪女のようでいて、幸子は日本の現代女性の典型。職業人として自立しようとしたものの行き詰まり、結婚に活路を見出そうとするのです。

 

幸子を人生のパートナーにするのはまっぴらな佐山は彼女を殺し、その罪を不遇時代の隣人岡野正一になすりつけます。善良ですが心の弱い岡野は罪を軽くせんがために嘘の自白をしてしまうのです。

 

佐山が波多野雅子に金を出させて最初に店を構えるのが自由が丘。

さらに進出しようとするのが青山。自由が丘も青山も筆者の青春時代には

おしゃれでトレンドな場所とされていました。そういったブランドが60年代から

どんな風に形成されていったのかがたどれる小説。

 

タクシー運転手の江頭か、九州巡業で千秋楽に不在だった彼のためにキリキリ舞いさせられた助手の柳田利男あたりから足がつくのかなと予想していましたが、ちがいました。佐山は彼が望んだ栄光の座にはつけませんが、どこか釈然としない結末。極悪人が必ずしも法で裁かれない現実を訴えている、これが社会派ミステリーということなのでしょうか。全体の整合性よりも作中で描かれる世相、人間像で読ませる小説ですね。

 

 

 

 

 

映画 『悪い種子』

2021年9月23日 NHKBSプレミアム放送で鑑賞。

 

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おどろおどろしいオープニングの中に聞き覚えのあるメロディが流れました。フランス民謡の「月の光」。確か小学校5年生ぐらいの時に音楽の授業でこの曲に日本語歌詞をつけたものを習いました。「となりのおばさん、こんばんは…きれいなきれいな月夜です」というような歌詞だったかと。この映画に登場する少女がピアノで弾く曲です。

三つ編みにした金髪、いわゆるツインテイルがよく似合う愛らしい顔立ちで服も靴も汚さないお行儀のよい8歳のローダ・ペンマーク。遠足にもジーンズをいやがり、ひらひらのスカートにすり減らないように金属をつけたヒールの靴で出かけます。ちなみにこの遠足の場所、悲劇が起こる桟橋は字幕でもネットに出ている説明でも「海」となっていますが、海辺にしては草木が多く、私には川か湖に見えます。

 

軍人の父、美しく貞淑な母からはもちろん、アパートの大家モニカからも

実の孫のように愛されるローダ。でも母のクリスティーンはローダにどこか子供らしさに欠ける、底知れない何かを感じていました。そこへ遠足でローダのクラスメイトの少年クロードが溺死したとの知らせが…。ローダは書き方(penmanship)でクロードに負けてメダルをもらえなかったことに強い不満を持っていました。ローダの受け持ちの女性教師ファーンはペンマーク家を尋ね、クロードの死にローダが関与している疑いがあると告げ、転校を勧告。今までとはちがういやなまなざしを向ける先生にもスカートを広げる優雅なおじぎをして日曜学校の大会で優勝してもらった本を見せ、よい子らしさを崩さないローダ。

 

そこへ息子を失ったデーグル夫妻がやってきます。少年の母は悲しみのあまり酔っ払ってしゃべりまくります。クロードが身に着けていた書き方の優勝メダルがなくなっているのが腑に落ちないと。

 

メダルがローダの宝物箱に入っているのに気づくクリスティーン。問い詰められたローダは50セント払ってクロードから一日貸してもらっていたのだと。先生に黙っていたのは信じてもらえそうもないからだと。もともとこのメダルは一番字の上手な自分が取るべきものだったのだから返す必要はないと―頭のいい子ですね。この嘘をつき通してデーグル家にメダルを返し、引っ越して転校すれば、ペンマーク家は表面的にはこれまで通りの暮らしを続けられる―かもしれなかったのですが、クリスティーンはそうできませんでした。それはji自分がローダの祖父にあたるブラボーの実の娘ではなく、女性連続殺人犯の子だと知ったから。ローダの行いは母方の血筋のせいだと…このあたり現代の価値観からみるといかがなものかと、犯罪者の血をひくといやおうなく犯罪に走るなんて。この点が気になって差別や偏見につながる映画だと評する人もいるようです。

 

サイコパス映画とかトラウマ級の恐怖サスペンスとして知られている作品ですが、ブロードウェイの舞台の映画化。確かに場面も登場人物もセリフも緻密に作られ、ただの怖がらせ映画ではなく、社会のひずみ、いろいろな人生を映し出しています。

 

水難事故が報じられる前、クリスティーンと大家のモニカとその兄、友人の犯罪学者タスカーとのティータイム。精神分析や犯罪の話題と共に、モニカが若い頃に離婚している、つまり家庭を築けなかった、おそらく子育ての経験がないか、乏しいことが語られます。だからモニカはローダにサングラスやペンダントやお菓子を与え、親がたしなめるような言動も「子供らしくてよろしい」と眼を細めてしまう―こういう人が身近にいるのでローダはルックスと頭の良さで世の中を意のままにできると学んでしまったのではないでしょうか。

 

息子を失い酒におぼれるホーテンス・デーグル夫人。美容師であるホーテンスと上流婦人のクリスティーンの暮らしの格差。怒りや詰問ではなく、酒のせいか時折笑いさえ浮かべながら年をとってから授かった息子への思いを語ります。「大きくなったらママと結婚すると言ってくれた」このシーンだけでクロードはローダとはちがう純朴な少年だったことがわかり、デーグル家の愛と悲しみが胸に迫るのです。

 

そして雇い主の大人たちの前では立場をわきまえているようにふるまいつつ、ローダには彼女の悪事を知っていると告げる掃除人リロイ。モニカは「知能は低いけど父親だと思うとクビにできない」と慈悲深くしてやっているつもりですが、リロイは上流階級の裏を冷ややかな目線で見つめています。


原作と異なっているという映画の結末は「口外しないでください」という注意書きがついておりますのであまり書けませんが、ローダは証拠隠滅のため母が桟橋の下に捨てたメダルを一人探しに行きます。利口そうに見えてもこのあたりは子供。

 

私が思うにはローダは必ずしも絶たれなければならない「悪い種子」なのだろうかと。殺人まですることはそう多くないものの、こういう子供、あるいは人間は珍しくない気がします。知能は高いものの心は未発達で欲望をコントロールできない、思うままにならないことに耐えられない―ローダも手に入れたい何かへの執着に支配されただけ。彼女ももう少し大きくなると気づくのではないでしょうか。一等賞のメダルは力づくで奪い取っても何の価値もないことに。
    
これからは物への執着に捕らわれた時、例えば断捨離が進まない時、ペンマーク家のようなハイソになれなかったことがつらい時、この映画のことを思い出すことにしましょう。

 

 

今日は秋分の日

秋を感じる瞬間は?

 

先日もブログに書きましたが、キンモクセイの香りとその花に気づいた時、

秋を感じます。

 

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それから個人的には9月が誕生日なので、「年金のお知らせ」の封筒が
来ると秋と年をとる速さを感じます(笑)。
 
白魔術の本によれば誕生日にもらうか買うかした花をドライフラワーなどにして取っておくと一年間有効のお守りになるといいます。ちなみに同じ本に
夏至の日に入手した花も保存すると夏の間のお守りになるというのですが、
今年の夏至は今一つ花屋で買いたい花が見つからず、実行しませんでした。
そのせいか…バテました。今も疲れています。
 
なので、誕生日には勤め先近くの花屋でキッチンブーケを買いました。
このセピア色?のバラの花びらを乾かして小さなビニール袋に入れ、
手帳に挟んで持ち歩くことにしました。夏バテが消えるといいのですが。
 
心療内科の検査では「休養した方がいい状態」と言われたのですが、
人手不足で休みを取りにくいです。
 
涼しくなってきたので、母の生前にしたように、父にも車椅子散歩を
させてやれるくらい、元気が出ますように。

キンモクセイとドリア

ドラマも何回か視た『ナイルバーチの女子会』を読みました。そのレビューを書こうと思っているのですが、あまりにもずしんと来る小説なのでなかなか書くことがまとまりません。

 

この小説には登場人物たちが語り合う舞台としてさまざまな飲食店が描かれます。回転寿司にファミレス、観光地のそば屋、そしてバレエの演目と同じ名前のオーガニックカフェ―いかにも世田谷にありそうです。ヒロインの一人、専業主婦ブロガーの翔子が夫の夕食が要らない夜はファミレスで「ドリアにワイン」とのこと、私もワインは飲まないけどドリアにハーブティーあたり、ファミレスで味わいたいのですが、時節柄、8時で閉まってしまうので無理です…そんなことを思いつつ、コンビニでドリアを買ってしまいました(笑)。

 

ホワイトソースやらエビやカニやマカロニなどを買いそろえるのがめんどうで、ドリアやグラタンは家では作りません。食べたくなればレストランか、できているものを買うかですね。ともあれドリアだけでは野菜不足が気になりますから、生のパセリと2分ほどレンジであたためた切りおきのニンジンを載せました。

 

9月12日日曜日午前、父を近所の公園で散歩させ、キンモクセイの花を見せました。「お母さん、この樹が好きだったんだよ」と言って。

 

これはその3日後、朝、出勤前に撮った写真。夜から明け方に降った雨にぬれ、水滴がついています。

キンモクセイの香りの不思議、遠くまで香るのに、必死に?その香りを味わおうと鼻をくんくんさせるとよくわからなくなってしまうのです。必死にならず無心にこの花と向き合っているとかすかに感じられてきます…まるで人生の

幸せのように?

 

18日の台風の雨で散りましたが、もう1度咲いてくれるとうれしいです。昨年も2度咲きましたから。

 

パンが出なかった健康診断、コロナワクチン接種2回目

決算期の上に、同僚の一人が病気で入院! 昼休みも働いていて(残業したくないから)、

そんなこんなでブログが更新できないでいるうちに、早くもコロナワクチン2回目接種の日が来ました。

 

ちなみにその前日が健康診断。人間ドックは一年おきにすることにしたので、今年は通常の健診。

 

いつもの年は終わった後、カフェテリアで飲み物とパンがもらえるのですが、

今回はコロナ対策でパンが出ません。そこで健診センターの近くにある喫茶店に入りました。

毎年、健診で通りかかる度に、ちょっと心ひかれていた店です。

 

老夫婦二人でやっていらっしゃるようで、店内の雰囲気も落ち着いています。

こういうお店でモーニングセットを頂くのは本当に久しぶり。これで600円です。

パンがとても厚くて、サラダもおいしく、うれしいですね。

私が食べている間、常連さんらしい老婦人が入ってきて、「いつもの」と注文していました。

いつものは「アイスココア」だったようですが、地域の人に愛されている店なのですね。

 

翌日午前に前回と同じクリニックでコロナワクチン接種。

前回と同じく、出勤途中で両大師様へお参り。

 

自分のワクチン接種ができたお礼と父がデイサービスを続けてくれること、

そして弟のワクチン予約がとれるようお祈り。

弟は工場勤めなので「土日に受けたい」とか言っています。

全く遊びじゃないのだから。

 

翌日、同僚が休んでいいというのでありがたくワクチン有休。

ちょうど心療内科でも「休みを取りなさい」と言われたところでもあります。

この金、土、日の休養でメンタルもよくなるといいのですが。

 

朝食後、何気にパソコンで検索してみたら、私と同じクリニックがコロナワクチンの予約を受け付けていました。

しかも土曜日の枠もあります。あっさり弟の予約が取れました。

 

弟の予約を取るために暇さえあれば大規模種会場の日付検索。

それでも全く空きなしなので、イライラし、何だか一時期流行った?

ネトゲ廃人みたいになりそうだったのですが、両大師様は霊験あらたか。

 

予想した通り?接種箇所を中心に左側の腕、肩の痛み、そして37.9度の熱。

金曜日は一日中寝てました。

 

今は接種3日めの夜、熱は36.9~7度、腕の痛みはかゆみに変わりつつあります。

父がこのところ歯茎の痛みを訴えていたので、弟が午後歯医者に連れて行きました。

スマホでタクシーを呼ぶために私もマンションのエントランスまで出ます。

ついでに2018年に亡くなった母が好きだったムラサキシキブを

眺めました。これは公園のものですが、母は田舎の家で自分で

ムラサキシキブを育てていたこともあったのです。

 

週明けには元気に働きたいものです。

 

一回目のコロナワクチン、卵が高いこと

お盆休み最後の日に、ひょいと父がコロナワクチンを受けた医院のHPを見たら、
ひょいと予約が取れ、盆休み明け早々に一回目を受けました。父の時と同じように
流れ作業。そのまま90分遅れで出勤。

接種後、お決まりの15分は医院の待合室でじっとしていましたが、出勤前に、
上野の輪王寺にお参りし、ワクチンを受けられたお礼と父がデイサービスを
無事続けてくれるようお祈りし、境内のベンチで休ませていただきました。
手水舎から流れる水の音を聴きながら…。このお寺の境内は広くはないのですが、静かで、
訪れると心が澄んでいきます。いつもどこかにさりげなく花が咲いている感じがします。

これはお盆前に撮った写真ですが、本堂脇の池の大賀ハスと白百合です。

白百合はワクチン接種の日も、まだいくつか咲いていました。

白百合で神経を休めた後、出勤。

左の腕、肩、首のこわばり、痛みは出てきましたが、鎮痛剤で抑えて何とか翌日も勤務。

 

母をよく散歩に連れていった公園のムクゲが今年も咲いていますが、お盆休み中は

天候不順で、お盆明けはあまりに暑くて父を散歩に連れて行けてません。

父が週一回でもデイサービスで外へ出して頂けるのが本当にありがたいですね。

我が家では朝食にたいてい目玉焼きを作るのですが、最近卵が高いですね。

勤め帰りによるスーパーの掲示によれば鳥インフルエンザの影響が続いているとのこと。

毎日、当たり前に食べていたものの値段が上がる、これが生活が圧迫されるということですね。

野菜、特に葉物も品薄で高い感じがします。

 

実は子供の頃、我が家では朝食に生卵を食べる習慣がありました。

生卵に醤油を入れてそのまま「飲む」か、あるいはご飯にかけていたのです。

私は卵の白身が苦手だったので、母が黄身だけを分けて出してくれていましたが、

それはなおすべき好き嫌いで、いずれ全部食べられるようにならなければいけないのだと

父や祖母に言われていました。

 

今、思うと生卵を毎日というのは子供の胃腸には負担が重かったと思います。時々、

お腹をこわしていたような記憶が…ただ当時の家族の考えでは、

子供に卵を食べさせるのは愛情からだったのです。祖母の若き日、

父の子供時代には卵は貴重なものだったようですから。

 

今の卵や野菜の高値は一時的なもの、かもしれませんが、ひょっとすると将来、

「2020年代初頭は卵を毎日一つ食べてたなんて、なんてぜいたくだったのだろう、

今では信じられない」なんて思う時が来るのではないかと不安です。