明智光秀VS真田幸村 その2(Byテディ) 特撮ヒーローへの夢
テディ光秀:ところで幸村くん、君、羽柴の息子をつれて鹿児島へ行ったの?
テディ幸村:光秀さんは天海僧正になったの?
テディ光秀:(夢見るまなざしで) 私が槍でつかれて息絶え絶えの時…月から白い衣をまとった美しい女性が舞い降りて、命を与えてくれ、指輪をはめてくれた。「これからはこの指輪で変身して麒麟が現れる世を作るのよ」と。
(注1)
テディ幸村: そういえば、私も夏の陣の後でそんなことがあったような…
そして薩摩で怪獣と戦ったような…。
テディ光秀: こうしてみると私たちは赤と青のコンビ…
テディ幸村: 赤と青の体の巨大ヒーローいますよね。私は大坂城ぐらいの身の丈になって、カラータイマーが六連銭なのかなあ…
テディ光秀:(小声で)胸元で6つもちゃかちゃかしたらうっとうしい…
私は安土城より大きくなって、カラータイマーが桔梗紋なのかなあ…。
テディ幸村:(小声で)胸元に花がくっつけてる人が怪獣倒せそうもないな。…でも私たち、巨大ヒーローに変身するにはいささか年がいきすぎているような。秀頼公を連れていたら、変身する役はそちらへ行ってしまうかも。
テディ光秀:君の主君は羽柴の本当の子供じゃないって噂だからね。
テディ幸村:そうなんです。だから大野治長とか石田三成とかいろいろな人が淀殿と密通の疑いをかけられて大変なんですよ。(注2)
テディ光秀: もしかして君の主君の本当の父君はMいくつか星雲から来たのかもしれない。それなら四方まるくおさまるだろう。
テディ幸村: だから秀頼公は20世紀後半から21世紀にかけて巨大ヒーローに変身した人みたいに体格がよかったのか…。
テディ光秀: しかしそういう話にするといささか子供が視る時間帯には無理そうな…ここはやはり月より来た美女に変身用の指輪とかバッジとか眼鏡といっしょに若返りの水も持ってきてもらって我々が。
テディ幸村:そうしましょう。その方がきっと、この間のラストシーンみたいに
昔の自分を知った人に見られても、「あれは十兵衛様?いいえそれにしては若すぎる」ということでなんとかなるから。
注1)この辺のことがわからない方は『ウルトラマンA』第28話をごらんください。『麒麟がくる』の終盤で信長が「月にのぼる男」に例えられたり、
主人公が月まで届く樹を伐る夢を見たり、月が物語のモチーフになったので、筆者は勝手にどこからか南夕子が現れそうな気がしていました。
注2)宝塚歌劇『美しき生涯-石田三成 永遠の愛と義』では秀頼は三成の子とされています。
明智光秀VS真田幸村(By テディ)節分の憂うつ
明智光秀(byテディ):あーあ、クリスマスソングに合わせて本能寺を包囲できるはずだったのに、豆まきになっちゃったなあ…あっ向こうから来るのはもしかしてサンタクロース?
真田幸村(byテディ):時々、サンタとまちがう人はいますが、私は現世の人々からはあなたと同じく戦国武将の一人です。現世ではたぶんお目にかかったことないと思いますが。
テディ光秀:ああ、数年前に日曜夜8時の主役だった一年中クリスマスみたいな甲冑の真田幸村くんだね。
テディ幸村: 私だって現世にいた頃はそうしょっちゅうサンタクロースとトナカイが合体したみたいなかっこうしてたわけじゃありませんがね。ともあれ光秀さん、日曜夜の主役、お疲れ様です。いろいろ大変でしたね。
テディ光秀: ありがとう。最後まで健康診断されたり、精神分析されたりして何だか疲れちゃった。本能寺へは節分の後に行く羽目になったし。
テディ幸村:節分といえば、私も悲しい思い出が…あの年の正月明けから節分にかけて…スーパーに出回った節分用の豆のおまけの鬼の面には、角と角の間に六文銭がついていました。しかし翌年の同じ時期にはそれはあとかたもなかったんです。
テディ光秀:ブームなんてそんなものだよ。私は主役になったのこそ、去年が初めてだけど、君よりずっとたくさんこの時間帯には出ているからね。何度も信長につらくされて、何度も切れている、だから慣れているよ。
テディ幸村:そういえば、何だか尻切れトンボな終わり方ですね。あなたはわずかな間でも天下人になりながら、敗れて消えて行くはかない姿が劇的なのに…。
テディ光秀:後がつまってたから…それに主役というのはかっこいい姿を視聴者の胸に刻んだ方がよくて、敗れてボロボロになるところは略しちゃうほうが…。
テディ幸村:そうか…主役じゃない時には山の中で武士でもない人に刺されるところまで映してもらえるのに、主役の時は省略されちゃうって何だか変。(注)
テディ光秀:君だって、あの年の12月、大阪夏の陣で「ここまでのようだな…」と眼を閉じたけど、完全に絶命するシーンは描かれなかったでしょ。
テディ幸村:それはですね…後日、私が実は生きていたってことにして、スピンオフ作品を作れるようにするための伏線…とも言われていますね。ほら、新しい時代劇の企画考えるより労力と予算を節約できるでしょ。受信料は大切につかわなくちゃ。
(注)例えば1973年の大河ドラマ『国盗り物語』は斎藤道三と織田信長が主人公ですが、信長死後、光秀が秀吉に敗れ逃亡する途中で竹槍に刺されつつも、「この手で乱世を終わらせるまでは死ねない」と執念を燃やしつつ亡くなるシーンがあります。筆者は子供だったため、リアルタイムの記憶がありませんが2020年6月に放送された『麒麟が来るまでお待ちください戦国大河名場面スペシャル―国盗り物語』で視聴。『麒麟がくる』でもオープニングの映像で鎧武者が杉の枯れ枝が落ちている山中とおぼしきところに立ち尽くしているので、主人公はこういうところで最期を迎えるのかなと思っておりました。
初夢、ブーツとコートの新調、父がコンビニへ、手袋を紛失
1月にあったちょっとしたことを書いておきたいと思います。
今年の初夢―私は生まれ故郷へ行きました。どういうものか、そそくさと荷物をまとめ、父や弟には故郷へ行くと言わずに出かけたのです。気がつくと元実家の最寄駅にいました。年に1.2度の墓参の際にも利用する駅です。夜出かけて、早朝についたつもりでいたのでおそらく鉄道ではなく、夜行バスで行ったのでしょう。高校時代の友人の一人がいました。私は「一晩中かかって来たのよ」と言いました。
実際には首都圏からその駅に直行するバスは存在しません。だから眼がさめたらその駅にいるということはないのです…そこが夢。
早朝6時前後かと思ったのですが、その割には駅が人でいっぱいです。「こんな時間なのにずいぶん人がいるのね」と言うと、友人は「だって通勤通学の時間だもの」と答えました。時刻は8時前後になっていたのです。この友人とは確かに高校時代、この駅から通学していましたが、今は別の街で専業主婦となっており、この駅から通勤してはいません…そこが夢。
こんな夢を見たのはきっと、コロナのせいで昨年は故郷に一度も行けなかったからでしょう。ただ6時前後だったと思ったけど通勤時間になっていた…
これはおそらくもっと先にするつもりだったことを早く実行すべきというお告げ?
冬のバーゲンでダウンコートとブーツを2足買いました。コートは1万円未満、ブーツは2189円と1639円。ブログに書くような価値のある品ではございません。でも書いておこうと思った理由は、今まで履いていたブーツの底がひどく傷んでいることに気づいた時、これを買ったのがいつだったのか、母の生前だったか、亡くなってからだったかが思い出せなかったからです。ブログに書いておくと後からわかりますからね。次に買い替える必要が出てきた時、何年使えたのか。
それから今年初めてのちょっとしたつらいこと。公園で花の写真を撮っていて、手袋を紛失してしまったこと。私は手袋をよくなくしてしまうのです。だから
高価な手袋は使わないことにしています。今回なくしたのももう数年使っているのですが、わりと気に入った色(若草色)でまだ捨ててもいいほどには傷んでいなかったのでちょっと残念。これも次に手袋を失くした時のために記録しておきます(笑)。
そして今年初めてのちょっとだけいいこと。1月末の土曜日、父を散歩に連れ出したところ、父の方から「コンビニへ行ってみるか」と言い出し、そして父は自分の買いたいものを買って無事に戻ることが出来ました。実は約一年前に同じコンビニへ行った帰りに転倒して以来、散歩は自宅のある集合住宅前の公園を歩くのがやっとだったからです。昨年、父の幼少期からの持病であるてんかんの専門医を探して診てもらい、薬の服用量を減らしたことで元気がでてきたのかもしれません。
以上が1月のまとめ?です。写真は昨年暮れに勤め先近くで咲いていたバラです。これと似た花びらの奥に小さな太陽がありそうな淡いオレンジのバラを、母の生前に買ったことを思い出しています。「つらいならお花を見て元気を出しなさい」と母に言われているようです。
『ロレンス短篇集』より『木馬の勝利』ギャンブル依存の少年
『ロレンス短篇集』 D.Hロレンス著、河野一郎編訳
岩波文庫1986年刊行
岩波書店サイト
https://www.iwanami.co.jp/book/b247392.html
「美しい女がいた」と書き出される短編。
でもロマンスではなく、主人公は美女ではなく、その息子。
母も美女なら父もハンサムで趣味もぜいたく、「前途を有望視されていたが、
見込みだけで何一つ実現したことはなかった」。それでも隣近所のどこよりも格が上の派手な暮らし、彼らの邸には「モットオ金がナクテハ」という声ににならない言葉が聞こえています。
どうしてうちには自家用車がないのかと息子のポールに尋ねられ、母は「それはうちが親戚の中でも貧乏な方で、貧乏なのはパパに運がないから、運はお金を儲けさせてくれるもの」と答えます。
木馬にまたがり、異様な熱狂ぶりで駆り立てる少年。おもちゃの鞭で木馬を打ち「ぼくを運のあるところへ連れて行け」と。庭師のバセットによって競馬を知った少年は「いっぱしの勝負師」になったのです。夢中で木馬に乗っていると霊感がわき、レースに勝つ馬の名がわかる…こともあるのです。叔父のオスカー・クレスウェルはポールを競馬場へ連れて行き、共に儲けを狙います。ポールは叔父に頼んで、競馬で得た金を遠縁の筋から送られたことにして母にプレゼント。しかし不思議なことに、「モットオ金がナクテハ」という声はさらに騒がしくなり、それを止めようとさらに木馬を駆り立てる少年。既に木馬が似合わない年になっても…。
以前に書いたドストエフスキーの『賭博者』の本レビューは私のブログの中ではわりと多くアクセスを頂いています。七十五歳の老婦人がカジノに狂う姿が描かれた小説。
https://ameblo.jp/sumacoemi/entry-12616720412.html
『木馬の勝利』はいたいけな少年がギャンブルにはまるお話。それも貧しい育ちではなく、りっぱな屋敷、上等なおもちゃが並んだ子供部屋で暮らし、乳母や家庭教師もいてイートンに入れる少年の身に起きた悲劇。彼が競馬に夢中になるきっかけは母の言葉。
「お金持ちに生まれつくより、運がいい方がいいの。お金持ちでも、お金をなくすかもしれないでしょ。でも運がよければ、お金はいつでもどんどん入ってくるものね」
まさにギャンブラーの発想。この美人ママは「結婚前は運がいいかと思ったけど、今は悪いと思っている」とも息子にいいます。夫の運が悪ければ、つまり収入が少なければ節約生活をすればお金は貯まります。 しかし人生の出発点で運がいい、つまり美貌に生まれついた女性は生活レベルを下げるなど自分のすべきことではなく、、めぐってこない運の方が悪いと考えているのです。
人がギャンブル、あるいはそれに似た行為に心惹かれていく背景には、この母の抱えていた無力感、自分の考えや行動で状況を改善できない、あるいはその方法がわかっていてもやりたくないという思いがあるのでしょう。しかし困ったことに、「運」この小説ではラック(luck)とふりがなされているものは自らの行動ではどうにもならないもの。でも少年は木馬を揺らし続ければそれがあるところへ行けると信じたのです。
木馬に乗ったことはありませんが、幼い頃、デパートの屋上などに設置されていたコインを入れると動くウサギやゾウに乗った記憶があります。子供が木馬に乗るとあれと同じようなわくわくを感じ、乗り続けるとハイになって、霊感―のようなものもわいてくるのかもしれません。でも所詮木馬はどんなに
走らせても、鞭打っても同じところでゆれているだけ、どこへ行けるわけでもないのです。
ポール少年の容姿の描写に「より目かげんの大きな青い眼で、木馬を揺らす時それが異様に輝く」とあります。ロレンスの時代にはまだ研究されてはいないでしょうが、すぐれた知能を持つ人に現れる自閉傾向があり、その特徴が眼と競馬への熱狂に出ていたのかもしれません。贅沢を止められない両親、ギャンブル好きの叔父から離れ、イートン校でよい先生に出会っていたら、あるいは成功者になれたのかも? 並外れた能力を示す一方、何かに夢中になりすぎて問題を起こす可能性のある発達障害―この方面に関心のある方にも一読をお勧めします。
明智光秀?(By テディ)との会話
正月休み、録画したまま視られないでいた大河ドラマを視つつ、
100円ショップで買ったクマのストラップでテディ明智光秀を
作ってみました。
明智の旗印は水色桔梗とのことで、大河ドラマ『麒麟がくる』でも主役には
青系の衣装をよく着せているようですので、青の折り紙、包装紙、和柄の
端切れを用いてみました。
以下は実以が脳内でぬいぐるみと話したことです。史実や大河ドラマとは何の関係もありません。
実以:ねえ光秀さん、私ね、『麒麟がくる』を視てちょっと意外だったことがあるの.。あなたの家系は源氏なのね。
テディ光秀: それが意外?
実以:私、根拠はないけどなんとなく平氏系の方のような気がしていたの。数年前にテディ信玄とキューピー謙信を作った時から、
これも何となくなんだけど源氏系の人はテディで平氏系ならキューピーにしようかと…だから平清盛のキューピーも作ったわ。
テディ光秀:私の主君は平家の子孫のふりをしていたことがある。
実以:そう、だからあなたの主君はキューピーで作るわ。
作れる日が来たらだけど…ところで、私、
あなたにぜひ話したいことがあるのよ。
実以、遠い眼をして語り出す。
実以: あれはまだ、ガラケーを使っていた時のこと、
「あなたがどの戦国武将のタイプから占います」というサイトがあって、
何気なく生年月日とメルアドを入れたら…、私は「明智光秀タイプ」だっていうのよ。その占いの内容はもう忘れてしまったけど、
それから…(恐怖の表情を浮かべて)、あの日からごっそり広告メールが
携帯に押し寄せるようになって…(悲痛な口調で)、ケータイのメルアドを
変える羽目になったのよ!
テディ光秀:そんなクレームを私に持ち込まれても困るが…。
実以: わかっていますとも、あなたに何の責任もないことは。
でもあれからあなたの名前を聞くたびにスパムメールを
連想してしまうのです。ここ一年は日曜の夜8時になるといつも…
あの占いは何だったのかしら? 私のどこが明智光秀なのかしら?
同じ占いをした友人は上杉謙信と出たんですって。彼女、私よりずっと美人で歌もうまくて頭もいい人なのよ。謙信とあなたとなら、たとえほんの短い間でも天下人だった方がいいような気もするけど、でも謙信は畳の上で亡くなった人―あの時代にどれだけ畳が普及していたわからないけど…私はあなたみたいな運命をたどるの?
テディ光秀: 落ち着きなさい、過去は変えられないけど未来は変えられるから。
実以:そうね…それに私、日曜夜に描かれるあなたのように立派でもかっこよくもないけれど、少しだけあなたに似たところがあるかも…私、美貌じゃないけど小柄で丸顔、あんまりくっきりしてない目鼻立ち、つまりおとなしくて自己主張をあまりしないように見えるらしくて、他の人には言ったり要求したりできないこともこいつにならしてもいいって考える人に出会うのよ。
例えば男性にはこの女ならどんなガマンを強いても大丈夫みたいな期待
を持たせるらしくて、でね、難色を示すと裏切ったとか、
優しそうにみせかけてだましたとか…、謀反を起こしやがったみたいなことを言われるの。接客の仕事をしていた時、いつも閉店間際に来て閉店後も居座るお客がいたから、ある時NOを言ったら、自分はこれまでたくさん買っているから他の客にない権利もあるはずだし、実以さんなら残業もいやがらずにしてくれると思っていたみたいな…いい人そうに見えるっていうのは得な面も多いのかもしれないけど…ブツブツブツ…つまり、その、私に対してなら
信長みたいな言葉やふるまいをしてもいいと勝手に考える人に
時々出会うのよ。特に男性に多くて…。
テディ光秀:……、さあ、そこでよく思い出してみなさい。これまで出会った人の中で、今の君と同じようなこと、私はいつもがまんしている、信長みたいな人にしてやられていると訴える人がどんな人だったか?
実以: (青ざめて)そういう人に限って、あまりがまんしない、図々しい人に見えていた! 自分で思う自分と人から見える自分はちがうのね。でも、いくらか図々しく思われても、本能寺の変みたいなことするのよりはまし。
もらいものスイーツ―昨年のちょっとだけいいこと
つまらないことしか書けなくても、今年は週一回程度はブログを更新したいと思っていますが、なかなかうまく行きません。
平日は家に帰ると風呂、食事、寝るだけですし、土曜は父の付き添いか
自分の通院がありますし、日曜は弟にカレーを作るのがていっぱい。
でも小さな幸せをかみしめるのが大事なんでしょうね。
今頃?ですが、昨年あったちょっとだけいいこと―それは懸賞付き定期預金で物産カタログを頂いたこと。若桃の甘露煮をお願いしました。
とてもさわやかな甘さで、食べると気持ちが明るくなりました。
熟した桃の種はピンク色でとても硬いのですが、若桃の種の部分は、
白くやわらかく、不思議な感じがしました。
これは弟が大井川鉄道に写真を撮りにいったお土産、『きかんしゃトーマス』のクッキー。特にトーマスのファンではありませんがパッケージがカラフルで楽しいですね。
同僚からもらった川越みやげのお菓子の詰め合わせ。蔵の形をした箱に
窓?があるのでパンダの消しゴムをのぞかせてみました。
らかん餅の中身はいわゆる信玄餅と同じ。
そして和風ダックワース。
今年もいただいた思いやり、小さな幸せをかみしめて過ごしたいものです。
坂口安吾『梟雄』―『桜の森の満開の下』(講談社文芸文庫1989年)より
昨年、レビューを書いた『斎藤氏四代』で斎藤道三にマムシの異名を与えたのが坂口安吾だと知り、安吾が道三を書いた『梟雄』が読みたくて『桜の森の満開の下』を図書館で借りたのですが、なかなかレビューが書けなくて。もちろん本は返却済で、アマゾンのkindleでも購入しました。『桜の森の満開の下』所収の中では最もいわゆる歴史小説として楽しむことができた短編です。短編でありながら、下剋上の典型といわれる人物像が生き生きと描かれています。
講談社サイト
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000167445
貧しい北面の武士の子に生まれながら美貌と才知を持つ少年峯丸。「才あって門地のない者が、その才にしたがい確実に立身する道は仏門に入ること」ということで妙覚寺に入り、法蓮房と名乗ります。でも才気がありすぎて同門の小坊主たちには嫌われ気味。ただ一人美濃の土岐氏の家老長井家出身の南陽房は法蓮房を認めていました。しかし同じく優秀で名僧の器とたたえられるようになった南陽房に身分のちがいでかなわないと知った法蓮房は寺を出て油の行商人となり、諸国を歩きつつ、兵法や武器の情報を集め、長い槍や鉄砲を研究。そしてサムライになるために南陽房との友情を利用するのです。
この小説で主人公は当時美濃の国で実権を握っていた斎藤妙椿という坊主あがりの家来の用人になります。斎藤妙椿は道三一族以前の斎藤氏では著名な人物として『斎藤氏四代』にも記述はありましたが実際には道三とは時代が重ならないようです。ともあれこの小説では二重スパイのような暗躍で自分を用人に推薦してくれた長井長弘を討ち、自ら長井姓を名乗り、妙椿も毒殺。御家騒動に乗じて斎藤家を乗っ取り。美濃の守護土岐頼芸も追放してその愛妾を奪います。
道三の史実とはちがっても、いつの時代にもこの小説の主人公のようにちょっとしたつながりやチャンスを捉えて成り上がっていく人物というのはいます。才能がありすぎて、周囲に敬遠され、友人ができにくいような少年が、それだけにしがらみにとらわれず、利用できるものは何でも使って出世していく姿は読んでいて面白いのです。
安吾は「道三の悪名はみるみる日本中にひろまった。日本一の悪党という名は彼のものである」「しかし、彼は戦争の名人だった」と書いています。しかしこの小説の中ではまだ「マムシ」と呼んではいません。そう言い出したのは『信長』という作品の中だそうです。『信長』かなりの大作らしいので現在の筆者の健康状態ではちょっと。
能力はあるけれど、人とつながり、心を通わせるのがりがうまく行かない、21世紀ではあるいはサイコパス?のような性格、生き方故に後半、主人公は非業の死へ導かれます。道三の長男義龍は土岐頼芸から奪った女が生んでいて実は土岐の血統…安吾は「この事実の証人はいなかった。ただ義龍がそう信じたにすぎないのかも知れない」と書いています。
義龍は聡明で努力勉強家、常住坐臥怠るところがない人物。しかし道三は義龍を「バカ」と評し、次男の孫四郎と三男の喜平次の方が見どころがあると言い続けます。そして織田信秀との戦いの後「バカヤロー」の評判が高い信秀の子信長に娘の濃姫を嫁がせます。
「マジメで、行いが正しくて、学を好み、臣下を愛した」―全て道三のやらないことをする義龍をバカと罵り続ける道三。そう、自分にないものを持っているから「バカ」と言いたくなるのですよね。しかしその毒舌が逆に人々を義龍に近づけ「義龍公は土岐の血統だ。美濃の主たる正しい血だ」と声があがります。道三は「六尺五寸の化け物め。いまにオレが殺されるぞ」と思いつつ、なぜか義龍を殺すという行動がとれません。
義龍が病気を装って弟たちをおびきよせて殺し、戦いを起こして父も殺してしまう顛末は大河ドラマ『麒麟が来る』でも描かれた通り。でもなぜ道三は「いまに殺されるぞ」と感じながら先手を打って義龍を殺せなかったのか? この点に道三の甘さ、弱さ、あるいは優しさ?のようなものを感じます。例えば武田信玄は道三より評判がいい武将ですが、長男が自分を倒すと予想すると死に追いやってしまいました。この小説では道三が自らも首をかしげながらもそうできなかった人間として描かれています。
あるいは「父道三を憎む以外は、すべては聖賢の道にかなっている」ような義龍が弟殺しを実行して初めて、道三は自分の子だという実感がわいてきたのかも
しれません。自分が若い頃にしたような、あるいはもっと残酷なことをしたのですから。愛情もあるのに時には殺し合いにもつながる家族の難しさ。
友人でも恩人でも利用し、時には裏切って一代で大名となった男が追い払った主君から奪った女の息子に殺される―本当は親子二代で大名になったのだとしても、義龍が土岐の血筋ではないとしても、因果応報談としてもぴったり来る斎藤道三父子の確執はこれからも創作の源になるのかもしれません。
斎藤道三を描いた小説では73年に大河ドラマにもなった司馬遼太郎の『国盗り物語』が有名ですが、
いきなり長編は読むのがきついという方には
この『梟雄』はお勧めです。
【Amebaおみくじ】2021年の運勢は...凶は吉にかえる?
昨年末から書かなければならないと思っている
本レビューがあるのですが、まずは新年のご挨拶
…と申しましてももう鏡開きですが…。
鏡餅は飾りなしの本体88円のものを買い、別売りの
葉つき蜜柑と家にある折り紙で飾ってみました。ぶかっこうではありますが。
【Amebaおみくじ】2021年の運勢は...
おみくじの結果はあまりよくありません。いわゆる暦でも今年は吉運ではなく、父にはどこかで厄除けを
してもらえと言われるのですが、あまりその気に
なれません。
以前は人並みに年末に大掃除していたのですが、
寒い時期にほこりっぽい作業をするため、必ず
元旦頃から風邪をひき、寝正月になってました。
なので無理に人並みにすることは止めました。
正月といっても今年はめでたさも中ぐらい。
コンビニの100円おせちを少々買い、赤い実のなる
樹が好きだった母のためにセンリョウを買ったぐらい。
大晦日の夕方だったので状態のいいものは売り切れていて花屋さんがこれだけで300円にしてくれました。
3日に家の近所の神社に初詣。以前は鳥居の脇にあり、母が喜んで見ていたマンリョウ。駐車場の整備で
なくなってしまったと思っていたのですが、場所が
変わってはいても健在でした。神社近くの公園では水仙が咲いていて、その香りに癒されました。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」…うーん難しい、
歌のレッスンか通信制大学院の再開を考えていたのですがどちらかにしないとまずいのでしょうね。
恋愛運が悪いのは今に始まったことじゃないから
気にしないとして(笑)…仕事運「新たに始まるために
終わる時」…えっ、まさか、いよいよ?
ともあれ、私のブログを読んで下さる皆様、旧年中は
本当にありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。
クリスマスツリーのいろいろ
今年のクリスマスで一番楽しんでいるのは上野駅中央改札前の巨大クリスマスツリー、上野動物園のパンダのシャンシャンの可愛い画像がツリーに取り付けられたモニターで見られます。勤め帰りにぼさーっと眺めて癒されています。ちなみに昨年の同じ時に
パンダがてっぺんにいるのは同じですが、なんと
冬なのにヒマワリがいっぱい…上野の森美術館で開催されていたゴッホ展にちなんでとのこと。
パンダゴッホも登場。
美術番組によれば、ゴッホは日本の浮世絵に魅せられ、「日本に行きたい、日本人になってもいい」と
言っていたとのこと…まさか自分が日本でパンダとして
よみがえるとは思っていなかったのではないでしょうか
(笑)西郷どんパンダもいました。連れている犬が
大きく、ほとんどパンダと同じです。(笑)。ひまわりが
咲いているのになぜ暑苦しい帽子をかぶらされているのか不思議そう。
これも昨年、父が眼球注射をした病院のロビーの
ツリー。
これも昨年、レストランにあったツリー。
さらにさかのぼって、これは2018年、母が入院した
オーナメントがとてもかわいくて、童話の世界。
ラウンジにあった電子ピアノのまわりにも飾りがありました。リースやかごの飾りもすてきで母の病と死の
悲しみをやわらげてくれました。
以上、なんとなく集めてしまったクリスマスの写真です。
サザンカのいろいろ
晩秋から冬にかけて楽しめる花といえばサザンカ。
今年も母が生前好きだった近所の公園で八重咲のサザンカが咲きました。母との思い出づくりのために
花の写真を撮り始めたのが習慣化。
これは鎌倉の川喜多映画記念館の近くで咲いていた純白のサザンカ。記念館前の道路に
ひっきりなしに車が通るので、この写真を撮るのがいくらか命がけ?でした。
これは勤め先近くで見つけた清楚な淡いピンクの一重。
これは花は小さめ、外側だけがピンクで中は純白。
咲きかけの時はバラのような風情になります。
いつも買い物をするミニスーパー近くのサザンカ。夜桜ならぬ夜サザンカ?
このサザンカ、家の近くのものと同品種のように見えますが、こんな風に中心部が珠のようにつぼんだままで咲いています。面白いなと思って観察して
いたところ、開かないままこの形で朽ちてしまいました。つぼみのまま傷んでいるものも見られます。急に寒くなったせいでしょうか?
花開かないまま、朽ちる…誰かの人生みたい?私?(爆笑)。
サザンカは桜などに比べると長く咲きますが、妙な角度で咲いたり、枝や葉の影で咲いたり、一見きれいなのによく見ると傷んでいたり。ちょうど写真に撮りやすい位置の花がきれいに咲いている時をつかむには毎日のように観察する必要がありますね。











































